関連記事
後輩「また死にたくなりましたか?」【パート1】【パート2】【パート3】【完】




橋本甜歌(てんちむ)ヌード画像43枚!乳首丸出しレズ濡れ場を演じた元てれび戦士がエ□い!
【正常位GIF画像】コレ見てセッ●スしたくならないやつはインポ確定!乳揺れ激しい正常位のエ□GIF画像
JSやJCが騎乗位でセッ●スしてるエ□GIF画像貼ってくw
【GIF】AV初出演のニューハーフにバイアグラ飲ませた結果。男優のモノより格段にデカくて困惑するwww...
この子のワレメに挿入できるならいくら払える?
ココイチ店長「ご注文は?」女「10辛」おっさん「納豆カレー」地味娘「福神漬け」会社員「ほうれん草カレー」客「ココイチたけぇぇぇ!」
モデル女「結婚相手は高年収が絶対条件!」 林修「相手に見返りはあるの?」
【エ□GIF】 西川先生の包茎治療が衝撃的すぎるwwwwww
エ●チでいく時に関西弁ではなんて言うの?www
佐倉綾音の子宮に住みたい「あやねる……!」
マクギリス「アルミリアと日帰り温泉…悪くない」フロンタル「おや?」
女子大生と女子小学生の一夏の想いで☆
ヤリチン「人妻マ●コゲットーw」 人妻「(あんあんあん!)」
兄「」ドピュ 妹「よい飛距離です」
【朗報】元恵比寿☆マスカッツさくらゆらデリヘル絶賛勤務中
ビキニの水着から、乳首がポロリしちゃった素人娘たちのハプニング
女子陸上部の、おへそと太ももが丸見えなエ●チなユニフォーム

260: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:28:27.60 ID:9rO0Cxsg0





「なにか用でもあるの?」

 俺が部屋に入ると、間髪入れずに姉は椅子に座ったまま、こちらを見ずにそう言った。

「……姉さんと、仲直りしたくて」

「……べつに、この前の朝に謝ったじゃない」

 姉はこの前のように感情的になることはなく、落ち着いた様子で静かな声音で返答してきた。

 たしかに、お互い謝りはした。
 でも、それは本心からのものではない。

「そんな、上辺だけの仲直りじゃなくて、ちゃんと話をした上で仲直りをしたいんだ」

 姉からの返事はない。
 けれど、俺はそんなことを気にせずに言わなければならない。

「…………姉さんのことを避けていたわけじゃないんだ。俺が避けていたのは父さんの方なんだ」

 姉の細い肩がびくっと震える。
 俺は反応を待たずして話を続ける。






261: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:29:29.83 ID:9rO0Cxsg0


「俺は父さんとの間に、『母さん』がうちからいなくなってから、距離を感じるんだ。
 俺の一方的な思い込みかもしれないけれど 」

 姉は俺の方に振り返って、「どうして」と小さく呟く。

「俺はさ、姉さんが笑っているのが好きだったんだ。うちで、みんなで、楽しく過ごしてて、姉さんが笑顔で……」

 言葉を発しながら、姉が目線を合わせてきたのに気付く。
 なにかに縋るような、そんな目を俺に向けてくる。

「どんな結果でもさ、姉さんのあの頃の笑顔を奪った父さんが許せなかったんだよ、結局。
 悪いのは『母さん』なのはわかってる。そんなのわかりきってる。
 でも、それでも俺は…………」

 詭弁だというのは、自分でもわかっている。

 父さんは100%被害者だ。
 父さんだって絶対に傷ついている。

 そんなことは重々承知だ。
 わざわざ言明することでもないほどわかりきっている。

 でも、他にやりようはあったのではないかと思う。

 『母さん』がこの家からいなくなってから、父親は完全な仕事人間になってしまった。
 なにかを忘れるように。なにかから逃げるように。
 夜遅くまで仕事をして、深夜に家に帰って、寝て、起きて、また仕事。

 そのときに、もっと俺たちのことを考えてくれたならば……姉のことを考えてくれたならば……。






262: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:30:14.39 ID:9rO0Cxsg0


「俺はずっと……」

「ち、ちがうよ。……ハルは、いつもお父さんに申し訳ないって顔をしてる。
 ……見てるから、わかる」

 姉は視線を下ろして、小さく呟く。

「……」

「私は、それがずっとどうしてだろう? って思ってた。でも、それを訊ねることでハルがもっと追い詰められちゃうのかなって……」

 まずい……言い当てられてしまった、と少し自分の表情が硬くなるのを感じる。
 考えていた言葉はもう使えない。

 父親に対して許せないと思うのは、自分の保身のためだ。
 父親を避けるための、表向きの理由に過ぎない。
 恨むことによって、嫌うことによって、自分の昔の行為から目を背けたかったんだ。

「…………それも、そうかもしれないな。俺は父さんに対して申し訳なく思ってる気持ちもある」

 姉は姿勢を変えないまま「どうして?」と俺に聞いてくる。

 そんなの、言えるわけがない。
 父さんに『母さん』の不貞を教えたのは俺だなんて。
 自分の保身のために、その事実を黙っておくことを諦めただなんて。






263: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:31:23.54 ID:9rO0Cxsg0


 姉さんには、嫌われたくない。
 だからまた真実を隠して、言葉を重ねる。

「それは……まだ、言えない。俺の中でも整理がついてないんだ」

 あぁ……これも引き伸ばしだ。言っていて自分でそうだと気付いてしまう。
 これじゃあ、今までと変わらない、なんの意味もない、と俺は落胆する。

 だが、姉の反応は俺の予想とは全く違うものであった。

「……そっか、やっぱり言えないことなんだ」

 姉はそう言うと、ゆっくりと俺の方に向かって手を伸ばしてくる。

 俺は動かずに、その様子を見つめていると、この前のように、腰を掴まれてお腹のあたりに抱きつかれた。
 強くはなく、優しく、そっと包み込むような感触がする。

「でも、話してくれて嬉しかった。……このまえ、ハルに拒絶されたことが、いちばん嫌だったから」

 そう言って、姉は潤んだ瞳でこちらを見据えて微笑んだ。
 心なしか、声もうわずっているように聞こえる。






264: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:31:59.12 ID:9rO0Cxsg0


 俺はいつもそうすることを拒んでいた。
 言ってもわかってくれない。
 理解してもらえない、と自分の中で勝手に完結して。

 けれど、なぜか今なら信じてもいいのではないか、と感じる。

 姉を長くは待たせたくない、なら俺は父親と話すしかない。
 父親と話をして、和解とは言わなくとも改善くらいはする必要がある。

 そう思うと、今まで躊躇していたことが嘘のようにするりと口から出てくる。

「……父さんと二人で話したら、姉さんにも話すよ。約束する。それまで待っててほしい 」

「……うん。わかった 」

 姉はそう言うと、俺の腰から片腕を外して、ごしごしと目元をこすった。

「私はハルのお姉ちゃんだから、いつまでも待ってあげる。大好きな、弟の頼みだからね 」

 姉は再度、俺の目をじっくりと見る。
 目元は、赤いままだった。

 姉のその姿に感化されたのか、俺の視界もなんとなく霞んで見える。

 俺も、右手でごしごしと目元をこすった。
 泣いてなんかいない、俺は男だから、泣いてちゃいけない。

「……ありがとう、姉さん 」

 姉から顔を背けても、涙声はごまかせなかったと思う。

 向き直り、姉に向かって精いっぱいに笑う。

 たぶん、ひどく不恰好だった。自分ではわからないけれど、情けない姿だったということだけははっきりしている。

 でも、家族の姉ならそんな情けないような姿を見られたって構わないと、そう思ってしまう。

 目が合うと、姉も潤んだ瞳で俺をみて、笑い返してきた。

 その笑顔はかつての、中学生以前の姉の、あのあどけない笑みと、寸分の狂いもなく同じものであるかように、俺の目に映った。






265: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:33:01.35 ID:9rO0Cxsg0





 その次の朝、俺は姉の声で目覚めた。


 どうやら起こしにきてくれたらしい。
 夏休み中なのにどうして、と問うと、家族なんだから一緒に朝ごはんを食べるのはあたりまえでしょ、と返事が返ってきた。

 姉は昨日のことが余程嬉しかったのか、朝食とは思えないくらいの豪華な食事を作っていた。

 ……昨日の今日で元気だな。俺は昨日のことを思い出すたびに恥ずかしさで死にたくなるというのに。

 姉になら泣いている姿を見られてもいいとそのときは思ったけれど、冷静に考えると恥ずかしすぎる。

 なんとなく向かい側に座る姉と目が合わせづらい。
 なんだかぎこちない感じで会話が続けられる。

 たまに、姉も俺も喋らない静かな時間が流れる。


 でも、これまでよりはなんだか居心地が良い。

 俺はなんだか嬉しくなって、ご飯のおかわりを何度もした。

 姉は嬉しそうに笑っている。

 俺もそれを見て、ますます嬉しい気分になった。






266: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:33:34.97 ID:9rO0Cxsg0





 正午過ぎ、俺はあてもなく自転車を漕いでいた。

 今日はバイトが休みだ。
 でもなんだか無性に落ち着かなくて、外に出たい気分だった。

 駅とは反対の方向に自転車を走らせる。
 風を切る感覚が爽快な気分を与えてくれる。

 ちょっと疲れたころに、向日葵畑のある公園で足を止めた。

 はじめて訪れる場所だ。
 あたりを見渡すと、家族連れだったりお年寄りだったりがベンチに座って会話をしている。

 丁度よく日陰の席が空いていたので、そこに腰掛けることにする。

 てきとうに思いついた曲を鼻歌で歌う。
 いつもどおりだ、なんて考える。

 太陽の光は性懲りもなく地面を照らし続け、セミが大合唱をしている。

 ふつうの夏だ。
 ごく普通の、なんでもないような夏。

 リュックの中から家から持ってきた麦茶を取り出し、それを飲む。






267: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:34:59.48 ID:9rO0Cxsg0


 「あついー」と言いながら付近を駆け回る子どもたちの姿を見ながら、これからどうするか、という思考にありつく。

 姉との不和は一応解消された。
 それも思ったより良い方向で。

 なら、次は父親と話さなければならない。
 俺が決めたことだ。最後までやり通さないといけない。

 けれど正直言って、取り合ってもらえるビジョンが見えない。
 だいぶ前から会話らしい会話もしたいないし、父親だって話したくないかもしれない。

 昨日とった選択は、見方によっては現状維持だ。
 取り巻く環境や状況はなにひとつ変わっていない。

 再度、どうしたものかな、と考える。

 幸いにして父親はあと一週間以上家に帰っては来ない。
 それにお盆時くらいは一日中家にいる日だってあるはずだ。
 今はあれこれ考えていても身動きが取れない状況だ。

 まだタイムリミットまで時間はあることにはある。

 だから今は、少しくらい素直に楽しんでもいいんじゃないか、と、そう感じた。






268: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:35:30.64 ID:9rO0Cxsg0


 それからしばらくして、家に帰った。

 あとで何かあったときの為に課題を進めておくのがいいだろう。
 そう考えて、まばらに手をつけていた課題を解いていく。

 今日はなんだか集中して取り組むことができた。

 キリのいいところまで進めて、ベッドに寝転がってスマートフォンを手に取る。

 暑さを紛らわすために、『海』とか『雪』とかで画像検索をする。

 いい感じの画像を保存。
 ものすごく暑くなったときにでも見ると涼めるかもしれない。

 たいして涼むことはなかったので、一階に降りてアイスを取ってきて食べる。

 そんなこんなで、姉が帰ってくるまでいろいろやって暇をつぶしていた。






269: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:36:09.69 ID:9rO0Cxsg0


 姉が帰ってきて、一緒に夕食の買い物に行った。
 あたりは暗くなっていて、暑さも少しやわらいでいる。

 買った荷物をはんぶんこして持って帰った。

 姉に、今日はなんだか楽しそうだね、と言われた。

 それに俺は、姉さんも楽しそうだよ、と返した。

 そんな一日だった。






271: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:36:52.41 ID:9rO0Cxsg0





 翌朝、また姉に起こしに来させるのも申し訳ないので、目覚ましを使って自分で起きた。

 今日もこれまた豪勢な食事だった。
 とはいえ、献立はちゃんと考えているらしく、彩り鮮やかで重くないものばかりだった。

 姉は俺より少し早く食べ終えて、塾へと出かけて行った。

 寝汗が酷かったのでシャワーを浴びて普段着に着替える。
 今日のバイトは夕方からだ。
 また課題をやって時間をつぶすか?とも考えたが進捗状況的にそう焦ることはない。

 家にいて怠惰な時間を過ごすのも悪くはないが、時間を無駄にしているとも感じてしまう。






272: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:37:28.04 ID:9rO0Cxsg0


 迷ったが、結局学校に出かけることにした。
 学校に行けば、誰かと会えるかもしれない。
 一応もし誰も居なかったときの為に勉強道具は持って。

 駅まで歩くのも面倒に感じたので、暑さの中自転車で学校まで行くことにした。

 学校の近くまできて、急な傾斜を勢いよく駆け上った。
 陸上部が外でランニングをしている。おつかれさまです。

 駐輪場に自転車を置いて、渡り廊下を通って校舎に入る。

 校舎の中は夏だというのに涼しかった。

 自分の教室に着いて、席に座る。
 課外講習期間外だろうか、自分のほかには教室に誰も人はいなかった。

 窓から外の様子を伺うと、校庭でサッカー部とソフトボール部が部活をしている。

 廊下は涼しかったが、教室はそれなりに暑さを感じる。
 窓を全開にして、大型の扇風機をつける。






273: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:38:12.81 ID:9rO0Cxsg0


 教室に辿り着くまでも知り合いに誰にも会わなかったな、と少し悲しくなったが、もともと知り合いも少ないので仕方がない、と割り切る。

 とりあえず、課題のページをペラペラとめくる。
 昨日のぶんの添削をした。結構まちがえていた。自分では集中してると思っていたがそうではないらしかった。

 添削が終わって、また新しい問題に手をつける。

 しばらくそうしていると、少し眠くなってきた。

 机に顔を伏せて、目を閉じる。
 木の匂いが鼻に広がる。
 好きな匂いではないが、嫌いでもない。

 少しして、眠りに落ちた。






274: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:38:50.11 ID:9rO0Cxsg0





 目が覚めると、もうお昼どきになっていた。
 昼飯は持ってきていない、が食べに行くのも面倒だ。

 とりあえず近くのコンビニに買いに行くことにした。

 特別棟の出口から外に出て、コンビニに向かう。
 途中で体育館からボールをつく音と練習の声が聞こえた。

 そういえば千咲が合宿があると言っていたのを思い出す。
 少し懐かしさを感じて、自然と俺の足は体育館へと向きを変えた。

 体育館に入って、すぐに階段を登って二階に行く。
 トレーニングスペースからフロアを見渡す。

 一面はハンドボール部、もう一面は女子バスケ部が使っていた。






275: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:39:36.01 ID:9rO0Cxsg0


 ぼけーっ、と練習を見る。
 千咲を見つけて目線で追う。小さい身体でコート上を走り回っていた。
 身長が150半ばだと、バスケ部の中だと小さい方なんだな。まぁ高校生だとそんなもんなのか。

 また懐かしいな、と感じる。
 中学のころは一緒のコートでバスケをしていたな……なんて。

 それからも少し見ていると、ふと上を見上げた千咲と目があった。

 慌てて目を逸らす。

 横目でちらーっと見ると、普通に俺だと気付かれたらしく、千咲はなんとなく精彩を欠いたようなミスを連発していた。

 邪魔しちゃ悪いな、と思い引き返して帰ろうとすると、ボトルを手に持ったマネージャーらしき女子に声を掛けられた。






276: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:40:08.83 ID:9rO0Cxsg0


「……相澤くん、だっけ。ここでなにしてるの?」

 名字を知られていた。ごめん俺は君の名前を知らないんだ。

「……」

 なにしてるの、と言われても見ていたという他ない。

「……もしかして、ちーちゃんを見にきたとか?」

「それはない、ありえない」

 即座に否定した。
 というか俺と千咲が幼馴染って知ってるのか。

「えーでもさー、毎日一緒に登校してるじゃん。付き合ってないの?」

 ……それもそうか、と納得する。
 千咲の朝練の時間に間に合うように出ているのだから、当然マネージャーに見られることもあるだろう。

「付き合ってないし、千咲と俺はただの幼馴染だよ」

 決まりきった模範解答を口にする。






277: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:40:43.76 ID:9rO0Cxsg0


 マネージャーと思しき女子はよくわからない表情をしている。

「ま、それはおいといて。見るにしてもちょっと他のところでお願いできないかな」

「あぁ、ごめん。……でもそんな邪魔だったか?」

「ほら、あの子。全然集中できてないみたいだから」

 そう言って下にいる千咲を指差す。
 見ると、やはりポロポロとミスをしていた。

「……すまん。すぐ帰るわ」

 なんで謝るかもわからないが、一応謝罪の言葉を口にする。

「ごめんねー。うちのチーム結構あの子頼みのとこあるからさ」

 それは知らなかった、というかそこまで上手かったのか。
 周りより身長が低いなりにがんばっているのだな、と感心した。

「あっ、よかったらマネやる?まだまだ募集中なんだけど」

「は?」

 急に思いついたようにマネージャーの女子がそう口にした。
 思わず素で反応してしまった。






278: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:41:15.53 ID:9rO0Cxsg0


 冗談じゃない。

 プレーヤーならまだしも(当然やる気はないが)マネージャー、それに女子の。

「い、いや。さすがにそれはまずいだろ、いろいろと」

「ぷっ、冗談冗談。さすがに私も女の子がいいよー」

 よくわからないが、冗談だったらしい。

「まぁ……マネージャーはあれだが。千咲にがんばれって伝えておいてくれ、よろしく」

「はい、あの子喜ぶよーきっと」

 マネの女子はそう言って俺に笑いかけてきた。

 マネージャーも合宿中いろいろとおつかれさまです、と心の中で言って、体育館の外に出た。

 ……やっぱり、千咲との距離感も見る人によってはそう映るんだな。






279: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:42:17.31 ID:9rO0Cxsg0


 思い出すたびに悶えそうなことばかりされているが、特にこちらからアクションを起こすわけでもなく、あっちも核心に触れるようなことはせず。

 ふとしたときに距離が詰まりそうになって、それを避けて。からかわれてもわかってないふりをして。

 距離を詰めてみよう、と思ったことだってあることにはある。
 けれど、なんだか戻れなくなることが怖かった。

 あのときも、俺の方から喧嘩をふっかけて、千咲を泣かせてしまった。
 でも、それでも近くにいて欲しかった。

 我儘だ、子どもの考えだ。
 そんなことは頭ではわかっている。

 また一緒にいるようになっても千咲の優しさに甘えてしまっている。
 千咲は優しいから、あのときのことを聞いてはこないし、なんでもなかったかのように接してくれる。

 ただ、『あのときはごめん』とひと言だけでも話しかけてきてくれた千咲に言うことができればよかった。
 その機会を完全に失ってしまっている。


 だから、彼女に対しても、申し訳なさはずっと残っていると感じてしまう。






280: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:42:44.85 ID:9rO0Cxsg0





 その夜、祖父母の家から電話がかかってきた。
 結構久しぶりにかかってきたと思う。

 要件は恐らく里帰りのことだろう。

「もしもし、今年はいつ帰ってくるの?」

「うん、と……次の週末土日どっちもかな。あと姉さんは勉強するから行けないって」

「えっと、じゃあハル一人ね。一人でこっち来るのなんてほんとちっちゃい頃ぶりね」

 確かに、いつも姉と、もしくは家族全員で行っていた記憶がある。
 ちっちゃい頃の記憶は曖昧で、あまりよく覚えていない。

 ……そういえば、なぎさのことは話していなかった。
 説明しようにもなかなか難しい。

「そのことなんだけどさ、友達……と一緒に行ってもいい?」






281: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:43:40.48 ID:9rO0Cxsg0


 なぎさと俺は先輩後輩なのだが、説明が面倒なので友達ということにした。

「わかったわ、じゃあゴハン多めに用意しておくからね」

 そう言われて、少し父のことや姉のことなどを話してから電話を切った。

 完璧に男友達と行くと思われている。
 が、女の子だと言ったら言ったで面倒くさいかもしれないので控えておいた。

 姉にも一応そのことを言っておく。
 一緒に行くような友達がいない、と貶されたので言っておこうかと。

 姉は俺が言ったことを聞くと、ノータイムでその子を家に連れてきなさい、と言った。

 どうして?と聞くと、なんとなく、と返してくる。

 ……まぁ、今度はうちで遊ぼう、とこの前誘ったことだし、都合が良いことには変わりはない。






282: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:44:08.74 ID:9rO0Cxsg0


 食事のあと、部屋に戻ってなぎさにLINEを送る。
 姉が是非うちにお越しくださいと言っていた、と。

 返事はやはりすぐに返ってきた。

『じゃあ明日杏連れて行きますね、お昼過ぎくらいにお邪魔します』と、よくわからないパンダのスタンプを押してきた。

 きもかわというかなんというか、ご当地ゆるキャラみたいな変なやつだった。

『それ好きなの?』と聞くと、『好きなんです』と返ってきたのと同時にスタンプを連打された。
 
 意外とかわいいとこあるんだな。
 そういう趣味を持っているとは知らなかった。






283: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:44:43.62 ID:9rO0Cxsg0


 誕生日とかにストラップとかをあげたら喜ぶかな。

 でもいつか知らないし、あげるならサプライズっぽくあげたいな、なんて考えていた。

 なんとなく、今日一日を振り返ってみる。

 お昼過ぎまで、千咲のことばかり考えていたのに、今はなぎさのことで頭がいっぱいになっていた。


 ……節操なし。


 どうしてか、そう口にしていた。

 とはいえ自分で言ってどうすんだ、と、あまり深くは掘り下げないようにした。






284: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:45:28.53 ID:9rO0Cxsg0





 気が付くと、夢の中だった。

 俺は夢の中で、小学生?くらいの姿になっていた。

 炎天下の中、土の上にある水溜りで自分の顔を見る。
 なぜだか靄がかかって見えない。

 後ろから、誰かに声をかけられた。

 慌てて振り向いたが、そこには誰の姿もない。

 知らない場所だったので、とりあえず歩くことにした。

 生い茂る雑草をかぎ分けながら歩いていると、大通り(雑草が生えていない舗装された道、でも狭いことには狭い)に出た。






285: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:46:31.72 ID:9rO0Cxsg0


 しばらく、道なりに沿って歩く。

 また、どこからか俺を呼ぶ声がした。


「いっちゃやだ……どこにもいかないで……」


 と、そう聞こえた気がした。

 俺は声の聞こえた方向に走り出して、その声の主を探した。

 声は近付いたと思うと、それに反比例するかのように小さくなっていく。


 虫取りカゴと、何枚かの洋画のDVDが落ちていた。


 今度ははっきりと真後ろから俺を呼ぶ声がした。


 振り返ったが、"その子"の姿は見えなかった。


 夢は、そこで途絶えた。






286: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:47:11.06 ID:9rO0Cxsg0





 翌日の昼過ぎに、なぎさと杏ちゃんがうちに来た。

 俺の部屋には入ってこないとは思ったが、一応掃除をしておいた。

 姉は今日は塾が休みだったようで、うちにずっと居る。

 姉妹が到着すると同時に、なにか買い出しに行ってこい、と姉に言われたのでお菓子やらなんやらをコンビニまで買いに行く。

 こういうときの定番はなんだろう。

 カントリーマアムとかポテトチップス、それと数本の飲み物を購入して急いで家に帰った。

 リビングに入ると、もうゲームをして遊んでいる音がする。

 姉となぎさと杏ちゃんはすぐに仲良くなっているようだった。
 飲み物を注ぎにキッチンに行くと、なぎさが手伝いに来た。






287: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:47:37.40 ID:9rO0Cxsg0


「おまえって姉さんと面識あったのか?」

「あ、いえ。私は知ってましたけど、お話しするのは初めてっすね」

 どうして知ってるんだろう?と首を傾げると、それを感じ取ってか、なぎさが言葉を続ける。

「ほら、目立つじゃないっすか、楓さん」

「目立つ……?」

 姉は比較的おとなしい方だ。
 目立つと言われてもあまり馴染みのない言葉だ。
 姉の方を見てみる。……目立つか?

「ちっちゃくてかわいいって、私の学年でも有名なんですよ」

「……知らなかった。俺の同級生にもそういうやついるのかな?」

「いますねー。先輩が気付いてないだけで絶対いますよ」






288: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:48:05.93 ID:9rO0Cxsg0


「そうなのか…………。なんか複雑な気分だ」

「いやぁ、それはシスコンっすねー、まぁちょっとだけわかる気もしますが」

 ふふふ、と少しわざとらしく笑われた。
 シスコンというより、きょうだいのそういう話を聞くのがあれだという意味だったのだが。

「ていうか、なぎさもシスコンだろ」

 なぜか、なぎさ『も』と口を滑らせていた。
 自分から認めてしまった。間違ってはないと思うけれど。

「そっすねー。杏かわいいですもん、モテるんですよ、かなり」

 なぎさはそう言って誇らしげに笑う。
 なぜ姉のおまえが誇る……とツッコミを入れたかったが我慢した。

「そういう、なぎさ自身はどうなんだよ」

 とくに何も考えず、気になったのでそう訊いてみる。

「そうですね。わたしはー、ヒミツです。でも、先輩ならわかると思いますよ」

 そう言葉を残して、リビングに飲み物を注いだコップを持っていかれた。






289: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/23(日) 19:50:09.58 ID:9rO0Cxsg0


 ーーー先輩ならわかると思いますよ。
 頭の中でその言葉を繰り返したが、まったく分からなかった。

 なぎさが手土産として持参してきたケーキをお皿に取り分ける。
 それを持って行くと、杏ちゃんが早く食べたい!という風に嬉しそうにしている。
 姉も嬉しそうにしていた。

 俺もケーキを食べたあとにゲームに参加した。

 ゲームする。つかれてきたらお菓子を食べて休憩する。食べたら再開する。飽きたらボードゲームをする。

 このサイクルでだいぶ時間が経って、気付けばオレンジ色の光が部屋に差し込むくらいの時間になっていた。

 バイトの時間が近いので、遊びを切り上げることにして、姉と雑談をしているなぎさに合図を送る。

 なぎさは帰りの支度をしていたが、杏ちゃんは遊び足りないような様子だった。

 「もう帰るよー」となぎさが言っても、帰ろうとしない。

 しょうがないので、姉にもうちょっと遊んであげて、と耳打ちしてバイトに向かうことにした。






292: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:27:14.24 ID:1WcP8eJ/0


「人の家にお邪魔してゲームするって多分初めてだから、嬉しかったんだと思います、ごめんなさい」

 彼女は申し訳なさそうに呟いた。
 ……べつに謝らなくてもいいのに。

 大丈夫だよ、と俺が返すとそれからしばらく無言の時間が続いた。

 単純に話のネタがなかった。

 いつもなら、杏ちゃんにコントと言われるようなやり取りをどちらともなく始めるのだが、疲れていたのかそうはならなかった。


 与えられるのを待っていても仕方がない。
 が、ムリに喋ろうとしてもこの前みたいに心配されるかもしれない。

 週末のこと、この前のこと、話したいことはいろいろあるが、次の機会にとっておこう。


 歩いていると、なぎさは鼻歌を歌いはじめた。

 知らない曲だった。ゆっくりとしたテンポ、バラードだろうか。

 なんだか、すこし懐かしい気がする。






293: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:29:33.98 ID:1WcP8eJ/0





 夕方からのバイトはかなりキツく感じた。

 最近外出することが多かったし、今日も結構身体を動かすようなゲームをしたから当然といえば当然だった。

 お姉様系先輩は居なかった。
 この前言ってた海にでも行ったのかもしれない。

 なぎさは行って早々に夕方のピークを迎えたもんだから、あたふたと慌てていた。

 八時過ぎくらいに、むかし俺にタバコについてイチャモンをつけてきたおじさんが来店した。

 今ではなかなか仲良く(?)なって、たまに世間話なんかをされる。
 いい歳したおじさんなのに、立ち読みコーナーでジャンプだったりマガジンだったりを読んでいる。

 まえに、マンガ好きなんですか?と訊いたら、こち亀が終わって悲しい、と言っていた。

 おじさんは少し立ち読みをした後に、おつまみと酒を持ってレジに行った。
 レジ担当はなぎさだ。

 不慣れだと何か言われるかもしれないな、と思って近くまで行こうとしたが、「まあ最初はそんなもんだ、ガハハ」と笑いながらなぎさがお目当てのタバコを取るまで待っていた。

 対応の差を感じる。というか性別か。女の子には優しいんですね。






294: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:31:26.05 ID:1WcP8eJ/0


 それから少しして、店内にお客さんが一人もいなくなった。

「まえに言ったひと、あのひと。俺は初バイトで怒られた」

 一応なぎさにおじさんのことを伝えておく。
 また来るかもしれないし、結構常連さんだから。

「そうなんすかー。
 うーん……私には優しかったですよ」

 なぎさはまた、えへん、という顔をしていた。
 なんだかちょっと悔しくなった。






295: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:33:02.44 ID:1WcP8eJ/0


 帰り道では、さっきとはうって変わって話がはずんだ。

 杏ちゃんの好きな食べ物の話から広がって、なぎさと杏ちゃんが毎日交互に料理をしているということを聞いた。

 ちょっと親近感を抱く。
 うちはほぼ姉に任せっきりではあるのだが。

 別れ際になって「明日も楽しみです」と言われた。
 知らなかったが、多分そういうことになったんだろう。

 夏休みがかなり充実しているような気がする。今までにないような、そんな楽しい感じ。

 ひとりになってから、なぎさがさっき鼻歌で歌っていた曲の歌詞を口ずさむ。

 英語だったから歌詞の意味はそれなりにしかつかめないが、気分はハイになっていた。

 千咲の家の前を通りすぎるときに部屋を見ると明かりが点いていた。
 合宿が終わって帰ってきたんだろう。

 まじでいろいろと大変そうだな、本当に。
 帰ったらLINEしておくか、と考えながらゆっくりと帰っていった。






296: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:35:28.60 ID:1WcP8eJ/0





 八月序盤らしく、朝起きたときにはまだ九時台だというのに外はガヤガヤとしていて、強い日差しが部屋の中に差し込んでいた。

 夏休みというと長いイメージを持つが、まぁ、そんなことはない。

 うちの学校は、夏休みの始まりが他校よりはやい分、終わるのが少しはやい。

 夏休み明けには、実力テストという名の課題テストが待っている。
 "実力"テストなのだから、"実力"で、という割には課題から丸々コピーで出すあたりテストの存在意義が見えない。

 ふと、ベッドの横のカレンダーが目に留まって、残り日数を数えてみた。

 残りは三週間あるかないかくらいだった。

 少し憂鬱な気分になりながら居間に行き、ソファに寝転がる。
 ひんやりとした感覚が気持ちいい。

 寝転がりながら、俺の思考は夏休みの残りの二週間でなにをできるか、ということに行き着く。






297: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:37:04.04 ID:1WcP8eJ/0


 課題も終わりかけているから時間には多少の余裕がある。

 今日はみんなで遊んで、週末はなぎさと田舎に行って、姉と千咲はどうせ遊びに行きたがるだろうから、三人でどこかに行くというのもあるだろう。

 夏らしいイベントを考えてみる。

 海、プール、バーベキュー、花火、キャンプ、避暑地に旅行……。

 あとは……夏祭り、とか。

 夏らしいイベントといえばそこらへんが定番だろう。

 ここ数年の自分には恐ろしく縁が無いようなことばかり思いついた。

 考えてみたら、自分は夏休みならではというイベントを何もやっていなかった。
 バイトして、たまに遊んで、ゲームして、これでは普段と変わらない。

 現実的には花火だが、それなりに人数が居ないと面白くないだろうし。

 夏祭りは姉と行ってもたいして楽しめないだろう。
 せいぜい出店のホットスナックを食べまくれること位しかメリットがない。

 それにバイトが入っていたかもしれない。






298: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:38:21.84 ID:1WcP8eJ/0


 スマートフォンを手に取り、シフト表を見ようとしたときに、リビングのドアが開いた。

 そちらを見ると、商品がパンパンに詰まったスーパーの袋を持った姉がいそいそとそれを運んでいた。

「その荷物どうしたの?」

「あー、これね。なぎちゃんと杏ちゃん来るじゃない」

「あぁ……はい」

「ちーちゃんも呼んだら、ちーちゃんの友達も来るって言ってて、よかったらお昼ごはんつくろうかーってなって」

「うん……って、は?」

「あー、大丈夫大丈夫。今日も塾お休みだし、六、七人分なら余裕だよー」

 姉の心配をしていないわけではなかったが、今はそうは考えていなかった。
 千咲はまだわかるにしろ、千咲の友達って……。






299: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:40:02.50 ID:1WcP8eJ/0


 男女比率的にハーレム状態だ、なんて考えている余裕はなかった。

 急いでコウタに今日遊びに来れないかと連絡を取ったが家族旅行で九州に行っていると返信がきた。

 いつも暇そうにしてるのにこういうときに限って……。
 こういうときにさくっと呼べる友達がいないのは正直キツイ。

 千咲は流石に中学の時の友達は誘わないだろうし、高校の共通の友人はあまりいない。

 となると、吉野さんあたりだろうか。
 ゲーム好きって聞いたことあるし。


 予想は的中して、十時過ぎ頃に千咲と吉野さんがやってきた。

「はーくんお久しぶりです、遊びに来ました」
「おじゃましまーす、遊びに来たよー」

 手土産にミスドを貰った。わざわざ買いに行ったのか。






300: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:42:19.89 ID:1WcP8eJ/0


 荷物を受け取って、居間に二人を通した。

 姉と千咲が話をはじめて、吉野さんもそれに加わっている。
 話に混じるのもなんだか億劫なので大人しくテレビを見ていることにした。

 なんとなく甲子園の中継をかける。
 昨日開幕したとかなんとか、あまり野球には興味がないが、暇をつぶすには丁度いい。

 麦茶を持ってきて、それを飲みながらテレビ画面を見ていた。

 一発逆転のあるスポーツは見ていて面白い。
 自分が慣れ親しんだスポーツは最後まである程度決まってしまうものであったからかもしれない。

 九回裏二死満塁、三点差、とか。
 すごくワクワクする、素人目で見ても。

 俺の人生も一発逆転できないだろうか。
 『あなたの願いを叶えましょう〜』なんて言って天使が現れてなんでも叶えてくれたりとか。

 バカなことを考えていたら、俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、唐突に話を振られた。






301: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:44:20.25 ID:1WcP8eJ/0


「はーくん、部活見にきてましたよね。るりちゃん……あ、マネージャーの子から聞きました」

「え、ハル見に行ったんだ。懐かしいなー、部活命だった頃もあったよね」

「ま、まぁな……」

 この話は正直したくない。
 が、話の流れを止めるのも申し訳ない。

「どうでしたか?久しぶりに見ましたよね」

「……あー、お前ミスしすぎ。周りに比べてちっこいんだからもっと動けよ」

 素直に感想を言った。

「ち、ちっこいってなんですか。失礼ですよ、普通に!」

 千咲は、いーっと俺に睨みをきかせた後に、俺の手をとり、自分の頭に持って行った。

「……なんだよ」

「ほ、ほら。私だって伸びてるんですよ? 確認してください」

 少しも伸びている気がしない。というか中学入ってから全く変わってないような気がする。

「変わってなくない?」

 千咲は不満であるのを表現するように、置いている手をバシッと叩く。

「去年から、1センチも!伸びたんですよ!この違いがわからないとモテませんよ!」

「いや、別にモテなくていいし……」






302: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/24(月) 19:45:04.96 ID:1WcP8eJ/0


「はいはい。喧嘩しないの」

 姉が笑いながらそう言った。
 吉野さんも後ろで笑っている。

 このまま会話を続けてもあれだな、と思っていたところだったので助かった。

「ちーちゃんと相澤くんって面白いね、やっぱ」

「いやまったく面白くないです」

 即答した。が、まだ笑われている。

 仕方がないのでその場から退散して、三人分の飲み物を注ぎに行った。

 その間、俺以外の三人で何かを話していたようだったがうまく聞こえなかった。
 でも、千咲は顔を真っ赤にしていたような気がしなくもない。

 テーブルに麦茶を置いて、またテレビの前へと戻った。

 三人は夏祭りの話を始めたようだった。
 浴衣がどうの、とか誰と行くか、だとか。

 女同士の会話には少しついていけません。
 ……少しじゃなかった、凄く無理です。

 聞き耳をたてるのはなんとなく嫌だったので、話し声を完全にシャットアウトすることにした。

 なぎさと杏ちゃんはやく来てくれ、と思ったが、ふつうに彼女達も女だった。

 八方塞がり、とはこの事か。

 でも、なぎさと一緒にいると、男友達のそれというか、あまり気を使わずに接しているような気がする。

 とにかく、テレビの前ではやく時間が過ぎることを祈っていた。






305: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:00:38.82 ID:XkK2zSqg0





 十一時頃になって、ようやく姉妹がうちにやってきた。

 なぎさは千咲と吉野さんがいて、少し驚いたようだった。
 二人と面識はないらしかったが、すぐに打ち解けていた。

 杏ちゃんはどうも、と一言だけ形式めいた挨拶をして、俺が座っているソファの隣に腰掛けた。

「……杏ちゃん人見知りなの?」

 思ったことを訊いてみる。

「……ゲームを早くしたくて」

 思ってた反応と正反対だった。
 どうやら昨日でかなりハマってしまったらしい。
 対戦ゲームが好きな子、結構いいな。

「じゃ、じゃあ始めるか。昨日やったやつでいいか?」

「はい、はやく始めましょう」

 ゲームのロード場面で急かされたのは初めてかもしれない。

 ゲームを始めて少し経つと、姉が料理を始めた。
 なぎさがキッチンに行って自然にそれを手伝っていた。

 そういえば料理できるって昨日聞いた気がする。

 千咲と吉野さんにゲームに混ざるか聞いたところ、課題を進めると言っていた。
 じゃあなんでうちに来たんだ……。






306: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:02:05.96 ID:XkK2zSqg0


 杏ちゃんはというと、ゲームの上達が早く、俺はCPU相手をボコボコにする姿を眺めていた。
 一応協力プレイなのだが、一人で倒してくれるので次に進むだけだった。

 無言でプレイしても飽きてくるだろうから話を振ることにした。

「そういえばさ……」

「なんですか?」

「ちゃん付けめんどいから、杏って呼んでいい?」

 杏ちゃんは、コントローラーを持ったまま固まった。

「それって口説いてますか?」

 なわけないだろ、ふつうに。

「いや、なぎさの妹だからいいかなって」

 我ながら意味のわからない答えだ。
 まあ突発的に思いついた事なので仕方がない。

「いいですよー。お姉ちゃんのお友達ですもんね」

 ……お友達、か。この前もそう説明したが、実際どうなのだろう。






307: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:04:26.87 ID:XkK2zSqg0


 少し前にも考えたことがある。

 なぎさとは友達、なのだろうか。
 というか、よく関わる人だってどうなのだろう。

 姉は家族で、千咲は幼馴染で、コウタはラフな感じで、吉野さんは友達の友達みたいな感覚で、なぎさは後輩で。

 まともな友達と呼べるのはコウタくらいだった。

 クラスメイトとだって、会えば話をしたりはするけれど、そこから深い付き合いをしようとは思えない。

 あのときの経験がそうさせているのか?
 自分が不安なときに離れていった元友人との経験で知らず知らずのうちにそういう思考に陥っているのか?

 でも、それは考えていても仕方がないことだ。






308: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:06:54.70 ID:XkK2zSqg0


 しばらくすると、姉となぎさが昼食を作り終えたようで、みんなで昼食を食べることにした。

 パスタとピザ、ものすごくカロリーが高そうな組み合わせだった。

 美味しかったので素直に褒めると、なぎさが作ったものだったらしく、「まぁ私にかかればちょろいもんっすよ」なんて言って少し照れていた。
 
 午後になって、六人全員でゲームをすることにした。

 交代時間に千咲に勉強を教えたり、自分でも課題の残りを進めたりした。

 吉野さんがどのゲームでも圧倒的な強さで、少し驚いた。
 俺も全く歯が立たなかった。杏ちゃん……杏は、強い人を見つけて嬉しい!と言わんばかりに楽しんでいた。


 空がオレンジ色に染まってきた頃に、飲み物を求めて自動販売機に買いに行こうとすると、杏がついてきた。






309: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:08:39.67 ID:XkK2zSqg0


「で、お兄さんは誰が好きなんですか?」
 
「なにか買ってやろうか?」

 質問を流すことにする。
 が、杏はそうはさせまいと話を続けてくる。

「みんな美人で、お兄さんもてもてですよね」

「……」

「誰とくっついても私的にはおもしろいと思うんですよー」

「……」

 何視点だ、それ。

「でもお兄さんはこの前みたいに女の子らしい身体つきの子が好きそうなので、お姉ちゃんがいいと思いますよ」

 自分の姉を推すのはどうなんだ、と思ったが言うのはやめておいた。

「……それは、どうして?」

「ほら、楓お姉ちゃんも今日の二人も私も、お姉ちゃんより小さいから……」

 小さいから……。
 すぐにわかってしまう自分が少し嫌になる。

 まるで俺が巨乳愛好家とでも言わんばかりの暴論だった。
 この前のはいきなりああいうポーズを取るから驚いただけだ、そう思いたい。

「……あのな、好きになるなら性格とか相性とか……いろいろあるだろ」

 最近なぎさとした会話のまま、そんなことを口走っていた。
 中学一年生の女の子に何語ってんだ、俺。






310: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:11:37.89 ID:XkK2zSqg0


「そういえば……」

「なに?」

「お姉ちゃんと今度旅行行くんですよね? がんばってくださいね、応援してます」

 あまり掘り下げてこなかったので少し安心する。

「旅行……まぁ旅行か。うん、ありがとな」

「じゃあ、相談料ですねー。ジュース二本でいいですよ?」

 結局奢らせんのかよ。
 相談というよりも杏の方から質問をぶつけてきただけな気がする。
 まぁ、黙っててくれるのなら安いもんだ。

 杏は俺から五百円玉を受け取ると、お茶と炭酸ジュースを買った。
 なぎさと違って邪道好きではないらしい。

 家に帰ると、残っていた女四人で人生ゲームをしていた。
 ぶっちぎりでなぎさが貧乏になっていた。少し面白い。

 杏はそれを楽しそうに見ていたのでそのままにして、俺はそろそろみんな帰るだろうと部屋に戻ることにした。






311: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:13:44.58 ID:XkK2zSqg0





 窓から外が真っ暗になったことを確認してリビングに戻った。

 吉野さんは帰る用意をしていたが、姉妹と千咲はまったく支度をしている気配はない。

「あ、じゃあ私帰るから。またね、みなさん」

 ぺこり、とお辞儀をして吉野さんは帰ろうとする。
 姉がまた来てねー、と手を振る。

 さすがに外まで見送ることにした。
 他四人はそれについてはこなかった。

「駅まで送らなくてもいいか?」

「あー……うん、大丈夫だよ。
 それより、いきなりお邪魔しちゃってしてごめんね」

 一応、姉の許可はとっているのだから謝る必要はないのに、とは思う。

「いや、みんな楽しそうにしてたし、また良かったら来てくれよな」

 社交辞令っぽい言い回しになってしまったが、にぎやかなのは嫌いじゃない。
 なにより、姉が楽しそうにしてるのを見れるのは良いことだ。

「今度はみんなで花火やろっか」

「あぁ、それもいいかもな」

「じゃあ、来週あたり。またお邪魔するかもしれないから、よろしく!」

 吉野さんはそう言って、またね!と付け足して駆け足で帰って行った。






312: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:15:52.67 ID:XkK2zSqg0





 またリビングに戻って、千咲たちがテレビゲームをしているのをソファに座ってぼーっとしながら見ていた。

 かなり白熱していて、自然にもう一戦もう一戦とエンドレスに対戦が繰り返された。

 なぎさにいつ帰るの? と問うと、今日泊まりますよ。楓さんから聞いてないんですか? と返答された。

 姉の方を見ると、「まぁ……そういうことだから」と意地の悪いような笑みを浮かべた。

 どうやらそういうことらしい。

 ……なぎさと杏と、千咲まで泊まりか。

「親とか大丈夫なのか?」

 面倒なので近くにいた千咲にそう訊いてみた。

「はーくんとのおうちなら大丈夫って言われましたよ」

 俺の家、じゃなくて姉の家と言って欲しい。
 千咲の親御さんに誤解されると厄介だし、実際たまに会うといじられるし。

「じゃあ、私たち盛り上がってるからハルが夜ご飯作ってね、よろしくー」

 姉はこちらを見ずにそう言った。






313: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:17:00.25 ID:XkK2zSqg0


 いろいろとマズいのではないか。
 ……そんなことを言ったら週末泊まりで出かける方がマズいのかもしれないが。

 まぁ、過ぎたことは仕方がない。
 食材は豊富だったが、すぐにできる簡単なものを作ることにした。

 料理をしていると、昼間のようになぎさが少し手伝ってくれた。
 誰かと料理をするのは久しぶりで少し楽しく感じた。

 夕食を食べた後、またゲームをして騒ぎ出した姉たちをよそに近所のドラッグストアに向かった。

 歯ブラシとか入浴剤、スナック菓子を買ってこい、と姉に命を受けたからだ。
 自分もちょっと外に出たかったので丁度良い。

 種類とか選ぶの面倒だから誰か一緒に行こうと誘うと千咲がついてきた。
 少し目が疲れてきていたらしい。

「お泊まり、久しぶりですね」

「そうだな。千咲は合宿終わったばっかなのにまた泊まりで大丈夫なのか?」

 ちょっと心配していた。校内とはいえ疲れも溜まってるだろうし。

「……大丈夫ですよ。もう少ししたら遠征になっちゃうので、それまでに夏っぽいことしたいんですよね」

 たしか、週末から三日間隣県に遠征に行くと言っていた。
 夏休み中盤に差し掛かるというのに自由がないのは少し可哀想に思える。

 夜道で灯りもないので、隣同士で歩いていた。
 何か喋ろうと思ったが取り立てて言うような話はなく、無言になってしまった。






314: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:18:33.04 ID:XkK2zSqg0


「なにか、お話しようか」

 沈黙を破るために千咲にそう問いかけた。
 千咲はなんのこと?というように首をかしげたあと、納得がいったのか喋り始めた。

「じゃあはーくんに質問です。楓ちゃんと、仲良くないですか?」

「……え?」

 質問の意味がわからなかった。
 特に何かが変わった、という自覚はない。

 姉と仲違いしていたときから仲直りしたときまでの期間、千咲には一度も会っていない。

「今日、結構近かったです。前は、もっとこう……距離を取ってるっていうか……」

「い、いや……そんなことはないと思うけど」

 千咲はうーんとしばらく唸っていた。

 ちょっとした何かがあるのだろうか。
 自分ではわからないだけで千咲からしたら気になるようなものなのか。






315: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/25(火) 20:20:26.54 ID:XkK2zSqg0


「……でも、まあ、私の勘違いかもしれませんね、忘れてください」

「……うん」

 なんだったんだろう。
 自分でも気付いていないだけでそんな変化が起きているのか。

 それからも、千咲からの質問タイムは続いた。

 千咲が合宿のときに何をしていたかだとか、次は何をして遊びたいかだとか。

 ドラッグストアに着いて、入浴剤などは千咲が選んでくれて、自分はスナック菓子を選ぶだけで済んだ。

 一応ついてきてくれたお礼として棒アイスを手渡すと、喜んで食べてくれた。

 帰り道でも質問されて、それに答えるという方式で、無言にはならなかった。

 また、隣同士で歩いて帰った。

 距離はさっきよりも、ほんのちょっとだけ近かった。






319: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 20:45:54.31 ID:9yMAw0jo0





 家に帰って、ゲームに参加して、お菓子を食べて、千咲の課題を少し見た。

 時計の針がてっぺんを指すころ、千咲と杏、なぎさと姉の順番で女たちが風呂に入ったようだった。

 俺はその後、お湯を入れ直すのも時間がかかるのでシャワーで済ませることにした。
 女の子の入った後の風呂、字面だけ見ればそそるようなシチュエーションだったが、なんか……あれだし。

 急いでシャワーを済ませて、風呂場から戻ると、リビングには誰の姿もなかった。

 もうみんな寝入ったのだろうと、ベランダに出て、音楽を聴きながら、風呂上がりで火照った身体を冷ますことにした。

 『透明少女』だったり、『スターフィッシュ』だったり、『白い夏と緑の自転車赤い髪と黒いギター』だったり……。

 なんだか夏っぽい曲が連続で流れた。

 感傷に浸りつつ、手元にある緑茶を飲んで、空を見上げる。

 月は半月で、星が綺麗に目に映る。
 周囲に家はあるが、マンションやビルがないからか、ここら一帯は星が見えやすい。

 耳に聞こえてくる歌詞を思わず口ずさんでいた。
 べつに誰にも怒られはしないだろうけど、一応小さな声で。






320: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 20:47:50.55 ID:9yMAw0jo0


 そういえば、この前電車を待ってるときになぎさに見られたな、と思い出して周囲を見渡した。

 横を見る、誰もいない。

 振り向けば、奴がいる。
 いや、誰だろう。

 リビングの照明は消してしまったのでこちらからは誰であるかは見えない。

「誰かいる?」

 とりあえずそう訊くと、その人物は網戸を開けた。

「誰って、私っすよー先輩」

 普通になぎさだった。

「……おい、さっきの聴いてた?」

「はい、ばっちり。話かけようとしたんすけど、楽しそうだったのでつい」

 また恥ずかしい経験をしてしまったのか俺は。

「……お前忍者かなにか?」

「このやり取り前もやったっすねー」

 ふふふ、と笑いかけられた。
 お約束、ということだろうか。

「もう寝たとばかり思ってたんだけど」

「そのつもり……だったんですけど」

「けど?」

「先輩が部屋に来ないので迎えに来たんすよ」

「……あぁ、そう」






321: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 20:49:11.61 ID:9yMAw0jo0


 口先では納得したような言葉を放ったが、なぎさの発言には違和感を感じた。

 "俺''が部屋に来ない?
 なんなんだろうか。

 寝るとしたら姉の部屋にだろうし、俺を呼びにくる必要なんてないはずだ。

「どうしてなぎさが?」

「最初は女子みんなで寝ようってなって」

「うん」

「お風呂から上がって楓さんと部屋に行ったらもう杏と千咲先輩が楓さんのベッドで先に寝ちゃってて」

「それで?」

「楓さんは床で寝るからいいけど、お客さんにそれは申し訳ないって。
 先輩の部屋を使うようにって言われたんです」

「……」

「で、入ったはいいんすけど、なんだか落ち着かなくて。
 先輩に許可も取らなきゃな、って思って呼びに来ました」

 姉は馬鹿なのか? 敷布団なり、探せば和室とかにあるだろうに。

 というか俺の部屋、ベッド一つしかないんだけど。
 なぎさはどう考えていたんだろうか。

「それって、一緒に寝るってことか?」

「ええっ……と……。
 い、いやそれは……それは、まあそういうことに、なるかもしれないっすけど」

 手をわちゃわちゃと動かしながらそう言った。
 おそらく何も考えてなかったんだろう。






322: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 20:51:06.02 ID:9yMAw0jo0


 いや……普通に考えて一緒に寝るわけないんだが。

「姉さんは何て言ってたの?そのことについて」

「…………どうせヘタレだから何もして来ないだろうし大丈夫だと思うって」

 なんだそりゃ。
 いや、間違ってないけれども。

「あのな、さすがにこの歳の男女が一緒に寝るってダメだろ」

「……ま、まあそうっすよね」

 あっさり納得してくれた。
 まぁしてくれないとそれはそれで困るのだが。

「俺はソファで寝るから、ベッド使って早く寝なさい」

「あっ、はい」

 しっしっ、とあっちに行くように手を振って、正面を向き直した。

 が、なぎさが帰るような気配はしない。

 まぁ放置してればじきに帰るだろうと、また音楽を聴こうとイヤホンを耳にかけた。






323: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 20:53:10.03 ID:9yMAw0jo0


 少しの間があって、突然後ろから肩を掴まれた。

 慌ててなぎさの方を見る。
 なぎさは何かを誤魔化すように、斜め下を向いて俯いている。

「わ、私は先輩と一緒でも別に構わないというか……」

 暗いせいか表情はよく見えない。
 でも声音だけでそれが緊張しているものということが分かる。

「……」

「先輩なら、私も、その……」

 途切れ途切れながらも、その言葉は俺の耳に響いてくる。
 どうしてそう言うのか、俺にはわからなかった。

 だが、良いって言ってるなら俺も良いじゃないか、なんて思考には到底至らない。

「……お前がよくても、俺がだめだ、ごめん」

 多分、一緒に寝たいと言っても、下心とか、そんな考えで言ったのではないと思う。

 けれど、何があったとしても、なかったとしても、それを我慢できる気がしなかった。






324: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 20:54:52.82 ID:9yMAw0jo0


「そう、ですよね。……ごめんなさい、先輩」

「いや、謝まるなよ。……俺はもう少ししたら寝るから。じゃあ、おやすみ」

「は、はい。わかりました、おやすみなさい先輩」

 なぎさはそう言うと早足でその場から立ち去った。

 二階にあがったのを確認してから、薄地の毛布を持ってきて、ソファで寝ることにした。

 当然すぐには寝付けない。

 さっきまでのことが夢であったかのように、頭の中でぐるぐると回っていた。

 寝ぼけてたのかもしれないし、そうでもないかもしれない。

 都合の良いように捉えれば、そういうことかもしれない。


 ……でもまぁ、明日になったら今まで通り接してくれるだろう。

 あとでなぎさに今夜のことを言及しても困らせるだけなのは目に見えてることだし。

 俺はそのままでいよう。
 なぎさもきっとその方が喜ぶだろう。

 そう考えて、目を閉じることにした。






325: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 20:56:53.03 ID:9yMAw0jo0





 翌朝、誰も起きてきていない時間に目を覚ました。

 ……身体が痛い、全身が痺れている。
 ソファで寝るとここまで疲れが取れないのか。

 足元に落ちていたスマートフォンを拾い上げて、少しの間画面を見ていた。

 コウタからのLINEの通知があった。
 画像が添付されていたのでそれを見ると、ハウステンボスと、その前に立っているコウタの写真だった。

 たしか長崎県だった気がする、あれ大分県だっけ……?
 まぁ、どっちでもいいか。


 長らく未読にしてしまっていたので早朝ではあるが軽く返信した。
 昨日うちに来れば吉野さんと遊べたのに……ちょっと残念だな。
 もう少しだけそっちにいると言っていたから、来週花火するとしたら誘うとしよう。

 ソファから起き上がって、水をコップに注いでから椅子に座った。

 あまり寝ていないせいか、頭がぼーっとする。
 寝起きにはあまり強くない。






326: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 20:58:42.84 ID:9yMAw0jo0


 コップの水を飲み干したときに、リビングの扉が開いた。

 千咲が起きてきたようだった。

「おはようございます、今日はやいんですね」

 俺を見るなり挨拶をされた。
 どうやら千咲の目は完全に覚めているらしい。

 あたりまえか、いつも早いし。

「おはよう」

「……はーくん、寝癖ひどいですよ?直してあげましょうか?」

 千咲はそう言って俺の髪を撫でてきた。
 手櫛、ちょっとこそばゆい。

 正常な思考をしていたなら自分で直してくると言ってこの場を立ち去るはずなのに、寝ぼけていたからかそういう気にはならない。

 俺の髪を撫でながら、千咲は話を始める。

「この前あげたコップ使ってくれてるんですね、ありがとうございます」

「あー……この前のね、ありがとう、うん」






327: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:00:18.23 ID:9yMAw0jo0


「……そういえば、なぎちゃんどこに行ったか知ってますか?朝起きたときにはもう居なくて」

 少し考える。
 でも頭がはたらかない。
 たしか、きのう俺は……。

「なぎさは、俺の部屋にいるよ」

「……え?」

 なぜだか千咲は驚いたような顔をしていた。

 俺なんかまずいことでも言ったか?

 考えてみても、理由は浮かばない。

 千咲は俺の顔色を伺うようにこちらを見つめながら黙ってしまった。

 なんでだろう?と困っていたときに姉が起きてきた。

「おはよ、二人共。あんた結局なぎちゃんと一緒に寝たの?」

 姉がニヤニヤしながらそう訊いてきた。

 一緒に、いっしょに。
 …………一緒に?

 落ち着いてみると、普通にまずい事態だった。

 なぎさが俺の部屋にいるなんて言ったらそう思われても仕方がないじゃないか。

 千咲のあの妙な反応にも頷ける。






328: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:01:16.83 ID:9yMAw0jo0


「はーくん、どういうことですか」

 千咲が詰め寄ってくる。
 近い。

「いや俺は、ここで寝たから」

「ほんとですか?楓ちゃん」

 俺の信用はないらしい。

「まぁ、ハルならそうするって思ったけど、ここまでとは……」

「なんだ、ここまでって」

「一緒に寝るくらい、いいじゃないのよヘタレ」

「そんなのよくないです!」

 よくないだろ、と俺が反応する前に千咲がそう姉に言った。

 姉は突然千咲が反応したので驚いたようだった。
 千咲が声を荒げるのをあまり見たことがなかったので、俺も少し驚いた。

「あ…………ごめんなさい」

 千咲はすぐに謝った。
 それを聞いた姉は、千咲の手をとった。

「……ちーちゃん、朝ごはん作るから手伝って」

 姉は露骨に話題をそらした。
 あとで困るのは俺の方なのに。

 千咲は俺をちらっと見て、姉についていった。






329: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:02:38.99 ID:9yMAw0jo0


「あ、あとなぎちゃんを起こしてきて?」

 姉がキッチンからそう言うと、千咲がまた俺のほうを見てきた。
 が、気にしてはいられない。よくわからないことであるし。

「……杏は起こさなくていいの?」

「杏ちゃんは飼い犬の散歩で早く帰っていったからもううちにいないよ」

 あぁ……そういえば。みたらしの散歩か。
 あとラジオ体操も平日だからあるよな、ご苦労様です。

 ずっと見つめてくる千咲の方をできるだけ見ないようにして、自分の部屋に向かった。

 というか、また気まずい感じになってしまった。
 何度経験しても慣れない。
 俺からまた弁解をしなければならないだろう。

 まぁとりあえず、なぎさを起こしに行くとするか。






330: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:03:48.72 ID:9yMAw0jo0





 部屋の扉を開けると、俺のベッドになぎさが横になっていた。
 どうやらまだ寝ているらしい。

 なぎさはぬいぐるみを抱えて気持ちよさそうに寝ている。
 起こすのも悪いから少し見ていることにした。
 
 何か抱かないと寝れないのだろうか。
 じゃあ昨日寝てたら……いや、やめておこう。

 ベッドの横に座って、なぎさの髪を撫でた。
 自分でも何をしてるのだかわからなかったけれど、なんとなくそうしていた。

 二、三回撫でた所でなぎさが「んっ……」という声を漏らした。

 慌てて距離を取る。
 どうやら寝言だったらしい。

 まだ何か言っている気がして、耳を近付ける。

「は…………………だ………………」

 よく聞こえなかった。
 でも、少しうなされているような感じだ。

 改めて近くに寄って見つめてみる。






331: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:05:56.12 ID:9yMAw0jo0


 整った顔立ち。
 少し長めの艶やかな髪。
 ちょっと触れただけで折れてしまいそうな細い身体。

 普段は快活な彼女が、まるで綺麗な人形であるかのように、俺の目に映る。

 いつも気にして見ていなかったけれど、俺はそのとき、確かになぎさに見惚れていた。
 しばらく見つめていたら、なぎさが目をごしごしと擦って、身体を起こした。

 少しきょろきょろと辺りを見渡す。

 ーーー目が合う。
 なぎさはえへへ、と笑いながら俺に抱きついてきた。

 ベッドの上から座っている俺に抱きついてきたので、必然的にベッドの下に落ちる。
 俺が押し倒されるような体勢になってしまった。

「な、なぎさ?どうした?」

 頭の中が混乱していて、引き剥がすことができない。
 というか、いろいろ当たってて身動きが取れない。

「ふふ、えへへ」

「おい、ちょっと」

「ぎゅーー、あはは」

 なぎさは緩い表情で笑ったあと、満足したのかまた寝てしまった。

 初めて見るような表情だった。
 普段はずっとキリッとしているからだろうか、かなり幼く見えた。

 なぎさは俺に抱きついたまま寝ている。
 この状況、どうしたものか。






332: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:07:11.06 ID:9yMAw0jo0


 姉でも千咲でも、これを見られるとかなりまずい。

 できるだけ早くこの状況を変えなければならない。
 朝食の準備を済ませたらこっちでなにをしているのか見にくるかもしれないから。

 …………仕方がないので、無理やり起こすことにする。

 なぎさの肩を掴んで左右に揺すると、目を覚ましたようで、俺の顔をじっと見てきた。

「せ、先輩? どうしたんですか、って……えっ、あのこれは……」

 見るからに混乱している様子だった。
 でも抱きつかれたまま、そのままの状態でいた。

「うんと、起こしに来たらおまえに……抱きつかれてこうなった」

 簡潔に、そう言った。
 嘘はついていない。

 なぎさを見ると、耳の付け根まで真っ赤になっていた。

「わ、私……寝惚けてて。ご、ごめんなさい」






333: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:08:07.66 ID:9yMAw0jo0


「いや、大丈夫」

「え、えっと……」

「あのさ」

「は、はい! なんでしょう!」

「ちょっとどいて、この体勢きつい」

「あ、わかりました」

 抱きしめられていた手を外してくれた。
 混乱しながらも、外さなかったし、なんだったんだろう。

 立ち上がって、呼吸を整える。
 息もつけないような時間だった。

「朝食、もうできてるだろうから下行くぞ」

 なぎさはふぅ、と胸に手を当てて深呼吸をした。
 そして、自分の顔を二、三回パンパンと叩いたあと、いつもの表情に戻った。

「はい、行きましょう、先輩」

 なぎさの態度は戻ったが、俺はさっきの感触が忘れられない、あんなの狡いだろ、反則技だ。
 やわらかい……というか薄着だから視線のやり場にも困ったし。

 やばかった、というひと言に尽きるような、そんな朝のひと時だった。






334: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:09:17.36 ID:9yMAw0jo0





 リビングに行くと、姉と千咲がもう食べ物を並べて座っていた。

 着くなり、遅い、遅いです、と口々に言われた。まぁしょうがない。

 顔を洗いに行ったなぎさが戻ってきて、四人揃って食事をとることにした。

 並びは、俺と千咲が隣。向かいに姉となぎさだった。

 俺が席に座ると、千咲が椅子を近くまで寄せてきた。

「……近くない?」

「いいんです」

「いや、千咲」

「いいの」

「……わかったよ」

 気圧された。というか目が怖かった。

 姉となぎさは、俺らを気にする様子もなく、二人で話をしていた。

「千咲、朝のこと、姉さんから聞いた?」

「聞きました。勘違いしちゃってごめんなさい」

「いやいや、俺の方も寝ぼけててちょっとな」






335: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:10:28.72 ID:9yMAw0jo0


 テーブルから食べ物を取ろうとして右手を伸ばすと、千咲の身体に当たってしまった。

 びくっ、と千咲の身体が勢いよく跳ねる。
 俺も慌てて手を引っ込めた。

 そんな様子を見かねてか、姉がこちらに話を振ってきた。

「ねぇ、あんたたちは食べた後どうする?」

 千咲の方を見る。そっちから答えてくれと目線で言った。

「私はー、このあとも一日中暇ですね。とりあえず一回家に帰りますけど、また遊ぶなら戻ってきますよ?」

 千咲が、どうぞ、と俺の前に手を出した。

「俺はまた寝たい、正直疲れ取れてないし腰痛い」

 今の千咲といても、なぎさといても、考えすぎてしまうような気がするし、一度気持ちをリフレッシュしたかった。

「……なぎちゃんは帰るみたいだから、ハル送って行ってあげて」

「わかった」

「よろしくお願いします」

 なぎさが俺の方を見てそう言った。
 すると、隣にいた千咲がテーブルの下で俺の腕を握ってきた。






336: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:11:23.27 ID:9yMAw0jo0


 なんのつもりだ、と千咲を見ると、俺のことは見ずに、姉のほうを見ていた。

 すぐに腕を振りほどきたかったが、そうはできなかった。
 動いたら姉に「なにしてるの?」と言われることは目に見えてるし。

「そんでちーちゃんは、私と買い物行こっか、買いたいものとかあるでしょ?」

「そうですね…………そうします」

 千咲が頷く。

 なぎさはなにか言いたげな表情を浮かべていた。
 目が合うと、すぐに下を向いて目線を外された。

 なんだか、もどかしい気持ちになった。






337: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:12:15.46 ID:9yMAw0jo0





 朝食を済ませたあと、千咲と姉は早々と出て行ってしまった。
 千咲は何か喋りたそうにしてたが、姉が「はい行くよー」と引っ張って出て行った。

 当然なぎさと家に二人きりになった。
 洗い物を少し手伝ってもらって、部屋の掃除などをしてる間は漫画を読んだりとかゲームをして待ってもらった。

「どうする?杏呼んでまたゲームする?」

「どうしましょうかねー、先輩はどっちがいいっすか?」

 質問を質問で返すな。誰かに怒られるぞ。

 俺は寝たい、いろいろ忘れたい。
 ……いや、忘れたくはないか。

「まあ今日バイトあるし、お開きにするか」

「はい、了解っす。送るの途中まででいいっすよ」

「わかった、じゃあ出るか」

 その言葉の通り、なぎさの家と俺の家の中間地点くらいまで送って行った。

 不思議となんでもないような会話が続く。

 けれどお互い今日の朝の出来事については触れなかった。
 お互いを探るように、というか。






338: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 21:13:39.92 ID:9yMAw0jo0


 途中、自動販売機の前を通りかかって、シュークリームジュースは邪道かどうか訊いた。

「普通に飲めますね、王道です。夏の邪道はスイカソーダです!」

 と返された。
 まぁ、確かに。わからなくもない。普通にまずいと思うし、あれ。

 中間地点まで到着して、杏によろしく、と言って別れた。

 朝まで一緒にいて、また夕方からバイトで顔を合わせるというのは少し慣れないように感じた。

 家に帰って自分のベッドに寝転がる。

 一応掃除はしたけれど、数時間前までここでなぎさが寝ていたのだと思うとなんだか寝られなくなってしまった。

 仕方なく和室から敷布団を持ってきて、それに寝ることにした。

 テレビを消して、読みかけの本を閉じる。
 目を瞑って思考を整理する。

 驚くこととか、不安になるようなこともあったけれど、不思議と気分は落ち着いていた。

 疲れもあったのかもしれない。

 そのまま俺は、普段より安心して意識を手放した。






343: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/27(木) 21:05:34.34 ID:aOpv0IAg0





 その日の午後、バイトまでの時間で姉から召喚された俺は、近くのショッピングモールに来ていた。

 五時間程ぐっすり眠れたからか、かなり疲れは取れている。

 千咲はなぜか朝のように俺の方をじっくりとは見てはこなかった。
 こちらとしてはありがたい、のだがどういう心境の変化なんだろうか。


 浴衣を選んでくれ、と姉と千咲に言われる。

 夏祭り用に買いたいという名目で。
 レンタルとかでいいんじゃないかとも思ったが、そこまで口に出すことはしなかった。

 千咲に手を引かれて、浴衣が売っている店の中に入る。
 あまり混んでいないけど、カップルばかり。
 ちょっと前もこんなことあったな。

 そういえば、姉は勉強しなくていいのだろうか?

「姉さん、塾とか行かなくていいの?」

「……あぁ、ちょっとね」

 話の続きを待つ。
 が、続きは一向に言われなかった。






344: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/27(木) 21:08:10.02 ID:aOpv0IAg0


「ま、まぁ少し気になっただけだから」

「うん、ありがと」

 フォローを入れて、感謝される。
 普段から真面目な姉さんがサボりとも言える行動をしているのは正直かなり気になった。

 ……けれど話したくないのなら仕方がない。

 カマをかけるようなやり取りになってしまったが、何かあったというのは確からしい。

 この前父親と何か話したのか?
 それとも、俺とのあの会話で?

「ちょっと……」

「どうした?」

 少し考えていたら、後ろから千咲に話しかけられた。

「選んでくださいよ、そのために呼んだんですから」

「おう、えっと……」

 二着の浴衣を見せられた。
 どっちかから選べ、ということだろう。
 水色にツバメの柄のデザインと、ピンクに撫子のデザインのものだった。

「着付けとかできるのか?」

「お母さんにやってもらいます」

 うん、派手さはあまりない。
 千咲のイメージから言うと、後者の方が似合っている気がする。






345: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/27(木) 21:10:13.89 ID:aOpv0IAg0


 どっちにしろ似合うとは思う。

「……どっちでも似合うと思うんだけど」

「あのですね、それは一番駄目な解答ですよ?ちゃんと選んでください」

 千咲はわざとらしく怒ったように見せてくる。

 もう一度見比べてみる。

 ポップさのあるピンクの方がいつも着ているような感じだ。

 ツバメ柄はどちらかといえば……。

「そっち、ピンクの方が俺はいいと思うな」

「……」

 黙られるという反応は予想しなかった。
 自分から選べと言ったはずなのに。

 返答を待っていると千咲は再度、自分の持っている二つの浴衣を見比べ、うーん、と唸っていた。

「……自分の好みの方でいいんだぞ?」

「……いや、私もこっちがいいって思ってて。これにしますね!」

 そう言って走って会計をしに行ってしまった。






346: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/27(木) 21:11:20.49 ID:aOpv0IAg0


 姉はというと、白地に紫の浴衣を買っていた。
 浴衣に合わせる小物だとか髪飾りも買っていた。
 いちいち値が張るようで、少しお金を貸した。

 それからフードコートで少し遅めの昼食をとった。

 いろいろ買った後に、帰り道で二人と別れる。

 今日も泊まります、と千咲は俺に言ってきた。

 俺と姉的には歓迎なのだが、大丈夫なのだろうか。
 まぁ昨日はすぐ寝てたみたいだし、俺が悩むようなことではないか。






349: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 18:52:40.64 ID:kDOaT9np0





「あのさ……好きってなんだと思う?」

 バイト終わりに、お姉様系先輩がそう問いかけてきた。

 なぎさと二人で帰ろうとしていた所を呼び止められ、コンビニの前で話を始めた。

「……なんかあったんですか?」

 まだ内容は語られていないが、きっとこの前の続きで間違いないだろう。
 俺は視線でその答えを促す。

 彼女は何かに躊躇したのか、口を開きかけて、閉じた。

 彼女は「まぁ、話してもいっか」と呟いて、頬を軽く掻いた。

「このまえ、大学の仲良いメンバーで海に行くって話したじゃない」

「はい」

「それで……。余り物の私ともう一人をくっつけようとしてるって」

「聞きました。で、どうしたんですか?」

「そのもう一人にさ、『君のことが好きだ』って告白されたの。
 もちろん私は好きじゃないから断ろうと思ったんだけど、仮に断るとグループ内の空気が微妙になるし……。
 他のカップルたちはこの際だから付き合っちゃえ、なんて言って私に断るなんて選択肢が無いみたいな扱いをしてきて…………」

「……」






350: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 18:54:02.30 ID:kDOaT9np0


「……問い詰めたらさ、最初から、そういうつもりだったんだって。
 そいつが私に告白する場を作るために、海に行くことを提案したって」

 話しながら、語調が少しずつ強くなっていく。

 なんとなく、そういう事が起こるかもしれないとは聞いたときに感じていた。
 ……ひとつの可能性として、ぐらいの考えだったけれども。
 でも、先輩は気にも留めていない様子だったから言及するのは避けておいた。

「それで、先輩は断ったんですか?」

 彼女は身体の前で手を強く握りしめる。

「考えさせてって言った。断ろうと思ったけど、その……」

 続きを言わなくても、言いたいことはわかる。
 彼女の言うとおり、断ったら空気が悪くなるし、旅行中なら尚更それが顕著に感じられるだろう。

「でも無理に引き伸ばすと……」

「それはわかってる! でも……その時はもうそのことを考えたくなくて」

「それは、そうですね……」

 困った。

 こういうときにどう言葉をかければいいのだろうか。






351: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 18:55:47.41 ID:kDOaT9np0


 無責任なことは言えないし、かといって下手に慰めるような事を言うのもなんだか白々しいような気もする。

 けれど、俺にアドバイスを求めているわけではなさそうだし……。

 困っていると、突然隣にいたなぎさが口を開いた。

「あの……言いにくいことかもしれないですけど、その人は、前々から好きみたいなアクションというか……振舞いをしてたんですか?」

 先輩は、ちょっと考えるようにして、夜空を見上げた。

「いやぁー、どうだろうね……。
 私あんまそういうの気にしてなかったから。
 けど、今まで言ってこなかったってことはそういうことじゃないのかな。
 ちょっと前には彼女いたしね、そいつ」

「私は……」

 なぎさは俺より一歩前に出て、先輩の近くに寄った。
 ちゃんと聞いて欲しい、とでも言うように。

「……私は、そんなの偽物だし、狡いと思います。
 その、成功率を上げるためにムードをつくることはあるかもしれないですけど、周りの人たちを使って断りにくくして、なんて……」

 卑怯だと思います、となぎさは言った。






352: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 18:58:33.78 ID:kDOaT9np0


 俺ら二人にはわからないことだとは思う。
 そのグループ内での関係性もあるだろうし、俺らの予想以上に深刻なことだったりするかもしれない。

 それを卑怯と確定してしまうのも早計かもしれない。
 好意は前から多少なりともあったのかもしれないし、他のメンバーに流されて、ということだってあるかもしれない。


 けれど先輩は、そんななぎさの顔を納得したように見て深く頷いた。

「……そうだね。本当に好きだったら、もっと真正面からぶつかってきてほしいし、そんな流れで付き合ったとしてもお互いにとって良くないと思う」

 先輩は、わざとらしく真面目な顔を作って、なぎさと俺の顔を交互に見たあとに、話を続ける。

「……はっきりと断ることにするよ。それで空気が悪くなったとしても、それはそれだよね。
 私は、そうだね……はっきり言える自分が、好きだから」

 その通りです、と言ってなぎさは先輩に笑いかけた。
 先輩もいつもの様子に戻ったようで、なぎさに笑顔を向けている。






353: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 19:01:11.76 ID:kDOaT9np0


「ありがとね、なぎさちゃん。あと、相澤くんも」

 なぎさはともかく、俺には感謝されるようないわれはないと思う。

「いや、俺は何の役にも立ってないですよ」

 先輩は、完全にこちらに向き直ると「それでも……」と言って俺に話を聞くように優しい声音で話し始めた。

 表情からは真摯さが受け取れる。学校の先生が説教をするときみたいな、そんな感じで。

「それでも、ね。話を聞いてくれただけで嬉しかったから、ありがと」

 ……納得はしていないが、そこまで言われてしまっては素直に受け取っておく方が良いだろう。

「……はい、どういたしまして」






354: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 19:02:43.02 ID:kDOaT9np0




 帰り道を歩いている途中、俺はついさっきのことを考えていた。

 意外だな、と。


 先輩の話はわかる、なんら意外なことでもない。
 どこかに男女のグループがあれば、恋愛事のトラブルが起きたっておかしくもない、むしろあって普通だとも感じる。

 俺が意外だったのは、その話を聞いたなぎさの行動だった。

 彼女は、その先輩の周りで起きた出来事に対して、『卑怯』『偽物』『狡い』と強い言葉で否定した。

 自分の身近で起きたことのように。

 自分が経験したことのように。

 そんな彼女の様子を見たことが一度もなかった。
 初めて見るような顔をしていた。






355: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 19:05:04.54 ID:kDOaT9np0


「なぁ、なんでさっき……」

 気になって、さっきのことを訊こうとした。

 でもなんだか、訊いてはいけないような気がして、その先に踏み込んではいけないような気がして、続きを話すのを躊躇した。

 そんな俺の様子を見て、逆になぎさが俺に話し始めた。

「……先輩は、好きってなんだと思いますか?」

 お姉様系先輩に言われた質問と同じ問いだ。

 "好き"か。

 単純な好意なら、姉さん、千咲、コウタ、なぎさ、他の友だち、クラスメイト、みんな程度の違いはあれど持っている。

 だが、なぎさが訊きたいのはそういう意味の"好き"ではないのだろう。

 なんというか……恋人にしたいとか、お付き合いをしたいとか、そういう意味に感じる。

「俺は……」

 口を開いたものの、その続きが一向に出てこない。






356: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 19:06:38.95 ID:kDOaT9np0


 好きだ、なんて言っても相手に責任を負えるわけでもない。

 簡単な質問だ。
 問いかけだって至ってシンプルだ。

 でも、今の今まで考えてこなかったことだった。
 "考えないようにしていたこと"だったのかもしれない。

 あのときのことで、愛とか好きとか、そういうのを感じるのが怖くなっていた。

 言葉に出せば必ず信用に足るというわけではない。
 好きだ、と言ったその口でまた違う人に好きだ、と言うのも簡単だ。

 けれども、言われた側の記憶には残る。

 そして裏切られた、嘘だった、と感じる。

 なら言葉に出さずに……いや、言葉にしない方がかえって良いのではないか。
 そんなことを、しらずしらずのうちに考えていたのかもしれない。

「……ごめん、わからない」

 諦めてそう言った。






357: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 19:08:20.30 ID:kDOaT9np0


「……そうっすか」

「うん、ごめん」

「……まぁ、私もよくわからないっすけどねー」

 そう言って、あはは、となぎさは笑った。

「そういえば、週末のことなんだけど」

「ええっと……はい、なんでしょう」

「朝八時くらいに、家の前まで迎えに行くから。それから四時間くらいかな……お昼どきには向こうに着くと思う」

「わかりました、りょうかいっす」

「……なんか悪いな、俺の我儘に付き合わせて」

 そう言うと、なぎさは訝しげな視線を俺に向けてきた。

「先輩はお馬鹿さんっすねー、まったく」

「……どうして?」






358: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/01(月) 19:09:27.90 ID:kDOaT9np0


「私が先輩と行きたいから、行くんですよ。
 先輩も、そう言ってくれたじゃないっすか」

 それを言われると、そうでしかないので反論はできない。するつもりもないけれども。

「……わかった、できるだけ楽しめるように、考えておく」

 それでいいんですよ、と言って、少しの沈黙のあと、なぎさは後ろから俺の背中にパンチをしてきた。

「どうした?」

 と問うと、「いえいえー」と言って笑っていた。

 それから、帰り道の間ずっと彼女は上機嫌のままだった。

 今日は、彼女のいろいろな表情を見た気がする。
 困ったような表情とか、怒ったような表情とか、喜んだような表情とか。

 夏休みになって、彼女のことをもっと知れたように感じる。

 いつもより気分が良かったからか、歩くのが早かったからか、普段よりも早く分岐点に達した。

「じゃあ、ここで」

「はい、また明日」

 当然のように言い出された、また明日、という言葉が少し嬉しく感じた。

「おう、また明日な」

 なぎさはそれに頷いて、ぺこりと頭を下げた後、いそいそと帰って行った。






361: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:11:43.19 ID:aEmirqbt0





 家に帰ると、宣言通り千咲が来ていた。
 
 二人は当たり前だがもう夕飯を済ませたようで、ソファに腰掛けてだらだらとしていた。

 俺も、準備されていた夕食を食べてから、二人に混じってお菓子を食べながらだらだらとすることにした。

 テーブルの椅子に座りながら、ソファに座っている姉と千咲の様子を見る。

 かなりだらけている。
 夏の暑さにやられているような。

 足元に目線を移すと、扇風機がぶるぶると音を立てて振動している。

 扇風機をつけていて、しかも夜であるにもかかわらず、部屋の中は熱気に包まれている。

 クーラーをつけようと思ったが、つけているのに慣れると外に出るのが面倒になるのでやめておいた。

 じゃあなにか冷たいものを食べよう、と冷蔵庫にアイスを取りに行く。
 一応千咲と姉に確認して、二人のぶんのアイスも取った。

「あづいーーー」
「ですねー……たしかにあついです」

 持ってきたアイスを手渡すと、二人は口々にそう言った。






362: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:14:20.67 ID:aEmirqbt0


 二人ともソファにがっつりともたれかかりながら、手にした棒アイスを食べている。
 もたれかかっている、というよりは寝転がっている感じではあったが。

 夏で、しかも暑いからか、かなり薄着だ。

 夏休みの始めに千咲がうちに来たときのようにいろいろと見えてしまうことだってあるかもしれない。

「……なんですか」

 ちらり、と千咲の方を見ると、振り向いた拍子に目があって、怪訝そうな顔でこちらを見てきた。

「あー、えっと……女の子がそんな格好しててどうなのか、と」

 千咲は、下を向いて自分の姿勢を確認する。
 そしてそれを変えずに、俺を再度見た。

「べっつにぃー、いいじゃないですかー。とっても居心地がいいってことですよぉー」

 間延びしたような、そんな言い方で言われてもな……。

 居心地良くされても困るんだけど。
 ここ俺の家だし。

「そうだそうだー! ていうか、お姉ちゃんの私には言わないのかなー?」

 姉が話に入ってきた。
 私がぐうたらしててもなにも言わないのか、ということだろう。






363: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:17:07.06 ID:aEmirqbt0


「いや、姉さんはいつもそうだから今更なんも思わないよ」

「うわぁー……差別だ。お姉ちゃん悲しいよ……こんな弟に育ってしまって……」

 姉は、うえーん、と見るからに泣いたフリをし始めた。
 千咲もそんな姉の様子を見て、勝ち誇ったような笑みをこちらに向けてくる。

「私も楓ちゃんもこのままでいいですよねー」

「そうだー! だらけるの最高!」

 いや最高って……。
 俺もだらけるのは好きだけどさ。むしろ今夏が例外であとはだらけてるけどさ。

 でも、これは少し良くないような気がする。

 動かさないとずっとだらけたままでいそうだし。
 姉はまあいいとしても、千咲は活発に動いているほうが似合ってると思う。

 なんとかしてここから動かすとするか。

「千咲、コンビニ行くぞ。夜食かなんか買いに行こうぜ」

「えー……。面倒ですよ、それにはーくんは今さっき食べたばっかじゃないですかー」






364: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:18:56.90 ID:aEmirqbt0


 駄目か……じゃあどうやって動かそう、と考えていたときに、千咲は何かに気付いたのか、「あっ」と小さい声で呟いた。

「それって、二人きり? ですか?」

「いや、姉さんも」

 ちらっと姉のほうを見る。

「パスで」

 即答された。

「じゃあ行きましょうか、はーくん。楓ちゃん、なにか買ってきて欲しいものありますか?」

「じゃあからあげ棒でー! ちーちゃんありがと!」

 先程の様子から一転、けろっとした様子で姉は答えた。

 この時間に食べると普通に太りそうだ。
 言ったら面倒だから言わないけれども。

 急に外に出る気になった千咲にびっくりしたが、この状態から動いてくれるならいいことだ。

 財布を取って、千咲と一緒に外に出た。






365: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:21:35.92 ID:aEmirqbt0





「良かったのか? 夏らしいことしたいって言ってたのに、こんなんで」

 夜道、月明かりが照らす中、俺の一歩先を歩く彼女に、そう声をかけた。

「……こんなんで、といいますと?」

「いや、もっとこう、どっか行ったりだとか……」

「いいんですよ。えっと、部活部活だと疲れちゃうじゃないですか。
 だから、リラックスできる感じで居れるのはとてもいいことなんです」

「そっか、それならいいけど」

 会話が切れると同時に千咲は歩調を緩めて、俺の隣にやってきた。

「私は、はーくんと居ると安心できますよ」

「そうか」

「本当ですよー。あ、楓ちゃんと居ても安心ですね」

 そう言って、彼女は距離を半歩分くらい詰めてくる。
 今朝のように、少し動くと肩がぶつかりそうなくらいの近さになる。

「……いや、近いだろ」

 素直に言うと、ぷくーっとわざとらしくふくれっ面を作って俺に見せてきた。

 ちょっとかわいい。
 ……いや、ちょっとどころではなくかわいい、というかあざとい。

「離れて、いいから……」

 そう言っても離れないので、自分から離れることにした。






366: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:24:01.12 ID:aEmirqbt0


 千咲は俺の顔をまじまじと見て、「いやですよ、っと」と言って、また距離を詰めてきた。

「…………」

 多分、嫌な顔をしてしまった。
 そして、それを千咲に見られた。

「……だめですか?」

 俯きながら言う千咲の声音は、先程よりもずっと暗い。

「……昔はこうやって並んで歩いてたじゃないですか。
 なにがいけないんですか?」

 俺が答える前に、千咲は話を続け出した。

 立ち止まって、少しの沈黙が生まれた。
 話すまで動かない、ということだろうか。

「良いも悪いも……昔とは違うだろ、いろいろと。
 ぜんぶがぜんぶ昔のようになんて、俺には無理だと思う」

 言いながら、俺は千咲にこんなことが言いたかったのではない、と頭の中で否定する。
 けれど、出かかった言葉はそんな考えなど無視するかのように、するすると出ていってしまった。






367: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:26:01.65 ID:aEmirqbt0


 千咲はなにも言わずに俯いたまま、反対の方を向いてしまった。

 またやってしまった、と自責の念に駆られる。

 小さいころから一緒で、いつも隣にいてくれて、避けていたのは俺の方なのに、また接してくれるようになって……。

 昔も今も、悪いのは全面的に俺の方だ。

「ごめん……」

 そう言うと、千咲は反対方向を向いたまま、小さく頷いた。

「千咲、俺は……」

「……ごめんなさい。私、先帰ってますね」

 よくわからないんだ、と言い終わる前にその場から走って立ち去られてしまった。

 言わんとしたことも、全くもって正しいことではない。
 千咲が聞きたかったのはそんな言葉ではないのはわかりきっている。

 でも、どうしたらいいのか本当によくわからなかった。

 どう接するべきか、どんな態度でいるべきか。

 千咲とは離れたくない。
 あの時のように、会っても避けてしまうような関係に戻りたくはない。

 あんな思いは、もう二度としたくない。






368: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:28:00.70 ID:aEmirqbt0


 ……言葉にするのは簡単だ。

 繋ぎ止めるために、思っていないようなことでも、それを言えばいいだろう。

 けれど、そんなのは時間稼ぎでしかない。
 結局何処かで綻びが生じて、現状よりも悪くなってしまうかもしれない。

 彼女が最近まで、はっきりとした言葉にしてくることがなかったから、
 行動に起こしてくることがなかったから、俺はそれに甘えていた。






369: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:28:46.91 ID:aEmirqbt0


 このままの関係でいれば、ずっと一緒にいれるのではないか、とそう思っていた。

 だが、あんな風にわかりやすくされたら、流石にわかる。わかってしまう。

 このままずっと、なんていう俺の願望はただの幻想でしかない。
 今まで通りとはいかない。変わらなきゃならない。

 千咲は変えること、変わることを望んでいる。
 どの方向にでもいいから変わってくれ、と望んでいる。

 目を逸らすのはもうやめて、俺も、いろいろなことを決断する時が近付いてきている。


 でも、その前に、俺自身のことを片付けなければならない。
 中途半端な気持ちで困らせてしまうのは、きっと一番不誠実なことだから。






370: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:30:56.02 ID:aEmirqbt0





「ただいま。はいこれ、からあげ棒」

「おかえりー、ありがとありがと」

 姉は俺が外出した時の姿勢のまま、うちわで身体をぱたぱたと仰ぎながら横になっていた。

「千咲は?」

「お風呂入ってるよ」

「そっか」

 スマートフォンを取り出して、ぽちぽちといじる。
 特にしたいと思うこともない。電源を落として机の上に置いた。

 冷蔵庫から麦茶を取り出して、グラスに注ぐ。
 買ってきたヨーグルトとゼリーを食べる。






371: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:32:42.15 ID:aEmirqbt0


 寝るのに飽きたように、姉は起き上がって、小さく伸びをした後、俺の様子をじぃっと見つめてきた。

「なに」

「なんかあった?」

「いや、なんもないよ」

「いや、そんなことないでしょ」

「…………どうして」

「なんかあった、って顔してるから」

「べつに、千咲とは……」

「私ちーちゃんのことなんてひと言も言ってないけど? ……やっぱりなんかあったんだね」

 単純な手に引っかかった。
 まぁとりあえずのところ、姉にも言うわけにはいかないよな。

「……なんでもないよ、ほんとに。
 ちょっと、雰囲気悪くなっただけ、それだけ」

「それだけって……私からちーちゃんに訊くのも駄目な話?」

「うん、話したがらないだろうし」






372: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:33:29.79 ID:aEmirqbt0


 そう言うと、姉はうーん、と悩ましげに唸った後に、咳払いをして俺のことを真剣な表情で見据えた。

「まぁ、本当になにか困るようなことがあったら、お姉ちゃんに相談すること!
 私はハルのお姉ちゃんだけじゃなくて、ちーちゃんのお姉ちゃんでもあるんだからね」

「えっと、うん。わかった、もしかしたら頼るかもしれないからそんときは、よろしく」

「任せなさい!」と言って、姉は満足気な笑みを俺に向けてきた。

 かっこつけたかったのもあるのか、と可笑しくなって、少し笑ってしまった。

 多分、いや確実に相談することにはなると思う。
 俺が話せるような人だって限られてくるだろうし、事情をある程度知っている人でないとわからないこともあるだろう。






373: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/02(火) 21:34:08.45 ID:aEmirqbt0


 とはいえ、姉にはまだあのときのことを話していない。
 先延ばしにしてしまった、あのことだ。

 姉は待ってくれると俺に告げた。

 ……俺も、その待っていてくれていた姉に嘘偽りなく、本当のことを言いたい。
 なにか言われるかもしれないし、なにも言われないかもしれない。
 それは今の俺には知り得ないことだ。

 けれども、考えて考えて、考え尽くした結果なら、姉の心に響くかもしれない。


 だから、話してみないことには何も変わらない。
 俺の考えを何度も何度も批判的に問い直せば、見えてくるものもあるだろう。






381: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 20:49:41.01 ID:A3DxImHA0





 次の日の早朝に千咲は家に帰って行った。

 姉と千咲と三人で朝食まで食べてから帰したのだが、その間もずっと俺と会話はしなかった。

 姉もいろいろ考えてくれたのか、千咲と二人で話せるような話題を出して、俺と会話をしなくてもいいようにしてくれた。


 カレンダーを見ると、今日はもう金曜日で、明日からなぎさと里帰り、という日まできていた。

 お昼前くらいになって、姉が塾へ行った。

 久しぶりに、長時間家で一人になる。
 ここ数日ほぼずっと誰かと一緒にいたからか、少し落ち着かない気分になる。

 一人で家にいるときにクーラーや扇風機を付けるのもなんだか勿体無いので窓を全開にして暑さをしのぐ。

 窓から室内に入ってくる風は中々強い。
 が、夏らしく温い風が吹いていて、逆に暑く感じてしまう。

 テレビの音と掛け時計の秒針の音のみが部屋に響く。






382: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 20:51:40.91 ID:A3DxImHA0


 そういえば、姉は卒業した後にどこに進学するのだろうか、と、そんな考えが、急に頭に浮かんだ。

 姉は頭が良い。それもかなり。
 テストで学年でも一桁から落ちたことはないと聞くし、教師からの評判だってすこぶる良い。
 普段の校内での立ち振る舞いから言ったとしても、内申も高評価ばかりだろう。

 俺は姉にどこ大志望なの?と、訊いたことはなかった。

 考えたこともなかったのかもしれないが。


 母さんの稼ぎがなくなったとはいえ、この家に住んでいて、そのままの暮らしを続けている。
 姉弟二人とも普通科高校に通っているが、奨学金だとか、そんなのも申請すらしなかった。あれは世帯収入で取れるかが決まると誰かに聞いた。

 それどころか姉は高三から塾に通っている。
 大手の塾、というか予備校であるから、講習代だってそれなりにかかるはずだ。

 でも、大して何事もなくそのまま過ごせているのは、父親の稼ぎが相当だということに他ならない。

 地元国立はもとより、難関私大だったり、首都圏の有名大だって狙える学力を持っていると思う。

 だから、姉はうちにいて、ずっと自分の近くにいる、とも言い切れないのではないか。
 正直なことを言ってしまうと、姉の学力なら地元の国立大に行くためにわざわざ塾に通う必要はないはずだ。






383: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 20:52:59.77 ID:A3DxImHA0


 つまりは、そういうことではないだろうか。
 訊いてもいないのに決めつけは良くないが、その可能性が高いと感じる。

 となると俺は来春から実質一人暮らしということになる。
 最低限の家事能力くらいは有るのだが、それでも今姉がいるこの状況より悪くなるのは目に見えている。

 もう少し弟離れして欲しいと思うことも少なくはない。でも、俺だって大概ではないのだ。
 姉に任せてしまっている部分が多すぎる。

 一人になってどう感じるかは、そのときになってみないとわからない。

 ……とりあえず、返していけるものは時間あるうちにやっておくべきだな。

 今日の夕食は、俺が作るとしよう、明日から家を空けるわけであるし。

 そういうところから、ちょっとずつでも、返していけたらなぁ……と思う。
 ただの自己満足であるかもしれないけども。






384: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 20:54:28.03 ID:A3DxImHA0





 意識がはっきりとしたとき、俺はベッドの上に横たわっていた。

 ここはどこだろう? と考えて周りをきょろきょろと見渡した。

 白いベッド、ピンクのカーテン、俺が着ているのは制服。

 学校? 保健室?

 カーテンを開けると、眼鏡をかけた若い女の養護教諭の先生が駆け寄ってきた。

「あ、起きたのね。
 急に倒れたって言われたけど、睡眠不足とか? まだ体調悪い?」

「……倒れたって、えっと」

「黒板に答案を書いて、って言われて席を立ったらそのままふらふらーっと倒れたって」

 とりあえず、記憶がある範囲で思い出してみる。

 今日は家を出るときからずっと体調が悪くて、頭がガンガン鳴っていて。
 休み時間も机にずっと突っ伏していて、体調が悪いのに数学の授業で当てられて。

 そこから…………見えてる景色が真っ逆さまになったような感じがして、どんどん力が抜けていって……。






385: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 20:55:38.26 ID:A3DxImHA0


「あ、はい……。そういうことですね」

「記憶はしっかりある、と。
 えっと、今から少し質問するね?
 頭とか痛かったらやめるから言ってね」

「はい」

「まず、朝ごはんはちゃんと食べた?」

「食べました。昨日の夜も、はい」

 保健室の先生はすらすらと紙にボールペンで記入していく。

「昨日寝た時間と、今日朝起きた時間は?」

「たしか、十一時過ぎには寝て、六時には起きてたと思います」

「睡眠不足、でもないのね」

「……そうっぽいです」

「では、最近なにか悩みとか困ってることとかある? 友達関係とか、家でのこととか」

「…………いえ。特には」

「そっか。君は部活……には入ってないんだよね、たしか」

「そうですけど、なんで知ってるんですか」






386: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 20:56:38.38 ID:A3DxImHA0


 部活はついこの前に辞めたのだけれど、顧問以外の教師、しかも保健室の先生に知られているというのは、どうしてなのか気になる。

「あ……えっと。んー、これ言っていいことなのかな」

 そう言って、彼女はちらちらと様子を伺いながら、赤みがかった長い髪の毛先をくるくると遊ばせた。
 『言って良いですよ』と言え、ということだろうか。

 こんなんでいいのか、仮にも養護教諭なのに。

「……どうぞ」

「えとね、最近の君の様子がおかしいって、聞いていたから」

「え?」

「みぃちゃんが…………んんっ、橘先生が、君の様子がおかしいけど、どうしたらいいかわからないって私に相談してきたの」

「……」

 橘先生、担任の先生だ。






387: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 20:58:07.57 ID:A3DxImHA0


 新任の女教師で、お世辞にも授業が上手いとは言えないが、生徒からは人気がある。

「何度か話してみようとはしたって言ってたよ、えっと、そうだよね?」

 たしかに何度か、放課後の教室で話しかけられた。

 放課後の教室に残っている奴なんて俺だけで、新任なので部活の顧問を持っていない橘先生は、見回りと戸締りの為に、夕方の教室にたまに現れて、俺と話をしたがった。

 部活を辞めます、と言ったときに止めてくれたのは彼女だけだった。

 顧問は、どうぞご勝手に、みたいな態度を取ってきたことを覚えている。
 こればっかりは仕方がないことかもしれない。部活をサボってばかりいたことだし。……まぁ、ほんの少しもやっとすることはあったけれども。

 あとで、途中で逃げる奴は駄目だ、士気が下がっていたから辞めてくれて清々した、と矛盾点たっぷりな皮肉を言っていたと風の噂で聞いた。
 あんなのが学年主任だって言うのだから、この学校はおかしいと思う。






388: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 20:59:05.10 ID:A3DxImHA0


「それは……はい。でも、話すこともそんなにないので」

「そっかぁ。橘先生頼りないもんねぇ」

「い、いえ、そんなことは」

「いや、新任で頼り甲斐がある方がおかしいって」

「……」

「でさ、本当はなにがあったの? 橘先生じゃ心許ないなら、私がある程度聞くからさ」

 先程までの俺の様子を探るような言い方と違って、その声音は真剣みを帯びている。

「たまたま体調が悪くて、とは考えないんですね」

「だって違うでしょ?」

「どうしてそう言い切れるんですか」

「勘」

「いやいや、勘って…………」

「断片的にでもいいよ、話せることだけでいいから」

「いえ、なんもないんです。ただの、体調不良です」

 そう言うと、彼女は怪訝そうに俺を見ながら「ほんとうに?」と言った。





389: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/09(火) 21:00:19.71 ID:A3DxImHA0


「……あの、いい加減しつこいですよ。
 なにもないって何度も言ってるじゃないですか」

 訊かれたくないことであるし、語気を強めた。
 でも、彼女はそれを御構い無しとでも言うかのように、俺の目から視線を離さなかった。

「こういうことは言いたくないんだけどさ、君のおうちに連絡してもいいんだよ?」

「……」

 カマをかけたのか?それとも……。

「するよ?」

「いや……それは、やめてください」

 …………迂闊だった。
 言われた瞬間に否定しなかった時点で、もう肯定しているのと同じだ。
 それに、本当にうちに連絡をするような言い方をされては、俺も強気には出れない。

「それなら、話しなさい」

「……脅しですか?」

「まぁ、そう取ってくれてもいいよ。
 ……橘先生、すごく心配してたからどうなんだろと思ったけれど、私も、あなたの様子を見てすごく心配してる。
 とりあえず、なんでもいいから話してみてくれないかな?」

 全く気が付かなかったけれど、さっきからの態度はハッタリだったのか。
 俺がぼろを出すように誘導されたんだろうな、きっと。

 とはいえ、核心に触れなければそこまで問い詰めてくることもないだろう。

「……わかりました。じゃあ、少しだけですよ」

「うん、聞かせて」






395: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 21:55:04.33 ID:AP0pey0B0





「えっと……コーヒーでも淹れよっか、飲む?」

「あ、はい」

「ミルクは?」

「ブラックでいいですよ」

 話を始める前に、先生は立ち上がってコーヒーを淹れに行った。
 一度落ち着いて話を聞こうということだろう。

 少し待っていると、頭がくらくらとしてきた。
 ……貧血っぽいな、これ。
 ストレス、はストレスなんだろうけど、ここまで力が抜けるとは思いもしなかった。

「っと、はいこれ」

 そう言って差し出されたマグカップの中を覗く。






396: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 21:56:05.60 ID:AP0pey0B0


 コーヒーの独特な匂いを嗅ぐと少しだけ気分が落ちついた。
 先生の持っているマグカップを見ると、中身は茶色……ほぼ真っ白になっている。

「あぁこれね、練乳だよ。君も入れる?」

「美味しいですか?」

「私は好きだよ」

「はぁ……そうですか、お願いします」

 先生がまた立ち上がって冷蔵庫の方に歩いて行くと、なにやら隣からガサガサと音がした。

「ごめん、起こしちゃった?」

 と、先生の声がする。
 隣でぼそぼそと先生と誰かが話をしている。

 一、二分くらいして、俺のベッドへと戻ってきた。

「待たせてごめんなさい、隣の子起こしちゃったみたいで」

「大丈夫ですよ。……場所変えますか?」

「いや、小さい声で話せば大丈夫だと思うよ」

「……そうですね」






397: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 21:57:30.18 ID:AP0pey0B0




 六時過ぎになって、姉が家に帰ってきた。

 なにか作ろうと思ったけれど、姉の食べたいものがいいかな、と思って買い物には行かないでいた。

 幸い姉もスーパーには寄って来なかったようで、また出掛けようとしていた。

「今日は俺が作るよ」

 そう言うと、姉は面食らったような顔をして俺を見て、「どうして?」と問うてきた。

「なんとなく。……買い物一緒に行こ」

「それはいいけど。うーん…………この前ので料理に目覚めたとか?」

「いや、そういうわけじゃない」

「ま、まぁ……うん。じゃあちょっと着替えてくるから外出てて?」

 姉はそう言ってリビングから自分の部屋へと階段を上って行った。

 俺も財布とかを持って、外に出て待っている間、姉の好きな食べ物について考えた。






398: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 21:59:01.34 ID:AP0pey0B0


 少しして、家の外に出てきた姉に問いかけてみる。

「姉さん好きな食べ物ってなんだっけ?」

「うーん、いろいろ? なんでも好きだよ」

「そっか。姉さんの好きな食べ物作ろうって思ってて」

「うんうん……えっ? まじ?」

 普通に言った言葉に、なぜか凄くオーバーなリアクションをされた。

「マジマジ、だから一緒に買い物行こうとしてる」

 姉は数秒の間顎に手を当てて考えるような仕草をしたあと「ありえないありえない」と大げさに首を振った。

「ありえないって」

「そう、ありえないよ」

「なにが」

「ハルが」

「はぁ?どこが」

「ハルはいつも『はぁ……しょうがねぇな優しくしてやるよ』みたいな態度するのに! こんなに優しいのはおかしい!」






399: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:00:40.02 ID:AP0pey0B0


 あまりにも酷い言われようだ……。
 もっとわかりやすいと思うんですが、自分が思っているのとは違うんでしょうね。

「優しくされたくないってこと?」

「いやそれはされたいに決まってんじゃん。
 でも、お姉ちゃんはハルの回りくどい優しさに愛着持ってたのに……」

 姉は頭をぐしゃぐしゃと弄りながら、やたら饒舌にそう言った。

「いやいや、どんなだよ、それ」

「いっぱいありすぎて覚えてないけど、その度にかわいいなーこいつって思ってたの!」

 そう言われたものの、あまりピンと来ない。
 優しくするときには優しくしてたし……頭撫でたりとか。それは違うか。

「どういう意味?」

「ヒミツ! 教えたら調子乗りそうだから」

「そう……ていうか、かわいいってなんだ」

「姉にとっての弟はかわいい生き物でしょ」

「……そうなの?」と姉に向かって言うと、
「そうなの」と間髪入れずに姉が返答してきた。






400: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:02:33.68 ID:AP0pey0B0


 なんだか妹みたいにかわいく思えて、いつだかそうしたように、姉の頭を撫でた。

「な、なでるのか」

 見るからに動揺している。
 ちょっとおもしろくて笑ってしまった。

「ちょうどいい位置に頭があったから、姉さんがわるい」

 乗せている手をべしっと払われる。

「また妹とか子どもみたいな扱いした! 普通はお姉ちゃんの頭なんて撫でないんだよ?」

 いつもならバカとか死ねとか辛辣なことを言われるのに、今日はえらくご機嫌なようである。

「えっと、じゃあ姉さん、身長何センチだっけ?」

「……」

「言わないの?」

「……ひゃく、ごじゅう…………ご!」

 姉はふっふっふー、とドヤ顔をしながらそう宣言した。
 そんなあるわけないだろ、騙す気あるのか、と心の中でツッコミを入れる。

「……それ千咲の身長でしょ。実際は?」

「……ノーコメントで」

「二十五センチ差はお姫様抱っこがよく似合うと聞いた」

「ほんとに? あっ……」

「引っかかりやすいね、ははは」

 されたいんだな。

「うるさいうるさい! お姉ちゃんだぞ! 敬え!」

「……」






401: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:04:31.19 ID:AP0pey0B0


「綾ちゃんもでかいし、なぎちゃんもでかいし、杏ちゃんも私よりすこーし大きいし……身長よこせって感じだよね」

 うしろに怒りマークが見える。

「姉さんはそれでいいと思うけど」

「そう言われるのは嬉しい、けど妹扱いされるのはイヤなの」

「してないしてない」

 してます。でも言いません。

「したら殴るよ?」

「わかった。で、なに食べたい?」

「……バカにしない?」

「うん」

「オムライス! ハンバーグ!」

 子どもか。

「ぷっ……」

「今わらったな、殴らせろ!」

 殴られた。が、全く痛くなかった。

「オムライスとハンバーグね、わかった。
 やっぱ一緒に作ろっか、その方が楽しいだろうし」

「そうね、楽しいね、うん」

 姉はなぜか機嫌は良いままだった。

 ……まぁ、なんだ。
 姉にとっての弟がそうであるように、弟にとっての姉もかわいいものなのだと改めて知ることができたということか。

 今度は強めに、わしゃわしゃと髪を撫でると、姉は少し嬉しそうな顔になっていた。






402: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:05:27.76 ID:AP0pey0B0




 オムライスを食べたのはいつぶりだろうか。

 小学五年生? かそこらのときに食べたのが最後だった気がする。

 季節とかははっきりしないけど、両親共に仕事で家を空けていたときに、姉が作ってくれたという記憶がある。

 姉も俺もちゃんとした料理なんてしたことがなくて、結構失敗をした。

 ケチャップライスは全体的にお焦げみたいになっているし、卵はあまり混ざっていなかったのか白身の部分が浮いて見えるようになっているし、卵は卵でやっぱり焦げているし。

 初の料理なんて誰しもひどいものであるとは思うが、比較的簡単めに見えるオムライスなら綺麗に作れると思っていたんだろう。

 失敗しちゃった、ごめん、と言って姉は申し訳なさそうな様子でテーブルにオムライスの盛られた皿を並べた。
 それから俺が食べるまで、姉は自分の皿に手をつけずに、ずっと俺の方を見ていた。

 そんな姉の様子を見て、失敗したと言ってもこのレベルなら余裕だろうと思いスプーンで手前の一部分を切って口に運んだ。

 普通においしかった、ような感じがする。
 そのとき姉になんと言ったかとか姉がそれになんと返してきたかはよく覚えていないけれど、確かそうだったと思う。






403: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:06:15.96 ID:AP0pey0B0


 そのときぶり…………か。

 今はいろいろと状況が変わって、姉も料理をするし、俺も料理をする。
 料理の腕に関しても、姉はかなり上手いと思うし、俺も姉レベルではないにしろそれなりに作れる。

 いつだったか、俺の見えないところで、姉が料理の練習をしていたというのを千咲のお母さんから聞いた。
 高校に入ってある程度時間が取れるときに、私のところに、料理を習いにきたと。

 たしかに、家に三人……いや実質二人になってから、姉はかなり料理が上手くなったと思う。
 俺も姉が料理している様子を見て、学べるものは学んだものであるし。

 姉が千咲のお母さんに習ったものが栄養価の高い和食中心であったからか、最初のうちは、ゴハン、味噌汁、おかず数品だった。
 なのでオムライスを作るようなことはなく、今もたまに洋食は作ることはあるが、オムライスが出てきた記憶はない。

 さっき姉のリクエストを聞いて、好きな食べ物がオムライスなら作ればいいんじゃないか、と思ったけれど、本当にどうして今まで作らなかったんだろう。






404: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:07:25.80 ID:AP0pey0B0


「おいしかったね、久しぶりに食べた」

 二人で作ったオムライス(とハンバーグ)を食べたあとに姉が呟く。

「俺もかなり久しぶり」

「うんうん。今日見てて思ったけど、ハルかなり料理上手くなったと思うよ」

「ありがとう、まぁそう言う姉さんも上達凄いと思うけど」

「そんなそんな……あんま考えたことなかったけどそう思う?」

「うん」

「料理できる男はモテるよ、ポイント高い!」

 いきなりそう言われても、モテるためにやっているのではないし。
 料理できる男が需要あるのって、妻の方が忙しかったり、まず男が彼女のヒモだったりする場合じゃないか?

 ──いや、一人暮らしとか家に一人でいるときにも役に立つか。

「……まぁ、どちらかといえば料理は食べる側が良いかな。
 俺からしたら料理できる女の子の方がポイント高いと思うし」

「そ、そう?」

 そう言いながら、姉は口元を手で覆った。
 俺から目線を外して、周りをきょろきょろと見ている。

「どうしたの?」





405: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:08:16.76 ID:AP0pey0B0


「……それってお姉ちゃんも含まれたりする?」

 ポイント高い云々の話だろうか。

「え、そりゃあもちろんだけど」

「へぇ、そっかぁ……ちょっと嬉しいな」

「……嬉しいのか」

「うん、嬉しい」

 なにが嬉しいんだろう? と頭を悩ませていると、姉はまた話し出した。

「あのさ、たとえば、たとえばの話だけど……」

「うん」

「私がハルの妹だったら、どんな扱いするの?」

「……え」

「私はお姉ちゃんだからこんな感じで接してるけど、妹だったらどうなってたのか、ってこと」

 姉が妹。
 想像すると、これまた結構しっくりくる。

 ……しっくりとはくるのだが、現実味はない。

 俺は弟であるけれども、歳は一つしか変わらないし(大半は二つだが)、ほんとに小さいときには友達みたいな感覚で接していた記憶がある。

 でも姉は姉で、それ以外はありえないというか、嫌な感じがする。






406: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:09:48.99 ID:AP0pey0B0


「きっと……」

「きっと?」

「妹だったらもっと愛でてる」

「なにそれ」

 姉はふふっ、と小さな声で笑った。

「でも、姉さんは姉さんだから。
 もし姉さんが妹だったら大変そうだし」

「大変って。たしかに小学生のときのハルのお世話は大変だったけど」

「そうだった?」

「いつも泣いてたじゃん。
 私と喧嘩しても、先に泣いて謝ってくるし、映画とかドラマとか見てすぐ泣いてたよ」

 それは姉さんが頑固だから。
 まぁ言わないけど。

「マジか」

「泣いたときは歌とか歌ってあげたの、覚えてない?」

「あんまり……」

 覚えてはいる、けど、なんとなく恥ずかしい。

 けどさ、と姉は俯きながら呟く。
 さっきまでとは違う雰囲気で。






407: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:10:47.96 ID:AP0pey0B0


「ハルはさ、強くなったよね。
 ……なんていうか、その、えっと。
 身長とか身体の大きさとかもそうなんだけど、泣いたりしなくなったし、泣き言も全然言わなくなった」

「……」

「私はお姉ちゃんなのに、どうして強くなれないんだろう……ってずっと思ってた。
 家に居ても、学校に居ても、どこに居ても不安ばかりだった。
 わからないことばかりだ、なんの意味があるんだろうなんて」

「そんなこと……」

 突然姉の口から吐き出された言葉にひどく戸惑う。

 "強い"

 そんな言葉は、俺にはまったく似合わないと思う。

 その実、強がっているだけだ。
 ……強くなったのではなく、弱いところを見られるのが嫌だから、それをひた隠しにしているだけなのだ。

「……ほんとはさ、お母さんのこと、そんなに好きじゃなかったんだ」

「……」






408: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:12:28.46 ID:AP0pey0B0


「お母さんにね、なにかがある度にお姉ちゃんなんだからってずっと言われてた。私が泣いていたら、あの人はイヤな顔をしてたんだ。
 ハルは優しいから、私と公平になるように自分のことを我慢したりしてくれてたけど、私はなんでだろう……って思ってた」

 いつでもプレッシャーがあった。
 だから部屋に一人で。

「……ごめん」

「いや……どうして謝るのよ」

「どうしてって言われても」

 反射的に、というか。

 姉がそんなことを母さんから言われていたのを俺は知らなかった。

 いや、耳で聴いてはいたとは思うけれども、聴き逃していたというか、気に留めることがなかったのだと思う。

「私はね、馬鹿正直に信じてたんだよ。……お姉ちゃんなら我慢して当たり前だって。
 あの人への機嫌取りだったのかもしれないけど、私はそれをしてて正しいって思ってたの。
 それよりも……ハルがどうしてそんなに優しいのかがわからなかった」

 ──私だってお姉ちゃんなのに、と姉はどこか自嘲気味に呟いた。






409: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:13:30.55 ID:AP0pey0B0


 頭の中で、もう一度姉の言葉を繰り返す。

 ……わからなかった。考えようともしていなかった。
 姉が泣いていたのも、たまに思い悩んだような表情をしていたのも、過剰なくらい家族の関係に執着してきていたのも、明確な原因があったのだ。

 記憶も思い出も、結局は個人の主観でしかない。
 自分にとって都合の良くない出来事は、必然的に都合の良い出来事の下に埋もれていく。

 俺は、姉にとって家族みんなで居ることが、なによりも良いことだと盲目的に考えていた。

「優しい?」

「うん」

「……どこが」

「駄々とかこねることも無かったし、いろいろ半分こしてくれたりとか、その……」

「そんなの……」

 なんで、わからないのだろう。
 わざわざ言わなくてもわかりきってることじゃないのか。

「……そんなの、きょうだいだから、それこそ当たり前のことじゃないの?」

「……ほんとうに? そう思う?」

「うん」

 そう言うと、姉は眉をひそめて、そうだよね、と小さい声で答えた。






410: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:14:19.04 ID:AP0pey0B0


「……弟に甘えることは、悪いことじゃないんだよね。
 ずっと守ってもらってたのは私の方なのに、甘えたいだなんて烏滸がましいこと考えちゃいけない、なんてこともないんだよね」

「……うん」

「じゃあさ、妹みたいにハルに甘えてもいい?」

 甘えるって。

「甘えたいなら、嫌がりはしないと思うけど」

「……ぎゅーっとしてほしい、とか、一緒に寝たいって言ってもいい?」

「マジで?」

「……七割くらい?」

 なぜ顔を赤らめる。
 こっちまで緊張するのはどうしてだ。

 相手は姉だぞ、姉。
 いや、こういう仕草とかそういうの、普通にかわいくて困るんだよな。






411: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/11(木) 22:16:01.78 ID:AP0pey0B0


「えっと……あまり自信はないけど、望むのであれば少しくらいは」

 なんだかおかしい言い回しかもしれない。

「……ふふっ」

 その言葉を聞いて安堵したのかどうなのか、姉はわざとらしくこちらに向けて笑った。

「……いや、冗談だから」

「そうなの」

「あ、でもたまになら」

「え、おぉ……うん」

 こんな風なへんなやり取りのあと、姉はこほん、と咳払いをした。

「言いたかったことはそれだけ。
 まぁ、知ってて欲しかったこと、なのかな?」

「……そっか」

「うーん。明日からハルが家に居なくてお姉ちゃん寂しいなー」

 わかりやすいような棒読みでそう言ったあと、こんな感じ? と首をかしげた。

「……甘え下手か」

「そうかもね」

 とりあえず……姉はかわいいな、うん。






416: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 19:56:25.94 ID:QEViWWHb0




 カーテンの隙間からやけに明るい陽が差し込む。

 ゆっくりと身体を起こすと、毛布はベッドの下に落ちていて、いつの間にか着ている服もはだけていた。

 なんだか暑すぎる朝だ。今年一番暑いような気さえする。

 ベランダに出て、んーっと、大きく伸びをした。
 涼しい風が吹いている。中にいるよりも、外の方が涼しい。

 そう考えて、しばらく風にあたることにした。

 デッキチェアに座りながら、枕元に置いていたミネラルウォーターに口をつける。

 ……ぬるい。
 冷たい時よりも数倍不味く感じる。

 なんだろうか、かなり落ち着かない。
 地に足がついていないというか、腰が据わっていないというか。
 とにかく落ち着かなかった。

 原因は昨夜寝付けなかったことなのかもしれない。

 無論、今日のこと、昨日のこと、言っちゃえば近いことを考えていたのには違いはないのだが、それよりも、もっと遠くのことを透かして考えていたような気がする。

 ごくたまにあることだった。
 人なら誰しも一回とは言わず経験したことがあることだとも思う。

 ──目を閉じると、誰かの声が頭に響く。






417: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 19:58:21.11 ID:QEViWWHb0


 それは、知っている人であったり、家族であったり、知らない……思い出せない人であったり。
 誰かと話したこと、誰かに聞いたこと、誰かに言われたことが暗闇の中でこだまする。

 そうしているうちに、夢と現実の境がなくなったかのように、浅い眠りに落ちたのだろう。
 夜通し起きていたような感覚だった。

 そのせいか、あまり寝ていたという実感がない。
 身体の疲れだったりは綺麗さっぱりなくなっているのだが、どうも心象的には疲れが取れていない様だった。

 部屋を後にして、リビングに降りると、いつもの日常となんら変わりない朝の時間が流れる。
 少しぼーっとしていて、テレビのリモコンに手をかけようとしたときに姉が起きてきた。

「おはよ」と彼女は眠たげに目をこすりながら話しかけてきた。

 それに続いて、「今日は朝ごはん食べてくの?」と質問されて、それに肯定の意味をこめて頷くと、彼女はキッチンの方へと歩いていった。






418: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:00:40.97 ID:QEViWWHb0


 手に持ったままになっていたテレビのリモコンの電源ボタンを押し、そちらに耳を傾ける。

 ──本日は今年一番の猛暑になるでしょう。

 と、テレビに映っているアナウンサーが言った。
 その言葉の後に、各地の気温が書いてあるものが映った。

 自分が住んでいる地域は30℃、そう暑くない。
 ……暑いには暑いけれど、まぁ我慢できなくもない気温だ。

 ただ、今日向かう場所(隣の県)の予想気温を見ると、さすがに目眩がした。

 35℃オーバー、酷すぎる。

 加えて、隣県のあそこらへんの地域は、浜風のせいで、涼しいときは涼しいのだが、そうでないときはずうっと温い風が吹いていて、体感温度が酷いことになる。

「よりによって今日こんなに暑いのね。熱中症気をつけてね、タオルとか準備した?」

 キッチンからそう声をかけられた。

「うん、持ってく。姉さんも気をつけてね」と、そう俺は返答した。

 数分後、テーブルの上に朝食が並べられて、二人で各々の席に腰掛けた。

 ベーコンエッグトーストとコーヒー。
 ……理想的な朝食だ。
 卵は半熟で焼き加減もかなりのものだ。姉の得意料理、というか楽にうまく作れると言っていた料理だ。






419: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:01:37.13 ID:QEViWWHb0


 コーヒーには練乳が入っている。

 からからとスプーンでマグカップの中をかきまぜる。
 その様子を姉がまじまじと見つめてきた。

「どうしたの?」

「いつも思うんだけどさ、それって美味しいの?
 私にはコーヒーの苦味のある美味しさを消してる様にしか見えないんだけど」

 姉はブラック派だった。
 いや、姉だけではなくて家族全員が昔からそうだった。俺がブラックじゃなくしたのも、飲むようになってから結構経ってからのことだった。

「……うーん。甘いほうが好きになってしまったというか、一度やってみたら?」

 そう言うと、姉はこくりと頷いて、冷蔵庫からコンデンスミルクを持ってきて、ぶちゅーっとカップの中にそれを噴射した。

「スプーン貸して」
「どうぞ」

 俺から受け取ったスプーンでそれをかき混ぜて、怪訝そうな目で俺を一瞥した後、姉はおそるおそるコーヒーの入ったカップに口をつけた。
 なんだか俺のほうまでハラハラとしてしまう。

「どう?」

 姉は考え込むような表情になった。

「意外といける……かも。てか美味しいねこれ、食わず嫌いしてたのが馬鹿みたい」

「だろ?」と言って姉に笑いかけると「なんか負けた気分……」と姉はむっとした顔をした。

「ちょっと緊張してたりする?」

「……なにが」

「お泊まりデート」

 彼女は意地の悪そうな笑みを浮かべた。






420: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:03:46.58 ID:QEViWWHb0


「いや、言いかただろ。泊まりはそう、正しいけど、デートでは……」

 言葉に詰まった。
 失敗した。

「あ、赤くなってる。やっぱ意識してるんじゃん」

 めんどくせぇ絡みだ。

「じゃ、そういうことでいいよ」

 そう言ったら言ったで、彼女は頬杖をつきながら、無駄に間延びしたような言いかたで「つまんないのー」とのたまう。

「ちーちゃんには秘密なんでしょ?」

「秘密って言うか……言う必要もないかなって。
 いや、というより言い忘れてた感じかな、多分」

「あ、そう。もう出る?」

 さして訊きたいことでもなかったらしい。






421: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:05:20.20 ID:QEViWWHb0


「うん」

「そ、じゃあ私、部屋の掃除とかするから。行ってらっしゃい」

「お土産なんか欲しいのある?」

 お土産と言っても、道の駅に置いてあるようなメジャーなものしか恐らく買ってこれないだろうけれど、一応訊いておいた方が良いだろう。

「じゃ、写真撮って送ってね」

「おっけ」

 そう返したところで、彼女はなにかを思いついたように「あ……」と口にした。

「ハルの楽しい思い出、かな?
 宿題ね、それをお土産にして持って帰ってくること!」

「なんだそりゃ」

「まぁ、楽しんできなさいってこと。たまには連絡してね」

「……わかった。それじゃ、行ってきます」

「あーい」

 それから少しして、朝食を流しに片付けて、あらかじめ準備しておいた着替えなどの入った宿泊用のリュックを背負って、家の外に出た。

 街並みは特に変わらない。
 歩いている道も、いつも通りだ。

 ただ、なんとなく、空がいつもより高い気がした。






422: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:06:32.30 ID:QEViWWHb0




 なぎさの家に着くと、彼女はもう門の前にいて、俺を待っていた。

「おはようございます」と彼女が言うので、俺も「おはようございます」と返した。

「なぎさ、親御さん家にいる?」

「あ、はい。今はいますけど、どうしたんですか?」

「えっと、一応挨拶しておかなきゃいけないと思って。
 ほら、二日間お前のこと連れまわすわけだしさ」

「あー……そっすか。呼んできますね、ちょっと待ってて下さい」

 そう言って、彼女はてくてくと家の門の中へと入っていった。

 待っていようとスマートフォンを取り出した瞬間に、横から声をかけられた。

「あ! お兄さん、おはようございます」

「おはよ、今日も散歩? みたいだな」

 杏は今日も愛犬の『みたらし』の散歩に行っていたようだった。

「はい、そうなんですー。お姉ちゃんまだ出てきてないんですか?」

「あー、えっとな。お母さん?かな。一応呼びに行って貰った」

 俺の言葉を聞くなり、杏は面食らったような表情になった。

「あ、あのー……。めんどくさいことになるかもしれないですよ」

「どうして?」

「うちのお母さん、すごくめんどくさい性格してるんで……」

「それって」

 めんどくさい性格ってどんなのだ、と少し考えていたら、杏が「あ、来た」と門の方を指差した。






423: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:08:18.71 ID:QEViWWHb0


 つられてそちらを見やると、背が高く若そうに見える女の人がなぎさの隣に立っていた。

「どうも、なぎさと杏の母です」

 と、その女性は口にして深々と頭を下げた。
 俺も少し遅れて頭を下げた。

「あ、はい。……おはようございます。
 えっと、なぎささんと土日の間出かけて来ます」

「……」

 無言。

 かなり空気が重く感じた。
 無言の圧力、というか。

 ……最初に名前とか言うべきだったのに、失敗した。

 黙っているのは自分から言えということだろうか。

「あ、あの。なぎささんと同じ高校の、一つ上の学年で、相澤って言います。
 なぎささんと杏ちゃんには、大変良くして貰ってます」

 これ俺が言うセリフなのか? というくらいかしこまったものを口から出した。
 良くして貰ってますというのも、少しおかしい気がする。間違ってはないのだが。

「はぁ、相澤くんね。下の名前は?」

「……ハルです」

 名乗るのって恥ずかしいのな。

「ハルくんは、なぎさと付き合ってるの?」

「いえ」

 想定内。
 なにをもってして想定内なのかは自分でも不明瞭。






424: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:09:39.39 ID:QEViWWHb0


「じゃあなぎさと結婚したい?」

「は?」

 素で反応しちまった。

 まずい、「は?」だなんて年上にはしてはいけない解答……いやいや、質問がおかしいわ。

 付き合ってる付き合ってないを吹っ飛ばして結婚したい?だなんて訊く人なんてこの世にいるのだろうか。
 や、目の前にいるんだけどどういうことだ、マジで。

「好きな食べ物は?」

 意に介してないようだ、少し安心する。
 というかなぎさのお母さん、無表情すぎる。

「えっと……。特にないですけど、和食全般好きですね」

「無難だね」

「……はぁ」

「好きな女の子のタイプは?」

 この質問を訊く意味はあるのだろうか。
 よくつかめない。が、答えるしかない。

「……元気な子ですかね」

「そっか、あ! なぎさとか? じゃあ子どもは何人欲しいのかな?」

「……あの」

 さすがに答えあぐねていると、なぎさが前に出てきて、彼女の肩をぺしっと叩いた。






425: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:10:37.52 ID:QEViWWHb0


「そろそろ困ってるからやめなよ」となぎさは呆れたような口調で言った。
 そうだそうだー、と杏がそれに同調する。

 ──どういうことだ?

「ちぇー、ダメかぁ。……ごめんねー、ちょっといじってみたかったのよ」

 さっきの堅そうな表情から一転、明るい笑顔になったお母さんがそう言ってきた。

「えっと、どういうことですか?」

「先輩、冗談ですよ」

「ごめんねぇー、娘の結婚を許さない父親みたいなことして」

「あぁ……いや、大丈夫です」

「怖かった?」

「……はい、少し」

 素直にそう言うと、「そっかぁ、やったね」とわかりやすく喜んでいた。
 なぎさと杏と動きがちょっとばかり似ている。やっぱ親子だから似るもんなのか。

「なんてお呼びすればいいですか?」

 なぎさのお母さん、というのもなんだかアレだし。

「私のことはミヤコさんって呼んでくれればいいよ!」

「はい。じゃあミヤコさん、ですね」

「お母さんでもいいよ? あ、お義母さんのほうが合ってるかな?」

 言い回しで脳内変換を強いてくる。
 いや、わかっちゃったけど。

「……ミヤコさんでお願いします」

 ミヤコさんがハイテンションすぎて少しついていけない。
 なぎさはこめかみに手をあてて呆れた顔をしているし、杏はどうしてかニコニコとしているし。






426: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:11:38.60 ID:QEViWWHb0


「えーと……とりあえず連絡先交換しよっか」

「あ、はい。いいですよ」

 どうやらLINEの交換らしかったので、QRコードの画面を出してスマートフォンを手渡した。

「どうして簡単に交換しちゃうんですか?」となぎさに睨まれながら言われたので、「まずかった?」と返したら、「いえ、別に……」と煮え切らないような顔をされた。

 どうもよくわからない。

 はいできた、と返ってきたスマートフォンの画面を見ると『miyako?』──ミヤコさんが追加されている。

「これでなにかあっても連絡とれるね、娘をよろしく!」

 言いながら肩をバンバンと叩かれる。

「はい、わかりました」

「じゃあ私、家に戻るから。杏も中入るよー」

「行ってらっしゃい、お姉ちゃん!お兄さん!」






427: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/12(金) 20:12:26.73 ID:QEViWWHb0


 てくてくと二人は門の中に消えていった。
 杏に小さくファイティングポーズを向けられたので、じゃあね、と手を振り返しておいた。

 ──じゃあ行くとするか、と声をかけると、なぎさはいつもの髪型のポニーテールを解いて、今まで見たことないメガネをかけた。

 いつも通りかわいく感じるが、雰囲気が変わったような。
 少し大人っぽくなった気がする。

 ギャップ萌え、メガネ萌え、フェチなのか?

「……どうしたの?」

「なにがですか?」

「髪とメガネ、珍しい」

「変装っす」

「変装?」

「はい」

「なにそれ」

「変装は変装です!」

 変装らしい。






432: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:11:39.25 ID:B+kJYReu0




「電車の中はさすがに涼しいっすねー」

 ぱたぱたと手で身体を扇ぎながら、なぎさが呟く。

 なぎさの家から駅まで歩いて、そこから乗り換えの駅まで乗って、やっと座ることができた。
 車窓から外の景色を伺うと、空一面雲ひとつないような晴天で、先程よりもはるかに暑くなっているような気がする。

「そうだな……。あのさ、ミヤコさんっていっつもあんな感じなの?」

「……ですねぇ」

 他人がいなくてもあんなテンションなのか。

「杏がすごくめんどくさい性格って言ってたけど、テンション高すぎてってことなのかな」

「そうっすね、家にいないことが多いんですけど、いたらいたでうるさくて困りますよ」

 たしかにずっと一緒の空間にいたら疲れてしまうようなテンションの高さだった。

 でも少し楽しそう、とも思える。






433: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:12:40.56 ID:B+kJYReu0


「そういえば、さっきなに買ってたの?」

「あぁ……ええっと、これとこれです」

 差し出されたのは、コンビニで売っているような使い捨てカメラと、ちょっとのお菓子。

「カメラ?」

「はい! いい景色とかあったら写真に残しておきたいなーって思いまして」

 小学生のときの遠足やら修学旅行やらで使った記憶がある。
 電気屋さんとかに持っていって現像してもらうんだっけな。

「スマホとかデジカメとかで良くない?」

「これ結構じわじわと人気が出てきてるんすよー」

「そうなんだ」

「はい、レトロな感じが出て、かっこよくとれますし……」

 知らなかった。
 でも、ちょっとわかる気がする。

「それにですね、海の中でも取れるんすよ!」

 彼女は嬉しそうに言う。
 ほんとか、と一瞬疑ったが、パッケージに防水って書いてあるのでそうであるようだ。

「あれ、海のほうって言ったっけ?」

「え……あ、はい。ききましたききました」

 言ったっけ? いや、ちょっと知識があれば切符でわかるか。






434: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:15:04.00 ID:B+kJYReu0


 なぎさが首を縦に振ったからか、おろしている長めの髪がぶんぶんと揺れるのが目に入る。
 たまに払っているのをみると少し邪魔そうだ。

 服装は、セーラー服みたいなワンピースを着ていてよく似合っている。

「あの、先輩、なにじろじろ私のこと見てるんすか」

  バレた、あたりまえか。

「……いや、みとれてた」

「そっすか」

 スルー、圧倒的スルー。お兄さん悲しいよ。

 なぎさはそのまま窓の外を見ながらスマートフォンをぴこぴこ(どちらかといえばタプタプと)いじりだした。

 つられて俺もスマートフォンを取り出した。現代人らしい暇つぶし方法だ。

 画面を見ると、吉野さんからLINEがきていた。
『こうた君ってどんな服好きか知ってる?』と。

 なんというか、デジャブな出来事だった。
 コウタが遊びを取り付けたと喜んでいたが、これは結構いい線いってるのかもしれない。
 そう考えると、僅かにだがその場で微笑んでしまった。





435: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:16:22.51 ID:B+kJYReu0


『吉野さんならなんでも喜ぶんじゃない?』と送ると、『いや、参考にならないんだけど』と。
 適切な解答を得るために何度か突っ返されたが、俺も負けじと同じような文面で送ると、しぶしぶながらも納得してくれたようだった。

 それから、コウタに『やったな』と送ると『意味わかんない』と返ってきた。
 考えてみれば当然のことだ。

 少しした後、なぎさは「あ」と口にした。

「杏から、ツーショット送って欲しいってきました!」

「なぎさと俺の?」

「はい」

「今撮るの?」

「です。撮りましょうよ、ね?」

「……」

 スマートフォンを手に、きらきらとした目で見つめられる。
 ていうかあのカメラじゃなくていいんですね……。

「そっちいきますね」

 沈黙は肯定と受け取ったのか、なぎさは俺の隣に位置を移してきた。

「先輩、もっと近く寄ってください、うつりません」

 そう言われたので、しぶしぶ頷いて、身体を近くに寄せた。






436: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:17:14.94 ID:B+kJYReu0


 ふわり、と甘い香りが鼻を刺激した。
 女の子特有の良い香り、ヘンな気分になりそう。これまた性癖か。

 なぎさといい千咲といいなんなんだろう、と考えていると、なぎさは画面に内カメを表示させて、それに向かってピースサインをつくる。
 俺もそれにならって同じようなピースサインを作った。

 ぱしゃりぱしゃり、と数回シャッター音がなって、そのあとなぎさは満足そうに笑った。

「よく撮れた?」

「はい! ありがとうございます。
 この写真の先輩、顔赤いですよ?」

「……ほっとけ」

 俺がそう言ったのを聞いて、なぎさは、えへへ、とくすぐったそうにはにかんだ。






437: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:17:50.04 ID:B+kJYReu0




 突然なんとなく思い付きで、というか、前から気にはしていたことではあったのだが、なぎさの誕生日がいつであるのか気になった。

 杏曰く夏が誕生日。でも、もう過ぎたというようなアクションは起こしてきていない。
 なったらすぐに俺に言ってきそうだし(偏見)。

 そんななぎさは、今俺の肩にもたれかかって睡眠をとっている。

 さっきのやり取りのあと、話をしたり途切れたりが繰り返されて、県境を越えたあたりになぎさが眠たそうな顔になっていたので、寝ることを勧めた。

 ──ごめんなさい、えっと……昨日の夜楽しみであまり眠れなかったんです。

 と彼女は申し訳なさげに俺に謝った。

 原因はちがうけれども、二人して同じように寝不足気味だったのが少し面白く思えた。

 眠いなら寝ていいよ、と言ったときは逆側の壁に身体をくっつけていたのだが、時が経つにつれて、俺の方にぐらぐらと揺れてきて、今の状況に至る。

 寝ているなぎさの近くにいると、この前のことを思い出してならない。……はっきりとではなくおぼろげにではあるが、あのときの感覚は身体に残っている。






438: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:19:21.41 ID:B+kJYReu0


 またなんとなく隣にいる彼女の髪を撫でる。無意識。
 つい良からぬことを考えてしまいそうになるのも、そうなんだろう。

 四人席の片側に二人で座って逆側に荷物を置いているからか、周りに座っている家族連れだとか、通路を通りすぎるお年寄りだとかにちらちらと見られる。

 どうにも落ち着かない。

 少しの間、自宅から持ってきた文庫本を取り出して読んだ。
 章末まで読み進めるのがやけに早かった。

 また手持ち無沙汰になる。

 お返しだ、と思って幸せそうに寝ている彼女の寝顔のまえにスマートフォンを持っていく。

 この光景を8メガピクセルカメラで撮りたい。撮った写真をiCloudで共有──それができる。そう、iPhoneならね。
 ちなみに俺のスマートフォンはアンドロイド製だった。






439: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:21:01.59 ID:B+kJYReu0


 瞬間、車内にシャッター音が響き渡る。
 ……あ、無音モードにするの忘れてた。

 なぎさが目をぱちぱちとさせる。
 起こしてしまった。

「……えっ?」

 驚いている。実際起きたときにカメラが自分の顔の前に有ったらどう思うのだろう。
 普通にこわいな……犯罪者みたいだ、うん。

「いや、なんでもない」

「……私の顔なんて撮って何に使うんですか?」

 たしかに、そう言われるとどうにも返しようがない。

「保存用?」

「あの、もっと良く撮れてるのにして下さい」

 べしべしと脇腹を叩かれる。
 怒るのはそこなんですね。

「……消してください、恥ずかしいです」

「……」

 ノーという意味を込めて首を横に振った。






440: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:22:06.99 ID:B+kJYReu0


 なぎさはそれを見てむっとした表情で俺を睨む。

「先輩……起きてるときなら、全然かまわないんすけど、寝てるときは、その……駄目です!」

 じゃあ消すか、と思ったときに降車駅を告げるアナウンスが鳴った。

 終点だ、降りてからはバスで祖父母宅に向かう。

「なぎさ、次で降りるから準備して」

「えっと、消していただけないんでしょうか」

「……いいから、荷物持って」

 逃げた。なんか消したくなかった。

「あとで後悔しますよ?」

「いいんじゃない?」

 よくわからないけれど、そう返した。






441: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:23:11.42 ID:B+kJYReu0




 電車から地面に降り立つと、あまりの暑さに身が悶えた。

 そばに置いてある電波時計が指し示す時刻は正午ぴったり。
 一日のなかでもとくに暑い時間帯だった。

 階段を降りて駅なかのお土産ショップのまえを通ると、なぎさが声をあげた。

「先輩! くまねこちゃんが居ますよ!」

 なんだそれ、と思ってなぎさが持っているキーホルダーを見ると、以前送ってきていたLINEのスタンプのきもかわ系ゆるキャラだった。

「これってここのゆるキャラだったの?」

「そうっす、はい。かわいいっすよね、愛くるしいフォルムで」

 改めて見るとパンダとだけあってまんまるとした体型だ。
 中国ではパンダのことを大熊猫と表記すると聞いたことがある。
 でもこの地域にパンダってなんの関係があるんだろう、見当がつかない。






442: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:23:46.55 ID:B+kJYReu0


 それに、かわいくデフォルメされているはずなのに、耳は謎の方向を向いているし、口だって変な開き方をしている。

 ……なんだろう、これ。

「……そうだな、かわいいな」

「ほんとに思ってるっすか?」

「うん、かわいいかわいい」

 なぎさに言っているみたいだ。一人で恥ずかしくなる。

「あの、先輩。これ買っていいですか?」

 なぜ俺に訊く。

 どうぞ、と告げると、なぎさは小さい子どものような喜びかたをして、レジに会計をしに行った。

 待っている間に、自動販売機で飲み物を買う。
 すっぱい飲み物を身体が欲していて『すっぱさ100倍!夏の暑さにはこの一本!』とラベルに書いてあるレモンジュースを購入して飲むも、一口で飽きた。






443: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:24:35.34 ID:B+kJYReu0


 そのあと、駅の外に出てバスターミナルに向かう。
 さすがにこの時期ともあってか、バスターミナルは混み合っていた。

 ここにいる人の大抵は人気のある観光スポットに向かうバスに乗る観光客だったり、まず都市付近からバスツアーで乗ってきた人だ。

 いま住んでいるところからしたらだいぶ田舎ではあるのだが、田舎なりの産業だったり、海が近くだから遊泳場所として人気があったりしてそれなりに栄えている。

 だが、俺らが今から行くのは、もっと閑散としている場所で、さして人の往来が多くない。
 まぁ、今日はそれなりに混んでいるけれど。

 二人で長蛇の列を通りすぎて、目当てのバス停に並ぶ。
 向こうのバス停には、二階建てのバス(どう言ったらいいものかよくわからない)が数台停まっている。






444: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:25:32.99 ID:B+kJYReu0


「あと何分くらいで来るっすか?」

 なぎさはそう言いながら、カバンの中から帽子を取り出し、それをかぶった。

「えっと……あと十分くらいかな。
 暑いならなかで待っててもいいけど、どうする?」

「……大丈夫っす、暑いのには結構慣れてるんで」

「そっか、じゃあここで待ってるか」

「そうしましょう」

 会話が切れて、さっき考えていたのに忘れていたことを思い出す。

「なぎさ、ひとつ質問していいか?」

「い、いきなりですね。はい、なんでしょう」

 彼女はこちらを振り向く。

「前から気になってたんだけど、おまえの誕生日っていつなの?」

「……きょうですよ」

「え?」

 きょうって、なんだろう。
 凶? 狂? それとも強?

 バカな変換を頭の中でしてみたが、普通に考えて、"今日"である他ないのは承知の上です。






445: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:26:01.14 ID:B+kJYReu0


「きょうって今日? トゥデイ?」

「はい、今日のトゥデイっす」

「マジで?」

「マジです」

 いや、マジか。
 ……知らなかった。

「どうして言わなかったの、おめでたい日なのに」

「……なんとなく、です」

 ちょっと間があった。なんとなく、というわけでもないらしい。

「そっか、まぁなんというか……。誕生日おめでとう」

「あ、あの。ありがとうございます。今年の誕生日で家族以外の人に祝ってくれたの、先輩が初めてっす」

 にこぱー、と晴れやかな表情を見せてくる。
 本当に嬉しそうだ、見てるこっちまで顔が緩む。

 そうしているうちに、目当てのバスが来て、それに乗り込む。
 狭いバスで二人席しか空いていなかったので、隣同士で座席に腰掛けた。






446: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:27:21.80 ID:B+kJYReu0


「私ももう来年には十七歳ですよ、セブンティーンです」

 女子向け雑誌の名前みたいな言い方をされた。
 ああいう系の雑誌って見出しだったりで過激なこと、いや……言っちゃえばエロいことが書いてあるから、本屋で女子向けコーナーを過ぎ行くときに少し驚く。

 ああいうのから女の子はそういう知識を得ているのだろうか、ちょっと気になる。

「それで、四年後にはもう成人ですよ、なんだか時間の流れがはやく感じます」

「でも四年は長いんじゃない?」

「えー、そうでもないと思いますよ?
 日々をぼんやり過ごしていたら、すぐ過ぎてしまいそうな気がします」

 そう言って、なぎさはメガネをくいっと上げる。
 言われてみると少しわかるような気もする。

「早く大人になりたいけど、歳はあんま取りたくないな」

「ジレンマっすね」






447: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:27:52.52 ID:B+kJYReu0


「はぁ……歳とりたくねぇな」

 それはどーなんでしょうね、と彼女は俺に同情するように笑った。

「先輩は、明後日が誕生日ですよね?」

「……そうだけど、知ってたの?」

 そういえば俺のほうも自分の誕生日を言っていなかった。
 でもなぎさが知っているってことは、言ったことがあるんだろうか。

「このまえ、楓さんに聞きました。『祝ってあげてね、喜ぶだろうから』って」

「あ、そう」

「先輩の名前の字面からなんとなくそうだと思っていたんですよ」

「……そうなんだ。でも、あれでわかるの?」

「はい。なんとなく、ですけど」

 誕生日を祝ってくれる人が多いのは嬉しいことだ。
 今年は毎年よりも多くの人が祝ってくれるような気がする。

 少し話が逸れた。

「……あのさ、誕生日プレゼント。なんか欲しいものとかあるか?」

 本題はこっちだった。

「あー……。えと、気持ちだけで嬉しいっすよ。
 さっきいきなり言ったのにプレゼントを準備してっていうのも悪いですし」

「いや、遠慮しなくてもいいんだぞ?」

 いろいろと世話になってるし。






448: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:28:59.45 ID:B+kJYReu0


「そうですね、じゃあお言葉に甘えます。
 ちょっと考えても良いですか?」

 彼女はそう言って、わかりやすくうんうんと唸っていた。

 俺も俺で、自分だったら何が欲しいかな、と考える。

 昔だったら、誕生日にはおもちゃとかを買ってもらっていた。
 小学校のときは、夏休み中だから友達に誕生日を祝ってもらえなくて、ちょっと寂しく思ったことも少し覚えている。

 去年は姉がケーキを作ってくれて、プレゼントに腕時計をもらった。
 秋生まれの姉の誕生日には、近くのケーキ屋で買ったチョコレートケーキと、バラのアレンジメントをプレゼントした。

 人それぞれ大なり小なり違いはあるにしろ、貰ったら嬉しいと思うだろう。

 そんなことを考えていたときに、なぎさが「あ!」となにかをひらめいたように呟いた。

「わたし、いま十六歳ですよね」

「そうだな」

「先輩も、いまこのときは十六歳で、あと二日間だけ一年の間で同い年じゃないっすか」

「うん」

「……だから、先輩のこと…………今日と明日だけ、名前で呼ばせてもらってもいいですか?」

 上目遣いやめろ。
 ……萌えた、嘘。いや、嘘じゃないわ。






449: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:29:41.82 ID:B+kJYReu0


「……べつにいいけど、そんなんでいいの?」

「はい! 嬉しいです!」

 もっと物とかをねだってくれてもいいのに、とも思う。
 でも、これで嬉しいと感じてくれるのならお安い御用だ。

「わかった。じゃあ、なんて呼びたい?」

「……えっと、『はる』はちょっと馴れ馴れしすぎですよね」

 それならあまり驚かないレベルだ。

「いや、それでもいいけど」

「千咲先輩の呼び方も、なんとなく抵抗ありますね」

 抵抗ってどんな抵抗だ。

 というか、俺はいつからはーくんと呼ばれているのだろうか。あまりよく覚えていない。

「そうっすねー……先輩にあだ名を新しくつけるのも恐縮ですし、間をとって『はるくん』というのはどうでしょう?」

 あんまりいつもと変わっていないように感じるのは俺だけか?

「……どうぞ、なんなら敬語外してもいいと思うけど」

「えぇー、それは違うっすよ。
 はるくんは、あくまで先輩ですから」

 自然に使われた。自分で変わっていないと言ったけれどちょっと照れてしまう。






450: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:30:20.55 ID:B+kJYReu0


 それと同時に、なにか引っかかりのようなものを覚える。

 普段から適当な敬語なのに(たまに敬語外してきたりして戸惑うこともある)なにかこだわりでもあるんだろうか。

 たとえば、礼儀を払いたいとか。

 ……ないわ、ないな。
 頭の中での思考を瞬時に否定した。

「わかった。じゃあ俺も『なぎちゃん』って呼ぼうか?」

「え」

 姉とか千咲とか、みんなそう呼んでるから。
 そんな結構軽い理由で口にした言葉だったのに、そう言った瞬間になぎさは口を開けたままフリーズした。

「……だめだった?」

「あ、はい」

「なんで?」

 訊くと、一度目を瞑ってから、彼女は話し始めた。

「……ええっと、私のメンタルが持ちません。はるくんだって、くんを取って呼ばれたらそう思いますよ?」

「そう?」






451: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:31:03.77 ID:B+kJYReu0


「……そうっす、これは禁止技とか反則技というやつです」

「そっか、それじゃ呼ばないね……なぎちゃん」

 好奇心。許せ。

「……」

 なぎさの顔がみるみる赤く染まっていく。
 異性にそう呼ばれ慣れてないってことなのだろうか。学校での様子を見る限り男との関わりは皆無っぽいし。

 そんななぎさの顔を見て、自分でも結構イヤミな顔をしてなぎさを笑ってしまった。申し訳ないとは思っている、多分。

「……あのですね、はるくん。禁止って言葉、わかりますか?
 き・ん・し! ですよ? やっちゃいけないことなんです!」

 怒られた。というよりは諭された。

「わかったわかった、呼ばないから」

「それでいいんですよ」

 呼ばないようにしよう、好奇心は猫をも殺す、なんて言うし。
 仮に本気で怒られでもしたら、たまったもんじゃない。






452: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:31:31.64 ID:B+kJYReu0


 あとひとつ、思い出した。

「そういえば、俺の家来たときに、言ってたことあったじゃん」

「……なんでしたっけ?」

「えっと、杏がモテるって話」

 なぎさは、そんなこともありましたね! みたいな様子で手をポンと叩く。

「なぎさは杏とちがって、モテるモテない以前に友達の数が少ないからありえないって言いたかったんでしょ?」

「は?」

「え、ちがうのか」

「……普通にちがいますけど、否定しきれないのが嫌ですね」

 そうか、ちがうのか。

「私だって、男友達はほぼゼロですけど、女の子ならそれなりにいますよ?」

「……」

「ほんとですよ?」

 念を押されると逆に怪しい。

「うん、信じてる信じてる」

「……なんですか、その棒読み」

 なぎさは不満げに、ぷいっと首を横に振った。

「いや、かわいいんだから……友達くらいちょちょいのちょいで出来そうだな、って思って」

 フォローのつもりでそう口にした。






453: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/18(木) 22:32:22.24 ID:B+kJYReu0


 すると、まだ言い終わらないうちになぎさはこちらに向き直り、不意を突かれたとでも言うような顔で俺と目を合わせてきた。

 戸惑ったような眼差しは何か言いたげに見える。

「なに」

「……い、いやー。その、嬉しいなぁって」

「……」

 褒めてないんだけどね。でも気付いてないならいいか。

「そうですね、私も社交性を磨かなきゃいけませんね」

「……なぎさは結構社交性あると思うんだけどな。
 姉さんとか千咲とかともすぐ仲良くなってたじゃん」

 バイト時の接客だったりも問題ないし、俺と話しているときも気さくな感じであるし。

「まぁ……実際のこと言いますと、あんまり必要としていないんですよね。
 話が合う人そんなにいませんし、一人でいるほうが落ち着きます」

 まえに昔は大人しかったと杏が言っていたし、本当のことなのだろう。

 一人が好きじゃなかったら、こうやって会うことも出かけることもなかったのかもしれないのか。

 ……なぎさには悪いけど、ちょっと嬉しいな。






457: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/21(日) 00:19:46.47 ID:nRhILXH/0




 しばらくバスに揺られたあと、祖父母宅から一番近いバス停で降車した。

 先ほどの駅からすると、周りはだいぶ田舎めいている。
 付近を見渡すと、そこらにローカルなコンビニだとか、寂れたようなガソリンスタンド(当然無人である)が主張するくらいの有様だ。

 ただ、ほんとうに小さい頃とちがっているのは、結構足元がコンクリートになっていることだ。こういったところで、少しずつ田舎感が薄れていくのだろうと思う。

 とはいえ、なぎさと俺が住んでいる地域に比べれば、高層ビルのような視界を遮るようなものもなく、街並みだったり青空だったりが、よりクリアに映る。


 バス停から家に向かおうと、その方向に歩き出そうとしたとき、横からクラクションを鳴らされた。

 なんだよ、と思いながら音の方向を向くと、緑色の軽自動車の窓が開いた。

「いらっしゃい、外暑いから迎えに来たのよ」

 ……ばあちゃんだった。






458: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/21(日) 00:21:00.98 ID:nRhILXH/0


「あ、ありがとう。ばあちゃんって車運転してたっけ?」

「うんと、買い物とかで結構乗るのよ。
 今日はおじいちゃん昼過ぎまで忙しそうだったからねぇ」

「そうなんだ」

「じゃ、後ろ乗りなさい。お友だちも……て、あら。女の子なのかい?」

 ばあちゃんは視線を横にずらしてなぎさと目を合わせる。
 なぎさはそれにぺこりと頭を下げた。

「こんにちは、えっと……なぎさと言います。
 せんぱ……はるくんと、同じ学校の後輩です」

「そうかいそうかい、後輩の子ね」

「はい、 二日間お世話になります!」

 なぎさはもう一度深々と頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくね。
 ハルがお友だちって言うから、てっきり男の子だと思ってたのよ……ごめんなさいねぇ」

 ──じゃあはい、後ろ乗って乗って、と乗車を促されたので、なぎさに先に乗ってもらって、俺もそれに続いて車に乗り込んだ。






459: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/21(日) 00:22:51.05 ID:nRhILXH/0


 すぅー、はぁー
 と、大きく深呼吸をする。

 外がかなりじめじめとして暑かったのでクーラーの効いた車内は天国だ。

 隣に座るなぎさも、ばあちゃんに許可を取って飲み物を少し飲んだあとに、俺と同じように、ふぅっと息を吐いた。

「電車と市バスでここまで来たんだよねぇ……だいぶ疲れたでしょう?」

 赤信号で止まって、こちらを振り向いたばあちゃんがそう口にする。

「いや、あんまり。そこまで疲れてはないよ」

「なぎさちゃんは?」

「えっと、私もそこまでは疲れてないです」

「よかったわ。おうちの人とか、ちゃんと許可もらってきたのよね?」

「……あ、はい。それはばっちりです」

「そう、それなら安心ね」

 青信号になって、話題が変わる。

「……ハル、お父さんはまた帰ってないのかい?」

「まぁ、そうだね。帰って来てないよ」

 聞くや否や、ばあちゃんはわかりやすくため息をついて、「全くあの子は……」と呟いた。






460: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/21(日) 00:24:05.37 ID:nRhILXH/0


 こちらからは表情は伺えないが、たぶん呆れたような表情をしているのだろう。

「そういえば、お昼まだよね?」

「うん、まだ」

「じゃあ、どこか食べに行きましょうか」

 どこか外食に連れて行ってくれるらしい。
 がらがらの道路を左折して、少し混み合っている国道沿いの道路に入った。

 父親の車でこっちに来るときに、いつも通っている道だ。

 海のほうへと進んでいき、橋を通過する。
 しばらく進むと、車の量がさらに増えてきた。

「ばあちゃん、こっちにお店ってあったっけ?」

「そうねー……。こっちの方向に何があるかわからない?」

 こっちの方向か。
 一応、なぎさを連れて行くので、ここらへんの地理についてはもう一度確認しておいた。

 でもそうか、食べるところ……いや、あるにはあるのか。

「……水族館?」






461: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/21(日) 00:24:58.86 ID:nRhILXH/0


「そう! そう、水族館よ。ハルはまだ行ったことなかったはずよね」

 たしかに、水族館は数年前にできたばかりで行ったことはない。だから、一緒に行こうと考えて、少し調べていた。

 ちらりと真横を向くと、水族館というワードを聞いたなぎさが「おぉー」と声を上げた。

「フードコートがあるからそこでお昼にしましょう。
 なぎさちゃんもハルも観光したいわよね?」

 ふふっ、と機嫌の良さそうな微笑が漏らされた。

「はい! 水族館楽しみです!」

 なぎさは嬉々とした声音でそう口にした。
 まぁ、俺も水族館に行きたいかどうか訊く手間が省けてよかった。






471: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:26:32.78 ID:GXdPZokT0




「はるくん! こっちです、こっち!」

 はしゃぐ彼女に手を引かれて、大水槽の前へと足を進める。

 入口付近には地域の海が映し出されたスクリーンがあり、多くの人がその場で立ち止まっていた。

 館内には家族連れが多く、かなり賑わっていて、夏休みとはいえ、その人気の高さが伺える。

 内装は水族館ならではのゆったりとした幻想的な空間を作り出している。
 外装においても、白を基調としたお城のようになっていて、他にはない真新しさを感じられた。

「おばあちゃんも来ればよかったのに、って思いますよね」

「だな……。でも、夕飯の買い出しって言ってたから、仕方ないな」

「……そうですね。ま、私たちだけでも楽しみましょう!」

 ばあちゃんはここに着いて俺らを降ろすなり、車でそのまま帰ってしまった。
 夕方、閉館時間くらいに迎えに来ると言っていたから、それまでは二人っきりということになる。






472: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:27:58.17 ID:GXdPZokT0


 先導する彼女の少し後ろについて進んで行くと、ひときわ大きな水槽が立ち並ぶコーナーに到着した。

「きれいですね……。今まで来た水族館のなかで一番かもしれないです」

 ガラスに手をつけたなぎさが感嘆の声を上げる。

 つられてその方向を見る。
 彩り豊かな海藻とともに小型の魚がすいすいと泳いでいる。

 俺も、この場所が好きかもしれないな。
 落ち着くし、なにより退屈しない。

「他にはどこに行ったことあるの?」

「うん……と、美ら海水族館に行ったことありますね」

「沖縄ね」

「そうですそうです、行ったのは小学生のときだったのであんまり覚えていないですけど。
 ……はるくんは、どうですか?」

「ここの前にあったとこは何回か」

「おお」

「あとは、シーパラだかシーワールドだかそんな名前のやつ」

「わかります。どっちにしてもなかなか遠いですね」






473: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:29:58.52 ID:GXdPZokT0


「でも沖縄のほうが」

「あっ……たしかに」

 彼女はなるほど、と言わんばかりに手をポンと鳴らす。

「なぎさは、特に見たい生き物とかいる?」

「……迷いますね。ちょっと考えます」

 うむむとわかりやすく唸っている。
 少しの間考え込む彼女を見ていると、やがて前髪を払って眼鏡をきゅっとあげ位置を直して、こちらに向き直った。

「一番は、エイですかね。でも、みんなかわいかったりかっこよかったりして大体好きですよ」

「じゃあ、エイのコーナー行ってみるか」

 付近を見渡すと、今見ていた水槽の反対側、人だかりができている水槽の解説ボードにエイがいると記されていた。

「おおー。これがホシエイで、あっちがアカエイです」

 どっちもかわいいです、と彼女は付け足す。






474: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:31:50.80 ID:GXdPZokT0


「……全部同じに見えるんだけど」

「違いますよー! ちゃんと見てくださいよ」

 見る。が、そこまで特徴が掴めない。

「エイのどこが好きなの?」

「難しい質問ですね……。
 フォルムもかわいらしいですし、ゆるい動きもなかなか」

「うん」

「でも、やっぱり、裏側の顔ですかね」

「……あれ顔じゃなくないっけ?」

「知ってますよー。目はちゃんと前にありますし」

 知ってたか。
 まあ、そりゃそうか。

「たとえばですね、お腹の顔が鬼みたいに怖い子もいれば、それこそゆるキャラみたいにかわいい子もいて、みんな違うんです。
 そういうところが、すごく好きですね」

 みんなちがってみんないい、的な。

「そっか」

「そうです!」

「写真、撮ってやろうか? ちょうど、後ろに二匹いるし」

「おおー。ぜひぜひ、お願いします」






475: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:33:22.42 ID:GXdPZokT0


 手渡されたカメラで、片手でエイを指差し、もう片手でピースをつくる彼女を写真に収める。

 どう写っているかはわからないけれど、(たとえば反射とか周りの暗さとか)
 まあ、自分の視界にかわいい女の子がいるので良しとしよう。
 
 その後なんとなく水槽を眺めていると、大量のイワシが目の前をぐるぐるとまわりながら通過した。
 流れる音楽に合わせて、銀色のきらきらとした群れが縦横無尽に移動する。

「あれ、エサに操られてるらしいですよ」

「そうなの? てっきり音楽とか感じ取ってるのかと思ってたわ」

「えー……けっこう有名ですよー」

 言われてみれば、感じ取ってたら取ってたで少し怖いような。

「……なんか、夢がない話だな」

「ふふっ、ごめんなさい」






476: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:34:30.25 ID:GXdPZokT0


 ちょっと考えてみた。

 イワシ。漢字で書くと鰯。
 魚へんに弱い(弱し)が変化した説と卑しいが変化した説があると聞いたことがある。
 いずれにせよ、群れていないと水槽内の他の魚に食べられてしまいそうだ。

 なんだろう、人間とそこまで変わらない……?

 むしろ、仲間が近くにいるだけ幾分マシにすら思えてしまうくらいのものだ。

「……とりあえず、イワシ最高だな」

「そうですね、おいしいですし」

 彼女の返答を聞いて、普通水族館にいるときに美味しいという感情を抱くのだろうか、と思った。
 水族館に来ると、綺麗だ、かっこいい、凄い、とかそんなレベルの感想しか出てこない。

「はるくんの好きなお魚さんは何ですか?」

「そうだな……サメかな、シャーク」

「あー、ちょうど目の前にいますね。
 サメについてはあんまり良くわからないですけど、これはハンマーヘッドシャークですよね?」






477: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:35:52.67 ID:GXdPZokT0


「うん、そう。別名シュモクザメ」

「はるくんもなかなか物知りですね」

「まあ、かっこいいからな。男は誰でも一度はサメかっこいい! ってなるんだよ」

「へー、なんだか意外ですね」

「そう?」

「そうですよ。なんですかね、クラゲとか好きそうだなって思ってました」

「んー。まあクラゲも好きだけど」

「ですよね! この前はるくんのお部屋にクラゲのストラップがあったので、好きなんだろうなあって」

 よく覚えてるな。
 あさっては無いだろうけど(クラゲのストラップも机の横に掛けている状態だったと思う)自分の部屋の中身について言われるのはなんだか少し気恥ずかしい。

「それに、おっきいぬいぐるみもありましたし」







478: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:37:29.32 ID:GXdPZokT0


「あー、うん。あるな」

「私も、ああいうかわいい系のぬいぐるみが欲しいですね」

 がっちりホールドされてたやつな。
 そういえばあれっていつ買ってもらったんだっけか、あまり覚えていない。

「いつもはなにか抱いて寝てるの?」

「ええっ……? ど、どういうことですかそれは」

 言うなり、なぎさはびっくりしたような表情になって、両手で肩を抱いて後ずさりした。

 そんなにまずいことは言っていないはずだから、俺の言葉が足りなかったのか。

「や、朝見たときにぬいぐるみ抱いて寝てたから」

「あ、あー……。なるほど、そういうことですか」

「他にどういうことがあるんだよ……」

「まあいいじゃないですか、こっちの話です」

「そっか。で、どうなの?」





479: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:38:34.24 ID:GXdPZokT0


「えー……。そんなに気になりますか?」

 なぎさは俺に向けて困ったように笑う。

「それなりには」

「そうですね……。
 杏が中学校に入学するまでは、ずっと一緒の部屋で寝てました」

「おお」

「身長的にも柔らかさ的にも、ちょうどいい感じでしたよ」

 たしかに、身長差は十センチ差くらいだった。
 その身長差なら抱きしめられたらすっぽりとおさまるだろう。

 その姿を想像している俺に、「でもですね……」と彼女は呟く。

「でも、春からは流石に毎日抱きしめられるのは嫌だって言われて。
 別の部屋になってからはなんだか頼もうにも頼めなくて……」

「で、ぬいぐるみで我慢していると」

「そうなんですよ……。つらいです、おかげで寝起きが悪くなってます」






480: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:40:33.36 ID:GXdPZokT0


 一緒に寝て、多分一緒に目覚めもする(しかも抱きしめられて)。
 めっちゃ百合百合してんな、この姉妹。

 姉と千咲もたまに抱き合ったりしているのは見るが、改めて考えてみるとすごいな。

 男同士抱き合ってたら気持ち悪い(一般的)けれど、女の子同士なら見てていい気分になる。

「姉妹って、素晴らしいな」

「……はるくん。なにか失礼なこと考えてませんか?」

「んなことないぞ。もっと他のエピソードはないのか?
 なぎさと杏がいちゃいちゃしてるやつとか」

「いちゃいちゃ、って……」

 と彼女は怪訝そうな表情をした。

「うん」

「えぇっ……。大したことないですよ、私たち普通の姉妹ですし」

「んー、なんかあるだろ」






481: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/09(金) 21:41:26.84 ID:GXdPZokT0


「はあ……。いや、恥ずかしいので話しませんよ。
 これはプライバシーです、たぶん」

「そう言われると余計に気になるな」

「ダメです! この話はもういいですから、先に進みましょう。
 ……置いて行っちゃいますよ?」

 そう言ってぷいっと顔を背けたものの、本当に先に行ってしまうというわけではなかった。

 一方通行になっている一階のフロアももうすぐ突き当たりだ。

 さっきのことについては、今度杏に訊いてみることにするか。






483: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/10(土) 00:21:06.58 ID:jNyP80spO

いい!いいですよ!




488: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:33:18.75 ID:Bfoondcp0




 周りと比べて比較的明るくなっている養殖場を再現したコーナーを抜けた後、外へと続く扉の前まで到着した。

 外から差し込む日差しはまだまだ暑さを感じさせる。

 壁にくくりつけてある解説ボードには『お魚さんたちと触って遊ぼう! ふれあいコーナー』と銘打ってある。

 なぎさに軽く許可を取って外に出ると、ふれあいコーナーという名称通り、子どもからの人気が高いようで、親子連れが多かった。

 すぐ近くの人が多い場所はビーチのようになっていて、子ども達がバシャバシャと水を掛け合っている。

「あついですね、やっぱり」

 どこかで貰ったのか、水槽がプリントされたうちわを扇ぎながら、なぎさは言う。

「だな、さっきまでが天国だったみたいだ」

「あそこにいる子ども達、なんであんなに元気なんですかね?」

「若さじゃないかな」






489: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:35:06.33 ID:Bfoondcp0


「なるほど……。精神的な若さ、ですか」

「うん、そう。そんな感じ」

「じゃあ、若返りも兼ねて、私たちも入っちゃいますか?」

 まあ、俺らくらいの年代で足だけ水に入れてる人は居ないことはないが。
 なぎさはワンピースだからいいけど、俺は普通にズボン履いてるし。

 どうぞ、と手で促すと彼女はふっと笑った。

「……やっぱりいいですかね」

「いいのか?」

「はい。考えてみたら、靴下脱ぐの面倒ですし」

「そっか」

「あっちのほうに行ってみましょう」

 彼女が指をさした方向には小さめの水槽が並んでおり、年齢問わず様々な人がその前に並んでいる。
 どうやら、『ふれあいコーナー』とはあそこのことを言っているらしい。






490: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:37:21.11 ID:Bfoondcp0


 近付いていき、解説ボードを見ると、ドチザメ、ネコザメ、イヌザメ、イトマキヒトデ……などの海洋生物に触って遊べるということだった。

「サメですね」

「うん、サメだ」

「家で飼えそうなサイズ感ですね」

「そうだな……飼ってみたい気もする」

「どんだけサメのこと好きなんですか」

 また彼女はふふっと苦笑に似た笑みをこぼす。

 前に並ぶ人々はわーきゃー言いながら水槽の中の生物に触れている。
 外気にあたって、しかもこんな暑い中で、大丈夫なのだろうかと少し心配になる。

 自分たちが触れる番になり、二人揃って近くにいるサメに手を伸ばすと、

「わわっ……肌がザラザラしてますこの子!」

 と彼女は声をあげた。

 そりゃサメなんだからサメ肌で当然だろうと思ったが、初めて触る身からすれば、驚くのも無理はないのかもしれない。

「なぎさはどれがかわいいと思う?」

「えーと……。この子です、しましま模様でかわいいです」






491: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:38:48.92 ID:Bfoondcp0


「ネコザメか、かわいいよな」

「そうですねー。はるくんが触ってるサメさんはなんていう名前なんですか?」

「これはドチザメ、んであっちにいるのがイヌザメ」

「……ほー。やっぱり物知りですね」

「まあな」

「じゃあですね、そんな物知りのはるくんに質問です!」

 びしっと俺の前に人差し指が突き立てられる。

「イヌザメってどうして犬ってついてるんですか?
 犬を飼っている私からしたら、この子とみたらしは似てないですし、気になりますね」

「なんだっけな……」

 サメ好き(自称)の俺からしたら知っていて普通のことであるかもしれないが、普通に考えてそこまで詳しく知っているわけがない。

 ネコザメは頭部の突起がネコのようだ、だとか、目がよく見ると猫目である、といった理由から来ているというのは昔何かの本で読んだ記憶はあるが……。

「どうですか?」






492: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:40:28.92 ID:Bfoondcp0


「そうだな、まったくわからん」

「えー。じゃあ、私の勝ちですね」

「これ勝ち負けあるの」

「そうです、私の勝ちです」

「……どうしてか知ってるってこと?」

「いえ、知りませんよ?」

「じゃあどうして」

 なんのことだ、と一瞬考えて彼女を見ると、彼女はえへんと胸を張って嬉しそうにしている。

 ……もしかして、こいつは学習しないのではないか。

 とはいえ、胸を張った彼女に対して何度も照れてしまうような失態を犯すことはなく、調子に乗るなという意味を込めて脇腹を小突いた。

「お? やりますか?」

 攻撃をされたのにも関わらず、彼女は嬉しそうに頬を緩めて、俺に反撃を返してきた。
 水に入れていない側の手で頬をつねられる。

 なぜか、抵抗するのも嫌だなという気持ちになって、されるがまま数秒間つねられた。





493: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:41:29.57 ID:Bfoondcp0


 その反応が意外だったのか、彼女は首をかしげた。

「どうしたんですか?」

「あ、いや……。なんでもない」

「そうですか……」

「……」

「もしかして、不用意に触られるのが嫌でしたか?」

「ん? いや……」

「えっと……嫌じゃないならはっきり言ってください」

 心配性か。

「嫌じゃないよ。お前の手ひんやりしてて気持ちよかったし」

「……おお、セクハラ発言ですか」

 にひひ、とわざとらしく笑われた。

「いやいや、ちがうから」

「どうなんでしょうかね、あはは」

 勝手に触られて喜ぶ変な人扱いされてしまったらしい。
 ……間違ってないし、もともとそう思われていた可能性もあるが。






494: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:42:29.15 ID:Bfoondcp0


 前々からボディタッチは少なくなかったしな、仕方ない。なぎさだって悪い。

「はあ……。次の人待ってるみたいだし、そろそろ離して」

「……そうですね、そろそろお昼食べに行きますか」

「うん、そだな。さすがにさっきよりは混んでないよな」

「もうピークは過ぎたとは思いますけど、二時ですし」

「じゃあ、行くか」

 ささっと最後にドチザメをひと撫でして、列から抜けた。

 それにしても、もう二時過ぎか……。
 自分が思っていたよりも時間が早く過ぎているらしい。

 朝以降特に何も口にしてはいないが、大してお腹が空いたということも感じない(時間を気にしなければそうなることはたまにあるが)。

 それもこれも、彼女と二人でいるからなのだろうか。よくわからない。






495: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:43:35.47 ID:Bfoondcp0


 隣を歩きながら、他愛のないことを話しかけてくる彼女の横顔が、俺には眩しい……のは気のせいか?

 仮に気のせいではなくて、そうなのだとすれば、俺ってだいぶちょろいんだなあと思う反面、なんだかどうしようもなく怖いとも思ってしまう。
 今日は、いつもとちょっぴりちがった感覚で、いつもとちょっぴりちがった彼女で。

 ……でも、それももしかしたら、すべて俺の捉え方の問題で、何一つ変わっていないのかもしれない。

「ね、はるくん」

「……どうした?」

「さっきの、名残り惜しかったら、いつでも触ってあげますからね?」

「さっきの……って?」

「もう! はるくん私に触られて喜んでたじゃないですか」

「ああ、うん」

「えへへ、ついに認めちゃいましたね」

「……認めるも何も、俺は最初から嫌じゃないって言ってたし」






496: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:44:45.89 ID:Bfoondcp0


「え、ええと……。そうですか。じゃあ、触って欲しいときは遠慮なく言って下さいね、触ってあげますから」

 そう言って彼女は得意げに眼鏡の位置を直した。
 ドラマかアニメにありがちな直し方だな、と笑いそうになった。

「それさ、なんか……」

「……へ? なんですか?」

「なんていうか……字面だけ見ればいかがわしいニュアンスだよな」

「……は」

 固まった。
 と、同時に肩を強く叩かれる。

「ばかですか! 全然ちがいます!」

「ふっ、どうなんでしょうか」

 さっきの彼女の真似をしてみた。
 すぐにうわー、と冷めたような顔で見られた。

「あ、わかりましたわかりました。
 頼まれても絶対に触ってあげませんからね」

「うん、まあ別にいいけど」






497: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:47:51.62 ID:Bfoondcp0


「……え?」

「どうした?」

「……もう一回言ってもらってもいいですか?」

「いや、別にいいけどって」

「……あ。へえ……そうですか。
 そう言われたらそう言われたで、ちょっと不名誉な感じです」

「……それってつまりさ」

「い、いや、ちがいますよ?」

 俺が言い終わる前に言葉を遮って、ぶんぶんと手を振り回して否定する。

 続きを言おうとすると、また「わー」とか「あー」とかなんとか言って遮られてしまった。

「と、とにかく! ちがいますからね?」

 それ半分……いや全面的に認めてるのと変わらないじゃねえかよ。
 どうやら彼女の中に譲れない何かがあるらしい。

 すぐにでも反応が欲しかったらしく、ずずいと身体を寄せてきた。
 触れないと言った彼女から触れてきた、これはセーフなのか。






498: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/30(金) 20:49:01.92 ID:Bfoondcp0


「わかった、わかったから」

「……そ、ですか。いまの話はナシで、お願いしますね」

 なんだか墓穴を掘るとかそんなことの多い一日なのかもしれない。

 発言には気をつけよう、コンマ数秒くらい考えてから発言しよう。
 ……いや、それはなんだか変か。もはや考えてないのと同じだし。

「うん」

「ほんとにですよ?」

「わかってるよ」

「……そうですか」

 彼女はほっと胸をなでおろした。






関連記事
後輩「また死にたくなりましたか?」【パート1】【パート2】【パート3】【完】


SS宝庫のオススメSS (2017/07/15追加)
カテゴリー「男「」女「」」のSS一覧
・元スレ:【SS速報VIP】後輩「また死にたくなりましたか?」
橋本甜歌(てんちむ)ヌード画像43枚!乳首丸出しレズ濡れ場を演じた元てれび戦士がエ□い!
【正常位GIF画像】コレ見てセッ●スしたくならないやつはインポ確定!乳揺れ激しい正常位のエ□GIF画像
JSやJCが騎乗位でセッ●スしてるエ□GIF画像貼ってくw
【GIF】AV初出演のニューハーフにバイアグラ飲ませた結果。男優のモノより格段にデカくて困惑するwww...
この子のワレメに挿入できるならいくら払える?
ココイチ店長「ご注文は?」女「10辛」おっさん「納豆カレー」地味娘「福神漬け」会社員「ほうれん草カレー」客「ココイチたけぇぇぇ!」
モデル女「結婚相手は高年収が絶対条件!」 林修「相手に見返りはあるの?」
【エ□GIF】 西川先生の包茎治療が衝撃的すぎるwwwwww
エ●チでいく時に関西弁ではなんて言うの?www
佐倉綾音の子宮に住みたい「あやねる……!」
マクギリス「アルミリアと日帰り温泉…悪くない」フロンタル「おや?」
女子大生と女子小学生の一夏の想いで☆
ヤリチン「人妻マ●コゲットーw」 人妻「(あんあんあん!)」
兄「」ドピュ 妹「よい飛距離です」
【朗報】元恵比寿☆マスカッツさくらゆらデリヘル絶賛勤務中
ビキニの水着から、乳首がポロリしちゃった素人娘たちのハプニング
女子陸上部の、おへそと太ももが丸見えなエ●チなユニフォーム





 

SS宝庫最新記事50件