1: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:37:05 ID:Rld

「う……っそ、だろ」
「マジかよおい……」

 何の冗談か、誰かのイタズラか。
 目の前に俺がいる。
 いや、……正確には。
 工藤新一、が、いる。

 ご丁寧に江戸川コナンである俺が着てるのと同じデザインの、工藤新一サイズのパジャマを着て。
 そいつは目を丸くしながら俺を見つめていた。
 いや、確かにな、こないだの蘭との電話で「身体が二つあったらな!」って言ったぜ?
 だからって本当に二つになることねぇだろ?
 自分の身体を確認してみると、……江戸川コナンのままだ。

「……さてはテメェキッドだろ」
 ジロッと睨むと相手は「バーロ」と呟いて胡座をかき、頭をかいた。

「こっちはオメーが灰原か誰かの変装だって思いてぇんだけど。つーかさ、なんで工藤新一になってるんだ俺? なんで江戸川コナンが目の前にいるんだ? ワケわかんねぇよマジで」

「……。なぁ、本当に俺、なのか?」
「俺が聞きてぇ……。何なんだよこれ。どう論理的に解釈しようとしても出来ねぇ」




2: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:37:24 ID:Rld

だいぶ前に発表した

ベルモット「一つだけゲームをしない? 脱出、ゲーム」 コナン「脱出ゲーム?」

の続きに当たる話です。
続きといいつつも読んでなくてもわかる内容にしたつもりですが、一応話題を引きずってる部分があるので
お時間のある方は読んでみていただけると「ああ、あの辺りね」ってなる感じかなと。

また、
「工藤新一は、消えろ」
とか
「灰原哀の、ひとりごと」
とか以前ぐだぐたと書いてたので、お時間のある方は読んでいただけると幸いです。




元スレ
コナン「俺であって、俺じゃない」
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1426934225/


 
3: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:37:53 ID:Rld

 朝。
 三連休の初日。
 横には小五郎のおっちゃんが寝ている。
 そして目の前には工藤新一、つまり俺。

「ほんっとーにキッドじゃねぇんだよな?」
「……疑うなら工藤新一なら知ってる事実を質問してみろ」

「じゃ、少年探偵団のメンバーをフルネームで」
「小嶋元太、円谷光彦、吉田歩美、灰原哀、そして江戸川コナン。あと、一応小林澄子先生も」

「蘭の母さんの名前は?」
「妃英理」

「俺の親父とお袋の名前は?」
「工藤優作、工藤有希子。旧姓、藤峰有希子」




4: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:38:22 ID:Rld

「俺の誕生日は?」
「5月4日」

「…………嫌いな食べ物は?」
「レーズン」

「コーヒーは……」
 そこまで尋ねて、せーの、で二人でハモった。

「ミルク砂糖無しブラック!」

 だが、「うーん」と悩んでしまう。
「事前に調べてたらわかることばっかだしな」
「まだ疑ってんのかよ、さすが俺だな……」

 俺は……あー、なんかややこしいな。……デカい俺はげんなりとした様子で額に手を当てた。

「なら決定的な話、してやるよ。俺が江戸川コナン、になった晩に蘭に聞いた言葉。好きな奴がいるって言うから新一って人の事だったりして、ってからかった時の蘭の回答は、……」
 彼はそこまで言って、いきなり黙った。
「……この先、言った方がいいか?」
「いや、いい……」

 互いに赤くなってしまう。




5: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:39:27 ID:Rld

「くそ、あぁ恥ずかしい」
「テメェが勝手にしゃべり始めたんじゃねーか……」
「それ以外にキッドがぜってー調べようがない話が浮かばなかったんだよ、仕方ねぇだろ」

 ともかく、だ。
 コイツが蘭が変装してるんでもない限り、あの晩にそんな会話をしたのを知ってるのはやっぱり俺しかいないわけで、コイツが俺自身……工藤新一だってことは確からしい。

 ……となると、今ここにいるこの俺はなんだ?

 いきなり変な不安が襲ってくる。
 顔を曇らせていると、
「んな顔すんなよ、俺なんだから」
 頭をポンポンと叩かれた。

「やめろよ、ガキじゃねーんだか……」
 イラッとして相手の手を払おうとした時。
「お父さーん、コナンくーん、朝ご飯よー」

 いきなり蘭の声が響いた。




6: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:39:46 ID:Rld

 ドキッとして二人で慌てる。
 おっちゃんは深く眠ってるからまだ起きない。
 俺は小声でデカい俺に言った。

「何とかして蘭を外に出すから、その間に自宅に」
「わかった、頼む」
 それからドアに向けて声を出す。

「おはよう蘭姉ちゃん、今いくー!」
「……俺、傍から見るとこんな感じなわけか」

 俺の作り声を聞いて、デカい俺がゲッソリとしていた。




7: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:43:17 ID:Rld

「おじさん、まだ寝てるよ」
「もー。また深夜にお酒飲んだのね。ハイ、コナン君ご飯」
「えっと、蘭姉ちゃん、その……お願いがあるんだけど……」
「なぁに?」
「僕、ご飯じゃなくてパンが食べたいなぁ」

 唐突な俺のワガママに蘭は目を白黒させた。
 俺は冷や汗をかきながらもニコリと笑顔を作ってみる。

「お願い!」
「仕方ないなぁ、待ってて。買ってくるから」




8: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:43:30 ID:Rld

 ……先日の事件から、蘭は俺に対して少し甘くなっているように感じた。
 まああの日ほどのベタベタっぷりでは無くなったが。
 蘭が出掛けていく。
 彼女が階段を降り、ビルから離れたところでデカい俺を呼んだ。
 なんだか不似合いなスーツを着ている。

「パジャマでうろつく訳に行かねぇからおっちゃんの服借りちまったぜ。後で返しに来る」
「了解。蘭は右の方に行ったから左回りで行けよ」
「わあった」

 デカい俺が出て行き、俺は何故か安堵の息を漏らしてしまった。
 そして静まり返っている部屋でポツンとしていると、やっぱりさっきのあれは夢だったんじゃねぇかと思う。
 頬をギューッと引っ張ると、痛い。




9: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:44:46 ID:Rld

「……駄目だ、やっぱりまったくもって理解出来ねぇ……頼む、醒めてくれこの夢……」

 そうしてボーッとしているうちに、買い物を終えた蘭が帰ってくる。

「ただいまコナン君。ごめんね、今度からパンも用意するようにするね」
「ううん。ワガママ言ってごめんなさい、蘭姉ちゃん」
「あはは、いいよいいよ。今焼くから待ってて」

 蘭がパンをトースターに入れたところでメールの着信音が鳴った。
 蘭は携帯を取り出し、そして確認すると一瞬不思議そうな顔をしてから。その表情をパッと明るくした。
 ……テメェのやる事だからパターンなんてすぐ読める。どうせさっき出ていったアイツからのメールで、「今日帰るから」とかなんとか書いてあるんだろう。




10: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:45:08 ID:Rld

 あ、って事は工藤新一の方の携帯持って行きやがったなアイツ。
 工藤新一の携帯は厳重に隠してあるのにそれをすんなり持ってった、って事はやっぱ……そういうことなの、か?
 でもなぁ、うーん、うーん、うーん。

「コナン君! 新一ね、今夜来るって! こないだコナン君も話したがってたでしょ? 良かったね!」
「え……あ、えっと、やったー、新一兄ちゃんに会える嬉しいなあ!」

 嬉しかねぇ。

 またワケ分かんねぇ現実見ることになんのか。出来ればこのまま消えててくれたらすげぇ助かるんだけどな……。
 それに、気掛かりなことが一つある。
 そう思って嬉しそうな蘭の顔を見る。




11: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:45:39 ID:Rld

 ……くそ、俺があっち側になりたかった。なんで俺は江戸川コナン側なんだよ……。

「蘭姉ちゃん……僕遊びに行ってくるね……」
 すると蘭はぐったりした俺の様子に気づいたようで、さすがに喜びを抑えて俺の顔を覗きこんできた。
「大丈夫? 具合悪いんじゃないの? 出掛けないで寝てた方が」
「ううん! 何ともない! いってきまーす!!」

 蘭の制止を振り切り、慌てて飛び出した。
 行く先は博士の家。




12: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:46:05 ID:Rld

「博士!!」
 思い切りドアを開けて飛び込むと、
「よぅ……」
とうんざりした俺の顔に挨拶された。
 俺も思わずうんざりする。

「……そりゃ来るよな」
「……だな」

 ここに来る前に自宅へ寄っているようで、すでに借りていたおっちゃんのスーツから私服に着替えている。
 そこへ奥から博士がやって来た。
「もうワシにもワケが分からんわい。元の姿の新一が来たと思ったら『分裂した!』とか騒いでおるしのう」




13: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:46:24 ID:Rld

「そして今、江戸川君が現れたわけね」
 灰原は雑誌を手にしながら椅子に座っている。

「ミステリーを通り越してファンタジーねこれじゃ。ま、どうせ誰かさんの変装でしょうけど」
 それに対して声を上げようとしたら、デカい俺が先に口を出した。




15: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:47:39 ID:Rld

「ちげーんだって灰原! 気持ちはわかるけど本当に俺だ、工藤新一なんだよ!」

 灰原は呆れて視線を逸らした。
 俺は腕組みして灰原に言う。

「有り得ねえからな、こんなの。オメーがそう思うのはわかるし、実際当事者の俺達ですら信じられねぇんだよ。……コイツは、本当に『俺』なんだ」




17: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:49:31 ID:Rld

 すると灰原は俺に向けて、言った。
「工藤君まで怪盗キッドの茶番に乗って遊んでるの? 下らないことには付き合いたくないんだけど」
「か、怪盗キッドじゃと? なんじゃ。そうじゃよなぁ、分裂なんてそんな、なあ」

 どうしても信じてくれない二人に、俺達は顔を見合わせて頷く。

「博士。俺が初めて小さくなってから出会った晩のこと、覚えてますか?」
 デカい俺が博士に問いかけた。




18: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:50:06 ID:Rld

「おお、あの時は変な子供がおると思ってのう。危うく警察に突き出すところじゃったわい」
「そう。……あの日俺は、俺が小さくなった工藤新一だと証明する為に、貴方がレストラン・コロンボに行ったことを推理して当ててみせた」
「む、そうじゃったな。それで確かに新一君じゃと……」
「そして貴方は僕にこう言った。正体を誰にも明かすな、とね。それが知れればまた命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ、と」

 博士は一つ一つ頷いた。
 灰原はまだ疑いの目でデカい俺を見ている。




20: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:51:15 ID:Rld

「それでは博士。あの夜に起こったことで、『工藤新一』でないと答えられないはずの質問、を僕にして頂けませんか?」
「……」

 博士は考え込み始めた。
 あの夜の事を知ってる人間なんて博士と俺しかいない。
 博士は思いついた、とばかりに顔を上げた。

「あの夜、新一の家にいたら誰か訪ねてきたな。誰か覚えておるか?」

 そう言われて俺と俺は思い切りため息をついた。
 デカい俺が、言う。

「あのさ博士。それ、工藤新一じゃなくても予想つくだろうから他の質問にしてくんねーか? 分かるだろ、灰原」




21: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:51:42 ID:Rld

ええ。毛利探偵事務所の彼女でしょ」

 二人で頷くと博士は困った顔をした。
「し、しかしあんまり精細に覚えとらんのじゃ。だいぶ前だからのう」

「なら私が質問してあげる」
 灰原が前に出てくる。
 彼女はじ、とデカい俺を睨み上げ。
 そして、言った。

「私の本当の名前は?」




22: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:52:18 ID:Rld

「……宮野、志保」
 灰原はそれを聞いて頷くと、少しためらってから。次の言葉を口にした。

「じゃあ私の姉の名前は? そして、私の姉は今どうしてる?」

 灰原の言葉に、今度はデカい俺の方がためらっている。
 一呼吸置いてから、彼はようやく口を開いた。
「お姉さんは宮野明美さん。俺が明美さんを救えなかった事を、灰原、オメーに責められたな。……どうしてお姉ちゃんを助けてくれなかったの、って」

 それを聞いて灰原は目を見開く。
 そして俺を一瞥し、再びデカい俺に目を向けると不敵に微笑んだ。




23: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:52:52 ID:Rld

「……どうやらこの二人の言ってること、本当みたいね」

 博士はそれを聞いて目を丸くし、俺達二人を見比べる。

「しかし哀君、新一がキッドにその情報を予め教えておいたんじゃ」
「……いいえ」

 灰原は、首を横に振る。

「工藤君なら、人をからかう為だけに友人のそんなデリケートな情報を、しかも犯罪者でありライバルである相手なんかに渡したりはしない。これは明らかに本人の持っている情報としか考えられないし、考えたくないわ」




24: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:53:19 ID:Rld

「本当に悪い灰原……。証明の為とは言え嫌な話、思い出させちまって……」

 デカい俺がすまなそうに言うと、灰原はくすりと笑った。
「幼児化の次は分裂。あなたって本当に研究しがいのある人ね」
「なぁ、灰原。俺達元に戻れると思うか?」

 横から俺が尋ねると灰原は首を傾げた。




25: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:53:54 ID:Rld

「戻る必要があるの?」
「いやまぁ、だってそりゃ……」
「大きい方のあなた……この際便宜上こちらを工藤君、そして小さい方のあなたを江戸川君と呼ぶわね。……工藤君がこのままでいれば探偵事務所のあの子、喜ぶんじゃないの?」
「……それがものすごく問題というか……」

 拗ねた口調で言うとデカい俺も難しい顔をした。

「灰原、何とかならねぇか」
 それを聞いて「え」と顔を上げてしまう。
 デカい俺は続けた。

「わかるんだよ。たまたま俺は工藤新一側でコイツは江戸川コナン側になった。逆の立場なら俺だって工藤新一になりたかっただろうと思う、それに……」

 ジト、とこちらを見てくる。




26: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:54:27 ID:Rld

「コイツこのままにしとくと蘭と風呂入り放題だし、一緒に寝放題だし、抱っこされ放題だし……」
「…………」
 今度は灰原が半目で睨んできた。

「……正真正銘二人とも工藤君ね。呆れた、思考回路の下らない部分までまったく同じなんだもの。同一人物だっていうなら納得いくわ」
 ハハ、と二人揃って苦笑してしまう。
 博士はまだ少し納得が行かない、という顔をしていた。




27: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:55:26 ID:Rld







 今夜は博士の家に泊まると伝えたら、蘭のものすごくガッカリした声が電話口に返ってきた。
『だってコナン君、新一に会うの楽しみにしてたじゃない。一家団欒しようと思ってたんだよ?』
 俺はオメーらの息子じゃねぇっつーの。

「うん、ちょっと博士の家でやらなきゃいけないことがあって……。新一兄ちゃんには明日会うね」
『そっか……わかった。新一にはそう伝えておくね』




28: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:55:49 ID:Rld

 さて、と。
 その新一兄ちゃんには今すでに会ってるわけだが。
 すっかり夢中になって、今日手に入れた新聞や本、特に医学書なんかを手当たり次第に読んでいる。

「……なんか手がかりありそうか?」
「んー……これと言った手応えがねぇな。ネットの方はどうだ?」
「今見てる。こっちも何もわかりそうにねぇ」

 モニタを見ていると後ろからデカい俺が覗きこんできた。
「考えられることはAPTX4869の副作用か何かだが……」
「もしくは解毒薬の副作用。こないだ二週間も保ってたアレが気になるな」

 どちらともなく、言う。
 そこへ灰原がコーヒーを二つ持ってやって来た。
「そうして並んでると本当の兄弟みたいね」
「兄弟、ねぇ……」




30: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:58:02 ID:Rld

いいながらコーヒーを受け取る。
 が。二人で同時に飲んでから、二人で同時に「甘っ」と声に出してしまった。

「……コーヒーテストは合格、と」
 デカい俺が苦笑しながら抗議の声を上げる。
「コーヒーは砂糖も何も入れんなって言って……あ、俺なら砂糖入りは嫌がるから、か?」
 それを聞いて俺も思わず抗議した。




31: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:58:24 ID:Rld

「俺まで疑われてんのかよ。キッドが俺に変装すんのは無理だぜ?」
「泥棒さんの変装とは限らないわ。組織が用意したスパイかも知れないじゃない」
「む……」

 むくれて見せると、灰原は「冗談よ」と首を横に振る。

「……さっき指紋を照合したの。二人共、以前取ってあった『工藤新一』の指紋と98.4%以上の確率で一致したわ。さすがに博士も納得したみたいよ」
「そう、か……」

 指紋、と聞いていきなり現実を突きつけられた気がした。




32: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:59:07 ID:Rld

「……正直さ」
 デカい俺が呟くように言う。
「まだコイツが俺だって信じられなかったんだ。灰原の言うように、誰かの送り込んだ偽者かとか。……けど指紋か、指紋が一致してたら……言い訳しようがねぇよな……」

「……」
 黙り込む。

 灰原も黙ってじっと見ている。
 俺は認めたくない事実を、どうにか口から絞り出した。

「消えるとしたら、俺の方だな」
「……江戸川君?」

 灰原が眉をひそめる。
「俺は本来存在しない人間だ。こうして本物の工藤新一が居る以上、俺が存在する理由がねぇ」
 続けた俺の言葉に灰原は呆れて首を振る。




33: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)19:59:49 ID:Rld

「江戸川コナン……いえ、工藤新一ともあろう人が随分弱気なのね。ひょっとしてあなたやっぱり、偽者なのかしら?」
 皮肉を込めた口調に俺は何も答えることが出来ない。
 だって自分が自分である証明、なんて一体どうしたらいいんだよ。

 ……その時、デカい俺が口を開いた。

「灰原。俺だって、工藤新一だって、人間なんだ。こんなワケの分かんねぇ状況になったら流石に冷静さ欠くに決まってんだろ。ましてやずっと戻りたかった『工藤新一』の身体が俺側に取られちまってるんだ」
「……あなたはあなたで、他人事みたいなこと言うのね」
「……」

 デカい俺が目を細めて灰原を見る。
 灰原はしばらく彼を睨み返していたが。
 視線を逸らし、踵を返した。




34: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:00:22 ID:Rld

「もしかしたらAPTX4869の解毒薬のせいかも知れないわ。調べてみるから」
 そう言って部屋を後にする。
 ふぅ、と二人でため息をついた。

「他人事みたい、か。確かにな。行動や思考パターンは読めるが、分離して以降の実際の思考は、別々になってる」
「俺であって俺じゃない、か……。それこそもう兄弟みてぇなモンだと割り切って、他人として過ごした方がいいのかもな」

 顔を見合わせた。
 朝からこうやってコイツと顔を見合わせる事が多い。
 それから視線を落とした俺の不安を感じ取ったのか、デカい俺は俺の頭をそっと撫でてきた。

「……な。前向きに行こうぜ。蘭にさ、『新一兄ちゃんがね』って話すうちに、どこかに本当に『新一兄ちゃん』がいるんじゃねぇかって思う事、たまにあったよな」
 デカい俺の言葉に俺は口元で笑った。




35: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:01:03 ID:Rld

「蘭との電話なんかで、工藤新一の状態で『コナンの奴が』って話す時に、本当に江戸川コナンが別にいる気がしてた」
「つまり今はまさにその状況、だろ? きっと必ず元に戻る。それまでは『新一兄ちゃん』と『コナン君』で逆に楽しもうぜ」
「ま、選択権はねぇな。それしかねぇか、でないと頭がおかしくなりそうだ」

 しかしそうすると俺は「新一兄ちゃん」を連呼する羽目になるわけで、どうにも屈辱感を感じる。
 ジッと見ているとデカい俺が優しい笑顔で「どうした、コナン?」と言ってから。
 ニッと嫌味っぽく笑った。
 ……あれ、俺ってこんなに性格悪かったっけ。
 何となく納得がいかない。




36: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:03:21 ID:Rld






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


 いつどういうタイミングでまた元に戻れるかわからない。
 だから出来るだけ二人で行動しろと灰原に言われて、俺は小さい俺……コナンの手を引いて毛利探偵事務所の前に戻ってきた。

 コナンは「博士のうちに泊まるって言ったしな」と嫌がっていたが、
「灰原がああ言ってんだろ」
と脇に抱えて強引に連れ出した。
 途中、降ろせと抗議が上がったので降ろして歩く。

「……」

 何となく見下ろすと、憮然とした顔を向けてきた。
 そうして彼は前を見る。




37: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:03:45 ID:Rld

「……なんか、嫌だな。俺なのは確かなんだけどよ。俺の前でオメーが蘭と仲良くしてんの……見たくねぇんだよな」
「かといって俺が蘭に素っ気なくするわけには行かねぇだろ」
「わあってるよ、……だから行きたくなかったんだ」

 二人でため息を吐く。
 兄弟というか双子みてぇなモンだと考える方が近いかも知れない。
 双子で、同じ人間に惚れちまった。
 しかも片方は絶対敗北の条件付きで。

 参ったな、コナンの立場から考えるとかなりキツい。
 連れて行くのをやめようと思い直して、手を離した。




38: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:04:49 ID:Rld

「……やめるか?」
「ああ、出来れば」

 そのままコナンはズボンのポケットに手を入れ、事務所に背を向けて歩き出す。
 自分なのに自分じゃない、小さな背中……。
 下手をするとアイツはずっとあのままで生きていかなきゃならない。
 胸が痛んだ。

 こんなに痛烈に感じるのはやはり俺同士だからなんだろう。
 俺はやはり探偵事務所に入る事が出来なくて、そっとコナンの後を尾けた。




39: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:05:45 ID:Rld


と。

 公園の前に車が停まっており、後部座席が開いて地図を持った人物が半身を乗り出している。
 二、三十代くらい? の中肉中背の男。
 その人物は、コナンに声を掛ける。

「ちょっと坊や。道を聞きたいんだけどね……」
 するとコナンはものっすごく不機嫌そうな顔で、吐き捨てるように相手に言った。
「今時その手に乗るか。バァァァァァァッカ」

 うわ、このクソガキ……と自分事ながら思ってしまうが、そんな事言ってる場合じゃねぇ。あれはそのまま車の中に引きずり込まれる手口だ。
 慌てて駆け寄り、コナンを抱き上げる。

「うわっデカいお……新一兄ちゃん、何でここにいるの!?」
 コナンが驚いて声を上げたが、男も驚いてこちらを見上げてきた。
 俺は会釈してみせる。

「すいません、うちの弟が失礼な事言って。あ、道ならそこに交番がありますからそこで聞いた方がいいですよ、それじゃ」




40: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:06:34 ID:Rld

 コナンはむくれているが、仕方無さそうに迎えに来られた弟、という体を装うことにしたらしく俺にしがみついてきた。

 さて、とそのまま立ち去ろうとした時。
「もしかして工藤新一君かい?」
 と男に呼び止められる。
「え?」

 名前を呼ばれ怪訝に思って男を見ようとした、刹那。
 脇腹に、鋭く熱い痛みが走った。
 それから全身の筋肉の痙攣。

「ぐっ……」

 続いて身体の力が抜け地面に倒れ込む。
 やべぇ、……動けない。
 コナンの怒鳴り声が遠く聞こえた。




41: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:08:17 ID:Rld




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 デカい俺……新一の身体が崩れるのと同時に俺は地面に投げ出された。

「あいてっ……、おい、新一! 新一!」

 スタンガンだ、くっついていた俺にも感電している。
 だが直接受けたわけじゃないからまだ身体は動いた。
 男が二人降りてきて、動けない新一を車に乗せる。

「テメェらやめろ!」

 叫んでベルトからボールを出し、シューズの出力を上げようと、ダイヤルに手を掛けた途端。
 後ろから口を塞がれ抱え上げられた。
「ぅぐっ……」
「そのガキも早く乗せろ!」




42: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:08:37 ID:Rld

 ジタバタと暴れるが乱暴に車に放り込まれ、放り込んだ男がすぐさま隣に乗り込んでくる。

 反対側にはさっき地図を手にしていた男。
 ぐったりしている新一と俺を挟むように二人が座っており、俺の側にいた男が俺を掴んで自分の膝に乗せ、すぐに首に太い腕を回してきた。

「ガキ、騒ぐとグサリだぜ」

 脇腹にナイフの刃が当てられる。
 俺は息を呑んで周囲に目を走らせた。
 犯人は四人。
 チンピラ風の二、三十代の奴らばかりだ。




43: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:09:14 ID:Rld

「……どこに連れて行くの」

 尋ねるとナイフ男がフッと笑う。
「いい所さ」
「僕達にとっては悪い所みたいだけど」
 言いながら新一を見やる。

 こんなあっさりやられてるなんて自分の分身ながら情けねぇ、とも思ったが。犯人の最初の標的は俺だったし、こんな事になるとは俺だって思わなかったから仕方ない。
 回復さえすれば俺達二人だし、なんとかなるだろう。この犯人達、よりによって運が悪いな。

 そう考えてから、俺はコイツらが「工藤新一」に標的を変えた理由を考えた。
 俺が新一兄ちゃん、と呼んだだけで工藤新一だとわかった。
 顔は以前から新聞やニュースに出ていたから知られているんだろうが……要するにコイツら工藤新一、に何らかの用事があるということだ。




44: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:09:46 ID:Rld

 俺……江戸川コナンを最初に標的にしたのはたまたまか、工藤新一の知り合いだと知っていたのか。
 ……にしても最近誘拐事件に出会いすぎな気がする。何なんだ、何かそういう運気の巡りみてぇのなのか?
 なんて悩んでみるが今はそれはまあ置いといて、だ。

 しばらく走っていると隣から「うっ……」と呻き声が聞こえた。




45: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:16:06 ID:Rld



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


「あい、ててて……」

 ちくしょう、やられた。
 そう考えながら見回すと両隣は犯人達に挟まれている。
 そして左隣の犯人にコナンが拘束されていた。

「新一、……兄ちゃん、大丈夫かよ」
 こまっしゃくれた物言いで、それでも「兄ちゃん」と付けるのは忘れずにコナンが問う。

 あー、くそ……。

 意識は覚醒しているが、「身体が」朦朧としている……そんな表現がピッタリだ。
「なんだよ、オメーまで捕まってんのか」
 ハハ、と苦笑した。




46: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:16:32 ID:Rld

 ……俺達は二人で一人だ。もしどちらかが死んだらどうなるんだろう……。

 右隣の男が電気を入れていないスタンガンを当ててくる。
「いやぁ、運がいいね。工藤新一君、君がこの町に帰ってくるのを待ってたんだよ。どこを探しても見つからなかったから」
「探偵業のご依頼ならもう少し穏便に願いたいですね。こんな子供まで巻き込んで」




47: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:16:56 ID:Rld

コナンに目をやりながら言うとスタンガン男は笑った。
「そうしたかったんだけどな、なりゆき上仕方ない」
「身代金の要求か?」
 尋ねると男は首を横に振る。

「運がいい、ってのはその話さ。アンタ、この町に来たら高確率であの探偵事務所に行くだろ? あの探偵事務所の娘を拉致しようと思ってたもんでな、張ってたんだがそこにタイミング良く、アンタと一緒にいたこのガキが一人で歩き始めた」

「なら……要求は金、じゃなくて工藤新一の身柄、か。じゃあこの坊主にはもう用はねぇだろ。解放してやってくれ」
「だが顔を見られちまってるしなあ」

 男どもが目配せしている。
 コナンもコナンでこちらに目配せしてきた。




48: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:18:27 ID:Rld

 ……子供がいると足手まといだ。

 コイツは俺だから子供じゃない、そんな理屈は分かってる。
 でも身体はどうやっても子供だという事実だけは覆らないし、コイツを人質にされてる今は正直動きづらい。一人ならなんとかなる。

 と、コナンが「ねえ、おじさん達」と作り声を上げた。
「新一兄ちゃんに何の用なの?」

「工藤新一君に調べて欲しい事があってね」
 スタンガン男が答える。
「彼じゃないと出来ない調査さ、多分な」
「そう……」




49: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:18:45 ID:Rld

 工藤新一に出来るってことは江戸川コナンにも出来るってことだ。
 コナンの目がキラリと光ったのを見た俺は、コイツが何を考えたか一瞬で読み取った。俺を何とか解放させて、その調査は自分がやってやろう、とかその辺りだろう。ったく。

「コナン、蘭が心配すっから……家に帰してもらえ」
「それはこのおじさん達の気分次第だから、僕に言われても」
「泣いて懇願しとけば?」

 そう言うとコナンはふい、と顔を背ける。
 犯人達は俺達の会話を聞いていたが。

「坊主、帰ってもおじさん達の事は言わない事、警察だけでなく誰にも言わない事を約束したら帰してやってもいい。今日あったことは全部忘れるんだ。どうだ、出来るか? それを守らなかったらこっちの兄ちゃんは死ぬことになる」




50: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:19:03 ID:Rld

 顔を見られた、とさっきの男は言っていた。
 てことはこのままコナンを連れて行くのは、どこかで殺すつもりだって事だ。
 そして俺にやって欲しい事があるという事は、俺は殺さないということ。

「……コナン、この人達の言う通りにしとけ。帰って忘れろ。蘭には俺はまた出掛けたって言っといてくれ」

 コナンは鋭い瞳で俺を睨んでいる。
 しばらく黙っていたが、やがて。

「冗談はテメェの存在だけにしろよ。バーロ」
 低い声で言った。

 ……はぁ……やっぱそう言うよな。俺だし。

「このガキ……」
 コナンを拘束している男から不穏な空気を感じる。




54: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:23:49 ID:Rld

 ……逆の立場でも間違い無く同じことを言っていた、だってコイツは俺だから。
「このまま俺だけ帰ったらまた蘭が泣くんだよ、わかってんのか?」
「……わあってるよ」

 反論出来ない。蘭はこの間ひどく泣かせたばかりだ。泣き顔を思い出すと胸に刺さった。

「じゃあ坊主、このまま殺されても構わないな?」
「それは……」




55: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:24:20 ID:Rld

 男の一人に言われて急にコナンの勢いがなくなり。
 だが、視線で俺に何かを訴えていた。

 見る。
 しめた、三百メートル先の信号が赤だ。
 車のスピードが落ちている。

「誰がテメェらなんかに殺されっかよ!」
 言うなりコナンはいつの間にやらキック力を上げていたらしい足で、思い切りナイフを持つ男の脛を蹴り付けた。
 続け様にその男の腕に噛み付く。
 と同時に、俺は右にいた男の脇腹にエルボーを食らわせ、左のナイフ男からその得物を取り上げた。

「ぐあ!!」
「ぐうっ」




56: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:25:00 ID:Rld

「おっと」

 俺は右の男が取り落としたスタンガンをすかさず拾う。
「テメェら!」

 運転席と助手席から声が上がったがそんなもの気にしない、俺は両サイドの男にスタンガンを食らわせた。
「ぐっ!」
「うあ!」

 密着していたので少しビリッと来たがさっきみたいな倦怠感は起こらない、右の男の身体を上半身だけ乗り越えて、ドアを開ける。




58: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:25:35 ID:Rld

「コナン!」
 拘束が緩んだ男の腕から逃れたアイツが手を伸ばしてきたので、引き寄せて抱き締め、そのまま車から転がり落ちた。

 周りからクラクションが聞こえる。
 運転席から男が慌てて降りるが、周りの視線に戸惑っている。
 俺がポケットから携帯を出してどこかに掛ける操作をすると、男は「チッ」と舌打ちして再び車に乗り走り去ってしまった。
 どこにも掛けなかった携帯をポケットに戻し、さて、と立ち上がると様子のおかしさに気づいた数人が車から降り、ざわついているのが聞こえる。

 と。
 見覚えのある顔が、その中にいた。




60: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:26:29 ID:Rld

「工藤君、それにコナン君!?」
「あ、佐藤刑事」

 腕からコナンを下ろしながらこんにちは、と会釈すれば、驚いて目を丸くしている。

「今見たところだと、何かの事件に巻き込まれたようね」
「はい……ちょっと。コナン、今の車のナンバー覚えてるな?」
「うん。世田谷ナンバーだったね。世田谷324『わ』の15XX」
「レンタカーね」

 コナンの言葉を佐藤刑事が手帳に書き留める。
「さすがね、ナンバーから借り主を洗いましょう。取り敢えず話は署で聞くから二人とも乗って」
 頷いて俺達は佐藤刑事の車の後部座席に乗り込んだ。
 周りの車はすでに俺達から興味を失ったらしく、迂回して交差点を渡っていく。

「工藤君、ひょっとしなくても今のは、誘拐されかけていたのかしら……」
「……ええ。どうやら僕に用事があったようです。用を聞く前に脱出したので、内容はわかりませんが……」




61: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:27:52 ID:Rld

 俺の言葉に頷くと佐藤刑事は車の無線を手に取った。
「米花町三丁目交差点において誘拐未遂事件発生。ただいま被害者を保護し、署に向かっています」
『了解』
 と返答がある。

「それにしても」
 佐藤刑事がバックミラーでこちらを見ながら言った。
「工藤君とコナン君が一緒に、しかも二人だけでいるなんて珍しいわね。以前怪盗キッドが工藤君に変装していたのには会ったけど」
 それを聞いて二人でハハ、と苦笑する。




62: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:28:23 ID:Rld

「ちょっとこの前まで手掛けていた事件が一段落したもので、米花に戻ってきたらコナンに会ったんです。その折にさっきの犯人に。僕を脅す為にコナンまで人質に取られたんですが、巻き込んで悪い事をしました」

 俺の話を聞いていてコナンが横から口を出してきた。
「僕は大丈夫だよ。……それよりさっきの犯人、新一兄ちゃんに用がある、って気になるね。ほら佐藤刑事、この前も新一兄ちゃん誘拐されたよね。覚えてる?」
「ええ。私はあの時は参加してなかったけど、白鳥警部から聞いたわ。ただあの時のグループは全員逮捕したはず、とも聞いてるわね」

 ふむ、と先日の……俺に変装したキッドが誘拐された事件を思い出す。
 あの時、誘拐犯は親父の隠し財産が欲しいと言っていた。だから俺からその場所を聞きたいと。




63: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:28:58 ID:Rld

 おかしなのは、その隠し財産の財源が「脱税した結果」だと思われていた事だ。
 あの親父が脱税なんてするはずが無い。
 もう一つ気になるのは「隠し財産」の存在そのものが、知られていたということ。
 親父、お袋、俺しか知らないんだから漏れるはずがないんだが……。

 考え込んでいるとコナンが小声で言った。
「まさか今日の奴らも……」
 きっと俺と同じように、あの時の誘拐原因……隠し財産について考えていたんだろう。
「可能性の一つとして考えた方がいいだろうな。それにしても何で脱税してるなんて思われたのか、さっぱりだ」

「脱税?」
 耳聡く佐藤刑事が食い付いてくる。

「いや、僕の父が脱税していると、先日の事件の犯人に思われていたんです。その理由がまったくわからなくて」
「私は直接お会いしてないけど、工藤君のお父様は立派な方だと伺ってるわ。もしかして工藤君のお父様の成功を妬んだ者による、デマが流れてるんじゃないかしら」
「妬み……」

 ふーむ、とコナンと顔を見合わせて考え込んだ。




64: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:30:05 ID:Rld



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


『もー、新一ったら信じられない、楽しみにしてたのに! ごちそうも用意して!』
「わ……わりぃ、俺も本当に楽しみにしてたんだけどさ……どうしても抜けらんねー事件が……」
『明日は? どうなの?』
「明日はたぶん行ける……うん。いやぜってー行く!」

 今日の事情聴取で三時間ほど取られたら夜の九時になっていた。
 新一は蘭に平謝りしている。

 いつもは俺が変声機使ってアレやってたんだよな……。




65: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:30:59 ID:Rld

 警視庁のロビーの長椅子で、何となく面白くなくて足をブラブラさせる。
 高木刑事が「お疲れ様、コナン君」と買ってきたらしいジュースを手渡してくれた。

「ありがとう高木刑事」
「しかし工藤君も大変だね。あれだけ有名な高校生探偵だと狙われる事も多くなるんだろうな」
「うん……そうだね……」

 何となくはぁ、とため息を漏らすと、高木刑事は真剣な口調で続けた。
「君も最近、良く『お手柄小学生』ってニュースに出るから気をつけた方がいい……ましてや子供なんだから、誘拐のリスクは彼の二倍だよ」

 珍しい高木刑事の表情に、思わず息を呑んだ。
 と、
「……って佐藤さんが」

 ああそう……。
 大体二倍って数字の根拠はなんなんだよ。
 と思わず心の中で突っ込んでしまったが、まあでも彼らの言うことも概ねわかる。
 特に今日の犯人は逃走したままだ、俺も顔を覚えられている以上警戒しなくては。




66: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:32:11 ID:Rld

 ……蘭は大丈夫だろうか。

 最初は蘭を拉致するつもりだったらしいし、不安になる。
 蘭との電話が終わった新一がやってきた。

「こんばんは、高木刑事」
「やあ工藤君、久し振りだね。コーヒー買ってあるんだけど飲むかい?」
「いただきます」

 缶コーヒーを受け取って飲みながら新一が言った。

「レンタカーの借り主はまだ見つかっていませんか?」
「まだ少し時間がかかるようだね。今日は僕が二人を送るから」
「すみません。お世話になります」




67: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:32:45 ID:Rld

 蘭には今日は阿笠博士の家に泊まると言ってあったので、そのまま二人とも阿笠邸の前で下ろしてもらった。
 まあ博士んとこ泊まるつもりは無かったけど。

「灰原んとこ寄ってみるか?」
 新一の提案に、
「いや、もう遅いし明日でいいだろ」
と答えると新一はそれ以上言わずに、工藤邸へ足を向ける。

「……」

 なぜか足が動かない。




68: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:33:18 ID:Rld

 あの家は。
 あそこは、俺の家なのか……?
 あそこは、工藤新一の家であって江戸川コナンの家じゃない、だろ……?

 佇んでいる俺に気づいて、数歩進んでいた新一が振り向いた。
「コナン?」
 何か言おうとしたが口が乾いて声が出ない。

 新一は目を細めて俺を睨むと。
 戻ってきて俺の手を掴み、引いた。

「あそこは工藤新一の家でもあり、江戸川コナンの家でもあるんだ。ほら、帰るぜ」
「ちぇ、自分同士ってのはやりにくいよな。全部お見通しなんだからよ」
 そう言って思わず二人で笑い合ってしまった。




69: 名無しさん@おーぷん 2015/03/21(土)20:35:28 ID:WX1

脳内再生余裕でヤバい




70: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:36:09 ID:Rld






「コナン君、博士の家に泊まったんじゃなかったの?」
「おはよ、らんねーちゃん……って、アレ!?」

 辺りを見回す。工藤邸、……確かに昨夜入った寝室だ。
 隣では一緒に寝た新一が寝息を立てている。

「何で蘭姉ちゃんが……」
「昨日新一が約束破ったおしおきしようと思って来たんだけど。まさか、博士の家に行ったはずのコナン君がこっちにいるとは思わなかったわよ?」
「え、えっと、その」
「うっせーなぁ、何だよ朝っぱらから」




71: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:36:47 ID:Rld

 新一が目を擦って起きる。
「……あ。よ、よー、蘭」
「よー、って……まいいか。おはよう、新一、コナン君」

 そう言うと蘭は踵を返した。
「朝ご飯作ってあげるから待ってて」

 蘭が去った後を眺めてから。
 また一つ、ため息をつく。

 ……二日目、か。




72: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:37:29 ID:Rld

 やっぱり昨日の事は夢じゃなかった。
 工藤新一と江戸川コナンは分離したままだ。
 ……もう、戻れねぇのかな。

「くそ」
 頭をぐしゃりと掻くと、新一が俺の頭を抱き込んできた。
「大丈夫だ、戻れる。焦るな」
 抱き込まれていると何故かとても落ち着く。

 きっと戻るべき二人が傍に近付いているから、何かが共鳴してるのかも知れない。
 もしかして一卵性の双子なんてのはこんな感覚なのかも知れない、なんて考えながら……俺はそのままでいたい気持ちを抑えて顔を上げた。

「バーロ、焦ってなんかねぇよ」
「ふぅん? 泣きそうな顔してた癖に」




73: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:38:04 ID:Rld

「し、してねぇ」

 ……なんかコイツやっぱ俺と違って性格悪くねぇか?
 なんて考えながらムーッと見上げていると、新一は欠伸しながらベッドから降りた。

「さてと、久々にこの姿で蘭の飯でも食うか。オメーも早く着替えろよ」
 言いながら新一はクローゼットを開いて着替え始める。
 この姿で、か。

 ……ん? この姿で?
 もし、……もし今俺がこの状態で解毒薬飲んだら、……一体どうなるんだ?
 心臓が跳ね上がるのを感じる。




74: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:38:55 ID:Rld

 もちろん二人の「新一」で蘭の前に姿を現す気はねぇ、色んな苦労がパーになる。
 でも、もし、「俺も」戻れるなら、こんな悔しい思いしなくていいんじゃねぇか?

 よし、試してみようそれしかない!
 新一が着替え終わって出て行くのを見て、俺は慌てて着替えると食堂ではなく玄関に駆け出した。




75: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:40:19 ID:Rld






 阿笠邸の玄関先。

 灰原が呆れた顔で俺を見ており、俺の希望はというと早速打ち砕かれている。
「分離したのがそもそも不可解要素なのに、そこで更に幼児化の解毒薬なんて投与したら、元に戻るも何もなくなるわよ? わかってて言ってる? 逆に予想も付かない毒性が出て、あなた今度こそ死ぬかも知れないわよ」

 何故か少し怒っている。

「だ……だってさ……」
 叱られた子供のように決まり悪く言うと、灰原は「……とにかく入って」と促してくれた。




76: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:40:52 ID:Rld

「あなたが気にしてた、二週間保った解毒薬。あれが少し気になったから調べたんだけど……残念ながら、見当は付いてないわ」
「そうか……」

 でも心当たりもあれ以外にない。
 …………このまま。
 もしも戻れなかったら、解毒薬も禁じられた今となっては、本当に俺は「江戸川コナン」として生きていくしかなくなる。

「なぁ、灰原」
「なあに」
 灰原がパソコンでデータを開いて見ながら応える。

「……もし俺が、もういい、戻らなくてもいい、って言ったらどう思う?」




77: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:41:50 ID:Rld

「…………」
 灰原は俺を一瞥してからまた画面を見た。

「完全に江戸川コナン、として生きると言うこと? それなら戸籍や国籍を作る準備が必要になって大変ね。まあその辺りはあなたのお父さんなら、適当にどうにかしてくれるんでしょうけど」
 灰原の手がキーボードを打つ。

 打ちながら、彼女は言った。
「それよりも……探偵事務所の彼女のこと、諦めなきゃならなくなるんじゃないの?」
「……そう、だな」




78: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:42:56 ID:Rld

 俺が工藤新一に戻りたかった最大の理由は蘭だ。
 そして蘭の為の新一、は、……もう存在している。
 俺は蘭にとって必要のない存在になっちまってるんだ、最早……。

 キーボードを打つ手を止めて、じっと俺を見ていた灰原が言った。
「もしあなたが江戸川コナンのままでいる事を選ぶのなら、……付き合ってあげてもいいわよ」
「……え?」

 顔を上げると灰原は続けた。

「私も宮野志保には戻らないで、灰原哀のままでいてあげる」
「だ、って、オメーは」

「あなたと違って無理に戻る理由は今の私にはないしね。……彼女を奪られて泣きそうになってる探偵さんに、仕方ないから付き合ってあげる、って言ってるのよ」




79: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:43:25 ID:Rld

「別に泣きそうになんかなってねぇよ」

 額にむの字を浮かべて言うと灰原はくすくすと笑う。
「私はむしろ……その方が歓迎よ」
「……」

 彼女がどんな意図をもってそう言ったのかはわからない。
 だが。
 俺の居場所を作ってくれるという灰原の言葉に心が揺さぶられる。

 もしかして……戻らない方が大団円、なんじゃねぇか。
 胸を締め付ける痛さがそんな予感を示していた。




80: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:46:43 ID:Rld



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


「コナン君遅いなぁ。二度寝しちゃったのかな」
「んー……ちっと見てくる」
「あ、新一は食べててよ。私行ってくるよ」
「トイレ行くからついで」

 何してんのやら、トーストを咥えながら部屋に向かい……少しだけざわっとしたものを感じた。
 昨日アイツが言ってた言葉。

『……なんか、嫌だな。俺なのは確かなんだけどよ。俺の前でオメーが蘭と仲良くしてんの……見たくねぇんだよな』

 同じ自分のはずなのに、蘭が自分ではない誰かと親しく話している。自分を蚊帳の外にして。
 そんな光景を想像すれば、アイツが何を考えるかは手に取るようにわかる。




82: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:48:06 ID:Rld

 ……部屋からは、やっぱり居なくなっていた。

 多分阿笠博士の家。
 灰原に情報を聞きに行く、って体で出掛けたんだろう。

 訳の分からない不安が押し寄せてくる。
 分かれてはいけない物が分かれてしまったからなんだ、と咄嗟に思った。
 アイツは確実に俺の中身なんだ。俺自身なんだ。
 ……アイツが居ないだけでこんなに不安になる。




83: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:48:38 ID:Rld

 今すぐ連れ戻したい気持ちを抑えて、俺は食堂に戻った。
「やっぱ二度寝みてーだ。どうせ休みだし寝かせといてやったよ」
「ふふ、そうなんだ。なんだかコナン君と新一が一緒に寝てるの見たら、兄弟みたいで可愛かったよ」
「兄弟みたい、はいいけど可愛いって何だよ……」

 蘭はくすくす笑う。
「新一はもちろんだけど、コナン君もずっとそばにいてくれたらいいのにな。コナン君はご両親のところに、いつか帰っちゃうんだろうけど……」
「……、そう、だな」

 いつか居なくなるのかな、どちらかが。
 それともずっとこのまま?




84: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:49:46 ID:Rld

 たぶん、このままはキツい。
 居場所の見当は付いてる、なのに押し寄せる不安。
 この前、蘭が俺を心配した比じゃない気がした。
 まるで半身を裂かれているような気分だ。……いや、気分じゃねぇな。正にその通りの状況だ。

 アイツは?
 アイツは同じ気持ちは抱えてねぇのか?
 不意に浮かんだ疑問。

 それを考えていたら、……コナンが、食堂の扉を開けた。

「おはよう蘭姉ちゃん、新一兄ちゃん。朝ご飯食べたい」
「おはようコナン君。今あっつーい目玉焼き焼くから、待っててね」

 コナンは……食事中一度も俺を見なかった。




85: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:50:19 ID:Rld

 デパートに行こうよ、と蘭が言った。
 じゃあ僕は友達と遊んでくるね、とコナンが言った。
 ……俺はコナンの首根っこを捕まえ、小声で話す。

「昨日の事件忘れたわけじゃねぇだろうな。解決するまで俺から離れるの禁止」
 そう言うと、コナンは視線を逸らしながら小声で悪態をついてきた。
「だって狙われてんのは工藤新一、だろ。むしろ俺はそばにいない方がいいんじゃねぇ? また昨日みたいに脅しの材料に使われるぜ?」
「……」




86: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:50:46 ID:Rld

 やっぱりコイツには、俺みたいな感情は発生してないんだろうなと感じる。
 離れたくない、元に戻りたい。
 何故同じ自分なのに違うんだろう。こんな風に微妙に後ろ向きなのは、きっとこの状態が異常だからなんだろうと思う。

「ったく、我ながらクソガキだな」
 コナンにだけ聞こえる声で言ってから、彼を下ろして蘭に向き直る。

「んじゃ蘭。出掛けっか」
「うん。……コナン君もあんまり無茶な遊びはしちゃだめよ?」
 コナンは、急に保護者の顔になった蘭に言われて少しためらってから。
「博士がいるから大丈夫!」
 と作り笑顔で答えた。

 さてコナンが出掛けて俺達も出かけようと外に出た途端、蘭が不安そうに俺を覗き込んでくる。




87: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:51:16 ID:Rld

「ねえ新一、コナン君なんだか変じゃなかった?」
「……どんな風に変だと思った?」

 冷や汗をかきながら、尋ねた。
 蘭は言う。

「わからないんだけど……何か落ち込んでるっていうか……元気がないっていうか……」
「うん、俺もそれは感じてた」
 落ち込んでる原因はわかってる。それを言う訳にはいかねぇけど。




88: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:51:42 ID:Rld

 ふと、二人で同時に向こうに見覚えのあるカップルがいるのを発見する。
「あっ! 快斗君、青子ちゃん!」
 蘭の声に二人が振り向いた。

 キッドは俺を見て一瞬ギョッとしたが、すぐに平静を取り繕ったようだ。
 青子がはしゃぐ。

「この前は蘭ちゃんお疲れ様! 良かったね、コナン君無事に帰って来て」
「快斗君のおかげよ。本当にありがとう。あ、今日のお昼一緒に食べない? 私お礼におごるから!」
「えー、バ快斗になんかおごらなくていいって」

 二人でキャッキャと騒ぎ合う女子を眺めながら、キッドが小声で声を掛けてきた。
「なぁ……俺、マジックかイリュージョンでも見てんのかなぁ……」
「ん?」




89: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:51:57 ID:Rld

 訝しんで見ると冷や汗をかいて頬を掻いている。
「さっき、あっちの通りでクソガキ名探偵、見たぜ……?」
「ああ」
 キッドの様子が何となく可笑しくてくつくつ笑っていると「説明しろよこの野郎」と睨まれた。

「説明出来りゃいいんだけどな。彼女達の前じゃ、ちょっと」
「なら夜オメーんちに行くから待機しとけ」
「そこまでして話すことでもねぇんだけど……ま、いいか。わかった、待ってる」

 彼らも米花デパートに用があったらしく、それぞれの相方に大量の荷物を運ばされながら、ひとまず俺達は帰路に着いた。




90: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:53:09 ID:Rld






「コナン君、今日も博士のうちに泊まるんですって。あ、今日こそ、かな? そう言えば何で今朝新一の家にいたの?」
「何か調べ物があって俺の家に来てたらしいぜ。それでそのまま寝ちまったらしくて、仕方ねぇから俺のベッドで寝かせてやったんだよ」

 毛利宅で夕食を済ませた後。食器を洗いながらそう尋ねてきた蘭に、俺はテレビのニュース番組を見ながら答えた。
 ニュースではここからそう遠くない山の中で、男性の遺体が発見された事を告げている。
 暴行の跡がある事から、殺人事件だと見て捜査しているとの事だった。




91: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:53:47 ID:Rld

「なるほどね。コナン君ってあんな小さいのに難しい本とか、結構平気で読むよね。ほんとに新一の小さい頃みたい」
「俺は親父が親父だし、文字覚え始めたら推理小説ばっか読んでたからなぁ……。親父がご丁寧に俺の読む本にフリガナ振ってくれてさ。意味がわかんねー言葉は、親父に意味聞いたりして。そうしたらあっという間に漢字も覚えちまった。コナンも多分似たような家庭環境なんだろ」

「はー……筋金入りの推理オタクね。一生治らないんだろうな」
「治す気もねぇよ」
「あ、でも『怒りを鎮めよ』を『おこりをちんめよ』とか読んでたりしたよね」
「……漢字自体は間違ってねーだろ」

 おっちゃんは俺が夕食のご相伴に預かるのを、初めこそ文句を言っていたが……材料費は俺持ちなのを知ると何も言って来なくなった。
 今は事務所で娯楽番組を見ているようだ。




92: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:54:20 ID:Rld

「阿笠博士んちって事は今日はここに帰らねーのか」
「うん」

 あのガキとっ捕まえて連れて帰ろう、くらい思ってたんだがそれなら仕方ない。
 ……なんか俺の感情のそれとは逆で、ひょっとして俺のこと避けてんのかアイツ?
 まあいいや、取り敢えず今夜はキッドとの約束もあるし帰るか。

「蘭、今日はそろそろお暇すんぜ。ご馳走様でした」
「え、帰っちゃうの? 明日も休みなんだから泊まっていけばいいのに」
「あのおっちゃんのイビキの隣は、ちっとな」

 苦笑すると蘭はくすくすと笑った。
「うん。じゃあまた明日ね。おやすみ新一」
「おやすみ蘭」




93: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:54:49 ID:Rld

 蘭に見送られて家に帰ってくると、玄関先で睨んでるヤツが一人。

「遅い」
「わりーわりー。蘭のとこでメシ食ってたんだよ。怪盗なら鍵開けて入ってりゃ良かったのに」
「鍵穴にピッキングの傷付けて欲しいのかよ」

 呆れながら言う彼を促して、居間に通す。

「そういやてっきり怪盗キッドの衣装で来ると思ったら、普通の私服なんだな」
「仕事でもねぇのにあんな目立つ格好するかよバーロ」
「……普通逆じゃねぇか?」

 今度は俺が呆れると、ははは、と笑ってキッドはソファに座った。




94: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:55:20 ID:Rld

「で? あのガキンチョとオメーが同時に存在してる理由は? アレか、隣の博士の発明とかか。蘭ちゃんの目を誤魔化す為に精巧なロボット作ってみました、みてーな?」
「……やっぱそう思うよな、普通」

 しんみりと言う俺に、キッドは怪訝そうな顔をする。
「違うのか?」

「あれは、……正真正銘の俺だ」
「…………は?」




95: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:55:59 ID:Rld

 わからない、と首を傾げる彼に、更に俺は続けた。
「分裂しちまったんだよ。工藤新一と江戸川コナンに」
「あのー……なんだか名探偵らしからぬ発言を聞いてる気がするんですが、俺」
 冷や汗をかいて目を白黒させている。

 ふぅ、と息を漏らして昨日からの経緯を掻い摘んで説明すると、キッドは乾いた笑いを漏らしながら、それでも一応信じた様だった。

「は、はは、信じらんねー……幼児化だけでもアレなのに、更に分裂……」
「俺自身が信じらんねぇよ。非現実的で非科学的で非論理的な話だけどな。実際に起こってるんだからもうどうしようもねぇ」
「まるで魔法だな」




96: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:56:31 ID:Rld

 そう言ってから。
 彼は急に黙り込み、顎に手を当てて考える仕草を取る。

「……キッド?」
 名を呼ぶとキッドは我に帰り、首を振った。

「……、いや、まさかな」
「何なんだよ、心当たりでもあんのか?」
「無い」
「…………」




97: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:57:16 ID:Rld

 何がしてぇんだコイツ。
 呆れて見ていると、キッドは立ち上がって
「んじゃ話はわかったし、お邪魔様でした」
と玄関に足を向けた。

「ま、そんな訳だからアイツに会ったらそれなりの対応でよろしく」
「りょーかい」

 キッドが居間を出て行く。
 途端、部屋はしんとしてしまった。




98: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)20:57:36 ID:Rld

 いつもならこんな事で寂しいとは思わない。
 それなのに思ってしまうのは……きっと俺の中の「核」の部分が抜け落ちてるから、なんだろうな。そんな事を不意に思った。
 ……隣の家にいけばアイツはいる。

「アホか俺、駄々っ子かよ」
 そう独りごちて、俺は棚から適当な本を取って読み始めた。




99: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:00:11 ID:Rld



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


「なー、阿笠博士ー。俺ココんちの子にしてくれねぇかなあ」
「何を唐突に言っとるんじゃ」

 俺の言葉を冗談だと思った博士は可笑しそうに笑ったが。
 俺が笑っていないのを見て、笑いを治めた。

「……何のつもりじゃ? 新一」
「俺はもう新一じゃねぇよ。江戸川コナンだ。そう決めた」

 博士に動揺の色が見える。
 灰原が、静かに言った。




100: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:00:38 ID:Rld

「そっちで生きる事にしたのね」
「ああ……蘭の為にもそれが一番いい。無理に元に戻る必要がねぇ。例の組織についてはあっちの俺が後は何とかしてくれっだろ。俺が蘭の家に居る必要性は無くなったわけだ」
「諦めるの? あの子のこと」
「……そうするしかねぇだろ」

 ふぅ、と息を漏らす。
 博士が動揺したまま尋ねてきた。

「良いのか新一? お前はそれで……」
「いいって言ってんだろ。あと博士、もう新一って二度と呼ばねぇでくれ。俺はコナン、だ」
「……」




101: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:01:05 ID:Rld

 そのまま部屋を出た。
 今の情けねぇ顔を二人に見られたくなかったから。

 ……蘭の家に居れば必ず新一が来る。

 二人の交際を目の当たりにしなきゃならなくなる。
 それに耐えられる自信が、なかった。
 工藤邸に引きこもる事も考えたが、蘭が不審に思うだろう。博士が保護者になればその辺りは誤魔化せる。




102: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:01:29 ID:Rld

 それに……あそこはもう俺の家じゃない。

「……少し夜風に当たってくるか」
 外に出る。
 夜風が熱くなった思考を冷ましてくれる。
 工藤邸を見遣ると、明かりが点いていた。

 ……足を向けようとして、やめた。

 会ってどうするんだ。この狂った現実を見せつけられるだけだ。
 心臓が、早鐘を打つ。
 足が迷っている。




103: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:02:04 ID:Rld

 ……会いたい。

 会いたいんだ、本当は。
 分かれてしまった自分の半身に。
 でも……江戸川コナンで生きると決めたこの感情を整理しないうちに会ったら、きっと泣いちまうから。

 だからしばらくは、会わない。
 そう考えて博士の家に戻ろうとしたら、
「よーぅ、名探偵」
 聞きたかった声に似た声から、話し掛けられた。




104: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:02:29 ID:Rld

 振り向く。

 ……会いたかった奴に、コイツは本当に似ている。

 でも、仮にコイツが工藤新一に変装して現れても、違う、とすぐにわかっただろう。
 似ているが違う人間。

「オメーかよ。何しに来たんだ?」
 精一杯感情を押し殺して口を開くと、キッドはガリガリと頭を掻いた。

「ほんっとーにオメーも名探偵なんだな。口の悪さが同じだ」
「……アイツに聞いたのか」
 問うと、キッドは頷く。




105: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:03:10 ID:Rld

「で、さ……オメーらが分裂した件に少し心当たりがあるんだ。元に戻してやれるかも知れねぇぜ。あ、この事大きい名探偵には言ってねぇけどな」

 キッドの言葉に俺は目を見張った。
 え、……俺達が分離した理由に……心当たりがある?
 これってAPTX4869の解毒薬の影響じゃねぇのか?

 唖然として奴を見ていると、キッドは「ふーむ」と顎に手を当てながら俺を見た。
「でもこのままの方が蘭ちゃん的にはいい、か?」
 その言葉がグサリと胸に刺さる。

「なんなんだよ、バカにしてんなら帰れ」
「別にバカにしてるわけじゃねぇけど……実際問題、どう考えてる?」




106: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:03:39 ID:Rld

 言われて、詰まってしまう。
 コイツはなんだか不思議な奴で、きっとこの世で新一の次に俺の心を読んじまう奴だ。
 奴は更に続けた。

「常時、工藤新一でいられる人間がいるなら彼女に取って幸せな事だよな。しかも偽者じゃなくて、正真正銘の工藤新一なんだから」
「……」

 考えを見透かされているようで、……何も言うことが出来ない。
 何か言えば下手を打ちそうで。
 キッドは、言った。




107: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:04:07 ID:Rld

「……でもな、オメーも工藤新一なんだよ」
 その言葉に顔を上げるとキッドは更に言う。
「元に戻った方がいいと思うぜ。俺は」
「んなこと言ったって、どうしたら」

 抗議の声を上げるとキッドは片目を瞑りながら口許に人差し指を当て、「ちっちっ」と舌を鳴らした。

「だから心当たりがあるって言ってんだろ。……ただ悪い、数日待っててくれ。あと大きい名探偵にはご内密に」
「何でだよ?」
「たぶんオメー、この身体側になっちまって向こうに対して劣等感持ってんだろ? 一個くらい優越感持てることあった方が良くねぇ?」




108: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/21(土)21:04:19 ID:Rld

 ったくなんなんだよコイツ、何もかも見透かしやがって。……なんだかキッドのマジックに掛けられている気分になる。
 俺はフ、と笑うとキッドを睨み付けながら、言った。

「なら稀代の魔術師、怪盗キッドのお手並み拝見と行こうじゃねぇか」
「この月下の奇術師のマジックショー。とくとご覧に入れましょう、名探偵」

 キッドが不敵に微笑んだ。




111: 名無しさん@おーぷん 2015/03/21(土)21:12:16 ID:Gia

スゲー

読んでて引き込まれるし脳内再生余裕だな




115: 名無しさん@おーぷん 2015/03/21(土)22:22:43 ID:e2g

脳内再生余裕すぎてすごい




120: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:10:23 ID:aGE




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


 落ち着かない。
 ベッドで寝返りを打つ。
 キッドのあの表情は何だったんだ。
 アイツ、きっと何か知ってる。

 ……んだろうが、アイツとこの現象に何の関係があるかがさっぱりわからねぇ。

『まるで魔法だな』

 アイツは言った。
 魔法なら科学も論理もクソもねぇ、でも魔法なんて存在しない。




121: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:10:55 ID:aGE

 ……そういやアイツってマジシャン……マジックの使い手だったっけ。
 そんな事を考えながら時計を見ると午前二時。
 はぁ、とため息を漏らした。

 半日食事を取っていない錯覚を覚える。きっと朝にコナンが出掛けてから、アイツの顔を見てないせいか、と感じた。
 こんなに苦しく感じるくらいなら、博士の家に行けば良かった。
 目を閉じて何とか眠ろうと考える。

 いや、「考え」たら余計に眠れない……。
 まるで恋愛みたいだ、と自嘲した。だが恋愛とは違う。
 ……ぶっちゃけて言えば、それ以上の感情だ。
 俺ってひょっとして結構ナルシスト……なのかな。

 台所に行って水を飲んだ。
 明日迎えに行こう。
 そう決めて、ベッドに戻った。




122: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:13:16 ID:aGE

 翌朝七時、休みの日に少し早くて申し訳ないが俺は阿笠邸を尋ねた。
 チャイムを押すとしばらくして灰原が出て来る。

「おはよーさん、灰原」
 灰原は黙って俺を見ている。

「……悪いな、こんな時間に」
「江戸川君なら寝てるわ。私は朝食作るから起きてたけど」
「その寝てる生き物を回収しに来たんだ」

 そう言うと灰原は目を細めた。
 玄関先から微動だにしないで、こちらを見据えている。
 ゴクリ、と息を呑んで、言った。




123: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:15:35 ID:aGE

「上がらせてくんねーかな」
「……どうぞ」

 灰原は無表情に道を開けた。
 中に入る。
 しん、としている。博士もまだ眠ってるんだろう。

 不意に。
 灰原が声を掛けてきた。

「ねぇ、工藤君」
「なんだ?」

 すると灰原はたっぷりと間を置いてから。
 次の言葉を口にした。

「……江戸川君は、あなたとの別離を決心したわ」
「…………、え?」




124: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:17:10 ID:aGE

 耳を疑う。

「江戸川君は元に戻らないで、江戸川コナンとして生きる事を選んだの」
「……、なん、……」

 息が詰まった。何を言ってるんだ?
 灰原の言葉が。脳に染みるまでに時間がかかる。

「このままでいた方が探偵事務所のあの子の為にいいから、って。実際元に戻る方法もまるで見当が付かないし、江戸川君が決心するまでもなくそうならざるを得ないでしょうけど」
「そん、……」
 言葉を、まともに口に出来なかった。

 元に戻らない?

 そんな、だって。もしずっとこのままなら一体どうなるんだ?
 俺もアイツもまともに生きていけるのか?




126: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:20:00 ID:aGE

「そういうわけで私からの調査は中止したから」
「……俺の許可なく決めんなよ。俺はそんな話知らねぇぜ?」

 抗議するように言うと。
 灰原は視線を逸らしながら言う。
「私も……その方がみんな幸せになる気がするの」
 灰原の発言の、意味がわからない。
 幸せになる? この異常な状況で?
 バカ言ってんじゃねぇよ、こんな狂った状況でみんなが幸せになるなんて、……ありえなさすぎんだろ。

「勝手に人の幸せ決めてんじゃねぇよバーロ!」

 叫んで思わず駆け出した。




127: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:22:04 ID:aGE

 居間に設置されているベッド。
 そこにアイツは寝ていた。

 気にせず強引に抱き上げる。
 いきなりの振動に、コナンは驚いて目を覚ました。

「なっなんだ!?」
「帰るぞコナン」

 コイツに触れたとたん、呼吸が戻って来た気がした。
 心がすうっと軽くなっていく。
 コナンは少しの間呆然としていたが、我に返ると慌てて暴れ始める。

「おいコラ! 降ろせ!」
「降ろさねーよ。このまま帰んぞ」
「ざけんな、降ろせ!」




128: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:25:00 ID:aGE

 散々暴れても逃れられないと観念した……かに見えたコナンは、いきなり俺の目の前でパンッ! と猫だましをかました。

「っ!」
 驚いて怯んだ隙に、俺の腕から抜け出して走って行ってしまう。

「猫かよ……」
 呆れてため息を漏らすと灰原が入って来た。
「それもかなりのきかん坊な子猫、ね」

 可笑しそうに笑っている。




130: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:25:46 ID:aGE

「工藤君、戻らないと決めたのは彼よ。戻りたいと言うなら彼を説得することね。そうしたら私も調査を再開してもいいわ」
「灰原ってさ、どっちかっつーと俺よかアイツ寄りだろ」

 苦笑して彼女を見下ろすと、灰原はニヤリと笑った。
「彼女と浮かれてデートしてる誰かさんより、振られて泣いてる子猫に情が移った、ってところかしら?」
「へぇ、そりゃまた」

 何となく俺への態度が厳しいっつーか……。

 やっぱ慣れてる江戸川コナンの方が話しやすいのかなあコイツも。
 なんて思って頭を掻いていると、博士が入って来た。

「おお新一君か、おはよう。今コナン君がすごい勢いで着替えて飛び出して行ったぞ。なんじゃ?」
「……あんニャロ」




131: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:26:39 ID:aGE

 博士の口からこのメンバーの前で「コナン君」と言う名前が出るのはなんだか奇妙だったが、江戸川コナンとして生きていくからもう新一と呼ぶな……とでも言ったんだろう。手に取るようにわかる。

「灰原、追跡眼鏡の予備貸してくんねーか」
「バカね、江戸川君はあなたなのよ。追われないように探偵バッジのスイッチなんか切ってるに決まってるじゃない。携帯のGPSも切ってるんじゃないかしら」
「あー、そうだな。俺が逃げるならそうする」

 肩を竦めて「さて」と考え込んだ。
 となるとこの場合、次にアイツの行く所は。




132: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:28:39 ID:aGE

「一つしか、ねぇか」
「頑張って説得なさい。私は応援してないけど」
「オメーなぁ……」

 灰原の言葉に再び苦笑して、俺は阿笠邸を出た。




133: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:31:58 ID:aGE




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 博士の家でお世話になることになったんだ。
 だから荷物まとめようと思って。

 なんて言えば、間違いなく何故なのか問いただされるだろう。
 さて理由は何にしたものか。
 もう少しゆっくり考えるつもりが、アイツが朝っぱらから来たせいで考える余裕もなく探偵事務所の前に来ちまった。

 ……蘭の顔が、見たい。




134: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:32:27 ID:aGE

 これでケジメをつけよう。
 荷物は今度でもいい。
 そう考えた時、不意にキッドの言葉が浮かんだ。

『元に戻った方がいいと思うぜ。俺は』

 戻った方が、……蘭の為になる?
 それとも俺の為?

 戻りてぇよ俺だって、本当は。
 二人が一人になるだけじゃなくて、工藤新一にだって戻りたい。
 心当たりがあるって何なんだよ……。




135: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:34:16 ID:aGE

 事務所を反対側の道路から眺め逡巡していると、車が一台事務所の前に停まった。
 何気なく車のナンバーに目をやった時、息が止まった。

 世田谷324『わ』の15XX。

 まさか奴ら蘭を人質にしに……!
 身体が勝手に動いていた。
 奴らのうち、三人が車から降りてくる。
 間違いない。あいつらだ。

 俺は道路を渡ると事務所への階段を上がろうとしている一人に向けて、思い切りボールを蹴り付けた。
 ボールが当たり、そいつが吹っ飛ぶ。
 他の二人が驚いて振り向いた。




136: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:36:34 ID:aGE

「おい、あのガキだ!」
「このクソガキ!」

 麻酔銃の照準をセットしながら片手で携帯を取り出した。
 騒ぎを聞きつけて周りから人が集まって来る。
 犯人達は舌打ちすると、気絶した男を連れて車に戻り慌てて逃げてしまった。

 まずいな。あいつら、恐らくまたこの事務所を襲撃する。
 警察に電話をしようとしたが、ひとまず佐藤刑事直通の携帯に掛ける先を変えた。




137: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:37:15 ID:aGE

「何、何の騒ぎ?」
 梓さんと店長がポアロから顔を出している。
「僕がボールで遊んでたら大人の人に当たっちゃって怒られちゃったんだ。もうその人は行っちゃったけど」
「そ、そう」

 頷くと二人はまた店に戻った。
 周りの人間も興味を失って散らばる。
 やがてそれらも完全に立ち去り、周囲には人っ子一人居なくなる。
 そうこうしているうちに佐藤刑事に繋がった。

『はい、佐藤です。コナン君ちょうど良かったわ、あなた達に連絡しようと思ってたの。例のレンタカーの借り主なんだけど、その人ね、先日の……』
「待って佐藤刑事、その話なんだけど……例の誘拐犯が毛利探偵事務所に来てたんだ。たぶん蘭姉ちゃんを攫おうとしたんだと思うよ。もう逃げちゃったけど、事務所から北東方面に逃げたみたい」




138: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:38:53 ID:aGE

『! そうなの、わかったわ情報ありがとう。……コナン君、一緒に大人の人はいる?』
「ううん、僕一人」




139: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:39:28 ID:aGE

『そう。あの犯人達はあなたに顔を見られているから、あなたを狙う可能性が高いわ。逃走したようだけど念の為今すぐ事務所に入って。それから私達が犯人を確保するまで、決して一人で行動しないこと。いいわね。後で私も高木君と一緒にそちらに向かうから。
レンタカーの借り主についてもその時説明するわ』

「うん、わかった」

 電話を切り、さて、と地面に四つん這いになってタイヤの跡を見た。
 まあ良くある型だな、このタイヤは確か、ええと……。
 と考えていた時。
 後ろからいきなり大きな手で口を塞がれた。




141: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:42:56 ID:aGE

「っ!」

 その手はすぐに離れたが、続けて頭から大きな袋を被せられ周囲が見えなくなる。
 そのまま上から何か巻き付けているのか、身動きが出来なくなった。
「ん、……っぐ、っ」

 口が塞がれた時、ついでにガムテープを貼られたらしい。声が出せない。
「やっと捕まえたか」
「面倒くさいガキだったな。行くぞ」

 あの犯人達の声だ。しまった、一回りして戻ってきたんだ。
 ジタバタと暴れると腹を強く殴られた。
「ぐ、ぅ……」
 く、そ、なんて失態だ、情けねぇ……。




144: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:46:40 ID:aGE

 しばらく運ばれたようで浮遊感があったが、ややあってどこかに下ろされた。
 きっと路地裏にでも車を止めていたんだろう。
 何かが閉まる音がすると、袋から透けていた明るさもなくなり、真っ暗になる。
 車のトランクに乗せられたってところか。

 直に佐藤刑事から警視庁に連絡が行って、非常線が張られるはずだ。大丈夫、何とかなる。冷静になろうと目を閉じる。
 むしろ俺が捕まった事で奴らが蘭を標的にする事はなくなったはずだ。

 ……心配なのは、アイツ。

 俺を利用して新一を呼び出すに違いない。
 その前に佐藤刑事が捕まえてくれればいいんだが……。
 車が走り出す音が、聞こえた。




145: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:50:22 ID:aGE




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


 あのナンバーの車に乗ってた奴らが、どう見ても人間の子供が入ったらしきサイズの袋を車に載せたのを見た時、息が止まった。

 あと少し、早くコナンを追っていたら間に合ったのに。
 行き先はわかっていたのに、少しだけアイツの気持ちを落ち着かせてやろうなんて考えなかったら。




146: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:51:07 ID:aGE

 すぐに車を追ったが人の足では当然追い付かない。あのスケボーがあれば、と悔やむがあれはコナンの持ち物だ……。
 くそ、情けない。奴らの標的は俺のはずだ。なら恐らく俺にコンタクトを取ってくるだろう。
 それまで、コナンを無事に捕らえてくれているのか。
 俺が下手を打てば確実にアイツは殺される。

 ただでさえ、顔を見られたから殺そうと考えていた奴らだ。どうしたらコナンを生存させられる。そればかりに頭が巡る。
 少なくとも、奴らの誘いに乗る必要がある。それだけはわかった。
 俺が標的なら、俺の家……工藤邸に連絡があるはず。




147: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:51:40 ID:aGE

 そう考えて自宅に戻る。
 そわそわと、した。
 居場所がわかる時ですら離れていたら不安だったのに、今の状況なら尚更。

 ……そう考えて首を横に振った。
 アイツは、俺だ。

 状況を冷静に考えて、今頃打開策でも練っているだろう。大丈夫、何とかなる。
 くそ。早く連絡して来いよ。
 気ばかりが逸る。
 と、携帯が鳴った。




148: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:52:28 ID:aGE

 ビクリ、と肩を揺らしてディスプレイを見ると佐藤刑事だ。

「……はい。工藤です」
『工藤君、毛利探偵事務所に先日の誘拐犯が現れた、って話はコナン君から聞いてる?』

 知ってる。
 知ってるくせに。俺は、わざととぼけた。

「いえ、聞いていませんでした。……どうなったんですか?」
『そう……。犯人の乗った該当車は恐らく市内を逃走中。米花の各地に非常線を張って該当ナンバーの車を捜索中よ。コナン君にも言ったんだけど、あなたも危険だから確保まで外をあまり歩かないで。それから、例のレンタカーの借り主がわかったの。そちらに到着したら説明するから』
「はい。わかりました」

 電話を切る。
 非常線、か。
 先日と同じナンバーの車。




149: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:55:13 ID:aGE

 ナンバーが覚えられてると気づいていないならただの間抜けだが、もしかしてわかっていて同じ車を乗り回してるんじゃねぇか……そんな気が突然、した。

 外で車が停まる音がする。
 立ち上がる。
 窓から様子を見てみると、あの車だ。
 来た。

 どうする、佐藤刑事に連絡するか?
 先日のあの様子だと銃は持っていなかった。
 だが俺にはコナンのように麻酔銃やボール射出ベルトは無い。それに向こうにはコナンが捕まっている。

 どうする、どうする。




150: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:55:42 ID:aGE

 ……ドアのチャイムが鳴る。
 俺は佐藤刑事の番号を呼び出した。

『はい、佐藤です。工藤君何かあった?』

 だがそれには応答せず、通話状態のままポケットに忍ばせ、玄関に出る。
「どちら様ですか」
 四人組のうち三人が玄関先に立っていた。

「よう、工藤新一君。用件はこないだ言った通りだ。ちょっと我々と来てもらえないかな?」
「お断りします、と言ったら?」
「断れるかな? あの時の生意気な眼鏡ボーズがこちらの手にあると言っても?」




151: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:57:51 ID:aGE

 冷や汗をかきながらも、努めて冷静に振る舞う。
「何の話ですか?」
「とぼけちゃって。あの時一緒にいたアンタの弟だよ」
「僕に弟なんていません。僕の身辺調査をしたなら、そのくらいご存知かと思いましたが」

 すると男達は顔を見合わせて目配せした。
 ゴクリ、息を呑む。

「ざけんなよ兄ちゃん、じゃあトランクに入れてあるあのガキはなんだってんだよ」
「トランク? 大方無関係の子供を間違えて捕らえてしまったじゃありませんか」

 開けろ。
 確認しろとでも言って、俺にトランクの中を見せろ。
 そう考えながら、話を誘導していく。
 ……この会話は佐藤刑事に聞こえているだろうか。




152: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:58:32 ID:aGE

「無関係、だあ? んなわきゃねーだろ」
「それとも子供を捕まえた、なんて言うのはフェイクで……子供なんていないんじゃないですかね」
「そこまで言うなら見せてやる。来い」

 周りを三人に囲まれながら車の後ろに行く。
 大きな頭陀袋が一つ入っており、真ん中の辺りと袋の口に近い場所がガムテープで巻かれている。恐らく胴体と脚だろう。
 袋はトランクが開いた途端にもぞもぞと動いた。
 男の一人が持っていたナイフで袋の底の方を切り裂くと、口にガムテープを貼られたコナンの顔が現れる。

「ほら、これでも知らないってのか?」
「ええ、全く……」




153: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)19:59:40 ID:aGE

                                                     言いながら。振り向きざまにナイフの男に体当たりした。
「存じませんね!」
「うっ!」

 男がナイフを取り落としたのですかさず拾い、続けて二人目を思い切り蹴り上げた。

「テメェ!」




154: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:01:38 ID:aGE

 トランクの前に立ち塞がり、ナイフを構える。
 誘拐犯とは言え傷付けることは出来ればしたくない。牽制をかけていれば直に佐藤刑事が来るはずだ、時間を引き延ばさねぇと。

 倒れた二人はすでに起き上がっているが、こちらにナイフがあるからか……やや遠巻きになったままで近付いて来ない。
 俺は疑問に思っていた事を口にした。

「この車、盗難車だな」
「へえー、良くご存知で」
 一人がニヤニヤと笑っている。




155: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:03:05 ID:aGE

「レンタカーだ、すぐに借り主が割り出せてもいいはずなのに随分時間が掛かっていた。だから白昼堂々同じナンバーの車を乗り回していたんだ。借り主を割り出されてもすぐに足が付かない、……いや、逆だ。借り主を割り出させて捜査を撹乱する為に」
「ほーう?」

 俺は更に続けた。

「借り主を割り出しても、警察はすぐにこれがお前らに盗難されたものだとはわからなかった。何故なら、借り主はお前らに山中で殺されて自宅に戻ってねぇんだからな。
お前らのミスは、その死体をそのまま山中に遺棄したことだ。だからすぐに発見されて、殺人事件があったことを報道されちまった。
本来ならまた同じように別の車を盗難して次の犯行に及ぶべきだったが、焦ったお前らは日を開けずに同じ車でここへやって来た」




156: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:04:02 ID:aGE

「……さすがの名探偵だな」

 そこまで話すと先程までの嫌味な笑いが消えた。
 そうして、ジリ、と近寄ってくる。

「そこまで解ってるならますますご招待申し上げないと、な」
「行ってもいい。けどこの子は解放しろ」

 すると俺が先ほど蹴り上げた男が、唾を吐き捨てながら言う。
「そうはいかないな。そのガキにはちょっとお仕置きしないとならないんでね」
「……」
 コナンに視線を向けると、静かに鋭い瞳でこちらを見ている。




157: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:05:52 ID:aGE

 まだかよ佐藤刑事、……早く。
 口の中が渇く。
「この車で逃げても非常線、張られてるぜ?」
 その言葉に奴らは笑った。

「だろうな。だからな、仲間がアンタの言ったように今別の車を手配してこっちに向かってるところだよ。この車はどっかで捨てる」
「……また一人、殺したのか」
「職業柄今までたくさん殺してきたからな。今更一人や二人」




158: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:06:25 ID:aGE

 なーるほどな。こいつらつまり、いわゆるヤクザか。
 まあこういう実行部隊は下っ端のチンピラなんだろうが、この手の犯行で有りがちな拳銃を持っていない理由もわかった。
 ところ構わずぶっ放す馬鹿がいるから、下っ端は大抵の場合銃は持たせて貰えない。

「ヤクザが俺に何の用があるって?」
「それは組長から聞いてくれ。お、来たな」

 向こうからワンボックスカーがやって来る。また『わ』ナンバーだ。
 くそ、佐藤刑事遅すぎんだろ……。
 仕方ない。
 俺は奴らがワゴンに気を取られている隙に、コナンを担ぎ上げて走り出した。




159: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:16:46 ID:aGE

「待て!」

 コナンだけでも何とかしねぇと。
 博士の家に駆け込むか?
 いや、博士にコナンを預けるにしても撒いてからでないとまずい。

 ワゴンが追ってきたので、車の入れない小道に入った。
 ……遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる、やっとご到着か……。
 奴らは降りて追ってこようとしたが、サイレンを聞いて車に戻ると急いで発進した。

 あのナンバーも覚えた、品川315『わ』67XX。
 ほぅ、と安堵の息を漏らして塀にもたれ掛かる。
 コナンがむぐむぐ騒いで暴れている。
 その様子が何となく可笑しくて思わず吹き出してしまった。

「ぷはは、なんかイモムシみてーだな」
 すると怒って「むぐー!」と唸る。
 取り敢えず口のガムテープだけ剥がしてやった。




160: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:17:33 ID:aGE

「いてて……、おい口だけじゃなくて全部剥がせ!」
「オメー逃げるからダメ」
「逃げねーよ!」
「さっき逃げたヤツが言ってもなぁ」

 頬をペチペチ叩いてやると、何とも憎々しげに睨んできた。
 ふぅ、とため息を漏らして視線を逸らす。

「……江戸川コナン、として生きることにしたって?」
「……。ああ。その方が蘭の為にもいい」
「俺達の為にはよくねーだろ」




161: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:24:08 ID:aGE

 するとコナンがハッと息を呑んだ。
 その頬を引っ張りながら俺は尋ねる。

「離れたら、何かおかしくならねぇか?」
「え……」
「何か心が、身体が、引き裂かれるような哀しさと苦しさに襲われるというか。……俺だけか?」

 コナンはそれを聴いて目を見開いてから視線を落とした。
 そうしてボソリと言った。

「……なる」




162: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:27:08 ID:aGE

「やっぱり、な」
 はぁ、と息を漏らす。
「なのに逃げ回りやがって、バーロ」
「んなこと言ったって仕方ねぇだろ。顔合わせてたら泣き言言っちまいそうで……」
「言えよ」

 俺の言葉にコナンは顔を上げた。
 俺は続ける。

「俺同士なんだ。本当なら泣き言なんて誰にも言いたくねぇ。けど俺同士の前でだけなら、いいだろ? 言えばいいじゃねぇか、……蘭を奪らないでくれ、って……工藤新一の身体を返せ、って」
「そん、……」

 コナンが口を噤む。辛そうに瞳が歪んでいる。
 でもコイツは泣かない。
 泣くはずがない、泣いたって事態は好転しないことを俺達は知っているから。




163: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:28:03 ID:aGE

 巻かれていたガムテープを外してやるとコナンを袋から出し、俺は彼をきつく抱き締めた。

「……逃げんなよ。俺は逃げねぇ。それが工藤新一だ。自分の運命から、逃げてたまるかよ」

 その言葉にコナンはフ、と笑いを零す。
「だからって、一生こうやってベタベタし合って仲良しこよしの兄弟やってるわけにはいかねぇぜ?」
「……だから、戻らなきゃならねぇんだ。俺達は」
「……」




164: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:29:06 ID:aGE

 そうだな、と小さく頷いて。コナンが俺を抱き締め返してきた。
 暖かい。安心する。
 この体温は元は俺の中にあった物なんだろうか。
 それとも分かれた時に新たに生まれた物なんだろうか。
「ひとまず、家に戻るか」
 そう言ってコナンから離れ、立ち上がった時。

「工藤探偵、ご同行願いたい」




165: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:30:20 ID:aGE

 後ろから頭に銃が当てられる。
 コナンとの会話に気を取られて後ろを見ていなかった。
 コナンは俺に抱き込まれていたから俺の後ろが見えていなかった。

 両手を上げながら振り向くと、サングラスを付けた男達が三人ほど。うち一人が銃を構えている。
 そして、彼らに護られるように和服に身を包み、同じくサングラスを付けた……先ほどのチンピラより遙かに威厳のある男が立っていた。




166: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:30:45 ID:aGE

「ボスのお出まし、か」
「その脇に車が停めてある。乗れ」

 銃を突き付けた男が言う。
 俺はコナンに視線をやった。

「いいぜ。ただしこの子は関係ない、帰してやってくれ」




167: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:31:35 ID:aGE

「おい、オメーなぁ、」
 コナンが何か言い掛けるが俺は首を横に振る。

「ここら辺でケリ、付けねぇとな」
「……」

 一度息を呑んでから。
 コナンは、言う。
「だったら俺も連れてけ」
「駄目だって言ってんだろ」
 俺がコナンを睨むと、

「いいだろう、子供は解放してやってもいい。お前には我々の指示に従ってもらう」
 ボスらしき男が通路の向こうを顎で促した。




168: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:34:27 ID:aGE

 銃を突きつけられながら行ってみると、リムジンが一台停まっており、後部座席のドアが開けられている。
「乗れ」
「いかにも、って感じだな」
 呟いた時、脇をスッとすり抜けて車に乗り込んだ影があった。
「わー、すごいかっこいい車だね。僕こういう車見るの初めて!」
「バッ、コナン、降りろ!!」

 何やってんだこのクソガキ、人の苦労無駄にするつもりか!
「おじさん、僕も一緒に行きたい」
 コナンがニコリ、と微笑むとボスは少しの間黙っていたが。やがて隣にいた男に黙って顎で指示を出した。




169: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:35:01 ID:aGE

「ボウズ、遊びじゃねえんだ。降りろ」
 そう言って指示された男はコナンを捕まえようと腕を伸ばすが、コナンは奥の方に引っ込んでしまう。

 なるほど。
 関係のない者は巻き込まない。いわゆる仁義、って奴をこのボスは持っているように思った。
 てことはあのチンピラ共はシッポ切りされたな。コナンが通報すればチンピラの顔は割れる。
 もしくはすでに殺されているかも知れない。




170: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:36:01 ID:aGE

 手下の男が乗り込んでコナンを引っ張り出そうとしているが、すばしこくて捕まえられないようだ。

「もういい! グズグズしてるとその辺うろついてるサツが嗅ぎ付ける、その子供も乗せてけ!」
 ボスの指示に手下は仕方なく諦める。
 俺も車に乗るよう促され、中でニヤリと笑っているコナンを睨んでやった。

「……バーロ」
「何とでも言え」

 車が走り出し、コナンはまるで好奇心の強い子供のように窓に張り付いて外を見ていた。




171: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:39:24 ID:aGE




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 道筋は大体頭に入った。
 ただ、奴らが新一に何をさせる気なのかが気になる。
 工藤新一なら出来る調査、なら俺にも出来るはずだ。……体格の差を除いては。

 ややあって、どこかの純和風家屋の門の前で車は停まった。
 促されて降りる。
 ボスらしき男が懐から何か出して来た。
 飴玉と一万円札だ。

「ボウズ、これ持ってお家に帰んな。少し遠いだろうからタクシーでな。そして今日あった事は忘れるんだ。ボウズの事追い回してた怖い奴らはもう居ないからな」




172: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:41:44 ID:aGE

 やはりな、あの下っ端共は仕事を連続ミスしたことで消されたんだろう。
 白昼なのに、顔を見られる状態で誘拐騒ぎなんて起こしていたのがそもそもの失態だし、レンタカーを奪った相手の遺体があっという間に発見されたのもミス。
 一般人に手を出しているというのもマイナス点だ。

 おまけに工藤新一の拉致は二回とも失敗し、顔を見た俺を殺すのにも失敗してるんじゃこの組との繋がりがあからさまになっちまう。

「帰りたくない」
 作り声で駄々をこねた。

「帰るんなら新一兄ちゃんと一緒がいい」
「……」




173: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:45:11 ID:aGE

 ボスは黙って何か考え込む仕草を取る。
 手下の一人が、ボスに声を掛けた。
「組長、私がそのボウズ送っていきやしょうか」
「……」
 まだ考え込んでいる、何を迷っているんだろう。
 ボス……組長は、手下には答えず新一に向き直った。

「手荒な真似して悪かったな工藤探偵。おいテメェら、大事な客人だ。丁重におもてなししろ。その子供もだ」

 新一が目を丸くしている。
 なるほどな、なんて俺は感心してしまった。新一も同じだったに違いない。




174: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:45:37 ID:aGE

 ヤクザが何だかんだでこの時代に生きていられるのは、まさしく「仁義」って物が存在しているお陰だろう。
 敵となる者には容赦無く手を下すが、無関係の一般人には手を出さない。
 むしろ一般人に被害が及びそうになれば守ったりもするのかも知れない。
 だから事件が起こって現行犯として取り押さえられたり、麻薬を扱っているのであればその麻薬取引の情報が漏れてしまったり、そんな事がない限り見逃されているに違いなかった。

 一方、入ったばかりの下っ端な奴らにはその仁義は育っていない者が多いのは、想像に難くない。だから一般人にも手を出すんだ、組の看板を笠に着て。

 組長が仮面を外す。
 顔には右目の上に斜めに傷が入っている。松本管理官とはちょうど逆方向だ。
 いかめしいが凛々しいその顔からは、組織のボスとしての風格が漂っていた。




175: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:48:00 ID:aGE

 たくさんの手下達が並んで組長を出迎える。
 玄関先には「橘組事務所」という看板が掲げられていた。
 乱雑に数足の靴が脱ぎ捨てられている。
 組員の物なんだろうが、整理していないところを見ると何か事件が起こっており……整理する暇もなく組員がドタバタ出入りしていることが伺える。

 靴箱にはきちんと揃えられた若い女性向けの靴が数足……大きさや趣味から言って同じ人物の靴だろう。
 冷や汗を流しながらも組長の後に付いていくと、畳敷きの広間に通された。




176: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:48:28 ID:aGE

 組長が高座に座る。
 組長の後ろには見事な掛け軸と生け花があった。
 向日葵と白いアマリリスがやたら主張している。珍しい組み合わせだな。
 俺達は組長の前に正座した。

 組長は俺に目をくれると、小さく笑って言った。
「大人しいボウズだ。それに賢い。工藤探偵、アンタの弟か?」
 新一はそれに首を横に振る。
「弟みてぇなモンだけど兄弟じゃない」
「ふぅん、随分似てるがな」
 じゃあ何なのか、を組長は問う事はしなかった。何か事情があると察したんだろう。




177: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:53:19 ID:aGE

「おい、人払いしろ」
 手下に言うと最初のボディガード以外の手下は部屋から出て行った。
 内、一人が俺を持ち上げて連れ出そうとする。

「待って、僕も話聞きたい」
「ボウズには関係ねぇ話だ。おじさんが遊んでやるからこっち来な」
「でも……」

 すると組長が「いい、置いとけ」と声を掛けた。
「しかし親分」
「どうせガキが聞いても解かんねぇ話だ」
 言われてその手下は渋々と俺を下ろし、出て行った。




178: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:54:51 ID:aGE

 組長は新一に顔を向ける。
「で、だ。工藤探偵、アンタに来てもらった用件、なんだがちょいと人探しを頼みてぇんだがな……」
 彼が続きを話そうとした途端に新一が口を開いた。
「お嬢さんの行方調査ですね」
 組長が目を見開く。

「……どうしてそれを?」

「玄関に、女性物の靴がありました。たぶん奥さんか娘さんの物でしょう。ですが、奥さんがいらっしゃるならこの場に同席しているはず。奥さんの行方調査かとも考えましたが……奥さんは亡くなられてるんだろうと思いました」
「何故そう思う」




179: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:56:11 ID:aGE

「この部屋の花の生け方が恐らくそうだと。こういった大事な部屋の花は恐らく極道の方に奥さんがいらっしゃる場合、奥さんが生けられるはずです。
しかし今貴方の後ろにある花は向日葵やアマリリスをメインとした、大きく力強さを象徴した男性が好む花が多い。……貴方がご自身で生けてらっしゃるんですね?」

 新一がそこまで一気に言うと、組長はほぅ、と顎に手を当てた。

「なら、探してる相手が娘だと考えた根拠は」
 新一はそれに頷いて語りだした。




180: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:58:05 ID:aGE

「僕達が丁重な扱いを受けた事がそのきっかけです。貴方の身内に危険が及んでいる、だから僕が冷静に推理をしてくれないと困る。
脅し付けて無理矢理言う事を聞かせては、動揺させてしまいますからね。それから、コナンを帰そうとした事。
コナンを人質にして脅す気は無いと言うことからも、依頼対象はよほど大事なお方……つまり、組員ではなく貴方の身内だと考えました。それと先ほど申し上げた玄関の靴。
乱雑に脱ぎ捨てられた中、その女性物の靴だけが整理されて、靴箱にしまわれていましたね」

「まぁな」
 組長が頷く。

 新一は頷き返して、続ける。




181: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)20:59:15 ID:aGE

「奥さんの物でないなら、その靴はお嬢さんの物だろうと考えました。ならばお嬢さんが、お出かけかよほどの反抗期で無ければこの席に現れるはず。
なのにお嬢さんが現れないと言う事は、お嬢さんが来られない事情がある。先程からの情報を総合し……お嬢さんの行方調査を依頼されたいのではないかと考えたのですが。
いかがでしょうか」
「……」
 組長は茫然としている。




182: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:00:00 ID:aGE

 新一は真っ直ぐ相手を見据えた。
 ……そうしてからややあって。
 組長が、高らかに笑いだした。

「流石、天下に名立たる名探偵だ! やはりアンタしかいないな。すまねぇがこの老いぼれの頼み、聞いてやってくれねぇか」
「貴方はまだまだお若いでしょう」
 新一が小さく笑った。
 確かに見目は五十そこそこ、しかも鍛えた感がある。老いぼれと言った風情じゃない。

 組長は頷いてから、手下に顎で何かを示した。
 手下が資料を取り出す。
 新一がそれを受け取り、俺は横からそれを覗きこんだ。




183: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:00:58 ID:aGE

「ボウズが見たってわかんねぇぞ」
 組長の言葉に、
「これ、この前検挙を受けて書類送検された、明友会の資料だね」
と思わず口にしてしまった。
 あ、やべ、と思って自分の手で口を塞ぐと新一がジトっと見ている。

「ってこの前テレビで見たけど、ケンキョとかショルイソーケンってどんな意味なのかな、あはは」
「さすが工藤探偵の身内のボウズだけあって、賢いな」
 組長は笑っているが、あんまり地を出すのは今はやめておこう。いつもみたいに麻酔針を使ったり、誘導して他人に推理させる必要は無い。




184: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:04:01 ID:aGE

「ここと今、シマ争いしてんだよ。検挙があってこっちが一歩リードしたけどな。それで焦った奴らが……」
「お嬢さんを攫った可能性が高い、と」
 組長が頷く。

 おいおい、また誘拐事件か。
 やっぱそういう星の巡り合わせなのかも知んねー……。
 はぁ、とため息を漏らす。

「彼らがお嬢さんをどこに隠しているか、ですね。取引の材料に使うならまだ殺してはいないはず。お嬢さんは無事です」
 新一の言葉に、組長の安堵した顔が見て取れた。
 最悪の事態は覚悟していたんだろう。そこに無事だと太鼓判を押されて喜んだのは、傍目にも明らかだった。

「ねぇ」




185: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:04:31 ID:aGE

 俺は横から口を突っ込んでみることにする。

「極道の人って基本的に普通の人には手を出さないんだよね?」
「ああ。下のモンは憧れだけでこの世界に入ってきて、その流儀が解ってねぇ奴が多いがな。どこの組も上のモンは大抵が仁義を守ってるはずだ」
 それを聞いて、俺は頷いた。

「ならさ、僕がお嬢さん助けに行ってこようか?」
「…………は?」
 組長が目を丸くする。
 一方新一は呆れて睨んでいた。




186: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:05:37 ID:aGE

 新一と目を合わせないようにして、俺は組長に更に言った。
「まさか子供が救出係だなんて、向こうも思わないでしょ?」
「いやまあ、子供の鉄砲玉なんてあまり無いからな、油断するだろうが……成功率も当然低い。ボウズが出る事はない」

 その組長の言葉に俺は首を横に振る。
「僕、『鉄砲玉』なんかになる気はないよ」
 組長が言葉の真意を図りかねたのか、黙り込んだ。
 新一は困った笑顔を浮かべながら組長に言う。

「コイツなら大丈夫です」

 言葉が出ない彼を他所に。
 新一が、更に言う。




187: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:07:58 ID:aGE

「下手な『鉄砲玉』を使うより、遥かに成功率は高いでしょう。ただし、相手のボスを殺す気はありません。あくまでお嬢さんの救出。それに絞ってコイツを使いたいんですが、よろしいですか?」

 新一の勢いに……組長は圧倒されていた。




188: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:10:29 ID:aGE




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


「オメーの思考パターンが読めるのがこれだけ恨めしいと思ったのは初めてだぜ……」
 出された茶を飲みながら俺はげっそりとしつつ言った。

「おっちゃんが事件現場で俺をポカポカ殴る気持ちがやっと解ったよ。ガキの癖にすっげーうぜー」
「俺の癖にオメーが言うな。んなこたいいからとっとと作戦練ろうぜ」
 出されたオレンジジュースを口にしながらコナンが言う。

 俺は頷いて、二人きりの客間で明友会の資料を開いた。
 策を練りたいので二人だけにしてくれと言ってある、他人がいると考えに集中出来ないからと。

 明友会の場所は杯戸町。米花にあるここからはそう遠くない。




189: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:11:38 ID:aGE

「コナン、どう思う? お嬢さんの居場所」
「あー? ンなモン杯戸にはいねぇだろ」

 コナンの考えと俺の考えが合っていたので話を進める。

「なら監禁場所は……」
「居るなら、米花、だな」

「俺もそう思ってたところだ」
「なんでそう思う?」

「事務所に襲撃があったらすぐにお嬢さんが取り返される。監禁は別の場所だ。じゃあコナン、米花だと思う理由をどうぞ」
「米花にはこの組と警視庁がある。まさか橘組の足下、更に言えば警視庁の足下でそんな犯罪堂々とやってる訳がねぇ、って心理を逆手に取ってるだろうな」

 服部以上に話がスムーズだ。




190: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:13:43 ID:aGE

 当たり前と言ったら当たり前なんだが、何も言わなくても同じ回答を導き出せる。しかもそれは互いの回答が間違っていないだろうと言う自信の元に。
 なんだかそれが、妙に心地良かった。

「コナン、オメーが救出役を買って出たのは監禁場所が明友会の事務所じゃないってわかったからだな? 組に乗り込むなら厳しいが、これなら頭脳と探偵グッズがあるなら子供の身体でも何とか出来る範囲だ」
「ああ。それに見張りは少ねぇだろうしな」
 そこまで話してから、コナンは急に俺を睨み付けた。

「なんか俺ばっかり推理してねぇ?」




191: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:16:26 ID:aGE

「バーロ、オメーの回答が正解だって言ってんだよ」
 それからもう一度資料に目を落とす。

「コナンがお嬢さんのところに行ってる間、こっちは足止めしとく必要があるな」
「足止めなぁ。ここのヤクザのおっちゃん達に襲撃させる訳にはいかねぇしな。ぜってー殺し合いになる」

 コナンの言葉に少し、考え込む。
 俺の考えている仕草を見てコナンが目を細めた。

「俺が今思い付いたアイディアとどう考えても同じこと考えただろ。……止めとけよ?」




192: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:18:15 ID:aGE

 コナンの言葉に俺は小さく笑う。
「でも犠牲を最小限に出来る方法だぜ? もちろん、ただ一人の犠牲も出さない意味で、だ」
「……」

 今度はコナンが考え込んだが、やがて諦めたようにため息を漏らした。
「しゃーねぇな。一番穏便に済ますのはそれしかなさそうだ」
「だろ?」
 ニヤリと笑ってみせると、
「ヘマすんなよ」
 コナンもニヤリと笑う。

 さっきも思ったことだが、こうした会話をしているのが本当に心地良い。
 ……少しだけ、元に戻らないでこのままでいてもいいかな、なんて思ってしまった。




193: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:18:54 ID:aGE

 でもそんな訳にはいかない。そう思うのは今こうして顔を合わせているからだ。
 これが姿の見えない位置に行けば、途端に辛くなることはわかっている。

 大丈夫、コナンには麻酔銃もボール射出ベルトもキック力増強シューズも、蝶ネクタイ型変声機もある。
 ……気付くとコナンが睨むように俺を見ていた。




194: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:22:36 ID:aGE

 わかってる。コイツからすれば俺のやることの方が遥かに危険だ。 
 だがヤクザの奴らには任せられない。
 俺だからこそ出来ること。

「んな顔すんな、大丈夫だよ」
 頭を撫でてやるとコナンは視線を逸らして口を尖らせる。

「バーロ、誰も心配なんてしてねぇよ。死なれたら元に戻れなくて困るからだ」
「我ながらツンデレだよなぁ」
「デレてねぇだろ……」

 はぁ、とコナンが呆れて睨む。
 俺は何となく可笑しくて。
 コナンの頭をポンポン叩いていた。




196: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:26:57 ID:aGE




 明友興行。そう書かれた看板のあるビルの前。

 鉄砲玉というならむしろ俺の方が立場が近いな、そんな事を考えて苦笑する。
 橘組の組長には少し準備する事があると伝えて出て来た。救出に向かうと告げてしまうと、護衛やらなんやらが俺達についてきそうだったから。

 ……これは、交渉だ。

 例えヤクザ同士の抗争とは言え、少なくとも俺が関わった範囲では、死者はなるべく出したくない。




197: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:28:45 ID:aGE

 自動ドアを抜け、中に入ると……あー、良くいるよなこういうヤクザやらチンピラやら。
 スーツの前をわざと閉めていない柄の悪そうな男が何人かうろうろしている。
 そいつらは俺に気づいてこちらにやって来た。

「あんちゃん、何の用だ? ここはアンタみたいな若造が来る所じゃねぇんだが」
 サングラスに白いスーツの男が言った。
 俺は少しだけ躊躇った振りをしてから、手にしていた書類入りの封筒を見せた。

「こちらの社長に届けなくてはならない書類があるんです」
「そんなら俺が社長に渡す」

 そう言って手を差し出してくるが、サッと後ろ手に隠す。




198: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:32:25 ID:aGE

「社長以外がご覧になると大変困る代物ですので」
「そんなモンをなんであんちゃんみてぇな若造が持ってくんだ? ホラこいてんじゃねぇぞ?」

 この前の検挙のせいもあるんだろう、かなりピリピリしているようだ。
 俺はニッと笑って封筒を片手にしながら両手を上げた。

「言っときますが、他所の組の鉄砲玉とかじゃありませんよ。こちらの社長に大変有益な情報です、通して頂けませんか」
「……」

 相手は黙ると携帯を取り出し、どこかに電話を掛け始めた。
 しばらくして。

「ボディチェックがOKなら通していい、だとよ。ったくこんな時にこんなガキを」

 何やらブツブツ文句を言っている男を後目に、他の奴らが俺の身体を調べ始める。
 念の為封筒にも触れ、本当に書類しか入ってないようだ、と確認すると「通れ」と顎で促された。




199: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:33:18 ID:aGE

 十二階。最上階にエレベーターは止まり、周りをヤクザに囲まれながらやってくる。
 一人が「アニキ、入ります」とノックした。

「おう、入んな」
 返事があり中に足を踏み入れる。

 一見するとただの社長室なんだが……壁を見ると日本刀やらライフルやら、銃刀法違反で今すぐしょっ引かれそうな物がずらりと飾られていた。

 こないだ検挙されたんじゃなかったのかよ。まあ、見つからないように隠してたんだろうが。




200: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:34:09 ID:aGE

「んで? 俺に見せたいモンってのは何だ?」
 こちらのボスは四十代くらいだ。

 スーツ姿で橘組の彼より体格がいいが、髪に白髪が混じっている。そのせいで若干老けて見えるから、もしかしたら三十代かも知れない。
 四十代前後で白髪か、修羅場くぐってんだろうな。なんて非科学的なことを思ってしまう。
 ヤクザの頭、という風格はこの男からも感じられた。

「その前にお人払いを。他の方に見られたら、……恐らく貴方の方が困る物でしょうから」
「困るかどうかは俺が決める。見せな」

 やれやれ、とため息を漏らして封筒を渡す。
 それを開いた彼は中を見て、歯ぎしりした後。

「おい、この小僧以外は部屋を出ろ」
 と手下に命じた。

「しかし、アニキ……」




201: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:37:06 ID:aGE

「いいから出ろって言ってんだろ!! それからこの部屋に近づくな!!」

 ボスの怒鳴り声に圧倒され、子分たちは部屋を出て行く。
 脂汗をかきながら、ボスが言った。

「どこでこの情報を……。何モンだ、テメェ」
 ボスの言葉に。
 笑みを浮かべながら俺は答える。

「工藤新一。……探偵、です」

 それを聞いてボスは息を呑んだ。




203: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:43:48 ID:aGE

「なるほどな、探偵か。思い出したぜ、高校生の癖に迷宮入り無しの名探偵がいるってな。なら素行調査はお手の物、か。……要求はなんだ?」
 それを聞いて、俺は頷いた。

「橘組との抗争をやめて下さい」

 ボスは少しだけ固まったが。
 続いて大きく笑い出す。
「アホなことほざいてんじゃねぇ、今更止められるか!!」
「何故です? あなたは僕が調べた限りでも頭の悪い人じゃない。無駄な抗争なんて、あなたならいくらでもやめられるはずです」

「無駄じゃねぇからだよ。……大事なんだ、シマってのはな。それこそ組員の生き死にに関わってくる」




204: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:45:20 ID:aGE

「……他の組員を殺してでも自分の組は守る、と?」
 問うと、ボスは深く頷いた。

「それが極道の世界ってモンだ」
「……」

 目を細めて相手を見つめ。俺は、吐き捨てながら言った。
「下らねぇな」
「なにぃ?」

 ボスの眉が吊り上がる。

「下らねぇ、って言ったんだよ」




205: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:45:57 ID:aGE

 そう言って睨んで見せると、ボスは拳銃を一つ手に取りながら立ち上がり俺に銃口を向けてきた。

「ガキ、殺されてぇみたいだな」
「そうやって何でもかんでも殺せば楽なんだろうな」

 冷や汗をかきながらも、強気な姿勢は崩さない。
 あくまで相手より優位だという姿勢を見せ続けなければならない。彼らのような世界の人間には、弱みを見せたら終わりだ。
 彼を脅したあの書類の内容がある限り、優位性はまだ俺にある。

「……でもな。俺はアンタがそんなに愚かだとは思えねぇんだよ」
「何?」

 ボスがやや聞く体制になり、しめた、と思った。




206: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:46:42 ID:aGE

「そうやって人を殺す度に相手の業をしょってくんだ。上になればなるほど、その重さはわかってるはず。でもやめられない。組を背負ってるから? 違うな、自分の意地の為だけだ。
ここまで登った誇りと意地を守る為だけに、アンタ達は自分の組員も相手の組員も巻き添えにして、地獄に地獄を塗り重ねてんだよ」

「……」
 ボスは黙っている。




208: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:49:08 ID:aGE

 俺は一つ、大きく息を吸い込んでから。彼に言った。

「抗争なんて、傍から見たら下らねぇことばっかりだ。アンタらの抗争の話だけじゃねぇ、国と国との戦争だって同じだ。どちらかが大人なら起こらない。
大の大人が五歳の子供と玩具取り合って喧嘩するか? 大人なら譲るだろ? そういう事だよ、抗争なんて止めようと思えばいつでも止められる。
どちらかが大人なら止められる。一歩譲る勇気があればな。だが相手の言いなりになんのと勇気があるのとは違う。賢さの伴わない勇気はただの無謀だ。アンタにはその賢さがある。
……俺は極道の世界ってのを全面的に認めたわけじゃねぇ。だが、殺人と麻薬を扱わない他の流儀で生きるなら……飽くまで一般人には手を出さない、って流儀を貫くなら……ある程度は認めるべき『仁義』がある。
そう思ってんだよ、……どうだ? どうなんだよ、それが通じる仁義がアンタにはあるんだろ?」




210: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:50:55 ID:aGE

 一気にそう話すと、ボスは諦めたようにため息を漏らした。

「それは正論なんだがな。正論じゃどうにもならん域に来ちまってんだよ、極道の抗争って奴はな。人殺しも時には必要な事がある。大事な何かを守る為ならな」
 彼は切なそうに視線を落とす。
 俺は、ふぅ、と息を一つ吐いた。




213: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:52:39 ID:aGE

「……業が深いよな。人殺しが必要な時なんて、本当なら有り得ないんだ。それをしないと生きていけない業の深さがあるってのは……悲しい話だ」

「そんなセリフが出る高校生のガキ、ってのも笑えるな」
 ボスはその段になって初めて椅子から立ち上がった。
「……こないだ攫った橘の娘のことを言ってんな?」

「ええ。そちらは僕の手の者が救出に向かっていますが、出来れば穏便にすませたいんです」
 それを聞いて、ボスはふぅむ、と顎を撫でる。

「兄ちゃん、その度胸気に入った。明友会に入らねぇか?」




214: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:53:23 ID:aGE

「すみません、……探偵、って仕事が天職なもので」

 俺の言葉にボスは可笑しそうに笑った。
「なら俺に不利なことが起こったら弁護頼むわ」
 探偵は弁護士じゃねぇんだが……。

 そんな事を思ってしまうが、仮に何かの事件が起こって、彼がその真犯人でないのなら、それを証明してやる事くらいなら出来る。
 敢えて弁護士との違いは口にせず、俺は。

「……弁護しきれないような愚行を起こさないことを、祈ってます」

 そう、答えた。




216: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:57:14 ID:aGE




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 米花にあるビジネスホテル全てに、大人の声……おっちゃんの声と名前を借りて、電話しまくった。
 工藤新一の名で問い合わせようか迷ったが、工藤新一はあまり表舞台に立ってはまずい。だからわりぃがおっちゃんの名を借りた。

 殺す気がないなら、管理が便利な施設に監禁してるはずだ。
 監禁が便利な施設。それはホテル。

 それもラブホテルやリゾートホテルじゃなくて、あくまでビジネスホテル。
 ラブホテルに何日も滞在するのはおかしい。
 リゾートホテルだと、客は遊びに出掛けていると思い込んでマスターキーで勝手に入って来る清掃員がたまにいる。
 高めのビジネスホテルなら清掃員を確実に断ることが出来る。

 明友会、の名に反応したのは三軒。うち二軒は客のプライバシーに関わるから泊まってるかどうかは答えられない、とのこと。




218: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)21:59:37 ID:aGE

 そう答えた時点で関係者が泊まってるってバラしてんだがまあいい、反応から見てもそっちは無関係だ。
 重要なのは残り一軒。

「いらしているんですが、その……。宜しければ毛利探偵にご相談申し上げたい事があるのですが……」

 ビンゴ、だ。
 ここまで素直に反応が来るとは思わなかったが、かなり迷惑しているんだろう。

 しかも明友会って言ったらこないだの検挙があるとは言え、かなりの大きい組織。
 この事を警察に言えばホテルを組の者で襲う、位の事は言ってるのかも知れない。




220: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:00:37 ID:aGE

「お話を伺わせて頂きたいのですが、今軽く概要を教えて頂けますか? こちらも少し準備などがあるもので」

『はい、……毛利さんは暴力団の明友会についてお電話くださった、という事でよろしいですね?』

「ええ。その組員が泊まり込んでいるホテルを探していました。恐らく何かの事件に関わっています」




221: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:01:17 ID:aGE

『そ、そうですかやっぱり……。明友会の名前で連泊を申し込んで来たのまではいいんですが、それからずっと部屋に籠ってる何かしているようなんです。
出掛けると言えば時々コンビニに食事を買いに行くぐらいですね。明らかに怪しいんで警察に相談しようとも思ったんですが、でも何かした現場を見たわけではないし、下手な事をすると報復が恐ろしくて……。
毛利さんのお電話は天からの助けです。うちのホテルで麻薬の取引や殺人でもされた日には……』

 ふむ、と頷いて、先を促す。




222: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:01:57 ID:aGE

「では、何号室か教えて頂いてよろしいかな。場合に寄っては警察が踏み込みますので。もちろん、そちらのホテルに報復などが無いよう配慮致します」
『は、はい、12階の1205室……です』
「泊まっているのは何名ですか? 性別は?」
『男性が二名、です』
「わかりました。それでは後は我々に任せて待機をお願いします。警察が来た場合、すぐに部屋番号を教えてください」
 電話を切る。
 居場所はわかった、人数も。

 女性が入っていないと言うことは隠して連れ込んだんだろう。

 さーて、ちっと灰原にご協力願うか。




223: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:02:41 ID:aGE

 そういや、さっき使っちまったからボールの補充、どうすっかな……。
 道中で適当なボールでも買うか? 博士のところに行く時間が惜しい。
 そんな事を考えながら、彼女の番号を呼び出す。

『はい。どうしたの江戸川君』
「頼みたいことがあるんだ。これからしばらくしたら、俺の探偵バッジからオメーのバッジを鳴らす。鳴ったらそれには応答しないですぐに佐藤刑事に連絡してくれ。佐藤刑事には、米花プリンスホテルのフロントに来て欲しい、それだけでいいから」

『……今度は何をしでかす気なの?』




224: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:04:34 ID:aGE

「わりぃけどそれは終わったら話すよ。……いいか、俺から呼び出しが掛かるまで警察には言うなよ。下手なタイミングで警察が来ると人が死ぬ恐れがある」
『その話を総合すると……米花プリンスホテルで起こっている、何かの事件の中にあなたは飛び込んで行くつもりで、しかもあなたが直接警察に連絡出来ない状況に陥る可能性が高い。ということね。工藤君はどうしたの? 一緒じゃないの?』

「ハハ、さすが灰原だな。新一は同じ事件の別部隊として動いてる」
『事件を呼び寄せるまではまだしも、自分から飛び込んで行くのは大概にした方がいいわよ』

「仕方ねーだろ、人の命が掛かってんだし」
『……。ま、いいわ。言うとおりにしてあげるからちゃんと無事に帰って来なさいよ。でないと、明日からあなたの事苛めてあげられなくなって、つまらないから』

「ドSだなオメー……。取り敢えず頼んだぜ」




225: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:07:18 ID:aGE

 本当なら暴力団関係だから組織犯罪対策部の方がいいんだろうが生憎親しい刑事がいない。それに先日から一等、俺達と関わっていた佐藤刑事の方が話が通じやすいだろう。
 よし、これで準備万端だな。と思った矢先に探偵バッジに通信が入った。

 なんだ? と思って出てみると。

『コナン君! 少年探偵団に依頼が入りましたよ! 猫探しだそうです、すぐに集合してください!』
 ……しまった、コイツらの存在忘れてた……。




226: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:09:17 ID:aGE

「えーとな……悪い、今日出掛けてるからそっち行けねーんだ。オメーらなら解決出来ると思うから頼んだぜ。あ、それと灰原も連絡取れないからアイツは誘うなよ」
『えっ!? まさかコナン君と灰原さん、二人だけでどこかに!?』

 ワナワナと声が震えたかと思うと今度は

『コナン君、哀ちゃんと二人だけで出かけるなんてずるーい!!』
『おいコナン俺達も連れてけよ!』

 わいわいとバッジの向こうで騒いでいる声が聞こえる。
 あー、もうコイツらどうすっかな……。

「ちげーよバーロ。じゃあお前ら、猫探し終わったら博士んち行って灰原と一緒に待ってろ。あ、俺と灰原は一緒にいねーからな」
『あ、はぁ、ハイ、わかりました』




227: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:10:15 ID:aGE

 通信を切る。
 要らない連絡をさせない為には対面させとくのが一番早い。
 後は灰原が適当にあしらってくれるだろう。
 まさかホテルに、佐藤刑事と一緒に探偵団ごと乗り込んで来はしないはずだ。

 ……来ない、よな?

 アイツらの顔を思い浮かべて、俺は何となく不安になった。




228: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:11:32 ID:aGE







 米花プリンスホテル、1205室。「起こさないでください」の札が掛かっている。
 俺は脇に途中で買ったサッカーボールを抱え、麻酔銃の照準レンズを立ち上げてから、変声機で声を調整してドアをノックした。

「失礼します、お客様。フロントにお荷物が届いていたのでお届けに上がりました」
 程なくして部屋の中から返事が来る。
「ああん? 誰からだ?」
「差出人は明友会、高嶋秀三様……となってらっしゃいます。食品のようですが」

 中から「頭からの差し入れじゃねぇか?」と聞こえてくる。
 ドアが開いた。よし。




229: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:12:30 ID:aGE

 出て来た相手へ出会い頭に麻酔銃を打ち込むと、相手は声も上げずにドアにもたれ掛かった。

 おい、どうした? と二人目がやって来たのですかさずキックの出力を最大にして、ボールを打ち込む。
 相手の顎に命中し、目標の人物はあっさり後ろに倒れた。
 ボールが脇に転がる。

「ふー……」

 中をそっと覗き、念の為見回す。




230: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:13:24 ID:aGE

 ベッドに若い女が手足を縛られ、目隠しと猿轡されて転がされていた。
 うん、これ以上仲間はいねぇな。

 女性に歩み寄ると今の音に驚いたらしく、俺が近づくのに怯えている。
「大丈夫? お姉さん、助けに来たんだよ」
 ひとまず手を解放してやると、今度は脚をはずしてやる。その間に彼女は自分で目隠しと猿轡を外していた。

「ぼ……坊やが?」

 明らかにただの小学生が助けに来たとなれば、そりゃ驚くだろう。




231: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:14:05 ID:aGE

「お姉さんのお父さんが工藤新一、って探偵のお兄ちゃんに依頼してね。ここを見つけたんだ。僕はその手伝い。明友会には新一兄ちゃんが向かってるよ」
「明友会に!? 駄目だよ、今彼らはいきり立ってるから危険なんだ!」

 動揺する彼女の言葉を聞きながらシーツを剥がし、縦に裂くとそれでチンピラ二人を縛り上げながら答える。
「新一兄ちゃんなら大丈夫。それより今警察に連絡するね」

 言って携帯を取り出す。
 これなら灰原の手を煩わせる必要はねぇな、そう思って佐藤刑事の番号を電話帳から呼び出そうとした。

「おっと、その電話こっちに寄越してもらおうか」
「……」




232: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:17:22 ID:aGE

 入り口を睨むと、こちらに銃を向けた男が立っている。

「……もう一人居たのか」
「交代しに来たらこのザマだ。大人二人をどうやって縛り上げた? ガキ」
「さぁ」

 やれやれ、結局灰原に頼むことになりそうだ。
 携帯を手渡す。

「ちっ、場所移動する羽目になりそうだな。どうやって大人二人倒したかわかんねぇが小僧、お前も一緒に来てもらうぜ」




233: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:18:29 ID:aGE

 相手が縛られた仲間に目をやっている隙に。
 俺はポケットに忍ばせたバッジのスイッチを押す。
 後は時間稼ぎすれば佐藤刑事達が来るはずだ。

 その時。

『おいコナン、一体何やってんだよ! 灰原に連絡すんなって言っといてお前が連絡してくるって、やっぱこっそりなんかやってんだろ!』
『ち、ちょっと小嶋君、それダメ!』
『元太君ー、灰原さんのバッジ勝手に出ちゃダメですよー』
『だってピーピー鳴ってんのに灰原が全然出ねーからよー』

 …………………………。




234: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:20:35 ID:aGE

 コイツら、猫探しはどうしたんだよ。そんなに簡単に見つかったのかよ。
 いや、……コイツらの動向を読み切れなかった俺のミス、だな完全に。

 ああ、もうダメだ……。
 すっかり毒気を抜かれて脱力してしまった。

 男が近寄って来て強引に俺の腕を掴み、ポケットから引っ張り出す。

「小型のトランシーバーか?」
『コナン、今の声誰だ?』

 男は足下に落としてバッジを踏み付ける。
 もうバッジから音はしなくなった。




235: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:23:03 ID:aGE

「ガキが探偵きどりか。おい、橘の娘! 立ってこっちに来い!」

 冷や汗をかきながら彼女を見ると彼女はそれでも気を保っているようで、相手を睨みながら歩み寄る。
 さすが極道の娘だけあって普通の女性より気が強いようだ。
 男は彼女を抱き寄せると、腰に手を回して脇腹に銃を当てた。

「小僧、付いて来い。言っとくが妙な真似したり逃げようとしたら、この女撃つからな」
「……わかった」

 警察は灰原の通報によってこちらに向かってはいるはずだ、だが人質を取られていては……。




236: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:24:10 ID:aGE

 男が、俺が後ろにいるのを確認しようと振り向いた時。

 いきなり男の身体が弾き飛ばされた。
 拳銃も床に転がる。

 ハッと見ると新一、それに見知らぬ男がいた。
 新一は上げていた脚を下ろす。

「セーフ、だな」




237: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:24:59 ID:aGE

「オメーなんでここに……」

 ぽかん、と見ていると新一と一緒に来た男がサッと拳銃を拾い、懐に隠した。

「ったく、組のチャカ勝手に持ち出しやがって」
「頭……」
 蹴られた男が唖然と見ている。

「勝手に持ち出したケジメは後で付けてもらうからな。おい、サツが来る。ズラかるぞ。そいつら解け」
「へ、へい……」

 男達は二人で伸びている奴らの縛めを解くと、二人でそれぞれ肩に担ぎながら出て行く。




238: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:26:00 ID:aGE

 去り際に頭と呼ばれた男……が新一を見た。

「工藤君だったな。今回はお前の度胸に敬意を表して、だ。奴らとの抗争は止めねぇ」
「貴方達の業の深さは、僕にはどうにも出来ない範囲のようですから」
「だがオメーみたいな考え方は嫌いじゃないぜ。またな、工藤君」
「ええ」

 新一は彼らが去る様子を目を細めて眺める。
 おいおいまた会う気かよ、ヤクザに。

「いいのか? 逃して」




239: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:26:46 ID:aGE

「ああ……。この場所を教えたら見逃す、って約束だった。ま、近い内に足も付きそうだったしな。お嬢さんが証言したら、だけど」
 言いながら新一は彼女を見た。

「……ご無事で良かった」
「あの、あなたは……」
「あなたのお父さんに頼まれてあなたを助けに来ました。……工藤新一、探偵です」
「そ、そう。見たことあると思ったらあなた、あの有名な……。私は橘百合香。ええと、……そっちの坊やの方はお名前は?」

 彼女がいきなり俺に向かって言ったので一瞬戸惑ってしまった。

「僕は、江戸川コナン。新一兄ちゃんと同じ、探偵だよ」
「そう……」




243: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:29:30 ID:aGE

 俺の言葉を聞くと、彼女……百合香さんは嬉しそうに微笑んだ。
「こんな小さな子が乗り込んできた時、夢かと思ったよ」

「ハハ、……しかしコナンが二人倒しててくれて助かったな。向こう銃持ってたし、三人で反抗されたらあの親分がいてもヤバかったかも」
「ちぇ、仲良くなってんじゃねーよ。これなら新一と一緒に乗り込んだって同じだったじゃねぇか」
「んなこたねーよ。先にオメーに気を取られて油断しててくれたから、あっさり倒せたんだ」
「……俺は要するに囮か」

 不満げに言うと新一は俺の頭をポンポンと叩いてくる。
「あの親分が物分り良くて運が良かっただけなんだって。そうでなきゃどうやって乗り込もうか、それともオメーがお嬢さん連れて帰って来るの待つか、まだ考えてたとこだったしな」
「物分りがいい、って問題じゃねーだろ。何か脅しのネタ使ったな?」

「あ、やっぱわかるか。こないだの検挙で頭が交代しただろ? 密告があったんじゃないかってな。その密告者が誰か……てのをちゃっちゃと証拠と揃えて密告者ご本人に見せたら、快く協力してくれたぜ」




245: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:31:04 ID:aGE

 まだ頭にポンポン触れてくるのがそろそろウザい。

「あー、極道の世界って裏切りは最大の罪だかんな、そんなのバレたら頭から降ろされるどころじゃねーな。ってかだからガキじゃねーんだから頭触るのやめろって」

 鬱陶しく思って振り払うと新一は可笑しそうに笑った。
 横で百合香さんも笑っている。

「兄弟みたいだけど、苗字が違うのね」
「ま、ちょっと色々ありまして」

 そんな話をしていると「コナン君! それに工藤君!?」佐藤刑事の声がする。

「コナン君から通報を頼まれた、って博士のところのあの子から連絡があったんだけど……何があったの? いえ、その前に工藤君、あなたさっき私の携帯に……」
「えっと。僕達が襲われた件に関しては一応解決しました、すみません」
「は? か、解決? どういう事?」
「それは後ほど説明します。それでその……コナンの通報の件は……」

 新一が頭をかく。




246: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:33:24 ID:aGE

 俺は百合香さんを一瞥してから、佐藤刑事に向かって言った。

「この部屋に明友会、って暴力団の人が泊まってたのは知ってる?」
「ええ、フロントで聞いたわ。毛利探偵が来る予定になってたって聞いたけど」
「毛利探偵は事情で来られなかったので僕が、代わりに」

 横から新一が言った。
 それに繋げて俺は更に続ける。

「ホテルの人が凄く困ってたんだって。でも何かをしてるの見たわけじゃないし、通報出来ないって言ってたの横で聞いたから、じゃあかわいそうだから僕が、って勝手に知らせたんだけど、逃げられちゃったみたい。やっぱり悪い事やってたのかな?」
「逃げられ、って」




247: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:34:18 ID:aGE

 佐藤刑事は一瞬唖然としたが。何とか気を取り直したのか、顔を引き締めて尋ねてきた。

「で、そいつらはこの部屋で何をしていたの?」
 すると後ろから百合香さんが出て、説明する。

「私と手打ち盃の為の相談をしていたんです」
「手打ち……盃? ええとごめんなさい、あなたは一体どなた?」

 佐藤刑事が尋ねると百合香さんはキリッと表情を引き締めてからお辞儀した。

「橘組頭領が娘、橘百合香。警部さんには大変ご迷惑をお掛けしました。……手打ち盃、ってのは双方の仲直りの為の盃を、頭首同士で交わすこと。
その為の仲裁人を選別していただけで、犯罪は一切行っておりません。彼らはこないだの検挙があったから少し警戒して引き上げただけです。ですがこのホテルの堅気の方にも不安を掛けました。後で詫びを入れたいと思っております」




248: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:36:31 ID:aGE

「そ、そう。まあ、今回は押さえなくてはならない事件、ではないようだし、私の出る幕ではない、という事でいいのかしら……」

 百合香さんは新一が奴らを見逃すと言った意を汲んだらしかった。
 結構頭の回転が早い。頭領の娘として徹底的に教育されてるんだろう。

「ひとまず帰って上に報告しないとね。工藤君達、乗っていって。誘拐事件が解決したって件も詳しく聞かなきゃならないし」
「すみません佐藤刑事。ちょっと色々と事情がありますので、後ほど伺わせて頂きたいんですが……」

 新一の言葉に彼女はやや困った顔をしたが。
 ため息を漏らして、頷いた。




249: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:38:32 ID:aGE

「あなただから信用するけど、落ち着いたら必ず連絡してちょうだい」

 佐藤刑事は一緒に来た警官と共に帰っていった。

「ムダ足踏ませてわりぃことしたな」
「いや、正解だよ。警察呼んでなきゃ明友会の奴らがさっさと引き上げてくれたかわからねぇし、俺が間に合ってなかったらお前また、あのままどっかに連れていかれて殺されてたからな」
「俺もそう思ったから通報の準備してたんだけどな。もうどっか連れ回されるのは勘弁だぜ。あーあ、ガキの身体って、ほんと不便だよな……」

 はぁ、とため息を吐いて頭の後ろで手を組む。

「二人とも、うちに来てくれない? たぶん父さんが待ってるから」

 百合香さんに言われてああそう言えば、と俺達は我に返った。




250: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:39:45 ID:aGE




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


「工藤探偵、百合香と結婚して跡目継いでくんねぇか?」
「……………………は?」

 何か聞き間違えたかと思った。

「えーと……」
 目を丸くして固まっていると、橘組の組長は更にいう。

「子供の助っ人がいたとは言え、実質一人で解決しちまうなんて大したもんだ、しかも一人も死人を出さねぇなんてな。アンタをウチの跡目に向かえてぇんだ、ぜひ」
 組長の隣には着物に着替えた百合香さん。

 こうして落ち着いて見ていると、恐らく二十歳そこそこなんだろうと思う。




251: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:42:26 ID:aGE

「ま、姉さん女房になっちまうがな。どうだ? ウチの百合香、悪くねぇと思うんだが」

 何を口にすればいいか迷っていると、コナンが目つき悪くニヤニヤとこちらを見て小声で言った。

「良かったなぁ、じゃあ蘭は俺が幸せにしてやっから」
「……元に戻った時困るのはオメーだぞ」
「じゃ、戻るのやーめた」

 …………。




252: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:43:27 ID:aGE

 俺は組長にまた向き直る。

「あの、お嬢さんのお気持ちなんかもありますし……」
「百合香は構わんと言っとる。お前さんの事を以前からの活躍で気にかけ取ったらしいんだが、今回の事で気持ちが決まった、とな」
「あ、は、はぁ……それはどうも」

 間抜けな応答をしつつも彼女を見ると、ポッと赤くなって俯いてしまった。いや、これ本気でやべーだろ。
 ど、どうする? どうする?

 冷や汗……いや脂汗をだらだら流している俺を見て、コナンはため息を吐いてから口を開いた。

「おじさん。新一兄ちゃん、恋人いるよ」




253: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:45:28 ID:aGE

 え、とコナンを思い切り凝視してしまう。
 まだ恋人って言える関係じゃねーぞ、そりゃ互いの気持ちはほぼ確定してんだろうなとは思うが……なんて言うか、んなことコイツも重々わかってるはずだ。

「コレがいんのか。別れな」
「あっさり言わないでよおじさん」

 コナンが困ったように笑う。

「新一兄ちゃん、小さい頃からずーっとずーっとその人のこと好きだったんだ。それがやっと実ったんだから、可哀想なこと言わないであげて」




254: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:45:58 ID:aGE

 それを聞いて組長がむ、と顔を顰めるが。
 俺は息を飲み込んでから土下座のポーズを取り、頭を下げた。

「すみません、橘さん。コイツの言ったとおりです。ソイツの為なら死んでもいいと思える、大事な女がいます。百合香さんは素晴らしい女性で、彼女に不満はありません。ですが申し訳ありません組長、僕にその女を守らせてやってください。僕を男にさせてください」

 そうして顔を上げて真っ直ぐ彼を見る。
 百合香さんが声を出した。

「親方。出会ったばかりの私とそのヒトを比べんのは無理だよ」
「…………わかった」

 やっと諦めてくれたようだ。ほぅ、と安堵する。
 組長はパンパン、と手を叩いて子分を呼んだ。

「客人がお帰りだ。送ってやんな」




255: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:47:37 ID:aGE






 車が発進する直前、組長が車の窓ガラスを叩いて来たので開ける。

「工藤探偵。また何か事件あったら頼むわな」
「あまり事件を起こさないように頑張って頂けると嬉しいんですが」

 思わず苦笑して言うと組長が笑う。
「百合香の件も諦めたワケじゃねぇからな。いつでも来いよ」
「は、はは……」

「ボウズも良く頑張ったな。後十年歳食ってりゃお前も百合香の婿候補に欲しいとこだ」
「ごめんなさいおじさん、僕も好きな娘がいるんだ。でも百合香お姉さんも大好きだよ!」




256: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:48:18 ID:aGE

 コナンの言葉に組長は一瞬黙ったが。
 次の瞬間、高らかに笑いだした。

「いやいやこのボウズ、将来大物になるぞ!」

 本当に愉快そうに笑っている。
 後ろから百合香さんが声を掛けてきた。

「二人とも本当にありがとう。大切な人、大事にしてやってね」
「はい」
「うん」

 彼女の言葉に頷いたコナンが寂しそうだったのは、……気のせいだろうか。




257: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:51:09 ID:aGE

 ……帰りの車の中、コナンはずっと窓の外を眺めていて一度も俺を見なかった。

「んじゃ俺、明日からガッコだし蘭の家に帰るから」

 工藤邸の前で降ろされ、開口一番にコナンは言うとそのまま俺に背を向け探偵事務所の方へ歩いて行く。
 時刻は19時。もう夕食の用意は済んでるだろうから、今から押し掛けたら迷惑だろう。
 明日は佐藤刑事に事情聴取を受ける羽目になるだろうし、今日はもう休んでおくか。

「気ぃつけて帰れよ。おやすみコナン」

 コナンは一度振り返ったが。
 何も言わずに、そのまま歩いて行った。








 その日から。コナンは俺の前に、姿を現わすことは、なかった……。




258: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:51:48 ID:aGE

END




259: 名無しさん@おーぷん 2015/03/22(日)22:52:09 ID:Vhj

乙!!!




260: 名無しさん@おーぷん 2015/03/22(日)22:53:36 ID:Vhj

いやあ面白かった
ストーリーも上手いけどキャラの心証描写が凄いわ




261: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:55:00 ID:aGE

分裂したことについて解決する、この後の続きがあります。
が、同じくらいかそれ以上長くなるのでスレを立て直すか
このままこのスレで続けるか迷う感じであります。
また後日どうするか検討しますので、見かけたらよろしくです。




262: 1◆rrvt.lGSAU 2015/03/22(日)22:55:34 ID:aGE

ひとまずここまで読んでくださった方。本当にありがとうございました。

>>259-260
ありがとうございます(´;ω;`)




263: 名無しさん@おーぷん 2015/03/22(日)22:58:48 ID:Vhj

そーいや分裂したことについては説明が無かったな
自然すぎて違和感なかったわwww

続きも超絶期待している
全裸正座待機




264: 名無しさん@おーぷん 2015/03/22(日)23:01:03 ID:Ebv

乙乙乙乙!!
推理とかちゃんとやっててクオリティ高すぎた
別スレにするならここにリンク貼ってくれ
待ってる!




コナン「俺であって、俺じゃない」【後編】へつづく


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