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1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 01:43:31.67 ID:xt8eLDEu0
男「ええと……」

男性「こんなことになって、君には申し訳ないと思っている」

男「ちょっと待ってください。そ、それじゃ……」

男性「…………」

男「あいつがいなくなって、あの子は……」

男性「他に頼める人間がいないんだ、君以外には」

男「…………」

男性「やってくれるか?」

男「……分かりました」



男「僕が、彼女の兄になります」




元スレ
妹「兄さんって呼ばせて下さい」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1307378611/



 
 
5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 01:48:21.95 ID:xt8eLDEu0
──自宅

男「……もしもし、母さん?」

男「うん、うん」

男「そうなんだ。仕事がやっと決まった」

男「はは、やっぱり、母さんの言った通りだったね」

男「うん……あ、でも、それは……」

男「ごめんね、こっちが落ち着くまでは戻れそうもないんだ……」

男「……うん」

男「分かったよ、頑張る」

男「母さんも元気でね? また時間できたら、すぐに向かうから」

男「うん、じゃあ、バイバイ」

男「…………」




9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 01:51:41.55 ID:xt8eLDEu0
コンコン。

男「失礼しまーす」

ガラガラガラ……。

妹「……え?」

男「よっ! どう、元気にしてたか?」

妹「……す、すみません……ええと」

男「ん? どうかしたか?」

妹「その……わたし」

男「?」

妹「…………」

男「もしかして、俺のこと、覚えてない?」

妹「……すみません」




12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 01:55:29.78 ID:xt8eLDEu0
男「そうか……そうだなぁ」

妹「…………」

男「こういう場合、どう言っていいのか、分かんないな」

妹「はぁ……」

男「この際、しょうがない。単刀直入に言うね」

男「実は俺、君の兄なんだ」

妹「……え?」

男「覚えてない? 顔とか、声とか」

妹「……え、す、すみません」

男「……そうか、覚えてないかぁ」

妹「…………」

男「あっ、そんなに落ち込まないで」




14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 02:01:10.51 ID:xt8eLDEu0
妹「わたし……昔のこと、全然覚えてなくて」

男「…………」

妹「気がついたときには、このベットで横になってて」

男「うん」

妹「何にも分かんないです……どうなったのかも、自分のことも」

男「……うん」

妹「悪気があるわけじゃなくて」

妹「……いや、すみません。これは、ただの言い訳ですよね……」

男「いいんだ。気にしなくていいよ」

妹「……はい」

男「…………」

男「ちょっと疲れさしちゃったみたいだね」

男「……うん、日を改めて、また来るから」




15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 02:05:45.51 ID:xt8eLDEu0
──病室前

男「…………」

男性「どうだった?」

男「全く、気づいた様子ではないです」

男性「それは良かった」

男「でも、いいんですか?」

男性「何が?」

男「こんな偽るような真似して、後で問題になりませんか?」

男性「親の私がいいと言ってるんだ。その責任は、私が負う」

男「でも……」

男性「君が、そんなに難しく考えることはない」

男性「ただ、言われた通りにあの子の兄代わりをして欲しい」

男「…………」




19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 02:13:06.51 ID:xt8eLDEu0
男性「君も、あの子の手首を見ただろう?」

男「それは……」

男性「大惨事だったんだ」

男性「風呂場が血の海で、それを見た妻は失神してしまった」

男「…………」

男性「これ以上、もう誰も失いたくない。分かってくれるか?」

男「はい……」

男性「良かった。それに、これは君にも利がある話なんだ」

男性「だからくれぐれも、良心の呵責に耐えきれなくなって」

男性「あの子に打ち明けるなんてことは、ないようにしてくれ」

男「……分かりました」

男性「よし。なら、会社に行っていいぞ」

男「はい、社長」




22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 02:20:24.07 ID:xt8eLDEu0
──会社

ドサッ。

男「……え?」

上司「この仕事、明日までに終わらせておくように」

男「ちょ、ちょっと待ってください」

上司「ん?」

男「こんな量……ただでさえ、入ったばかりですし……」

上司「そんなの言い訳になるか?」

男「……いえ、失言でした」

上司「徹夜してでも終わらせろ。いいな?」

男「はい……」

上司「あ? なんだよ、その不服そうな返事は」

男「…………」




26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 02:25:31.68 ID:xt8eLDEu0
上司「フン、いいよなー?」

上司「こんな不景気でもコネがあるお坊ちゃん様はさー」

男「…………」

上司「中途採用のお前を入れるために、こっちは仲間を一人左遷してるんだ」

上司「加えて、新しく入った奴は即戦力にもならないと来てる」

上司「どれだけ皆の仕事が増えたと思ってるんだ?」

男「申し訳ない……です」

上司「そんなのデスクワークなんだから、さっさと済ませろ」

上司「慣れたらすぐに、外出てもらうからな?」

男「……はい」

上司「ほんと、上の奴は何考えてるか、分かんないわ」

上司「この糞忙しい時に、新卒より使えないボンクラ入れやがって……」

男「…………」




29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 02:31:18.14 ID:xt8eLDEu0
──自宅

男「……ただいまー」

男「…………」

男「はは、空しいな」

男「返事がないの分かってるのに、慣れでいつも言っちゃう……」

男「……ふぅー」

男「さて、明日の出勤まで、残り二時間」

男「……これじゃあ、眠れないなぁ……」

男「…………」

男「……俺が、兄……か」

男「…………」

男「なぁ、親友」

男「なんで、お前……死んじゃったんだ……?」




33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 06:00:55.21 ID:xt8eLDEu0
──病院

コンコン。
ガラガラ……。

妹「……あ」

男「うん、また来た」

妹「お、兄さん……?」

男「もしかして、思い出した?」

妹「いや、違うんです。ただ、前にそう言ってたから……」

男「あーそうか……ごめん」

妹「いえ……」

男「え、ええとさっ」

妹「は、はい」

男「……どう? 体の調子とか」




44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 17:04:58.62 ID:xt8eLDEu0
妹「体はもう回復してるみたいですけど……」

妹「お医者さんの話だと、まだ安静が必要だって」

男「そうか」

妹「呼び方は、『兄さん』……でいいですよね?」

男「あー……」

妹「えっと、前は違いました……?」

男「……そうだなぁー、昔は──『お兄ちゃん』だったなぁ」

妹「『お兄ちゃん』?」

男「うん、小さい頃からずっと、そう呼ばれてた」

男「自分で言うのもなんだけど、本当に仲の良い兄妹だったんだぞ?」

妹「そうだったんですか……すみません、思い出せなくて」




45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 17:06:10.16 ID:xt8eLDEu0
男「いいんだ、焦る必要なんてないから」

妹「はい……」

男「うん」

男「……『兄さん』……ね」

妹「…………」

妹「……あの、『お兄ちゃん』?」

男「ん?」

妹「仲が良かった昔の話……聞かせてもらえないですか?」

男「…………」

妹「それを聞いたら、わたし、もしかしたら……」

男「……そうだなー」

男「あれは、まだ俺が小学生で」

男「近所にいる仲のいい友達といつものように遊んでたんだ」

……………。
………。




47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 17:07:04.44 ID:xt8eLDEu0
男『おーい、こっちだ!』

親友『悪い悪い、遅くなって』

男『約束の時間から、もう一時間も経ってるぞ?』

親友『実はさ……その』

?『…………』

男『ん?』

親友『ええと、なんだろ、俺の妹?』

男『妹? お前に妹なんて、いたっけ?』

妹『うぅ……』

親友『すごく人見知りする奴でさ……ほら、挨拶しろって』

妹『そ、その……はじ、初めまして……』

男『う、うん……』




48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 17:08:26.01 ID:xt8eLDEu0
親友『遊びに行くっつったら、今日は「私もついてく」って言うんだ』

親友『だからさ……』

妹『……うぅ』

男『……別にいいよ』

親友『本当か? ごめん……ありがとう』

男『気にすんなって! よし!』

妹『……ん?』

男『今日から、お前は、俺の妹になるっ!』

妹『ふへぇ……?』

親友『は……?』




49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 17:09:21.34 ID:xt8eLDEu0
男『親友の妹なら、それこそ、俺の妹でもあるわけだろ?』

妹『お、お兄ちゃん……』

親友『いや、えっと……』

男『ん? 親友のことは『お兄ちゃん』って呼んでるのか』

妹『あ、うん……』

男『なら、俺のことは……』



男『──『兄さん』にしようっ!』




54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:02:58.27 ID:xt8eLDEu0
──社長室

男「……失礼します」

ガチャ。

男性「おー、来てくれたかっ」

男「はい……それで、ご用件は……」

男性「もちろん、あの子のことだよ」

男性「最近、余り時間が取れなくてな……病院に行けてないんだ」

男「そうですか……」

男性「どうだ? 彼女の様子は?」

男「日が経つにつれて、元気を取り戻してるように見えます」

男性「うん、うん。それは良かった」

男「はい……」




55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:10:26.87 ID:xt8eLDEu0
男性「……ん? 浮かない様子のようだな?」

男「え……」

男性「もしかして、会社内のことか?」

男性「確かに、無理やり入れこんだ感があるから」

男性「初めのうちは、君も苦労することだろう。しかし……」

男「……いや、そのことではなくて」

男性「ん?」

男「彼女のことです」

男性「私の娘の話か?」

男「はい」

男性「……どうした? 何が問題だ」

男「これは……いつまで続ければいいんでしょうか?」

男性「…………」




56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:11:41.16 ID:xt8eLDEu0
男「今はまだいいです。彼女が思い出さないうちは、まだ」

男性「けれど?」

男「僕には分からないんです。この仕事の、終わりが」

男性「終わり……か」

男「何をもって達成とするんですか?」

男「彼女が事実を一人で、受け止められるようになってから?」

男性「……それは、恐らくない」

男「…………」

男性「事実がばれたら、そこで全て終わりだよ」

男性「私はまた大事なものを失う。それだけは避けたい」

男「……だから、永遠に隠し通せと?」

男性「いいか。そう難しく考えることなんかじゃないんだ」

男「…………」




57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:12:47.15 ID:xt8eLDEu0
男性「君は死んだ私の息子の代わりをする」

男性「自責の念にかられている娘の兄となる」

男「……はい」

男性「幸いにも、生前の息子と私の関係は良好なものではなかった」

男性「会社の人間で、成人した彼の顔を知っているものはいない」

男性「それに……今、この会社には不穏な空気がたちこもっているからな」

男「……というと?」

男性「時期が来たら、また知らせる」

男性「どう転んでも、君には悪い話ではない。だから、心配するな」

男「……はい」

男性「あと、そうだな」

男性「そろそろ、機会を設けるから、私の妻にも会って欲しいな」

男「……分かりました」

男性「よし、話は以上だ。職務に戻って欲しい」




59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:35:33.93 ID:xt8eLDEu0
──病院

妹「……お兄ちゃん?」

男「あ、うん?」

妹「すごい思い詰める顔してましたよ?」

男「そうだったか……いや、最近、少し仕事で疲れててね」

妹「大丈夫ですか?」

男「はは、病人のお前に心配されるなんてな」

妹「ふふ、そうだ。お話でもしませんか?」

男「話?」

妹「そうそう、両親のこと聞かせてください」

男「ええと……」

妹「ん?」

男「それは、お前の父親と母親の話か?」

妹「もちろん、そうですけど……」




60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:36:17.11 ID:xt8eLDEu0
男「あっ、うんとな……」

男「父さんは……その、ちょっと強面の人だったろ?」

妹「あ……はい」

男「初めて見た時、どう思った?」

妹「その……正直な感想言っていいですか?」

男「うん。親父には内緒にしとくよ」

妹「……実は、結構、怖かったんです……」

男「はは」

妹「だから、その父に「明日、お前の兄が見舞いに来るぞ」って言われた時」

妹「どんな怖い男の人がくるのかと、心配でした」

男「ほほう、それで」

妹「でも、実際の兄はとっても優しそうな方で」




61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:36:55.22 ID:xt8eLDEu0
妹「だから初めて会った時、兄じゃない人だと思ってました」

男「……うん」

妹「……その……ええと」

男「ん?」

妹「もしかしたら、わたしのこ、恋人だったり……したらなーみたいな……」

男「『恋人』……か」

妹「いやっ、そのもちろん……違ったわけですけど……」

男「昔のお前には恋人はいたのかなぁ……」

妹「その辺、お兄ちゃんも知らないですか?」

男「プライベートについては、あまり話さなかったしなぁ」

妹「……私って、今」

男「うん、大学生」

妹「だったら、恋人の一人や二人くらい、いてもおかしくないですよね……」




62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:37:56.93 ID:xt8eLDEu0
男「二人いたら困るけど、まあ、そういう年頃だよな」

妹「もしかして……わたしって、ブスだったりします……?」

男「……は?」

妹「その……恋人みたいな人が来ることもないですし」

妹「今は、自分の顔を見ても、なんだか自分のじゃない気がして」

男「…………」

妹「お兄ちゃんから見て、わたしってどうですか?」

男「……ええと」




63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:38:44.36 ID:xt8eLDEu0
妹「正直に言ってください。気を使ったりは、絶対しないで」

男「…………」

男「……綺麗だよ。普通に」

妹「ほんとに?」

男「ああ、もしも、俺が兄じゃなかったら……」

男「お前を好きになってたかもしれないな」

……………。
………。




64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:40:38.29 ID:rGQ7Igv00
なんかせつねえ




65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:44:07.92 ID:PFNInmDT0
敬語妹に萌えに来たがシリアスだった
だが好きだ




67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:50:45.26 ID:kABiA3yP0
これはすごくいいな
おもしろくなりそうだ

完結するまで飯食わない




69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 18:58:35.82 ID:xt8eLDEu0
親友『おらー、当たれっ!』

妹『きゃっ!』

ビューン……。

親友『あっ、やちった』

男『おいおい、どこ投げてんだよ。草むらのほうに行っちゃったぞ?』

親友『くそぉ……なんで、お前、当たんないんだよ』

妹『お兄ちゃんこそ、本気で妹に当てにいくなんて、たち悪いよ……』

男『いいから、取ってこいって。多分、川までには行ってないと思うから』

親友『うー、めんどくせぇなぁ』

男『はやくっ』

親友『分かったよ……でも、今度こそ、お前に当ててやるからな!』

男『はいはい』

たたたたっ……。




72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:00:29.43 ID:xt8eLDEu0
男『やっと行ったな』

妹『だね』

男『しかし、こんな遊びに参加しなくてもいいんだぞ?』

妹『うーん……』

男『玉当たると、痛いぞ?』

妹『でも……外で見るだけじゃ、つまんないし』

男『いいんだよ、女の子はそれで』

男『学年も全然違うんだし、無理するなよ』

妹『……うぅ』

男『怪我したらどうすんだ。俺の母さんがいつも言ってるんだ』

妹『なんて?』

男『『女の子への傷は一生もんだから』ってさ』




74:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:01:20.77 ID:xt8eLDEu0
妹『ええと……意味わかんないかも』

男『実は俺も分かってない』

妹『なにそれ、ふふっ』

男『ははっ』

妹『あっ、兄さん』

男『ん?』

妹『ここほら、血が出てる』

男『あーほんとだ……でも、これぐらいの傷……』

妹『駄目だよっ! ばい菌が入っちゃったらどうするのっ!』

男『えっでも、いつもはこんなの……』

妹『ほら、こっち来て』

男『お、おう……』




75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:02:39.13 ID:xt8eLDEu0
ガサガサ……。

妹『確かここに、キティーちゃんのバンドエイドがあったはず』

男『お、おい……?』

妹『うん、あった!』

男『やっ、やめろって、そんな女っぽいやつ』

妹『いいから、じっとしてて』

男『…………』

妹『消毒して……貼って……これで、よしっと』

男『……あ、ありがと』




76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:07:39.35 ID:xt8eLDEu0
妹『ううん、いつも兄さんには優しくしてもらってるし』

妹『それに……やっぱり、使う時に使わないとね』

男『?』

親友『おーいっ! ボール見つかったぞっ!』

妹『あっ、お兄ちゃん戻ってきた』

男『…………』

妹『ほら、兄さんっ! 行こっ!』

男『う、うん』




77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:23:18.90 ID:xt8eLDEu0
──会社

男「ふぅ……終わった」

上司「ん?」

がたっ。

上司「どうした? 俺はもう帰るぞ?」

男「頼まれていた仕事、とりあえず、全て終わりました」

上司「ほう……」

男「慣れるまで時間がかかってしまい、申し訳ないです」

男「いままでパソコンを使った作業をしてこなかったもので」

男「本当にご迷惑をおかけしました」

上司「……ふむ」

男「それで、追加のお仕事があれば早速……」

上司「いや」




78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:24:17.35 ID:xt8eLDEu0
男「え?」

上司「今日はもう帰りなさい。今まで毎日、残業だっただろ?」

男「ですが……」

上司「いいんだ。警備の人からも話は聞いてる」

男「ええと」

上司「毎日、夜遅くまで、時には明け方まで……本当に頑張ったな」

男「…………」

上司「初めは全てにおいて鈍臭いし、やることは不慣れだし」

上司「本当に困ったやつを部下にさせられたものだと憤慨した」

男「……申し訳ないです」

上司「だが、人一倍の根性は持ってるみたいだ」

男「え?」




79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:24:58.13 ID:xt8eLDEu0
上司「そういう奴は大成する」

上司「文句も言わずに、仕事を黙々とこなす奴を俺はもう貶さない」

男「……あの」

上司「四ヶ月、本当に大変だったな」

上司「明日からはもう新入りみたいな仕事はしなくていい」

男「…………」

上司「俺が進めている新規の顧客との会談に付いてこい」

上司「少なからず、得るものはあるはずだと思うぞ?」

男「……はいっ」

男「よろしくお願いしますっ!」




82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:35:46.59 ID:xt8eLDEu0
──自宅

男「……ふぅ……」

男「今日も一日が終わった……っと」

男「よし、母さんに電話しようか」

ピッ……ピピッ。

男「……もしもし」

男「あっ、うん。夜遅くごめんね」

男「もう時間過ぎてる? あーそうか、でも電話、大丈夫?」

男「うん……あ、うん」

男「いや、こっちの仕事がうまくいきそうなんだ」

男「ん……ははっ、やっぱり、声が違う?」




83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 19:36:50.56 ID:xt8eLDEu0
男「うん……頑張るよ」

男「みんなに認められるように……失敗はしちゃいけないよね」

男「うん、それは分かってる」

男「……そうだね」

男「俺も戻りたいんだけど……まだ、ちょっと難しそう」

男「うん……」

男「土日はいつも用事が入っててさ……」

男「もう少しすれば、こっちも落ち着けると思う」

男「うん……だから、その時にね」

男「ん、じゃあ、また」




102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:27:36.17 ID:xt8eLDEu0
──病院

妹「ちょっと質問してもいいですか?」

男「ん? なに?」

妹「お兄ちゃんは……お父さんの会社で働いてるんですよね?」

男「あ、うん」

妹「いつぐらいから?」

男「そうだな……ぶっちゃけの話でもいいか?」

妹「はい」

男「実は、今年に入ってからなんだ」

妹「ええと……じゃあ、その前は」

男「んと……まあ、フリーターみたいなことをしてた」

妹「じゃあ、どうしてまた急に?」

男「やっぱり、今のままじゃ駄目かなって」




103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:28:23.46 ID:xt8eLDEu0
男「長い目で、将来のことも考えて……でも、そうだな」

男「自分の限界を知ったというか、ある意味、逃げてきたのかもしれない」

男「うん……そんなところだ」

妹「その実は……」

男「ん?」

妹「昨日、初めてお母さんに会ったんです」

男「あ、うん」

妹「その、今までは記憶を失ってるわたしと会う覚悟がなくて」

妹「でも、勇気を振り絞って会いにきたって、そう正直に話してくれました」

男「……そうか」

妹「嬉しかったです」

妹「優しそうな方で、どことなく顔立ちも自分と似てて」




104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:28:58.46 ID:xt8eLDEu0
妹「本当にわたしはこの方の娘なんだなって……そう実感できました」

男「それは良かった」

妹「それで、その時にこれ……」

男「なんだろ? ええと……写真?」

妹「はい」

男「映ってるのはお前だな。大学の入学式か?」

妹「そうです。お兄ちゃんも覚えてます?」

男「……ああ」

妹「お母さんは、他にもいっぱい思い出の写真を持ってきてくれたんですけど」

妹「これだけは唯一、ちょっと違って」

男「どういうことだ?」




105:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:29:28.16 ID:xt8eLDEu0
妹「……お兄ちゃんが」

男「俺が?」

妹「撮ってくれたんですよね」

男「…………」

妹「お母さんが言ってました」

妹「『お兄ちゃんは写真家を目指してた』って」

男「……それは」

妹「そう言った後、お母さんは……」

妹「少し、まずいこと言ってしまったような顔をしてました」

男「……そうか」

妹「目指してたんですよね、写真家」

男「うん」

妹「でも、どうしてやめちゃったんですか……?」

男「…………」




106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:30:44.85 ID:xt8eLDEu0
妹「すみません、人の傷口をえぐるみたいな真似をして」

妹「でも、その話を聞いた時に何か胸の奥で、ひっかかるものがあって」

妹「きっとそれは、自分の記憶を取り戻すきっかけになるんじゃないかなって」

妹「本当に、ごめんなさい……でも、無理なら」

男「……そうだな」

妹「お兄ちゃん?」

男「俺は小さい頃から、写真の魅力に取り付かれてた」

男「人の一瞬、物事の一瞬」

男「その場面で一番最高な瞬間を、写真という形で後世に残す」

男「そんな仕事をする写真家に、憧れていたんだ」

……………。
………。




112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:44:41.46 ID:xt8eLDEu0
親友『…………』

男『あーつまんねーな……』

親友『そういえば、もうすぐ小学生卒業だな』

男『うん、あっという間だった』

親友『中学生かー』

男『正直、心配だよな』

親友『何が?』

男『ほら、お前の妹』

親友『ああ……』

男『俺たちがいなくなっても、ちゃんとやってけるかな』

親友『大丈夫だろ? 見てくれはいい方だしさ』




113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:45:28.59 ID:xt8eLDEu0
男『どうすんだよ、逆に好きで意地悪するみたいな男子がいたら』

親友『はは、お前、そんなこと心配してんのか』

男『……ちょっとだけね』

親友『大丈夫。もし、そんなことがあったら』

男『どうする?』

親友『妹が必ず、俺たちに相談してくるはずだから』

男『つまり、その時に──』

男・親友『『そいつをボッコボッコにしてやろうっ!』』

男『ぷっ』

親友『くっ』

男・親友『『はははっ!』』




114:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:46:00.28 ID:xt8eLDEu0
男『やっぱり、お前とは気が合うよっ』

親友『俺も今、同じこと考えてた』

男『このまま、二人で仲良くやっていければいいよな』

親友『それこそ、妹もいれて三人でな』

男『ああ……』

親友『なんだ? どうかしたか?』

男『いや、もしあいつが男の子だったらなって思ってさ』

親友『ああ、そしたらもっと楽しかっただろうな』

男『うん……余計なこと考えなくても済むし』

親友『……余計なこと?』

男『……察してくれ』

親友『まあ、もう少ししたら俺たちからは離れていくかもな』




115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:46:34.85 ID:xt8eLDEu0
男『四年違いか』

親友『そういうこと』

男『……で、さっきからお前、何見てんだ』

親友『これのこと?』

男『うん』

親友『いや、世界を旅してる写真家の本』

男『そんな本見て、楽しいか?』

親友『めっちゃ楽しい』

男『ふーん……それはよく分かんないわ、俺』

親友『すごいんだけどなぁ……』




116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:56:00.79 ID:xt8eLDEu0
──親友宅

女性「今日は、よく来てくださいました」

男「いえ、こちらこそ……」

男「本来なら、もっと早く、お伺いすべきでした」

女性「いいですよ。その辺の事情は聞いていますから」

男「申し訳ありません……」

女性「どうぞ、線香をあげていって下さい」

女性「きっと、あの子も」

女性「長いこと、あなたに会いたがっていたはずですから」

男「…………」




118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/07(火) 23:56:25.82 ID:xt8eLDEu0
女性「久しぶりに親友同士が対面するんですね」

女性「きっと話したいこと、考えたいことがあると思いますので」

女性「私はリビングの方で待っております」

女性「全てが終わったら……そちらの方で、お話しましょうね」

男「ご配慮ありがとうございます」

女性「気を使わず、ゆっくりとなさっていって下さい」

女性「こうやって遺灰をまだお墓に入れないのも、あなたのためでしたので」

男「…………」

女性「では、また」

ガチャ……。




120:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:17:14.23 ID:xt8eLDEu0
男「…………」

男「…………」

男「……っ」

男「……は、はは……」

男「久しぶりに会ったと思ったら……」

男「こんな小さな壷に入っちゃうって……」

男「……何してんだよ……お前」

男「どうしてこんなことに……なっちゃったんだよ……」

男「ああ……」

男「…………」

男「……昔のこと、お前は覚えてるか?」

男「確か、あれは俺たちが中学生だった頃」




121:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:17:46.31 ID:xt8eLDEu0
男「漫画の巻頭グラビアにあるアイドルに俺が目を離せなくて」

男「そんで、お前にも共感して欲しくて見せたらさ」

男「いちいち、アイドルのポーズについての批判しまっくって」

男「そんなの誰も聞いてないって言うんだっ」

男「そんで、俺が言った」

男「『だったら、お前の言う最高のポーズはどれだよ』って」

男「そしたらお前、嬉しそうに鞄からどこぞの写真集持ち出してきてさ」

男「『このシーンはここが凄い』『このアングルはこの場面だから生きる』とかさ」

男「でも俺からすれば、その写真は全部、白黒だったから」

男「はっきり言って、微妙だったんだよ」

男「そしたら、そんな俺を見かねて、お前はこう言ったよな」




122:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:18:47.02 ID:xt8eLDEu0
男「『なら、この本の中でお前が一番好きな写真はなんだ?』ってさ」

男「…………」

男「分かったよ、もちろん、分かってる」

男「本当、お前ってやつはさ……死んでもなお、厄介な奴だ……」

男「でも……今は無理なんだよ」

男「それよりも、大切なことがある」

男「お前なら、全て成し遂げろって言うと思うけど」

男「不器用な俺は、どうやったって器用にはできないんだ」

男「結局、何かを為すためには、何かを犠牲にしなきゃいけない」




123:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:19:41.59 ID:xt8eLDEu0
男「だから、分かってくれ」

男「お前の気持ちは分かる……でも、それでも」

男「本当に……ごめんな……」

男「……要するに、俺は──」




男「敗者になっちまったんだよ……」




126:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:46:15.71 ID:xt8eLDEu0
──病院

男「……結局、あいつの形見を渡されちゃったな」

男「カメラ……」

男「……まだこれ、使ってたのか……」

男「…………」

男「よし、切り替えないと」

男「ふー……」

コンコン。
ガラガラ……。

妹「あっ、お兄ちゃん」

男「よっ!」

妹「今日も、来てくれたんですね」




127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:46:52.02 ID:xt8eLDEu0
男「そりゃ、愛しの妹のためだからな」

妹「ふふ。今日は一段と機嫌がいいみたい」

妹「何か、良いことでもありました?」

男「そうだなぁ……」

男「……久しぶりに、大切な人に会えたかな」

妹「……大切な人、ですか」

男「深い意味はないよ。ただ、懐かしかったんだ」

妹「懐かしい?」

男「今まで、無駄に逃げ回ってたんだけど」

男「会ってみると意外と気楽に話ができた」

妹「……いいですね、そういうの」

男「もっと早く、それこそな……」




128:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:47:55.61 ID:xt8eLDEu0
男「色々、話さなきゃいけないことがあったはずなんだ」

男「はは。俺は、やっぱり、どうしても駄目人間だよ」

妹「でも、お兄ちゃん」

男「ん?」

妹「これからがあるじゃないですか」

男「…………」

妹「やっと、その人と仲直りできたのなら」

妹「これからの関係を大切に。幾ら、過去を悔やんでも仕方ないんですから」

男「……ああ」

妹「今度、また会ったら、色々話し合ってくださいね」

妹「そうすれば、今までのわだかまりもきっと……」

妹「いつかは時が解決してくれるはずですから」

男「…………」




129:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:48:39.22 ID:xt8eLDEu0
男「……そう、だな」

男「また会ってみるよ」

妹「はいっ」

男「それこそ、かなり時間がかかっちゃうかもしれないけど」

男「いつか、きっと。また、会える日が来るはずだからさ」

妹「……?」

男「気付かせてくれて、ありがとう」

妹「……あの」

男「ん?」

妹「わたし、もしかして、見当違いなこと言っちゃいました?」

男「そんなことないって」




130:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 00:50:10.97 ID:xt8eLDEu0
妹「……でも」

男「それよりっ」

妹「え?」

男「ほら、これ」

妹「……あっ、カメラ?」

男「今から撮るぞ? 最高の表情してくれよ?」

妹「え、ええとっ、そんな急に……っ」

男「ハイチーズ」

妹「あっ……」

……………。
………。




188:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 20:58:53.69 ID:xt8eLDEu0
パシャ!

男『なっ……』

妹『もう不意打ちやめてよ、お兄ちゃんっ!』

親友『はは、ごめんごめん』

男『ったく、このカメラ好きめ……』

親友『でも、我ながら、今のはいい感じに撮れた』

妹『ほんとに?』

親友『ああ。いつに増して、可愛く写ってる』

妹『ふふ、ならいいや』

男『そうやってすぐに甘やかすなよ。だから、調子に乗るんだぞ?』




189:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 20:59:39.50 ID:xt8eLDEu0
妹『でも、兄さんとツーショットだったよ?』

男『いや……まあ、うん』

妹『あとで、焼き増し貰おうね』

男『……お、おう』

親友『はは、いつもお前は妹に弱いな』

男『うるさい。いいから、お前も宿題手伝え』

親友『だから、俺の答えを見せてやってるじゃん』

男『時間がないんだって。書き写し手伝ってくれよ』

親友『そこまでは面倒見切れないって。頑張れ』

男『……はぁー』




190:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 21:00:07.22 ID:xt8eLDEu0
妹『兄さん』

男『……ん?』

妹『わたしは手伝ってるから、えらいよね』

男『ほんと、お前は兄と違って優しいやつだなぁ』

妹『いいのいいの。困ったときはお互い様』

親友『……ほー、お前もそんな言葉知るようになったのか』

妹『まあね』

男『四歳も年下には見えないな。えらいえらい』

妹『へへへ』




191:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 21:00:44.31 ID:xt8eLDEu0
親友『…………』

親友『よし』

パシャッ!

男『あっ、お前っ!』

妹『あれ? 今、もしかして、お兄ちゃん撮った?』

男『フィルムをかせーっ!』

親友『やなこった!』

男『ま、まてっ! 逃げるなぁ!』

だだだだだっ……。




195:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 21:21:58.27 ID:xt8eLDEu0
──親友宅

男性「わざわざ、来てもらってすまない」

男「いえ」

男性「今後について、改めて、話し合う必要が出てきた」

女性「…………」

男「それは……」

男性「母さん」

女性「実は、あの子の退院が昨日、決まったんです」

男「……退院ですか」

男性「もちろん、私は反対したよ」

男性「ずっと病院にいてくれたほうが、安心だからだ」

男性「……だが」

女性「それじゃあ、あの子が可哀想だと思いまして」




196:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 21:22:51.99 ID:xt8eLDEu0
女性「私がこの人を説得したんです」

男「……その、記憶の方は?」

男性「まだ戻ってない」

男「……はい」

男性「だからこそ、形としては自宅療養となると思う」

男性「医者は前の環境に合わせたほうが、記憶の戻りの促進に繋がると言っている」

男性「いや……本当は、思い出してなど欲しくないのだがな」

女性「…………」

男性「私たちからすれば、今のままの彼女でいい」

男性「確かに、思い出を共有できないという悲しさはあるが」

男性「……あの子の命には替えられないからな」




197:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 21:23:20.53 ID:xt8eLDEu0
男「じゃあ……大学は?」

女性「そのことなんですが、実は、学長さんに休学願いを提出しました」

男「そうですか……」

女性「記憶がないあの子からしたら、見る人会う人が初対面のはずですし」

女性「下手に仲良かった人たちと出会ったら、逆に混乱しちゃうと思うんです」

男「…………」

男性「……君が言いたいことは分かる」

男性「だが、私たちにはもう他に選択肢がない」

男「はい……」

男性「分かってくれ……親の私たちでさえ本当は辛いんだ」

女性「…………」

男「…………」

男性「……そこで、君に折り入って話がある」




204:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:16:21.60 ID:xt8eLDEu0
男「……話?」

男性「いや、ここからが今日の本題だと言ってもいい」

男「……どういった話でしょうか?」

女性「その前にまずは謝らせて下さい」

男「謝るって……」

女性「あなた」

男性「ああ……」

男性「子供たちと昔からの付き合いだった君に」

女性「死んだ息子の代わりになってくれ、なんて残酷な真似をしてしまい」

男性「本当に、申し訳ないことをした……」

女性「この通り、申し訳ありません」




205:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:16:37.31 ID:xt8eLDEu0
男「そ、そんなっ、いいから、顔を上げて下さいっ」

男性「にもかからずっ」

男「……えっ?」

ダンッ!

男「……立ち上がって、一体、何を……」

女性「……ごめんなさい」

男「……あ……」

ドン……ドン……。

男「…………」

男「……あ」

男「ああ」

男性「…………」

女性「…………」




206:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:17:05.61 ID:xt8eLDEu0
男「──僕に土下座なんてやめて下さいっ!」

男性「頼むっ! この通りだっ!」

男「いいからっ、早く立って……」

男性「あの子が退院しても、彼女の兄を演じ続けてくれ!」

男性「この家に住んで、この家で、あの子を支えてやってくれっ!」

女性「一生のお願いです……っ」

男「……そんなこと、言われなくても……っ」

男「……って」




207:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:17:33.71 ID:xt8eLDEu0
男「……あれ?」

男性「……いいのか?」

男「え?」

男性「文字通り、始めたら最後……」

男性「君は息子の代わりをするだけじゃなくなるぞ」

男「……それは……」

男性「端から見れば、君は私たちの息子となる」

男「……俺が……?」

男「……息子……」

………。
……………。




208:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:17:57.31 ID:xt8eLDEu0
親友『なあ、知ってるか?』

男『ん?』

親友『世の中には、「弱肉強食」って言葉があるだろ?』

男『ええと、弱いものは強いものに食われるってことだっけ?』

親友『そうそう、もっと具体的に言うとさ』

親友『この社会は弱い奴の犠牲によって栄えてるってこと』

男『……う、ん』

親友『お前はそれ、どう思う?』

男『つまり、強者と敗者がいるってことだよな』

親友『そうそう。んで、敗者は要は社会の犠牲者みたいな感じかな』

男『……んーなんだろうな』




210:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:18:26.53 ID:xt8eLDEu0
親友『結局、勝者ってのは、自分の思い通りになんでも出来る訳』

親友『でも、みんなが思い通りに行動をしてたら、社会が回らなくなる』

男『それは俺でも分かるよ』

親友『じゃあ、我慢してるのは?』

男『敗者?』

親友『そういうこと』

男『……うわぁ……大人になりたくねぇな……』

親友『もし仮にさ、将来、俺たちが勝者じゃなくて敗者になっちまった時』

親友『どうすれば、そこから抜け出せられると思う?』

男『いや、もう無理なんじゃない?』

男『貧乏くじ引いてる時点で、もう泥沼じゃん』

親友『うん……そう普通は思うよな』




211:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:19:05.77 ID:xt8eLDEu0
親友『でも俺、気づいちゃったんだよ』

男『何を?』

親友『とっておきの、抜け出し方法』

男『……え?』

親友『実は、すごい簡単な事なんだ。なんで、みんな知らないのってぐらい』

男『教えてくれよっ』

親友『仕方ないなぁ。本当は誰にも言いたくないんだけどな』

親友『……お前だけは特別だ』

男『さすがっ!』

親友『方法は簡単さ。よく聞いとけよ?』

親友『それは──』

……………。
………。




212:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:19:36.52 ID:xt8eLDEu0
男性「……断るのなら、この瞬間にして欲しい」

男性「始めてしまったから、辞めたいと言われても困るんだ」

男「…………」

男性「前に君は私に聞いた。『終わりはいつですか』と」

男性「分かるだろ? 終わりがあるとしたら、今だ」

男「……はい」

男性「……終わりにしてくれてもいい」

男性「だが、今のあの子は、君をこの世界で一番頼りにしている」

男性「本当の兄じゃないと疑うことも知らずに、信じきっている」

男「…………」

男性「実の兄が、自分のせいで死んでしまい」

男性「ついには自責と後悔の念に耐えきれず」

男性「自分が自殺未遂を謀ったということも知らない」

男「……っ」




213:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:20:08.98 ID:xt8eLDEu0
男性「残念ながら、彼女に必要なのは私たちじゃないんだ」

男性「私たちが代わりをやれるなら、何を捨ててでも成し遂げる」

男性「けれど、現実は不条理だな」

男性「あの子が、この世界で、唯一必要としているもの……」

男性「皮肉にも、それは君なんだ」

男「……それは」

男性「止めてくれても、一向に構わないぞ」

男性「けれど、君には捨てられるのか?」

男性「あの子を……──見殺しに出来るか?」

男「…………」




217:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:34:20.65 ID:xt8eLDEu0
──病院

パーンっ!

妹「きゃっ」

男「退院おめでとうっ!」

妹「お兄ちゃん……もう、びっくりしました……」

男「はは、それは良かった」

妹「もう、病院でクラッカーなんて迷惑ですよ?」

男「妹の新たな門出なんだ。せめて盛大にと思ってな」




220:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:51:29.01 ID:xt8eLDEu0
妹「めっ、ですよ」

男「なんだそれ」

妹「あれ、わたし、なんか変なこと言いました……?」

男「言っただろ。『めっ』て」

男「俺をやんちゃな子供だと思って、言ったのか?」

妹「いや、その……なんか、不意に」

妹「ていうか、そもそも、お兄ちゃんが悪いんですから」

妹「もっとすまなさそうにしないと、駄目です」

男「まあ、確かにそうだな」

妹「ニヤニヤしないっ!」

男「無意識なんだから、許して」

妹「だーめーですー」




221:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:51:52.32 ID:xt8eLDEu0
男「ならこの顔は?」

妹「どことなく小馬鹿にされてるみたいです」

男「……んー、ならこれ」

妹「……今度は、イヤらしいですね」

男「なら……んっ、よしこれでイケメンになったろ?」

妹「……はぁ」

妹「今日はいつになく、テンション高いですね」

妹「でも、そんなことしてると、彼女さんに嫌われますよ?」

男「そう思うだろ?」

妹「……えっ」

男「こう見えてもな、俺の学生時代はなー」

妹「は、はい」

男「…………」




222:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:52:06.87 ID:xt8eLDEu0
男「やっぱり、モテなかった」

妹「……ですよね」

男「同意しないでくれない? ちょっと悲しいよ?」

妹「そう言われても……」

男「しかし、最近のお前って、毒舌じゃないか?」

男「ほんと、初めのしおらしい子が嘘のようだ」

妹「それはわたしが言いたいです」

男「なんで?」

妹「お兄ちゃんも、前はもっと丁寧なしゃべり方でした」

男「そうか?」

妹「覚えてないんですか? 例えば……」




223:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/08(水) 22:52:16.33 ID:xt8eLDEu0
妹「『いいんだ。気にしなくていいよ』」

妹「『ちょっと疲れさしちゃったみたいだね』」

妹「『……うん、日を改めて、また来るから』」

男「……確かに」

妹「少女漫画に出てくる好青年みたいでした」

男「いいんだ。今の方が本来の俺に近いし」

妹「ちょっとげんなりですね」

男「それより……そろそろ、家に向かうか」

妹「あっ、はい」

男「病院の横に車を止めてあるんだ。急ごう」




293:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:39:27.74 ID:xt8eLDEu0
――車内

男「そうだ、少し言い忘れたことがあった」

妹「何ですか?」

男「ほら、父さんと母さんの二人、今日、病院に来なかっただろ?」

妹「……あ、はい」

男「ちゃんとした理由があるんだ。話してもいいか?」

妹「別に……特に何とも思ってませんよ」

男「いや、聞いてくれ。二人とも本当は来たがっていたんだけど」

妹「…………」

男「親父は取引先との急な仕事が入って、休日出勤」

男「お袋は、親戚の方が突然倒れたっていうんで、急いで病院に行ったんだ」

妹「……そうですか」




294:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:39:52.93 ID:xt8eLDEu0
男「二人とも悪気があったわけじゃない」

男「お前の病院に行こうとするのを、俺が何とか食い止めて」

男「だからさ、今日は俺だけだったけど、許してくれよ?」

妹「……ふふ」

男「へ?」

妹「もうそんな必死にならなくてもいいですよ」

妹「今日、お兄ちゃんが異様にテンションが高い理由も分かりましたから」

妹「本当は、わたしに気を遣ってくれたんですよね?」

男「……いや、それはだな……」

妹「それに、思うんです」

男「ん?」




295:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:40:57.65 ID:xt8eLDEu0
妹「逆に、お兄ちゃんだけでよかったなって」

男「…………」

妹「もし二人がいたら、なんだか、緊張してしまって」

妹「気まずい空気が流れてたかもしれません」

男「……そんなこと」

妹「本当は、もっと自然に振る舞えればいいんですけど」

妹「やっぱり、親と子の関係って、そう簡単にはいきませんね」

男「なら、兄妹は?」

妹「『友達』……みたいな感じかな?」

男「…………」

妹「どうかしました?」

男「いや、気にしなくていい」

男「それより、もうそろそろ、家に着くぞ」

妹「は、はい」




296:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:41:14.34 ID:xt8eLDEu0
男「緊張してる?」

妹「……ええと」

男「…………」

妹「…………」

男「……不安か?」

妹「え……?」

男「知っているはずの家に戻るはずなのに」

男「何の感慨も覚えない自分が怖い?」

妹「……それは」

男「大丈夫、焦る必要はないから」

男「仮に今後、過去を思い出さなかったとしても」

男「あの二人はきっとお前を温かく迎えてくれるはずだ」

妹「…………」




297:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:41:36.53 ID:xt8eLDEu0
男「もちろん、俺も含めてね」

妹「……うん」

男「よし、なら安心だな」

妹「お兄ちゃん……ありがと」

男「はは、感謝されて嫌な奴はいないよなぁ」

妹「……ふふ」

男「……さて」

キキッ……。

男「我が家への到着です」

妹「……うん」

男「ちょっと待ってろ。エスコートする」

妹「え?」

バンッ……トコトコ……。

……ガチャ。




298:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:42:01.45 ID:xt8eLDEu0
男「さて、どうぞ」

妹「……意外と紳士なんですね」

男「だろ?」

妹「ふふっ」

男「ほら見ろよ。豪華な周りの家々に引けを取らないぐらい」

男「我が家も、捨てたもんじゃないだろ?」

妹「……うん」

男「早速、入ろうか?」

妹「ちょっと待って」

妹「もしかしたら……何か……」




299:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:42:20.67 ID:xt8eLDEu0
男「……ん」

妹「……いや」

妹「だめ……みたいですね」

男「無理するなよ?」

妹「……分かってはいるんですけど、やっぱり……」

男「家にも思い出の品は一杯あるからさ」

妹「うん……」

男「開けるぞ?」

ガチャリ……。

妹「…………」

妹「……え?」




300:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:42:37.41 ID:xt8eLDEu0
パンッ、パーンッ!

男性・女性「「退院おめでとうーっ!!」」

妹「う、うそ……だっ、だって……」

男「はははっ」

妹「まさか……」

男「簡単な騙しのテクニックだよ」

男「一度、小さなサプライズをやって、油断させる」

男「そして、そこから……」

妹「お、お兄ちゃんっ」

男「どうだ? 最高だったろ?」

妹「もうっ! 本当にびっくりしたんだから……」

男「お叱りは後で聞くよ、今は……」

妹「あっ……」




301:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:42:57.69 ID:xt8eLDEu0
女性「本当におめでとう……こっちに来て頂戴」

妹「は、はい」

ギュッ……。

妹「お、お母さん?」

女性「…………」

妹「あの……」

男性「お前が、どんなことになろうとも」

男性「決して、私たちの絆が切れることはない」

妹「…………」

男性「安心しろ」

男性「ここが、お前の居場所だから」

男性「家族四人で乗り切ろうな……」

妹「……っ」

妹「……は、はい……」

男「…………」




302:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:43:19.80 ID:xt8eLDEu0
──リビング

女性「さーて、準備は整ったかしら」

男性「おー、今日はいつに増して豪華な夕飯だなっ」

女性「お祝いの日だからね。かなり奮発しました」

男「確かに、これはご馳走だなぁ」

妹「食べきれるかなぁ……」

男「なんだ? みんなの分も全部、食うつもりか?」

妹「は……?」

男「こりゃまた、凄い食欲だな」

妹「ち、違いますっ!」

男性「確かに、昔から食いっぷりは良かった」

妹「お、お父さんまで!」




303:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:43:41.70 ID:xt8eLDEu0
男「はは、やっぱりそうじゃん」

妹「お兄ちゃんっ!」

女性「そろそろ、可愛い妹弄りはその辺にしときなさい」

女性「ほら、温かいうちに食べましょ?」

女性「お父さん、いつものお願いしますね」

男性「分かった」

男性「じゃあ、みんな、手を合わせて」

男「よし」

妹「は、はい」

男性「頂きます」

男・妹「「いただきまーすっ」」

……………。




304:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:44:06.02 ID:xt8eLDEu0
男「いやぁ……食った食った……」

妹「もう何も食べられないです……」

女性「ありがとうね。綺麗に完食してくれて」

男性「ふぅー、やっぱり母さんの作る飯はうまいな」

男性「さて……食後の一服を」

女性「お父さん、煙草はベランダで吸って下さい」

男性「まあ、そう堅い事は言わずにな」

男性「どうだ、お前も吸うか?」

男「……ええと、止めとくよ」

女性「あら? いつ頃から吸うの止め……」

男性「母さん」

女性「……あっ」

妹「?」




305:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:44:36.01 ID:xt8eLDEu0
女性「で、でも、いい傾向ですよ」

女性「やっぱり、このご時世、煙草を吸う男性はだめよね?」

妹「え? いや、どうでしょうか……」

男「最近は、嫌いな人多いからね」

男「父さんも早くやめないと、秘書の人たちに嫌われるよ?」

男性「今更止めたところで、好感度は上がらないさ」

男「はは、そりゃそうか」

妹「あの、昔は、お兄ちゃんも吸ってたんですか?」

男「……うん、そこそこね」

妹「へー意外」

男「そうか?」

妹「なんか、そういうの吸う感じの人には見えないですね」

女性「顔が童顔だからね」




306:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:45:03.87 ID:xt8eLDEu0
妹「ふふ、分かります。少し、男らしさには欠けてるかも」

男「止めてくれよ、気にしてるんだから」

妹「今日の意地悪のお返しですよーだっ」

男「根に持つ奴だなぁ……」

男性「…………」

男性「……本当に仲がいいな」

女性「そうですね」

妹「え?」

女性「こんなこと言うと、あなたは傷つくかもしれないけど」

女性「記憶を失ったとは、到底、思えないぐらい」

妹「そ、そう見えますか……?」

男「…………」

男性「……ああ」




307:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:45:24.09 ID:xt8eLDEu0
男性「かつての頃のままだ……」

男性「何もかも……」

女性「…………」

妹「……ええと」

男「…………」

男「……つまり、だ」

妹「え?」

男「俺たち兄妹には、次元を超えた見えない絆があるわけさっ」

ぎゅっ。

妹「ちょ、ちょっと兄さんっ!?」

男「過去なんて関係ないぞーっ」

男「昔から大好きだー、妹よっ!」

妹「抱きつくの、止めてっ。禁止ーっ!」




308:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:45:39.94 ID:xt8eLDEu0
男「はは、顔真っ赤にしてやんの」

妹「はぁー……はぁー……」

妹「もう急になんてことするんですか……心臓に悪いです……」

男「心の準備が必要だったか?」

妹「そうです。これから、抱きつく時には事前に言って下さいよ」

男「いや、兄妹で抱きつくシーンなんてそうそうないから」

妹「あっ……そうでした」

男「でも、お前が良いっていうなら──」

妹「へ?」

ぎゅうっ!

男「何度だって抱きしめてやるぞーっ!」

妹「ちょっ、心臓がっ! 事前にっ! 約束違うーっ!」




309:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:46:02.45 ID:xt8eLDEu0
──親友の部屋

男「…………」

男「……今日は、疲れたな」

バタン……。

男「はー……」

男「いいのかな……」

男「……本当にこれで間違ってないんだろうか……」

男「…………」

男「……ええと、カメラはどこに……」

男「ん、あった」

男「……よし、これで」

男「…………」

男「……なあ、親友」




311:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:46:33.25 ID:xt8eLDEu0
男「もしかしたら、俺は、最低なことをしてるのかもしれない」

男「アイツを騙して、お前に成り代わって」

男「……うん」

男「やっぱり、俺は最低だよ」

男「…………」

男「……お前の両親に頼まれた時な」

男「正直、本当は困った」

男「だって、ずっと前から、早くこの関係が終わればいいと思ってたから」

男「他人だったお前を演じるのは、難しいし」

男「それに……お前との友情を踏みにじってる気がするから」

男「なぁ……?」

男「お前……怒ってないか?」

男「本来なら、この日常は、決して俺のもの何かじゃない」




313:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:47:09.96 ID:xt8eLDEu0
男「お前は死んじまったけど、俺が成り代わっていいものじゃないはずだ」

男「結局、俺はさ……」

男「土下座して頼み込んだ二人の願いを渋々聞いてやって」

男「妹のためだから、見殺しにはできないから、なんて理由つけて」

男「そんな体裁を守れないと、踏み出せないちっぽけな人間なんだ……」

男「……多分、お前は言うと思う……」

男「『やるなら、やりきれ』『迷うな』って」

男「……でも、俺は」

男「こうしている間も、この行動の善悪を決めかねてる」

男「ぐだぐだと、正解のない問いを悩み続けてる」

男「……そのくせ」




314:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:47:29.99 ID:xt8eLDEu0
男「俺が、とうの昔に失った……」

男「家族っていう幸せの形を、楽しんでる……」

男「……どうだ? 最低だろ?」

男「……なあ、親友」

男「……頼むからさ……」

男「返事してくれよ……」

男「……俺を……罵ってくれよ……」

男「…………」

男「……はぁ」

男「…………」

男「ん?」




315:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:47:53.19 ID:xt8eLDEu0
ピピピピッ……。

男「……え? 電話?」

男「ええと……このタイミング……」

男「いや、違う。そんなことある訳がない……」

男「……母さんだ」

男「そういえば、最近電話してなかったからなぁ……」

ピピピピピッ……。

男「…………」

男「…………」

ピピピピピピッ……。

男「…………」




316:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 18:48:15.04 ID:xt8eLDEu0
ピピッ……ピッ……。

男「…………」

…………。

男「……ふぅ……」

男「…………」

男「……出れるわけ、ないよな……」

……………。
………。




324:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:31:29.30 ID:xt8eLDEu0
男『…………』

男『……すぅ……すぅ……』

──■■□ッ!

男『……ん?』

男『あれ……今、なんか音がしたような……』

男『……一階?』

男『…………』

男『まだ父さんと母さん、起きてるのかな……?』

ガバッ……。

男『……行ってみよう』

トコトコ……ガチャ。

……………。




325:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:31:51.88 ID:xt8eLDEu0
トコトコトコ……。

男『…………』

男『……ん?』

男『…………』

男『……あっ』

?『一体、こ……から……のよっ!』

?『まだ家の……も、あなたっ……分……てるの!?』

男「これは……』

男『……母さんの声……?』

男『もしかして……』




326:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:32:44.40 ID:xt8eLDEu0
父親『うるせぇっ! 言われなくてもそんなこと分かってる!』

母親『だったらどうして!?』

父親『仕方ねぇだろ、クビになっちまったんだからさっ』

母親『いい加減にしてよっ! また酔って帰ってきたと思ったら』

母親『急に、会社を辞めさせられたじゃ、こっちも納得できないわっ!』

父親『何を聞きたいんだっ』

母親『辞めさせられた理由よっ!』

父親『……それは』

母親『いいから言って! あなた、一体、何したっていうのっ!?』

父親『……った』

母親『聞こえないわっ。もっと大きな声で言って!』

父親『あーもうっ! 殴ったんだよっ!』




327:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:33:11.35 ID:xt8eLDEu0
母親『……殴った? だ、誰を?』

父親『前から言ってた、いけ好かない上司だよ……』

母親『……どこで』

父親『昼間、会社の中でだ』

母親『……そ、そんな……』

父親『腹が立ったんだ。いつも俺に雑用ばっかり押し付けて』

父親『その割に、何かあると責任は俺にあるとほざく』

母親『…………』

父親『それでも、俺は我慢した方だ』

父親『けど、結局、こうなる運命だったんだよ』

母親『……ああ……』

母親『…………』

父親『ふんっ……』




328:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:34:02.96 ID:xt8eLDEu0
母親『…………』

母親『……ねぇ』

父親『あっ? まだ、文句あんのか?』

母親『……もしかして、あなた』

父親『何だよ』

母親『そのときも、酔ってたんじゃないでしょうね?』

父親『…………』

母親『質問に答えて』

父親『……だからさ』

母親『アルコール中毒のあなただけど』

母親『会社に酒を持ち込んでたりしないわよね?』

父親『…………』




329:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:34:27.31 ID:xt8eLDEu0
母親『……なんで、黙ってるの?』

母親『何か、言ってよ』

父親『……それは……』

母親『なに?』

父親『……つい、な……』

母親『……なっ……』

父親『…………』

母親『最低よっ! あなたは本当に人間の屑っ!』

父親『……そこまで──』

ガシャーンっ!

父親『いてっ……』




332:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:35:06.71 ID:xt8eLDEu0
母親『こんな時ぐらい、酒を飲むのはやめなさいっ!』

父親『な、なにすんだっ!』

母親『毎日、帰ってくるのは深夜をとうに回って』

母親『時には、女の香水つけた背広で機嫌良く帰ってくる』

母親『暇さえあれば、酒は飲むわ、煙草は吸うわ』

母親『あなたは夫としても、父親としても、失格よっ!』

父親『……っ』

ガタンッ……。

母親『な、何をっ……』




333:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:35:38.84 ID:xt8eLDEu0
バチッ!

母親『きゃっ……』

父親『言いたいことを言わせておけばっ!』

父親『くそっ! なんで、お前に、そこまで言われなきゃいけない!』

母親『……叩いたわね……』

父親『あっ?』

母親『……もう嫌……もう、いやよ……』

母親『これ以上は耐えられない……』

父親『何だと?』

母親『……私と、別れて下さい』

父親『……あ?』

母親『お願いですから……もう、別れて下さい』

父親『なっ……』

父親『こ、この……糞女が……』




334:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:36:09.37 ID:xt8eLDEu0
母親『……お願いです……』

父親『うるせぇっ!』

バンッ!

母親『……うっ』

父親『別れないぞっ! 絶対に別れてやるもんかっ!』

バゴッ!

母親『……くふっ……』

父親『お前だけいい思いをするなんて、そんなこと……』

たたたたたっ!

父親『あ……』

男『やめてっ!』

ガバッ……。

母親『……男……?』




335:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:36:41.62 ID:xt8eLDEu0
男『もう母さんに乱暴するなっ!』

父親『ち、違うんだ……』

男『殴るなら俺を殴れっ。それで気が済むなら、我慢するからっ!』

父親『……あ、ああ……』

男『母さん……母さん……』

母親『……う……うぅ……』

男『もう大丈夫だから……大丈夫だからさ』

母親『……うぅ……ああ……うあああ……』

男『うん……僕が、母さんを守るよ……』

父親『…………』

父親『……俺は』




336:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 19:36:53.50 ID:xt8eLDEu0
父親『な、なんてことを……』

父親『………ああ』

父親『…………』

父親『……手が震える』

父親『……駄目だ……』

父親『……もう……』

父親『俺は……』

父親『…………』




342:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:19:06.58 ID:xt8eLDEu0
……………。
………。

男「…………」

……ン……ン。

男「…………」

コンコンっ!

男「あっ……」

……ガチャ。

妹「……お兄ちゃん?」

男「な、何だ……?」

妹「結構、扉をノックしたんですよ」

男「あ、ああ……気づかなかったみたいだ……」




343:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:19:24.58 ID:xt8eLDEu0
妹「その、大丈夫……?」

男「……何がだ?」

妹「顔、真っ青です……」

男「……え」

妹「体調が悪いなら、また明日にしますよ?」

男「いや、いいんだ……」

妹「で、でも……」

男「ほら、入って入って」

妹「……お兄ちゃんがそう言うなら」

男「よし」

男「でも……ちょっとだけ、時間くれ」

妹「はい……」




344:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:19:48.71 ID:xt8eLDEu0
男「…………」

妹「…………」

男「……ふぅー……」

妹「お兄ちゃん……?」

男「いや、少し嫌な記憶を思い出してな」

妹「嫌な記憶?」

男「まぁ、なんていうか……」

男「思い出したくない過去って、誰にも一つや二つあるだろ?」

妹「……その」

男「ん?」

妹「わたしは昔のこと覚えてないので……」

男「……あっ、ごめん……」




345:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:20:11.60 ID:xt8eLDEu0
妹「いや、いいんです」

男「くそっ……何やってんだ俺」

妹「余り気にしないで下さいね?」

男「本当に悪い……まだ頭がうまく切り替わってないみたいだ」

妹「……あの──」

妹「聞いてもいいですか?」

男「ん? 今、思い出した過去をか?」

妹「そうじゃなくて……その」

男「うん」

妹「昔の記憶があるって、どんな感じなんですか?」

男「……それは」

妹「やっぱり、唐突にぱっと思い浮かんだりするんですか?」

男「……たまにだけどね」




346:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:20:32.45 ID:xt8eLDEu0
妹「それは楽しかった記憶も?」

男「もちろんだ……というより」

男「嫌な記憶を思い出すなんてことはめったにない」

妹「でも、時にはある……」

男「……稀にだけど」

妹「そういう時、お兄ちゃんはどうしてます?」

男「どうするっていうのは?」

妹「辛くて苦しくて、とっても悲しいような、嫌な思い出が沸き起こった時」

妹「お兄ちゃんは、それをどうやって対処してるんですか?」

男「……そうだな」

妹「…………」




347:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:21:05.55 ID:xt8eLDEu0
男「受け入れる」

妹「『受け入れる』?」

男「……どう足掻いたって、過去は変えられない」

妹「……はい」

男「どんなにやるせなくて、なんとかしたくても」

男「過ぎてしまった日々は、もうやり直すことは出来ないんだ」

妹「…………」

男「だから、受け入れる」

男「前へと進む」

妹「……ん」

男「そうしないといけない」

男「いや、そうするしか方法がない」




348:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:21:34.90 ID:xt8eLDEu0
妹「……そうですか」

男「俺もさ、昔やったヘマを今でも思い出す」

男「何で、あの時、ああしてなかったんだろうって」

男「悔しくて、でも、どうしようもなくて」

妹「…………」

男「苦しいし、もがき続けてしまうこともあるよ」

男「でも、それに意味はないんだ」

妹「本当に?」

男「うん」

男「後悔をし続けても、その先には何もない」

男「終わり無き道が永遠と続いているだけなんだ」

妹「…………」

男「だからこそ、時には振り返ってしまうかもしれないけど」

男「ひたすらに、必死に、前へと足を進める」




349:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:22:03.30 ID:xt8eLDEu0
男「結局、それが一番なんだ」

妹「……凄いですね」

男「……そう思うか?」

妹「はい、凄く強いと思います」

男「……強くなんかないよ」

妹「でも、そうやって過去を乗り越えられるって」

妹「そう容易くできない気がするんです」

男「……俺は、ただ」

男「『今』に必死なんだと思う」

妹「……今……」

男「だから、後ろを振り返る余裕がないだけなんだ」

男「強くなんかないし、凄いわけでもない」

男「ただ、がむしゃらに生きてるだけ」




350:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:22:32.68 ID:xt8eLDEu0
妹「……それでも」

妹「わたしは、お兄ちゃんを立派だと思いますよ」

男「…………」

妹「いつか、わたしも」

男「……ん?」

妹「これから、仮に記憶が戻ったとしても」

妹「そうやって、前へと進むような強い意志があるといいです」

男「…………」

妹「わたしが記憶を失った理由。自らで、自分の命を断とうと思った訳」

妹「お兄ちゃんは事情を知っていると思いますが」

妹「それを、わたしは何ひとつ知りません」

男「……うん」

妹「相当、辛い過去なんだと思います」




351:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:23:01.31 ID:xt8eLDEu0
妹「だからこそ、今のような自分になったんだと思います」

男「……それは」

妹「お兄ちゃんのような、強い意志」

妹「躊躇わず、今を生きようとするその覚悟」

男「…………」

妹「わたしに、その時が来ても」

妹「どうか、授かっていますように」

男「……妹」

妹「もし、それでも──」




352:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:23:24.83 ID:xt8eLDEu0
妹「わたし一人じゃ、どうにもならない程のものだったとしたら」

妹「お兄ちゃん……」

男「……ああ」

妹「わたしの側にいて……」

妹「一緒に、背負ってくれますか? 助けてくれますか?」

男「…………」

男「……もちろん」



男「──そのつもりだよ」



……………。
………。




357:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:55:35.21 ID:xt8eLDEu0
男『今度こそ、負けないからなっ』

親友『倒せるもんなら倒してみろよ』

男『ちっ、いい気になりやがって』

親友『そりゃ、今まで全勝だから、いい気分ではあるね』

男『くそっ……絶対に倒してやる』

妹『頑張れーっ!』

親友『……おい』

妹『もぐもぐ……ん? わたし?』

親友『菓子食ってばかりいる、そこのお前だよ』

妹『なによ、お兄ちゃん』

親友『そうだ、お前は俺の妹だろ?』

妹『だから?』




358:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:55:52.55 ID:xt8eLDEu0
親友『応援するのは、俺にしろって』

妹『んー……』

妹『やっぱ、兄さんを応援する』

親友『なっ……』

男『残念だったな。この子は優しい『兄さん』がいいみたいだ』

なでなで。

妹『ふふっ』

親友『ちっ……今に見てろよ』

男『はは、燃えてきたじゃねぇかっ』

……………。




359:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:56:12.44 ID:xt8eLDEu0
男『よっしゃーっ!』

妹『やったね! 兄さんっ!』

親友『……まぐれだ……絶対、まぐれだ……』

男『うおおおっ! 勝利の雄叫びっ!』

妹『ひゃあほおおおっ!』

ぎゅっ。

男『この可愛いやつめっ!』

妹『うわっ、に、兄さん……』

男『あ……ご、ごめん』

妹『……え、ええと』

男『その……感極まってさ……本当に悪い……』

妹『い、いや、別に……』




360:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:56:31.76 ID:xt8eLDEu0
親友『…………』

親友『おーい、そこのお二人さん』

男・妹『は、はいっ!?』

親友『キリもいいし、そろそろゲームを止めよう』

男『ん? いいのか、俺の勝ちで終わりで』

親友『ふんっ、たかが一勝で何言ってんだよ』

男『……まあ、そうりゃそうだけど』

妹『良かったね、兄さん。勝ち逃げだよ』

男『お、おう』

親友『そんなことより──』

親友『じゃーん、これはなんでしょう?』

男『ん? ビデオ?』

妹『あっ!』




361:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:57:16.42 ID:xt8eLDEu0
親友『実は、こないだ借りてきた映画があるんだ』

妹『……それは……』

男『?』

親友『他の奴は全部二人で見たんだが』

親友『この一本だけは、未だに見る事ができない』

妹『お兄ちゃん……やめようよ……』

男『どういうことだ?』

親友『見てみろ』

男『……ん……』

男『……ホラー映画か?』

親友『正解』

妹『……うぅ……』

男『ああ、だから嫌がってたわけか』




362:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:57:27.53 ID:xt8eLDEu0
親友『そこで、今日こそは、これを見ようと思う』

妹『お兄ちゃん……やめようよ……』

親友『何だよ、お前、約束しただろ?』

親友『『兄さんも入れて、三人なら見る』ってさ』

妹『言ったけど……』

男『…………』

親友『てなわけで、鑑賞タイムだ』

親友『部屋も暗くして、雰囲気も出そう』

……………。




363:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:57:45.26 ID:xt8eLDEu0
──ぎゃあああああああっ!

妹『きゃああああああっ!』

ぎゅっ!

男『……あっ……』

妹『やだやだっ! もういやっ!』

親友『うわぁ……想像以上にグロいな……』

妹『兄さん兄さんっ』

男『……な、なんだよ』

妹『もう……怖いシーン終わった?』

親友『終わったぞ』

──うぎゃあああああああっ!

妹『嘘つきっ!』

親友『はははっ、騙されるほうが悪いんだぞ』




364:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:58:13.68 ID:xt8eLDEu0
妹『もうやだよぉ……やめようよぉ……』

ぎゅっ!!

男『……お、おう』

親友『本当に、妹は怖い系、苦手だよなぁ』

親友『あー、部屋からカメラもってくれば良かった』

親友『今なら妹のベストショット撮れたのになぁ』

男『おい、タチが悪いぞ』

妹『そうだよ、お兄ちゃんっ!』

親友『分かってるって。撮らないからさ』

妹『……兄さん、終わった?』

男『……うん、大丈夫』




365:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 20:58:52.08 ID:xt8eLDEu0
妹『はぁ……やっと見れるよ……』

男『…………』

妹『ねぇ、兄さん』

男『ん?』

妹『終わるまで、手握っててもいい?』

男『……え』

妹『だ、駄目かな?』

男『……い、いいよ』

妹『ありがと、兄さん』

男『…………』




370:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 21:57:25.41 ID:xt8eLDEu0
──会社

男「……あの」

上司「ああ、来てくれたか」

男「その、何か、ミスでもしましたでしょうか?」

上司「いや……お前は、ここ最近、よくやってくれている」

男「そうですか……でも、何の用件で?」

上司「聞いたぞ」

男「……は?」

上司「なぜ、もっと早く言わなかった」

男「すみません……その何の話か……」

上司「なかなか、隙を見せない奴だな」

上司「……いや、流石といったところか」

男「……はい?」




371:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 21:57:48.90 ID:xt8eLDEu0
上司「お前、社長の息子なんだろ?」

男「……え」

上司「さきほど呼び出されたよ」

上司「『いままで黙っていたが、実は……』とな」

男「社長からですか……?」

上司「ああ、全く気がつかなかった」

男「……その」

上司「別に隠していたことを怒っている訳じゃない」

上司「ただ、そんな重大なことに気づけなかった自分を恥じると同時に」

上司「驕りや高慢な態度をとらないお前を凄いなと思ってな」

男「……いや」

上司「正直に言おうか」

上司「ただただ、感心したよ。降参だ」




372:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 21:58:05.87 ID:xt8eLDEu0
男「……いや、そんなことは全くありません」

上司「それだっ!」

男「へ?」

上司「その低姿勢が君の魅力なんだ」

上司「身分が判明したというのに」

上司「まだ続けようとする、根っからの素直さ」

男「…………」

上司「今まで、なぜかと疑問に思っていたんだが」

上司「やっとしっくりとくる理由が分かった」

男「……疑問ですか?」

上司「ほら、そのだな、初めのうちは君に厳しく当たっただろ?」

男「いえ、それは僕に必要なことでした」




373:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 21:59:09.39 ID:xt8eLDEu0
上司「君はそう言ってくれるが、やはり私怨がなかったとは言い切れない」

上司「かわいがっていた部下が飛ばされて、確かに、君へ当たった」

男「そんなことは──」

上司「いや、そこは謝らせて欲しい。申し訳なかった」

男「そんな、頭を上げて下さい……」

上司「けれどだ。君をいつの間にか、慕っている自分に気がついた」

上司「初めは無能な部下……いや、これまた、すまん」

上司「その、新入りを俺が鍛えてやろうという気持ちだと思っていたんだが」

上司「無駄に、私の仕事に連れて行きたくなり」

上司「多少のミスも何故だか、自然と許せるようになっていた」

男「……そうだったんですか?」

上司「それが、君の魅力だよ」




374:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 21:59:39.51 ID:xt8eLDEu0
上司「上の身分の者が醸し出す、独特な高圧感が君にはない」

男「……はぁ」

上司「本当に、今まで、その才能を持っていたというのに」

上司「どこで胡座をかいていたというんだ」

男「……その」

上司「……まあ、そんなことはどうでもいい」

上司「ただ、少しだけ忠告をしておこうと思ってな」

男「忠告ですか?」

上司「というより、だてに長く生きていない年配者の知恵というか、だな」

上司「それを君に授けたい」

男「あ、ありがとうございます……?」

上司「どうせ私は後数年経ったら、定年の身分だ」

上司「出世が遅くてね。もうこれ以上、上にはいけないだろう」

男「いや、そんなことは……」




375:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 21:59:56.01 ID:xt8eLDEu0
上司「でも、君は違う」

男「…………」

上司「創業者である社長の息子だ」

上司「今しばらくは下っ端で経験させているだろうが」

上司「もう少し経てば、自ずと上の役に就くだろう」

男「……それは」

上司「今ではもう若くない社長も」

上司「ゆくゆくは、会社を息子に継がせたいと思っているはずだ」

上司「君が今後、幾ら無能だったとしても」

上司「自然と重役となり、ひいては、社の長となるだろう」

男「…………」

上司「だが、それでは、部下はついてこないぞ?」

上司「馬鹿な上司だと思われて、身内は敵ばかりとなる」

男「……はい」




376:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:00:31.49 ID:xt8eLDEu0
上司「だからこそ、今の君の魅力を将来にも生かすんだ」

上司「加えて、実績も出せば、誰一人文句を言わないはずだ」

上司「例えそれが、コネでのし上がった若者であっても、な」

男「……あ」

上司「分かっただろ?」

上司「少しでも私の想いが伝わればいいと思っている」

上司「しかし、本当に、君は恵まれているな」

男「……そうでしょうか?」

上司「何を言ってるんだ。もっと親に感謝しなさい」

男「親に……」

上司「君をこの世界に誕生させ、ここまで育ててくれたんだ」

上司「その魅力ある性格も加えてだ」

男「……そう、ですね」

上司「ああ」




377:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:00:51.16 ID:xt8eLDEu0
男「そうだ……」

男「……そうだよ……」

上司「ん?」

男「今の自分がいるのは……親のおかげ……」

男「だからこそ、俺は……」

上司「お、おい、どうした?」

男「なんで、こんな大事なこと……」

男「……でも」

男「どうすればいい……?」

男「俺は……一体……」

男「…………」

男「やっぱり……駄目だ」

男「……この世界からは、もう抜け出せない……」

男「母さん……」

男「……ごめんね……」




384:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:51:44.33 ID:xt8eLDEu0
──車内

妹「わたしに、月に一度の検査って、なんか不思議ですよね」

男「どうしてだ?」

妹「だって、病院に行ったところで、記憶が戻るわけないじゃないですか」

男「それはそうだが……」

妹「家に戻ってから数ヶ月」

妹「けれど、一向に過去を思い出す気配もないんですから」

男「……それでも」

男「やっぱり、お医者さんに見てもらうのは大事だよ」

妹「……分かってはいるんですが」

妹「どうも駄目ですね。最近、ネガティブな思考ばっかりです」

男「…………」




385:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:52:37.39 ID:xt8eLDEu0
妹「お兄ちゃんはなんでだと思いますか?」

男「ん?」

妹「わたしの記憶が未だに戻らない理由」

男「それは……」

妹「お兄ちゃんが、どう考えているのか、聞きたいです」

男「……いや、俺は専門家じゃないから分からないよ」

妹「お願いします」

男「…………」

妹「…………」

男「……はぁ」

男「こんなことは言いたくないんだが……」

男「昔の生活をなぞっているのに、過去を思い出せないってことは」

男「それが今の日々に必要ないってことなんじゃないか」




386:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:53:05.35 ID:xt8eLDEu0
妹「……必要ない?」

男「もしかしたら、記憶があること自体、問題なのかもしれない」

男「思い出すことによって、今に支障をきたすからこそ」

男「身体が無意識のうちにそうさせているんだと思う」

妹「……自殺未遂するほどですからね」

男「もう、やめよう……」

男「これが建設的な会話だとは、俺には思えない」

妹「でも、お兄ちゃんの意見はすごく参考になりました」

妹「何となく、わたしもそんな気がします」

男「…………」

妹「最近、わたし、思うんです」

男「……さっきの話の続きか?」

妹「はい」




388:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:53:33.24 ID:xt8eLDEu0
男「なら、今は聞きたくないな」

男「病院に着いて、検査を受け終わってからにしよう」

妹「……これで最後にします」

男「……ふぅ」

男「分かったよ……」

妹「……ありがとう」

男「…………」

妹「その、わたしが記憶が戻らないのには多分大きな訳があるんです」

男「……どうして、そう思う?」

妹「調べたんですが、大抵の記憶喪失はすぐに治るみたいです」

妹「それは今までの生活をなぞったりすれば、次第に気づくから」

男「……ああ、だから、今もそうしてるだろ?」




389:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:53:56.67 ID:xt8eLDEu0
妹「本当ですか?」

男「どういうことだ……?」

妹「なにか、欠けてるんじゃないんですか?」

男「……は?」

妹「実のところ、わたしも全く思い出せないという訳じゃないんです」

男「……そ、それは本当に?」

妹「はい。誰にも言いませんでしたけど、事実です」

男「いや、待てっ。それは、かなり重要なことなんじゃないか?」

妹「でも、結果的に駄目なんですから意味はないですよ」

男「それでも……」

妹「問題は、思い出そうとする瞬間」

妹「何かが、わたしの記憶が蘇るのを遮ることです」




390:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:54:28.27 ID:xt8eLDEu0
男「……遮る?」

妹「それが何なのか、前までは分からなかったんですけど」

妹「最近、違和感が」

男「……なんだ?」

妹「昔通りと言っている生活に、何か、不自然さを感じるんです」

男「……それは」

男「昔のように、大学に行ってなかったりするからだろ?」

妹「そんな些細なことじゃなくて、もっと根本的な……」

妹「前提をひっくり返すような、そんな感覚です」

男「…………」

妹「お兄ちゃんは、見当つかないですか?」

男「……いや」




391:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:54:49.76 ID:xt8eLDEu0
男「俺には、分からないよ」

妹「……そうですか」

男「すまん……」

妹「いや、お兄ちゃんがそう言ってるなら、わたしの勘違いなんでしょうね……」

妹「でも……何かが、おかしいんですよ……」

男「…………」

男「……少し、焦りが出てきてるみたいだな」

妹「え?」

男「過去を取り戻せない自分に、憤りを感じているんだろ?」

妹「…………」

男「よし、そうだ。今度、時間を作って、どこか──」




392:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:55:18.42 ID:xt8eLDEu0
妹「『前に進みたい』」

男「……え?」

妹「わたしも、前に進みたいんです」

男「…………」

妹「今のままじゃなくて、わたしもお兄ちゃんみたいに」

妹「辛い過去を乗り切って、今を生きたい」

男「……それは……」

妹「ねぇ、お兄ちゃん」

男「……ん?」

妹「最近、見るからにお兄ちゃん、疲れてますよ?」

男「俺が?」

妹「顔も窶れてるし、最近はふざけるのも少なくなりました」




394:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:56:20.52 ID:xt8eLDEu0
男「は、はは……それは、構って欲しいのか?」

妹「はぐらかさないで」

男「…………」

妹「一体、どうしたんですか?」

男「……別に、なんでもないよ」

妹「仕事のこと?」

男「…………」

妹「それとも、人間関係がうまくいってない?」

男「…………」

妹「或いは……」

妹「わたしのことで……」




395:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 22:56:56.25 ID:xt8eLDEu0
男「――違う」

妹「それは、本当に断言できますか……?」

男「違う、お前のことじゃない」

妹「……でも、なら」

男「…………」

男「あまり、人には話したくはないことだ」

妹「…………」

男「でも、強いて言うなら……」

男「自分自身の存在意義に、疑問を感じてる……ってとこだ」

……………。
………。




399:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 23:24:25.59 ID:xt8eLDEu0
担任『よし、配り終わったな』

担任『では、志望先を記入しておいてくれよ』

担任『書き終わったら、委員長に渡すか』

担任『それが嫌なら、職員室の私のところまで自分で持ってくるように』

キーンコーンカーンコーン。

担任『……チャイムが鳴ったな』

担任『くれぐれも、適当に書くことはないように』

担任『分かったな?』

担任『では、また明日』

……………。




400:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 23:24:49.07 ID:xt8eLDEu0
男『んー』

親友『どうした? もう書けたか?』

男『今のところ、普通に進学するつもりなんだけど』

男『どこの高校にしようかなって思ってさ』

親友『何だよ、俺と一緒じゃないのか?』

男『だって、お前、頭いいだろ? 俺は入れそうもないよ』

親友『何言ってんだ。今まで通り二人三脚で助けるぞ?』

男『それはありがたいが……』

男『いつまでも、お前の足を引っ張ってばかりじゃなあ……』

親友『そんなこと言わず、これからも仲良くやろうぜ』

親友『俺はお前と同じ高校いけるなら、少しぐらい苦労構わないさ』

男『……本当か?』

親友『もちろん』




401:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 23:25:16.30 ID:xt8eLDEu0
男『申し訳ないな……いつも、迷惑かけて』

親友『いいよ、気にすんな』

男『はは、持つべきものはやっぱり友だ』

親友『だなっ』

男『そうだ、この後どうする?』

親友『ん? どっか遊びにでも行くか?』

男『隣街のゲーセン行ってみないか? 新型色々入ってるらしいぞ』

親友『ただ、今月厳しいからなぁ』

男『それだと、無理そうだな……』

親友『……そうだ』

男『ん?』

親友『久しぶりに俺ん家来ないか?』




402:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 23:25:36.70 ID:xt8eLDEu0
男『……お前ん家?』

親友『ああ、そこなら金もかからないし』

親友『古いゲームしかないけど、昔みたいに盛り上がろうぜ』

男『あ、うん……』

親友『それにさ……』

親友『妹のやつも、最近、お前と会ってないし』

親友『この前、『兄さんはもう家来ないの……?』って、半泣きだったぞ?』

男『……いや』

親友『どうしたんだ? 何が問題だ?』

男『別に、何かあるってわけじゃないんだが……』

親友『なら、いいだろ?』

男『……気乗りしない』

親友『…………』

男『やっぱり、今日はやめとこう』




403:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/09(木) 23:26:08.12 ID:xt8eLDEu0
男『俺も、家でやることあるしな』

親友『……なぁ』

男『ん?』

親友『お前、避けてるだろ?』

男『……何の話だ』

親友『しらばっくれるなよ。こっちは分かってんだぞ?』

男『聞きたくないな、その話は』

トコトコトコ……。

親友『お、おいっ』

男『じゃあな、また明日』

親友『…………』

親友『……何でなんだよ』

親友「何で……』

親友『…………』




412:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:38:27.35 ID:xt8eLDEu0
──リビング

男性「ふぅ、今日も疲れた」

女性「いつもご苦労様です。仕事の方は順調?」

男性「ああ、今のところはな」

女性「そう、それは良かったですね」

男性「ふむ。で、どうだ。最近、お前の方は」

男「…………」

男性「……ん?」

男「…………」

妹「……お兄ちゃん」

ゆさゆさ……。

男「あっ……な、なに?」




413:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:40:47.16 ID:xt8eLDEu0
男性「いや、最近どうだと聞こうと思ったんだが……」

男性「どうした? 疲れてるのか?」

男「いや、大丈夫だよ。ちょっと……考え事を、ね」

女性「……ご飯もまだ全然食べてない」

女性「もしかして、口に合わなかったかしら?」

男「……違うんだ。いつも通り、おいしいから安心して」

妹「…………」

男「もぐもぐ……うん、やっぱり、母さんは料理上手だな」

男性「はは、そりゃそうだ」

男性「私が何度も何度も、アタックしたというのに」

男性「そうそう首を縦に振らなかったからなあ」




414:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:41:41.55 ID:xt8eLDEu0
女性「だって、あの頃のあなたは、今みたいにお金なかったじゃないですか」

女性「やはり、家庭を築くなら、少ないよりあったほうがいいですし」

男性「でも、結局は、貧乏な私と結婚してくれたんだぞ?」

女性「あまりにもしつこいから、仕方なしです」

男性「はは、そりゃ困ったなぁ」

妹「仲いいんですね」

男性「ん?」

妹「両親が二人とも仲いいって、見てて幸せになります」

女性「そ、そう?」

妹「はい。ねっ、お兄ちゃん」

男「…………」




415:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:43:00.76 ID:xt8eLDEu0
妹「……お兄ちゃん?」

男「……聞いてるよ。いいなぁ、仲良くて」

妹「う、うん……」

男「妹がそう言う訳も分かるよ」

男「家庭の幸せってこういうものなんだなって、つくづく実感する」

女性「あら、お父さん。息子が嬉しいこと言ってくれますね」

男性「……あ、ああ……」

男「もし仮に、ここに不幸な家庭しか見てこなかった子供がいたとしたら」

男「羨ましく……いや、妬ましく思う程、幸せな光景だよね」

女性「……え?」

男性「……ちょっと、席を外すぞ」

ガタン……。




416:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:43:28.54 ID:xt8eLDEu0
男「大丈夫だよ、お父さん。僕は、正気だから」

男性「本当か? やれるのか?」

男「心配しないで。これでも、人一倍の親思いなんですから」

男「今までの人生をかけてきた、実績もありますよ」

男性「…………」

妹「……え、ちょっと、どういう……」

男「いいから、お父さん、座って下さい」

女性「あ、ええと……」

男性「……駄目だな……こっちに来──」

男「どうしたんですか? 何か、問題でも?」

男性「自分でも分からないのか?」

男「何がです?」

男「……これはもう無理だな」

女性「…………」




417:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:43:45.29 ID:xt8eLDEu0
男性「すまんな……気づけなかった私が悪い」

男「ちょっと待って下さい。みんなも、何か変だと思いますか?」

男性「……………」

女性「……え、えっと」

妹「お、お兄ちゃん……」

男「どうしたんだよ、妹」

男「そんな、異常者を見るような目つきで……もう困るなぁ」

妹「……うぅ」

男「お父さん、いい加減にして下さい」

男「冗談だと言っても、からかわれ続けるのはいい気分がしません」

男性「……………」

妹「……く、口調」




418:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:44:30.75 ID:xt8eLDEu0
男「ん?」

妹「お、お兄ちゃん……喋り方が……」

男「なに? 喋り方?」

妹「……お父さんに、敬語使ってますよ……?」

男「は、はは……そんなことない──」



男「です、よね……お父さん?」




419:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:45:10.78 ID:xt8eLDEu0
男性「…………」

男「……っ」

男「ごめん、席を外す」

ガタン……。

男性「すまん、仕事で疲れていたみたいだ」

男性「会社での会話が、こっちまで入りこんでしまったんだろう」

男性「気にせず、食事を続けてくれ。なっ?」

女性「は、はい……」

妹「……お兄ちゃん……」

妹「……一体……」




420:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:45:36.97 ID:xt8eLDEu0
──親友の部屋

男「……くそっ!」

男「なんて失態だっ! 何をやってるっ!」

男「馬鹿なことを一人で考えてるから……」

男「……こんな些細なミスを置かすんだっ!」

男「……くっ……」

バタッ!

男「……何が、何が不満なんだ……?」

男「いや……」

男「……俺は、一体、何を恐れてる?」

男「…………」

男「……あ……」




421:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:45:53.14 ID:xt8eLDEu0
男「カメラ……」

男「……あいつの、大好きだった写真撮影」

男「でも……」

男「別に……好きじゃない……」

男「……親友……」

男「ああ……」

男「俺は……」

男「──一体、誰、なんだ……?」

男「…………」




423:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:46:14.26 ID:xt8eLDEu0
男「……は、はは……」

男「なんてことだ……」

男「……そんな、自分を見失うなんて……」

男「……親友を演じる事で……自分が分からなくなるなんて……」

男「……はは、はははっ」

男「……うぅ」

男「なんて……滑稽なんだ……」

男「……幸せな家庭」

男「違う、違うっ」

男「俺の家には……そんなものはなかった……」

男「……なら、今は?」

男「今は……」

男「…………」




424:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:46:48.64 ID:xt8eLDEu0
男「分からない……」

男「駄目だ……自分が自分でないようで」

男「頭がおかしくなりそうだ……」

男「……助けてくれ」

男「おい、親友……」

男「……近くにいるなら、狂った俺を助けてくれよ」

男「もう、俺は……」

男「壊れかけているみたいんだ……」

男「…………」

男「…………」

男「……母さん」




425:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:47:18.44 ID:xt8eLDEu0
男「母さんしか、いない……」

男「今の俺を……正気に戻してくれるのは……」

男「……俺の、たった一人の母さんしかっ──」

……ピピピピピッ!

男「……へ?」

男「か、母さん……?」

……ガバッ!

男「…………」

男「……違う」

男「……何だ? 知らない番号?」

……………。
………。




426:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:47:45.70 ID:xt8eLDEu0
親友『少し話がある』

男『なんだよ、朝っぱらから』

親友『……重要な話だ。来てくれ』

男『ここじゃ、出来ない話なのか?』

親友『ああ……ここじゃ無理だ』

男『……分かったよ』

男『お前に付いて行けばいいんだろ?』

親友『助かるな……』

男『いいさ、まだ朝礼までには時間がある』

親友『ああ、それまでには終わらせるよ』

男『…………』

……………。




427:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:48:10.40 ID:xt8eLDEu0
男『……さて』

親友『…………』

男『まさか、屋上が開いてるなんてな』

男『確かに、内密な話をするには絶好の場所だが……』

男『お前、このためだけに錠を壊しただなんて言うなよ?』

親友『……だったらどうする?』

男『……え?』

親友『話をしよう』

男『ちょっと待てって』

男『本当にお前が……』

親友『今は、そんなことどうだっていいさ』

男『……でも』

親友『お前に、聞きたいことがあるんだ』




428:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:48:32.53 ID:xt8eLDEu0
男『……何だよ』

親友『俺の……妹のことだ』

男『…………』

親友『こないだは、うまく逃げられたからな』

男『今日だって、走って逃げるかもしれないぞ?』

親友『残念だったな。扉に近いのは俺の方だ』

親友『そこまで話したくないっていうなら』

親友『俺を殴り倒していけよ』

男『……そんなことするわけないじゃないか』

親友『そうか? よっぽど、話したくないことだと俺は考えてるけどな』

男『…………』

親友『どうして、あいつを避ける』




430:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:49:30.63 ID:xt8eLDEu0
男『……避けてないさ』

親友『分かりきった嘘をつくなよ』

男『嘘じゃない。ただ、巡り合わせが悪いだけだ』

親友『違うな。あまりにも、不自然さが臭う』

男『……お前がそう思ってるだけだろ?』

親友『待て。そう、過剰に反発しないでくれ』

親友『ただ、俺は理由を聞いてるだけだ』

男『別に……怒ってないさ……』

親友『そうか? 俺には凄く、感情的に見えるが』

男『いいから、早く聞けよ』

親友『だから、避けている理由を聞いてるんだ』

親友『はぐらかしたら、また同じ質問を繰り返すからな?』

男『……ちっ』




431:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:50:51.34 ID:xt8eLDEu0
男『……簡単だよ』

親友『ん?』

男『もう、幼い女の子と遊ぶ気になれないんだよ』

男『ああ……そういうことだ』

親友『……あんなにアイツに優しかったお前がか?』

男『人は変わるよ』

親友『……違うな』

男『違わない』

親友『いいか、小さい頃からの友達だった俺に嘘をつくな』

男『……別に嘘なんて……』

親友『なら、はっきりと言ってやろうか?』

男『……何を』




432:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:51:04.35 ID:xt8eLDEu0
親友『お前が、妹を避けるようになった理由だよ』

男『なっ……』

親友『俺が分からないとでも、思ったか?』

親友『そうだったとしたら、お前は、相当な大バカ者だ』

男『……くっ』

親友『いいか、お前は……』

男『や、やめろっ!』

親友『妹のことが好──』

男『……ッ』




434:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 00:51:55.13 ID:xt8eLDEu0
バゴッ!!

親友『……くっ』

男『それ以上、言うなっ』

男『分かっていても、言うんじゃないっ!』

親友『……何でだよ……何が問題……なんだ?』

男『いいから、止めろ』

男『頼むから、やめてくれよ……』

親友『……お前……』

男『……っ』

たったったった……。

親友『…………』




441:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:25:07.82 ID:xt8eLDEu0
──書斎

ドンドンドンッ!!

男性「……な」

ガチャ……。

男「…………」

男性「……君か……」

男「…………」

男性「ど、どうした? まだ、気分が悪いのか?」

男性「もしそうなら、数日間、仕事を休んでも──」

男「……終わら、せましょう……」

男性「……は?」

男「……もう、こんな芝居」

男「……やめてしまいましょうよ……」

男性「ま、まて……」




442:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:26:04.29 ID:xt8eLDEu0
男性「……君には言ったはずだと思うが」

男性「今のあの子には、君という兄が必要で……」

男性「それに、途中でやめる事は……」

男「……昔」

男性「……ん?」

男「……酒を飲んでは溺れて」

男「暇さえあれば、煙草を吸っているような男がいましてね……」

男性「……な、何の話だ?」

男「ヘビースモーカーっていうんですか……?」

男「僕は煙草を吸わない事にしてるんで、よく分かりませんが」

男「そんな骨の髄まで腐り切った、駄目人間がいたわけですよ……」

男性「……男君」

男性「もしかしたら、私が思っている以上に、君は……」




443:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:26:35.90 ID:xt8eLDEu0
男「でも、父親だったんです……」

男性「……え?」

男「そんな駄目人間でしたけど、間違いなく、僕の父でした」

男「……愛すべき、家族だったんです」

男性「…………」

男「でも、そんな男ですから、家庭に幸せは訪れなくて……」

男「気がついた時には、遅かったんです……」

男「……既に、何もかも歯車が狂い始めていて……」

男「不思議に思いませんでしたか……?」

男性「……何を?」

男「どうして、僕が……この街に再びやってきたのか……」

男性「それは、知らない……」

男「実はですね……」

男「……仕事のあてを探しにきたんです」




444:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:27:02.32 ID:xt8eLDEu0
男「それも、ある程度、お金になる仕事をね……」

男性「……どういうことだ?」

男「最後に頼むのは、親友っていうでしょ?」

男「だから、何年も訪れていないこの街に……」

男「……かつての友人を頼ってきたわけです……」

男性「…………」

男「そしたらびっくり……まさか、ソイツが死んじまってて……」

男「……妹は、記憶喪失……」

男「……は、ははっ……」

男「笑っちゃいますよね……どんなタイミングだよって……」

男性「……っ」

男「でも、あなたは僕に提案した」




445:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:27:32.62 ID:xt8eLDEu0
男「……『息子の代わりをしてくれ』と」

男「『妹の兄になってくれ』と」

男「この際だから、はっきり言いますね……」

男「……そんな大役、僕に務まるわけないんです」

男「一人でさえ精一杯になのに……どうして、そんな余裕が?」

男性「……けれど、君は承諾したぞ」

男「……その通りです」

男「……だって、仕事が貰えたから」

男「かなりの金が入る仕事が、得られたから……」

男性「いったい……どういう……」

男「僕にはいるんですよ、お金が」

男「……それも少しじゃなくて、大量に」




446:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:28:13.03 ID:xt8eLDEu0
男性「……何のために?」

男「……手術費用です……」

男性「手術費用……?」

男「……父の話はしましたよね?」

男「ヘビースモーカーの、煙草吸ってばかりの父がいたって話」

男「それが、最悪なことに、母の病気を生みまして……」

男「医者の話によると、副流煙は非常に身体に悪いそうです……」

男「……で、それを大量に吸っていた母は……」

男「──肺ガンになった」

男性「……そうだった、のか……」

男「まあ、月々の医療費ぐらいならなんとかなったんですが」

男「……有名どころの先生に手術を頼むとなると、相当かかるらしくて……」

男「でも、母さんの残された命は僅かで……」




447:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:28:49.80 ID:xt8eLDEu0
男「……たった一人の守るべき家族なんです」

男「かつて、僕は誓いました……けど、その母を救うことができない……」

男「……そんな時に舞い込んできた、不幸の中の幸運だったからこそ」

男「かつての……友人、妹のためになるという頼みだったから」

男「今まで、精一杯、頑張れた……」

男「……自分には不可能だと思える事も、やり通せた」

男性「……なら、これからも……」

男「でも、もう意味ないんです……」

男性「……どうしてだ?」

男「……さきほど電話がかかってきました」

男「母が……」



男「──死んだそうです」




448:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:29:50.96 ID:xt8eLDEu0
男性「…………」

男性「……なっ……」

男「もう……僕には無理ですよ……」

男「こんな……自分の生きる方向性を見失った人間に……」

男「守ると約束した人を救えない、裏切り者に……」

男「……親友を演じて、その妹を救うなんて……」

男「そんな、大役……無理なんです……」

男性「…………」




449:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:30:36.37 ID:xt8eLDEu0
男「そもそも、これからの人生……」

男「一体、どうしていいのか……」

男「……でも、まずは」

男性「帰るのか?」

男性「母親のいる故郷の病院に帰るんだな?」

男「…………」

男「……はいっ」

男「……ごめん……なさい……」

男性「…………」




453:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:50:52.70 ID:xt8eLDEu0
──路上

ザーザーザーッ……。

男「……雨、か……」

男「日中はあんなに晴れてたのになぁ……」

男「……ここから、何時間かかるんだっけ……」

男「ええと……」

男「まあいいや……」

男「とりあえず、車に乗らないと……」

男「…………」

男「『時間がかかってもいいから、落ち着いたら戻ってきて欲しい』か……」

男「は、はは……」

男「こんな自分を、まだ必要としてくれてるんだな……」

男「…………」

男「母さんに会いに……行こう」

男「…………」




454:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:52:00.98 ID:xt8eLDEu0
──『お兄ちゃんっ……』









男「……え?」

男「嘘だろ……だって……」




455:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:52:33.32 ID:xt8eLDEu0
妹「!!」

男「……あっ……」

男「あいつの部屋は……そうか、道路沿いか……」

男「……やっぱり、一言ぐらいかけたほうが……」

男「…………」

男「……おーい、聞こえるかっ!」

ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。

妹「?」

男「……だめ、か……」

男「そうだよな……」

男「雨降ってるもんな……これじゃあ、向こうに届かない……」

妹「…………」

男「…………」




456:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:53:13.18 ID:xt8eLDEu0
男「……なぁ」

男「本当のことを言うとな」

男「実は、俺……」

男「……お前の兄じゃないんだよ……」

ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。

男「昔、別れも言わずに消えた……ただの知り合いなんだ」

男「お前にとってみれば、冷たくされた相手かもしれないな……」

男「この前に、約束したよな」

ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。

男「……そばにいるって」

男「助けてやるって」

男「でも……ごめん」




458:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:53:54.23 ID:xt8eLDEu0
男「……もう、俺には出来そうもないんだ……」

男「今のおれじゃ……お前に勘づかれちまう……」

男「足引っ張っちゃうだけ……になるんだ……」

ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。

男「だから……」

男「また、別れを言わなかった俺を」

男「……恨まないでくれよ……」

男「…………」

男「じゃあな……」

男「──さよなら……」

ガチャ……。

……………。
………。




461:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 01:58:38.63 ID:M//f7Jmm0
なんなの……なんなのこれ……
どうしてくれるのよ……




466:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:16:36.23 ID:xt8eLDEu0
男『…………』

男『……朝か……』

ガバッ……。

男『昨日は、母さんと父さん、喧嘩してたけど』

男『……でも、大丈夫だろ』

男『一日経てば、二人とも冷静になれると思うし』

男『……最後、父さん……自分のやったこと、後悔してるもんな』

男『うん……きっと大丈夫』

男『何事もなく、うまくいくはずだ』

男『……やっぱり、家族は仲良しが一番だ』

男『これを機に、父さん、変わってくれないかなぁ……』

トコトコトコ……。

男『でも、会社をクビか……』




467:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:17:01.11 ID:xt8eLDEu0
男『……厳しいんだな、大人の世界は』

男『腹が立っても、殴れない、か……』

男『そんなこと言ったら、こないだ、親友を殴った俺は』

男『学校をやめなきゃいけなくなるな……』

トコトコトコ……。

男『うん……今日、謝ろう』

男『やっぱり、殴った俺が悪い』

男『それに……このままだと変な空気がずっと続きそうだからな』

男『大切な友達を、そんなことで失ったらもったいない』

男『……それに妹のことだって……』

トコトコトコ……。

男『でも……どうしような……』

男『もし仮に、あいつがあの子に言ったりしたら……』




468:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:17:19.91 ID:xt8eLDEu0
男『……気持ち悪がらないかな? 今までみたいに遊んでくれるかな?』

男『あーわかんねぇっ、恋人いたことねぇからなー』

男『それに……あの三人の関係を壊していいのか……』

男『『兄さん』が『妹』を好きになったなんて……』

トコトコトコ……。

男『……ふぅー』

男『とりあえず、その件はひとまず置こう』

男『まずは、親友と……』

男『………ん?』

男『なんだろ、この臭い……』

トコトコトコ……。

男『リビングからかな? もしかして、誰か起きてる?』




469:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:17:48.35 ID:xt8eLDEu0
ガチャ……。

男『…………』

男『……え』




父親『…………』




男『……首を……』

男『…………』

男『……うっ!』

……ぐええええぇぇっ!!




470:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:18:10.26 ID:xt8eLDEu0
男『はぁ……はぁ……はぁ……』

男『いいか、落ち着け、落ち着くんだ……』

男『……今、この家に男は俺しかいない』

男『だから、俺がしっかりしないと……』

男『そうだっ、まずは母さんをここに入れちゃいけないっ』

男『こんな父さんの姿は……見せちゃいけない……っ』

男『ことがすむまでは……絶対に……』

男『…………』

男『……父さん』

男『今、降ろして上げるからね』

男『ちょっと待っててよ……今、椅子と鋏を』

ががっ……。

男『……よし』




471:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:18:42.72 ID:xt8eLDEu0
父親『…………』

男『…………』

男『……うぅ……くっ……』

男『駄目だっ……泣くな……男は泣くなっ!』

男『全てが終わったら……一人で泣くんだっ』

男『……父さん』

男『約束する……』

男『俺……絶対に強い男になるから』

男『母さんを守るから』

男『俺が……必ず……』




472:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:19:15.72 ID:xt8eLDEu0
男『……ん』

男『……今、降ろすね』

男『少し乱暴になるかもしれないけど、許して』

男『父さんの身体を支えられるだけの力はないんだ』

男『……だから、地面に落ちる時、少し痛いかもしれない』

父親『…………』

男『うん、じゃあ切るよ』

男『……よし』

男『せいのっ……』

……バタンッ!




475:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:39:31.57 ID:xt8eLDEu0
──病院 霊安室

看護婦「……お母様のご遺体はこちらに」

男「…………」

看護婦「……その」

男「……はい」

看護婦「お母様、癌の病にしては、とても安らかに亡くなられました」

男「…………」

看護婦「それに……」

看護婦「いつも、自慢の息子がいるのだと、誇らしげに言っておられまして」

看護婦「亡くなられる直前も、あなたの自慢話を聞かせて頂きました」

男「……そうですか」

看護婦「……はい」




476:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:40:33.88 ID:xt8eLDEu0
男「すみません……」

男「少しの間だけ……母と二人だけにして頂けますか?」

看護婦「……もちろんです、失礼します」

男「……本当に申し訳ないです」

ガチャン……。

男「…………」

男「……やあ、母さん」

男「半年ぶりかな? それとも、それ以上、経ったっけ?」

男「ここ最近忙しくてさ、あんまり時間の感覚が分からないんだ」

男「……うん」

男「そうか、死んじゃったんだね」

男「せっかく、この業界で有名なお医者さんに手術を頼もうと思ったんだけど」

男「間に合わなかったみたいだ」




477:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:40:57.44 ID:xt8eLDEu0
男「……結局、俺、何も出来なかった」

男「こんなことになるならさ……」

男「前の街になんか戻らずに、母さんの側にいれば良かった」

男「前の仕事だと給料は安かったけど、結構、時間は取れたからね」

男「もっと病院へ通って、母さんと話が出来たはずだ」

男「……ごめん……本当にごめん……」

男「電話も何度もしてくれたのに、それも出なくて……」

男「……本当に、俺は親不孝者だよ」

男「役立たずにも程があるよ……」

男「……父さんが死んだ前の夜、結局、俺は止められなかった」

男「いつもと様子が違ったのに……気づけなかったんだ」

男「……あの時から、何も変わってない」




478:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:41:17.03 ID:xt8eLDEu0
男「身体は大きくなったけど、中身は成長できていないんだ」

男「いつもそうなんだよな……」

男「俺って不器用だからさ、どうあがいても器用にはいかない」

男「大事なところで、肝心な場面で」

男「……ミスをおかす」

男「ただただ、運命に翻弄され続けてる」

男「…………」

男「ごめん……母さん……」

男「……本当に……」

男「……父さんと約束したはずのに……」

男「守るって……言ったのに……」

男「……うぅ……くっ……」

男「……で、でもっ」




479:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 02:41:34.26 ID:xt8eLDEu0
男「今は、涙をこらえるよ……」

男「母親の前で、大きなった息子が泣くなんて」

男「あまりにも、みっともなさすぎるからね……」

男「……だけどね、母さん」

男「……俺さ」

男「正直、これからどうしたらいいか、分からないんだ」

男「……もう、何もかも、失った気がするんだ……」

男「……俺は……」

男「一体……どうすればいいんだろう……?」

男「…………」

……………。
………。




486:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:09:47.46 ID:xt8eLDEu0
親友『……大変なことになったな』

男『ああ……』

親友『明日、引っ越すんだろ?』

男『うん』

親友『……遠いな、自転車じゃ行けないぐらい、遠いよ』

男『……ああ』

親友『高校はどうするつもりだ?』

男『向こうで、働く予定』

親友『……そう、か』

男『それよりさ……』

親友『ん?』

男『悪いな、妹に黙っててもらって』




487:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:10:42.43 ID:xt8eLDEu0
親友『ああ、気にすんな……こうなったら、仕方ない』

男『うん……』

親友『……でもさ』

親友『ほんと、こういう時って、何て言っていいのか、分かんないな』

親友『何言っても、下手な同情みたいだし』

親友『俺たちの間に、そんな感情があったら駄目だし』

男『……ありがとうな』

親友『……なあ、男』

男『ん?』

親友『「頑張れ」なんて有り触れた言葉は言わない。てか、言えない』

親友『でもな、これだけは分かってて欲しいんだ』

男『……何だ?』




488:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:11:18.03 ID:xt8eLDEu0
親友『どこに行ったとしても、お前には、俺がついてるから』

親友『どんなに辛くても、苦しくても……』

親友『悲しい時は、一緒に悲しんでやる』

親友『泣きたい時は、一緒に泣いてやる』

親友『それで……時間が経ってな』

親友『大丈夫って、胸を張って言えるようになったらさ』

男『…………』

親友『そん時は……』



親友『一緒になって、笑ってやろうぜ』



……………。
………。




494:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:45:50.63 ID:xt8eLDEu0
男「……ああ……」

男「……一緒になって……か……」

男「はは……」

男「……懐かしい、な……」

男「……でもよ……」

男「お前も……もう、死んじまったじゃないか……」

男「……何で……」

男「何で、俺の大事な人たちはみんな……」

男「……俺だけを残して、死んじまうんだ……」

男「……うぅ……」

男「くっ……うっ……うぁっ……」

男「……何でだっ」

男「どうして、こんなにうまくいかないっ……」




495:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:46:19.97 ID:xt8eLDEu0
男「これ以上、俺に……」

男「俺に……どうしろって言うんだ……よ……」





──『先に、■きになったのは■■じゃないから』





男「……あ」

男「違う……」

男「まだだ……」

男「……まだ、俺には……」

男「……そうだよ」




496:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:46:43.81 ID:xt8eLDEu0
男「……アイツがいるんだ……」

男「俺のことを必要としてくれる……あの子が……」

男「俺はっ!」

──……さんっ……さんっ

男「……ん?」

男「あっ……もしかして……」

男「……これは夢だったのか……?」

……………。
………。




497:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:47:23.99 ID:xt8eLDEu0
──待合室

ゆさゆさっ!

看護婦「男さん、男さんっ!」

男「……えっ?」

……ピピピピピッ!

男「電話……?」

看護婦「さっきから、男さんの携帯が鳴ってますよ?」

男「ええと、う、うん……」

看護婦「大丈夫ですか? 目覚めてますか?」

男「あ、うん。もう、大丈夫」

ピピピピピッ……。

看護婦「なら、そろそろ電話出てあげたほうがいいですよ」

看護婦「この時間です。きっと緊急の用のはずですから」

男「ありがとう……出るよ」

看護婦「はい」




498:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:48:18.96 ID:xt8eLDEu0
ピッ。

男「もしもし……」

父親『男君かっ……!?』

男「は、はい……一体どうしたんですか?」

父親『今、君は母親の元に行ってるんだよなっ?』

男「そうですが……その」

男「多分、今週中には戻れると思います」

父親『……そ、そうなのか?』

男「……はい」

男「恥ずかしいことですけど」

男「一度回りきって……やっと大事なことに気づけたみたいです」

父親『そ、そうか……それは良かった』

男「で……あの、どうかしたんですか?」




499:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:48:46.63 ID:xt8eLDEu0
父親『いや、そのだな……実に言いにくいことなんだが』

男「はい?」

父親『……今の君に聞かせるのは、正直、心許ない……』

父親『だが、覚悟を決めてくれたのなら』

父親『今はもう、家族の一員である君に伝えるほかない』

男「……ええと」

父親『……実はだな』




父親『君がいなくなった後……妹が────────」




男「…………」




501:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:50:11.29 ID:xt8eLDEu0
ぽとっ……。

『男君……? 聞いてるのか、男君っ……!?』

看護婦「あ、あの……」

男「……ん?」

看護婦「その……ええと、携帯」

男「ああ」

看護婦「いいんですか? 床に落ちちゃって……」

看護婦「……その、相手先の方はまだ、お話が」

男「気にしなくていいよ」

看護婦「で、でも」

男「いいんだ。もう終わったからさ」

看護婦「……それなら、私は別にいいですけど」

男「それより、少し話を聞いてくれないか?」




503:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:51:33.98 ID:xt8eLDEu0
看護婦「は、はい」

男「雨だったんだ」

看護婦「え?」

男「もっと早くに気づくべきだったよ」

男「俺とした事が、やっぱり、ミスをしてた」

看護婦「そ、その……一体……」

男「彼女の俺を呼ぶ声が聞こえた」

男「つまりいえば、彼女の声は俺に届いてた」

男「雨だったけどね」

看護婦「…………」




504:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:52:09.42 ID:xt8eLDEu0
男「ってことはだよ? 逆もしかりと言える」

男「俺の言葉は……その実、全部向こうに伝わってた」

看護婦「……あの」

男「やっちまったなぁ」

男「せっかく、思い出せたっていうのにさ」

男「本当に自分がやらなきゃいけないこと」

男「大切にしなければいけなかったこと」

男「それが全部、さっき、分かったはずだったんだ」

看護婦「…………」

男「でも、また、駄目だった」

男「失敗した。間に合わなかった」

男「また失った。無くした」

看護婦「……男さん?」




505:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:52:25.77 ID:xt8eLDEu0
男「今度こそ、綺麗さっぱり、俺は失った」

男「俺の生きる意味はもう……」

男「──ない」

看護婦「…………」

男「……はは、はは」

男「笑える。最高に笑えるよっ!」

男「なんて滑稽なんだっ!」

看護婦「これは……もしかして……」

男「く、くははっ」

男「くはは、ははははっ!」

男「ははははははははははははっ!」

看護婦「……だ、誰かっ!」

看護婦「誰か来てっ! こちらの方が──」

……………。




506:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:54:00.89 ID:xt8eLDEu0
──ふあふあする

──全ての枷が取り除かれたように……
   あたかも、風船のように空に飛んで行けるような、
    そんな気持ち

──世界は歪んでいき、滲んでいき……
   滲む? もしかして、俺は泣いてるのかな?

──でも、いいんだ

──だって、もう、終わりだから

──これで終わり

──何も出来ずにおしまい

──…………

──……なあ、親友



──また、俺たち二人が笑え合える日って、くるのかなぁ……



……………。
………。




508:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:54:57.63 ID:xt8eLDEu0
親友『そん時は……』

親友『一緒になって、笑ってやろうぜ』

男『……お前』

親友『俺だけじゃない。俺の妹も……』

男『…………』

親友『癪だから、お前には絶対言いたくなかったけどさ』

男『……ん?』

親友『先に、好きになったのはお前じゃないから』

男『……は?』




509:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:55:52.84 ID:xt8eLDEu0
親友『お前と初めて出会った時』

親友『悔しいけど、その時から、アイツはお前に惚れてんだよ』

男『そ、そんな……』

親友『…………』

男『……嘘だろ……』

親友『……本気で言ってんのか?』

男『…………』

親友『妹と仲良しの『お兄ちゃん』が言ってるんだぞ?』

親友『いいか、どうせ、お前はさ……』

親友『別れるって分かってるなら──』

親友『アイツに会っても意味はないって、思ってるんだろ?』

男『…………』

親友『でも、忘れないでくよ』




511:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:56:35.36 ID:xt8eLDEu0
親友『アイツは……今も昔も……』

親友『──『兄さん』のことが、大好きなんだから』

男『……っ』

親友『そう遠くない未来、戻ってこい』

親友『そして、想いをアイツにぶつけてやれ……』

男『……ああ』

男『……約束する……』

親友『よし、なら、もう俺から言う事はない』

親友『でも、早くしないと、他の誰かに奪われちまうかも知れんぞ?』

男『はは……よく言うよ』

親友『どうしてだ?』

男『お前なら、きっと覚えてるはずだ』

親友『……ん?』




512:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:56:59.96 ID:xt8eLDEu0
男『「どうすんだよ、逆に好きで意地悪するみたいな男子がいたら」』

親友『……あ』

男「頼むぜ、俺は信じてるからな?』

親友『……ふん……』

男『……言うぞ……』

男『……ふぅー……』

男『どうするんだよ、俺のいない間にアイツに寄ってくる男がいたら』

親友『…………』

親友『大丈夫。もし、そんなことがあったら』

男『どうする?』

親友『妹が必ず、俺に相談してくるはずだから』




513:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/10(金) 03:57:33.21 ID:xt8eLDEu0
男『つまり、その時に──』








──そいつをボッコボッコにしてやろうっ!




妹「兄さんって呼ばせて下さい」【後編】へつづく


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