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519:堕女神「…………休日、ですか」:2013/10/14(月) 00:41:51.90 ID:hk52MCZ3o

****

その日も、いつものように目が覚めた。
寝台から身を起こして、鏡台の前で髪を梳いて、前夜から決めていた服を取り出して鏡を向く。

堕女神「……あ」

その時、思い出す。
主は昨日出かけて、今日からしばらくの間、『休日』というものを貰っていた事に。
城の管理を他の使用人に任せる為の引き継ぎは、昨日のうちに全て済ませた。
『王』の計らいで休みを取る旨を告げると、喜んで、みな口々に労いの言葉をくれた。

堕女神「休み、と……申されましても。何を……すれば、いいのか……」

『二度寝』というものを体験してみようと思っても、既に髪を整え、服を着てしまった。
それに、とても眠気など起こらない。
普段ならすぐに朝食の支度に入り、使用人達に指示を与えるのに、どれも、する必要がない。

仕事をしなくていい。
好きなように過ごしていていい。
それが『休日』だというのに、やりたい事がひとつも見つからない。
惰眠を貪るにも、落ち着かない。
まるで宙に放り出され、天地を定めてくれる重力さえも奪われてしまったようだった。

ひとまずベッドに腰掛けて、外を見る。
暁に焼けた空は、一日の始まりを告げていた。






 


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520: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:42:20.70 ID:hk52MCZ3o

予定を何とかして捻りだそうとしていると、不意にドアがノックされる。
はっとして顔を上げると、考えている間に鮮やかに赤かった空は青みを取り戻していた。

メイド「失礼します、朝食の準備が整いました」

堕女神「えっ…? わ、私に……でしょうか?」

メイド「はい。僭越ながら、私どもの方で支度をさせていただきました。余計でしたでしょうか……」

律儀に礼装を着た獣人種のメイドの一人が、入室するなりそう言った。

堕女神「それでは、ご厚意に感謝いたします。しかし、何故……」

メイド「本日からご休養との事でしたので。せめて、これぐらいは……と」

堕女神「……ありがとう、ございます」

メイド「い、いえ……。さぁ、食卓の間へどうぞ」

思わず、顔が緩んでしまった。
彼女の厚意が、素直に沁み入る。
どういう訳か、彼女の方は少したじろいで、部屋を出ていってしまった。


朝食を終えると、段々と日が高く、気温が上がっていくのが分かった。
ひとまず、午前中は庭園の東屋のひとつで読書を嗜む事にした。

庭園で仕事に勤しむ者達を尻目に、というのは妙な罪悪感があって、読み始めの数ページは頭に入らなかった。
だがそれでも読み進むうちに没頭し、そのささやかな咎めは消えていく。

眠る前に読む事をささやかな楽しみにしていたそれを、存分に読み耽る。
内容は、なんのこともない娯楽文学だ。
人間界を舞台として軽妙な文体で綴られていく、小さな少年の、成長と冒険の物語。





521: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:42:51.50 ID:hk52MCZ3o

夏の日差しは、深緑のカーテンで覆われたこの東屋には届かない。
ときおり抜けるさほど強くない風は涼しくて、心地よかった。

堕女神「……ふ、ぁ……」

気付けば、数時間。
こらえ切れなかった欠伸が、風に溶けていった。
これほどまで力を抜いて過ごせる時間は、久しぶり……いや、初めてかもしれない。
当初に感じていた、働く者達への申し訳なさも、早くも感じない。
考えてもみれば、彼女らとて交代で休みは取るし、別にそれを負い目に感じる必要もなかったのに。

再び、頁に目を落とすと――――

???「もう、いやらしい本を読んでお勉強? 御真面目ですこと」

堕女神「さっ……!?」

耳元で囁かれた聞き覚えのある声に、ぞわりと全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
本を取り落としかけ、慌てて受け止めながら振り返るもそこにはいない。
再び前を向けば、向かいの椅子に当然そうにサキュバスAが座っていた。

サキュA「Bが言っておりましたわ。今日からお休みなんですって?」

堕女神「な、何故あなたがここに? 城へ戻るのは明後日からでは……」

サキュA「堕女神さんの休日のご予定などを伺いに。読書も結構ですが、休日しか出来ない事でもないでしょうに」

いつの間にか、その手にはティーカップがある。
気付けばこちらの前にも茶が注がれていて、琥珀色の液面に細波が立ち、きらりと陽光を反射させていた。

サキュA「……いえ、当てましょうか。せっかく休日を貰ったはいいものの、過ごし方など分からずとりあえず、というところかしら?」

図星を突かれ、何も言えない。





522: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:43:25.83 ID:hk52MCZ3o

サキュA「Bを見習いなさいな。カードショップに入り浸り、夏物の服を買い漁り、……そして昨日は酒酔い飛行で墜落。今は回復して虫捕り」

堕女神「お酒を飲ませたのですか?」

サキュA「あれでも成年ですもの。……ところで、ご予定が立たないのでしたら……夕飯は、私とご一緒しませんこと?」

堕女神「……私が?」

サキュA「あら、私とはお嫌? 何も危ない事はしませんわ。いえ、お望みでしたら手取り足取り胸取り尻取り、お好きなようにしっぽりと……」

堕女神「そ、そういう話はしておりません!」

サキュA「淫魔流のジョークですわ。通じないお方」

堕女神「ですから……からかうのは止めてください。何処へ行くと?」

サキュA「それは私にお任せを。悪いようにはしないと誓いますわ」

堕女神「…………」

サキュA「……城下の皆も、堕女神さんに会いたがっておりましてよ」

堕女神「え……?」

サキュA「ともかく。ともかく……折角なのですし、外に出てはいかが?」

彼女は相変わらず掴みどころのない節回しをしているが、こちらを向いた瞳にはどこか真摯なものがある。

堕女神「それ、では……私でよければ、ご一緒させていただけますか。それと、一つ……お願いがございます」

サキュA「お願い?」

堕女神「後でお話いたします。その……素面では、中々……言いづらくて」

サキュA「……何だか、妙な予感がしますわね」





523: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:43:54.00 ID:hk52MCZ3o

******

ほんの少しだけよそ行きの装いをして、サキュバスAと待ち合わせた時間に、城のエントランスへ向かう。
そこには彼女が既に待っていて、エントランスに飾られた絵画などを――――
もう飽きる程見て感慨も無いだろうに、時間を潰すように眺めていた。

堕女神「お待たせいたしました。……ところで、どちらに?」

彼女は振り返ると、少しだけ微笑んでみせた。

サキュA「それは、お楽しみという事で。さぁ、参りましょうか」

堕女神「はい」

歩いて、玄関を下りる。
それだけの事に、少しだけ……高揚した。
どこかへ出かけるために、『休み』を過ごすためだけに城を出る。
初めての事で、あまりの高揚感で、逆に背徳的にさえ感じた。

堕女神「……ところで、今年の休日はどのようにお過ごしになられておりました?」

サキュA「そうですわね。秋物の衣類を買い込んだり……一言では申せませんが、羽根を伸ばしておりました。もちろんお酒も」

堕女神「お酒……」

サキュA「お城でも寝酒程度は嗜めますが、酔っ払えるのは休日ぐらいですわね」

堕女神「私も、嗜む程度はしますが……『酔った』事はありませんね」

サキュA「ならば今宵は飲み明かしましょう。ええ、吐くまで。」

馬蹄形の階段を下りて、石畳を歩き、門を潜って城下町へ出る。
そこは夜とは思えない程の活気があり……思わず、浮き立ってしまう。





524: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:44:28.64 ID:hk52MCZ3o

真っ暗な夜空とは対照的に、通りは明るく歓声が絶えない。
さすがに子供の姿は無いが、通りに置かれたテーブルの上の不思議な色に燃えるキャンドルや、ふわふわと浮かぶ鬼火が町を照らしていた。
一日の商いを終えた淫魔達が、あちらこちらの酒場で飲み交わす声が聴こえる。
堕女神の姿に気付いた者は、声を掛けて手を振ってくれた。
照れながらも会釈をすると、彼女らはいっそう優しく微笑んでくれる。

堕女神「……なぜ、私に……挨拶などを?」

サキュA「貴女は、自分で思うよりも慕われているのですよ。さぁ、ここですわ」

堕女神「ここ……?」

サキュバスAが指し示した先には、一件の酒場があった。

サキュA「ほらほら、入った入った。本日の主役はあなたでしてよ?」

堕女神「あっ……! お、押さな……」

ぐいぐいと背中を押されていき、その勢いで扉を開いて中へ入る。
そこには、何の事もない……『酒場』の風景が広がっていた。

まるで優艶とは程遠い、乱雑に並んだ木のテーブル。
壁際には大樽と小さな樽を組み合わせてテーブルセットに見立てた席。
カウンター席は妙に高く、その中では怠そうに一人のサキュバスが酒を注ぎ、一人は給仕として忙しなく働いていた。
その中で淫魔達は酌み交わし、談笑していた。
奇矯にも彼女らは入り口の堕女神、そしてサキュバスAへ視線をくれる事もない。

サキュA「何をなさってますの? さぁ、座りましょう」

堕女神「え……えぇ」

サキュA「……もしかして、このようなお店に来るのは初めてで?」

堕女神「っ…………」

図星を突かれ、声も漏らせない。
顔まで赤くなってしまったがサキュバスAはそれをからかうことなく、優しく肩を抱いて、奥の席へと誘ってくれた





525: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:45:10.16 ID:hk52MCZ3o

サキュA「誰にでも、『はじめて』はございましてよ。それが遅いからといって恥じ入るものではありませんし、早ければ偉いというものでもございませんよ」

サキュバスAはこともなげに、本心からそう言っているようだったが……どこかに、淫靡な含みがある。
やがて奥の二人掛けのテーブル席につくと、どちらからともなく座った。

サキュA「さて、何になさいます? ちなみにこの時期、温かい料理は置いてませんよ」

堕女神「え? ……それは、なぜ」

給仕「こんな暑いのに、マジメに火なんて使ってらんねーわよ、って事よ」

声はサキュバスAのものではない。
右手側を振り向くと、そこには前掛けをつけた給仕が立っていた。

ぴんと立った耳、スカートの裾から覗くふさふさの尻尾、長く尖った爪に、高い鼻。
おそらくは、『狐』の化身だ。

給仕「ようこそ、堕女神様。何になさる? まずはお飲物は何にしますかね」

堕女神「そうですね。何が――――」

サキュA「エール酒の大をふたついただけるかしら」

給仕「はいよ。大エール二丁ね」

堕女神「え……!?」

希望を聞きもせず、手慣れた様子で勝手に注文され――――狼狽える堕女神へ目もくれず、彼女は行ってしまった。





526: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:45:41.78 ID:hk52MCZ3o

堕女神「さ、サキュバスA? 何を……」

サキュA「こういう場所では、何はなくともまずエール。それが美学というものでしてよ?」

堕女神「そ……そうなのですか?」

サキュA「間違いありませんわ。それでは、お料理は何にいたします?」

堕女神「お任せいたします。おすすめは何ですか?」

サキュA「スモークサーモンの冷製、空豆と季節野菜のサラダ、ローストビーフと各種酒菜の盛り合わせ等。お嫌いな物は?」

堕女神「いえ、ありません」

サキュA「分かりました。では、色々頼んでみましょうか」

注文は彼女に任せながらも、羊皮紙に記された品書きを見ていると、つい楽しくなってしまった。

酒の名前も、ワイン程度しか知らなかったのに、ズラリと並んだドリンクの名前には目を奪われた。
もちろんワインもあるし、蒸留酒に果実酒、さらにはそれらを混ぜ合わせて作るカクテルまで。
ざっと探すだけで、百種は揃っていて、名前からはどれもピンとこないのに、目を輝かせて魅入ってしまっている。

サキュA「……堕女神、さん?」

堕女神「え!?」

サキュA「まだお酒も届いていないし会話も弾んでいないのに、随分と楽しそうですこと」

堕女神「すみません、つい。……見慣れない事柄ばかりでして」

サキュA「……最初の一杯を飲み終えたらいくつか、他のお酒を試しましょうか?」

堕女神「はい、是非」





527: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:46:24.23 ID:hk52MCZ3o

その時、ようやく最初に頼んだエールが到着する。
先ほどの給仕が持ってきたのは、小さな樽に持ち手を付けたような、飾り気のない、くすんだ色の木製のジョッキだった。
その表面には濃密な泡がなみなみと注がれているため、どれだけ目を丸くしても、中身の様子はまるで見えない。

サキュA「さぁ、まずは乾杯といたしましょう。堕女神さん? どうなさって……」

堕女神「え? あ、ああ……はい。えっと……」

両手で取っ手を掴み、目前のサキュバスと同じように高く持ち上げる。
取っ手の中に指を通すという事は思いつかずに、両手を震わせながら保持した。
そこへジョッキが打ち当たり、直後、サキュバスAが喉を鳴らしてその中身を飲み下す。
倣うようにして口をつけ、泡ごと啜りこむと――――苦味の中に麦の甘さが溶け込んだ液体が、喉を潤してくれた。

サキュA「夏はやはりこれですわ。……それに、しても……」

堕女神「?」

サキュA「いえ……Bにも声をかけたのに。まだ来ない……なんて」

堕女神「彼女も?」

サキュA「ええ。そろそろいい時間のはず。……まぁ、今少しはお喋りに興じるとしましょうか?」

堕女神「はい」

サキュA「、ところで陛下のどこがお好きですか?」

堕女神「ぶふっ……!? っ、けほ……」

サキュA「あらあら、可愛らしい反応」

堕女神「あ、貴女……何を……!」





528: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:46:55.16 ID:hk52MCZ3o

サキュA「ご冗談、ご冗談。いくらなんでもそんな直球の質問などしません。少なくともまだ」

堕女神「…………」

噴きこぼした酒を備え付けのナプキンで拭いている間に、一皿目の料理が運ばれてきた。
そこから、他に頼んでいた料理が次々に到着する。
盛り付けは、いつも城でそうしているのに比べると雑なものだった。
なのに――――この酒場の喧噪の中では、どれもがおいしそうに見えた。

サキュバスAが無言で促すので、まず、ローストビーフの薄切りを口に運ぶ。
口から僅かにはみ出す大きさのそれを、唇を蠢かせて口内に収め、噛み締める。
溢れた肉汁を喉の奥へと流し込みながら、一口、二口と飲み込んで、再び酒へ口をつけた。

堕女神「……とても、美味しいです」

サキュA「でしょう? このお店の肉料理は最高ですよ。秋からはリブステーキも始まりますから、また来ましょう」

堕女神「…………また」

サキュA「ところで、堕女神さん。先ほどから……何か、ご不思議な事でも?」

堕女神「え? あ、いえ……。それはともかく、サキュバスB……は……?」

サキュA「時間も場所も、ちゃんと伝えてあるのに。あの子と来たらいつも……」

堕女神「これもまた不思議なのですが。サキュバスBとあなたが、ああも仲が良いのが」

サキュA「え?」

堕女神「畏れながら、類型が違うというか……あなたと彼女では、性格も……趣向も。およそ、似ている部分は見受けられなくて」

サキュA「……そうですわねぇ。でも、そういうものではなくて?」

堕女神「は……」





529: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:47:44.38 ID:hk52MCZ3o

サキュA「『違う』からこそ、ともに居て楽しいのです。自分を丸写ししたような相手といても面白くはありませんわ。
      ……それにあの子はからかい甲斐がありますもの、ね?」

言うと彼女はエールを飲み干し、次いで給仕を呼び寄せ、メニューを指さして追加の酒を頼んだ。

サキュA「それに実はあの子、意外とサキュバスとしてはやりますのよ?」

堕女神「はぁ……」

サキュA「殿方の願望のひとつ。『明るくてちょっとお莫迦で、ませた少女』とあれやこれや。奇妙にも、この浪漫は無くなる様子がございません」

堕女神「…………中々、深いものですね」

給仕「いや、それ言ったら堕女神様も悪くはないですよ? はい、お待ち。ご注文の発泡ワイン」

先ほどの給仕が、サキュバスAの前に細口のグラスとボトルを置きながら話題に混ざってきた。

給仕「真面目で堅物、隙無し。でも実は意外とエロい。なかなか強力だと思いますがね」

堕女神「だっ……誰の事ですか!?」

サキュA「ええ、その通り。話が分かりますわね」

給仕「ちなみにあんたも。飄々としてるくせに中身はドM。垂涎よ、垂涎」

サキュA「ん、なっ……!?」

給仕「それじゃごゆっくり、お二人さん。ご注文があればお呼びくださぁい」

尻尾をふりふり、給仕はカウンター内へ戻ってしまう。
残されたのは、辻斬りに性情を暴露されてしまった『淫魔』が二人。





530: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:48:11.14 ID:hk52MCZ3o

堕女神「……そ、その。お注ぎ……します」

サキュA「え、あ、あぁ……はい、どうも」

気まずい間を誤魔化すように、堕女神がボトルを取り、サキュバスAのグラスに注ぐ。
薄い黄金の液体に、細かな泡が混じり、細いグラスを埋めていく。
注ぎ終えると、彼女はそれを一息に干した。

サキュA「ふー……」

堕女神「……あ、あの。サキュバスA?」

サキュA「……全く。私が言いたかったのに」

堕女神「えっ」

サキュA「何でもございませんわ。全くもう」

サラダを頬張り、手酌で注いだ酒を仰ぐ。
ほんの数分もせずに発泡ワインの瓶は半分まで空いてしまい、すぐに彼女の目は品書きの上を滑る。

サキュA「……ところで、あの方が『勇者』だったという事は、当然知っていますわよね」

堕女神「……はい。確かにお聞きしました」

品書きの上に目を落としながらも、サキュバスAの声は鋭く、落ち着いていた。

サキュA「なら。人間界につい最近『魔王』が現れた、という事になりますわね?」

堕女神「……はい」





531: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:48:38.99 ID:hk52MCZ3o

サキュA「千年前の『魔王、人間界侵攻』。あれは大事でした。……だけど今回、『魔王』の存在を匂わす事が、起こりましたか?」

堕女神「いえ。この百年。何も」

サキュA「『魔王』は、何者なのか。ずっと引っかかっておりましたわ」

堕女神「そもそもにして。『魔王』とは何を指すものなのでしょう?」

サキュA「一説には、何者かの啓示を受けて人間界の『滅亡』を宿命づけられた存在。
      それはさながら人間界を救う存在として任じられた、『勇者』の対極に位置するもの、として」

堕女神「……だとすれば、『魔王』もまた、変哲ない『魔族』の一人だったと?」

サキュA「『魔王』の生まれるメカニズムは未だに解明されておりません。種族なのか、体系なのか。一人なのか、何人もいるのか。
      それさえも。ただ共通しているのは、『次元を繋ぎ変える』事さえも可能なほどの魔力を有している事」

堕女神「…………」

酒の席でするような、軽い話ではなくなってきた。
乾きかけた喉を潤そうとエールを傾けると、ちびちびと飲んでいたのが、ようやく底をつく。
それに気付いたサキュバスAが、もう一本のグラスを取り、発泡ワインを注いでくれた。

堕女神「ありがとうございます。……それにしても……考える程に不可思議な事ばかり」

サキュA「……淫魔が人間の精を求めるように。『魔王』『勇者』もまた、魔族と人間の繋がりの、ひとつの形にしかすぎぬのやも」

堕女神「なら、……魔界と人間界は、討ち果たし合うのが道理だとでも?」

サキュA「そう単純でもありませんわねぇ。千年前には私達だけではなく、『インキュバス』までもが人間と肩を並べた。ご存知でしょう」

堕女神「……その時の事は、貴女の方がお詳しい筈」





532: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:49:15.21 ID:hk52MCZ3o

サキュA「ええ。……まぁ、それは置いておくとして。何か、楽しい話に変えましょう」

堕女神「…………はい」

どちらからともなく、しいて言えば同時にグラスを傾け、ぐっと飲み干す。
それを見ていた給仕が注文を取りにやってきて、今度は、『赤』を頼んだ。
給仕が、客が引けはじめた店内を歩き、すぐに新しいグラスと酒瓶を盆に載せて持ってきた直後。
――――ようやく、かしましい声の主が店内へと到着した。

サキュB「ご、ごめんなさい……遅れちゃいました! あ、堕女神様! お久しぶりです!」

扉をばんと開けて、店中の視線を集めながら少女のような姿のサキュバスが歩いてくる。
動きやすいショートパンツの服装は、いかにもよく似合っていた。

堕女神「どうかなさったのですか? そんなに息を切らせて……」

サキュB「そ、その……まぁ。あれ、Aちゃん? どうしたの?」

サキュA「いいえ、別に。さ、おかけなさい」

サキュB「う、うん?」

いつの間にかサキュバスAが椅子を一脚用意しており、堕女神の左手側、サキュバスAの右手側、二人の間に彼女は座った。

サキュA「……ちょっと、ゲームをいたしませんこと? 場がどうも少し重いので」

堕女神「ゲームでしょうか?」

サキュB「え、どんなの?」

サキュA「……先ほど、飲み物と一緒に頼んでおきました。こちらを用いますわ」

いつの間にか、テーブルの上に三切れの、丸く巻かれたローストビーフが盛られた皿があった。
ピックを刺してあるものの――――柄の部分に、どうにも剣呑なドクロがあしらわれていた。





533: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:49:44.57 ID:hk52MCZ3o

サキュA「芸はありませんが、このうち一つは大量のカラシ入り。それを食べた方は、他二人の質問にそれぞれ一つずつ、正直に答える事」

サキュB「……はずれ引いても、我慢すればいいんじゃないの?」

堕女神「私もそのように存じます」

サキュA「不可能ですわ。場合によってはひきつけを起こすほどの辛さ。……私も昔、死んでしまうかと思いました」

脅すように付け加えられると、サキュバスBの背筋が伸び、生唾を呑みこんだらしい。

サキュB「……じゅ、順番は?」

サキュA「貴女が最初に決まってるでしょ?」

サキュB「うぇっ!?」

サキュA「当然よ、遅刻したんだもの」

サキュB「……う、うぅぅぅぅ」

堕女神「……それでは、二番手に私で」

サキュA「あら、随分と乗り気ですのね」

堕女神「順番はともあれ、必ず引かねばならないのですから」

サキュA「では、最後は私ですわね。さて、さっさと引きなさいな? B」

サキュB「ん…………」

促されると、彼女は真剣な眼差しで、三つの肉を品定めする。
見た目に違いは無く、刺さっているピックの角度も同じだった。
内側に巻いてあるのなら、横から見れば分かるかもしれないが――――側面には、薄切りの玉葱が詰めてあって見えない。





534: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:50:42.19 ID:hk52MCZ3o

サキュB「そ、それじゃ……これ!」

ようやく意を決したのか、彼女が肉を選んで一息に口へ運ぶ。

サキュA「飲み込むのはナシよ? きちんと噛み締めること」

サキュB「んぎゅっ……!」

先を読まれたサキュバスBが、奥歯で飲み込みかけた肉を噛み締める。
そのまま、数秒。場にちょっとした緊張が走り――――やがて。

サキュB「せ、セーフだよっ!」

サキュA「チッ」

サキュB「今『ちっ』って言った?」

堕女神「……それでは、次。……私ですね」

二番手、堕女神が残り二つの肉から片方をすんなりと引いて、口へ運ぶ。
元より、迷うだけの外観の違いは無い。
ならば、問われるのは選別眼ではなく運だ。

口へ運び、ピックを抜き取りながら咀嚼する。
先ほど食したものと同じく、上等な味わいの中に玉葱の辛さがアクセントに――――

堕女神「んっ……!? っ〜〜〜〜〜!」

眼の奥を叩かれるような――――強烈な痛みが、脳髄まで一気に駆け抜ける。
涙腺を貫くような香りに追い出されるようにして涙がこぼれ落ち、視界が一瞬で水底へ沈んだ、ように見えた。

震える手でテーブルを探り、ワイングラスを探し当て――――『罰』を押し流すように、喉の奥へと流し込んだ。

サキュA「あはははっ! ハズレを引いてしまいましたわね!?」

サキュB「う、わっ……だ、大丈夫ですか?お水いりますか!?」

堕女神「はぁー……! はぁ……! い、いくらなんでも……これは、行き過ぎでは……」





535: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:51:29.31 ID:hk52MCZ3o

意外なほど簡単にそれは落ち着き、喉を焼かれたようで声を出せるかどうかも怪しかったが、すぐに回復した。
見ればサキュバスAは笑い転げ、サキュバスBは心配そうに、下から覗きこんでいた。

サキュA「ふふっ……勝利、いえ敗北は確定ですが、引かぬのも不公平ですわね。それでは、私も……。……ぐぶっ……!」

自信満々、勝ち誇るように残った肉を頬張り、噛み切った時。
彼女の表情もまた凍りつき、滂沱の涙をこぼして悶えだした。

サキュB「えっ……!? は、ハズレは堕女神様だよね!?」

堕女神「は、い……そう、ですが」

サキュA「こ、こん……な……どう、な……って……!」

給仕「何ってあんた。メニューちゃんと見なかったろ?ハズレがひとつ、じゃないよ。アタリがひとつだけなんだよ、それ」

空いた酒瓶とタンブラーを集めて回っていた給仕が、視線も向けずにそう言う。

サキュB「……ってことは」

堕女神「……一人勝ちになりますね」

サキュA「……く、ご、誤算……げほっ」

サキュB「えっ……て事は、わたしが……二人に一つずつ質問していいんだよね?」

サキュA「……ええ」

堕女神「……ルールですから」





536: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:51:57.90 ID:hk52MCZ3o

サキュB「でも、なー……それじゃまず、Aちゃんから」

サキュバスBは金色の目をどこか鈍く輝かせて、いつもの意趣返しでも企てるように、一句一句、はっきりと聴こえるように『権利』を使った。

サキュB「陛下にしてもらって、一番うれしかった事は?」

堕女神「え」

サキュA「やっぱり、そっちで攻めるのね」

サキュB「Aちゃんが勝ったら、こういう事訊くつもりだったんでしょ? ほら、答えて」

サキュA「…………くっ」

見透かされていて、観念するように――――サキュバスAは、口を開く。

サキュA「……この間。少しだけ、脚を挫いてしまった時の事」

サキュB「うんうん」

サキュA「腫れてしまって。……立てなくてへたり込んでいたら、陛下が……その。横に、抱い……て……」

サキュB「つまり、『お姫様抱っこ』!?」

サキュA「声! 声、大きい! ……ですわ。そのまま廊下の椅子に座らせてくれて。い、以上! もういいでしょう!?」

サキュB「ずるいなー。……さて、次。堕女神様だよね?」

堕女神「うっ……!?」





537: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:52:51.39 ID:hk52MCZ3o

一体、何を問われるか――――分かったものでは無い。
否、分かり切っていた。
そして、避けられない。

サキュB「ずばり。陛下のどこがお好きですか!?」

サキュA「あらあら。……それは、是非お聴きしたい質問ですわねぇ」

早くも立ち直った彼女が、いつもの嗜虐じみた薄笑いを取り戻して、にやにやと堕女神を見ていた。

堕女神「…………それ、は……その」

サキュA「……負けたからには、果たしてもらわなければ困りますわよ」

サキュB「で、どこです? カッコいい所?強いから? それとも、エ――――」

堕女神「ち、違います! そんな事じゃなくて……!」

慌てて制して、最後まで言わせぬようにしてから――――ようやく、言葉にする。
しかしその前に、ワイングラスに注がれた『赤』を飲み干して、勢いをつけた。

堕女神「ぜ、…………全部……です」

サキュA「Wow!」

サキュB「いぇーい!」

辱めに耐えるような表情を浮かべながらそれだけ言うと、淫魔二人は顔を見合わせ、互いの手を打って、獲物を仕留めた弓兵のように歓声を上げる。
否、それだけに留まらず――――

客1「ね、ねぇ! 聞いた!? 堕女神様が今、『陛下は全部イイ』って!」

客2「あの堕女神様がねぇ。いやー、わかんないもんよね」

客3「聞こえた聞こえた! 『王様は、全部ステキ』って!」

給仕「いやー、甘酸っぱいねー。そういう話聞くの滅多にないからねぇ、この国」

気付けば、店内の客も皆が耳をそばだてていたらしく――――酒場は、ちょっとした熱狂の渦だ。

堕女神「ち、違っ! そういう事ではなくて!」





538: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:53:19.93 ID:hk52MCZ3o

サキュA「え。ならどういう事ですの?」

サキュB「全部好きーって言った! ……あ、すみませーん。昨日もらったレモンのお酒ください!」

サキュA「あれは食後酒よ? それに度数も強いわ。あまり空腹に入れるものじゃ……」

サキュB「へっへーん! お腹ぺこぺこじゃないもーん!」

サキュA「あっ……! おつまみが全滅!?ちょっといつの間に!?」

サキュB「だって、あんまり食べてないみたいだし」

給仕「……はいはい、そこまで。いい話聞かせてもらったし、特別にサービスだよ。ニンニクたっぷりのスパゲティと、ポテトのフライ作ってやるってさ」

サキュA「え……構いませんの?」

サキュB「ありがとーです! あ、私オリーブ抜きで!」

サキュA「それでは、お言葉に甘えましょう。堕女神さん?」

堕女神「…………はい」

意外なほど早く、直中に置かれた酒場の喧噪は失せてくれた。
給仕が奥で何やら交渉すると、すぐにニンニクを炒めて唐辛子と絡める良い薫りがしてきた。

サキュA「……どうです、堕女神さん。中々、こういう席も良いものでしょう?」

サキュバスAが、微笑み、店内を手で指し回してから言った。

サキュA「……ちなみに、提案したのはBですのよ」





539: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:53:46.69 ID:hk52MCZ3o

堕女神「……サキュバスB? が?」

サキュB「え、えっと。陛下とお話したんです。堕女神、様……少しだけ、背負い込み過ぎだ、って。だから……」

サキュA「彼女を責めないであげてくださいな。……確かに貴女は、背負い過ぎです。陛下が現れた今、荷を少し下ろすべきだと私も思いますわ」

堕女神「はぁ……」

サキュA「貴女は、百年にわたって女王の代理を務め、新たな『王』を待った。……せめて、そのささやかな労いと思って下さい。というのが、サキュバスBの言いたい事でしょう?」

堕女神「…………」

サキュA「貴女も今や、我らの一員。『淫魔』の一属です。だから。……今宵はその歓迎会だと思っていただけませんか」

彼女の物言いに、含みは無い。
それは恐らく本心で、本意で、招いてくれた意味でもある。

堕女神「……サキュバスB」

サキュB「え? は、はい」

堕女神「……ありがとうございました、招いてくれて。……それにしても、なぜ遅れたのです?」

サキュB「ラミアの子達とボール遊びしてたら、空き地の隣の家に飛び込んじゃって……必死で謝ってました。『魔界淫獄植物』の鉢植えがダメになっちゃった……って……お説教されちゃいました。『ばかもーん!』って」

堕女神「……ちゃんと謝りましたか?」

サキュB「は、はい! もちろん!」

サキュA「全く、もう……」





540: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:54:55.34 ID:hk52MCZ3o

****

その後、数時間。
夜も更けてすっかりと酔客は引けてしまい、給仕がそれでも残った客の注文を受けるより、テーブルを片付けて回る時間の方が多くなった頃。

堕女神は、高く積んだ皿やグラス、空いたボトルの合間を縫うように、べったりとテーブルにもたれて眠ってしまっていた。
横を向いた寝顔の口元からは、酒気を含んだ寝息が漏れている。
そして、サキュバスAとサキュバスBは、そんな彼女のだらしない寝姿を見ながら、ちびちびと飲み交わしていた。

サキュバスA「貴重ね。堕女神さんのこんな姿を見られるなんて?」

サキュバスB「……え? え、うん……そう、らねぇ……?」

返事はぐにゃりとして、普段にもましていっそう呂律が回っていない。
うつらうつらと船を漕いで、今にも眠りに落ちてしまいそうだ。

サキュバスA「貴女も相当キてるわね。そういえば……私に何かある、って言ってらしたけれど……何なのかしら? 聞きそびれてしまったわね」

サキュバスAの顔は、ほんの少し赤みを帯びている程度にとどまり、
今飲んでいるのはワインでもエールでもなく、度数の強い琥珀色の酒。

給仕「……それにしても、あんたも鬼ね」

サキュA「何がかしら」

給仕「いや。いつもいつも思うけどさ。『酔った女』なんてたとえ人類でも始末に負えないじゃないか。
    それがもし『酔った淫魔』だったらもうヤバいわ。これ以上タチの悪い空間なんて他にあると思う?」

一通りテーブルを片付け終えた給仕が、話に加わる。
店内には潰れた客しか残っておらず、シラフの者は彼女しかいない。

サキュA「……確かにそうですわね」

給仕「脱ぐわ絡むわ、テーブルの上でストリップ対決するわ。挙句の果てにチチ揉み尻揉み、セクハラ三昧。堕女神様はよく無事で終わったもんよ」

サキュA「……恐らく、皆……堕女神さんが好きだから、なのでしょう?」





541: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:55:30.56 ID:hk52MCZ3o

給仕「ああ、そうだよ。……私も驚いたさ。なにせ、堕女神様。『城下町の淫魔全員の顔と名前』、記憶してるってんだから」

サキュA「誕生日、年齢までも。……流石に性癖までは知らないようですけれど」

給仕「……愚痴ぐらい飛び出すかと思ったんだよ。でも、堕女神様は……初めての休日、初めてのバカ飲みでも、
    一言も愚痴を言わなかった。それってさ、凄い事じゃないか」

サキュA「……ええ。その通り。……何か、かけるものを彼女と……ついでに、Bへ」

給仕「あいよ。『氷水』でいい?」

サキュA「それも愉しそうですわ。でもまぁ、毛布か何かにしておいてくれると」

給仕「あんた、今半分本気だったろ。……ちょっと待ってな」

給仕が奥に毛布を取りに行き、戻ってきた時には、もうサキュバスBも潰れてテーブルに沈んで、枕にしている腕に涎が垂れていた。

サキュA「…………今宵は、楽しいお酒がいただけましたわね。これもまた、陛下のおかげでしょうね」

テーブルに突っ伏して眠る二人を見る彼女の眼は、どこか優しい。
締めの一杯、最後のひと口を飲み終えると、サキュバスAはにこりと笑って。

サキュA「さて、堕女神さんの寝顔を肴になさいましょうか。すみませんが、追加で……」


二人に毛布をかけた給仕に、酒を頼む。
数分して、ワインがもう一瓶だけ運ばれてきた。
給仕にそれを注いでもらうと、その『赤』の向こうに、『堕ちた女神』の顔を覗いた。

サキュA「……とりあえず、起きたら……『頼み』とやらを、訊いてみる事にしましょうか」

すっかり喧噪の収まった酒場で、彼女はそう言うと。
ゆっくりと、必要以上に遅いしぐさで葡萄酒を乾した。



(完)





542: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/14(月) 00:56:16.87 ID:hk52MCZ3o

※登場人物紹介

登場人物

勇者:
人間界を救った後、ある経緯で淫魔の国の王になった。
胸の大きさにこだわりはない。

堕女神:
淫魔の国の王になった勇者を支える。勇者が現れるまでは一時的に女王の代理を務めていた事がある、元・愛の女神

サキュバスA(サキュA):
使用人として働く、通常型のサキュバス。人を化かして煙に巻くのを好み、飄々として本音を見せない。
ある意味淫魔らしい淫魔。

サキュバスB(サキュB):
同じく使用人のサキュバス。
外見も言葉遣いも子供っぽいが、わりと気遣いはできる。
カードコレクター。





546:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2013/10/14(月) 08:12:33.17 ID:pIqadP+do

今回も面白かった!

乙乙





547:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2013/10/14(月) 10:59:44.94 ID:PImD7HHjo

やはり素晴らしい
サキュバスAの恥じらう姿が見れて良かった





556:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2013/10/15(火) 08:46:00.04 ID:FUNF4vrg0

堕女神かわいいいいい!!!!
勇者うらやましいいいいいい!!!!





593: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:41:21.55 ID:71Iel06ko

****

「…………あぁぁぁぁっ!?」

城へ帰ってきた翌朝、大食堂にて朝食にありついていると――――そんな叫びが出た。
ある事を思い出した結果、思考がそれを明文にする事さえ追いつかず。
焦燥のまま、叫びが口をついた。
思わず口元に運びかけていた蜂蜜のトーストを取り落としかけ、間一髪でそれを受け止める。

「陛下!? い、いかがなさりました?」

叫びを聞きつけ、堕女神が駆けつけてくる。
その手におかわり分のティーポットを持ったまま、彼女は動揺しながら、こちらへ小走りに寄ってくる。

「忘れてたっ……! 昨日、洗濯に回したズボンの中に…………!」
「え……?」
「入ってたんだよ! い、色々!」

立ち上がりながら、あの地へ持って行った物、持ち帰った物を脳内へ列挙する。
ポケットに入れっぱなしだったのは、奇妙な地図と……奇妙な、『卵』。

「それでしたら……今朝、洗濯される手筈です。ええ、丁度今頃。何か出し忘れたのですか?」
「と、とにかく……! 洗濯場に行ってくる!」

持っていた分のトーストを口に放り込むと、飲み下す間も惜しんで、堕女神を残して廊下に出る。
少し冷たくなった朝の空気を裂いて、一直線に廊下を駆けて洗濯場へ向かう。





594: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:42:27.95 ID:71Iel06ko

「くそっ……! 頼む、頼むから何事も起きていないでくれよ!」

エントランスを抜けて、中庭を抜けて、城館の内側、それでも日の当たる部分に設けられた洗濯場へ舞い込む。
そこには何条もの物干しが吊られ、シーツ類がかけられ、朝日に干されてはためいていた。
片隅にはポンプと桶、金属製の洗濯板が何組か置かれ、
石鹸の香りが漂うその一角で、サキュバスAを運よく見つける事ができた。

「お、おい! サキュバスA!」
「……陛下? 血相を変えて、何かございましたか?」

昨日洗濯に出したシャツを洗う手を休め、彼女は立ち上がる。

「昨日洗濯したズボンはどこだ!?」
「は……? それでしたら、とうに終えて……あちらへ、干しましてよ」

指差した干し竿に、あのズボンが揺れていた。
ひとまずは何も起こっていない事に安堵し、もう一度、彼女へ向き直る。

「ポケットに何か入っていなかったか!?」
「……あの、陛下? 一体、何が」
「いいから答えるんだ! 中身は!?」
「いえ。何も入ってなどおりませんでしたわ。洗濯前は念入りに検めますもの。
 ポケットの中身も全てひっくりかえしてお検めいたしました」

「えっ……!?」
「ほんの少し、切れた草が入ってはおりましたけれど……他には何も。空っぽでしてよ」
「空……?」
「あ、でも……そういえば」
「そういえば?」
「あの後、一度城内に集積した洗濯物を洗濯場まで運んだのはサキュバスBでしたわね」
「Bは!?」
「今朝は正面玄関の清掃ですわ。その後は西棟の三階廊下。あそこにはガラスの置物が多くて、危険かと思ったのですけれど……」





595: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:43:11.70 ID:71Iel06ko

それだけ聞けると、充分だった。
ともかく、何も起こってはいない事を知ると、とたんに落ち着きが出た。
彼女へ背を向け、城内へ戻ろうとした直後、もう一度振り返る。

「わかった、ありがとう。……それと」
「はい?」
「……今夜は、サキュバスBにバレないように来るといい」
「あらぁ、私と遊んでくれますの? 『サキュバス』を寝所へ誘惑なさるなんて、なかなか豪胆ですのね」
「今さら言うか。……いいから来い。退屈はさせないさ」

照れ隠しに言ったはずの言葉が、妙に、勇者自身でも不思議になるほど不敵な響きになった。
声色が低く落ち着き、そのまま彼女の目を見ると、一瞬だけ、瞳孔が細まり揺らぐのに気付く。

「どうした?」
「……全く、どちらが『淫魔』なのやら。それでは……陛下。また、後ほど」
「……? ああ。それじゃ」

どこか落ち着かなそうな彼女を残し、城内へと大股でゆっくり、戻る。
目的地は正面玄関だが――――妙な胸騒ぎを覚えて、途中で西棟の教えられた区域へ変更した。
正面玄関と西棟三階は遠く離れているため、入れ違いになるよりは、そこで待つ方が確実だ。
それに……いつもいつも、サキュバスBは『悪い方』を引いてくるものだから。
過失が多い、というだけではなく。
訊く限り、彼女には失敗談が余りに多すぎる。
いつかは吸精に出向いた先の人間に酷くおちょくられた話を聞き、そしてまた、倒錯趣味の女性に酷い目に遭わされた、という話も加わった。
とにかく、彼女は『持っている』のだ。
ガラスの置物になど、とても近づけられない。





596: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:43:53.56 ID:71Iel06ko

――――辿り着くと、そこで、彼女は今まさに掃除に取りかかろうとしている所だった。
大理石の床を磨くための準備をし、精緻なガラス細工を並べたチェストの前で、――――今にも。

「サキュバスB。動くな」
「えっ!? へ、陛下!?」
「よし、そのまま手を上げてこっちに来るんだ。ゆっくり」
「わ、分かりましたっ!」

最後の警告を施すような声色で、彼女へ告げると――――弾かれたように、立ち上がった。
ちょうど背後に飛竜を模した透き硝子の置物を隠すような恰好で、言われた通り、彼女は両手をぴんと上げて向かってくる。

「あ、あの、陛下? わたし、今日はまだ……何も……」
「……分かってるよ。訊きたい事がある」
「え? 何ですか?」
「手は下ろしていい。城内に集めた洗濯物を洗濯場に移したのは、お前だな?」
「はい」
「その時、何か……変な物を見つけなかったか?」
「へんなもの、ですか?」

ぐーっと頭を横に倒してしばし彼女は考え――――やがて、答えた。

「……いえ。ごめんなさい陛下。何も無かったですよ」
「……そうか」
「ちなみに――――その、へんなもの、って?」
「ああ。これぐらいの、『卵』みたいな」
「あ、ローパーの卵ですね。それなら持ってますよ、ほら!」
「持ってんじゃねーかっ!」

サキュバスBが取り出したのは、間違いなく、あの『卵』だった。
どす黒い殻に、沈んだ紫色の不気味な斑点の色合いは、間違えようもない。
それをあわててひったくると、今度こそ、間違いなくポケットにしまう。





597: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:45:21.74 ID:71Iel06ko

「それ、陛下のだったんですか?」
「……『俺の』、なのかは分からないが持ち帰ったのは事実だよ」
「でも、その卵……おかしいですよ?」
「何が?」
「えっと、『ローパー』の卵って、本当はぬるぬるの粘液に包まれてるんですよ。で、それを相手の中に産みつけて……それで、増えるんです」
「ふむ?」
「ですから、そんな乾いてる状態なんておかしいんですよ。でも触った感じ、死んでる感じもしないですし……」
「…………その事も含めて、お前に、訊きたかった事がいくつかあるんだ」
「え、……はい、何ですか?」
「お前、ローパーに勝てるか?」
「は……? え、勝つ?」
「聞いた通りだ。戦ったとして、ローパーに負ける事があるのか?」
「んー……と。考えた事もないです。動物いじめちゃいけないんですよ?」
「だけど、まぁ……そうだな。襲ってきたとして、の話だ」
「その時は……そうですね。触手を掴んでから、叱りますねー」

彼女は、そんな事を言ってのける。
まるで『小動物をいじめてはいけません』とでも言うように、呑気な口調で。
彼女にとって、サキュバスにとって――――ローパーは、土俵そのものが違うのだ。
戦う対象でもなく、レベルも違う。『倒す』などという概念さえ無く、払う露にも過ぎないだろう。

だが――――あの時出くわした、この『卵』は違う。
出会った中でも最も攻撃的な性格だった淫魔、サキュバスCを打ち倒して、
幾重もの雷撃にさえ持ちこたえ、再生までしてのけた。
異常性を思い出して身震いしかけたところへ、彼女は口の滑りに任せて付け加える。

「ちなみにAちゃんの場合は、『や、やめっ……汚らわしい……! 離しなさい!』って抵抗するフリしてちょっと楽しんでました」
「『ました』!?」
「昔飼ってたローパー、最初は言う事聞かなかったらしくて。振りほどいてキックするまでの二時間ぐらい遊んでましたよ」
「……あいつって、意外とアホだな」
「そ、それで……陛下。他には?」





598: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:46:15.60 ID:71Iel06ko

サキュバスAに、サキュバスBが休みの間に人間界へ向かったという話を聞いた時に、どうしても興味の湧く事があった。
彼女が倒錯趣味の女性に捕まった、という点ではなく――――その『舞台』に。

「……陛下? あの?」
「…………いや。ともかく、この『卵』は預かる。何があるか分からないしさ」
「はーい。でもそれ、何なんですかね? すごい気配がしますよ、中から」
「さぁな。俺にも分からない。……で、他に何も入ってなかったのか? 例えば、これぐらいの……紙切れとかさ」

取り上げた『卵』を仕舞いながら、指で虚空に描くように、入っていたはずの地図の大きさを示す。
ところが、彼女は小首をかしげる程度で、要領は得られない。

「何もありませんでしたよ? 懐紙と一緒にお洗濯して堕女神様に怒られてから、注意するようにしてますし」
「……そっか、分かった。それはそうと、俺は少しだけ出てくるよ。小一時間で戻るから、堕女神にもそう伝えておいてくれるか?」
「はい、分かりました。どこ行くんです?」
「ちょっと、……野暮用にな」





599: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:46:58.29 ID:71Iel06ko

****

「……で、私の店に?」

訪れた城下の淫具店は、相変わらずだ。
棚にはいくつもの種類の器具が並び、壁面に吊るされた薬草の束から妙に艶めいた香りが立ち上っている。
その中で、いつか見た『カード』の陳列箱はすっかり空っぽで、売り切れを示す文言が書かれていた。
店の中央の陳列台、その上にシャンデリアのように下がった『大瓶』を見つけて、彼女へ、店主へ目を移す。

「ああ。……その『触手』について、ちょっと話を聞きたいんだ」
「はぁ、私の知っている事でよろしければ。……立ち話も何ですし、こちらへどうぞ」

そう言うと、彼女は売り場から続く三つの部屋のうち一つの扉を開け、手招きする。
扉から見えたのは、妖しい灯りに照らされた、寝台の一部。

「オイ、そっち寝室だろ……」
「いえ? 違いますわよ。私の寝室は二階にございますし」
「じゃあ、何だその部屋」
「人間も、服を買う時にはサイズが合うか試すものでは?」
「え、何……試着室とか、そういうあれ?」
「よーく吟味しなければなりませんもの。まして、身体のデリケートな部分に密着、もとい密接に関わる物ですからね」
「分かった、分かったって」





600: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:48:15.81 ID:71Iel06ko

この国に来て、何十回目になるか分からないカルチャーギャップを飲み込みながらも、勧められるまま、
淫獣が口を開けたような『フィッティングルーム』へ進む。
店内の奥に位置するその小部屋は、皺ひとつなく整えられたシーツは見事であるものの、窓がない。
扉を閉めてしまえば、真っ暗くなると思われるが――――不自然なほどに、明るい。
探しても照明器具は見当たらないのに、どこからか発せられる明るい桃色の光で、部屋全体が照らされていた。
部屋にあるのは、二人で寝るには少し手狭なベッドと、全身を写す姿見だけだった。

「……おい。まさか……俺、騙されてる?」
「いえいえ、滅相も無い。ささ、どうぞ楽になさって。ご遠慮なく」
「あ、ああ。分かった……」

部屋の雰囲気はどこかおかしくて目がチカチカしそうだが、少なくとも、そういう気配はない。
それでもどこか警戒しながらベッドに腰掛けると、ふかふかした感触が伝わり、ほんの少しだけ緊張が和らいだ。

「さて。……『あれ』の話でしたね?」

少し離れて、靴を脱いでベッドに上がった店主が、しなを作るように座って話を切り出す。

「以前お訪ねになられた折、お話いたしましたか。『あれ』は、魔界最強のローパーの触手の欠片です。
 魔族の魔術は通じず、その存在は永遠、と」

「……そこだ。つまり、『不老不死』という事でいいのか?」

「ええ、そうなりましょう。直に見た事が無いので伝聞になりますが。
 遠景の山を穿ち、見渡す限りを炎の海に変え、氷塊を流星群のように降らせる魔術さえ使うと」





601: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:49:03.85 ID:71Iel06ko

述べる彼女の顔に、『畏れ』のようなものはない。
その顔は、人々がかつての世で口にしていた『勇者の伝説』を語る顔と同じで、どこか遠い。

「それが本当なら、確かに『最強』のローパーだな」
「本当ならば、です。否定する気はありませんが、肯定できる程の現実味がないのも、また事実というもので」
「しかし、何故ローパーがそうなる必要がある? 魔族も亜人も溢れるこの魔界で、どうすればそんな進化ができるんだ」
「私に申されましても。そればかりは、直接お話するしか……」
「何と?」
「彼の種族。『キングローパー』本人と、です」

『種族』の名前が呟かれた時、ポケットの中の『それ』がわずかに蠢いた気がした。
ポケットの中に手を入れて、それを緩く握ると――――店主が、悪戯めいた視線を投げかけてきた。

「あらあらあら。……ひょっとして、お熱を持ちましたの?」
「違う!」
「と、仰られてもねぇ。ポケットに片手を入れて、まさぐるなんて……」
「だから違うんだって!」

ムキになって弁解すればするほど、彼女は喜色満面、といった様子になり――――いっそう意地悪くなる。
そんな軽妙な姿が、どうしても誰かに似ている気がした。

「……実は、うちの城のサキュバスAと血縁だったりしないか?」
「いえ? 確かに知り合いではありますけれど、血のつながりはありませんよ」
「…………そうか」
「あぁ、そういえば……この間、彼女が当店に参りました」

意地悪な微笑みを落ち着かせると、思い出したように店主が言う。





602: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/24(木) 00:50:03.13 ID:71Iel06ko

「二言三言、世間話を交わして――――当店の目玉商品を買っていかれましたよ」
「目玉?」
「……ふふふ、おとぼけなさって。それで、何のお話をしてらしたか――――ああ、そうそう。キングローパーの事でしたね」
「ああ、そうだった」
「正直、私も文献以上の事は存じ上げません。お役にたてず申し訳ありません」
「いや、いいよ。……調子に乗ってもう一つだけ、頼みがある」
「はい」
「あの『触手』、譲ってくれないか」

申し出ると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、彼女は背筋を伸ばした。

「え?」
「礼はする。少し試したい事があって必要なんだ」
「ええ、お渡しする事は構いません。……お代は、お後の『精液払い』でよろしいですよ」
「分かった、無茶を言って悪いな。今、持って帰ってもいいか?」
「陛下御自ら?」

未だ驚いたままの彼女へ、大きく頷き、腰を上げる。

「というより。あれを持って帰れるのは、恐らく俺だけだ。……かび臭い『伝説』同士、餅は餅屋さ」
「はぁ……ところで、陛下。お代の事ですけれども」
「?」

「その。……未払いの品代がございます。それも含めて『精液払い』になさいますか?」





618: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:06:32.89 ID:tZ/5M3K+o

****

「陛下。お一つだけお訊ねしてもよろしいでしょうか?」
「…………はい」
「『それ』は、何でしょう?」

呆れ果てたような口調の中に、どこか剣呑な気配を漂わせて堕女神が問う。
所はエントランスホールの中心で、身体の前で手を組みながら、こちらを。
より正しく言うのなら――――こちらの背後にいる、『それ』をじっと見つめて。

「……ローパー、です」

背後には、あの農園で見つけたローパーが一回り程大きい状態になって、ぐねぐねと蠢いていた。
エントランスの扉から絨毯の上までナメクジでも這ったような粘液のラインを引きながら、ついてきている。
妙に粘度の高いそれは、拭き取る事さえも難儀しそうだった。

「全く状況が掴めないのは、私の至らなさ故でしょうか?」
「いや、その……俺も掴めてない、です」
「何が起きたのですか?」
「……見せたよな、あの『卵』」
「はい」
「あれが……孵ったんだ。……戻ってくる途中で」
「は?」


――――淫具店から、瓶詰めの『触手』を持って帰る途中の事だった。
抱えて持って帰る途中、ようやく城に差しかかった時、『卵』と『触手』が激しく動き始め、つい瓶を落として割ってしまって。
何かがポケットを突き破るのを感じた次の瞬間には、『これ』が出現していた。

本当にそれだけとしか言えず、他には何も分からない。
とりあえずそう説明しても、堕女神は眉を波打たせて、怪訝そうな顔をして要領を得ない。





619: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:07:23.22 ID:tZ/5M3K+o

「危険は……無いのですか?」
「ああ……敵意は感じない」

一歩進み出て、後ろを振り返る。
改めてそれを見ると、笑えてくるほどグロテスクな代物だ。
赤紫色の触手の塊、と表現するしかなく、ぶしゅぶしゅと噴き出す粘液で床が汚れて、その度に遠巻きに眺めるメイド達の顔が曇った。
本来は中心部に『本体』があるはずなのに、取り巻く触手の本数があまりに多すぎて見えない。
意思の疎通が図れるとは思えないが、敵意が無い、という事だけは辛うじて分かる。

「どうされるおつもりですか?」
「…………分かんねぇ……」
「……飼うおつもりでは?」
「…………あ、やっぱりそういう流れになるのか」

犬や猫、いや知能の低い低級のモンスターであっても、身のこなしや表情を見れば考えている事は分かる。
だが単なる触手の塊が相手では、何も分からない。
目も鼻も口もないのでは、察する事などできはしない。
途方にくれていると、遠巻きにしていた使用人達は一人、二人と仕事に戻っていき、エントランスには二人と一匹だけになる。

「…………とりあえず、地下の牢獄に送りましょうか?」
「それでいいのかな。コイツ、妙に強いぞ……」
「はぁ……」





620: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:08:14.36 ID:tZ/5M3K+o

顔を突き合わせて溜め息をつき、ひそひそと話していると――――

「あ、陛下! お帰りなさーい! っ……て、何ですかそのコ!?」

エントランスの吹き抜け、二階部分から大きな声が響いた。
その主、サキュバスBはローパーの姿を見つけると、階段を使わず手すりを飛び越え、そのままの勢いで飛び降りて絨毯の上に着地した。
堕女神が行儀の悪さを咎めようとするよりも前に、彼女はローパーへと物怖じせず近づいていった。

「わー、すっごい元気ですねー……粘液も多くて、ツヤもよくて……うんうん、触手のハリもバッチリ」

握手を求めるように触手を握り、大型の犬でも撫でるように、躊躇いもせずに検めていく彼女は、どこか浮き立っていた。

「陛下が拾ってきたんですか? こんないいローパー、初めて見ました!」
「……結果的にはそうなるかな。っていうかテンション高いなお前」
「…………サキュバスB。あまり近寄らない方が……。それに、お城に置くと決まった訳ではありませんし……」
「え? でも、『今後ともよろしく』って言ってますよ?」
「誰がだよ」
「このコが」
『え?』

ぽかん、と口を開けて、サキュバスBとローパーを交互に見る。
頭の上に浮いた疑問符が見えるようで、彼女は、不思議そうに首を傾げた。





621: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:09:31.76 ID:tZ/5M3K+o

「……ええと、おい。『誰』が、『何』って言ってるって?」

確認の意味を込めて、恐る恐る訊ねる。
返ってきたのは――――念を押すような答えだった。

「このコが。『世話になるぜ。今後ともよろしく』って」
「ちょっと待てよ。何でこいつの言いたい事分かるんだ!?」
「分かりませんかね? 何となく伝わるじゃないですか? ねぇ、堕女神さま」
「……すみません。ちょっと……分かりかねます」
「…………とりあえず、地下牢でいいか?」

ローパーを見つめてそう言って、しばし待つと……次に、横にいるサキュバスへと視線を戻す。

「『ああ、暗くて湿った場所なら文句は言わねぇ。さぁ、連れてってくれよ旦那』って言ってます」
「誰が旦那だ! ……っもう、分かったよ。俺が連れて行く。サキュバスB、お前も来い。堕女神は仕事に戻ってくれ。後で顛末は伝える」
「……え、は……はい。わかりました。それでは。サキュバスB、よろしくお願いしますよ」
「はーい!」

堕女神とそこで別れ、サキュバスBを伴って歩き出すと、ぐじゅぐじゅと音を立て、後ろにローパーが追従した。

「……お前、ちょっと抑えられないのか? 粘液で床が滑るぞ!」
「…………あ、ああうん。陛下。『済まねェ、うっかりしてた。分泌を抑えておく』って」
「何でこんなトコでローパーに謝られなきゃいけないんだ」

心なしかしょげ返ったようなローパーを引き連れて、地下牢へと続く廊下を歩き、重い金属扉を開けて、
地の底まで続くような石造りの階段を下りる。
暗くて冷たい空気を裂いて先導して下っていると、――――冷えた頭が、いくつもの疑問を生じさせてくれた。
吹っ飛んだ現実感がやがて戻ってきて、あの『楽園』で過ごした時の事から、今に至るまでの、全ての答えを求めたくなる。





622: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:10:31.97 ID:tZ/5M3K+o

「お前は、何だ? サキュバスB、訳して答えろ、そのまま」

振り返らずに、そう問う。
後ろにサキュバスBの、少し引き攣ったような吐息が聴こえる。
ややあってから――――サキュバスBが、『答え』を代弁する。


「『どうも世間じゃ、キングローパー、なんて呼ばれてるらしいな』……!? え!?」
「感動は後にしておけよ。……何故、俺を襲った? 彼女を……サキュバスCを襲った?」

ほんの少しだけ諌めると、興奮冷めやらぬサキュバスBの声は少し落ち着いた。

『許してくれ、なんて言えねぇよな。……ただ、俺ァ知りたかったのさ。お嬢の後を継ぐ、新しい王様を。
 言っとくが、あの娘さんにはあまり手荒なマネはしてねぇぜ。ほんの少し、気絶はさせたぐらいよ』

「お嬢……?」

『淫魔王国の先代よ。……わざわざ俺ん家に会いに来てくれてたぜ、毎年。最後に会った時には……一目で分かったさ。
 もう、次はないんだな、ってね』

「……お前と、先代女王の関係は…………っと!」

もう一段、降りようとした時――――踏み込んだ先の高さが変わらず、思わずその場につんのめった。
気付けばもう、階段の底だったのだ。

「……ここだ、キングローパー。好きな場所に入れ」





623: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:11:05.89 ID:tZ/5M3K+o

そら寒く、湿った地下の牢獄にはおよそ十の独房が並ぶ。
鉄格子の中には、壁に取り付けられた枷の他、天井から収監者を吊るし上げるための滑車が備わっている。
中はどれも空であるが――――ひとつだけ、妙に生々しい気配の残る房があった。

キングローパーも何かを感じたのか、その房へ器用に触手を使って鉄格子の扉を開けて入り込んだ。
入口より若干大きかった体躯をまるで蛸のように滑らせ、壺にでも収まるようにそうした。

「……まだ聞きたい事が山ほどあるんだぞ。俺について来た理由は?」
『さぁな、旦那。俺ァ、あんたに惚れちまったのかもな。電撃が走る、ってなもんよ。俺は、嬉しかったのさ』
「嬉しい? ……何が?」
「『覚えてるだろ? 俺は、旦那の雷には無力だった。斬られようが焼かれようが凍らされようが潰されようが再生できちまう俺がよ』。
……あの、陛下。そろそろ口が疲れましたよ……」

それまで黙ってキングローパーの言葉を代弁していたサキュバスBが、舌をべぇっと出して、唇をだらしなく開いて訴えてくる。
その様子は地下牢獄の陰鬱な空気と、ローパーの醸し出す妙な気配を少しだけ和ませてくれた。

「……本当に、ここにいるつもりか?」
「『ああ、迷惑は掛けねぇし、無駄飯は食わねぇ。そうだ、今から俺のテクを堪能していくか?』」
「いらん!」
「『おいおい、照れるなよ。俺の触手は中々なんだぜ? 絶頂間違いなしだ』」
「だからいらないっつってんだろ! ……ともかく、いるんなら大人しくしててくれ、ポチ」
「『ポチ?』」
「……キングローパーだと長い。悪いが、勝手に名付ける」
「『ああ、構わねぇ。よろしくな、元『勇者』さんよ』」





624: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:12:08.58 ID:tZ/5M3K+o

****

夕食の前に、事の次第を堕女神に話して聞かせた。
孵化した『伝説の触手』を今は地下牢獄に棲息させている事。
サキュバスBはローパーと意思を疎通できる事、
そして、恐らくはあの『地図』と無関係ではなく、先代女王の『避暑』の真実は、旧友へ会いに出かけているだけだった事。
話し終えると彼女は少し考え込み――――やがて、執務室の窓越しに、暮れなずむ空を見た。

「貴方という人は、いつもいつも……事後承諾なのですね」
「怒ってるのか?」
「いえ、滅相も。……ただ、あまりの行動力に感服するばかりです。隣国の使節団の救援に始まり、
 避暑と称した一人旅、加えてローパーを仲間に加えて凱旋……」

窓に向けて吹きかけるような溜め息をつくと、彼女は、ゆっくりとこちらへ顔を見せる。
その顔にはほんの少しの翳りと、瞳の奥にしまい込んだ、縋るような哀しみの色が見えた。

「……時おり、思うのです。もしかすると、陛下。貴方には……この世界が退屈なのではないか、と」
「堕女神……?」
「以前。城下の視察の供に参った際。……『勇者の物語』の結末について、語られましたね」
「ああ」
「『勇者の物語』は、『魔王』を倒した場面で終わり。そこから先の物語は用意されてはいなかった、と。……私もお読みしましたが、確かに、そうでした」

言って、彼女は窓辺を離れ――――片隅に置かれた黒檀の長椅子に腰掛ける。
何となく、そうしなければいけないような気がして、勇者も執務机から離れて、尻一つ分ほど空けて彼女の隣に座った。
彼女はこちらを見る事も無く、話を続ける。





625: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:14:01.52 ID:tZ/5M3K+o

「歓喜に沸き立つ民の姿も、穏やかな締め括りの言葉も、称賛も無く。……『描かれている』物語は、『魔王』の死で終えられていた」
「そこで、終わりだっただろ?」
「いえ。……恐らくは。『勇者』の物語だからこそ、『魔王』を討てば終わるのです。
 その時、『魔王』は滅び、そして……『勇者』もまた同様に、役目を終える」

「…………」
「私は思います。終わりではなく、これは、『始まり』の物語であったのかもしれないと」
「『始まり』?」

彼女が俯かせていた顔を上げると、夕日の差しこまなくなった室内、その壁面に据えられていた燭台が一斉に灯り、執務室を影無く照らした。
ぱぁっと明るくなった執務室は、まるで、舞踏会場のように煌めいてさえ見える。

「幕紐が引かれれば、そこには役目を終えて舞台を降りる演者がいて。そして……『勇者』の役ではなく、『自分』の物語を生きる。
それが、真の『結末』で。そして……『冒頭』なのではないかと」
「……『あいつ』と、同じことを言うんだな」
「?」
「……俺の影。そして俺自身が、『あいつ』の影でもあった。切っても切り離せない、『勇者』の影と」

背もたれに深く体重を預け、反り返るように天井を仰ぐ。
天井高くに描かれたフレスコ画を見たのは、意外にも初めてだった。

「俺はあの時、初めて『自分』に従った。……『はい』と『いいえ』で進む選択なんかじゃない。
 俺は、『勇者』としてではない『自分』の意思に、初めて従ったんだ」

望む天井の高さに、崩れ落ちる瓦礫の下、轟音の中での最後の『宿敵』との一時が思い起こされる。
どこまでも遠い『敵』で、どこまでも近い『役目』を持った縁だからこそ、あそこでは、真実の言葉だけが交わされた。





626: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:15:19.95 ID:tZ/5M3K+o

「『自分』で選ぶことができた、初めての道だ。……退屈だと思った事なんて無いさ。
 そして、多分……これからも、思わない。約束するよ」

そう告げ、沁み渡るような優しげな沈黙が場を支配しかけた時――――無造作なノックの音が聴こえ、ほぼ同時に扉が開かれた。

「堕女神さん、こちらかしら? ……あら、陛下も。妬けますわね、お二人きりとは」

サキュバスAがひょっこりと顔を出して、つかつかと入って来る。
堕女神に用が合って探していたと思われるが――――何よりも先に、サキュバスAに言いたい事があって、ばっと席を立つ。

「お前っ! 淫具屋で一体何買った!?」
「陛下? …………サキュバスA? 何の話でしょう?」

いきなりの剣幕に満ちた言葉に、座ったままの堕女神が、驚きながらサキュバスAと交互に見比べてくる。

「代金を俺にツケただろ! 何だよ、『精液払い三回分』って!?」
「……あ、あら……ばれてしまいましたの? まぁまぁ、どうかお平らかに……」
「……いいや、もう何買ったかは聞いたぞ。例の『人形』だろ? 好きな姿に変身させて好きな事ができるやつだ」

詰め寄ると、サキュバスAはその分だけ、後ろに下がる。
さらに距離を詰めていくと、彼女の翼が、入って来たばかりの扉に当たって動きを止めた。





627: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:16:28.45 ID:tZ/5M3K+o

「陛下、誤解です。全額ではありませんのよ。ただ、持ち合わせが少なかったものでして……もちろんお返しいたします」
「あれを十体も買うからだろうが!? いったい何やってんだ、何を!」
「何って……ナニですわよ? 牢獄に幽閉されて代わる代わる犯され、という設定で――――」
「うるさいよ! っていうか『精液払い』って冗談じゃなかったのかよ! キッチリ三回取り立てられたよ!」
「それは、陛下。この国に稀に人間男性が迷い込んだ時には、お代がわりに精液をもらう慣習が……」
「…………こほん」

いつの間にか割って入っていた堕女神が、そっと咳払いをしてから、咎めるような視線をサキュバスAへ注ぐ。

「……サキュバスA。来月の給金は半分といたします」
「えっ……ちょ、ちょっとお待ちを! いくらなんでもそんな――――」
「問答無用。罰則です。それとも、陛下との夜伽を一ヶ月間禁止とどちらがよろしいですか?」

とどめの一言にサキュバスAが言葉に窮し――――処刑台にでも向かうような顔で、ぼそりと、迷いなく呟く。

「……減給でお願いいたしますわ」
「即答か。……で、堕女神に用があったんじゃないのか?」
「……ええ。エントランスの清掃が完了いたしました。……しかし、あれは何の痕ですの?」
「さぁ、何でしょう。……それでは、陛下。私は夕食の準備がございますので……失礼いたします」
「分かった。……今日は何だい?」
「メインは仔羊です。デザートはサキュバスAに任せました」
「楽しみにしてる。……俺はもう少しだけ、執務室に籠もる。支度が済んだら呼びにやってくれ」
「はい、畏まりました」





628: ◆1UOAiS.xYWtC:2013/10/25(金) 03:17:19.77 ID:tZ/5M3K+o

彼女がサキュバスAの少し落ちてしまった背を押して執務室を出るのと、勇者が奥の机に戻るのはほぼ同時だった。

すっかり暗くなってしまった窓の外は、もう見えない。
鏡のように反射させてくるだけで、そこには『自分』の顔が映るだけだ。
使命を担っていた頃にくらべ、随分と落ち着き、緩んでしまった。
淫魔の国の王、というのも重責ではあるものの――――『世界の命運』よりは、だいぶ軽い。

「……後で、サキュバスBに訊いてみよう」

鏡と化した『窓』に向け、言い聞かせるようにそう呟く。
明日にでも、彼女に訊ねようと思った。

――――――『人間界はどうだった』、と。










629:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2013/10/25(金) 03:19:24.45 ID:sjy0jjjv0

待っててよかった、お疲れ様でしたー!





637:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2013/10/25(金) 09:22:02.22 ID:7eva0blZ0

相変わらず面白い 
乙です





638:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2013/10/25(金) 09:22:04.08 ID:zR0207UDO

乙。サキュバスAェ…。
まだまだ物語が拡がる気配が有って嬉しい。次回もゆるりと待ってる。





【R-18】勇者「淫魔の国は白く染まった」へつづく

作者さんのtwitter
https://twitter.com/inmayusha

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