1:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:29:03.95 ID:4S5e64sI0
僕の仕事は、主に、部屋の掃除でした

なぜ他人の部屋をわざわざ掃除するのかと言うと
自殺には身辺整理がつきものだからです

きちんと掃除して、遺書を残して死ねば
その人の自殺を疑う人は、まずいません
とにかく綺麗にすること、それが大事なのです

手順は以下の通り定められています

,修凌佑梁里鬚里辰箸
⊃匹修Δ某兇詆颪
身の回りを綺麗にする(これが一番大変)
ぐ篏颪鮟颪
セ爐

自殺って言えなかった。

元スレ
人を自殺させるだけの簡単なお仕事です
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1342927743/




3:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:31:34.87 ID:4S5e64sI0
そのとき標的となっていたのは
神経質そうな目をした女の子でした
結果的には、これが僕の最後の仕事となりました

それまで僕が自殺させてきたのは
いかにも悪いことをしていそうな人たちで
こんなに若く、無害そうな標的は初めてでした

華奢で色白で、視線は常に下を向いていて、
笑い方がとっても控えめな女の子でした




2:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:31:11.64 ID:qBMIlllg0
今まで何人くらい?




4:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:33:23.11 ID:4S5e64sI0
>>2
この女の子が七人目となる予定でした




9:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:38:14.18 ID:4S5e64sI0
それでも標的とされている以上
悪い人間であることに間違いはありません

人の二、三人、平気で殺しているのでしょう

僕は目を閉じて、遠く離れた場所にいる
標的の顔を思い浮かべ、体をのっとりました

八月の、よく晴れた日のことです
最後の仕事が始まりました




10:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:43:16.07 ID:4S5e64sI0
標的は、窓の外を見ていました

場所は高校の教室で、授業中のようです
誰しも黒板とノートを交互に見て
忙しそうに板書を取っています

その中で、標的の女の子だけは、
のんびり外を眺めていたのでした

外は、特に面白いものがあるわけでもありません
バス停、ローソン、薬王堂、ジョイス、
やけに目立つボンカレーの看板、
いかにも田舎っぽい風景が広がっています




421:名も無き被検体774号+:2012/08/02(木) 04:00:32.15 ID:q4jPAc3CO
>>10
もしかして岩手県盛岡市?




489:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 22:49:10.69 ID:4S5e64sI0
>>421の人すごいです、確かにそこがモデルです




11:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:47:23.12 ID:4S5e64sI0
試しに、標的の手を動かしてみました
ペンが妙に大きく感じるのは
この子の手がそれほど小さいということなのでしょう

教師の板書を丁寧に写してみます
すらすら動いて、調子はよさそうです
標的が抵抗してくる様子もありません

ふと教師の顔を見ると、こちらを見て
驚いたような顔をしていました
その意味はもう少し後になってわかります




12:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:50:59.04 ID:4S5e64sI0
標的の女の子の出方をうかがうために
僕はノートに「はじめまして」と書きました

そこで一旦、操作を解きます
標的は自分の手を開いたり閉じたりして
自由になれたことを確認していました

自分が操作されている自覚はあるようです
人によってはそれさえも気づかないのですが

標的は、自分の書いた「はじめまして」を
興味深そうにじっと見つめていました
それ以上の反応はありませんでした




13:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:55:26.54 ID:4S5e64sI0
授業が終わり、昼休みが始まります
再び標的の体を乗っ取ります
ここからが本番です

まずは標的の知人に対して、
標的が辛そうにしている姿を見せる必要があります

ためいきを増やしたり、口数を減らしたり、
いつもと違うことを言わせたり

そうすることで、「自殺の前兆はあった」と
周りが思い込み、自殺にリアリティが出るのです




15:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 12:58:04.71 ID:4S5e64sI0
僕は教室を見回して、標的の友人を探しました

しかし、話しかけてくる人どころか、
こちらに視線を向ける者さえいません

皆、それぞれに固まって、昼食をとりはじめます
僕は誰かが声をかけてくれるのを待っていました




16:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 13:03:57.55 ID:4S5e64sI0
昼休みの半分まで来ても
標的は取り残されていました

僕はそこでようやく気付きます、
この教室で、この子(標的)が孤立しているのは
とっても自然な状態なのだということに

どうやら標的は、いわゆる「ひとりぼっち」のようでした




18:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 13:09:07.84 ID:4S5e64sI0
困ったことになったと思いましたが、
良く考えてみると、好都合なことでした

周りと接点のない人物というのは
いつ死んでも説得力があるからです

インタビューされた同級生に
「無口な人だった」の一言で片づけられるような
「その他」のカテゴリーに属する人種




19:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 13:13:39.53 ID:4S5e64sI0
しばらく放っておくことにしました
なにせ、することがありません

標的は、理想的な「自殺しそうな人」を、
黙っていても演じてくれるようでした

僕は標的の操作を一時的に解除しました




20:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 13:19:20.98 ID:4S5e64sI0
僕はアパートの一室から標的を操っていました
顔さえ知っていれば、どこからでも操れるのです

目覚ましを合わせ、僕は昼寝を始めました
人を操るには体力がいります

次の仕事は、一番大変な「身辺整理」です
それまでに体調を万全にしておく必要がありました




21:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 13:25:06.51 ID:4S5e64sI0
目を覚まして標的の様子をうかがうと、
ちょうど最後の授業が終わり、標的が、
誰よりも早く教室を出るところでした

部活には入っていないようです
ウォークマンのイヤホンを耳に差し込むと
標的の女の子はまっすぐ家に帰しました

彼女が帰宅し、自室に入ったところで
僕は再び体をのっとりました
標的の目を通して部屋を見渡します

「なんだこれは?」というのが
僕が最初に抱いた感想です




22:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 13:31:22.68 ID:4S5e64sI0
しばらく途方に暮れてしまいました

だって、身辺整理しようにも、
最低限の家具と教科書類以外
その部屋にはなんにもないのです

雑誌も、本も、テレビも、パソコンも、
クッションも、ぬいぐるみも、観葉植物も、
その部屋には、なーんにもないのです




25:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 21:55:54.06 ID:4S5e64sI0
慣れた僕でも、人によっては
五時間くらいかかる身辺整理が、
この子だと、二分で済んでしまいました

唯一のゴミは、酒瓶でした
一番下の引き出しに、いくつか入っていました

僕は嬉々として瓶を袋に詰めましたが、
よくよく考えると、酒瓶に関しては、
置いてあった方が自殺者らしくなるので、
もとあった場所に戻しておきました




26:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 22:01:42.56 ID:4S5e64sI0
唯一、人間性を感じさせるものとして、
棚に無造作に置かれたCDがありました
それを聞くためのプレイヤーと、ヘッドホンも

アレサ・フランクリン、ジャニス・ジョプリン、
ビリー・ホリデイ、ベッシー・スミス
いかにも憂鬱な人間のチョイスでした

これに関しても、部屋に置いてあった方が
自殺者らしくなるので、放っておきました




27:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 22:04:02.98 ID:4S5e64sI0
こんなに楽な仕事は初めてでした
お膳立てされていたといってもいいくらいです

今すぐ自殺させても、何の問題もないくらいでした
下手に僕が手を加えないほうがよさそうです

拍子抜けと言うか、騙されているような気さえしました
とは言え、楽であるに越したことはありません




28:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 22:15:55.96 ID:4S5e64sI0
仕上げに、標的の手で、遺書を書かせます

世界史の教科書の端を破り取って、そこに
「むなしいので死にます」と書きました

多分、この女の子が遺書を書くとしたら、
ごくごくシンプルで、誰のせいにもせず、
それでいて案外切実なことを書くと思ったのです




29:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 22:43:01.15 ID:4S5e64sI0
遺書をポケットに入れて、
家を出ようとしたときでした

標的の女の子が、初めて反抗しました
それも、信じられないほど強い力で、です
危うくコントロール権を奪回されるところでした

「待って」と標的は口を動かしました
無理に動かしたので、唇が切れ、
そこから血が流れだしました

驚く半面、僕は安心してもいました
このままだと、上手く行き過ぎて
逆に気味が悪いと思ったからです




30:名も無き被検体774号+:2012/07/22(日) 22:53:10.22 ID:4S5e64sI0
標的の女の子は、こんなことを言いました
「遺書の文面を、少しだけ、弄らせてほしいんです」




32:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 00:17:38.19 ID:4S5e64sI0
僕は自分で言う代わりに少女に喋らせます
「どういうことだ?」
傍から見ると、女の子の独り言です

少女は答えます
「『面倒なので死にます』に変えさせてくれませんか?」

「どうして?」

「こいつなんか、死んだ方が良かったんだ、
 って思わせたいんです。できることなら」




33:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 00:23:19.80 ID:4S5e64sI0
僕はしばらく黙っていましたが、
それくらいはいいか、と思い、
文面を彼女の言う通りに直しました

標的の口が、「ありがとうございます」と
言おうとしたのが分かりました

結局、命乞いは一度もされずに終わりそうです
いったいこいつは何を考えているんだろう?

そこで僕はふと、あることに気付きます




34:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 00:28:38.75 ID:43uhWezdO
伊坂幸太郎が好きなの?




36:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 00:38:11.05 ID:4S5e64sI0
>>34
コインロッカー
ピエロしかわからない




37:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 00:43:15.07 ID:4S5e64sI0
ひょっとするとこの女の子は、初めから
自殺する気でいたのではないでしょうか

身辺整理も済んで、遺書の内容も決めて、
ただ、踏ん切りがつかずにいたのではないでしょうか

だとすると、僕のやっていることは
自分では決心をつけられずにいた自殺志願者を
望みどおりに殺してやる、というだけのことになります




38:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 00:54:46.70 ID:4S5e64sI0
そういうのは、僕の望むところではありませんでした
死にたがっている人を殺すのはつまらないことです

殺す前に少し、この女の子をいじめてやろう
そう僕は思ったのでした

標的の体をのっとり、遺書とは別の書き置きを用意し、
それを居間のテーブルに置いて、僕は家を出ました

女の子には、これから一晩中歩いてもらうことにします




46:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 12:35:35.16 ID:4S5e64sI0
そこは非常に坂の多い街です
階段や段差がそこら中にあり
自転車に乗る人はめったにいません

傾斜が20%をこえるところも多くあり
また、狭く曲がりくねった道が多いところです

その中を、転べば折れそうなほど華奢な足で、
どこまでもどこまでも歩いてもらいます




47:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 12:49:05.04 ID:4S5e64sI0
キリギリスやコオロギの鳴き声が響いていました
ひどく蒸し暑い夜でした
たちまち女の子は汗だくになります

靴のせいもあり、三時間ほど歩いた辺りからは、
脚全体がひどく痛むようになります

特に土踏まずとふくらはぎには激痛が走り
一歩一歩に苦痛を感じるようになってきます
顔を上げることもままならない状態です




48:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 13:19:22.22 ID:4S5e64sI0
どうしようもなく喉が渇いたときには
自販機の前でコントロール権を渡してやります
小銭だけは持たせてきたのでした

ポイントは、彼女が自分の意志で
飲み物を買って飲むということです

それでも疲労はどんどん溜まり
痛みはどんどん増してゆき
お腹はどんどん空いていきます




49:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 13:27:07.54 ID:4S5e64sI0
八時間ほど歩いたところで
標的はようやく目的地につきました

そこは、街を一望できる展望台です
螺旋階段をのぼりきったところで
僕は標的の女の子の操作を解除します

体力の限界を超えて動かされていた彼女は
途端にその場に崩れ落ちますが
彼女の体は、あらかじめ準備しておいた
椅子の上にちょうどおさまります

テーブルをはさんで、向かい側に僕が座っています




51:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 13:37:07.69 ID:4S5e64sI0
たかだか数百円のカップラーメンを
汁も残さず食べきった卑しい標的は、
自分が死にたがっていたことも忘れて
手摺に肘を乗せて、街を見下ろして
「きれいー」とはしゃいでします

物を考える力がなくなっているらしく
普段のように表情に抑制がありません

向きを変えようとして、足を絡ませて、
おもいっきり笑顔で転んでいます




52:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 13:48:27.84 ID:4S5e64sI0
「ところで、私のこと、殺さないんですか?」
標的は振り返って僕にたずねます

僕は説明しようとしますが、上手く言葉が出てきません
僕自身も物を考える力がなくなっていました

標的は八時間歩いて疲弊しきっているわけですが
こちらとしても、八時間標的を歩かせ続けるのは
自分で歩くのと同じか、それ以上に疲れるものなのです




53:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 13:58:30.99 ID:4S5e64sI0
面倒なので、いったん標的を家に帰すことにしました
今日のところは、飲み食いする喜びを
身体に叩き込むだけで勘弁してやろう、というわけです

僕が手招きすると、標的は黙ってついてきました
よく分かりませんが、従順で扱いやすい子です
どうせ操られるだろう、という諦めでしょうか

僕たちはふらつきながら螺旋階段を下りました
車のドアを開けて、運転席に乗り込むと
突然、猛烈な眠気に襲われました




55:名も無き被検体774号+:2012/07/23(月) 14:11:23.44 ID:4S5e64sI0
標的が車の前で困ったような顔をしているので
助手席を開けて「乗れ」と言います
標的は「失礼します」と言って乗り込んできます

とても眠気に耐えきれそうもないので
十分ほど寝てから出発しようと決め
携帯の目覚ましをセットしている最中に
僕は眠りに落ちてしまいました




64:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 00:00:26.11 ID:4S5e64sI0
暑くて目が覚めました
車内には容赦なく朝の光が差し込んでいます

左に目をやると、女の子が眠っていました
僕はドアを開けて外に出て
展望台の下にある水道で顔を洗いました

体もずいぶん汗でベタついていたので
車に戻ってタオルを取りに行くと
ちょうど標的が目を覚ましたところでした
眠そうな目でこちらを見ていました




66:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 00:14:32.34 ID:4S5e64sI0
二人で並んで体の汗を濡れタオルで拭きとりながら
さてどこから説明したものか、と考えました

乾いた風がひんやりと心地よいです
標的は靴下まで脱いで足を洗っています

普通なら標的の方から何か聞いてきそうな物ですが
この女の子はさっきから、何一つ訊ねてこないのです

参ったな、と考えているその時でした

「綺麗になったことだし、どうぞ」

突然、標的はそう言うと、”気をつけ”の姿勢をとり、
僕の顔をまっすぐ見据えました




69:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 00:27:38.04 ID:4S5e64sI0
標的は両腕を広げて掌をこちらに向け、言いました
「落とすなり、吊るすなり、好きにしてください」

前髪から水滴がぽたぽた落ちて
濡れた手足がきらきら光っています

やっぱり気に入らないな、と僕は思います
「そのうち殺すさ、とてもひどいやり方で」

「とてもひどいやり方ですか」
標的は間抜け面で繰り返します

「ああ。だから、まず車に乗れ」

標的は靴を履き、車の方へ歩いて行きます




70:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 00:39:27.04 ID:4S5e64sI0
しっかりした朝食をとらせると
僕は標的を高校まで送り届けました

少しでも教室への滞在時間を減らしたくて
遅刻寸前に学校に来る主義の標的としては
むしろいつもより早く登校したことになります

車を降りると、標的はこちらを振り返り、
小さく頭を下げ、歩いて行きました
呑気なものです




71:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 00:48:50.28 ID:4S5e64sI0
こちらも一限の講義があるのですが
その前にひとつ、やっておくことがあります

目を閉じて、標的の顔を思い浮かべます
彼女はちょうど教室に入るところでした

標的は、なるべく目立たぬように、
静かにドアを開けて中に入ります

それでもドアの近くにいた連中は、
誰が来たのかを確認しようと目を向けます

そのとき、標的の表情がぱっと明るくなり、
口からは「おはよう」と朝の挨拶が出てきます
もちろん僕の仕業です




72:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 00:58:30.92 ID:4S5e64sI0
周りの連中は誰も挨拶には応えません
それは勿論、誰も、彼女が挨拶してくるなどとは
想像さえしていないからです
聞き間違えだろう、くらいにしか思っていません

標的の顔が真っ赤に染まります
恥ずかしくて仕方がないのでしょう
死ぬのは平気でも、挨拶を無視されるのは嫌なのです




75:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 01:13:08.03 ID:4S5e64sI0
ですがその後も、標的が廊下で
クラスメイトと擦れ違うたびに
僕は標的に感じ良く頭を下げさせました

標的はノートに「かんべんしてください」と
書いて僕に見せようとしていましたが
僕は何の反応もしてやりませんでした




76:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 01:20:59.42 ID:4S5e64sI0
昼休みになると、標的はカロリーメイトを口に放り込み
イヤホンを耳にさして勉強を始めようとしたので
僕は体をのっとってイヤホンを引っこ抜きました

イヤホンなんてつけていたら、初めから周りとの
コミュニケーションを諦めている人みたいに見えるからです

標的はノートに「よけいなお世話です」と書きました

僕は標的の手を借りて、その文に取り消し線を引きます
そしてのその下に、「いやがらせ」と書いておきました

それを見た標的は、「ひどい」とだけ書き込みます




77:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 01:33:45.95 ID:4S5e64sI0
授業がすべて終わると、標的は誰よりも早く教室を出ます
いつもはさり気なく一番目に帰宅する標的ですが、
この日はなりふり構わず急いで出て行きます

これ以上僕に何かされたら敵わないと思ったのでしょう
しかし、帰宅後、彼女に更なる悲劇が訪れます
もちろん実行犯は僕なのですが

標的の体をのっとった僕は、再び身辺整理を始めました




78:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 01:41:56.58 ID:4S5e64sI0
一番下の引き出しにしまわれた、
カティサーク、ジョニーウォーカー赤、
エンシェントクランといったウィスキー

どこで手に入れたかは知りませんが
おそらく彼女の一番のお友達であるそれらを
僕はすべて洗面台に開けて流してしまいます

標的の口が「やめっ、もったいない」と動こうとします
今までで一番必死な反応だったかもしれません
ですが、知ったことではありません




79:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 01:51:48.67 ID:4S5e64sI0
さて、彼女のスケジュールによれば、
ベッドに横になって音楽を聴きはじめる頃合でしたが、
僕は酒瓶をビニール袋に入れて引き出しに戻すと、
そのまま彼女を家の外に出しました

ただし、今回は八時間ぶっ通しで歩かせたりはしません
十分ほど歩いたところで、目的地の公園に着きます

二台あるブランコの片方に、彼女を座らせます
当然、もう一台のブランコには、僕が座っていました




80:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 02:01:24.80 ID:4S5e64sI0
辺りは薄暗く、日暮が近くで鳴いています
僕は両手に抱えていた植木鉢を標的に渡します
標的は「なんですかこれ」と聞いてきます

「アグラオネマニティドゥムカーティシー」と僕は答えます

「いえ、品種のことじゃなくて。なんですかこれ」

「部屋が殺風景すぎるからな。観葉植物だ」

「……これも、いやがらせなんですか?」

「プレゼントに見えるか?」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B005K21VRY/minnanohima07-22/ref=nosim/




81:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 02:14:45.36 ID:4S5e64sI0
標的は植木鉢を掲げて、眺めます
「見えなくもないですね、綺麗ですし」

「そういうところが、気にくわないんだ」
ブランコから下りて、僕は標的の前に立ちます

標的は植木鉢を膝の上に抱えたまま
少し緊張した表情で僕の顔を見ます

しばらくその状態が続くと
ふいに標的は植木鉢を足元にやさしく置いて
「殺しますか?」と言ってブランコをこぎはじめました




82:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 02:27:02.63 ID:4S5e64sI0
僕はあらためて聞いてみます
「結局お前は、殺されたがってるのか?」

「んー、殺した方がいいですよ」と標的は答えます
「初めてでもないんでしょう? 私で何人目ですか?」

僕はしばらくこう考えてから、こう言います
「どこまで知ってるんだ?」

標的はブランコをとめ、植木鉢に目をやり、
僕と目は合わせずに、こう言いました

「知ってるも何も、今あなたがしてるのは、
 むかし私がしてたこと、そのままなんですよ」




90:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 09:58:09.71 ID:4S5e64sI0
「八人、自殺させました。標的は十九歳から七十二歳まで。
 男が六人、女が二人。四人は飛び降りで処理しました。
 ロープが三人で、あとの一人はカミソリです」

「あなたもそうだと思うんですが、ある日突然、
 人の体をのっとれるようになって、同時に、
 自分が何をしなければならないのかが分かりました」

「最初の一人の他は、上手いことやれたと思います。
 この仕事の良いところは、一人自殺させるたびに、
 自分も死んで、生まれ変わったような気分になれることでした」




91:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 10:12:55.58 ID:4S5e64sI0
「あなたは、どうして自分がその能力を
 持つようになったのか、分かりますか?」

僕は首をふりました

「これはあくまで私の予想に過ぎませんが、
 あなたにバトンが受け継がれたのは、
 おそらく、私が人を殺すのをやめたせいです。

 九人目で、私はありがちなミスを犯しました。
 同情してしまったんです、標的に対して」




92:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 10:27:32.93 ID:4S5e64sI0
「とたんに私の能力は失われました。
 その後で、私が逃した標的は、自殺しました
 たぶん、私の代わりに、後任が現れたんでしょうね。
 私はもう使えないって判断されたんでしょう」

標的が顔を上げて聞いてきます
「あなたが初めて殺したのって、二十代の女性でしょう?
 茶髪でセミロング、背は高め、指が綺麗な女の人」

僕が黙っているのを、標的は肯定と受け取ったようでした




93:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 10:43:22.27 ID:4S5e64sI0
「あの人のこと、私、殺せなかったんですよ。
 だって、あの人、笑っちゃいますよね、ああ見えて、
 写真とお喋りするのが一番の娯楽なんですよ。

 理由はわからないけど、そういうのって、
 すごくげんなりさせられるじゃないですか」

「あの人を見逃してからしばらくして、
 私は人の体をのっとる力を失いました。
 更にしばらくして、今度は、体をのっとられたんです」

標的は僕を指差して言います、「あなたに」




100:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 13:34:01.76 ID:nqS2gb950
これひょっとしてすごくね




101:名も無き被検体774号+:2012/07/24(火) 13:51:18.34 ID:KJ6aYslS0
すげぇなこれ




140:名も無き被検体774号+:2012/07/25(水) 22:32:16.29 ID:4S5e64sI0
「いわゆる”用済み”ってやつなんでしょうね。
 前任者は後任者に消されるシステムなんでしょう」

「私が自殺させた人の中にも、ひょっとすると、
 以前は私と同じようなことをしていた人がいたのかもしれません」

「だから」、標的は笑って言います
「殺しちゃった方が、話は早いでしょう?
 そうしないと、次はあなたも狙われますしね」




146:名も無き被検体774号+:2012/07/25(水) 22:54:35.86 ID:4S5e64sI0
答える代わりに、僕はまたこの質問を口にしました
「結局お前は、殺されたがってるのか?」

「そうするのが、一番なんだと思います」

「”お前”が、殺されたがってるのか?」

「私、ですか。……そうですね、死ぬのは怖いです、
 でもそれ以上に、死んだ方が楽だろうなあと思ってます。
 うん、そうですね。たぶん私は殺されたいんです」




148:名も無き被検体774号+:2012/07/25(水) 23:09:57.92 ID:4S5e64sI0
「なら話は早い」と僕は言います、
「楽になる手伝いなんてごめんだね。
 俺は、お前には、『今死ぬわけにはいかない』
 って悔しがりながら死んで欲しいんだ」

標的は無表情に僕を見つめます
「その前にあなたが死ぬと思いますよ」

「いいさ。死んだ方が楽だろうと思うしな」

「……まねしないでください」

「アグラオネマは直射日光に弱い」

「はい?」首を傾げつつ、標的は植木鉢に目をやります




150:名も無き被検体774号+:2012/07/25(水) 23:19:11.23 ID:4S5e64sI0
「しかし、明るい場所で育てる必要はある。
 変な表現だが、『明るい日陰』におくといい」

「……あの、私、もうすぐ死ぬんですよ?
 あなたが殺さなくても、別の誰かが殺しますし」

「高温多湿を好むから、暖かい場所に置いて、
 一日一回は霧吹きで葉に水をかけてやれ。
 水も、やりすぎない程度にたっぷりな」

「育てませんってば」

「ついでに言うと、高価な植物だ。
 あの手のウイスキーが十本くらい買える」

「ええっ」標的の体がこわばります
頭の中は酒瓶でいっぱいなのでしょう




152:名も無き被検体774号+:2012/07/25(水) 23:29:49.73 ID:4S5e64sI0
「枯らしてしまったときは、お前の体を乗っ取って、
 クラスメイトに『友達になってください』って言って回る」

「そういうのはほんとにやめてください。
 アグラ……ムドゥ……なんでしたっけ?」

「カーティシーでいい。覚えろ」

「かーてぃしー」

「そうだ」

「あおぞらです」

「……ん?」僕は星空を見上げます

「私の名前です。覚えてください」

「ああ、名前か。知ってるよ」

「くもりぞらではないです」

「青空だろ。確かに似合わない名前だよ」




153:名も無き被検体774号+:2012/07/25(水) 23:46:05.16 ID:4S5e64sI0
「それで、あなたの名前は?」

「くもりぞらだ」と僕は言います

「まねしないでくださいってば」

「本当だよ。すばらしい偶然だな」

「ふうん。似合う名前で良かったですね」
青空は拗ねたような顔をして言います
「……それで、私はこれ、カーティシーを、
 このまま持って帰るんですか?」

「そりゃあそうだ」

「恥ずかしいなあ」

「恥ずかしい思いは、これから沢山してもらう」

「今日のだけで死にそうなんですけどね」

「人はそう簡単には死なない」

「あなたが言うと説得力がありますね」




164:名も無き被検体774号+:2012/07/26(木) 08:37:53.48 ID:2yfpK8w40
おもしろい




185:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 00:07:31.37 ID:4S5e64sI0
「さて、そろそろ解散といくか」
青空の顔を見つめながら、僕は言います
「なんだかお前、いきいきしてきたからな」

青空は痛いところをつかれて
慌てて緩んでいた表情を引き締め
「別に、そんな」と言いながら顔を赤くします

”実は人と話すのが好き”などと思われるのは
青空のような者にとっては最も苦痛なことなのです




189:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 00:29:14.69 ID:4S5e64sI0
「さようなら、くもりぞらさん」
青空は公園を出て行きました
逃げるように早足で出て行ったので
公園の前にいた人に気づきませんでした

青空のクラスメイトの男は
公園から出てきた青空を見たあと
その手に抱えられた植木鉢を見て
見てはいけないものを見たように目を逸らしました

すかさず僕は青空の体をのっとります
感じの良い笑顔で「こんばんは」と言います
相手の男は、とても困った顔をしましたが
「ちわっす」と頭を軽く下げました




190:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 00:43:27.62 ID:4S5e64sI0
クラスメイトの男が去って行くと
青空は僕のところまで戻ってきて言います
「いったい、なにがしたいんですか?」
よほど恥ずかしかったのか、涙目になっています

「お前がしたくないことをお前にをさせたい。
 お前がしたいことはお前にさせたくない」

「変な人と思われたじゃないですか、
 公園から植物盗んだ人みたいじゃないですか」

「いいじゃないか、どうせ死ぬんだろ?」

「確かにそうですけど、それでも、死ぬ直前まで、
 死んだ後の自分を想像する自分はいるんですよ」

「いいことを言う、その通りだ。だからやりがいがある」

呆れたような顔で青空が僕に言います
「女子高生に嫌がらせして楽しいですか?」

「楽しいぜ。今度やってみな




204:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 13:05:48.39 ID:4S5e64sI0
それからも毎日、僕は青空が知人と出会うたびに
礼儀正しく挨拶させ、時には会話までさせました

周りが少しずつ、青空が口を開いても
違和感を覚えなくなってきたところで、
惜しくも課外授業が終わってしまいます

最期の授業が終わった後、
青空はまっさきに教室を出ると思いきや、
ノートの隅に、おそらく僕に向けた
メッセージを書きはじめました




205:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 13:14:34.69 ID:4S5e64sI0
青空は、以前僕がそうしていたように、
ブランコに腰掛けて待っていました

「こんにちは、くもりぞらさん」

真夏日の昼間で、ブランコの椅子は
ひどく熱を持っていました

カーティシーの育て方について、
今のやり方で合っているのか確認したい、
というのが青空の要望でした

話を聞く限り、青空の育て方に
特に間違った点はなさそうでした




208:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 13:21:41.16 ID:4S5e64sI0
「糞暑いな」と僕は汗を拭います

「落としてあげましょうか、川とかに。涼しげですし」

僕は無視してシーブリーズを体に塗ります

「いつか落としてやりますからね」
青空は僕に小石を定期的に投げてきます

僕は青空の体をのっとり、水飲み場で
おでこで水を飲ませてやります

制服までびしょ濡れになった青空は、
「涼しげでいいです」とブランコに座って言います




209:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 13:34:42.99 ID:4S5e64sI0
「お前はもう夏休みか。残念だな」と僕は言います
「もっと色々やらせようと思ってたんだが」

「夏休み大好きです」と青空はばんざいします
「人と会わなくて済むし、家にいられるし。
 お酒は誰かが捨てたから飲めませんが」

「人と会うのも、外に出るのも嫌なのか」
僕がそう聞くと、青空は「しまった」という顔をして、
「ええと……どちらかと言えば」と濁します

青空の体をのっとり、僕はポケットをまさぐります

ところが目当てのものは見つかりません
しかたなく、操作をいったん解除します




210:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 13:43:03.33 ID:4S5e64sI0
「お前」僕は聞きます、「携帯はどうした?」

「携帯? 持ってませんよ、そんなもの」

「携帯電話を持ってない? 今時の女子高生が?」

「必要ないことくらい見ればわかるでしょう。
 いままで気付かなかったんですか?」
前髪をしぼりながら青空は言います

確かに、青空が携帯電話を持っても、
目覚し時計と化すのが目に見えています




211:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 13:49:30.24 ID:4S5e64sI0
「なにをするつもりだったんですか?」

「知人に連絡して、遊びに誘ったりするつもりだった」

「断られますよ、そんなの」

「そうなれば尚良かった。お前傷つくだろうし」

「……そうですね。効果覿面でしょう」

「お前が人に会いたくなくて外に出たくないなら、
 俺はお前を人に会わせて外に出そうと思ったんだ」

「間に合ってます。もう外に出てますし、
 現にこうしてくもりぞらさんと会ってるんです」

「じゃあそれを継続しよう」と僕は提案します
提案と言うか、もう決定なのですが




217:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 18:51:20.89 ID:4S5e64sI0
青空はお酒が飲みたいそうなので
僕は青空を喫茶店に連れて行きました
エスプレッソをふたつ注文します

「私コーヒー苦手なんですよ。にがいから」

「知ってる。ウィスキーは飲めるのに、変な話だ」

「コーヒー、毒みたいな味するじゃないですか」

「毒を飲んだことがあるような口ぶりだな」

「ええ、他人の体を使って、ですが」

僕が何も言わずにいると、青空は
「冗談でしたー」と言って微笑みます
冗談にしても分かりにくいし、何より面白くありません




218:名も無き被検体774号+:2012/07/27(金) 19:01:00.18 ID:4S5e64sI0
僕が机の上に広げた参考書をのぞきこみ、
青空は不思議そうな顔をします

「勉強するんですか?」

「ああ。試験が近いんだ」

「そっか……そうなのか。私も勉強しよう」
青空は鞄から速読英単語を取りだします
それを見た僕は、なんだか懐かしい気分になります

運ばれてきたコーヒーに、砂糖をたっぷり入れ、
おそるおそる口をつけた青空は、「にがいー」と顔を歪めます
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4879156434/minnanohima07-22/ref=nosim/





247:名も無き被検体774号+:2012/07/28(土) 23:58:31.32 ID:4S5e64sI0
「ちなみに私は、標的を見逃してから、
 一週間くらいで能力を失いましたよ」

勉強を始めて二時間ほど経ったところで
青空が伸びをしながらそう言いました

「関係ないな。別に見逃したつもりはないから」

「傍から見ても、そう見えますかね?」

「ああ。どう見ても標的を狙う殺し屋だ」

「ふうん」青空はつまらなそうに言います
「それはそうと、勉強、はかどりますね。
 なるほど、ここは勉強するのに良さそうです」

「なんてこった」と僕は言います、「勉強はやめにしよう」




249:名も無き被検体774号+:2012/07/29(日) 00:06:13.23 ID:4S5e64sI0
映画館に入った僕たちは、階段を下りていきます

「たしかに勉強には向かない場所ですね」
青空はきょろきょろしながらそう言います

連日の試験勉強で睡眠不足だった僕は
映画が始まって数分で眠ってしまいます

目を覚ますとほとんど映画は終わっています
登場人物たちは何かに感動して泣いている様子です
勝手に盛り上がってるんじゃねえよ、と僕は思います

「どんな映画だった?」と僕が聞くと
「殺人犯が酷い目にあう映画」と青空は答えます
映画の製作者もがっかりしていることでしょう




251:名も無き被検体774号+:2012/07/29(日) 00:18:14.57 ID:4S5e64sI0
「映画もドラマもそうですけど、人を殺した罪人って、
 大抵、なにがあろうと、最終的には死にますよね」

「『人を殺すような奴は死んでしまえ』ってことだろう」
僕はくしゃみをしてから言います
「そういった意味での公正さを、人は求めてる」

「たとえ改心したとしても?」

「やっぱり、一度でも人を殺したような奴は、
 たとえその後で聖人みたいになったところで、
 どこか安心できないところがあるんだろう」

「私たちは死んだ方がいいってことですね?」

「つまりはそういうことなんだろうな」




252:名も無き被検体774号+:2012/07/29(日) 00:34:06.70 ID:4S5e64sI0
「なんだかそういうのはわくわくしますね」
前を歩く青空は、映画館出た後、振り返ってそう言います
「ここに生きているべきでない若者がふたり」

「なにがどう、わくわくするんだ?」

「あおぞらとくもりぞらですしね」
そう言って青空は僕の顔をのぞき込みます
何か言いたげな笑みを浮かべています




312:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:11:17.00 ID:4S5e64sI0
僕はなにか意地悪なことを言ってやろうとして
そのとき、不意に、「のぞかれた感じ」がしました

のぞかれた感じ。

「青空」僕は早口で聞きます
「一度、俺に遺書を直させようとして、
 ものすごい力で抵抗したことがあったよな。
 どうすればあれほどの力で抵抗できる?」

青空は「それはですね」と言いかけた後、すぐに勘付き、
「もしかして、のっとられてます?」と聞いてきます




314:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:24:58.55 ID:4S5e64sI0
「いや、まだ大丈夫だけど、一瞬、覗かれたような感じがした」

「ああー。あれ、確かに覗かれてる感じしますよね」
青空はなぜか、はにかむように笑います
「ついにあなたも標的になっちゃったわけですね。なかまー」

「まだ決まったわけじゃない。俺の気のせいかもしれない」

「でも、仮に狙われ始めているんだとしてですよ、
 なんで私より先にあなたを狙うんでしょう?
 前回の経験から言うと、先に私を殺すはずなのに」

「俺もそう思ってたんだが、考えてみれば、今この場には、
 『死ぬべき人間』が二人そろってるわけだ。つまり――」




316:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:31:28.47 ID:4S5e64sI0
「つまり、『お前を殺して俺も死ぬ』の形式が、
 いちばん手っ取り早いということですね」

納得したように青空がうなずきます

「相手の人、良い判断なんじゃないですかね。
 私と違ってくもりぞらさんは操られるの初めてだから、
 うまく抵抗することができないでしょうし。
 そっかー、私はくもりぞらさんに直接殺されるのか」

「さっさと言え、どうすれば操作に抵抗できる?」

青空はそっぽを向いて、つんとした態度で言います
「教えてあげません。教えて欲しそうだから」




317:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:40:57.75 ID:4S5e64sI0
僕たちはちょうど、街の広場に着いたところでした
木陰に入ったところで、僕は青空の後ろに回り
青空の細くてひんやりした首に、右腕を巻き付けます

青空は力を抜き、黙ってそれを受け入れます
”気をつけ”の姿勢のまま、後ろの僕に体重を預けます
僕の腕は少しずつ青空の首を絞めていきます

体を乗っ取られるのは初めての経験でした
あまりにも違和感がなくて、最初は自分の意思で
自分を動かしているかのような錯覚を受けました

おそらく今僕の脳は、「腕が動いたということは、自分から
腕を動かそうとしたということだ」と解釈しているのでしょう




318:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:49:51.79 ID:4S5e64sI0
青空の首に絡み付いた僕の腕に、徐々に力が入ります
やむを得ないと思い、僕は青空の体を乗っ取り、
自分(曇り空)の体を突き飛ばそうとします

しかし、僕と違い、青空には抵抗ができます
僕の操作に逆らって、一歩も動こうとしません
なるほど、青空は本当に僕に殺されたいようです

ですが、その抵抗から、僕はなんとなくヒントを得ます

青空の体がぐったりしてきたあたりで
僕の腕は徐々に青空の首から離れていきます
青空は僕の腕をすり抜け、地面に倒れます




319:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:03:19.17 ID:4S5e64sI0
無理に操作に逆らった僕の腕は
いったん全体の皮膚をひっくり返されて
硬いもので万遍なく殴打されたように痛みます

両手が自由に動くことを確認すると、僕は
眠そうな目で僕を見上げている青空に話しかけます

「つまり、『操作に抵抗しよう』とするんじゃなくて、
 『操作の上書きをしよう』とすればいいってことか」

青空は不機嫌そうな顔で、小さな咳をします
「惜しかったなあ。気付くの早すぎですよ」




321:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:11:50.77 ID:4S5e64sI0
「もしかすると、もとから知ってたんですか?」

「いや。俺の操作に、お前が抵抗する感じを参考にした。
 操りながら操られることで、とても効率良く学習できたらしい」

「なるほど……とは言え、体、めちゃくちゃ痛むでしょう?」

「ああ。自分が何しゃべってるかわからないくらい痛む」

「私もです。おまけに頭はくらくらするし。暑いし。
 くもりぞらさん、私、首の汗ひどかったでしょう?」

「べつに」

「ひどかったんです。ああ恥ずかしかった」
どうでもいいことばかり気にする女の子です




322:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:18:05.83 ID:4S5e64sI0
「さてと」、僕はしゃがみこんで青空の顔をのぞきこみ、
目をそらした青空の頬を強めに引っぱります
「いたいいたいー」と青空は気の抜けた声で言います

「なあ、なにが『教えてあげません』だよ?」

「あなたのまねです。ざまーみろ」

「しかも俺の操作に抵抗しやがった」

「おかげでコツを掴めたんでしょう、良かったですね」

僕は立ち上がろうとして、後方にバランスを崩し、
手をついてその場にへたりこみます
その拍子に、地面にあった枝で手を切ってしまいます
まあいい、と僕は気にせず放っておきます




325:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:28:22.95 ID:4S5e64sI0
僕たちはびっくりするほど体が動かなくなっていて
立ち上がるだけで汗だくになりました

石畳からの照り返しが暑さに拍車をかけます
芋虫みたいな速度で涼を求めて歩きます

広場の噴水のふちに腰掛けようとしたとき
僕は勢いあまって水の中に落ちました
腹筋に力が入らないとこういうことが起こるのです




327:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:37:02.97 ID:4S5e64sI0
水面に顔を出して、僕は顔を両手でこすります
広場にいた人たちの視線が僕に集まっています
青空は体の痛むところをおさえながら笑っています

僕は諦めて、両手をついて水中に座り、空を見上げます
飛行機雲がふんわりまっすぐのびています

近くの木にとまった二羽のカラスがこちらを見ています
もうすぐ餌になる対象を見るような面構えです




328:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:44:02.76 ID:4S5e64sI0
「なにやってんですか」と青空が言います
「また誰かに操られてるんですか?」

「涼しげでいいだろう」と僕は答えます

「体中痛いんだから、笑わせないでください」

「笑い死ね」

「びっしょびしょじゃないですか」

青空はそう言うと、噴水のふちに立ち
ひょいと飛んで僕の横に着水します

水飛沫があがり、僕は目をつむります
広場中の視線が再び僕らに集まります




329:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:53:21.95 ID:4S5e64sI0
十秒以上たっても青空が顔を上げないので
僕は青空が体を起こすのを手伝います

「溺死するところでした」と青空は言います
「こんな子供用プールより浅い場所で」

「『噴水で女子高生死亡』なんて、
 ニュースを見た人が首を傾げるぞ」

「気持ちいいですね」青空は目を閉じて言います
「今もう一回操作されそうになったら、抵抗できます?




331:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:58:39.66 ID:4S5e64sI0
「そこなんだよ。どうして向こうは追撃してこない?
 今なんか、頭を下げるだけで溺死させられるのに」

「抵抗されて、びっくりしてるんじゃないですか?
 経験のあるくもりぞらさんに聞きますけど、
 操作に逆らわれたとき、どんなことを思いました?」

僕は少し考えてから、答えます
「お前の場合、それ以前に色々とイレギュラーだったから、
 抵抗されても不自然に感じなかったんだよな」




332:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 21:07:36.54 ID:4S5e64sI0
青空は褒められたわけでもないのに
ちょっと嬉しそうな表情になります

「でも相手が仮にお前じゃなかったとしたら、
 確かに、驚いて、様子見に入るかもしれない」

「なるほど……。あ、そうだ。くらえくもりぞらさん」
青空はそう言いつつ、僕の顔に水を掛けます
僕も無言で二倍の量を掛け返します

しばらくそれを繰り返した後、噴水を出て服を絞り、
水をぽたぽた滴らせながらベンチに行き、
並んで座って服が乾くのを待ちました

時刻を知らせる鐘が広場に鳴り響きます

服が乾くと、青空はくしゃみとあくびを交互にして、
「それじゃあ、また」と言って帰って行きました




369:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 22:34:33.50 ID:4S5e64sI0
ひょっとすると、僕はもう、二度と青空に
会うことはないのかもしれないな、と思います

向こうがなりふり構わずに来れば、
僕たちがちょっとやそっと抵抗したところで、
速いか遅いか程度の差にしかならないでしょう

どうせなら部屋を思いっきり汚しておこう、
そう僕は思います
片付ける人の苦労を少しでも増やすために

それから二週間が過ぎます




397:1:2012/08/01(水) 10:50:19.65 ID:o8xWRF6G0
その日、喫茶店で本を読んでいると、
自分の名前が呼ばれたような気がしました
もちろん、”くもりぞら”ではない方の

顔を上げると、店員が僕の顔を覗き込んで、
「やっほー」と手を振っていました

同学部の先輩、顔を合わせれば
挨拶はする程度の仲の人です

しばらく、スクリプトに従ったような
様式に忠実な会話を僕らは交わしました




371:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 22:42:27.33 ID:4S5e64sI0
不自然でない程度の時間が経つと、
先輩に気付かれないよう、そっと店を出ます

この店にくるのはもうやめにしよう、と僕は決めます
結構お気に入りの場所だったのですが、
知人がいるとなると、どうしようもありません

次の店を探さなきゃな、と溜息をついたとき
ふいに僕は体をのっとられました

遅かったじゃないか、と僕は思います

どうくるのかと自身の体の様子を見ていると、
まっすぐどこかへ向かって歩きはじめます




372:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 22:48:32.83 ID:4S5e64sI0
これから味わうであろう痛みを想像しながら、
僕は操作に抵抗して、口を動かします

自分を殺そうとしている相手との
コミュニケーションを試みます

「二分でいいから、話を聞いてくれ」

しかし僕の体は構わず動きつづけます

「あんたにも関係のある話なんだよ」

舌は思い切り攣ったような痛みが走り
唇の端が切れて血が垂れてきます




376:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:06:14.80 ID:4S5e64sI0
「なあ、そもそも、どうして自殺させるべき対象が、
 頭にぱっと浮かんでくるんだと思う?」

慎重に言葉を選びながら、僕は言います

「俺はこれまで、六人の標的を自殺させてきた。
 たぶん、お前と同じようなやり方で。
 だが七人目を殺すことが出来なかった」

「そうして今、お前に命を狙われてる。
 以前自分が他人にしていたことを、
 今度は他人に自分がされているわけだ」




378:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:13:54.91 ID:4S5e64sI0
「操られる側になって分かったことだが、
 『人の体をのっとって操れる人がいる』
 ということを前提として知らない限り、
 自分が操作されている事実には、
 なかなか気付けるものじゃないらしい。

「それくらい自然に感じられるんだ、
 体をのっとられて動かされるってことは。
 あるいは、起こっていることが不自然すぎて、
 事実を受容できないのかもしれない」

「そこまではいい。しかし、ここから俺が言うのは、
 証拠はないし、論理が飛躍しているし、
 何より自分にとって都合がよすぎる考えだ」




379:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:20:40.79 ID:4S5e64sI0
「でもな、仮にだ。人の体をのっとる俺たちもまた、
 実に自然に、体をのっとられているんだとしたら?
 俺たちは自分で考えて人を殺しているように感じているが、
 実際のところ、操られているだけだったとしたら?」

そこまで言って、僕は限界を悟ります
これ以上喋ることは出来なさそうです

足が止まる様子はありませんでした




380:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:26:37.42 ID:4S5e64sI0
辺りは薄暗くなってきていました
道路には、浴衣を着た小さな子供や
自転車を漕ぐ小学生の男の子たちや
ちょっとお洒落をした中学生のカップルなど
街の祭に向かう人がちらほら見られます

八歳と六歳くらいの兄妹が
互いに虫よけスプレーをかけあって
その匂いが僕のところに流れてきます

少し遠くから笛の音が聞こえてきます
焦げたソースの香りもしてきました

名前を呼ばれた気がしました




381:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:36:58.46 ID:4S5e64sI0
僕の目は動きませんでしたが
視界の隅にブルーのスカートが見えました

「あの後、すぐ仕事が終わったんだよ。
 それで、歩いてたら、君の姿を見つけて」
その声で、僕は相手が誰だか知ります

「ねえ」と先輩は言います、
「さっきのって、やっぱり独り言だよね?」

僕は無言で先輩の顔を見つめます
先輩は僕の口元を見て、目を丸くして、
「血、出てる」と口を指差して言います




383:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:42:50.71 ID:4S5e64sI0
僕が何も言おうとしないのを
動揺の証と受け取ったらしい先輩は
なぜか「大丈夫だよ!」と励ましてきます

「私の友達にも、君みたいな子、いたよ。
 でもそれはただの一時的な病気で、
 別に特別気に病むことじゃないんだよ」

よく分かりませんが、ひとまず、
ある点において手間が省けました

僕は先輩の体をのっとり、言うことを聞かない
自分の体を地面に叩きつけます

柔道で言うところの大内刈を、
先輩の体を使って僕にかけたわけです




384:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:50:15.48 ID:4S5e64sI0
単純な脇固めを極め、僕の動きを奪います
そのまま先輩に喋ってもらうことにします
僕の体は先輩を振り払おうとしますが
その動きは僕自身が抵抗して軽減します

「あんただって、いつかは俺たちみたいに、
 どうしても殺したくない相手に出会う。
 そして次の瞬間にはあんたが命を狙われるんだ。
 そういう繰り返しは、もうやめにしないか?」

そう言った後、続ける言葉を考えて、
しばらくその体勢のままでいると、
いつのまにか僕の体の操作は解けていました

ここまですることはなかったのかもしれません
地面に転んだ時にぶつけた肩が痛み出します




385:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:57:02.42 ID:4S5e64sI0
僕は先輩の操作を解除しますが
先輩はじっと目を瞑ったまま、動こうとしません

何かいって離れてもらおうとしましたが
口がまったく言うことをききません
この分だと食事にまで支障をきたしそうです

もう一度先輩の体をのっとり、僕を解放します

「こんなことするつもりはなかったんだよ」
先輩は青ざめた顔で言います、
「それに、自分でも意味の分からないこと
 口走っちゃったり、私、どうしたのかなあ……」




473:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:07:42.00 ID:4S5e64sI0
「ねえ、怪我してない? 大丈夫?」
先輩がそう聞いてきます

口をきくことのできない僕は、頷いて
「大丈夫」という意志を示そうとしましたが、
先輩は僕が声を出せないのを
ショックのせいだと思い込んだようです
泣きそうな顔で謝り続けて来ます

少し気の毒に感じましたが
説明の仕様がないし面倒なので
僕は先輩の体を硬直させると
その場を逃げ出しました




476:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:16:15.55 ID:4S5e64sI0
祭に向かう人の流れに逆らって
重たい体を引きずって僕は家に帰りました

アパートに着き、自室の鍵を開け中に入ると、
服も脱がずにベッドに体を投げ出します

部屋は蒸し暑く、体は痛みます
扇風機をつける元気さえありません
ひどく喉が渇いていましたが
体を起こして水を汲みに行くのさえ億劫でした

いろいろと面倒だなあ、と僕は思います
「ここがくもりぞらさんの家ですか」と青空が言います




477:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:27:37.30 ID:4S5e64sI0
僕は起き上がって声のした台所の方を見ました
冷蔵庫の照明に照らされた青空の顔が目に入ります
青空はハイボールの缶を勝手に取りだして
プルタブを引いてごくごく飲んでいます

缶から口を離すと、青空は「おいしいー」と笑います
僕は安心して再びベッドに横になります




478:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:36:06.45 ID:4S5e64sI0
「お久しぶりです、くもりぞらさん――っていう台詞は、
 本来もう少し前に言うべきだったんですが、
 なんだか私に気付いてないみたいだったんで、
 ここぞとばかりに尾行させてもらいました」

僕は何か言おうとしますが、上手く喋れません
青空はロング缶をひとつ空にすると、
「反撃開始ー!」と言って部屋に入ってきます
顔はうっすら赤く、酔っ払っている様子です




479:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:43:10.38 ID:4S5e64sI0
僕に動く気力がないのを知ってのことか
あるいは単に酔っ払っているからか
青空は人の部屋を漁りはじめます

煙草のカートンを見つけると、青空は
「お酒を捨てられた仕返しです」と言って
ゴミ袋に放り込みます

CDや本も、ほとんど捨てられます
青空なりの基準が存在しているらしく
青空はときどき「これはよし」と言って
一部のものは、棚に戻されます




481:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:50:16.00 ID:4S5e64sI0
僕は青空に手招きして、身振り手振りで
コップに水を汲んでくるよう頼みました

青空は台所でコップに冷たい水を注ぐと
「ほーら水ですよー」と言いながらやってきて
ベッドに寝る僕の顔に1mくらい上から垂らします

僕は口を開けてどうにか水を飲みます
顔もベッドもびしょ濡れになりますが
少しでも水を飲めたことを僕は喜びます




482:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 22:00:45.39 ID:4S5e64sI0
「くもりぞらさん、今日は一段と元気ないですね」
ベッドに腰掛けた青空は、空き缶で僕の頭を
こつこつ叩きながら言います、「でも私は元気です」

僕は「後で見てろよ」という目線を送ります

「出て行ってもらいたそうな顔してますね」
青空は楽しそうに言います
「だから出て行ってあげません。あはは。
 ――それにしても、くもりぞらさん、
 さっきから喋りませんね。動きませんし。
 疲れてるんですか? なんかありました?」

僕が何も答えないのを見て、
「ん、まあいいや」と青空は言います
「とにかく、千載一遇のチャンスですね」




484:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 22:11:02.28 ID:4S5e64sI0
青空は僕の体を無理やり起こすと、
後ろに回って僕の首に右腕を巻き付けました

「前のやつの仕返しです」と青空は言います

以前触れたときの青空の首は冷たかったのですが
今日の青空の腕はあったかいです
あるいは僕の体が冷えているのかもしれません

「私、酔っ払いですから」、青空は僕の耳元で言います
「酔っ払いですから、これから変なこと言いますけど、
 それは酔っ払いだからです。気にしないでください」




485:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 22:20:13.30 ID:4S5e64sI0
「なんで最近、いやがらせしてくれないんですか?」

青空は腕の力を緩めると、そのまま
腕を下げて、僕の胸の辺りで交差させます

「どうして体のっとってくれないんですか?
 どうしてひとりになりたがってる私を
 くもりぞらさんは野放しにしておくんですか?」

青空の人差し指が僕の胸をとんとん叩きます




486:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 22:27:27.47 ID:4S5e64sI0
「ちょっとさみしいじゃないですか。
 さみしいのが、私は好きなんですよ。
 だからそれを阻止してくださいよ。
 そういうのがくもりぞらさんの役目でしょう?

青空の人差し指の動きが止まります

「それに私は、死期が近いからって慌てずに、
 いつも通り過ごして死にたいと思ってるんです。
 だから、それさえも邪魔してくださいよ。
 なんで言わないとわからないんですか?」




487:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 22:37:17.89 ID:4S5e64sI0
青空の両手首を僕が両手でつかむと
「あ、動いた」と青空は嬉しそうに言います

酔っ払いの言うことは、話半分に聞くのが正解です
ですが、青空は「気にしないで」いてほしいらしく
そうなると僕としては、気にせざるを得ないのです
そういうのが、僕の役目らしいですから




488:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 22:44:24.19 ID:4S5e64sI0
僕は青空の手を離して、振り返って青空と向かい合い、
まず、いま喋れないのだということを説明しようと思い、
自身の口を指差した後、両人差し指で「×」を作りました

すると、青空は何を勘違いしたのか
「だめって言われるとしたくなります」と言って
僕が指差したところに自分の唇を重ねてきました

その後、僕は苦労して携帯に文章を打ち込んで
さきほどあったことを説明したのですが
青空は「はい」「はい」と半目で頷き続けた挙句
人のベッドですうすう寝息を立てて寝てしまいました




503:名も無き被検体774号+:2012/08/05(日) 10:02:03.22 ID:4S5e64sI0
青空の寝息を聞いているとこちらも眠くなってきたので、
寝ている青空の頭をくしゃくしゃやった後、ソファで眠りました

目を覚ますと、体が大分楽になっていました
僕は早口言葉をためします

「とてちてた、とてちて、とてちて、とてちてた 」

どうやらきちんと喋れるまで回復したようです
冷蔵庫からきんきんに冷えたビール缶を取り出し
へそをだして寝ている青空の頬に当てます
「つめたい」と言って青空は目を覚まします




504:名も無き被検体774号+:2012/08/05(日) 10:11:17.27 ID:4S5e64sI0
僕は言います、「いつまで人のベッドで寝てる?」

「くもりぞらさんが喋ったー」と青空は喜びます

ビールを飲みながら「そろそろ帰れ」と言うと、
青空は眠たげな目で「いやです」と言い、
その後時計を見て「うわあ」と驚いていました

青空はベッドの上に三角座りして、
それからしばらく黙り込みました
現状について思いを巡らしているようでした




505:名も無き被検体774号+:2012/08/05(日) 10:19:07.49 ID:4S5e64sI0
青空はベッドの上に正座して言います
「あの……さっきはべたべたしてすみません」

「おお、ちゃんと覚えてるんだな」

「あ、そっか。忘れてることにしとけばよかった」
青空は正座したまま横に倒れます
「くもりぞらさん、私もお酒欲しいです」

「そろそろ帰れ。時間が時間だ」

「時間が時間で時間ですね」
青空はそう言って一人で笑います




506:名も無き被検体774号+:2012/08/05(日) 10:30:13.53 ID:4S5e64sI0
「しかし参ったな」と僕は言います

「お前が嫌がらせされるのが好きとなると、
 嫌がらせをしないことによる嫌がらせさえも
 結果的に嫌がらせになってしまって、
 最終的には喜ばせてしまうことになる」

「難しいことは考えずに、普通に
 いやがらせしてくれればいいんです」

「なるほど」と僕は言い、ベッドの青空の
膝の下と首の後ろに手を差し入れ
ひょいと持ち上げて玄関まで運びました
その軽さに、僕はちょっと驚きます




507:名も無き被検体774号+:2012/08/05(日) 10:35:22.74 ID:4S5e64sI0
そのままドアを開けて外に出ると
「もういいですよ」と青空が言います
だからどうしたという感じです
僕はそのまま歩きつづけます

青空は僕を見上げて言います
「はいはい、そういう嫌がらせですか」

「屈辱的な仕打ちというやつだ」

「私の足の状態に気づいてたんですか?」

「さあな」

「くもりぞらさんは発声器官ですけど、
 私は足の方をやられたんですよね」




508:名も無き被検体774号+:2012/08/05(日) 10:41:13.22 ID:4S5e64sI0
「というわけは、抵抗したんだな?」

「ええ。だって私、殺されるなら、
 くもりぞらさんにって決めてますし」

「次に俺が何を言うか分かるだろう?」

「『じゃあ殺してやらない』、ですよね。
 だったらせめて、私はくもりぞらさんより先に、
 ここからいなくなりたいなあ」

「そうか。じゃあ俺は、俺より先にお前を死なせない」

「じゃあ私は、私より先にくもりぞらさんを死なせない」

そういうやり取りを交わした後で、
僕はちょっと恥ずかしくなってきます
これじゃあまるで永遠を誓い合ってるみたいじゃないか




509:名も無き被検体774号+:2012/08/05(日) 10:43:59.50 ID:4S5e64sI0
もちろん、物事はそんなに
思い通りにいくものではありません

それが気休めに過ぎないことは
お互いにわかっているし、経験上、
死ぬということがそんなに優しくて
綺麗なものではないことを知っています




541:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 22:46:44.39 ID:4S5e64sI0
翌日、青空をいつもの公園に呼び出そうとした僕は
人の体をのっとる力を失ったことに気付きました

ですが、結局青空は公園に来ました

「どうせ呼ばれるだろうと思ったから、
 こっちから来てやったんです」
青空はしたり顔でそう言います

僕は「やるじゃないか」と言って
青空の頭を撫でてやりました

青空は頭を両手で押さえて
「子供扱いしないでください」とむくれます




545:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 22:54:30.79 ID:4S5e64sI0
「お前はいつも通り過ごして死にたいらしいな」

「だって、せっかく死ぬ覚悟が固まってても、
 ふとした拍子に幸せな思いをしちゃったら、
 苦労して固めた覚悟が崩れちゃいますからね。

 ただでさえ、命が薄らいできたせいか、
 異様に感動しやすくなっちゃってるんです。
 気をつけないとすぐ幸せになっちゃいますよ。
 感傷的になるなのは避けたいんです」

そこで僕は、センチメンタル・ジャーニーを提案します
どうにかして青空を感傷的にしてやろうというわけです




547:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 23:07:33.15 ID:4S5e64sI0
青空は窓からの風を心地よさそうに浴びて
小さな声で何かを歌っていました
こっちには聞こえていないと思っているのでしょう

「ままー じゃすきーらめーん」

それは僕もよく知っている曲でした
運転席でハンドルを握る僕は
一緒に唄おうとしたのですが
やっぱりやめておくことにしました

青空の声をきいていたいと思ったのです
趣味が酒と音楽だけというだけあって
さすがに歌い方というのを心得ていました
選曲も中々状況にマッチしています




548:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 23:14:31.53 ID:4S5e64sI0
屋台でホットドッグとクレープを注文し
ベンチに並んで座ってそれらを食べます

ひどく古いコカコーラの赤いベンチで
塗装は半分以上剥げてしまっています

青空はサンダルを脱いで横向きに座り
素足を僕の膝の上に乗っけてきます

「ずっと思ってたんですけど、
 私、くもりぞらさんについて、
 ほとんど何も知らないんですよね」




553:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 23:28:34.41 ID:4S5e64sI0
「たとえば、私は音楽が好きです。
 それはくもりぞらさんも知ってるでしょう?」

「ああ。見た。悪くない趣味だと思う」

「くもりぞらさんに褒められた!」

「こういう問題に関してはフェアなんだ、俺は」

「……ええと、それで、くもりぞらさんは、
 何か好きなこととかあるんですか?」

「それは、うんと好きなもののことか?
 それとも、ただ好きなもののことか?」

「うんと好きなもの」青空は僕の発言の
意図が分かったらしく、にんまり笑います




554:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 23:32:46.11 ID:4S5e64sI0
「俺は、ゆっくり回転する物が好きだ」

「……うーん、説明を求めます」

「メリーゴーランドとか、観覧車とか、
 オルゴールとか、時計とか、ひまわりとか」

「地球とか、月とか、太陽とか?」

「ああ。そうだな。天体も好きだ」

「私と、どっちが好きですか?」

「……ん?」

「ゆっくり回転する物と私」

「前者だな」

「……じゃあ、ゆっくり回転する私」
青空は立ち上がり、ゆっくり回りはじめます




557:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 23:42:31.15 ID:unF1Ok820
あおぞらさんかわいいです




558:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 23:46:23.49 ID:4S5e64sI0
僕はゆっくり回転する物が好きなので
ベンチから身を乗り出して青空を捕まえ、
再びベンチに座り、膝の上に青空をおいて
後ろから両手をまわして確保します

ゆっくり回転する物が好きなわけであって
青空と密着していると異様なほど安心することに
最近気づいたというわけではありません

「こんなに効果あると思いませんでした……」
青空はちょっと動揺した様子です




559:名も無き被検体774号+:2012/08/06(月) 23:56:47.82 ID:4S5e64sI0
自販機で買ったポカリスエットを
保冷剤代わりにして体を冷やしながら
僕と青空は駐車場に戻りました

晴れ渡った空の向こうには、積乱雲が見えました
街路樹に蝉がとまって鳴いています
この蝉も僕たちも、余命は同じくらいでしょう

どこかの家から線香の匂いが漂ってきます
よく日焼けした子供たちが、釣竿を持って
駆け抜けていき、それに合わせて風鈴が揺れます




560:名も無き被検体774号+:2012/08/07(火) 00:10:28.18 ID:4S5e64sI0
「このまま逃げちゃいましょうか」

「どこに行けば、あの得体のしれない
 超能力から逃れられるっていうんだ?」

「わかんないけど、地球の反対側とかなら、
 ちょっと難しそうじゃないですか?」

「それで、その後、どうするんだ?」

「小川が流れてたりするとこなんかに住むんです。
 ……そうでなきゃ、銀行強盗でもして歩きます?」

「で、八十七発の弾丸を受けて死ぬのか?」

「そうです。ボニー&クライドするんです」

「どっちも、あんまり現実的じゃあないな」

「知ってますよ。冗談です」




625:名も無き被検体774号+:2012/08/08(水) 22:42:59.20 ID:4S5e64sI0
当てもなく車を走らせました
途中で寄ったCDショップで青空が買った
「ラバーソウル」がカーステレオから流れています

山道に入ると、急カーブが多くなり、
貧弱な青空は左カーブに入るたびに
「わー」と運転席に倒れ込んできます
いつの間にかベルトを外しているのです

一度は間違えて、右カーブなのに
運転席方向に倒れてきました

「さて」と青空が切り出します
「いまから、身勝手な話をします」




626:名も無き被検体774号+:2012/08/08(水) 22:47:08.41 ID:4S5e64sI0
「私、これまでに、八人殺したじゃないですか。
 そのことを後悔してはいるんです。

 今思うと、あの人たちが具体的に
 どんな悪さをしたのか私は知らないし、
 仮に悪い人たちだったとしても、
 私個人は全く恨みもなかったんです。

 なんであんなことしちゃったんでしょう?
 あの中にくもりぞらさんがいたとしても、
 当時の私だったら殺しちゃったと思います。
 そう考えると、やっぱりとんでもないことを
 やらかしちゃったんでしょうね、私は。

 ……でもですね、九人目でやめて以降、
 私の身に起きた一連の出来事については、
 ひそかに、気に入ってさえいるんです。
 それと引き換えにこれから起こる、
 さみしい事態も考慮した上で、ですよ」




627:名も無き被検体774号+:2012/08/08(水) 22:54:26.33 ID:4S5e64sI0
「そのことについてなんだが――」
僕は以前思いついた仮説を青空に話します

「なるほど」と青空は言います
「確かに私も、疑問には思ってたんですよ。
 そもそもどうして、標的に関する情報が
 自動的に頭に浮かんでくるのか」

「他にどうとでも利用できそうなその能力を、
 標的の殺害だけに注ぎ込もうとしてしまうのか」

「そうそう。今考えると、妙ですよね」




630:名も無き被検体774号+:2012/08/08(水) 23:02:12.45 ID:4S5e64sI0
「でも」青空はきっぱり言います、
「証拠はどこにもないんでしょう?
 私たちを操ってる人がいるっていう」

「そうだけどな、そんなこと言い出たら、
 極端な話、俺たちの他殺にも証拠なんてない。
 俺たちは自殺させたと思い込んでるだけで、
 実際は、彼らがきちんと彼らの意志で
 そうしていたのかもしれないんだ」

「そして何より」と僕は言います、
「どんな理由であれ、青空が自分の意志で
 人を殺したりするとは思えないんだ」

「八人殺しました」と青空は言います

「ナイフは人を殺さない。ナイフで人を殺すんだ。
 どっかの誰かが、青空で人を殺したのさ」




631:名も無き被検体774号+:2012/08/08(水) 23:08:23.06 ID:4S5e64sI0
「都合よく考えようぜ」と僕は続けます、
「俺たちはおそらく、人を殺したっていうことから
 気を逸らそうとするあまり、逆に必要以上に
 責任を負おうとしてしまっていた部分がある。

 だが、特にならない殺人をする理由がどこにあった?
 いくらでも自分に利益をもたらせられるはずの
 この能力を、どうして活用しようとしなかった?

 おそらくこの能力には制限がかかっていたんだ。
 俺たちが向こうの意にそぐわない行動をしないように」




632:名も無き被検体774号+:2012/08/08(水) 23:13:36.55 ID:4S5e64sI0
「うーん、もしそうだとしたら、嬉しいんですけど」
青空はうつむいて、少し間を置きます
「でも、なんにせよ私は、だめですよ。
 八人殺したおかげでくもりぞらさんに会えた、
 あーよかったって考えてるようなやつですから」

「違う、八人で止めたから俺と会えたんだ」

青空は困ったような笑顔を浮かべます
「確かに、決してないとは言い切れない話です。
 ですが、それでも犯人が確定するまでは、
 ひとまず私がその責任を負うべきだと思うんですよ」

「素晴らしい心がけだな。犯人が分かるまでは
 ひとまず殺されておこうってわけか?」

「だって、しかたないじゃないですか」




653:名も無き被検体774号+:2012/08/09(木) 10:27:56.04 ID:4S5e64sI0
「ひだり」と青空が突然言います
言われなくても僕だって気付いています

車を停めて、外に出ます
視界の上半分が青い空と白い雲なのに対し、
下半分は黄色と緑で埋め尽くされています
大きな白い風車が、いくつか回っています

「ひまわりもあるし、風車も回ってるし、
 とってもくもりぞらさん的空間ですね」
青空が僕の隣で言います




654:名も無き被検体774号+:2012/08/09(木) 10:32:56.91 ID:4S5e64sI0
こんな光景を、昔見たことがあるような気がしました

制服の女の子とスーツの男
妙にちぐはぐな印象を与える二人が
並んでひまわり畑を見下ろしているのです

もちろん実際はそんなものを見たことはなく
たぶん単純に、その光景があまりにも
僕の好みに適合していただけなのでしょう




655:名も無き被検体774号+:2012/08/09(木) 10:42:06.52 ID:4S5e64sI0
青空は指折り数えます
「んーと、メリーゴーランド、観覧車、
 オルゴール、時計、ひまわり、天体」

そして、「ですよね?」という目をこちらに向けます

「そうだ」と僕はうなずきます

「それと、ゆっくり回転する私」

「ああ。別に回転しなくてもいいけどな」

青空は僕の目を見たまま固まります
「おー……不意打ちですね」

「こういうのは逆に困るだろう?」

「困ってます。照れてます」
まわんなくてよかったのかー、と青空はひとりごちます




656:名も無き被検体774号+:2012/08/09(木) 10:51:44.02 ID:4S5e64sI0
「ひまわりは達成したので、次にいきましょう」

「全部回る気なのか?」と僕は訊きます

「そうです。ゆっくり回るものを、
 ひとつずつ、ゆっくり回りましょう」

それは確かに、理想的な過ごし方でした
「お前はそれでいいのか?」と僕はたずねます

「それがいいんですよ。好きなものばかり見て、
 くもりぞらさんは生に執着しちゃえばいいんです。
 死ぬのいやだーって私に泣き付けばいいんです」

「なるほどな」




658:名も無き被検体774号+:2012/08/09(木) 11:00:23.60 ID:4S5e64sI0
からかうように、青空が軽く体当たりしてきます
「何だか、くもりぞらさんらしくないですね。
 決定権は、いつでもあなたにあるんですよ?
 したいと思ったことをすればいいじゃないですか」

「いや。もう俺も、あのうさんくさい力は失ったんだ。
 もう青空を操ることはできない。良かったな」

「そんなこと問題になりませんよ、私、
 あなたの言いなりになるの、癖になっちゃってますから」

「そうか」僕は納得します、「まわれ」

青空はその場でくるくる回りはじめます




701:1:2012/08/10(金) 20:03:21.21 ID:4S5e64sI0
二時間ほどで、青空の言うデパートに到着します
屋上遊園地などという時代錯誤的なものが
未だ存在していたことに驚きました
外装も城みたいで、大時代的です

「未だっていうか、新しく出来たんですけどね。
 時代錯誤がむしろ格好良いみたいな
 最近の風潮に合わせて作られたらしいです」

ここにはくもりぞらさんの好きなものが
いっぱいあるんです、と青空は言います

地下駐車場に車を停めると、店内に入ります
天井は呆れるほど高く、冷房ががんがんきいています
自分が縮んだような気になる場所でした
まだ夢が売っていた時代のデパートみたいです




702:1:2012/08/10(金) 20:09:58.31 ID:4S5e64sI0
良い雰囲気の雑貨屋を見かけると
青空は僕を置いて中に入っていきました
ついていこうとすると、追い払われます

「くもりぞらさんはメロンでも見ててください」

青空なりにやりたいことがあるようです
仕方がないのであたりをうろつきます

デパートに来るのは久しぶりでした
おかげで、子供の頃の記憶が
そこにそのまま残っている気がしました
もちろんこの場所を訪れたことが
あるわけではないのですが




703:1:2012/08/10(金) 20:14:37.07 ID:4S5e64sI0
エントランス付近のベンチに座って青空を待ちます
行き交う人々は、みんな幸せそうに見えます
実際、ここを訪れるような人は、ある程度裕福で、
「余計なこと」に金を割く余裕のある人たちです

子連れの客が多く、どこの子供も、
絵本の中から出てきたような感じです
立派な服、整った顔立ち、綺麗な体つき

彼らの将来を考えて、自分の現状と比較し、
僕は勝手に落胆して溜息をつきます




704:1:2012/08/10(金) 20:19:48.10 ID:4S5e64sI0
いつの間にか青空が脇に立っています
「さ、いきましょう」と青空は言います
何をしていたのかは聞かずにおきます

エレベーターが混んでいる様子だったので
いつも見るものより数段長いエスカレーターに乗ると
青空は壁に貼られた注意書きを指差しました

「黄色い線の内側では手を繋いでください、ですって」

「お子様と手を繋いで黄色い線の内側に、な」

「似たようなものです。私、年下ですから。
 ほら、黄色い線の内側ですよ」青空は手を差し出します

僕はその白くて細い指をそっと握ります
すかさず青空がぎゅっと握り返してきます




706:1:2012/08/10(金) 20:28:38.01 ID:4S5e64sI0
「あれみたいですね、恋人みたいです」
僕の顔を見上げて青空が笑みを浮かべます

「これだけじゃあ兄妹と似たようなもんだ」

「傍から見ても、そう見えますかね?」

「ああ。どう見ても仲の良い兄妹だ」

「これでも?」青空は自分の指を
僕の指の間に入れて、握り直します

「おいおい」と言いつつも、
僕はその手をしっかり握り返します




707:1:2012/08/10(金) 20:35:51.94 ID:4S5e64sI0
僕らが屋上遊園地に到着した途端
場内に大きな音楽が流れ始めます

真上にある時計台からの音のようです

「からくり時計ですね」と青空が言います
「10万人目の来場者になったかと思いました」

「雨だ」と僕は手を差し出して言います
今はまだ弱いですが、徐々に強くなる類の降り方です

「雨ですね。じゃ、さっさと乗っちゃいましょう」
メリーゴーランドと観覧車を指差して青空は言います

濡れた石畳が遊具のカラフルな光を反射して
屋上はクリスマスみたいなことになっています




708:1:2012/08/10(金) 20:40:58.97 ID:4S5e64sI0
メリーゴーランドは、よくある子供騙しの
チープなものではなく、凝った造形のものでした

念のために僕は言っておきます
「俺は見るのが好きなわけで、
 別に乗りたいわけじゃないんだよ」

しかし青空は二人分のチケットを購入し、
結局僕たちは馬車に向かい合って座ります

合図が鳴り、馬車が動き出します
青空は身を乗り出して、僕に言います

「『とても酷いやり方』でいつか殺す、
 くもりぞらさんはそう言ったわけですけど」

「言ったなあ、そういえば」

「どんなやり方なんです?」




709:1:2012/08/10(金) 20:46:01.84 ID:4S5e64sI0
少し考えてから、僕は答えます
「そうだな。まず……簡単に殺しはしない。
 時間をたっぷりかけて、じわじわ殺すんだ。
 死ぬときに未練や後悔が残るように、
 できるだけ生に対する執着が増すような、
 そういう暮らしを、長期に渡って送らせる」

「時間をたっぷりって、いつごろ殺すんです?」

「幸福慣れするのに時間がかかりそうな
 相手だからな、慎重にいく必要がある。
 十年、二十年、場合によっては、百年でも」

「私は時間かかりますよー」、青空が得意気に言います




710:1:2012/08/10(金) 20:55:30.22 ID:4S5e64sI0
想像通り、雨は次第に強くなっていきます
屋上の客はどんどん減っていきます

観覧車に乗り込み、半分くらいの高さまで
昇ったところで、青空はぽつりと言いました
「百年かけて、殺されたかったなあ」

「俺もそうするつもりでいたさ」

「でも、難しそうですね」

「今となっては、明日も知れぬ身だからな」

「なんとかして、逃げられないものですかね?」

「俺もそれをずっと考えてる。でも向こうは、
 その気になりさえすれば、何でも出来てしまう」

「うーん……」と青空は俯いて考えます




712:1:2012/08/10(金) 21:00:13.21 ID:4S5e64sI0
「こんなのはどうでしょう?」
観覧車が三分の二くらいの高さまで
来たところで、青空は言います

「くもりぞらさん、標的を自殺させる上で、
 定められた手順を言ってみてください」

僕は頭の中の文章を読み上げます、

,修凌佑梁里鬚里辰箸
⊃匹修Δ某兇詆颪
身の回りを綺麗にする
ぐ篏颪鮟颪
セ爐

「そう。そして、一つ目を阻止することは困難です。
 でも、二つ目、三つ目、四つ目を、
 全身全霊で邪魔したらどうなるんでしょう?」




714:1:2012/08/10(金) 21:49:07.12 ID:4S5e64sI0
「たとえばですね、△鯔験欧垢襪箸靴董
 自殺する理由が見当たらないどころか、
 絶対に自殺するわけがないって思われるくらい、
 幸せになっちゃえばいいんじゃないでしょうか」

「まあ確かに、向こうには、周りに自然な自殺だと
 思わせなければらない義務があるからな」

「そうです。くもりぞらさんの幸せはなんですか?」

「今まさにってところだな。青空といること」

青空は頬をかいて目を逸らします
「えーと……いや、すごく嬉しいんですけど、
 こんなことで満足しないでください。
 まだまだこれからじゃないですか。
 こんな陳腐なことは言いたくないんですが、
 生きてればもっと楽しいことが沢山ありますよ」




716:1:2012/08/10(金) 22:07:12.93 ID:4S5e64sI0
僕らの観覧車が一番高くなる瞬間が訪れます
その高さからは、雨に濡れた街が一望できます

窓にはりつくように下を見ながら、青空は言います
「そう。私はくもりぞらさんと同じ大学へ行くんですよ。
 がんばって勉強して、くもりぞらさんの後輩になるんです」

「だいぶ頑張らないといけないな」僕は苦笑いします

「大丈夫ですよ。くもりぞらさんが教えてくれますから。
 そうしてまた、一緒にカフェに行って勉強したり、
 映画を観に行ったり、お酒を飲んだりするんです。

 毎年、私たちに殺された人たちのお墓参りにいって、
 あんまり派手な生き方はしないようにして、けれども、
 必要以上に卑屈にはならず、強かに生きていくんです。
 そう、明るい日陰で生きていくんですよ。

 そのときは、今までみたいな話し方をやめて、
 お互いとっても素直に、昔のことを話すんです。たとえば――」




726:1:2012/08/10(金) 22:51:02.70 ID:4S5e64sI0
「たとえば、実は俺が、青空のことを
 好きにならないように必死に努力したが、
 結局は無駄に終わったこととか」

青空は目を丸くして僕の顔を見ます

「そういうことだろ?」と僕は念を押します

「……そうです。そういうことを話すんです。
 課外が終わって会いに行ったとき、
 私がわざわざ髪を切って、お洒落をして、
 実はとってもはしゃいでいたこととか」

「アパートに青空があらわれたとき、
 どうしてか、妙にほっとしてしまったこととか」

「足の心配をしてくれて抱っこしてもらったとき、
 本当は皆に見せて回りたいくらいだったこととか」

「酔っ払った青空がとんでもなく可愛かったこととか」

「キスの件は、わざと勘違いしたふりをしたこととか」




727:1:2012/08/10(金) 23:05:07.70 ID:4S5e64sI0
びしょ濡れで店内に戻った僕らは
無闇にお互いを叩いて笑います

思えば、この夏は、僕も青空も
しょっちゅうずぶ濡れになりました
それでも、雨に濡れるのは初めてでした

あたたかいコーヒーを飲み終える頃
デパートに閉店を知らせる音楽が流れ始めます

外に出た僕らは、夜の雨の街を、
傘も差さずに歩きつづけます
青空は「雨にぬれても」を口ずさみます

見込みのない二人は、いつまでも
手遅れの幸せについて語ります




728:1:2012/08/10(金) 23:12:45.41 ID:4S5e64sI0
雨はかなり弱まってきていました
青空に言われて空を見上げると
ぼんやりした月が浮かんでいました

「残念ながら、星は見えませんけど」

青空は鞄から何かを取りだします
僕には、梱包を剥がす前から
それが何なのか分かります

「もちろん、オルゴールです」
青空はそれを僕に手渡します
グランドピアノの形を模した
シリンダーオルゴールです

「これで、くもりぞらさんの好きなものは、
 ひとまず全部そろいましたね」

曲を流してみてください、と青空は言います




729:1:2012/08/10(金) 23:22:11.92 ID:4S5e64sI0
それは本当に突然のことでした

ぜんまいを巻いている最中
不意にふわりと、僕の心の曇りが晴れます

僕を直接殺そうとしていた意思とは別の
もっと上の存在からの操作から逃れ、
自由になることができたのでしょう

途端、押さえつけられ、弱められていた
僕の人間的感覚が開放されます

目の前の少女が、突然、
かみさまみたいに見えてきます

ああ、そうだったのか、と僕は思い、
何も言わず、僕は青空を抱き締めます
青空は「うわっ」と驚きつつも
すぐに抱きしめ返してくれます

そうだよな、と僕は思います
これくらいの気持ちが溢れていて当然だったんだ




730:1:2012/08/10(金) 23:30:33.32 ID:4S5e64sI0
どうにかして青空を、この糞みたいな
くだらない繰り返しから抜け出させてあげよう、

こんな卑屈で先のない幸せにすがらなくとも
もっと心の底から笑えるようにしてあげよう、

オルゴールが終わるころには、
僕はそう決意していました


でも結局、その日が僕らにとって
最後の日となりました




731:1:2012/08/10(金) 23:34:20.50 ID:4S5e64sI0
さて、




732:1:2012/08/10(金) 23:35:07.29 ID:4S5e64sI0
急に感じるかもしれませんが、
これでお話は大体お終いです




734:1:2012/08/10(金) 23:35:47.64 ID:4S5e64sI0
八月のよく晴れた日に出会ったのは、
神経質そうな目をした女の子でした




735:1:2012/08/10(金) 23:36:24.99 ID:4S5e64sI0
華奢で色白で、視線は常に下を向いていて、
笑い方がとっても控えめな女の子でした




736:1:2012/08/10(金) 23:37:33.83 ID:4S5e64sI0
最後に交わした会話は、僕と青空だけの秘密です。




737:1:2012/08/10(金) 23:38:10.95 ID:4S5e64sI0
おしまい。




738:名も無き被検体774号+:2012/08/10(金) 23:39:47.80 ID:ZVmED/nAO
わー!終わりなの?
オルゴールから流れた曲はなんだったのかな?ちょっと気になる




748:1:2012/08/10(金) 23:59:54.80 ID:4S5e64sI0
>>738
よっぽど書こうかと思ったんですが、
チキンなので書かずにおきました!




740: 【Dnews4viptasu1327080131130483】 :2012/08/10(金) 23:40:36.54 ID:/S9cUOOe0
おつ

面白かったよ!




741:名も無き被検体774号+:2012/08/10(金) 23:42:39.41 ID:CxNq8CeT0
面白かった
久方ぶりにいい話読めたよ
GJ




742:1:2012/08/10(金) 23:44:56.98 ID:4S5e64sI0
終わった! というわけで、ネタばらし+宣伝。
何人か気づいている方もいたようですが、
作者は「げんふうけい」の俺です。
http://fafoo.web.fc2.com/other.htm
保守してくれた人、感想くれたりした人、ありがとう!




745:名も無き被検体774号+:2012/08/10(金) 23:50:05.73 ID:uJT79wvX0
かなり面白かった!
幸せな時間をありがとうございました




749:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 00:00:28.18 ID:X0JNY1LQ0
乙です
今回もおもろかったわ
応援してるぜげんふうけいさん




752:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 00:09:36.54 ID:eM7qZ4Hq0
面白かったよ
ありがとう




754:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 00:14:43.99 ID:I0RkB97w0
お疲れ様でした




756:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 00:20:35.25 ID:V7M1Ce6P0
なんてところで終わりやがる…

乙!




758:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 00:29:05.77 ID:mCKYO63+O
乙でした・∀・
すっごくおもしろかったです




759:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 00:30:13.60 ID:u9/RcAvy0
乙ですっ!
また良いモノよろしくですっ




763:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 00:38:42.71 ID:dGxLRt1d0
乙です
おもしろかった




764:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 00:40:58.41 ID:sojoBUce0
乙でした!
すごく引き込まれて、いっきに読めました。




765:1:2012/08/11(土) 00:45:37.30 ID:4S5e64sI0
ていうか27000字以上を読んでくれた皆さんも乙でした!




768:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 01:15:26.56 ID:d/6CajsV0
乙!超乙!
とても素敵な時間をありがとうー!
美味しいお水のようだったわ




773:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 01:49:34.39 ID:qsQIEmsP0
乙です!
オモシロかったの一言です




780:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 04:30:08.48 ID:x27m4v2R0
乙!
面白かったwスレタイからとのギャップがぐっときたぜ




791:名も無き被検体774号+:2012/08/11(土) 21:49:31.37 ID:UtSRDq8v0
凄く面白くて一気に読んでしまいました!

一つだけ気になったのが>11の教師が驚いていた理由です。
割愛されたのかなぁ。




792: 忍法帖【Lv=19,xxxPT】 :2012/08/11(土) 23:11:38.94 ID:iFoyhrOB0
普段授業を適当に受けてるからだと思ってる




799:名も無き被検体774号+:2012/08/12(日) 08:05:16.29 ID:KEjAXRvi0
>傍から見ても、そう見えますかね?
>明るい日陰で生きていくんですよ
>心の曇りが晴れます

こういう風に、前半で使われた言葉が
後半で意味を変えて出てくるとにやにやしちゃう
二人には明るい日陰で幸せになって欲しかったなあ




800:名も無き被検体774号+:2012/08/12(日) 09:42:38.30 ID:la3cqraCO
面白かった!
ちょっと泣いた。

幸せになって欲しかった(´;ω;`)


>>1さんの他のSS
十年巻き戻って、十歳からやり直した感想
http://minnanohimatubushi.2chblog.jp/archives/1806478.html




龍が如く5 夢、叶えし者
AKB1/153 恋愛総選挙 (初回限定生産版) 超豪華誰得BOX
ワールドサッカーウイニングイレブン2013
バイオハザード6 (【数量限定特典】エクストラコンテンツ「ザ・マーセナリーズ」用ステージDLコードセット同梱)
テイルズ オブ エクシリア2 (初回封入特典:プロダクトコード同梱) 特典 予約特典「オリジナル短編小説「TALES OF XILLIA 2 -Before Episode-」&「設定資料集」付き
初音ミク -Project DIVA- f 予約特典:デザイン保護フィルム(PlayStation(R)Vita専用)/【Amazon.co.jp限定】オリジナルフェイクカード 付き
コール オブ デューティ ブラックオプスII (字幕版)(Amazon.co.jp限定予約特典 付き)【CEROレーティング「Z」予定】
SDガンダム ジージェネレーション オーバーワールド(初回封入特典:豪華三大プロダクトコード同梱)
第2次スーパーロボット大戦OG (通常版) 特典 電撃スパロボ! SP - OG Official Book -付き
Halo 4 リミテッド エディション 期間限定豪華3大予約特典& 【Amazon.co.jp 限定】数量限定特典「Halo インフィニティ マルチプレイヤー」 用DLC付き
デビルサマナー ソウルハッカーズ 先着購入特典:アレンジサウンドトラック 付き
サモンナイト3 サモンナイト4

 

SS宝庫最新記事50件