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1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/30(日) 23:47:24.29 ID:Xf5cioAAo
おや、そこのあなた。お暇そうな顔をしていらっしゃる。
ははあ、この平かな世の中、少々平和が過ぎて退屈するのも無理ありますまい。
春の陽気がそれをなお後押ししているようでございますなあ。

おや、退屈ゆえに何か面白い話をなせと。
しがない物売りめになんと難題をお出しになる。
まあいいでしょう。とっておきの話を持ち合わせておりますのでそれをお披露目いたしましょうかな。

これはあるお侍と童女の話にございます。
二人の小さな、しかし苛烈な物語にございます。

ああ、これから話すものは作り話でございますから、小さきことにかりかりしないように。
これだけはお約束願いたい。

――さて、物語は賽の音より始ります。
からころからころ。賽の音より、




 

2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/30(日) 23:48:35.42 ID:Xf5cioAAo
「さあ張った張った!」

「丁!」

「半!」

「さあ、お待ちかね! 玄人源さんはなんと見る!?」

侍「……」

「さあ、さあ!」

侍「ピンゾロの丁!」

『おお!』

「目はなんと出た!?」

「一と一、ピンゾロの丁!」

「また源さんの勝ちだ!」

「やられたあ!」

「まったくもって源さんは強いなあ! 何かコツでもあるのかい!?」

侍「へっ、コツなんて大層なものはいらねえよう! こうやって賽子に耳を近づてみなあ、この野郎の声がよく聞こえあ!」

「わはは、源さん冗談が過ぎるぜ!」

侍「ま、馬鹿どもにゃ聞こえねえかあ!」

「馬鹿とはなんだ、がははは!」

侍「じゃあ、俺はここで失礼するぞお!」

「おう、またきなせいや!」


3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/30(日) 23:49:42.16 ID:Xf5cioAAo
この物語の主役の一人、お侍の源次郎にございます。
とはいうもののお侍とは名ばかり。浪人であったそうで。
剣術よりも酒と博打が好きな不良でございました。

さてこの源次郎、博打を終えて岐路に着きましたと。


5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/30(日) 23:51:30.31 ID:Xf5cioAAo
侍「うー、冷える冷える。まだまださみいなあ」


ガラガラ!


侍「ただいま主人のお帰りってなあ! 誰もいねえけどよ!」

「ううん……」

侍「あん?」

幼女「ムニャ……」

侍「……あん?」


6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/30(日) 23:52:10.53 ID:Xf5cioAAo
明け方に家に帰りますと、お侍の薄い布団の中ですやすやと童女が眠りよったんですなあ。
お侍はしばらく吃驚して口がきけなかったそうでございます。

しばらく唖然としたのち、童女を叩き起こして、お侍はあるところに向かったそうで。
あるところですかな?
まあそんなにせかしなさんな。
今日は物語の入口ということでここらでお開きにいたしましょう。

また明日、いらっしゃってくださいな。
物語の続きをお聞かせしましょう。

ところで、この掛け軸などいかがですかな。


10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:19:18.06 ID:Xf5cioAAo
おや、いらっしゃいましたな。
まあまずは粗茶でも。要らない?
ははあ、そこまで先を聞きたいとなれば仕方ありません、早速お話いたしましょう。 

お侍が向かったのは、村からのびる街道であったそうで。
まだ薄明の中、目をこする童女を連れてでございます。
ある場所まで来ると、お侍は開口一番こう言ったそうな。


11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:19:50.00 ID:Xf5cioAAo
侍「おい、権蔵爺!」

「なんだうるさい……」

侍「何がうるさいだ、とっとと起きやがれ!」


12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:20:25.66 ID:Xf5cioAAo
道端の粗末な茣蓙の上から身を起こしたのは、一人の男にございました。
物乞いの権蔵という者で、この寒い中ほぼ裸の恰好でそこにいたそうで。

眠そうな目をこするのは左腕。右腕はございません。隻腕です。


13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:20:53.45 ID:Xf5cioAAo
物乞「……おお、源次郎ではないか。いったいぜんたい、こんな明け方になんの用だ」

侍「こいつだ!」

幼女「……」

物乞「ふむ、可愛い童女ではないか。どこぞから攫ってきたのか源次郎」

侍「つまんねえ冗談と知らないふりははやめねえか! てめえが送り込んできたんだろう!?」

物乞「……ふ、はは。さすが源次郎。さっそく看破しおったか」

侍「ったりめえだ! 俺の身の周りに起きる厄介事は、だいたいてめえが原因だろうが!」

幼女「……」


14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:21:28.47 ID:Xf5cioAAo
童女は二人のかましいやりとりを、きょとんとした目で見つめるのみだったそうでございます。
その目はまだ眠そうで。
ただ、それはまだあどけない顔に、よく似合っていたようですなあ。

さて、源次郎はまだまだ権蔵に食ってかかります。


15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:23:06.08 ID:Xf5cioAAo
侍「最初は猿が家にいやがって、次が狼、そん次が熊と来て、今度は虎でも来るかと思えばしょんべん臭え童女と来たか! てめえは一体何がしたいんだ!」

物乞「はっはっは、少しは落ち着け源次郎。まずは話を聞いたらどうだ」

侍「おう! 聞いた後ぶんなぐってやるからさくさく話せい!」

物乞「まずはそうだな、あれはずいぶんと昔のことだった。この頭がまだ黒々としていた頃だよ。儂は海を見ておった」

侍「なげえ話はお断りだぞ」

物乞「まあ聞け。儂は剣の道を志し、海を眺めながらその高鳴る鼓動を落ち着かせていたのだ」

侍「……」

物乞「いや、落ち着かせるには至らんでな、ついにその白波に向かって走り出した!」

侍「それで?」

物乞「しかしうっかりしとったわしは、袴の裾を踏みつけすってんころりん、顔から砂浜に突っ込んだ。ついでに起き上がった鼻には小さき蟹が、その鋏でしっかりぶら下がっておったのだ」

侍「……で?」

物乞「慌てるとよくないということだ源次郎」

侍「それだけ言うためになげえんだよ馬鹿! ……ああ、あったまきた、俺はもう帰るかんな!」

物乞「慌てるなと言ったばかりであろうが」

侍「うわっ」


16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:23:52.55 ID:Xf5cioAAo
勢いよく振り向いた先に物乞いの姿があったので、お侍はびっくらこいて仰け反った。
その背中を、そっと支えたのが例の童女。

お侍は、きょとんと振り返りそれを見下ろしたのでございます。
童女は無表情にそれを見返してきたとか。

しかしだというのに礼も言わずに、お侍はすぐさま目の前の物乞いに向き直りましたと。


17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:26:34.48 ID:Xf5cioAAo
侍「ならさっさと要点を言えってんだ! こっちは早く寝てえんだよ!」

物乞「要点だけなら簡単だ。その童女を預かれ」

侍「……はあ?」

物乞「以上だ、帰れ」

侍「待った待った、何を訳のわかんねえこと言ってやがる。とうとうボケが始まったのか?」

物乞「馬鹿言えボケとるのはお前の方だろうが。かのようないたいけな童女をここに置いていくつもりか」

侍「いいやボケはやっぱりてめえだ。俺には義理はねえぞ」

物乞「あれは昨日の明け方だった」

侍「聞け!」

物乞「儂は山向こうの街道で商いをしとったのだがな、とんと人が通らぬ」

侍「……商い? ただの物乞いだろうが。っていうか聞きやがれい」

物乞「それで、その明け方に引き上げようとしたのだが、ちょうどそのときべそをかいた童女が通りかかったのだ」

侍「……。こいつか?」

物乞「いかにも。どこから来たのか訊いても答えない。どこへ行くのかと訊いても同じだ。痺れを切らした儂は、とりあえずこちらに連れてくることにしたのだ」

侍「人攫いじゃねえか!」

物乞「いや、なに、帰りたくないというものでな。何か事情があると見た儂は、厄介事はお前に押しつけることにしたのだ」

侍「はああ!?」

物乞「というわけで儂は用事があるでな、これで失礼する」


18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:28:36.92 ID:Xf5cioAAo
言うが早いか、物乞いは街道をさっさと歩きだしたのでございます。
何か言おうとした機先を完全に制した形であったゆえに、お侍は完全においてけぼりを食ったそうな。
物乞いの足はなかなか早く、みるみる内にその背中が小さくなりました。
お侍は追いかけるのも馬鹿馬鹿しくなって、街道を反対に、つまり村の方に歩き始めたそうな。

しばらく歩いて肩越しに振り向くと、童女がぽつんと道に立っているのが見えたと。
お侍、特に気にせず前に向き直ったのでございますが、進むにつれてその歩みがのろくなる。
とうとう立ち止まりますと、お侍、ため息をついて道を引き返したのでございます。

元いたところに戻りますと、童女は相変わらず何を考えているのか分からぬ無表情でそこにおりました。
不安そうな顔をするでもなく、寄ってくるでもなく。ただただきょとんとお侍の顔を見上げていたのでございます。


19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:29:55.60 ID:Xf5cioAAo
侍「あー……」

幼女「……?」

侍「……お前、名前は?」

幼女「……ゆき」

侍「俺は源次郎だ」

幼女「……」コクリ

侍「ああくっそ、ったく仕方ねえなあ……」

幼女「……」

侍「……付いてこい」

幼女「……」






幼女「……」コクリ


20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:30:39.29 ID:Xf5cioAAo
さて、今日の分はここまで。
お話が聞きたければ、また明日いらっしゃい。
先ほど急な用事が入りましてな、このいやしい物売りめは大事な話をしに行かなければならないのでございます。

ああ、ところで。
この丹塗りの箸、良いものなのですがいかがですかな?


21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/31(月) 21:54:07.59 ID:z8uU2vwAO
>>20 乙でした。
先日 箸の先の部分が折れたからな…
よし、買いだ。


24:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:26:34.59 ID:Xf5cioAAo
いらっしゃいましたな。
いやあ申し訳ない、昨日は商談が立てこんでおりまして……
それよりも箸の使い心地はいかがでしたか?

なに、挨拶はいいからさっさと始めろと。
はは、せっかちですなあ。
まあいいでしょ。始めさせていただきましょうかな。

童女ゆきを連れたお侍源次郎、街道を黙々と歩き、村に戻ったそうな。
まだ明け方の冷え冷えとした空気の中、各家々は沈黙の中。

しかしある建屋の前を通りかかったその時。女の大きな声がそこらに響き渡ったのでございます。


25:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:27:02.14 ID:Xf5cioAAo
「あら、源ちゃんじゃない!」

侍「あん?」

「ひっさしぶりねえ!」

侍「おお、桜ちゃあん!」

幼女「……?」


26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:27:50.21 ID:Xf5cioAAo
建屋から出てきたのは、何やら鮮やかな柄の着物をまとった妖艶な美女であったのでございます。
整ったかんばせ、眩しきうなじ。
名は桜で、その建屋、矢場の女にありました。

おや、矢場をご存じない?
矢場とは、矢を的に射させる遊び処なのでございます。
しかし、そこに矢場女と呼ばれる者たちをおき、何やらいかがわしきことをさせていたとかいないとか……

おや知っている?
ははあ、なぜそのような田舎に矢場のような今めかしきものがあるのか、ですか。
初めに言った通りでございます。これは作り話。小さきことにかりかりしないように、と。


27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:29:07.07 ID:Xf5cioAAo
女「ちょっと源ちゃん、最近どうしたの。全然来てくれないじゃない!」

侍「いやあすまねえ、最近たてこんどったのよ!」

女「やだあ、いつも博打かお酒しかやってないくせに」

侍「がはは、ばれちゃあしょうがねえなあ!」

女「まったく源ちゃんは、ってあら?」

幼女「……」

女「やだこの子、源ちゃんの子!?」

侍「ばっ、ちげえよ!」

女「たてこんでたってこのこと!? やだすっごおい!」

侍「ちげえって言ってるだろうがよ!」

女「相手は誰? いつのまに? 名前は? っていうかこの子可愛いわ!」

侍「おおい、聞いとくれえ!」







女「はあ、あの権蔵爺がねえ」

侍「参ったもんだ」

幼女「……」

女「飴いる?」

幼女「……」コクリ

女「はい」

幼女「……」パク

女「……」

幼女「……」モゴモゴ

女「……か」

侍「?」

女「――かっわいい!」

幼女「っ……」


28:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:29:52.08 ID:Xf5cioAAo
侍「いきなり抱きついたら吃驚するぞ」

女「この子、あたしが預かってもいいかしら!?」

侍「ああん?」

女「あたしがじきじきに一流の矢場女にしたげるの!」

侍「……矢場女にねえ」

幼女「……?」

侍「ま、いいんじゃねえか? 好きにしてくれい」

幼女「……」

侍「……なんだよ?」

幼女「……」


29:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:30:22.21 ID:Xf5cioAAo
その童女、何やらお侍の方をじっと見て目を離さないのでございます。
特別気持ちのこもった視線というわけでもありませんでした。
しかしそれはどうやら抗議の眼差しのようで。


30:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:30:57.89 ID:Xf5cioAAo
侍「嫌ってか?」

幼女「……」コクリ

女「ええ?」

侍「馬鹿言え、お前は自分の扱いについてとやかく言える立場じゃねえんだぞ」

幼女「……」トテテ

女「あ」

幼女「……」ギュッ

侍「おいおい」


31:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:31:26.23 ID:Xf5cioAAo
童女、お侍のくたびれた袴の端をしっかとつかんだのでございます。
そのまま放そうといたしません。

お侍と矢場女、二人で説得しますも童女はどこ吹く風。全く相手にしなかったそうで。


32:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:31:56.72 ID:Xf5cioAAo
女「残念ねえ」

侍「ちっ、しかたねえなあ」

女「じゃあ、あたしも眠いしこれで失礼するわ」

侍「おう」

女「近いうちに矢場に寄ってちょうだいねえ」

侍「合点だ」


33:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 17:33:21.74 ID:Xf5cioAAo
そして、お侍と童女は矢場女と別れて帰路についたのでございます。

――おっと、申し訳ありませんな、別の客がいらっしゃったそうでそちらの相手をせねばなりません。
しばらく戻りませんが、必ず先はお話しますので、お茶と菓子でも齧って待っておってください。

それではまた後ほど……


34:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 18:31:48.15 ID:4P0F5+qIO
なにこの良スレ。
かたりべが目に浮かぶんだが。


35:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/02(水) 19:49:53.21 ID:2OKiy3mu0
読んでてワクワクする。面白いわ


36:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 00:16:30.44 ID:DQspNbzAO
まったく面白い。>>1
煎餅食べながら舞ってる


38:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:36:16.15 ID:Xf5cioAAo
遅くなりましたなあ、申し訳ございません。
煎餅はお口に会いましたかな?

ええ、ええ、分かっておりますよ、先をお話いたしましょう。
矢場女と別れた二人、特別会話もなく家に着いたのでございます。

お侍、万年布団にすぐさまもぐりこみまして、童女のことなど忘れたように眠りの世界に繰り出したそうで。
……どれほど眠ったでしょうか、お侍の身体がゆすられました。


39:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:36:54.64 ID:Xf5cioAAo
侍「ムニャ……母ちゃあん、あともう少しだけ眠らせとくれい」

「……」ユサユサ

侍「頼む頼む、まだ起きなくねえよう……」

「……」ユサユサ

侍「まだ、鍛冶の仕事にゃ早えよう……」

「……」

侍「ムニャ……」

「……源ちゃん」

侍「源ちゃんだあ!?」


40:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:37:21.92 ID:Xf5cioAAo
お侍、身の毛を総立たせて飛び起きたのでございます。
母親にちゃん付けで呼ばれることほど気色の悪いことは、いつの時代もそうそうはないもので。
まあそう呼んだのはお侍の母親にはなかったのでございますが。


41:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:37:52.90 ID:Xf5cioAAo
童女「……」

侍「なんでい、お前かあ」

童女「……」

侍「人が気持ちよく寝ているときに……」

童女「……ちゃん」

侍「あん?」

童女「源ちゃん」

侍「……」

童女「おなかすいた」

侍「……」

童女「源ちゃん――」

侍「ええい、そんな呼び方するんじゃねえ!」


42:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:39:35.81 ID:Xf5cioAAo
つい数刻前に別れた矢場女の呼び方をまねたのでしょうなあ。
無表情なおかっぱ頭は、静かに空腹を訴えたのでございます。

お侍、舌打ちしながら寝ぼけ眼をこすって、童女を再び視界に収めました。
と。あることに気付いたのでございます。


43:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:40:04.82 ID:Xf5cioAAo
侍「おんや?」

幼女「?」

侍「おめえ、その衣……そこそこにいいものなんじゃねえのか?」

幼女「……」


44:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:40:32.24 ID:Xf5cioAAo
その通り、童女の衣は派手ではありませんが、なかなか品の良い花の柄が丁寧に縫いとられているのでございました。
生地も粗悪なものではなく、日の光を浴びて静かに輝く繊細なものを使っているようで。
それらは十分に明るくなったその刻だからこそ分かることでした。

お侍、何やら嫌な心地がしたそうで。
すなわち。


45:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:40:58.97 ID:Xf5cioAAo
侍(こいつぁ、単なるしょんべん臭え童女というわけではなさそうだ)

幼女「……」

侍(権蔵爺の野郎、そんじょそこらの比じゃねえ厄介事を持ち込んできたんじゃねえだろうな……)

幼女「……」

侍(変なことにならなきゃいいが)

侍「ちっ」


46:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:41:40.43 ID:Xf5cioAAo
お侍、舌打ちし、また布団にもぐりこむのでした。
しかし、それを許さぬのが、童女。
今度は近寄ってきて耳元で言うのでございます。


47:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:42:07.38 ID:Xf5cioAAo
幼女「源ちゃん、おなかすいたよ」

侍「ああ、もううるせえ!」

幼女「……」

侍「これをやるから適当に食ってこい!」

幼女「……!」


48:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:43:30.06 ID:Xf5cioAAo
童女の手元に投げ込まれたのは、何やらずっしり重い小袋でした。
童女が恐る恐るそれを開けますと、中に銭と小判がぎっしりと。
お侍の方を見ますと、彼は既に眠りの世界にとんぼ返りしていたのでございます。

童女、しばらくじっとそちらを見ていましたが、お侍はもう起きそうにありませんでした。
そのうち空腹に耐えられなくなったのでしょう。
童女はその無表情にほんの少しだけ不安そうな色を混ぜると、戸をからりと開けて、恐る恐る外に出ていったそうな。
そのままお侍の家には静かな時間が流れたのでございます。

さて時間は過ぎて、夕七ツ。
傾いた日の光がうす暗い家の中にさしこんでいました。


49:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:43:57.88 ID:Xf5cioAAo
侍「ううん……」

侍「ああ、よく寝た」

侍「……ん?」

侍(あいつ、いねえな)


50:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:44:35.99 ID:Xf5cioAAo
そうなのでございます。うす暗い家の中には、あの童女の姿はなかったのです。
がりがりと頭を掻いて、お侍はしばらく考えたそうで。
しかし。

「まあ、いいか」

お侍はひょいと床から抜け出すと、夕暮れ時の村へと繰り出したのでございました。


51:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:45:12.46 ID:Xf5cioAAo
<矢場>


侍「源次郎さまのおなありぃ!」

女「あら源ちゃん、早速来てくれたのね!」

侍「おう、俺は約束を守る男だぜ!」

女「桜うれしい! じゃあ、まずは弓遊びでもする?」

侍「いやあ俺は弓と矢よりも」グイ

女「きゃっ」

侍「桜ちゃんで遊びてえなあ、にしし!」

女「もう、源ちゃんの助平!」


52:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:45:43.60 ID:Xf5cioAAo
そんでもってしばらくの間、二人は男と女の享楽にふけったそうで。
詳しく聞きたい? 鼻息が荒いですなあ。
いやあ、それでは本筋とずれてしまいますゆえ省かせていただきます。

そんなこんなで数刻後。二人は一緒の布団の中で世間話に興じていたそうで。


53:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:46:17.13 ID:Xf5cioAAo
侍「桜ちゃんはいろんなところが滑らかで、触ってるだけで心地がいいなあ」

女「あんっ、もう、お盛んねえ。十分したでしょう」

侍「桜ちゃんとなら、いくらでもできらあ。あそれ、ひとーつ、ふたーつ」

女「あっ、あっ……もう!」

侍「ちぇ」

女「そう言えば、あの子はどうしたの?」

侍「あの子?」

女「あの女の子」

侍「ああ、あの童女」


54:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:47:49.94 ID:Xf5cioAAo
実を言いますとお侍、この時まで童女のことはすっかり忘れていたそうで。
ぼんやりと思い出したのは、心細げに家を出ていくその背中。
どことなく気まずい思いを覚えながらも、お侍はそれを振り払うように言うのでございました。


55:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:48:36.26 ID:Xf5cioAAo
侍「まあいいじゃねえかあいつのことは。桜ちゃん、もう一回だけ、もう一回だけ!」

女「いいけど、ちゃんとその分の代金は払ってもらうわよ?」

侍「あたぼうよ、この俺を誰だと思ってやがる! 賭博場の主、源次郎様よ……って、ああ!」

女「な、なに?」


56:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:49:11.73 ID:Xf5cioAAo
そのときお侍は思い出したのでございます。
童女に渡した小袋のことを。
全財産が入ったあの袋のことを。


57:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:49:39.02 ID:Xf5cioAAo
侍「桜ちゃん!」

女「な、なにかしら?」

侍「ちょおっと今回のはツケにしといてもらえねえかな」

女「ええ! そんなの困るわ源ちゃん」

侍「そんなこと言わずに! ほら、この通り! すぐに払いに来るからよ!」

女「で、でも……あ、源ちゃん!」


58:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 18:50:14.89 ID:Xf5cioAAo
矢場女が言うのも聞かずにお侍は夜の闇へと走り出たそうで。
村の各所を走りまわり探したのですが、どこにも童女の姿はございません。
諦め心地でいったん家に戻ったのですが、おっと何やら呼ばれておりますな。

――なに、先ほどのお客様が苦情を?

……すみませんな。ちょっと面倒事にございます。
今度はすぐに戻りますゆえ、くつろいで待っておってください。
それでは。


59:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/03(木) 19:31:55.85 ID:8KYi/3wDO



62:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:15:35.04 ID:Xf5cioAAo
ふーやれやれ、下らぬいちゃもんはつけられたくないものですなあ。
いえ、こちらの話でございます。

さて、お侍が家にもどったところまで話しましたな、
そこでお侍は二人の人影を発見したのであります。

一人は今まで必死になって探していた童女。
そしてその隣に渋い顔をした男。
その二人が並んで座っていたのでございます。

男が口を開きました。


63:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:16:01.85 ID:Xf5cioAAo
「おい源、お前今までどこに行っていた」

侍「いや、その童女を探して村中をだな……」

「その前は」

侍「いや、別にどこでもいいだろう」

「どうせ矢場にでも行っていたのだろうな」


64:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:16:28.22 ID:Xf5cioAAo
お侍、ぎくりと顔をひきつらせたのでございます。
さて、お侍に親しき物言いをするこの男、源次郎の隣人でありました。
名は藤吉。真面目な性格で有名な百姓です。
不良のお侍とはそりが合わないようでいて、実はこの二人は幼馴染。
腐れ縁がかれこれ二十年以上も続いているのでございました。


65:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:17:10.41 ID:Xf5cioAAo
隣人「今日はお前に説教があってきた」

侍「説教だあ?」

隣人「ああそうだ。お前この子をほっぽって遊びにいったろう」

幼女「……」

侍「それは誤解だ。そいつが腹が減ったというものだから俺は金を持たせてだなあ……あ! 金……金は大丈夫か!?」

隣人「ここにある。つまりお前はおなかがすいたこの子を一人で外に行かせたわけか」

侍「それは……」

隣人「はあ。それはもこれはもあるか。この子はおなかをすかせて、行くところも分からず一日中村を彷徨っていたそうだぞ?」

侍「……」

隣人「偶然俺が通りがかったからいいものの、素行の悪いあの喜助たちに見つかっていたら、どんな目にあっていたかもわからん」

侍「ぐ……」

隣人「よくは知らんが、この子から話を聞いたところ、お前が世話を見ることになったそうじゃないか。だったら責任もってだな――」

侍「あーあー、分かった分かった、俺が悪うござんした」

隣人「反省しているか?」

侍「ああ、した、した」

隣人「ならいい」


66:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:17:41.09 ID:Xf5cioAAo
隣人はそう言うと立ちあがり、戸に向かいました。
すれ違いざまに金の入った小袋をお侍に渡すと、戸口で一度振り向きました。


67:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:18:07.01 ID:Xf5cioAAo
隣人「お前、夕食は食べたか?」

侍「あ、いや、まだだ」

隣人「じゃあ、恵んでやるから後で取りに来い」

侍「分かった」

隣人「それじゃあな、……源ちゃん」ニヤ

侍「んな!?」

隣人「はっはっはっは」


68:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:18:34.87 ID:Xf5cioAAo
隣人は高笑いしながら帰っていったそうな。
間違いなく、童女から聞いたのでございましょうな。
源ちゃん。
なんと気の抜けた呼び名でしょうか。


69:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:19:03.51 ID:Xf5cioAAo
侍「あの野郎……」

幼女「……」

侍「……」チラ

幼女「?」

侍「あー、ゆき、だったな」

幼女「……」コクリ

侍「……すまなかった。これでいいか?」

幼女「……」







幼女「……」コクリ


70:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:19:34.98 ID:Xf5cioAAo
どことなく満足した表情であったとか。
その日は隣人から布団を借りて、並んで寝たそうな。

さて次の日。
日が高くなった時間にお侍が布団から抜け出しますと、童女の姿がありません。

はてな、と思って家を出ますと、童女がとててと前を通りましたと。
その手には、何かを抱えておりました。


71:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:20:02.07 ID:Xf5cioAAo
侍「……何やってるんだ?」

幼女「……」トテテ

侍「あ、おい、どこへ行く」


72:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:21:08.03 ID:Xf5cioAAo
童女の後に続きますと、家の裏に出たのでございます。
そこにはもう使われていない畑があったはずだったのですが、その場所に隣人の姿が。

そして何やら、畑が使えるようになっているようでございました。


73:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:21:46.92 ID:Xf5cioAAo
侍「これは、お前が?」

隣人「と、この子だ」

幼女「……」

侍「一体どうして」

隣人「いやなに、お前はいつも飯屋でものを食うだろう? これから食いぶちが増えるのに、それでは金が足りるはずがない」

侍「だからわざわざ畑を使えるようにしてくれたのか?」

隣人「おおっと、勘違いするなよ。俺はこの子のためにだな」

侍「ふむ……」

隣人「……ま、腐れ縁って奴だ」

侍「そうか、ま、感謝しとくよ。俺はもうひと眠り……」

隣人「ばっか、お前も手伝うんだよ」

侍「ええ?」

幼女「……」ジッ

侍「う……分かったよ」

隣人「っは、それでいい」


74:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 00:22:17.64 ID:Xf5cioAAo
それから三人で畑仕事をしたそうな。
――っと。もう、遅い時間ですな。
今日はここらでいかがでしょう。

はは、そんな顔をしなくとも、また明日話して差し上げますよ。
楽しみに待っとってくださいな。

おっと、忘れておりました。
今日はいい硯が手に入ったのですが、お入り用ではございませんかな?


75:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 01:59:39.78 ID:U+eRa92/o



76:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:13:38.24 ID:Xf5cioAAo
おや、いらっしゃいましたか。
あまりに遅いので飽きられたかと思いました。
なに、こちらもここまで来たら最後まで聞いていただきたいのでございます。

さて、昨日はどこまでお話ししましたかな。
そうそう、三人での畑仕事まででした。

三人でせっせと働いて、あらかた畑は畑の様相を整えたのでございます。
それから隣人の家に移り、昼食をいただいて、お侍と童女は近くの河原に遊びに参りましたと。


77:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:14:05.74 ID:Xf5cioAAo
侍「てい」ビュッ


ピシャピシャピシャ……


幼女「……!」

侍「ん、これか? これはな、水切りという遊びだ。やったことはねえのか?」

幼女「……」フルフル

侍「じゃあ、平べったい石を探してきな。話はそれからだ」

幼女「……」コクリ


ダッ!


侍「おいおい、そんなに急ぐと転ぶぞお」


ベチ!


侍「……言わんこっちゃない」


78:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:14:37.80 ID:Xf5cioAAo
それから数刻ほど水切り遊びに興じましたと。
童女がいたく気に入ったようで、長々と遊んで、夕暮れが近い夕七つ。

いい加減に遊びに飽きて、お侍は離れた場所にに座っておりました。
それからあくびを一つ。立ちあがったお侍、童女に声をかけました。


79:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:14:58.18 ID:Xf5cioAAo
侍「おおい、もうそろそろ帰るぞお!」

幼女「……」

侍「そんなにこっちをじっと見てもな。普通の童ならばお母ちゃんが呼びに来るころだ」

幼女「……」トテテ

侍「そうだ、それでいい」


80:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:15:24.69 ID:Xf5cioAAo
河原を村の方向に向かって。
影をふみふみ歩いたそうな。

疲れた様子のない童女は、お侍の二歩先をてくてく行きましたと。
半町程向こうに、村が黒々と見えます。

と。童女が来るりと振り向きました。


81:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:16:14.58 ID:Xf5cioAAo
幼女「お母ちゃん」

侍「あん? 俺はお前のお母ちゃんじゃねえやい」

幼女「源ちゃんのお母ちゃん」

侍「俺の、お母ちゃん?」

幼女「……」コクリ


『母ちゃあん、あともう少しだけ眠らせとくれい』


侍「……ああ、昨日のアレか」

幼女「……」

侍「俺の母ちゃんは」

幼女「……?」

侍「もう死んだよ」

幼女「……」


82:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:16:44.26 ID:Xf5cioAAo
ぴくりと。
童女の片眉が上がりました。

しかし、お侍はそれ以上は続けずに、幼女に逆に問います。


83:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:17:38.19 ID:Xf5cioAAo
侍「お前の母ちゃんは?」

幼女「……」

侍「どうせ、訳ありなんだろうな」

幼女「……」トテテ

侍「おい、転ぶぞ」


ベチ!


侍「はあ」


84:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:18:04.43 ID:Xf5cioAAo
ある夕暮れ時のことでございました。

さて、時間は過ぎまして数日後。
お侍は突如思い立ったのでございます。


85:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:18:31.94 ID:Xf5cioAAo
侍「よし」

幼女「?」

侍「ゆき、外出の支度をしろ」

幼女「……」

侍「おいおい、言ったら早く動かねえか」

幼女「……」

侍「っと、おめえはそれでもう外出ができるんだったな。じゃあ行くか」


ガラガラ……


86:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:19:16.22 ID:Xf5cioAAo
日の光がおしみなく降り注ぐよい天気でございました。
お侍、家の前の道を左に進みます。
すると、並ぶ家々の中にいくらか大きい一軒の建屋が見えてきたではありませんか。

お侍、その建屋の前で立ち止まりました。
表に何やら看板がございます。

『手習指南所』

そう寺子屋の類です。
読み書き算盤を教えていたのでございますなあ。
何? 農村にそれは不釣り合い?
ううむ、ごもっとも。
だがしかし、世はなかなかに豊かな時期にあり、またそこは規模の大きい村であったので、農民といえども子供に手習をさせる余裕があったとすればいかがですかな。

いやいや、世の中あなたの知らないことはたくさんあります。
ま、ここはひとつ、高価な茶菓子で手を打っていただくということで。
よし。

さてお侍、建屋の表で大声を上げました。


87:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:19:49.09 ID:Xf5cioAAo
侍「おおい、宗海殿!」

幼女「……」

侍「……おっかしいな。ええい、出てこないか、糞坊主が!」

「誰が糞坊主か」

侍「うおい!」

幼女「……!」


88:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/04(金) 23:20:38.62 ID:Xf5cioAAo
お侍と童女の後ろに、ぬっと顔を突き出していたのはこの手習指南所の師匠、宗海にございました。
きれいに剃った禿頭。曲がった腰。ふさふさの眉に隠れた目。
何やら仙人じみた風貌で、雰囲気もそれらしくあったとか。

と、はてさて本日もよい時間にございます。
そろそろお帰りになられては?

大丈夫。明日もこの物売りめはここにおりますゆえ。
ではお気をつけてお帰りください。

おっと、今日も一応のこと何かをすすめておきましょう。
そうですな。ここに数珠がございます。
そうそう使うこともないでしょうが、持っていて損はないかと。
お買い求め願えませんかな?


90:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 03:00:20.64 ID:p6etoezIO
乙!楽しみにしてる


91:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 17:35:20.40 ID:bfXnjCOAO
いつの間にか来てた! 乙!

ついでに 数珠袋も売ってくれ


92:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 17:58:30.32 ID:+mjovbWAO

数珠頂こうか


93:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 21:07:09.35 ID:S2uvDj070
乙!
って、数珠売れてる!?


94:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:48:49.06 ID:Xf5cioAAo
これはこれはようこそいらっしゃいました。
ささ、茶をどうぞ、菓子をどうぞ。
いやあこの間は数珠をお買い上げいただきありがとうございました。
あれから他のお客様にも買っていただきましてな。中には数珠袋までお求めになる方もいらっしゃられて、顔をほころばせておったところです。
いや売っておいてなんですが、皆様何にお使いになられるのかと――おっと。
分かっております、長々しき前置きは不要。早速始めさせていただきましょう。

さて、二人の背後に現れたのは手習い師匠の宗海。
近くの寺で坊様もやっている彼は、豊かな眉の下から二人を睨むと重々しく口を開いたそうな。


95:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:49:39.80 ID:Xf5cioAAo
坊様「帰れ」

侍「おい」

坊様「わしは貴様が嫌いだ。二度も言わせるでない」

侍「俺もおめえは嫌いだからおあいこだ。話を聞けい」

坊様「断る。そこをどけ、貴様のような臭い輩がおっては通るのにも苦労する」

侍「だあれが臭いだ、しなびた椎茸が。おい、ゆき」グイ

幼女「?」

坊様「なんだそやつは」

侍「ゆきという。おめえのところに通わせたい」

坊様「は。手習所は今いる子供たちで手いっぱいだ。他をあたれ」

侍「他があればわざわざここにゃ来ねえよ馬鹿。ここがこの村唯一の手習指南所だろうが」

坊様「ならば諦めろ」


96:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:50:30.91 ID:Xf5cioAAo
とまあ、この調子で。
石頭と不良とでまるで反りが合わないのでございます。

押し問答はしばらく続きましたが、決着はつきません。
最後には互いに疲れてきたのか、低劣な悪口の応酬になりましたと。

「棺桶に片足突っ込んだ枯れ木爺が!」
「黙れ定見を持たぬぼんくらが」

童女は離れたところで見ていたのでございます。


97:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:51:00.32 ID:Xf5cioAAo
侍「――ああ、もうあったまきた! こんなところ二度と来るか!」

坊様「貴様のような不良が二度も来て良い場所ではないわ馬鹿が。さっさと帰れ」 

侍「言われなくてもそうするわ阿呆!」

幼女「……」


98:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:51:27.20 ID:Xf5cioAAo
お侍はそう吐き捨てると、童女の肩をつかんで歩き去ろうとしたそうな。
よろめきながら引かれる童女。建屋の入口に向かう坊様。

と。
後ろで組んだ坊様の手から、何かが一枚、はらりと落ちたようでございます。
坊様、気付かず入口を開けました。

童女、お侍の手を振り払い、


99:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:51:55.92 ID:Xf5cioAAo
幼女「……」トテテ

侍「おい、ゆき?」

幼女「落とした」

坊様「ん?」


100:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:52:21.36 ID:Xf5cioAAo
拾った和紙を坊様に渡しましたと。
坊様、礼も言わずにそれを受け取りますと、また建屋の入口に振り返りました。
しかし。


101:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:52:49.00 ID:Xf5cioAAo
幼女「足りない」

坊様「?」

幼女「字、足りない」

坊様「……これか?」


102:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:53:16.71 ID:Xf5cioAAo
先ほど童女が坊様に渡した和紙。それにはごちゃごちゃと何かが書かれておりました。
童女はその一か所を指さして言います。


103:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:53:43.11 ID:Xf5cioAAo
幼女「子曰、学而時習之、不亦説……」

坊様「……」

幼女「乎が足りない」

侍「んん?」

坊様「……」

幼女「……違う?」

坊様「お前……」

幼女「……」

坊様「……名はなんといった?」

幼女「ゆき」

坊様「……。明日からここへ来い」

侍「あん?」

坊様「不良」

侍「んだよ?」

坊様「決してお前の頼みを聞いたわけではないからな。よいな?」


104:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:54:34.64 ID:Xf5cioAAo
ぽかんとするお侍を尻目に、今度こそ坊様は手習所に入っていったのでございます。
どうやら童女の手習所通いが許されたのだと気付いたのは、しばらく後のことだったそうで。

ん? お客様、ご存じない?
童女が申しましたのは孔子の言葉にございます。

『学びて時にこれを習う、また喜ばしからずや』

勉強しておさらいするのはうれしい事だ、という意味のようで。
いえいえ、物売りめも詳しくは存じておりませんが。

さて、帰り道。


105:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:55:04.78 ID:Xf5cioAAo
侍「お前って結構すごい奴なんだな」

幼女「?」

侍「あんなものどこで習った」

幼女「……」

侍「だんまりか。まあそもそもおめえはそんなにしゃべくらねえけどよ」

幼女「……」

侍「さて、今日も隣人とこでごちそうになるか」

幼女「……」コクリ


106:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/05(土) 22:55:52.34 ID:Xf5cioAAo
童女を手習指南所に預けて楽をしようというお侍の魂胆は、とりあえず成功したようで。

……すみませんなあ、短いようですが今日はここまでとさせていただけないでしょうか。
いえなに、今日は仕入に体力を使ってしまいましてな、恐れながら少し休ませていただこうと思った次第でございます。

明日も話して差し上げますので、どうかご容赦いただきたい。
それではこれで。

何、今日は何も売りつけないのかと?
いつも買っていただいておりますからな、たまにはこちらのお気持ちを受け取っていただこうかと。

そうですなあ、こちらに筆がございます。
そこそこに良いもなので、孔子の教えを勉強するには都合がいいかと思います。

はっはっは、それでは失礼をば。


107:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 01:00:50.64 ID:uNrc8SxAO
乙!
あっしは、硯も一緒に買おう

つ「高翌麗人参」


108:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 01:03:18.27 ID:uNrc8SxAO
「高」と「麗」。どっちに反応したんだ
誰かやってくれ


109:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 01:59:40.92 ID:h33QYlrDO
文字コードの番号の組み合わせで反応するから片方じゃ翌は出ないよ


111:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 22:58:56.69 ID:Xf5cioAAo
やや、いらっしゃいましたな。
さあさ、中へおあがりください。

ふふ、確かに機嫌はようございますよ。何しろ昨日あなた様から頂いた高麗人参がよく効きましたもので。
いやはやありがとうございました。

では、はじめましょか。
めでたく、といいますかなんといいますか、手習指南所へ厄介事の押し付けに成功したお侍、童女を送りますと久々に賭博へ向かいましたと。

丁! 半! てな具合であっという間に夕の刻。
またまた大勝ちしたお侍、ホクホク顔で帰りの道を歩いておりました。

すると、道の端に見慣れた後ろ姿を見つけたではありませんか。
お侍寄りますと、その背中に声をかけます。


112:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 22:59:31.56 ID:Xf5cioAAo
侍「おう、ゆき。手習は終わったのか?」

幼女「……」

侍「……? 何見てやがる」


113:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:00:09.78 ID:Xf5cioAAo
童女の視線を追いますと、一枚の看板につきあたりましたと。

『剣術指南所』

道場ですな。
やっ! とう! などと威勢の良い掛け声が聞こえて参ります。
硬いものがぶつかる音も響き渡り、何やら熱気も漂い来るようで。
童女の小さな背中とは、どうにも不釣り合いな場所なのですなあ。

と。童女の目がいつの間にやらお侍の方へと向いておりました。
その目に宿るのは、子供が抱く未知への好奇心……ではなく。

(血腥え……)

ぎらぎらした渇望と、ねばつく驕気なのでございました。
お侍、わずかに身を引く思いでそれを見つめ返したのです。


114:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:00:36.02 ID:Xf5cioAAo
侍「……」

幼女「……」

侍「……入りたいのか?」

幼女「……」コクリ

侍「ちょっと待ってろ」


115:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:01:07.77 ID:Xf5cioAAo
お侍、胸の奥のざわつく何かを振り払うかのように道場の戸へと向かいました。

「頼もぉう!」

がらりと引きあけ中に踏み込みますと、数呼吸ほどおいて門人が出てきたのであります。
汗の滴る顔にいかめしい表情を浮かべていましたが、来客がお侍と分かると途端に相好を崩しましたと。


116:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:01:39.70 ID:Xf5cioAAo
門人「これはこれは源さん! 久方ぶりですなあ!」

侍「おう、かれこれふた月か?」

門人「ええ、ええ。ようこそいらっしゃいました。今日はどのようなご用向きで?」

侍「いや、少し挨拶にと」

門人「少々お待ちを、師範を呼んで参ります」

侍「頼む」


117:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:02:05.75 ID:Xf5cioAAo
お侍が短い挨拶を終えて振り向きますと、入口から童女が顔をのぞかせておりました。
すでにそこには先ほどのおどろおどろしいものはなく、代わりに何やら不思議そうな空気が。
お侍、それに気付いて口を開きます。


118:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:02:35.46 ID:Xf5cioAAo
侍「ああ、俺はここには少しばかり顔がきくんだよ」

幼女「……?」

侍「俺はもともと刀鍛冶でな……って、言ってなかったか?」

幼女「……」フルフル

侍「そうか。まあそんなわけでここには俺の元客がたくさんいるんだ。だから親しい奴も多い」

幼女「……」

「源次郎殿!」


119:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:03:04.00 ID:Xf5cioAAo
稽古の喧噪響く道場の方から、一際張りのある声が聞こえてきました。
この道場の師範、宗衛門にございます。
あなたはどのような偉丈夫を想像しましたかな。
六尺? いえいえ。実際は五尺ほどの小柄な人物なのでございます。

その小柄な師範は、どこから出ているのか不思議になるほどの大声でお侍に声をかけましたと。


120:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:03:41.86 ID:Xf5cioAAo
師範「いやはや源次郎殿! 久しぶりだのう!」

侍「ああ、しばらくぶりだ」

師範「元気でやっとったか!?」

侍「まあ、ぼちぼちだ」

師範「こちらは門下生一同、元気すぎるほど元気でおるぞ! この前も新米の一人が飯屋でやんちゃをやらかしてなあ!」

侍「おう、そうか」

師範「――と。源次郎、お主何か用があるのではないか? もしやまた作刀を始めたのか!?」

侍「いや違う」

師範「ぬう、それは残念。お主の刀は良質だと評判だったのだが」

侍「すまねえな、別の用事なんだ。実はこちらの童女、ゆきというんだが――」


121:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:04:13.24 ID:Xf5cioAAo
と、後ろに目をやりますと。

「……。何やってるんだお前」

小さい身体を、さらに小さくたたむようにして。
童女はちょん、と土下座を打っていたそうな。

それはどこかかわいらしくもありましたが、しかし何やら必死の様子でもございました。
お侍も師範も、ぽかんとしてそちらを見ていましたと。


122:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:04:41.72 ID:Xf5cioAAo
幼女「……さい」

侍「あん?」

幼女「……弟子にしてください」

師範「……」

幼女「わたしを弟子にしてください!」


123:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:05:36.81 ID:Xf5cioAAo
それはお侍も初めて聞く童女の叫び声でございました。

さて。
呆気にとられた師範、何も言うことができません。
しかし童女は額を地にこすりつけたままさらに声を張り上げます。


124:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:06:09.18 ID:Xf5cioAAo
幼女「わたしを弟子に――!」

侍「はあ?」

幼女「……」


125:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:07:00.91 ID:Xf5cioAAo
お侍の声に反応してか違うのか、童女の声がやみました。
しばらく何やら妙な間が空きます。
その間も童女はやはり土下座のまま。

童女は顔だけを上げて、おそるおそるといったていで二人を見上げました。


126:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:07:36.10 ID:Xf5cioAAo
幼女「……駄目?」

師範「ふむ……?」

侍「駄目っていうかなあ……」

師範「なにゆえそのようなことを?」

幼女「……」

師範「目新しいものに惹かれて、というのならばやめておけ。剣術はそのような生半可な気持ちではできん」


127:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:08:06.23 ID:Xf5cioAAo
女だから、とは言わないのがこの師範で。
さて童女はというと、全く引く様子がございません。
目に何やら先ほどのどろどろしたものが見え隠れいたします。

それに気付いた師範、しばらく思案しているようでございましたが、


128:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:08:34.43 ID:Xf5cioAAo
師範「来い」

侍「おい?」

幼女「……」トテテ

侍「ゆき」

幼女「……」


129:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:09:29.03 ID:Xf5cioAAo
立ち止まった童女は、ほんの一瞬お侍の顔を見上げましたがすぐに前を向くと師範の後を追いました。
お侍、再びわいてきた不吉な思いをおさえて二人の後に続きます。

しばらく歩くと道場に出ました。
数人の門人が木刀を振るい、鋭い気合が響きます。

師範は道場の片隅に行くと、そこにあったひと振りの木刀を拾い上げました。
振り向いて童女に差し出しますと、

「振るうてみい」

それはいくらか短いものではありましたが、それでも童女とっては不釣り合いに長いものでした。
お侍、構える幼女を怪訝そうに見ておりましたが、

びょう!

風を切る音に表情を変えました。
そう、それはひどく美しかったのでございます。

ぴんと伸びた背筋、踏みしめる足腰。
身体に見合わぬ長物を扱っているにも関わらず振り回されない身のこなし。

それはひどく美しかったのでございます。

何も言えないお侍を置いてきぼりにさらに二振り。

びょうびょう!

ふと気がつくと、道場から音が消えておりました。
皆、童女の方を見ていたのでございます。
風切り音だけが聞こえます。

びょう!

本日付で童女の名前が道場の名簿に並びましたと。
帰り道。


130:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:09:56.75 ID:Xf5cioAAo
侍「なあ、一応もう一度訊くけどよ」

幼女「……」

侍「なんで剣術なんて習いたいんだ?」

幼女「……」

侍「ふうむ……」


131:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:10:29.57 ID:Xf5cioAAo
夕焼けが、やけに鮮やかな刻でした。

さて、今日はここまで。
気をつけてお帰りになってください。

なに? 今日は何もくれないのかと?
そんなにしょっちゅうものを差し上げては商売になりませんよ。

ですから、今日はやはり売り物をすすめましょう。
以前は数珠をお買い上げいただきましたな。
なので、今回はこちらの木像はいかがでしょうか。
熱心に祈っていれば何かしら福が舞い込むやもしれませぬ。
例えばまた面白い話が聞けるとか。

ふふ、それではまた明日……


132:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/06(日) 23:15:42.06 ID:uNrc8SxAO
>>1超乙
ペロっ…この味は、不穏な空気

店主 木像は予約で頼む。


133:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/07(月) 02:44:25.98 ID:Tle1De7DO
ふむう
面白いな
いや木像はいらん


134:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:44:44.91 ID:Xf5cioAAo
昨日は申し訳ありませんでした。
何やら急な客が、しかも上客が入りましてな、そちらの相手をしに出なければならなかったのです。
代わりに今日はとくとお聞き願いましょう。

手習所と剣術指南所に通うようになってからおよそ十日、童女はそのどちらでも目を見張る手際を示してみせました。
しかしいきなり現れた見知らぬ人間、しかも優秀となればとても目立ちまして。
剣術指南所はともかく、手習所では何やら不気味とて他の子供たちに避けられてしまいました。
無口であり腹の内が読めないところもそれに拍車をかけていたようでもございます。


135:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:45:33.01 ID:Xf5cioAAo
「きゃははは!」

坊様「これ、手習に集中せんか」

幼女「……」カキカキ

坊様「ゆきを見習え、かように黙々と学に勤しんでおるぞ」

「……」


……あいつ、ご機嫌取りに必死になっとる

……ああ、気にくわねへ


坊様「ほれ座った座った」

「……はあい」


136:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:47:51.69 ID:Xf5cioAAo
この調子で。
坊様のお気に入りと思われているため表立った乱暴はございませんでしたが、いてもいないものと扱われどうにも馴染めません。見えない壁があるようで。
もっとも童女自身はそのことに頓着せず、どこ吹く風といった風でしたけれども。

そのどこか張り詰めた空気も、一ヶ月も過ぎればどこか当たり前となるもの。
手習が終わると童女はさっさと剣術指南所に消え、そのことを訝しく思いながらも他の子供たちは家々に帰るのでした。
状況が変わるのはそのさらに一ヶ月後のことです。

さて、手習所には一匹の猫が居ついておりました。
真っ黒い猫で、名は安直にクロ。
いつも手習所の庭に寝転がっております。
当然子供たちの人気者、餌に困ることはありませんが特別人懐こいわけでもなく、人に触られるのはいやがりました。
子供たちが来る時間には庭に寝転がり、日向ぼっこをしているのが常なのですけれども、その日は違いましたと。

「あれ、クロがいねえ」
「本当だあ」

とはいえ、まあ一日くらい。クロも出歩くこともあるだろうということで、特に騒ぎにはなりませんでした。
ただ、それが三日も続くとちょっとした事件となりまして。

坊様が座れと言っても子供たちは聞きません。
その日もろくに手習にならぬまま解散になりました。

とはいえ童女はやはり我関せず。いつもの通りに剣術指南所に――


137:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:48:22.98 ID:Xf5cioAAo
猫「なーご……」

幼女「……」


138:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:49:00.04 ID:Xf5cioAAo
村一番の木の前でした。
童女がそれを見つけたのは偶然。通りがかりに鳥が木の枝にとまるのを見上げますと、小さな黒い影が。

「なーご……」

ひどく心細げな声でしたと。
すぐに人が集まりまして木の周りに人だかり。

「あれまあかわいそうに」

などと声が聞こえます。
大人の代表が早速木に登りましたが、

「枝が細すぎるう!」

そうです、大人が猫のところまで行きますとあえなくぽきん、まっさかさまという塩梅で。
梯子を持ってこい、などと声が飛びますが、その時には日も暮れてあたりはうす暗くなっておりました。
仕方ない明日を待とう、そうなりますな。


139:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:49:30.28 ID:Xf5cioAAo
幼女「……」

侍「帰るぞゆき」

幼女「……」

侍「ばっか大丈夫だって。明日になりゃちゃんとおりられる。だからもう飯にすんぞ」

幼女「……」


140:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:50:17.29 ID:Xf5cioAAo
童女は動こうとしませんでした。
呆れたお侍は先に帰り、やがて木の周りには誰もいなくなったのでございます。

「なーご……」

はるか頭上から鳴き声が聞こえます。
童女はしばらく見上げておりましたが、

「……」

そろりと木の幹に近付きまして、履物を脱いだのでございます。

「っ……」

それから半刻後、幼女は地上十数尺のところにおりましたと。
きれいだった衣は木肌に汚れ、手も擦り切れて、それでも手足を休めることはいたしません。
やがて猫の枝の近くにたどり着きました。

そこから暗闇にうずくまり息を殺す猫が見えます。


141:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:50:44.98 ID:Xf5cioAAo
幼女「……おいで」

猫「……」

幼女「大丈夫だから」

猫「……」


142:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:51:28.32 ID:Xf5cioAAo
童女の言葉が分かったのかどうなのか、しばらくして猫は一歩を踏み出しましたと。
しかし。

ぴき。

それは小さな音でございました。
けれども致命的な音でございました。

猫と童女を支える枝はゆっくりとそのたわみを大きくし、

「っ――!」

ぽきん!

一人と一匹は空中へまっさかさま。
夜の村に無音の悲鳴が響きました。

さて次の日の朝。
村人が見つけたのは、地に落ちた一本の木の枝でした。

「あれえ?」

猫の姿は樹上にはありませんでしたと。
おかしいなあと総出で探しまわり、

「おや」

それはお侍の家でございました。


143:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:51:58.34 ID:Xf5cioAAo
幼女「……」スピー……

侍「ムニャ……」


144:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:53:20.73 ID:Xf5cioAAo
狭い部屋の中布団が二つ敷いてありまして、そこに童女とお侍が並んで寝ております。
そして童女の腹の上に黒い猫が。

「なーご……」

それは小さくも幸せそうな寝言であったとか。
その日からクロの居場所は手習をする童女の膝の上になったのでございます。

猫をきっかけに他の子供たちも周りに集まるようになりました。
相変わらずどこかよそよそしい空気が漂い、童女は我関せずといった雰囲気ではありましたが、

「なーご」

少し、壁が薄くなったのは確かのようでございます。


といったところで今日はお開き、ここまでにいたしましょう。
さて、今日は何をお薦めしましょうかねえ。

……お、ありましたありましたいいのが。
これをご覧ください。わらじですな。
木にも上れるよう、しっかりした作りになっております。
猫を助けに木に登るような時には役に立つかと。
お買い求めいただけますな?


145:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/08(火) 23:59:44.43 ID:tgT8dZJAO
超乙です。よかったよかった

よし 3双ほど買わせてもらおう。


146:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/09(水) 00:23:11.57 ID:OA+po7fAO
「二足の―を履く」って言うから、単位は普通に足でいいんじゃないか

双は手袋に使うみたいだ


147:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 21:54:56.28 ID:Xf5cioAAo
おお、おいでなすった。
これで今日も始められるということに相成りまして、いやはや胸が躍りますな。

ん? 昨日の不在の言い訳はないのかと?
聞きたいのなら話しますが、退屈な商売の話でございますよ。
それよりは楽しい物語をお聞かせしましょう。

昨日は童女の話でしたか。彼女が村に手習所に馴染むまでの話。
では今日はその先へ話を進めましょう。

手習を終えた童女昼八ツ、剣術指南所へと向かいましたがその日は師範がぎっくり腰だとかで道場が開きませんでした。
仕方ないので通りをぶらぶら歩いておりますと、矢場にたどり着きましたと。

中から聞き覚えのある声がしますので入ってみましたところ、お侍が矢遊びに興じておりました。
隣で例の矢取女――矢場女ではなく矢取女(やとりめ)でございました失礼――がそれを眺めております。


148:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 21:55:25.03 ID:Xf5cioAAo
チリィン――


侍「当たった当たった」

女「源ちゃんは上手ねえ」

侍「お、ゆき、お前もやってみるか?」

幼女「……」コクリ


149:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 21:55:56.47 ID:Xf5cioAAo
それから半刻ほど三人で弓をしたそうで。
ただしばらくすると、大人二人は夢中になる童女をおいて奥へと引っ込んでしまったんですなあ。
いやはやだらしのない大人であること。

それに気付いた童女、奥へと追いかけることはせずに――なんとなく何が行なわれているのかは分かっておったんでしょうな――、外へと出ました。
昼下がりの光の中を歩いておりますと、お侍の隣人、藤吉に出会います。


150:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 21:56:24.50 ID:Xf5cioAAo
隣人「おお、ゆき、こんなところでどうした」

幼女「……」

隣人「ははあ、源のやつ、またお前をほっぽり出してあれこれにふけっているのか」

幼女「……」コクリ

隣人「いやはやあいつも……」

幼女「……」

隣人「よし、ついてこい」


151:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 21:57:42.44 ID:Xf5cioAAo
隣人、そう言いますと童女を連れて団子屋に。
軒先に長椅子を置いたそこで、蜜団子を二人で頬張りました。

空を呑気な雲が流れていきます。
夏が近いのでございます。

「なあ」

ふと隣人が声を上げました。

「お前はずっとここにいるのか?」

童女はそれに答えませんでした。聞こえないかのように団子に向かっています。

「……まあ、俺はとやかく言うつもりはないが。源の奴もお前のことは気に入っているみたいなのだし」

そう言うと、隣人は長椅子に横になりました。

「お前が何物かは知らないが、気のすむまでここにいればいい。むしろここに永住してもいい」
「……」

童女がついと顔を上げました。
からっとした日の光がその顔を照らします。
と。
突如日が陰りました。

「ちょっといいかい」

はっとして隣人が身体を起こしました。


152:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 21:58:10.33 ID:Xf5cioAAo
「おめえさんがたに用があるんだがよ」

隣人「お前は、喜助……!」

幼女「……」


153:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:00:02.89 ID:Xf5cioAAo
身の丈六尺と少し。その見上げるほどの大男は、暴れ者で有名な喜助という人間でございます。
十のときに大人と喧嘩し投げ飛ばしたとかいう逸話があるほど腕っ節が強く気性の荒い者で、村では怖いものなし。
そして、そういう者にありがちなのですが素行はよくないのですなあ。

十三の時に賭博にはまり、仲間と連れだって時たま押し込みを働くようになったとか。
あくまで噂です。
被害にあった者はその顔を見ておらぬようで、ただ、大男が押し入ってきたというのみ。
もちろん喜助が疑われますが、確たる証拠がない上に誰もが怖がってしまって罰せられないのです。

そんな男に見下ろされますと大抵の子供は泣いてしまうのですが、童女は違いました。
水鏡のような目のまま静かに見上げておりましたと。


154:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:00:35.71 ID:Xf5cioAAo
暴者「なんでえそんな怖い顔しなすって、藤吉。俺はただこいつに用があるだけだ」

隣人「ゆきに?」

暴者「おう。そいつ、あの源次郎んとこのガキなんだってな」

幼女「……」

隣人「それがどうした?」

暴者「それがよお、俺、あいつのおかげでぎょうさんスッちまってよお」

隣人「……」

暴者「あいつにお礼がしたいんだわ」


155:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:01:12.63 ID:Xf5cioAAo
そう言いますと、やけに粘っこく笑うのです。
隣人の背中に冷や汗が伝いました。
隣人、さっと立ちあがって童女の手を引っ張り、

「ゆき、行くぞ」

と道を反対に行こうとするのですが、

「まあ待て、まあ待て」

さっと回り込まれてしまいます。

「まあ、お前に乱暴しようってわけじゃねえんだ。そのガキ置いてってくれねえかなあ」

暴れ者の懐から何か除きます。

「お前……」

匕首の類でしょう。藤吉の胸の内がひどくざわつきます。

「まあ、ガキは無事とはいかねえけど、お前の預かり知るとこじゃねえやな」

ぬうっと暴れ者の手が伸びます。隣人は動けません。
童女の手首がつかまれて――

「おんや?」

その手首をさらに他の手がつかんでおりましたと。


156:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:01:39.97 ID:Xf5cioAAo
「喜助、お前何してやがる?」

暴者「源次郎か」

侍「俺は何してやがるのか訊いたんだがよ」

暴者「なに、ちょっとその童女と楽しく遊ぼうかとな」

侍「下衆が……」

暴者「だが、その必要もなさそうだ。ちょっと面貸せよ」


157:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:02:15.86 ID:Xf5cioAAo
暴れ者はそう言うと手を放して振り返り、返事を聞かずに歩き出しました。
侍も、何も言わずにそのあとに続きます。

隣人は呆気にとられておりましたが、童女が追いかけていくのを見て我に返り、後に続きました。
しばらくしてたどり着いたのは、いつぞやお侍と童女が水切りをして遊んだ川岸でした。

その流れに沿って上流へ、暴れ者は歩きます。


158:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:02:44.68 ID:Xf5cioAAo
暴者「いい天気だなあ」

侍「……」

暴者「こういい天気が続くと、気分が緩んできやがる」

侍「……」

暴者「もっときりきりと締まる感じが必要なんだよ」

侍「……」

暴者「分かるか、源次郎」

侍「年下のくせに呼び捨てにすんなごろつき」

暴者「はっ、分かんねえか」


159:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:04:02.65 ID:Xf5cioAAo
川沿いに林があります。
そこから五人の男たちが出てくるのが見えました。
後方を歩く童女と隣人が足を止めます。

「じゃあ教えてやるよお、その体に直接な」

暴れ者とすれ違うように男たちが飛びかかってきました。
先頭の男の拳がお侍の頬をとらえます。
よろめいたお侍をさらにつかんで引き倒し、別の男がそれを蹴りつけました。
さらに別の男が足を持ち上げてお侍の頭を――

びしい!

その男の頭に拳半分ほどの石がぶつかりました。
うめくその男の足にさらにぴしり。

「……なんだあ?」
「……」

童女が木の枝を構えて立っていましたと。


160:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:04:30.43 ID:Xf5cioAAo
「なんだこのガキ」

侍「ぐ……やめとけ、ゆき」

幼女「……」

侍「俺は大丈夫だから離れて見てろ……」

幼女「……」フルフル

暴者「おうおう、ちいせえ癖になかなか見どころがあるじゃねえか」


161:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:05:02.41 ID:Xf5cioAAo
暴れ者が離れたところから言います。ひどく楽しそうな声で。
慌てて隣人が童女に駆け寄りその襟をつかみます。

「馬鹿、逃げるぞ!」
「いやだ!」

それは普段と全く違う、勢いのよい声でした。

「源ちゃん、源ちゃん!」

引きずられながらも童女はお侍のもとに行こうと暴れます。

「ほう……」

それを見て顎をこする暴れ者。

「おい」
「へい」

彼の声に、五人の男たちは童女と隣人の後を追いました。
暴れ者もそれに続きます。
隣人は暴れる童女を引きずりながらなので早く動けません。
ほどなくして男たちに囲まれてしまいましたと。


162:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:05:33.81 ID:Xf5cioAAo
暴者「おめえ、よく見たらなかなか可愛い顔してるじゃねえか」

幼女「……」

暴者「源次郎の馬鹿を毎度叩きのめすのも飽きてきたところなんだよなあ。あたらしいオモチャが欲しいころだったんだよなあ」

隣人「……!」

暴者「女を小さいころから『教え込む』ってのもなかなか乙か。おい」

「へい」


163:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:06:15.64 ID:Xf5cioAAo
男のごつごつした手が童女に伸びます。
隣人が庇おうとしますが、別の男に殴り飛ばされました。
そのまま男の手は童女の衣をつかみ――

からり……

それは小さな音でした。
石がぶつかりあう、小さな音にすぎませんでした。
ですが。

「っ……!」

そちらの方から漂う気配は、なにやら尋常なものではありませんでした。

「……」

お侍は立ちあがったのみです。何も言いません。

「……」

何も、言いません。
ただ一歩。暴れ者たちの方へと踏み出しました。

じゃり……

「ひっ……」

その声は誰のものだったか。


と言ったところで今日はお開き。
また明日いらしてください。

なに、生殺し?
いや申し訳ないこの物売りめ、これから届け物をしなければならないのです。
そんなもの置いといて先を話せ?
いやいやお客様の信頼を裏切るわけにはいきませんので。

代わりと言ってはなんですが、ここに蜜団子があります。
今日は売りつけるものはございませんのでそれを家で召し上がってくださいな。

それではまた次回……


164:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:14:15.07 ID:eZWFl3RRo
やるじゃん


166:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/10(木) 22:32:53.54 ID:pSEx877w0
乙乙。
…うっ?この密団子腐ってないか…?


167:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 06:53:32.38 ID:8OuQhKjAO
乙でございます。

……あれ? は、腹の調子が……。


168:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 08:33:31.18 ID:itralYHAO
乙ー

うっ!腹が・・・ガクッ


169:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:42:21.72 ID:Xf5cioAAo
さてお待ちかね、今日はお侍の活劇でございます!
?……どうしました、そのようにおやつれになって。
悪いものでも食べましたかな。
まあ、そんなことは脇におきまして早速お話いたしましょう。


じゃり……

お侍の足元で石が音を立てました。

「っ……」

侍は何も申しませんでしたし、特別いかめしい表情をしていたわけではないのですが。
何やら目だけがぎらぎらと光っておりました。

ずっ……

お侍の左手が鯉口を切ります。


170:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:42:58.59 ID:Xf5cioAAo
侍「おめえら、今のうちだぞ」

「……?」

侍「今のうちだ……見逃してやれるのは」

暴者「……はっ、何言ってやがる、こっちの台詞だ阿呆。今なら見逃してやるから帰れ。俺はこの童女に色々教えてやらなきゃいけねえからよ」

侍「……」スウゥ……


171:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:43:35.66 ID:Xf5cioAAo
お侍はゆっくりと息を吐きました。
細く、細く。
一度目を閉じ。それから開き。

ざっ。

足早に近付いてきましたと。

「……おい」
「へい!」

男たちが懐に手を伸ばしました。
そして閃く五つの刃。

「やれい!」

ざっ!


172:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:44:20.65 ID:Xf5cioAAo
「きえええええい!」ビュッ!

侍「……」ビッ!


ピイィィィ――ン……


「……!?」


173:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:44:58.61 ID:Xf5cioAAo
男によって振り下ろされた匕首の刃は。異音とともに消え去りました。
手ごたえもなく折れた。
そう気付いた時には、その持ち主の意識はなかったのでございます。

「が……!」

うめく男の鳩尾に刀の柄。
ほとんど抱き合うほどの距離でした。
ずるずると倒れた男を見下ろしもせずにお侍は刀を右手に垂らします。


174:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:45:24.90 ID:Xf5cioAAo
侍「もう駄目だ。聞こえてきやがった」

暴者「ん?」

侍「聞こえる聞こえる」

暴者「なんだあ?」

侍「聞こえる……おめえらはもう逃げられねえ」

暴者「……確かに手際はいいけどよ。それくらいで得意がられてもよ」

侍「死ぬなよ。後が面倒だ」

暴者「チッ、聞けよ」


175:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:48:50.67 ID:Xf5cioAAo
立ち止まっていた他の男四人が、我に返ったようにじわりと動き出しました。
警戒まじりにゆっくりとお侍を囲みます。
しかし。

「……」

どう見ようとも、隙が全くないのです。

「聞こえる……」

お侍がつぶやきました。
そしてそれは一瞬のこと。

「ひ……」

一人の男の細い息。小さな悲鳴。
お侍その眼前に。

びし、びしぃ!

男がほんの少し後退し、崩れ落ちました。
肩を刀の峰で両方強打され、骨の砕ける音も聞こえたやもしれません。

「お……おおおおおおおお!」

別の男が隙とみて突撃しました。
しっかと得物を構え、そのままぶすりと。いけばよかったのですが。
すばやく身を翻したお侍の一閃。
刃が乱暴にその手から引き剥がされ、一瞬の後横っつらに拳一発。男は白目をむいて倒れます。

最後の一人、固まりましたが、

「ひ、ひいい!」

敵わないと見て逃げだします。すれ違うその後ろ姿をちらりと見やり、暴れ者が唾を吐きました。

「使えねえ」


176:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:49:17.91 ID:Xf5cioAAo
暴者「さて」

侍「聞こえる……」

暴者「てめえはそればっかりじゃねえか」

侍「ああ……」


177:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:49:57.98 ID:Xf5cioAAo
お侍、聞いた様子はなく、わずかに空を仰ぎます。

「……」

構えもせずその目を閉じて。

「馬鹿が」

その懐に、巨体に似合わない疾風の勢いで暴れ者が潜ります。

「シッ――」

刃の一撃は、空を切りました。

「む!」

外れたと見るや、暴れ者は飛び退きます。
匕首を構えなおし、いや。

「……ない」

ええ、なかったので。
匕首が? いえいえ、もうちょっと先の方まででございます。

「ぎ……」

飛び散る鮮血その後を、野太い悲鳴が続きます。

「ぎゃあああああ!」

暴れ者の、右手首から先がありませんでした。


178:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:50:26.30 ID:Xf5cioAAo
暴者「ば! 馬鹿な!」

侍「……」

暴者「一体! 一体!」

侍「……」


179:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 18:52:42.03 ID:Xf5cioAAo
混乱してわめく暴れ者とは正反対に、お侍はひどく静かでした。

「聞こえる……」

しゅっ、びっ。

暴れ者の首から飛び散る赤。
彼は倒れて動かなくなりました。
死んだ? 確かに、本来ならば死んでいたでしょうな。
お侍に童女が飛び付かなければ。

「源ちゃん!」

すうぅ……
お侍の息、細く細く。

「――馬鹿野郎!」

突如お侍がよろめきました。
重い音を立てて、刀が地面に落ちます。
殴られたお侍は、ぼんやりと隣人に目をやりました。

「ゆきまで斬るつもりか!」
「え……?」

お侍の呆けた声。

「……あれ?」

立っているのは三人だけ。
烏の声が遠くから聞こえます。
夕焼けが、それはそれは怖いくらいに赤い夕暮れでしたと。


さて、今日はここまでにしましょうかな。
いえ、気合を入れてしゃべったものですから疲れてしまいまして。いやあ、暑い暑い。
はい、ではまた明日いらしてくださいな。

おっと、お待ちください、今日もお土産があるのです。
何? 食べ物はこりごり? はあ。よくわかりませんが違います。
こちら、団扇でございます。これから暑い季節になってきますので、重宝するかと。
そして、また迫真の場面で私が熱くなりましたら扇いでいただけるとありがたい。
はは、それではまた次回……


180:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 19:23:57.59 ID:STD6HpoDO
乙ー

無差別覚醒状態ならなぜ手下だけ峰打ち?


181:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/11(金) 21:59:21.08 ID:jW4U+ex+o
最初は妖刀だって寝起きなんだよ


182:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/12(土) 00:20:14.11 ID:JSkjrdBU0
できれば腹痛を治す薬を頂きたいものだが、とりあえずは買いだ。…グフッ(バタッ


184:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 08:06:32.62 ID:ivVdhmaAO

団扇は後で買うからまずは厠に・・・


185:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:47:15.46 ID:Xf5cioAAo
おや、お戻りになりましたか。
いらっしゃって早々厠にこもりっきりでしたから心配しましたよ。
お身体にはお気を付けください。
なに、どの口が言う、ですか? はて、なんのことやら。

さて、今日の物語を始めましょうか。
……はい? その前に聞きたいことがある?
はあ、なんでございましょ。

……ええ、ええ。ああなるほど。
前回のお侍の立ち合いで、なぜ暴れ者の部下だけ峰打ちだったのか、ですな。
これは一本取られた! ……と言うとお思いで?

ふふ、一応のこと理由はあるのでございます。二種類ほど。
ですが、言い訳がましく説明するのもなんですし、それはおいときまして話を続けましょう。
お客さまも頭を使ういい機会でもございます、少し考えてくださいませ。
考えるための手がかりの一つは、「峰打ちが本当に手加減だったのか」です。
調べてみると面白いやもしれません。

まあ、手落ちといえば、もっと大変な手落ちがあったのでござます。
え、いや、その、手下の人数が……ごほ、げふん。

では、物語の中へと参りましょう。
今回はお侍の夢から始まります……


186:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:47:58.65 ID:Xf5cioAAo
「これで全部か」
「へい、お頭」
「確かに全員殺したんだな」
「へい、お頭、その通りで」

野太い声が聞こえる。ざんざん降りの雨の中、それでもそれはしっかり聞こえる。
ああ、聞こえる。



――ちりぃぃん……


187:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:49:12.70 ID:Xf5cioAAo
丑三ツ時。今年七つになる子供は尿意に目を覚ました。

――おっかあ

母を呼ぶものの、当人起きる様子がない。
子供、仕方なく一人で厠に向かった。

――さあびぃ……

冬も近い夜の闇、ひんやりぬくもり削り取る。
用を足し終わり、寝屋に戻ろうとしたその時、ぽつり。雨。
よく見えないが、空には黒々と雲がはびこっているらしい。
にわか雨かと思いきや、堰を切ったように一気に下ってくる。

――ひええ

急いで家に入ろうとしたその時、それは聞こえた。

「お頭、こちらで」
「……おう」

人を頭から押さええつける者の太い声。
子供、雨に打たれてそちらを見やった。

「ここがそうか」
「へい」

先ほどより近い。
子供、慌てて物陰に。

「ここが」
「へい」

やがて姿を現したそれは、暗くて判然としないものの大柄な男数人。

――なんだあ……?

子供は何やら恐ろしくなった。


188:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:51:17.39 ID:Xf5cioAAo
ざああ……

雨ますます強く、男たちますます近く。

「ここがそうだな」
「へい」

子供のそばを通り過ぎ、家の前に。

「……」

それからその男たち、しばらくぼそぼそと話していたが、

「……行け」

一際ドスの効いた声とともに家の戸を蹴破った。
びくりと震える子供を置き去りに、事態はびょうと進んでく。
家の中から暴れる音と、小さくうめく声がいくつか聞こえた。

「……終わりやした」
「確かに全員殺したんだな」
「へい、お頭、その通りで」

殺した。
その言葉はひどく軽かった。
軽く子供の頭に滑り込み、一拍置いて重く沈降する。

――殺したってなんだ……?

簡単だ。人を死なせたのだ。
……誰を? 誰をだ?

――ひいぃ!

理解した途端悲鳴が漏れた。

「誰だ!?」

男たちがこちらを向いた。


189:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:52:33.46 ID:Xf5cioAAo
――ひ、ひええ!

たまらず飛び出し必死で走った。
走って、近くの納屋に飛び込んだ。
暗がりに空いた隙間に身体を滑り込ませる。

必死に息を殺して数秒。
がたりと物音。戸の開く音。

――来た!

心臓がびくりと跳ねた。
じゃり、じゃり。かすかな足音が、ゆっくりゆっくり近付いてくる。
それはいったん遠ざかり、それからまた近づき。

――まだ見つかっていない。

寒さと恐怖で震える身体を意志で押さえつけ、拳をぎゅっと握りしめる。
耳をふさぎたかったが、聞こえないは聞こえるよりも怖い。
長い長い数秒がすぎ。

「いない……」

足音が出口へ。

――ほっ

力を抜いた腕に何かが触れた。
がたり!
血がさっと頭から引く。

「いた」

顔を上げると、男の目が光って見えた。見つかった。


190:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:53:03.81 ID:Xf5cioAAo
足音の他に何かが滑る音。
光る刃。
人殺しの息遣い。

――殺される!

後ずさりし、壁にこつん。
男の笑い声、振り下ろされる刃物。

死ぬ。

かああ、と熱くなった頭の中。走馬灯と思しきものが流れ、涙が視界をにじませる。
だが。



ちりぃぃん……



それは聞こえていた。


192:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:53:34.63 ID:Xf5cioAAo
何が起こったかは分からなかった。
だが結果は残る。

折れた刃物、流れる血、倒れた男、物言わぬ首。
子供の手に脇差、服には返り血。
そしてその耳に音。

ちりぃぃん……

鈴の音にも似たそれ。


193:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:54:32.43 ID:Xf5cioAAo
それから半刻後。
子供を打つ雨の粒。

聞こえる聞こえる聞こえる。
それはしっかり聞こえる。
聞けば人ではいられない。

「――あああああああああああああ!」

子供の叫び声。
周りに血だまり、肉の塊。
空には雨。

ちりぃぃん……

そして耳に音。
鈴の音にも似たそれ。

「あああ、ああ! あああああああ!」

既に枯れかけたその声に、隠れるように足音が。

「……凄まじい気配がすると思えば」

きっ、と子供がそちらを見る。その目はすでに鬼のもの。
視線の先に男の影。

「童か。小さな」

ざっ。子供が地を蹴る音。
ずっ。男が鯉口を切る音。

「仕方ない、儂の右腕をやる。戻ってこい。殺すには惜しい」


194:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/13(日) 21:56:42.07 ID:Xf5cioAAo





といったところでお侍は目を覚ましたのでございます。
朝日が戸の隙間から中を照らしていたそうな。

さて、事の顛末はこうでございます。
山での悪事が立ちゆかなくなった輩、村を襲いに出てきたそうで。
その最初に目を付けたのが刀鍛冶。得物の調達がためですな。

さて、家の者を殺し武器を得ようというところである剣士に敗れます。
あなたも知っているあの人ですよ。
村に宿泊していた彼は右腕を失いながらも全て殺して見せたと、はいそういうことで。

……まあ、お気づきのことと思いますが、これは表向きの話でございます。
実際に起こったことは少し違うのですな。
まあ、誰も信じなかったのでしょうが。

子供が聞いたあの音は何か?
はて何でしょうなあ。まだお話しするには早いですし、この物売りめにも確たるところは分かりませぬ。
ただ、聞いたら良くないもののようですな。
鈴の音。
お客様は聞いたことがおありで? ない。ええ、そうでしょうな。

お侍、起きた後は洗濯に向かいました。
ですが、そこから先はまた今度ということで。

では今日は何をお薦めしましょう。
む、鈴が一つ。
これをお買いになってはいかがでしょうかな?
ふふ……


198:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 00:18:26.91 ID:myemAmeAO
峰打ちって実は手加減じゃないんだよな
相手の骨を叩き折って行動不能にすることが目的だから
血糊も付かないから長時間刀が使えるしね


でいいのか?


199:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 05:22:52.10 ID:I8VtkSPgo
一つ目の意味はそれでいいんだろうな
二つ目の意味には話の重要な部分が隠されているのか…どうなのか…
深読みしすぎるとおかしな所へ行きそうでダメだ… 鈴の音でも聞いて癒されよう


203:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 21:58:43.68 ID:Xf5cioAAo
さて解答を申し上げますと、そう難しいことではないのですなこれが。
まあ、解答とは申しましてもこの物売りめが勝手に推察していることにすぎないのでございますけれども。

ひとつ、お侍が徐々に狂気に蝕まれていった可能性。
最初は手加減する正気が残っていたのですが、暴れ者の段にはそれがもう失われてしまっていたのですな。

そしてもう一つの考え方。
そう、峰打ちは手加減ではないという見方です。
骨を折り、砕き、使いものにならなくするために斬るよりもそちらを選んだのですな。

以上がこの物売りめの考えです。
単純すぎてがっかりしたでしょう、すみませんな。
なに、二つの分離した解答ではないかと?
ああこれは申し訳ない、二種類と申しましたが、それは二通りという意味合いで。
後でお茶菓子をお出ししますので、どうか納得していただきたい所存でございます。

ですが。
もうひとつ謎が出てくるのはお気づきですかな?
小さな、取るに足らないようにも見える謎でございますが。

どのような意図かは判然としませんがお侍、事実として峰打ちを放った訳です。
しかしですな、刀というのは峰側は弱いようにできているもので。
多少の事では折れませんが、それでも危険は付きまといます。
思い出してくださいませ、お侍、人の肩を粉砕する勢いで峰打ちを放ったのでございますよ?
それでも刀はびくともしませんでした。

何故か?
何故でしょうなあ。
答えはきっと、

――鈴の音の奥に。


204:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 21:59:11.23 ID:Xf5cioAAo
ジャブジャブ


幼女「……」ジャブジャブ

侍「……」ジャブジャブ

幼女「……」チラ

侍「手、止まってるぞ」

幼女「……」

侍「……なんだ?」

幼女「……」フルフル

侍「そうか」


205:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 21:59:39.17 ID:Xf5cioAAo
川に洗濯に来ていた二人。
しかし、時折童女がお侍の方をちらちらと見るのでした。

暴れ者たちとのいざこざから三日ほど。
彼らが恐れて口をつぐんでいたので、あれからは特に厄介事はありませんでしたが、

「……」

何やら童女の様子がおかしい。
お侍への態度がどこか奇妙。
あれだけ恐ろしい姿を見ればよそよそしくなるのは当然なのですが、少し異なるのです。
すなわち。

「……」

お侍を見る目が、どこか渇いている。


206:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 22:00:09.59 ID:Xf5cioAAo
侍「……ちょっと、しょんべんしてくる」

幼女「……」コクリ

侍「その間、こいつを見といてくれ」

幼女「……!」コクコク


207:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 22:00:50.55 ID:Xf5cioAAo
お侍、刀を洗濯物の脇に置き離れたところに歩いて行きましたと。
童女、それを確認してから刀に駆け寄りました。
恐る恐る手を伸ばし、触れたところでびくりとひっこめて。
危険がないと知ると、ぺたぺたと触り始めました。
それから柄を取り、しばらく眺めていましたが、

「……」

鯉口を――

「何をしていやがる」

びくりと童女。その背後にお侍。
おかしい確かに向こうにいたはずなのに。

「そんなあぶねえもんに触るない」

お侍はひょいと刀を取り上げてしまいました。


208:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 22:01:21.85 ID:Xf5cioAAo
侍「怪我したらどうすんだ、まったく」

幼女「……」

侍「さあ、洗濯物の続きだ」

幼女「刀」

侍「ん?」

幼女「その刀、危ない?」

侍「当たり前だろうが」

幼女「自分が自分じゃなくなる?」

侍「……」

幼女「そういう刀?」

侍「おめえは、何か勘違いしているぞ」

幼女「……?」

侍「おめえ、これが妖刀かなにかだと思ってんだろ」

幼女「……違うの?」

侍「違う」

「その通り」

侍・幼女「!」

物乞「そやつ自体が鬼なのだよ」

侍「権蔵爺……」


209:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/14(月) 22:02:08.50 ID:Xf5cioAAo
そこに立っていたのは隻腕の痩せた男。
口元に皮肉げな笑みを浮かべ、十歩ほど離れたところから二人を見ていたそうで。

といったところで今日はここまで!
短くてすみません。また明日、続きをお話しましょう。
と。
そうそう、お茶菓子を出すのを忘れていました……どうぞ、召し上がってください。

きれいな茶色をしていて大層甘いでしょう?
は、名前ですか?
物売りめも名前は存じておりません、完全な手作りのようで。
誰の?
そうですなあ……ここは秘密ということにいたしましょう。
ふふ、そのうちお明かししますよ。

さて、物語もそろそろ終わりが近付いてまいりました。
楽しんでいただけてますかな?
そうですか。でしたら最後までお聞き願いましょう、彼らの物語を。

それではまた次回……


211:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/15(火) 00:41:28.87 ID:k0zJcXpto
面白いな乙


212:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/15(火) 04:40:26.85 ID:aAs1HgAVo

茶色くて大層甘い菓子…それはチヨかチヨコと言う女からのでは無いか?


213:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:>2011/02/15(火) 10:18:52.30 ID:tZznYb3DO
追いついた!

1人分の茶菓子を追加してくれぃ(`∀´)


215:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:12:16.83 ID:Xf5cioAAo
「山向こうの町でなにやら血腥い話を聞いた」

今日の話は物乞いのこの言葉から始まります。
いや、申し訳ありませんな、昨日おとついと忙しくてお客様のお相手ができませんでした。
本日は篤とお聞き願いましょう。

童女を洗濯物とともに先に帰して、お侍は物乞いの話を聞いておりました。


216:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:12:48.68 ID:Xf5cioAAo
侍「血腥い話?」

物乞「人死にだ」

侍「なに」

物乞「武家同士が斬り合ったらしい」

侍「そりゃまたなぜ」

物乞「詳しいことまでは知らん。しかし片方の長が元老中、片方の長が新たな老中となればぼんやり見えてくる」

侍「……なるほど」

物乞「大勢死んだそうだ。それこそ双方根絶やしになるほど」

侍「そりゃ……大勢だな」

物乞「うむ。ちょうど四ヶ月前のことだ」

侍「ちょいと待て」

物乞「気付いたか」

侍「……ああ」


217:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:13:20.07 ID:Xf5cioAAo
童女が現れて、ちょうど四ヶ月が過ぎようとしておりました。
お侍は何やら胸の奥にもやもやとしたものがわくのを感じたそうでございます。
童女が歩き去った方向をちらりと見やりました。


218:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:14:08.26 ID:Xf5cioAAo
侍「関係あると思うか」

物乞「十中八九」

侍「そうか……」

物乞「心配か」

侍「なに」

物乞「心配かと聞いている」

侍「……」

物乞「ずいぶんと仲が良くなったものだな」

侍「……まあな」


219:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:14:36.79 ID:Xf5cioAAo
ひょいと、お侍は立ちあがりました。
家の方向に歩き始めます。
と。
後ろから物乞いの声だけが追いかけてきました。


220:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:15:05.19 ID:Xf5cioAAo
物乞「ひとつ忘れていた」

侍「……なんだ?」

物乞「先ほど話した武家。双方に関連する者全てが死んだらしい。が、奇妙なことがあるようだ」

侍「ってえと?」

物乞「死体の数が一つ足りないのだ」

侍「どっちの人間だ」

物乞「元老中側。そして、新老中の側の人間、特に武士は傷口から推察するにほぼ一人の手によって殺されているらしい」

侍「……」

物乞「これで全てだ。儂は行く」


221:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:15:41.54 ID:Xf5cioAAo
物乞いが去りました。
お侍は、振り向いていた身体をもとに戻すと何やらざわざわした心地のまま家に帰ったそうな。
ちょうど童女が洗濯物を干しているところで、お侍も黙ってそれに加わりました。

どちらも口をきかなかったもので、とても静か。
時折それから鳥の声が降ってきます。


222:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:16:08.86 ID:Xf5cioAAo
侍「……なあ、ゆき」

童女「……?」

侍「おめえは――」


223:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:17:09.56 ID:Xf5cioAAo
そこで言葉が止まりました。
次の言葉が出てきません。
しばらくそのまま黙って、お侍は別の言葉を取り出しました。

「……おめえは、強くなりてえのか?」

童女の手が、ぴたりと止まりました。


224:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:17:36.41 ID:Xf5cioAAo
幼女「……」

侍「……」

幼女「……りたい」

侍「……」

幼女「強くなりたい」


225:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:18:23.58 ID:Xf5cioAAo
きっぱりと一言。そう言うと、童女は俯きました。
お侍からはその表情、その目は見えませんでした。
しかし、洗濯物を握りしめたその手から推察するに、

「……」

きっと、あの粘つく輝きが宿っているのでしょう。もしくは……


……はい。といったところで今日はここまで。お開きにいたしましょう。
何やら不穏な気配がしてまいりましたな。
そう、終わりが近いのでございます。

さて、それはおいておきまして、今日は何を進めましょうかね。
ふーむ。
お、ここに反物がございます。買っていきませんか?
なに、女はいないから意味がない? それは好都合。
ああ、いえ、こちらの話でございます。
それではまた次回……


226:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/17(木) 22:20:28.40 ID:73qOZzzDO
語り部が童女なのか侍なのか誰でもないのかが気になる




227:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/19(土) 01:49:51.37 ID:lXmBQFmAO
朧気ながら話の大筋が見えてきたねぇ
反物は買えないが、明日の茶菓子代ぐらいは払わしてくれ


228:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:09:04.55 ID:Xf5cioAAo
それは、物乞いからの情報が入ってさらに一ヶ月というところでした。
夏の強い日差しの中、山の鳥がそれを一身に浴びて飛びます。
やがてある建屋まで来ると、軒先のひさしに止まりました。

「……」

それを見ていた男が一人。
その眼光厳しく、顔引き締まり、そして何やらにじみ出る危うさ。

「……お茶でございます、お武士様」

軒先に座るその男――武士に、恐る恐るといったていでお茶を差し出します。
武士、例も言わずに受け取り、ひとすすり。

「……」

その目はどこを見ているのやら。


はい、今日はここから話が始まります。
すみませんな、最近は繁忙期でありましていろいろと取引なぞしていたため、お話する機会がなかったのでございます。
さて、言い訳を済ませたところで、続きをば。


「……」

くっきりとした眼光、しかしその光の向かう先はどうやら現ではなかったようです。


229:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:09:38.64 ID:Xf5cioAAo
『……こんなところに童がおる』

――……

『小僧、名前は何と言う』

――……ない

『そうか。親はどうした』

――知らない

『……くっくっく、生意気そうな目をしておるわ』

――そうじゃないと、生きてはいけない

『そうかそうか。気に入ったぞ』

――……

『ふん、ついてこい』

――……?

『お前に名をやる。お前は長兵衛だ。谷崎長兵衛。そう名乗れ』

――どういう意味だ

『お前を引き受ける。そう言っておるのよ』

――なに

『ち。もっと喜ばぬか気に食わん』

――……

『まあよいわ。せいぜい俺の役に立って見せろ』


230:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:10:09.96 ID:Xf5cioAAo





『長兵衛。おるか』

――は、ここに。……どうなさいました、お顔色が優れないようですが

『いや……』

――……?

『お前が来てから――』

――十三年ほどにございます

『そうか』

――はい

『もう、良いやもしれんな』

――?

『いや、何でもない。下がれ』

――……は


231:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:10:46.95 ID:Xf5cioAAo




「おい、長兵衛! 長兵衛!」

――何事だ

「谷崎様が! 谷崎様が!」

――当主様がどうした

「腹を、切った……」

――な!? 何故!

「俺にもわからん……遺書もない」

――……

「だが、谷崎様はつい先日老中の地位から下ろされたらしい。もしかしたらそれを苦にして……」

――初耳だぞ……!

「俺も今日になって知らされたのだ」

――……くっ


232:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:11:34.64 ID:Xf5cioAAo
おい、聞いたか。谷崎元老中が腹を切ったらしいぞ

ああ聞いたとも

老中を下ろされたことを嘆いて、ということのようだ

――……

だが、谷崎殿は謀によって引き下ろされたという噂もあるぞ

――……!?

ああ、俺も知っている。新たな老中の川本殿が――

――すまぬ、その話、詳しく聞かせてもらえないか

ん? ああ、かまわんぞ。実はだな――


234:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:12:22.28 ID:Xf5cioAAo
ぎいやあああああああ!

――川本、許すまじ……

お前、谷崎家の者か!

――お前が川本家当主か

下郎が! 何を勘違いしたのかは知らんが、ここを生きて出られるとは思うな!

――かまわん、貴様も地獄に引きずり込むまでだ

やれ!

――……


235:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:13:07.32 ID:Xf5cioAAo





「ちょっと」

武士「……」

「ちょっと、武士殿」

武士「……なんだ」

「武士殿に忠告」

武士「手早く済ませろ」

「こんな寂しい山道の茶屋にいるとだな」

武士「ああ」

「こんなふうに良くない奴らに囲まれちまうんだわ」

武士「そうか」

「ちっ、格好つけやがって。武士ってのはどいつもこいつもすかしてやがる」

武士「用件はそれだけか」

「あん?」

武士「では失礼する」


236:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:14:19.31 ID:Xf5cioAAo
周りを囲む八人程の人間が目に入らないかのように、武士は立ちあがりました。
振り返って、

「ここに金を置いておく」
「おい、ちょっとてめえ――」

その時には。
既に流れていました。
状況も。そして血も。

「がっ!」

振り向きざまに抜かれた刀は、正確にならず者の心臓を突いていて。

「――」

その目は鋭く、息細く。

「てめえ!」

死体が地に落ちると同時に、次の男が飛びかかりましたが。

「ぬぐ!」

喉を一突き。

「俺はためらわん」

武士の声が静かに響きます。

「ためらいなど、どこかに置き忘れてしまった」

刀を上段に。

「それでも良ければかかってこい」

夏の日差し強く、強く。


と、今日はここまで。
最後の役者がそろいました。
物語の終わりは再三申しておりますように、すぐそこでございます。
ああ。

ちりぃぃん……

鈴の音が、聞こえるようでございますね……


237:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/20(日) 22:22:09.54 ID:CB63fHhHo

すげぇ面白いなにこれ


239:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 18:35:12.93 ID:Xf5cioAAo
テンツクテンツクテンテンツク……

軽快な音が聞こえてきます。夏の熱気を一層高めるかのように。
今日は村の夏祭り。
童女とお侍は団子屋の椅子で、神輿がゆくのを眺めておりました。


さて……今日で最後でございます。
先に申し上げておきましょう。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
気合を入れて話しますゆえ、何卒お聞き洩らしなどなさらぬように。
では参ります。


神輿が通り過ぎた後、お侍は童女に金を握らせました。

「これでなんか食ってこい」

童女は不思議そうな顔をしましたが、食欲に勝てなかったのでしょう、出店の方へ走って行きました。

「……」

それからしばらくもしないうちに、お侍の隣に間を開けて男が座ったそうでございます。


240:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 18:35:59.84 ID:Xf5cioAAo
侍「……うるせえな」

「……」

侍「あんたのことだよ、武士殿」

武士「そうか」

侍「あんたはすごく“うるさい”」

武士「そうか」

侍「俺に――いや、ゆきに何の用だ」

武士「俺の目には」

侍「あん?」

武士「お前はもう分かっていると見えるが」

侍「……はっ」


241:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 18:36:39.70 ID:Xf5cioAAo
お侍、小さく笑いますと団子を齧りました。

「お前なんだな」
「……」

武士は答えませんでしたが。
ただそちらの方から、ずっ……っと不吉な音がしたそうな。

「待ちな」

お侍の声が、武士を制します。

「ゆきはてめえの仇の親類かもしれねえ。だが、まだ七つほどの子供だぞ。それでも斬るのか」
「……」
「ちっ」

お侍舌打ちして立ちあがりますと歩き出しました。無防備に背中をさらしながら。

「村から半町ほどのところに川がある。そこに来い。夜だ」

武士の視線がその背中にべったりとはりつきます。

「それまでは斬らせねえよ、ゆきも俺も。何があってもだ」
「……」

武士の返答は聞こえませんでした。


242:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 18:37:06.25 ID:Xf5cioAAo
テンツクテンツク……


侍「……」

幼女「……」トテテ

侍「おう、ゆき」

幼女「……源ちゃん」

侍「ん?」

幼女「手、つなご」

侍「ああ」


ギュッ


243:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 18:37:37.94 ID:Xf5cioAAo
二人でしばらく歩いたそうな。
道行く人は皆笑顔で。祭りのお囃子軽快で。

「……なあ」

ふとお侍が声を上げました。
童女がそちらを見上げます。

「どっか、遠くに行かないか」
「……?」
「そう。そうだな。うまくは言えないが、楽しいところだ。うざったい過去なんか関係ない、どこか遠くて楽しいところ」
「……」
「なんてな」

お侍は苦笑して、鼻の頭を掻きました。

「行く」

唐突に童女が答えます。

「……」
「行く」

童女の声はしっかりと。

「源ちゃんと一緒ならどこでも行く」

童女の笑顔はふんわりと。
最後の、最後に。

(ああ)

お侍は思ったそうな。

(死にたくねえな……)


244:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 18:38:04.13 ID:Xf5cioAAo
……と、ここまで。
これで終わりかと?
いえいえ、そんなことはありませんよ。
ですが、最後ですから少し焦らしてみます。
また、数刻後にいらっしゃってください。
それで最後。
本当に最後、でございます……


245:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 18:50:41.20 ID:QiEQMHEAO
したら賽子にでも行ってくらぁ


246:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 20:48:36.69 ID:Nfx9PkMAO
もう最後なのか、なんとも名残惜しいな…

でも今晩は空いてるからちょうど立ち会えそうだ
首を長くして待つよ


247:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:19:33.65 ID:Xf5cioAAo
夏の夜は、濃厚な草の匂いがします。
虫の声がうるさいほどのそのただ中に、男が一人。

「……」

川の流れは緩やかに、静かに。

ざっ。

砂利のこすれる音。
その主、お侍は川べりに立つ男のもとによると、並んで川を眺めました。

「……俺の主は」

武士が口を開きます。

「大層尊大なお人だった」
「そうかい」
「だが、優しかった」
「そうかい」
「だから、恩を返したい」
「それが小さな童女を殺すことだと?」
「……実を言うと、もう俺にもわからんのだ」

川を眺めるお侍には武士の顔は見えませんでしたが。

「だが、ためらいは置き忘れてきた」
「探しには戻らねえのかい?」
「もうない」
「そうかい」

鈴にも似た、虫の声。
お侍が口を開きます。

「俺は、実を言うと安心してる」
「……?」
「考えないでもなかった。ゆきが武家の全員を殺したとか」
「……」
「鈴の音が聞こえてるんじゃないかとかな」
「……」

それは夜の祭りのような虫の声。
そして。

「シッ――!」

気合同時に。


248:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:20:18.05 ID:Xf5cioAAo
がっ!

刃と刃がかみ合う激しい音。
続いて二手三手。
刀の閃き、激突音。

「ん゛!」

武士の一撃を、お侍の刀が受け止めます。

ちりぃぃん……

虫の声とは明らかに違う音がお侍の耳に。

(聞こえる……)

聞けば人ではいられない。

「じゃッ!」

お侍、力任せに組み合う武士を弾き飛ばします。
武士は軽く後退すると、上段に刀を。
お侍は脇に。

ちりぃぃん……

「ああ、聞こえるよ」

ちりぃぃん……ちりぃぃん……ちりぃぃん

「ああうるせえ……」

ずざり!

お侍の猛烈な踏み込み。

びっ!

その頭に刃迫る。


249:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:21:02.15 ID:Xf5cioAAo
しかしお侍、たったもう一歩でそれを無効化。ついで必殺の一閃。

「っ!?」

が、あるはずの手応えそこになく。
飛び離れるも腕に痛みが。
血がふきます。

「……」

お侍、正眼に。
武士はそこから数歩離れたところに下段の構え。

「お前……」

お侍の声は訝しげでした。

「なんで」
「俺には見える」

武士の一言は短いものでした。ですが、お侍は理解したようで。

「なるほど、そうか。お前は“見える”のか。俺は“聞こえる”方だ」

お侍、こぶし大の石を拾い上げると、軽く宙に投げます。そして横に一閃。

きぃぃぃん……

音とともに石は真っ二つ。切り口は滑らか。そのまま川の中に消えました。ぽちゃん。

「あれは俺が七つの時だった。家族が殺されて、聞こえるようになった」

ちりぃぃん……

「≪物の叫び≫」


250:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:21:58.70 ID:Xf5cioAAo
物の叫び。
それがお侍が聞いているものの正体で。
ええ、鈴の音ではないのです。
それは、この世にある全てのものが発する終の声。
従えば、全てが壊れます。引き裂かれます。

「お前は――お前の刀は特にうるさい。たくさん斬ったんだな」
「……お前は黒い。お前も斬ったのか」
「……ふふ」
「……くく」

お互い、短く笑うと、同時に地を蹴りました。

「おおおおおおお!」
「……」

がきゃん!

激しく拮抗する力。火花が生じようかという鍔迫り合い。
押し合う気合は横に流れて、二人川の中へと駆け込みます。
お互い膝まで浸かったところで、

「セイッ!」

お侍、ひねり落とし、刀を斬り上げ。
武士、くぐって避けるとその回転を刀に乗せます。

ぎゃん!

こすれる音と、

ひゃああああああああああああああああああ!

今や甲高い化け物の声となった、≪物の叫び≫。


251:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:22:55.16 ID:Xf5cioAAo
「シッ――!」

お侍の厳しい刺突。
武士はそれをいなしますと、膝をお侍の腹に叩き込みました。

「がっ!」

崩れるその頭に迫る疾風!

がきゃん!

かみ合った刃はしかし――

ぴしっ……

砕ける音。

「っ!!」

折れたのは武士の刀。

「はああああああッ!」

立ちあがる勢いがお侍の刀に乗ります。
武士の手は脇差へ。

きぃぃぃぃん――――


252:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:23:36.14 ID:Xf5cioAAo





ガラガラガラ……

幼女「……ん」

侍「起こしてすまねえな」

幼女「……源ちゃん」

侍「出発だ、ゆき。江戸へ行け」

幼女「……え?」

侍「江戸へ、行くんだ」

幼女「……源ちゃんは?」

侍「俺は行けない」

幼女「そんなの、やだ」

侍「……」

幼女「……寂しい」

侍「……俺もだ。でも、お前一人で行くんだ」

幼女「やだよ……」

侍「これをやる」

幼女「刀……?」

侍「俺のだ。妖刀でも何でもない。でも、俺の自慢の刀だ」

幼女「でも……でも……」

侍「なあ、ゆき」

幼女「え……?」

侍「俺は楽しかったぞ」

幼女「……」

侍「……さよならだ」


253:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:24:25.70 ID:Xf5cioAAo
がらりと、侍の家の戸が開きました。
男は月明かりに照らされた部屋を覗き込みましたが、そこには死体が一つきりしかありませんでした。

「童女ならもう逃げた」

後ろから声。
振り返ると隻腕の男が一人。

「お前が例の武士だな」

武士は物乞いを見つめます。左の瞳だけで。
右の目は、深くえぐられていました。

「……一足遅かったか」
「お互いにな」

物乞いは左の手に何かをぶら下げていました。

「儂はもっと、別の結末を見たかった」
「そうか」

武士が新しく刀を構えます。
物乞いも、左手に一振りの刀を。

「銘はないが、名刀だ。我が弟子のな」
「……」
「儂では鬼である貴様には勝てん。だが、もう片方の目、もらうぞ。弟子への土産だ」

二つの影が交錯しました。


254:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:25:07.79 ID:Xf5cioAAo
村からのびる街道を。

「はぁ……はぁ……」

小さな影が駆けていきます。
不釣り合いに長い刀を抱えて。

「はぁ……はぁ……」

夏の熱気は、それでも小さな身体には冷たくて。
こぼれる涙、止まらなくて。

「はぁ……はぁ……」

ちりぃぃぃん……

その耳には鈴の音。
全てを引き裂く終の声。

「――――っ!」

童女は声にならない叫びを上げて。
それでも止まらず駆けていきました。


255:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:25:35.20 ID:Xf5cioAAo





256:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:26:19.79 ID:Xf5cioAAo
……話はそれから十年後にとびます。
川のせせらぎが聞こえる場所へ。

ぱしゃぱしゃぱしゃ……

水の上を小石が跳ねます。
夜の暗闇の中に、その音だけが聞こえます。

「なーご」

猫の声。
その隣に立つ人影。小石を投げた者。

「……」

娘です。
長い黒髪を風になびかせ、そこに姿勢よく立っていました。

「あれからだいぶですね。十年でしたか」

唐突につぶやかれたそれは、彼女の背後に忍び寄った影に向けられたものであったようで。

「……」

暗いその影は、人か否か。

「十年。短くありません。それでもあなたはわたしを狙い続けていたのですね」
「……」

影は答えませんでしたが、それはわざとというよりも本当に言葉を解していないかのようでした。
娘はため息をついて振り返ります。
光を失った鬼がそこに。輝く白刃をぶら下げて。

「……かわいそうに。もう、あなたを生かしているのはその憎悪だけ」
「……」
「わたしが終わらせましょう。全てを」

引き抜かれた刃は冷たく、そして鋭く。

ちりぃぃぃん……


257:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:26:59.76 ID:Xf5cioAAo
侍「なぜ俺の家に童女が……」幼女「ムニャ……」






〜完〜


258:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:37:09.68 ID:Xf5cioAAo





物売「――はい、物語はこれで全てです」

物売「繰り返しになりますが、お聞きいただき本当にありがとうございました。物売りめも楽しゅうございましたよ」

物売「さて――」


ガラガラ……


物売「おや、お帰り」

「ただいま……」

物売「全てが終わったのだね」

「……ええ」

物売「お疲れ様。長かったね」

「……はい」


259:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:37:54.28 ID:Xf5cioAAo
物売「っと、失礼しました。こちら、この物売りめの家の居候にございます」

「この人は?」

物売「私のお客様だよ。いい人だ」

「……」

物売「――ああ、はいこの通り器量はいいのですが物騒なものを持っているせいで誰も寄りつかない娘でございます」

「これは、わたしの大切なものです」

物売「ああ、知っているとも。この人もね」

「え?」

物売「お客様、どうかこの娘の友人になっていただけないでしょうか?」

「ちょっと、どういうことですか?」

物売「ほらいいから、お前は自己紹介なさい」

「え、あ、ええと。わたしの名前は――」


260:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:38:39.44 ID:Xf5cioAAo
物売「おや、そこのあなた――」






〜完〜


261:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:39:56.85 ID:Nfx9PkMAO
見てたぜー乙
終盤はとくに映像が頭に浮かぶような、凄まじい迫力だった

興奮冷めやらぬ、って感じで、何と言えばいいか分からないけど
お話、聞けてよかったです


263:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 21:55:11.44 ID:Nfx9PkMAO
あっぶねえ…
劇中劇だから二重にエンディングがあるのは道理だよな

もう少しで>>261が割り込んでしまうところだった


264:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/21(月) 22:32:57.23 ID:8MRGgMoYo
乙!
すっかり話に引き込まれてた…面白かったぜ!


265:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/22(火) 00:43:13.31 ID:0vENAaaAO
こういうのも面白いなあ
本当に乙乙


侍がちょっとゾロっぽいなww


266:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/22(火) 04:04:38.72 ID:kDm5Nve3o
乙乙!本当面白かった!
悲しい終わり方だな…そしてこのSSが終わるのも悲しいよ〜


267:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/22(火) 04:16:30.23 ID:HI80bX5AO
超GJ
語りべに乗っかってみんな買い物客になって、一層物語を面白くしてた

筆者様、そして皆様ありがとうございました



元スレ
侍「なぜ俺の家に童女が……」 幼女「ムニャ……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1296398843/

 

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