過去の良作の再投稿です。
要望が多数あったため、今後はピックアップ記事を適度に再投稿していきます。

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:16:06.11 ID:fNXhvYIy0
    俺「今日も彼女は魅力的だ」

    俺「輝く髪、力の篭った目、すらりと伸びる手足」

    俺「彼女のことを考えるだけで心が踊る」

    俺「なんと素晴らしいことか。 これまでの人生でここまで充実した日はあっただろうか!」

    俺「……む、今日もリンゴを買って行ったな。 彼女はリンゴが好きなのかもしれない」


 


2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:16:57.00 ID:fNXhvYIy0
    数日前、この町のとある酒場にて。
    酒を飲んでいた俺の視界の端に、店から出て行く彼女が映ったのが事の始まりである。
    彼女が我が心を鷲掴みにするのにはその一瞬で十分だった。

    いわゆる「一目惚れ」というやつ。

    是非とも彼女にお近づきしたいと思った俺は話しかけるチャンスを窺がい続け、今に至る。
    なお、これはストーカーなどという下賎なものではなく、飽くまで紳士的に、
    彼女にとって最も良好かつ余裕のある時に話しかけるべきだろうという考えの下で行っている行動である。
    ストーキングではない。 断じて。

3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:17:35.63 ID:fNXhvYIy0
    彼女は女性らしい服装をしていない。 ズボンにブーツを履き、そして剣を帯びている。
    女性でも護身用として持ち運ぶことはこのご時勢において珍しいものでもなくなりつつあるのだが、
    彼女の持つそれは、ただの護身用 と言うには少々重すぎるような印象を受けた。

    そのような身なりではあるが、いや むしろそれが、彼女の魅力を一層際立たせているのだ、と思う。

    旅人なのだろうか。 だとすれば彼女がスカートの類ではなくズボンを穿き、
    そして女性に不釣合いな剣を持っていることにも納得できる。
    また、この数日彼女の前に仲間らしい人物が現れないことから一人旅だということが推測できる。
    旅の理由までは分からないが。

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:18:12.49 ID:fNXhvYIy0

    俺の泊まる宿は、彼女が泊まっている旅人や傭兵などが用いる比較的安価な宿の丁度向かいに位置する。
    無論それは そこから出入りする人物、主に彼女をしっかりと観察するためであり、そうでなければ
    このような財布に優しくない、無駄にベッドがふかふかなホテルをなど選んだりはしないだろう。

    運命の出会いから4日目の朝、陽が完全に顔を出してから行動を開始するはずの彼女が
    まだ少し暗いと言える時間に宿から出て行くのを見た。 全身を覆うようにマントを羽織っている。

    もしや、この町を出発するのか。 こうしてはいられない、自分も出発せねば!
    慌てて身支度をし、少ない荷物をまとめ、転げ落ちるようにフロントに行きチェックアウトを済ます。
    ダブルベットであるにもかかわらず独りで惨めに息子を慰める虚しい生活よ、さらば。

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:19:07.45 ID:fNXhvYIy0
    旅人や商人によって踏み固められた森の道、枝を踏まないように歩く。
    森ならば野生生物の鳴き声や草木の茂みも手伝って尾行はしやすい。

    しかし、森を抜けそれらの恩恵を受けられなくなったらどうすればいいのだろうか。
    「ここで会ったのも何かのご縁、目的地までのしばしの間共に旅を過ごしませんかお嬢さん」
    などと言えばいいのだろうか。 無理だ。


    日が傾き始めてから、彼女は手頃な枝を拾い集め始めた。
    野営の準備だろう。 野営。 夜営。

    ……いやいや。 ここでよからぬ妄想はすべきではない。

    紳士としてあるまじき白昼夢に囚われた愚かな脳に体裁を下している間、
    彼女は手早く木を積み火種を育て、立派な焚き火を完成させていた。

    なんとも手馴れた感じである。 旅の経験も長いのだろうか。

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:19:55.40 ID:fNXhvYIy0

    ある日彼女は滝を見つけた。
    水面を叩きつける音が轟く。 もう少し近づいても大丈夫だろうか。

    彼女は垂れる髪を耳に掛け、袖を捲り、そして目をつぶって両手で掬った水を飲んだ。
    その動作のひとつひとつが俺の中のナニカを刺激し、より一層俺を虜にした。

    マントを脱ぎ、剣を下ろす。 なるほどここまでの旅で疲れた足を休めるのだろう。
    ブーツを脱ぎ、ベルトを解き、服に手をかけ、って、ちょっと待て!!!!1!!11

8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:20:55.84 ID:fNXhvYIy0
    俺「……ふぅ」

    この木の後ろでは、産まれたままの姿の彼女が水浴びをしているのだろう。
    滝の音に混じって、ぱしゃぱしゃと水を掻き乱す音が聞こえる。

    俺が今こうして賢者になっているのは己の理性を保つためである。
    よってこれは自慰と呼ぶものではなく、我が息子を制御するための調教といえよう。
    俺ほどの紳士となると息子を御することなど朝飯前なのだ。
    逆に御せられてしまう愚か者などそこらの発情期の猿と変わらぬ。

    無論、彼女の裸など見てはいない。 女性の裸を無断で見るなど紳士としてあるまじき行為である。

    だから町を発ってこの数日間に何度もあった彼女の聖水タイムももちろん見てはいないし、
    その時の音も聞いていない。 事後にその香りを嗅いだりもしていない。 俺は紳士なのだ。
    ペロペロしたくなる衝動も抑えることができる、立派な紳士なのだ。 血涙は流れるけども。

9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:21:47.41 ID:fNXhvYIy0

    町に着くと、彼女はまず宿をとり 荷物を置いてから町の散策をした。

    宿は一箇所しかなかったので、同じ宿に部屋を借りた。
    彼女のお隣という期待に胸を膨らませ、俺も彼女を追って町を徘徊する。

    ここはガラの悪い奴らばかりである。
    この町には何度か来た事があったが、どうも好きになれない。

    怖い人たちに絡まれたらどうしよう。 彼女が絡まれたらどうしよう。
    「待ちたまえ」と俺に言えるだろうか。 ここは男として言わねばならぬだろう。

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:22:26.12 ID:fNXhvYIy0
    小さな広場に人だかりができていて、その中に彼女が居るのを発見した。
    こんなにたくさんの人の中でも彼女だけはくっきり見える。 相変わらず美しい。

    何をしているのかと視線の先を追ってみると、どうやら中央では剣の腕を競う賭け事をしているようだ。
    参加費を払い、主催者側に勝つことができれば今までの挑戦者が払った金全てを頂ける、というタイプの。

    彼女はその様子をしげしげと見ている。
    もしや、これはチャンスではないか。 彼女が注目してくれるチャンスではないのか。
    そして勝った暁には「強い男好き! 抱いて!」と俺の人生に春がやってくるのではないか!

    参加費を握り締め、震える手を挙げる。

    俺「おお、お、俺、やるぃます」

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:23:28.25 ID:fNXhvYIy0
     旦

    なにやら視線を感じる。 そう思ったのはこの町に入ってからだ。

    女で男のような格好、そして一人旅というのを珍しがられ、視線を向けられることは多々ある。
    しかしそれはすれ違う一瞬だけのことであり、今回のように纏わりつくようなものではない。

    気のせいだろうと思っていたが、道を曲がっても歩み止めてもそれは一定距離を保ったまま消えることはなかった。
    これは、尾行けられている。

    広場では刃引きした剣を用いた博技が行われており、人で賑わっていた。
    この人混みに乗じて撒こうとしたが、そう簡単にも逃してはくれないようだ。

    この町は小さく滞在期間は二,三日ほどのつもりであったが、明日すぐにでも発った方がいいだろう。
    長く居ても良いことはなさそうである。

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:24:20.71 ID:fNXhvYIy0
     旦

    散々だった。

    試合に勝ったは良いものの、精一杯のキメ顔()で彼女の居た場所を振り向くと、
    そこにあったのは彼女の俺への憧れの眼差しではなく、顎の割れた無駄に睫毛の長い男の暑苦しいそれだった。

    その男は腰を艶かしくくねらせ、ウインクをしてハートを飛ばした。
    ぞわぞわっと身の毛が弥立ち、顔が引きつると同時に下半身、主に尻の穴が震え上がる。
    俺は全力で逃げ出した。

    その後も稼いだ金を寄越しやがれとガラの悪い連中に絡まれ、先ほどの主催者には
    商売上がったりだと言われ怖い人に囲まれ、恩恵に授かろうと物乞いがハイエナの如く集まり、
    それらを蹴散らすため、とにかく心身ともに疲れまくった。

    俺「ええいどけ、貴様ら野郎共にくれてやる金なぞ一銭もないわ!!」

    やっとの思いで宿に戻ると、背後で「また会ったわね、ボウヤ(はぁと」と野太い声がした。
    もしかしなくても、隣の部屋を借りていたのはこの男だったのである。
    アタシは死んだ。 スイーツ(笑)

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:25:37.63 ID:fNXhvYIy0
    下半身危機への恐怖のため一睡もできなかった。
    しかしそれが幸いしてか、いつもより早く出発する彼女を見逃してしまうことはなかった。

    荷物は全て持って出たようだ。 この町はただの休憩ポイントだったのか。

    昼行性生物は未だ夢に囚われ、夜行性生物は休み始めるこの時間帯、森は静寂に包まれている。
    その静寂を破ったのは、彼女の透き通った声だった。

    彼女「私を尾行けている者。 いい加減姿を現せ」

    喉から心臓が出かけた。

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:26:52.22 ID:fNXhvYIy0
    どどどどどうしようどうしようどうしよう!?
    逃げるべきか!? 素直にごめんなさいするべきか!?

    前方の茂みでガサリと音がした。 彼女が来たのか。
    ば、万事休すか!

    追跡者「……バレちまったかぁ」

    ……!?

16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:27:59.45 ID:fNXhvYIy0
    追跡者「いつから分かってた?」

    彼女「あの町に入った瞬間だ。 もう一人居るだろう、出て来い」

    今度こそ俺だと思ったが、またもや前方の茂みから男が現れた。
    どうやら彼女の後ろに回り込もうとしていたやしい。

    彼女「なんのつもりだ」

    追跡者「見ての通り、あの町にゃ何の色気もねぇ、腐りきってやがる。
          あんたみてぇないい女はめったに居ねぇ。 だから尾行させてもらった」

    彼女「なるほど腐った町には腐った男しか居ないのだな」

    尾行して、彼女を攫う機会を窺がっていたのだろう。 そして攫った暁には、彼女を慰み者として……
    残念ながら彼女はこの男たちの存在を知っていたようなので、人の多い場所しか歩かなかった。
    ざまぁ

17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:29:06.13 ID:fNXhvYIy0
    追跡者「まぁつまり、オレらはヤれりゃあ良いわけだ。 死にたくなければ大人しくついて来い」

    なんと男たちは刃物を取り出した!
    女性に刃物を向けるだと!? 男の風上にも置けん奴らめ、恥を知れ!!

    追跡者「刃物の怖さはちょーっとぐらい知ってんだろ?」

    いや、もしやチャンスがまた来たのではないか。
    紳士たる俺がヒーローの如く颯爽と現れ、あの野蛮な男どもを蹴散らす。
    そして「お怪我はありませんかなお嬢さん」と彼女の手をとる。
    「あなたのように美しい女性が一人旅など危険です、私がお供しましょう」
    彼女は俺の優しさにときめくだろう。 そしていつしか……

    完ッ璧だ。 欠点のない完璧なプランだ。
    そうと決まれば善()は急げだ!

18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:29:58.22 ID:fNXhvYIy0
    目を疑った。
    俺は彼女を助けようと立ち上がったのだが――

    彼女「金目の物を置いて去れ。 さもなくば殺す」

    氷のように冷たい声でぽつりと言った。
    嘲笑い、「尤も持っていれば、の話だがな」と付け足す。

    彼女に向けられていた短剣の切先はいつの間にか男に向けられ、
    もう一方の男は肩を抜かれた痛みで地面に伏し呻いていた。

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:30:57.27 ID:fNXhvYIy0
    男たちは大人しく去って行ったようだ。
    彼女が男から奪った短剣が、丁度差してきた朝日に反射して鈍く輝く。

    彼女は踵を返しまた歩みを始める。
    その姿を、ただぼうっと見つめていることしかできなかった。

    彼女は何者なのだろうか。
    武器に怯むことなく立ち向かい、躊躇せずに相手の肩をはずす。
    そしてあの、冷徹な眼。

    一気に彼女を恐ろしく思った。

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:31:42.05 ID:fNXhvYIy0
    ……恐ろしい?
    いや確かに身体は震えているが――
    これは恐ろしさからのものではない。 むしろ武者震いに近い。

    下半身に潜む我が息子が威きり勃つ。

    ――ああ、そうか。

    我、二十三にして天命を知る。

    俺は彼女に踏まれるべくして生まれたのだと。

22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:33:07.17 ID:fNXhvYIy0
    もちろん踏まれるだけであれば今でも可能だろう。
    だが、今踏んでくださいとジャンピング土下座したのではただの変態さんと変わりない。

    お互いを理解し、かつ両者の合意の下で踏まれたいものである。
    俺に愛の篭った罵倒と踵落しを。 是非に。

    そのためにもまずやはり、俺が彼女を尾行もとい研究することで
    話しかける絶好の機会を見極める必要がなんとしてもあるのである。
    もう一度言うがストーカーではない。

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:34:26.17 ID:fNXhvYIy0

    彼女が新たに訪れた町は俺にとって見覚えのある場所だった。
    時刻はもう夜、彼女が町唯一の大きな宿に入るのを見届けてから、
    その向かいにある行きつけの酒場に足を踏み入れた。

    ママ「あら! あらあら! 久しぶりね、いらっしゃい!」

    俺「ああママ、久しぶり。 変わらないね」

    カウンター席の端に誘導され、サービスだと黒ビールを注いでくれた。

24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:35:26.37 ID:fNXhvYIy0
    ここはかつて活動の拠点としていた場所、俺の古巣である。
    ここを離れたのは数年前だが、何故離れたのかは忘れた。

    ママと呼ばれるこの店の店主。 愛想がよく、老若男女問わず人気がある。
    整った顔は初めて出会ったときから全く変わらず、皺ひとつ増えていない。
    年齢を問うことはタブーとされ、しつこく訊くと鉄拳が飛んでくる。
    それを除けばかなり大きな器を持った人物であるため、
    一時期彼になら掘られても良いかもしれないと思ったことさえある。

    ママ「本当に久しぶり。 何で戻ってきたの? 今何してるの?」

    俺「いやぁ成り行き上ね。 と言うか今忙しいだろ。 俺の相手しなくていいよ」

    ママ「いいのよそんなのバイトの子に任せれば。 あたしは坊やとの会話に花を咲かせたいの」

    俺「いい加減その坊やってのもやめてくれないかね」

    ママ「あたしから見ればまだまだ子供よ子供」

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:36:18.57 ID:fNXhvYIy0
    ママ「いらっしゃ……あら、初めてのお客さん?」

    扉が開く。 この店に一見さんとは珍しいなと思い、ちらりと見てみる。
    女性のようだ。 ん、あの髪、後姿、横顔、見たことあるぞ。

    ……彼女ではないか!!

    飲んでいたビールが鼻に逆流してむせ返る。 油断していた。
    てっきり、旅で疲れた彼女はさっさと宿で床に就くものだと思っていた。

    彼女は同じカウンターの、少し離れた席に座った。
    仕事終わりの男で賑わう店内では俺の高性能な耳をもってしても
    彼女の清らかな、しかし裏がありそうな声は聞こえそうにはない。

    ママが彼女の前にジョッキと皿を置く。
    彼女はブドウ酒とチーズを注文したようだ。

    軽く会話をした後、ママはこちらに戻ってきた。

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:37:41.24 ID:fNXhvYIy0
    ママ「で、えーと……どこまで話したかしら?」

    俺「それより彼女と何を話したのか詳しく」

    ママ「今の娘? 軽く挨拶した程度だけど」

    俺「MOTTO MOTTO!」

    ママ「……あのね、あたしの仕事はお客さんの話を黙って聞いてあげることなの。
        あたしから訊き出すことはもちろん、それを他人に教えるなんて事なんて許されないわ」

    肩を落とす。 そうだ、ママはそういう人だ。
    いや、だからこそ人に好かれ信頼されているのだが。

    ママ「尤も彼女自身、話しそうな人ではなさそうだけど」

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:38:20.89 ID:fNXhvYIy0
    彼女が近くに居るとなると、どうも落ち着かない。
    見るに見れない。 しかし気になる。

    ママ「何、そわそわして。 彼女が来てから変よ」

    俺「い、いや、実は……南の町で彼女に、ひ、一目惚れしてしまったんだ。
      で、話しかけよう話しかけようと思っているうちに、この町に着いてしまったと」

    ママ「なに、彼女をストーキングしてたって訳? いかにも臆病者がしそうなことね」

    俺「ストーカーじゃない! そして臆病者でもない、俺は慎重なんだ! あとちょっとシャイなだけだ」

    ママ「同じよ同じ」

29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:39:50.91 ID:fNXhvYIy0
    俺「そうだ、リンゴある?」

    ママ「リンゴ? 料理用の酸味が強いのなら」

    俺「彼女に何か作って渡してほしいんだ。 店のサービスって事でいいから」

    ママ「キザな事するのね。 別料金取るわよ」

    俺「良いよ。 なんと今 懐が温かい」

    ちびちびとチーズをつまんでいた彼女の目の前に、出来立ての焼きリンゴが置かれる。
    彼女は少し驚いたような顔をし、そしてママの顔を見上げた。
    ママはにっこりと笑い、「遠慮せずにどうぞ」と口を動かした。

    しばらくママの顔を見た後、焼きリンゴに目線を戻し、ナイフとフォークを手に取る。
    始終笑顔のママの様子を窺がいつつ恐る恐る切り分けたリンゴを口に運ぶ。
    はた、と彼女は目を丸くする。 そして僅かながらも頬が綻ぶのを、俺は見逃さなかった。

30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:40:32.24 ID:fNXhvYIy0
    ママ「彼女、とても美味しそうに食べてくれたわね」

    彼女はリンゴを食べ終えると、代金を払い宿に戻った。
    空いた席を見つめながら、僅かに微笑んだ彼女の可愛らしい顔を思い出す。
    鼻の下が伸びる。 ああもう、本当に彼女は可愛かった。 口元まで緩む。

    もちろんママに「あちらのお客様からです」と言ってもらうこともできた。
    が、警戒心の強い彼女がどこの馬の骨かも分からん糞野郎からの贈り物を怪しまないはずがない。

    純粋に、彼女の笑顔が見られれば良かった。 今はそれで十分だ。
    ……などと思えるのは多分今、俺が久々に呑んだ強めの酒で酔っているからであろう。

31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:42:08.04 ID:fNXhvYIy0
    店の二階はママの居住スペースとなっているのだが、昔その一角の物置のような場所を借りていた。
    今も空いているという事なので、この町に居る間はそこに泊めてもらうことにした。

    扉を開ける。 埃が宙に舞う。 くしゃみが止らない。 しかし文句も言えますまい。
    真っ白な床に座り込み、かつて共にこの部屋を借りていた友人はもう死んだんだろうなと物思いに耽る。
    いや、死んでいなかったか? 第一俺に友人なんか居たのか? 俺の一方的な思い込みだったのでは……

    まぁ、過去のことなぞどうでもいい。 今重要なのは彼女である。
    明日も彼女の調査をすべく、埃を吸わないよう布を被って寝た。

33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:43:00.75 ID:fNXhvYIy0

    翌日から彼女はこの町を歩き回った。
    雑貨屋の用途不明な品物を触ってみたり、怪しい薬を眺めたりしている。

    本来女性が目を輝かせるであろう仕立て屋や宝石店には全く目もくれず、
    逆の立場である武具屋等泥臭い店に好んで入り、実際に手に取ったりと吟味している。
    尤も彼女を納得させるような武器は無かったようだが。

    露店で買った牛串やリンゴを片手に広場にぽつんと置かれるベンチに座り、
    行き来する人をただぼうっと眺めているだけの日もあった。

34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:44:16.28 ID:fNXhvYIy0
    そして一日の終わりには必ずママの店に寄り、焼きリンゴを食べていた。

    この町に来て二日目の夜、再び店に訪れた彼女は席に座り、
    目を泳がせ、少し恥ずかしがりつつ「酒とチーズと、昨日の、焼きリンゴを」と言った。
    いや実際聞いたわけではなく、彼女の口がそう動いていただけなのだが。

    その時の彼女の可愛さといったらもう、とにかく、ひたすらに愛おしかった。

    どうやらママの作る焼きリンゴを気に入ってくれたようだ。
    以後、彼女が注文しなくても、ママは酒とチーズ、そして焼きリンゴを彼女に持成すようになった。

35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:44:49.22 ID:fNXhvYIy0

    ママ「彼女、明日この町を発つんじゃないかしら」

    焼きリンゴは彼女が毎日注文するほど美味しいものなのか、
    明日からは俺も一緒に食べてみよう、そして同じ時間を分かち合おうと思っていた矢先だった。

    ママ「飽くまで推測、だけどね。 彼女が何か言ってた訳じゃない。
        いつもは黙って代金払って出て行くけど、今日は『美味かった』って言ってから店を出て行ったのよ」

    なるほど確かにその可能性は高そうだ。 リンゴを注文することすら恥ずかしがり躊躇するような彼女が
    美味しかったなどという尻がむず痒くなりそうなセリフを普段言うはずが無い。
    彼女なりの、ママに対する感謝と別れの挨拶だろう。

36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:45:22.26 ID:fNXhvYIy0
    俺「じゃあ俺も出発ってことか。 世話になったね、ママ」

    ママ「また寂しくなるわね。 行ってらっしゃい、坊や」

    テーブル席で酔っ払い同士の喧嘩が始まった。 椅子が倒れ、野次馬が輪になる。
    ママはやれやれといった感じで溜息を吐き、カウンターを出てゆっくりと近づいていく。
    無言で双方の肩に手を乗せ、にっこりと笑うと、酔っ払いの顔は赤から蒼白へと変わった。

    寂しくなることなどないだろうに。

    喧嘩両成敗、頭同士がぶつかる鈍い音は耳を塞いでいても聞こえた。

39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:47:28.31 ID:fNXhvYIy0

    生憎の雨だが翌日、ママの言うとおり彼女は出発した。
    朝は小雨だったが、時間が経つにつれ雨脚は強くなり、昼過ぎの現在土砂降りである。

    雨音で足音がかき消されるため いつもより彼女に近づけるものの、視界がすこぶる悪い。
    何年も穿き続けているブーツの縫い目から水が浸入してきて不快感が半端ない。

    空を見上げてみても灰色一色で切れ目が見えない。
    数日雨が続くことを考えると足が重く感じた。 物理的にも精神的にも。

    しかしそこに彼女がッ 居る限り 歩くのをやめないッ!

41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:48:48.12 ID:fNXhvYIy0
    夕刻、彼女は洞穴を発見した。 今日はそこで泊まるらしい。
    洞穴の中であれば、濡れていない焚き火に使えそうな枝ぐらい落ちているだろう。

    さっきの町から彼女が歩く方向からして、大体の進路と次に到着する町の検討はついている。
    先回りして町の入り口で待機することもできる、が。 この近辺にはクマが現れる、ことがある。

    いくら彼女と言えど、クマへの対処はできますまい。
    守護神たるこの俺ががおーっと彼女に襲い掛かるクマを撃退し、そしてあわよくば……!
    その後を妄想もとい想像し、こっ恥ずかしくなり、ムフフフフと木の幹に抱きつく。

    あれ、木ってこんなに温かったかな。 木ってこんなに毛がモジャモジャしてたかな。
    ……

42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:50:20.57 ID:fNXhvYIy0

    俺「朝日が眩しいぜ……」

    言うほど朝日は眩しくない。 今日も雨が降っている。

    昨日のクマとの死闘の末、なんとか勝利を収めることができた。
    しかし失ったものは大きく、これからの旅に支障がでることは目に見えていた。

    俺「しばらくの飯、どうすっかな……」

    食料は犠牲になったのだ……

43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:51:07.80 ID:fNXhvYIy0
    翌日も翌々日も相変わらずの雨だった。
    止めどなく降り続ける水は地面をぬかるませ、彼女と俺から体力を奪った。
    彼女の歩くペースは明らかに落ちている。

    俺の脚も重い。 心なしか身体がひどくだるく感じる。
    彼女に思いを伝えられないがための恋わずらいか、とも思ったが、どうやら違うようだ。

    鼻水が溢れる。 頭が痛い。
    これはただの風邪だ!

44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:52:14.81 ID:fNXhvYIy0
    馬鹿は風邪を引かないというのは嘘だったのか。
    いや、それとも俺が馬鹿じゃないことが証明されたのか。 だとしたら喜ばしいことである。

    ブーツの縫い目、マントの隙間から滲み、中身まで濡らす水は俺から体温をも奪った。
    身体が震える。 こんなに寒いのに、汗が止まらない。
    咳が出る。 くしゃみが出る。 しかしこちらの存在に気付かれてしまうためダイレクトにできない。
    無理やり抑えると肺が痙攣し、呼吸も満足にできない。 ヒューヒューと喉笛が鳴る。

    しかし彼女のためならば、と強引に足を動かす。
    視界がぼやける。

45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:53:02.98 ID:fNXhvYIy0
    妙に時間が遅く感じられたが、ようやく夕刻になったようだ。
    彼女はまた手頃な洞窟を発見した。 暖かな明かりが見える。 火は熾せたようだ。
    それならば俺のようにクマに襲われることも寒さに震えることもないだろう、と安心する。

    一方の俺は近くの木の根元に大きな洞を見つけ、そこで休んでいた。
    水は流れ込んでくるが、雨風を凌げるだけでも良しとしよう。 言うまでもないが火は熾せない。

    食欲以前に食料がない。 採りに行く気力もない。
    空腹のあまり胃液が逆流する。 びちゃびちゃと黄色い液が口から滴る。
    しかしそれを拭う気力もまた、ない。
    とりあえず、水を一口だけ飲んで、寝た。 明日無事に目覚めんことを。

46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:53:53.84 ID:fNXhvYIy0

    奇跡的に目が覚めると、空は青かった。
    晴れたぜきゃっほう!と子供のようにはしゃぎ喜ぼうとしたとき、
    彼女が泊まっていたはずの洞窟が蛻の殻になっていることに気付いた。

    SIMATTA寝過ごした!!
    よく見れば太陽は真上を越している、もう昼過ぎではないか! バカカオレワー!

    彼女はもう町に着いているかもしれない。
    急がなければ、と重い体を引きずるように走る。 スピード的に言えば、全速力の蛙と同じぐらい。

48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:54:51.64 ID:fNXhvYIy0
    森を抜け、町が見えてきた。
    人だかりの中に、見覚えのある横顔がある。 彼女だ。
    よかった追いついた、と安心しようと思った瞬間、彼女が誰かと話しているのが見えた。

    男だ。

    "あの"彼女が男と、しかも親しげに会話だと!!?
    あれか、あれなのか、つまり彼女はもう――

    全身から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
    僕もう疲れたよパトラッシュ、なんだか凄く眠いんだ。
    お花畑の向こうで母親が手を振っている。 今行くよ。

    そういえば母親はまだ死んでいなかったなと思いながら、意識を手放した。

50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:56:11.19 ID:fNXhvYIy0
     旦

    雨が止んだ日、ちょうど町に着いた。
    なんと間の悪い、こんなことならもう少しあの焼きリンゴを堪能したかったと後悔する。

    ともかく、雨で疲れていた。 今日は宿を探してさっさと寝よう。
    そう思いきょろきょろと見回していると、見覚えのある服装の男を見つけた。

    その男もこちらの存在に気付いたらしく、小走りで近づいてきた。
    気付かなかったことにして逃げようかとも思ったが結局は失敗に終わった。

    伝達員「お探ししておりました。 伝令です」

    心の底から舌打ちした。

51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:57:06.11 ID:fNXhvYIy0
    「控える戦のための召集」だそうだ。
    また国同士の喧嘩に付き合わねばならんことを考えると反吐が出る。
    そして、そんなことも断ることのできない自分には尚のこと腹が立つ。

    伝達員「馬車を用意してあります。 町の外まで」

    私「疲れているのだが。 一日ぐらい、」

    伝達員「馬車の中でお休みください」

    融通の利かん奴だ、こいつを殺して逃げようか と思ったが面倒になりそうなのでやめた。
    後からやって来た部下と話しながら馬車を待った。 呼んでおきながら待たせるとは何事か。

52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:58:10.33 ID:fNXhvYIy0
    ゴトゴトと馬車が進む。 頬杖をつき小窓から外を眺めていると、
    ボサボサの頭をした男が倒れているのを見つけた。 行き倒れだろうか。

    それに気付いた部下は急いで馬車を止め、その男に駆け寄った。
    お人好しな奴だ。 あんなもの放っておけば良いものを。

    部下「真っ青ですがまだ呼吸があります、すぐにそこの医者に連れて行かないと!」

    私「それなら――」

    「当分の世話代だ」と言って、路銀のつもりで持っていたが結局余ってしまった金の入った袋を
    部下の傍に投げる。 私もお人好しだなぁと、溜息を吐きながら頭を掻いた。

53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 22:59:20.21 ID:fNXhvYIy0

     旦

    知らない天井だ。

    目覚めた俺はまずそう思った。 俺は生きているのか。 死んでいるのか。
    死んでいるなら天国だろうか。 そうであって欲しいなと見回してみると、

    看護婦「あんら、目ェ覚めた?」

    白衣の天使、と言うには少々老け、ぽっちゃりしている。
    ここは天国にあらず。

54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:00:14.47 ID:fNXhvYIy0
    看護婦「親切な男の人がねぇ、倒れてたあんたをここまで運んでくれたんだよ」

    男、か。 彼女が助けてくれたのではないか、という一抹の期待を抱いていたが、
    見事にぶちのめされた。 まぁ、そうだわな。 ……彼女、か。

    看護婦が蜂蜜湯を手渡してくれた。 軽くお辞儀をして受け取り、一口飲む。
    温かかった。 とても温かかった。

    俺「ぅぐう゛うぅ、あっだ、がいよ゛ぉぉ……」

    涙が溢れた。
    久々に感じた温かさのためか、彼女に男が居るかもしれないという悔しさからかは分からない。
    とにかく、流れる涙をしばらくの間止めることができなかった。

55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:01:31.47 ID:fNXhvYIy0

    その後体力は順調に回復した。
    寒さと栄養不足と疲労により発生した風邪だったため、
    温かい布団と食事と休憩、そして少しの薬を飲めば治るのも当然だと言えるが。

    看護婦さんにはいろいろと説教された。
    クマが出るのを知っていて山道を通るのは馬鹿のすることだとか、
    クマから逃げるにしても食料全部渡すとかアホじゃないのかとか、
    旅をするなら自分の体調管理ぐらいしろとか、好きな女性のタイプは何かとか。

    女性のタイプに関しては、紳士的に「貴女のように包容力のある素敵な女性」だと答えた。
    翌日のリンゴはウサギを模されていた。

56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:02:19.88 ID:fNXhvYIy0

    目が覚めて6日目、この診療所を出ることにした。
    体力はだいたい回復したし、長居しては入院費が馬鹿にならない。

    身支度をする。 新しいブーツを買わないとな、と思う頭の片隅で彼女の顔が浮かんだ。
    彼女はもうこの町を発ってしまっているだろう。 この町は商品の中継地、
    道は多くて彼女の行く先など分からない。 きっともう、会うことはできない。

    まぁ、結局俺の恋路などこんなものだ。 でなければ今まで童貞を守れているはずがない。
    ……諦めるのが得意になったのはいつからだろうか。


57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:03:48.90 ID:44yYervU0
    この純粋さ・・・やはり童貞か・・・


58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:04:27.93 ID:fNXhvYIy0
    看護婦「御代は結構だよ、運んでくれた人が治療費にって大量の金を置いて行ってくれたから」

    なるほどそれであのVIP待遇か。 とんだイケメンも居たものである。 どこぞの貴族だ。
    ただここまで尽くしてくれた看護婦さん及び登場していない医者に敬意として
    多少のチップを渡さにゃならんだろうと思い、金の入っているはずの袋をまさぐった。

    しかしそれらしい感触は一向に見つからなかった。
    まさか中身を盗られたのかと疑いつつ探り続けると、一枚の紙が手に触れた。
    それを袋から引っ張り出すと、見慣れた字でこう書かれていた。


    『  可愛い坊やへ
     お金がいっぱい手に入ったそうなので、勝手に抜いておきます。
     これで貯まりに貯まったツケ及び借金の約1割を返済したことになります。
     最初私からお金を借りたとき、出世払いだって言ってくれましたよね。
     坊やが立派に出世してくれるのを楽しみにしています。
     健康には気をつけてください。
                                      みんなのママより
     p.s.早く払わねーとケツの毛を毟りに参上します                 』

59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:05:46.09 ID:fNXhvYIy0
    俺「そりゃねーぜママン!」

    忘れていた、すっかり忘れていた。
    俺がママの町に寄り付かなくなった理由――それは借金だ。
    出世見込みのなくなった俺はママに毛を毟られることを恐れて町に近づかぬようになったのだ。

    そうかあの時の笑みはそういう意味だったのか!
    町を出るときに渡された食料はママの優しさでなく、普通に俺の金で買った食糧か!
    なんてこった、してやられた!

    頭を抱える。

    俺「また働かないといけないのか!」

61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:08:13.36 ID:fNXhvYIy0
    ――

    係官「はい、三ヵ月分の給料と褒賞金。 確認してくれよ」

    久しぶりに仕事をして稼いだ。 貨幣が本物かどうかを噛んで確認していると、
    団長が直々に話しかけてきた。 契約をもう少し延長しないか、とのこと。

    俺「でもなぁ。 大きな戦には参加したくないし」

    団長「大丈夫だ大丈夫! そんな博打事はやりはしないから! ね!」

    見事に口車に乗せられた俺は、契約をあと半年、延ばした。

62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:09:12.86 ID:fNXhvYIy0
    俺は傭兵である。 傭兵というと孤児だったとか逃亡奴隷だったとか
    そういう泥臭い過去をもつ者が多いが、俺にはそんなヘビーな要素はない。

    俺は農村で産まれた。 それなりに安定した収穫があり、冬以外は毎日の食に困らないぐらい
    恵まれた環境で育った。 父と母、姉と弟の居る幸せな家庭だった。

    それなのに何故そこを抜け出したかというと、当時好きだと錯覚していた女の子にフられたからである。
    俺がフられた噂は瞬く間に村に広がり、居た堪れなくなった俺は、いつかでっかくなってやると言い放ち
    村を抜け出した。 14歳の春のことである。

63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:10:57.04 ID:fNXhvYIy0
    盗んだ馬で行く先も分からぬまま走り、行き倒れていたところをママに拾われた。
    しばらく店などを手伝わされたが、常に草原を走り回る少年のように自由でありたい俺にとって
    命令に従って働くいうのはどうも性に合いそうになく、結局は地に足のつかない傭兵となってしまった。

    尤も俺は戦うことが好きなわけではない。
    できる事なら争いには参加したくないのである。

    だから、「基本的には」契約こそするものの戦場では極力安全な場所に避難し、
    定時に帰る公務員よろしく安定した給料のみを頂くのだ。 いのちだいじに。

64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:13:04.10 ID:fNXhvYIy0
    俺「……今回もそのつもりだったんだけどなぁ。 どうしてこうなった」

    大きな戦には手を出さない、という契約だったはずだが。
    どう見ても大国の国境攻めです。 本当にありがとうございました。

    この戦は、いくつかの小国が同盟を結び、大国の城塞を落とすことが目的らしい。
    俺が望んでいた貴族同士の小競り合いとは訳が違う。 団長め騙しやがったな!

    相手の大国が城塞に配備している兵団は、いくつかある正規軍の内1つ、数は数万。
    一方こちらの連合軍は数倍の人数。 数だけ見れば圧倒的、なのだが。

66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:14:10.83 ID:fNXhvYIy0
    俺の属する兵団は、他の団が正面から突っ込み、相手がそこの守りに集中している隙を突いて
    西側から後ろに回りこみ、裏から一気に城塞を乗っ取るという妙なまでに大役を担っていた。

    そんな旨い事進む訳ねぇよなと思っていると、案の定敵の隊が待ち構えていた。
    相手はこちらの半数ぐらい。 しかし流石正規軍だけのことはあって数など関係なかった。
    教育が行き届いている、と言えばいいのだろうか。 寄せ集め集団とは違い、隊全体のレベルが高い。

    更に相手の兵の中でもやけに目立つ奴がいた。 鎧からして平の兵士のようだが、
    こちらの兵20人をあっという間に肉塊へと変貌させるほどの凄腕だった。 怪物かこいつは。

    その様子を見た団長は大層ご立腹であり、そろそろ俺にも火の粉がかかりそうだし
    退散しようと こそこそ隠れる準備をしていると、逆にそれが目立ったのか指名されてしまった。

68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:14:56.24 ID:fNXhvYIy0
    団長「お前、傭兵だったよな! 行かないと前の分の給料も払わんぞ!」

    俺「んな殺生な!」

    あろうことか怪物君と一騎打ちになってしまった。
    怪物君と俺の周りには兵で囲まれ輪が作られ、もはや逃げ道はない。

    お前ら見てないでちゃんと戦えよ!!!
    常識的に考えて多勢で突っ込んだほうがいいだろうが!

    くそう戦いたくねぇよ。 ……しかし。
    戦いたくはないが、死を甘んじることもできない。 せめて童貞を卒業してから。
    こうなった以上、やるしかあるまい! さっさと終わらせて逃げる!

70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:16:31.50 ID:fNXhvYIy0
    手首の動脈を切ってしまえば、だいたいの奴はひるんで戦意を喪失するものだ。
    しかしこの怪物君は中々にしぶとく、結局腕一本落とすまで戦うことを止めてくれなかった。

    自軍から歓声と拍手が沸き起こる。
    いや拍手とか要らないからそこの道空けてくださいお願いします。

    その思いも虚しく、逆に戦わなければいけない人が増えただけだった。
    動き回ったために人の輪の形はくずれているが、横は崖。 結局は逃げられない。

    次の相手は兜に立派な羽飾りをつけている。
    その人物は「隊長」と呼ばれた。

71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:17:49.85 ID:fNXhvYIy0
    隊長。 ここの防衛を任された隊の、隊長か。
    ならばこの隊長をなんとかしてしまえば、相手方は戦意を失い道が開けるかもしれない。
    さすれば俺は自由になれるのではないか!

    団長「こやつを倒せば報酬は約束の3倍だ!」

    半年分の給料が1年半分になるのは魅力的だが、期待はしていない。
    とにかく逃げることを考えると俄然やる気が沸いてきた。
    よし、ちゃっちゃとやっちゃおう。

72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:19:55.80 ID:fNXhvYIy0
    小柄で細身の身体。 正直舐めていた部分もあったが、隊長と呼ばれるだけあった。
    素早い攻撃の数々は動きに無駄がみられず、なおかつ力強い。

    これは先ほどのように手首だけを狙う余裕はなさそうだ。
    相手の攻撃を適当に往なし、時にはやり返したりもする。
    さて、どこを狙えばやる気をなくしてくれるか。

    と、手元で、ピシッという音が聞こえた。
    嫌な予感がし、恐る恐る自分の剣を見てみると、皹が入っていた。
    まずい、安物じゃやっぱり脆かった!

    当然、刀身に皹が入ったことは相手も分かっているだろう。
    これは、まずい。 本格的に。


74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:21:40.46 ID:u/JQKpss0
    「俺」って親衛隊に入れるレベルなんじゃ


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:23:41.73 ID:fNXhvYIy0
    隙の少ないこいつへの反撃のチャンスは攻撃を弾いた時。
    しかしこいつは手数が多い。 こんな皹の入ったものでは弾くことなどできない。

    いや、冷静になれ。 COOLになれ。
    小さい脳で考えろ、もう全てを受け入れてしまえ!

    攻撃を弾くと、剣は無残にも真二つに折れ、地面に突き刺さった。

    得物を失い万策尽きた。 背後は崖。 逃げ道はない。
    隊長は止めを刺すため、ゆっくりと近づいてくる。
    そうだ、近づいて来い。

    間合いが詰まる。 ――ここだ。
    背中に隠しておいた短剣を握り締め、
    甲冑の隙間、首元目掛け、一直線に突き上げた。

77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:24:12.97 ID:fNXhvYIy0
    短剣を握る手が捉えたのは、首の皮と血管を切り裂く感触、ではなく
    金属同士が擦れ合う振動――短剣が、兜を掠める感触だった。

    だが、しくじった、とは思わなかった。

    それは紛れもなく、弾き飛ばされた兜から現れたのが
    三ヶ月前まで求め続けていた女性の顔だったからであろう。

78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:25:26.54 ID:fNXhvYIy0
    驚きを隠すことができず、手を止めてしまった。
    何故彼女が――

    俺にとって彼女は特別な存在であるが、彼女にとっての俺はただの傭兵でしかなく、
    こうやって手を止めた瞬間も彼女にとってはただの隙でしかないので お構いなしに剣を振るう。

    しまった。 咄嗟に顔を腕で庇う。

    瞬間、横からバンッという弾けるような音が3つ同時に聞こえた。
    目を開けると、自軍から放たれたボウガンの矢が、彼女に突き刺さっていた。

79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:26:30.77 ID:fNXhvYIy0
    彼女「あ、」

    全てがスローモーションに見えた。
    バランスを崩した彼女は崖淵で足を滑らせた。 手を伸ばす。
    俺は咄嗟に短剣を捨て、伸ばされた彼女の手を掴む。

    しかし重力に逆らうことはできなかった。

    「隊長!!」と叫び声が聞こえる。
    最後にボウガンを構えていた自軍の兵三人の顔を目に焼きつけ、
    彼女を胸に抱え、崖の底へと落ちていった。

81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:28:30.90 ID:fNXhvYIy0

    川の底から、木の根を伝って這い上がる。
    水を吐き出し、呼吸を整える。 鎧着けての入水はもう御免だと心底思った。

    落ちた場所が川だったこと。 その川が増水によって深さが増していたこと。
    この二つによってどうにか生き延びた。 正直今でも信じられない。 なんというご都合主義だ。

    一緒に救った彼女の様子を見る。
    意識はないようだが、ちゃんと水を吐いて呼吸をしている。
    ひとまず安心する傍ら、不謹慎ながらも人工呼吸という
    正当な理由の下での口付けのチャンスを逃したことを悔しく思った。

    空から水がぽつぽつと降ってきた。 もしかしなくても雨か。
    雨には良い思い出が全くないので、とにかく雨曝しにならない場所に移動しようと彼女を抱き上げた。

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:31:26.29 ID:fNXhvYIy0
    都合よく発見した洞穴に彼女を寝かせ、考えた。 俺はどうすべきか。
    彼女は手を伸ばせば届いてしまうほどの距離に居る。 ここまで近づいたのは初めてだ。
    水分を含んだ髪は艶かしく顔にへばりつき、なんというか、もう、こりゃたまらんといった感じである。

    ええいくそ、治まれマイサン! 何のための日々の調教か、今はそれどころじゃなかろうに!

    まず、彼女に刺さった矢をなんとかするしかあるまい。 それで血を止めなければならない。
    ってことは、包帯を巻く。 そのためには鎧を脱がせないといけない。 そのまま巻くのか?
    いや、服は濡れている。 着替えか、せめて吸った水を絞らなければいけない。
    やっぱり脱がせなければばばばばばばばばばb

    脱がせるのか? 脱がせるのか!? むむむ無抵抗の彼女の衣服をひん剥くのか!!?
    それであわよくば裸で身体を温めあったりなんかしちゃった日には俺はどうなってしまいますか!

83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:33:41.04 ID:fNXhvYIy0
    否、落ち着け落ち着け。 我は紳士なり。 この程度で取り乱してはいけない。
    兎にも角にも、優先すべきは彼女を助けること。 愚息のことなぞどうなっても良い勝手に威きり勃っておれ!

    抜いたときの痛みが出来るだけ少なくなるように角度を考え、握る。
    抜くぞ。 本当に抜くぞ! もちろん彼女に刺さった矢の話である。

    力を込めた時、彼女は小さな呻き声をあげた。
    そしてゆっくりと目を開けた。
    ドキッとした。

86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:35:42.04 ID:fNXhvYIy0
     旦

    意識を取り戻したのは痛みの為である。
    何故痛むのか。 ああ、ボウガンで撃たれたのか。
    それで確か、足を滑らせて崖の下に落ちた。 下は川になっていたな。 いやしかし、
    だからと言って助かるものか。 甲冑を着け浮き上がることもできずそのまま死んでいても――

    目を開けると、ぼんやりと人影が見える。 衛生兵だろうか。
    段々はっきりと見えてくる。 いや、こんな甲冑を着る者はうちの兵には居ない。

    安っぽい甲冑。 金を惜しんでか動きやすさのためか、左腕にしか装備されていない腕甲。
    はっとした。 こいつはさっきまで戦っていた相手ではないか!

87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:36:45.69 ID:fNXhvYIy0
    腰から短剣を抜き、ひゃうと斬りつける。 相手の頬を掠め、赤い筋を引いた。

    私「近付くな!!」

    ボサボサの頭をした傭兵は驚いたように一歩下がり、両手を前に突き出す。
    そして何かを言いたそうに、口をぱくぱくと動かした。

    短剣を突きつけたまま睨むと、眉を下げ困ったような顔をした。
    なんと情けない。 こいつに、敵に助けられたというのか!

88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:37:50.04 ID:fNXhvYIy0
    ボサボサ頭「け、剣を降ろしてくれ。 俺に敵意はない」

    男はおもむろに装備していた武器を地面に置きだした。
    短剣に、どこに隠していたのかナイフを数本。 いや、しかし。

    私「騙されるものか。 また油断させて殺す気だろう」

    ボサボサ頭「そんなつもりは、……いや、そう思っても構わない。
           とにかく、その、刺さった矢をなんとかしてほしいんだ。 血が……」

    私「ふん、さっきまで殺し合っていたというのに私の心配か?」

    男は下がった眉を更に下げた。

91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:40:33.55 ID:fNXhvYIy0
     旦

    困ったことになった。
    現在持っている武器全てを彼女の前に晒し、手の平を向け、
    完全に「降参」の形をとっているにも関わらず彼女は警戒を解いてはくれない。
    ほんの少し前まで斬り合っていた上、あんな不意打ちをしたためそうなるのも当然だが。

    こんな事ならうだうだと考えずにさっさと矢を抜いて適当に止血してこの場を立ち去れば良かった。
    今となっては少し動いただけでも彼女に殺されてしまいそうである。 目がマジだ。

    いや、彼女に殺されるのなら本望なのだが、こんな形で――「敵」として殺されるのは御免である。

92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:42:12.70 ID:fNXhvYIy0
    俺「お、お互いの為だ、頼む」

    彼女「何がだ」

    俺「貴女は俺がこの場所を仲間に教える恐れがあるから、必ず殺そうとするだろう。
      だが俺も命が惜しい。 だから貴女が襲ってきたらやり返す。 俺の短剣はそちらにあるが、
      腕一本さえ犠牲にしてしまえば、得物を取り返し貴女の首を落とすことぐらいは容易い。 そうだろう」

    俺「貴女がここを出るとしても。 落ちるところを見られているし、しかも手負いだ。
      貴女の首を貰うべく、沢山の兵が探しているだろう。 その脚で逃げることが、
      その腕で大人数と戦うことが、できるかどうか。 貴女が一番分かっているはず」

    俺「もちろんそれは俺にも当てはまる。 そっちの捜索隊に見つかれば必ず殺される」

    俺「上での連戦と、激流の中から鎧着こんだ人間を引っ張り上げてここまで運んだ。
      正直、脚は棒になっている。 心っ底疲れている。 もう歩けない。 ……だから、だ」

    俺「お互い。 回復するまでは、ここに隠れていたほうが良い」

    彼女「……」

93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/14(火) 23:43:51.62 ID:fNXhvYIy0
    互いにしばらくの間静止し続けていたが、彼女が動き出した。
    諦めたのか、ずっとこちらに向けていた短剣を降ろしたのである。

    彼女「……得物は貴様の手の届かん場所に置いておく」

    腰に収め、そして腕と脚に刺さった矢をズチュと乱暴に引き抜いた。
    矢の刺さった痛々しい彼女の姿から抜き出し、とりあえず安堵の息を漏らす。

    彼女「何故私の身を案じる。 慰み者にするのなら傷物は嫌か」

    俺「ち、違う! それだけは断じて違う!」

99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:00:30.16 ID:fNXhvYIy0
    彼女「では何故、しかも急に。 私が女だと分かったからか?」

    俺「え、いや、その、ええと……も、もう戦う理由が無いからだ」

    彼女「理由? そんなもの貴様が敵軍に属しているというだけで充分だ」

    俺「いやさっきはああ言ったが、俺はもうあの兵団を抜ける。 この戦から抜け出す」

    彼女「は、……怖気づいたのか」

    俺「違うと言えば嘘になるが、元々この手の戦には参加しない契約だった。
       なのに騙された。 契約違反。 俺はもうこの兵団に居てやる義理は無い」

100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:01:51.01 ID:fNXhvYIy0
    彼女「それでも金にたかるものではないか、傭兵は」

    俺「……この戦、どっちが勝つと思う。 うちら連合軍とそちら」

    彼女「圧倒的に我が騎士団だろうな」

    俺「俺もそう思う。 こんな死臭の漂うところで金が集まるわけが無い。 負け戦には興味ないよ」

    矢傷を負った部分を押さえながら、彼女はふむ、と納得したような感じであった。
    俺はというと、こんな形ではあるが彼女と会話できたことに感動すると同時に
    緊張で心臓を口から吐き出しそうになっていた。 よく喋れた俺! よくやった! 誰か褒めて!

103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:06:13.77 ID:fNXhvYIy0
     旦

    このボサボサな頭をした男が言うことも一理あった。
    確かに今の状況で外に行くのは危険である。 ここは回復を待ったほうが良い。

    だがこのままこの男と居て大丈夫なのだろうか。
    こいつから殺意は感じられないが、それは押し堪えているだけの演技かもしれない。
    また、姦淫される恐れもある。 先ほど「それはない」と言ったが、所詮は男だ。

    しかしそのつもりがあるのなら、私の意識が回復しない内にやっておくこともできたはずだ。
    性欲の捌け口にするだけであれば私に刺さった矢を抜こうとする必要も無い。
    どうも、解せない男だ。

104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:10:30.53 ID:fNXhvYIy0
    視界の端で、男は押し殺したような小さなくしゃみをした。

    季節は春になったと言っても雨が降ればまだまだ寒い。
    川の水に至っては山の雪解け水だ、冷たくないはずがない。
    しかし敵兵に見つかってしまうため火を焚くこともできない。

    せめて服に含んだ水分を絞れればいいのだが、仮にも敵の前で甲冑を脱ぐなど――

    パチン、という金具が外れる音がした。
    見てみると、男が甲冑を脱いでいた。

106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:15:02.16 ID:fNXhvYIy0
    唖然とした視線に気付いた男は「この前風邪で死に掛けたんだ」と言った。
    いや、だからと言って警戒を完全に解いた訳でもない私の前で脱ぐか、普通。

    男は服をも脱ぎ、軽く絞ってから顔と頭、身体を拭き、そしてもう一度、
    今度は強く絞り、2,3度はたいてから、服を着なおした。 甲冑を着る様子は無い。
    ……こいつ、もしかして本当に馬鹿なだけではないのか。
    ずっとピリピリしていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

    甲冑の金具を外す。 仕方ない、風邪如きで戦えなくなっては面白くない。
    男は大層驚いた様子で目を丸くし、そして大急ぎで背を向けた。

    ボサボサ頭「み、見てませんから、ど、どうぞ……」

    何を恥ずかしがっているのか。
    それよりも、丸腰の状態で敵に背を向けることの危険さを知らないのかこいつは。

    肩甲、胸甲板、前当てを外し、ガシャリと立て掛ける。

107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:20:47.07 ID:fNXhvYIy0
     旦

    俺は紳士俺は紳士俺は紳士俺は紳士俺は紳士俺は紳士俺は紳士俺は紳士俺は紳士―――
    何度もそう自分に言い聞かせているのは言うまでもなく彼女が背後で服を脱いでいるからである。

    いつかの滝でもこのような事はあったが、あんなものはもはや序の口だ。
    今は、彼女と同じ空間、この密閉空間に、彼女と居る。 言わば生の彼女だ。

    彼女の小さな呼吸が聞こえる。 服と服とがこすれ合う絹擦り音が聞こえる。
    皮膚と皮膚がこすれ合う音が聞こえる。 彼女を直接見ることはなくても、彼女の動く様子が
    無駄に高性能な耳によってありありと脳に伝達され、そして映像化してしまう。

    なんて無駄な第六感だ! くそう、たかが息子の分際で脳まで侵略しようというのか!
    ええいなるものか、彼女の裸など想像してなるものか! 我は紳士ぞ!

108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:25:03.24 ID:fNXhvYIy0

    彼女は無事 矢傷の止血も終え、滲みこんだ水も絞り出した服を着ている。
    俺はほっとする一方、股間から来る無念の情に焼き殺されそうになっていた。

    何故見なかった! 彼女の裸を見るチャンスだった、もう二度と無いであろうチャンスだった!
    貴君は馬鹿なのか! 阿呆なのか! 賢者なのか! 臆病者なのか! ヘタレなのか!
    ただ覗くというのが忍びないのであれば何かしら理由をつけて見る事は出来たはずだ!
    マントを裂いたものを使わせず、貴君が持っていた包帯を渡せばその時に見ることができた!
    包帯が巻き難いであろう腕、手伝ってやろうかと訊くことぐらいはできた!
    殴られたり斬られたりという危険が伴っていても覗くのが男というものではないのか!
    貴君は! 何故そうまでして! 紳士であろうとするのだ! 死んでしまえ!!!

110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:30:05.62 ID:fNXhvYIy0
    息子よ、貴様の気持ち、分からんでもない。
    しかしそのように己の欲望のままに行動し続けていれば必ず身を滅ぼす。
    いやだからと言って段階を踏めば彼女の裸を覗き見ても言いという訳ではなく、
    覗きという行為そのものが紳士のマナーに反するのだ。
    どうしても裸を見たいというのであれば、然るべき道を通らねばなるまい。
    たとえこのまま30を過ぎ魔法使いになろうとも、紳士の道を外してはいけない。
    紳士であろうとする理由。 愚問だな。 そんなもの貴様が存在するからに決まっている。

    だが、喜べ愛する馬鹿息子。 良い事を教えてやる。彼女は今、鎧を着てはいない。
    鎧を着けても嵩張らない為に中に着られた服は、旅の最中のそれよりも薄手だ。
    つまり身体のラインが前よりはよく見える、しかも至近距離だ。

    彼女は貧乳――もとい、控えめだ。

111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 00:35:25.04 ID:fNXhvYIy0

    それからしばらく、互いに何も話さないまま、ただ時間だけが過ぎた。
    俺としては是非とも彼女と会話をしてみたかったのだが、何を話せば良いのか分からないし
    彼女も会話をするような雰囲気ではなかった。 仮にも彼女にとっての俺は敵兵なのだ。

    雨が止んだ。

    日が暮れ始めると、彼女は鎧を装備し始めた。
    名称のよく分からない防具の数々を慣れたように装着していく。 あまりにも重々しい。

    暗くなってから出発するつもりだろう。
    傷が痛まない訳は無いが、彼女は俺と違って騎士、やることがある。
    それに自身の事が分からないほど馬鹿でもないだろう。 無理に引き止めることはできない。

115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:00:40.33 ID:fNXhvYIy0
    陽が沈み辺りは暗くなる。 手入れを終えた短剣を収め、彼女は立ち上がった。
    そのまま立ち去ると思っていたが、意外にも声をかけて下さった。 ありがたや。

    彼女「貴様、本当に戦場から逃げるのか」

    黙って頷くと鼻で笑われた。 臆病者だと、負け犬だと思われたろうか。
    外の様子を伺い、安全を確認してからゆっくりと洞穴から出る。

    彼女「次に戦場で会ったら、必ず殺す」

    そう言い残し、闇の中に消えていった。

    俺「さて、と」

    彼女が立ち去った今、もう此処に居る必要は無い。
    担保として彼女に渡していた短剣その他諸々を拾い集め、洞穴を抜ける。

    申し訳ないが、俺は彼女に嘘を吐いた。
    我が団の野営地を目指し、足を進めた。

116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:12:34.24 ID:fNXhvYIy0

    弓兵「いやーまさか生きてるとはな! あれだろオレの矢のおかげだろ?」

    夜中、野営地に戻ると、偶然にも見張りをしていたらしい同僚が話しかけてきた。
    曰く、俺が彼女と崖から落ち、相手も隊長を失ったことで動揺する――かと思われていたが、
    そのような事はなく、むしろ有力らしい俺を失ったこの団が乱れまくり、兵の数は半分になった。
    団長の指示により撤退、明日は正面から攻めろ、とのこと。 士気は高くはないようだ。

    弓兵「でも惜っしいよなー、女隊長殺しそびれたんだもんなぁ。
        それさえ出来りゃ、給料も思いのまま、もしかしたら騎士にもなれたかも知れねぇよ」

    俺「でもあの隊長に俺が殺されなかったのは お前らの矢があったればこそだ。
       礼がしたい、他の二人も連れてきてくれ。 あぁ、他にばれちゃいけないから内密にな」

117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:19:17.40 ID:fNXhvYIy0
    野営地から少し離れた場所、俺と顔をニヤつかせた男三人が輪を囲む。
    酒を飲みながら俺の生還を喜んだり「オレの矢はどこに当たった」と自慢話をする。

    「じゃあ」と俺が腰に手を伸ばすと、男たちは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。

    俺「お前の矢は確か、腕に当たったんだな」

    野営地からかっぱらってきた長剣を抜き、男の肩を切り落とす。
    「ギャアアアアア」という悲鳴が響き、森に住む野鳥がバサバサと羽ばたいた。

    弓兵「テメェ! 何のつもりだ!!」

    俺「るせぇ!! 戦士の神聖な決闘に横槍入れて汚しやがって! 恥を知れ!!」

    弓兵「オレたちゃお前を助けようと――」

    俺「ヴァルハラで懺悔しなッ!!」

    彼女の仇を討って、やり残したことはなくなった。
    あとは金を少しくすねて、闇の中へスタコラサッサと逃げ出した。

118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:25:38.86 ID:fNXhvYIy0
    ―――

    見渡す限りの人人人人人人馬人人人馬人人……流石王都、と言うべきか。
    町は国の守護英雄である かの騎士団を、紙吹雪と鼓膜が破れるほどの拍手と歓声で迎えていた。

    鎧を着け威風堂々と馬に跨り、黄色い歓声に囲まれる国の英雄達の中に彼女の姿を見つけた。
    他の隊長達に見劣りしない程、彼女は輝いて見えた。
    噂によると、俺と分かれた後も連合軍の隊長格の首をいくつか落としたらしい。 あの傷で。

    この国において、功勲最高位を受けた騎士団のみが入る事を許された正規軍。
    その中でも最強と言われる団で、軍内いや国内唯一の武勲で以って成り上がった女戦士がいる事、
    そしてその女隊長の名前――傭兵をしている以上、知らないわけがない。

    彼女の名前を知りたい知りたいと思っていたが、まさかとっくに知っていたとは。
    やはり高嶺の花というか、俺程度では手の届かない存在なのだな、と少々寂しくなった。

120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:36:58.53 ID:fNXhvYIy0

    俺「最っ悪だよもう……」

    王都、狭い路地にある酒場にて、自棄酒。
    思わず口に出してしまうほどに最悪な気分であった。

    俺「何たって俺ぁいつもこんな……」

    俺「ちくしょう……」

    酒を片手に俯く。

121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:42:06.12 ID:fNXhvYIy0
    最悪だ。

    一目見た瞬間から、近付きたいと、会って話しがしたいと――そう思い続け、
    1ヶ月以上もの間、ずっとずっと、追い続け――振り向いてもらえないかと、
    参加したくもない闘技会に参加し下半身を狙われ、勝手に買って出た
    クマからの護衛のおかげで食料を奪われ飢えと寒さで死に掛けたりと――
    少しは、努力をしていた、つもりだった。

    しかしどうだ。
    実際彼女が振り向いたときの俺は、彼女の敵――
    しかも彼女の部下を何人も一生戦う事の出来ない身体にし、
    それどころか彼女自身をも殺しかけた。 取り返しのつかないことをした。
    彼女はもう、俺を敵としか――殺しの対象としか、見てはくれないだろう。

123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:48:18.87 ID:fNXhvYIy0
    こんなことになるのなら、ずっと遠くから彼女を眺めているだけでよかった。
    例え彼女に振り向かれる事はなくとも俺は眺めているだけで心が躍り、
    そしてぽかぽかと温かい気持ち 「合席をしてもいいか」 になる事ができた。
    例え彼女に 「おい」 想い人が居たとしても、彼女さえ幸せなのならば、
    笑顔が見ることができるのならば、それだけで 「おい、聞いているのか」

    俺「だぁーうるせぇえええ!!!! 勝手に座tt」

    彼女「なら、座らせてもらう」

125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:54:06.63 ID:fNXhvYIy0
     旦

    壮大な歓迎を受け、城に導かれる。
    下女に言われるがままに風呂に入り、頭を洗う。
    着替えとして用意されたドレスは断固拒否した。 誰が着るか、あんなもの。

    祝賀会が行われる大聖堂に入ると、また拍手で迎えられた。

    貴族の娘達に囲まれ、きつい香水の匂いが充満し息苦しくなる。
    抜け出した先では御曹司に囲まれ、少しでも目に留まろうと花束だの指輪だの渡される。
    毎回の事ではあるが、いつまで経っても慣れないな。 他のお偉いさんの白い目も。

    こっそりテラスから飛び降り、城から出る。
    あんな所に居ては窒息してしまうのではないか、と襟のボタンを外しながら思う。

    夜中だというのに街はまだ活気に溢れており、人々は酒を浴びるように飲んでいた。
    まぁ、戦は終わったのだ。 浮かれるのも良かろう。 そして私も飲もうと思った。

126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:55:25.24 ID:fNXhvYIy0
    狭い路地を抜け、行きつけの酒場に向かう。
    出入り口で寝ている酔っ払いを蹴り退かし店内に入ると、こちらもやはり混んでいた。
    空いている席は無いかと見回していると、店の奥から店主が現れた。

    店主「やや、隊長殿! どうしてまたこんな所に――」

    私「空いていないようだな」

    店主「そんなものでしたら客を追い出してでもご用意させていただきます」

    私「いや。 あそこ、一人は座れそうだ。 合席させてもらおう。
      自分で頼んでおく、店主は営業を続けてくれ、忙しいだろう」

127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 01:57:27.88 ID:fNXhvYIy0
    どこかで見たことあるようなボサボサの頭が、そのテーブルに突っ伏していた。
    何かをぶつぶつと言っているし、寝ているわけではないのだろうと話しかける。
    が、耳に届かなかったらしく、もう2,3度声をかけてみた。 今度は聞こえたらしい。

    ボサボサ頭「だぁーうるせぇえええ!!!! 勝手に座tt」

    なるほど、見たことがあるような気がしたわけだ。
    ボサボサの頭をした傭兵は、目を点にしてしばらく硬直した後、驚いてか椅子から転げ落ちて
    後頭部を強打し、頭を抑えてのた打ち回った。 大袈裟な奴だ。

129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:07:30.67 ID:fNXhvYIy0
     旦

    ぶつけた頭はまだ痛むが今はそれどころの話ではない。
    目の前に、目の前にだ。 彼女が居る。 彼女が座ってゐる。

    俺を殺しに来たのかと思ったが、どうやら単純に酒を飲みにきただけのようだ。
    店員が酒の入った樽を持ってきた。 彼女はそれを指差す。

    彼女「私の酒だ。 好きに飲めば良い」

    なんて畏れ多いことを!!

130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:12:42.80 ID:fNXhvYIy0
    完全に酔いが醒めてしまった俺の向かいで彼女は黙々と酒を飲み、チーズをつまむ。
    自分の酒を置いてもらっていることからしてこの店の常連なのだろう。
    ここを選んで正解だった。 ……いや、失敗だろうか。

    彼女の今の服は、おおよそ庶民では手が届かないほどに高そうなものだった。
    ドレスなどの女性用ではなく男物なのだが、それが妙に似合っている。
    彼女は苦しいのかそれを着崩し、襟を胸元まで開けていた。

    鎖骨が、わずかに、見えます。

131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:18:51.14 ID:fNXhvYIy0
    ところで彼女は何故今 此処にいるのだろうか。
    城に入っていくところは見た。 今は祝勝会の真っ最中ではないのか。
    今の彼女の服装からして参加はしていたのだろうが――

    彼女「……なんだ」

    俺「あ、いや、」

    しまった、無意識のうちに見てしまっていたか。 急いで逸らし、壁のシミを見る。
    しかし見るなと言うのも無理な話だ。 横のテーブルの酔っ払った親父より
    目の前の可愛い姉ちゃんに視線が流れてしまうのは当然なこと、仕方が無い。

132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:25:33.09 ID:fNXhvYIy0
    先ほどの「なんだ」を言うために顔を上げた彼女はそれからまた酒に目線を戻す
    ……のではなく、何かに気付いたかのように俺の顔をじっと見つめた。
    な、何ですか顔に何かついてますかそんなに見られると緊張して吐きそうになります

    彼女「お前、以前どこかで会ったことがあるか?」

    俺「せせ戦場で……」

    彼女「それ以前、だ」

    いや俺はそりゃあもう会ったとかそういうレベルじゃなくて1ヵ月ずっと同じ時間を
    過ごしていたわけですからそう思うのも当然ですが貴女がそう思うのならそれは
    人違いだと思います というかそうでないと俺が困るのです非常に

134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:33:18.67 ID:fNXhvYIy0
    彼女はしばらく、チーズをつつきながら記憶を巡らせていた。
    俺はずっと想い続けた女性が目の前に居るというのに脂汗が止まらない。
    そして、「ああ」と思い出したかのように声をだした。 俺もここまでか!

    彼女「行き倒れたことがあるだろう」

    しばしの間の後、間抜けにも「へ」という言葉しか出なかった。

    彼女「秋口、西にある商業が発達した町の目の前でだ。 覚えは無いか」

    職業柄行き倒れそうになったことは多々あるが、
    秋に、町の目の前で倒れるなど――思い当たるのは一度しかない。
    まさか。

135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:36:21.39 ID:fNXhvYIy0
    俺「助けてくれたのは男だと聞いた」

    彼女「ああ、実際助けたのは私の部下だ。 甲斐甲斐しい奴だ。
        私は金こそ払ったものの行き倒れなぞ放っておけという立場だった」

    俺「そ、そう、なのか……」

    思わず笑みがこぼれる。 そうか、彼女(とその部下)が俺を助けてくれたのか。
    もしかしたらあの時最後に見た、彼女と親しげに話す男――それが部下だったのかもしれない。
    だとすれば彼女に男は居ないと考えてもよいのではないか。

    すまない部下よ、俺は早とちりしていた。 あんたを恨むことなどなかった。
    何度も何度も藁人形に釘を打ったこと、できれば許して欲s

    彼女「ちなみにその部下というのが、お前が私の前に戦った奴だ」

137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:43:00.18 ID:fNXhvYIy0
     旦

    そういった瞬間、ボサボサの頭をした男の表情が固まった。
    唇をわななめかせ、そして手で顔を覆った。

    ボサボサ頭「……貴女に謝らなければならない。 彼にも侘びをいれたい」

    思わずきょとんとしてしまう。
    そしてくつくつと笑いながら「お前本当に傭兵か」と言った。

    私「あいつも恩を着せようとした訳ではないし、戦場での斬った斬られたは恨みっこなしだ。
      詫びることも謝ることもなにもない。 あいつが腕を失ったのはあいつが弱かったからだ」

    何故か男を慰める形になってしまったが、男は黙ったまま動かない。

140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:50:30.14 ID:fNXhvYIy0
    私「……恨みはしない。 ……が。 あの時の戦い、お前は手を抜いていた。
      敢えて、殺さなかった。 これがあいつにとって、どれ程の屈辱だったか分かるか」

    私「その後私がお前に戦いを挑んだ理由――
       お前の、貴様のその中途半端な態度が気に食わなかったからだ」

    私が本陣に戻り医務室を訪れた時、部下は力をなくした目で、
    「もう戦うことはできません、せめて貴女の手で殺してください」と言った。
    戦場で死ぬことを許されなかった戦士の、なんと無惨なことか。

    ボサボサ頭「……すみませんでした」

    男の目は赤かった。 ……なんというか、拍子抜けした。
    もう一度「お前本当に傭兵か」と訊くと、「さぁ」と力ない返事が返ってきただけだった。

141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:56:07.11 ID:fNXhvYIy0
     旦

    店員「……さん! お客さん! 閉店だよ、起きて!」

    垂れた涎が接着剤となり、机と頬を一体化させていた。
    それをベリベリと剥がし、目脂を除いて目を開くと困った顔をした店員が居た。

    俺「ふぁれ、彼女……隊長さんは」

    店員「とっくに帰られました。 お代も貰ったから、あとはあなたが帰ってくれれば」

    箒で尻を叩かれるようにして店から追い出された。
    お客様は神様じゃないのか! なんたる接客か!

142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:58:11.06 ID:fNXhvYIy0
    町に朝を告げる鐘が鳴り、頭にぐわんぐわんと響く。
    イラつくほどに清々しい朝日に照らされながら、とっておいた宿があるであろう道を歩く。

    いつの間に寝てしまったのだろうか。
    彼女が俺に説教したことは覚えている。 そして俺が気に食わないと言ったことも。
    目の前でそんなことを言われて多分泣いてしまったんじゃないかと思う。
    ママに言われたが、どうやら俺は酔いすぎると感傷的になってしまうらしいのだ。
    彼女に会ったことで酔いが醒めたと思ったが、身体はそうでもなかったようだ。

    頭が痛い。 ああこれは二日酔いだ。 だから今も感傷的なのかもしれない。
    現在 猛烈に死にたい気分だ。

144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:06:52.79 ID:fNXhvYIy0
    ふらふらと宿の階段を上り、ベッドに倒れこむ。 薄い枕に顔を埋め「ああああああああ」と叫ぶ。
    枕どころか壁まで通り抜けて隣の部屋まで聞こえているだろうが構うものかそんなこと。

    叫んでいると激しい吐き気を催した。
    急いで共有トイレに駆け込み、中身を戻す。 他の誰かが朝のおはよう一発目を済ませた直後らしく、
    肥壷の底からもんもんとあふるるその匂いと生温かさは吐き気を更に促進させた。

    だれか優しく俺の背中をなでてくれ、と感傷に浸っていると、扉がドンドンと叩かれ
    「さっさと出ろ後ろが閊えてるんだ」と男の声が聞こえた。 なんて空気の読めない男だ。
    こいつには紙の裁きが下るであろう。

    尻を拭くために用意された柔らかい藁全てを持って、トイレから離れた。

145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:07:55.47 ID:fNXhvYIy0
    その後しばらく寝てから、何もすることが無いので町をぶらぶら歩くことにする。
    しかしすぐに疲れたので広場のベンチに腰掛けた。
    そしてどうやって死のうかと、ぼーっと考える。

    用水に顔をつっこんで溺死しようか。
    だめだ、糞尿で臭くて顔を突っ込む勇気が無いし、第一深さが足りない。
    馬車に轢かれてしまおうか。
    いやそれでは死ねない、全身打撲とかでただ痛い思いをするだけだ。
    酒を浴びて火を点けようか。
    却下。 目の前で焼け死んでいく様子を見たことあるがあれは最後の最後まで苦しそうだ。

    あーでもないこーでもないと出てきた案を次々に潰していく。
    自分に刃を向けようかという考えは最後まで出なかった。
    結局自分に何が足りないかというと、自決する勇気である。

146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:08:47.98 ID:fNXhvYIy0
    そんなことを考えながら、前も同じように死のうとしていたことがあったことを思い出した。
    何故死のうとしていたのかはよく思い出せないが、ただ一つ分かっていることがある。

    そんな思いを俺からぶっ飛ばしたのが、彼女であること。

    あの時偶然に俺の視界に入った彼女が、俺を絶望から救い、
    そして彼女自身が希望となって、俺をここまで奮い立たせた。
    俺は彼女を女神のように崇めた。

    ――そうだ、考え直せ。
    只の農民の子たる俺が神と言うべき彼女に近付こうなどできるわけがないのだ。
    羊は所詮羊飼いに飼われる存在、もちろんラム肉として食されるのであればそれもまた本望なのであるが、
    恋愛に関してはアウトオブ眼中、たかが羊が神とねんごろになる夢を見るなどおこがましいと思え!

147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:09:34.42 ID:fNXhvYIy0
    それに前言ったではないか、例え彼女に嫌われたとしても、
    彼女が笑顔になれるのなら、彼女が幸せになれるのであればそれでいいと。
    俺はずっと影から彼女を見守れば良い。 期待など抱いてはいけないのだ!

    俺は立ち上がる。 そして向かおう彼女の元へ!
    嗅覚と聴覚を極限まで集中させろ。 彼女の匂い。 汗の匂い。 髪の匂い。
    彼女の呼吸、出来るだけ鳴らさないように工夫された静かな静かな足音――
    ずっとずっと彼女を追いかけていたではないか。 分からないはずがない!
    復ッ活ッ! 俺復活ッッ! 俺復活ッッ!

    なお、俺は影から彼女を応援する、とても純粋なサポーターなだけであり
    決してストーカーではない。 勘違いをされてはいけないので、再三再四。

148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:10:37.34 ID:fNXhvYIy0

    早々だが、大きな壁に直面した。 物理的にも比喩的にも。
    ちょっと考えれば分かることであるが、彼女は騎士なので宮廷暮らしだ。
    当然、城壁と見張り塔が建てられ、彼女に近付くどころか敷地内に入ることもできない。
    忍び込むにしても、この宮廷の構造はよく分からない。

    また、宮廷内では食事と酒が与えられ、十分に運動する施設も娯楽もある。
    そんなところからわざわざ彼女が外に出る必要があるのだろうか。

    昨日の酒場の常連客だとしても、彼女は目立つから多く来ている様に思えるだけで
    実際はそんなに行っていないのかもしれない。 俺が毎日行ければいいのだが、そんな余裕は無い。

149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:11:08.82 ID:fNXhvYIy0
    出鼻をくじかれた。
    どうすっかなーと手をズボンのポケットに突っ込む。
    ガサリ。 ……ガサリ?

    この音には聞き覚えがある。 紙が――それも小さな紙が、くしゃっと潰れるような音。
    嫌な予感しかしない。 なんだ。 もしかして、ママからの不吉な手紙第二段が
    この何ヶ月もの間ずっとこのポケットに入っていたとでも言うのか。

    生唾を飲む。 ケツの毛を毟られるどころの話ではなくなるかもしれないが、意を決して。
    震える手で紙を掴み、そして開く。



女旅人「なにやら視線を感じる」【中編】へつづく



転載元
女旅人「なにやら視線を感じる」
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1284470166/
 
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