しばらくの間、再投稿の記事ですがご了承下さい。

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 05:17:50.63 ID:KmqRKDbT0
    男「あー」
    黒髪娘「きょろきょろするな」

    男「うん」
    黒髪娘「やれやれ。茶はどうだ?」

    男「いただき、ます。はい」
    黒髪娘「しばしまて」

    ことん

    男「……熱ッ」
    黒髪娘「猫舌なのか。ふふふっ」

    男「悪いですかよ」

    黒髪娘「いいや。似ているな、と」



 
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 05:21:12.88 ID:KmqRKDbT0
    さらさらさらさら……

    男「……」

    黒髪娘「ずいぶん落ち着いているのだな」

    男「いや、結構一杯一杯」
    黒髪娘「そうか」

    男「質問は可?」

    黒髪娘「もちろん」

    男「ここはどこで、あなたは誰?」

    黒髪娘「ここは温明殿(うんめいでん)と梨壺の間の
     あたりにある小さな東屋の一つだ。
     おおむねわたしの住処と云って良いだろうな。
     と、云っても質問の答えには不十分か。
     おそらく、質問の正答は、こうだ。
     ――ここは平安時代とよばれている」

    男「……マジすか」

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 05:23:24.49 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「私は尚侍(ないしのかみ)だ。
     内侍司(ないしのつかさ)を掌握する役目を
     承っている。従三位となるな」

    男「……なにそれ?」

    黒髪娘「判らなければ、そのままでよいと思う。
     まぁ、政どころの女性の役人だ」

    男(官僚なのか……)

    黒髪娘「そちらの方は……」
    男「あー。男です。多分、助けてくれたんでしょ?
     ありがとうね。これも」

    黒髪娘「ああ、その塗り薬は……。うむ。
     傷によく効く生薬なのだ」

    男「もう平気。かすり傷だし」

    黒髪娘「ずいぶんと、落ち着いているのだな」
    男「まぁねー」

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 05:25:46.85 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「聞いて良ければ、なぜ?」

    男「あー。ないしのかみ……さん? が」
    黒髪娘「黒髪でよい」

    男「ああ、んじゃ。黒髪が、さっき『似ている』って。
     云ったじゃね? だから、もうちょっと詳しい事情も
     知っているんだろうな、と。
     その説明を聞くまでは仕方ないじゃん?」

    黒髪娘「察しも良いのだな。敬服する」
    男「そんなことは、ないけど」

    黒髪娘「わたしは、その。……その方の」
    男「俺も同じだ。男でいいよ」

    黒髪娘「感謝する。男殿の、祖父君とは知己であってな」
    男「爺ちゃん?」

    黒髪娘「うむ、茶飲み友達というか。生徒というか」
    男「……あ。ああっ!」


6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 05:29:08.82 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「?」

    男(あな。そうだ。俺、爺ちゃんの家、掃除してた
     納戸の奥の長びつのうち側が真っ黒で、
     俺はその中に“落ち”て……)

    黒髪娘「……我が東屋に唐突に現われたので、
     祖父君との知り合いか親族だと考えていたのだ。
     幸い祖父君から男殿の容姿は聞き及んでいた」

    男「そっか……」

    黒髪娘「祖父君は何度もこの東屋を訪れてくれた。
     わたしに色々と教えてくれたのだ」

    男「爺ちゃんは、小学校の先生だったんだよ。
     引退した後もちゃんと先生だったんだな……」

    黒髪娘「尊敬申し上げている」

    男「……」
    黒髪娘「祖父君は……」

    男「うん」


7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 05:37:49.46 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「やはり……身罷られたのか」
    男「……うん。癌」

    黒髪娘「病か」
    男「うん」

    黒髪娘「何とはなしにそんな気がしていた。
     痩せていったし、疲れやすくなっていた。
     返せそうもないほどの恩を受けている。
     最期の様子を聞いても良いだろうか?

    男「病院で、家族に囲まれて。最期まで冗談言ってたよ。
     俺には優しくてさ。おれ、ほら。
     名前の一文字は、爺ちゃんからもらったから。
     二束三文だろうけれど、爺ちゃんの家も俺がもらった。
     山の麓だし、古い平屋だけど。庭が綺麗だからって。
     その二話で、小さい頃は良く爺ちゃんに遊んでもらった」

    黒髪娘「祖父君は磊落な方だった」

    男「うん。あんなシモネタばっかり
     小学校で云ってたのかよってな」

    黒髪娘「ははははっ」 くすっ

8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 05:51:13.56 ID:KmqRKDbT0
    男「納戸の掃除をしていて、あの長びつに……」

    黒髪娘「判っている。それと対になるのが、
     あちらの奥部屋に置いてある長びつなのだ。
     唐渡りのものらしいが」

    男「そっか。帰れるんだな」
    黒髪娘「もちろんだ」

    男「よかったぜー。ほっとしたよ。
     大学だってバイトだってあるって云うのにさぁ」

    黒髪娘「ふふふっ」

     すっ

    男「うわぅ」
    黒髪娘「何を頓狂な声を」きょとん

    男「急に触ろうとするから」
    黒髪娘「なんだ。別に私は怪物じゃないぞ」

    男(つか、近くで見るとすげぇ美人じゃんかよ。
     人形みたいっていうか、すげぇ美少女って云うか。
     いきなりひんやりした指で触わるな。慌てるだろがっ)

    男「び、びっくりしただけ」

    黒髪娘「ふむ。――まぁ、礼を逸していたか。すまぬ」

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 05:57:50.33 ID:KmqRKDbT0
    男「いや、そのっ」
    黒髪娘「?」

    男「ご、豪華で綺麗だからっ。びっくりした」
    黒髪娘「? ああ。これか」

    さらり

    男「つか、すごい格好なんですけれど」
    黒髪娘「萌葱の襲だ。普段着だな」

    男「ハイスペック過ぎでしょ。
     それ、和服……なの? めちゃくちゃ刺繍はいって
     あれ、刺繍じゃないの?」

    黒髪娘「こういう浮織なのだ」

    男「すげぇなぁ」

    黒髪娘「まぁ。尚侍ともなればな。これくらいは」

    男「それに、その髪、すごいな!
     真っ黒で、サラサラで、ろうそくの光できらきらで。
     滝みたいに豪華だよなぁ!」

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 06:08:51.57 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「それはっ……。褒めて頂いたのか? そうなのか?」
    男「そうだけど?」

    黒髪娘「そうか。ありがとう。――そうか」

    男「なんか悪い事言った?」

    黒髪娘「いや、嬉しかっただけだ。
     そう言ってくれる人は、多くはないから」

    男「そうなのか? ものすごく豪華なのに」

    黒髪娘「ふふふっ。わたしは変わり者で……。
     ああ、そうだな。ヒキコモリなのだ」
    男「引きこもり?」

    黒髪娘「そうだ。祖父君に聞いたのだが。
     家に籠もって読書三昧の日々を過ごす
     放蕩者を言うらしいではないか」

    男「えー、っと。まぁ……間違ってはいないか」
    黒髪娘「それゆえ、女房以外、余り人と会うこともなくてな」

    男「そか(……美人なのに、もったいない話だなぁ)」

    黒髪娘「しかし、夜も更けた」
    男「あぁ、そうかも」

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 06:15:12.36 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「男殿のお陰で、祖父君の最期を聞くことも出来た」
    男「ん? そだな」

    黒髪娘「感謝に堪えない」 ふかぶか
    男「そんなに頭下げることないじゃん。
     正座とか、土下座っぽくて怖いよっ」

    黒髪娘「いや、気にかかっていたのだ。
     お見舞いに行くことも出来ないゆえ。
     物忌みはしていたのだが……」

    男「いいっていいって。爺ちゃんの生徒さんじゃん」

    黒髪娘「……あの長びつに入れば戻れる。
     酒でも飲んで忘れてしまうと良い」
    男「?」

    黒髪娘「こんな気持ち悪い話は、
     一夜の夢として忘れてしまった方が良い。
     手間を取らせて本当に申し訳なかった」

    男「へ?」

    黒髪娘「時を超えて漂流するなど、出来の悪い戯作の
     ような物語だろう? 祖父君は哀れみ深くわたしの
     我が儘に付き合ってくださったが、普通に考えて
     気持ちの悪い話だ」


14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 06:26:52.20 ID:KmqRKDbT0
    男「それは……そなのかな」
    黒髪娘「男殿には、大きな感謝を」

    男「あのさ」
    黒髪娘「なんだろう?」

    男「黒髪は、いくつ?」
    黒髪娘「歳か? 15になった」

    男「中学生じゃんよっ!」
    黒髪娘「はぅわっ」びくっ

    男「なんでそんなに落ち着いちゃっているわけ?」
    黒髪娘「びっくりするではないか。
     ――ごく普通かと思うが」

    男「……」

    黒髪娘「何か、まずかったのだろうか?」
    男「……なんでもないけど」


15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 06:29:24.90 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「礼節を失うのは人として恥ずべきだ」
    男「そりゃそうだけど」

    黒髪娘「恩人の孫でもあり、また恩人の消息を伝えてくれた
     この上なき恩人でもある。その男殿の平安を祈念したいのだ」
    男「それはもう判ったけどよ」

    黒髪娘「そうか」 ほっ
    男「なんで、爺さんが何度も来たのかも判る気がするな」

    黒髪娘「?」

    男「俺も、また来るから」
    黒髪娘「……良いのか? 気持ち悪くないのか?」

    男「爺さんが出来たんだし、俺に出来ないわけがねぇ。
     それに、爺さんが『あの家を頼む』って云った意味が
     これじゃないかって云う気もする」

    黒髪娘「よく判らないが」

    男「また来っから」
    黒髪娘「あの、それはっ」

    男「また来っからな!」

    ざくっ、ばたんっ

17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 07:32:19.26 ID:KmqRKDbT0
    ――祖父の平屋。納戸

    どてっ。ごろっ

    男「……って、ってって。脚! 小指! ぶっけたっ!!」

    男「くはぁ痛ってぇ……。って」

    男「どうやら」

    男(戻れたか。……してみると、最初のは、
     頭から落ちたせいで気絶したのか。
     普通に足から入れば、ちょっと飛び降りるような
     感覚なのかね……)

    男「ま、いっか。安全に往復できるって判れば」

    ……良いのか? 気持ち悪くないのか?

    男「なんか、物わかりの云い中学生とか気持ちわりぃっつの」

    男「ったく。ヒッキーなめんな」

18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 07:43:19.06 ID:KmqRKDbT0
    ――数日後、典侍の東屋

    ぼて。がたっ

    男「おーい! 黒髪〜」

    からから

    黒髪娘「男殿ではないか。本当に来てくれたんだなっ」
    男「ちゃんとそう言ったじゃねぇか」

    黒髪娘「いや、あれは。その……。
     社交辞令というか、虚ろ言かと」
    男「なんでそう思うかなぁ」

    黒髪娘「それは、女房達がそういう風に」
    男「女房ってなに?」

    黒髪娘「ああ。それは、ん……。侍女? 召使い?
     そのような存在だ。生活を補佐してくれる」

    男「ああ。うん(そか、こいつかなり偉いんだもんな)」

    黒髪娘「男性の去り際の言葉は信じるものではない、と」
    男「なんだかなぁ。すげぇ耳年増な」

    黒髪娘「そ、そうか? すまない」 しゅん


19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 07:49:52.05 ID:KmqRKDbT0
    男「まぁ、いいや。黒髪はヒッキーなんだろう?」
    黒髪娘「うむ、ヒキコモリだぞ」

    男「まぁ、そんなわけで色々もってきたわけだ」
    黒髪娘「?」

    男「まずはー。びゃーん。シュークリームっ!」
    黒髪娘「お、おおっ!!」

    男「お、すげぇ反応」
    黒髪娘「それは知っている!!」

    男「なんと!」
    黒髪娘「祖父君に頂いたことがあるっ」

    男(熱い視線だ。ふふんっ。やはりな。作戦成功だ)

    黒髪娘「頂けるのか」
    男「うむ」

    黒髪娘「感謝する」 ふかぶか、ぺとり
    男「だからいきなり土下座はやめれっ」

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 07:55:43.68 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「そう言うことならば、一席設けよう」
    男「一席って?」

    黒髪娘「飲むものくらい欲しいのではないか?」
    男「ああ、うん」

    黒髪娘「茶を入れる」
    男「ああ。そう言えば前ももらったっけ。茶、あるんだ」

    黒髪娘「うむ、飲むのは貴族だけだが。
     祖父君も好きだったゆえこの庵でも沸かすことが出来る」
    男「そかそか」

    黒髪娘「ぬるめがよいのであろう?」 にこっ
    男「あ。……うん」
    黒髪娘「?」

    男(不意打ちで笑われるとびっくりするな。
     やべぇやべぇ。こっちも引きこもり同然だと見破られちまう)

    黒髪娘「しばし待っていてくれ」
    男「おーけー。この部屋にいればいいのか?」

    黒髪娘「うむ、準備をしてくる」

21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 08:00:26.75 ID:KmqRKDbT0
    男「ふぅむ。なんか、すかすかした部屋の作りだなぁ」

    男(これは……箱? ああ、本か。和綴じの)

    ぺらぺら

    男「うへぇ。古典だ。あいつ古文読めるのか?
     ってあたりまえか。これがあいつらの現代語か。
     ……これは植物か、薬草かな?
     こっちのは、なんだろう。
     オカルトか? こっちは漢文か
     毎日本を読んでいるとか云ったもんな。
     結構あるなぁ」

    ぺらぺら

    男「ってか、多いな。おいおい。こっちのは天文に見えるな」

    男「……よく分かんないけど、平安の中学生って
     こんなに勉強するのか? どんだけやってんだ?」

    からん

    男「お」
    黒髪娘「待たせたな」
    男「いやいや」

22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 08:02:53.39 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「冷ましてある」
    男「ありがとう。ほら、これ、シュークリームだろ」

    黒髪娘「わぁ」

    男「で。これが堅焼ポテチ。
     こっちは俺の好きなサラダせんべい。
     で、カントリーマァムと、
     抹茶ポッキーと、羊羹と……」

    黒髪娘「なんだ、それらは」
    男「おやつだよ」

    黒髪娘「菓子……なのか?」
    男「そうだね」

    黒髪娘「こんなにか?」
    男「うん、何が気に入るか判らなかったしさ」

    黒髪娘「……」そわそわ
    男「もしかして、結構気になっている?」

    黒髪娘「そんなに不作法ではない」


23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 08:18:51.97 ID:KmqRKDbT0
    男「これ、ちょと開けてみ?」
    黒髪娘「?」

    男「これは包装って云って、まぁ、包む紙みたいなもの」
    黒髪娘「うむ」

    男「ここを引っ張って」

    ぺりぺり

    黒髪娘「良い香りが」
    男「で、あとはこの内側の小さな包装も」 ペリペリ

    黒髪娘「! このように愛らしい菓子が出てきたぞ」

    男「食べて」
    黒髪娘「頂く……」ちらっ
    男「いいよ、どうぞどうぞ」

    黒髪娘「甘いっ! これは美味しい」 にこっ
    男「そうかそうか」


24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 08:25:47.47 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「こちらも美味しいな」
    男「うん。……爺ちゃんはあんまりもってこなかったの?」

    黒髪娘「うむ。あ、いや。理屈は判っているのだ。
     このような物は、本来手に入るはずもないわけで。
     もし何らかの手違いでこの時代に残しては
     大問題になってしまう、と」

    男(ああ、そうか。……プラスチックやビニールが
     遺跡から出土したら大変だもんな)

    黒髪娘「そう考えれば、これらも……」

    男「ああ、いいよ。そんなにしょんぼりしないで。
     要するにばれなきゃ良いんだろう?
     俺は爺ちゃんとはちょっと考えも違うしさ。
     食い終わったら、残った包装紙とかは
     全部きれいにこのコンビニ袋に入れてさ。
     俺が持って帰れば、問題なしって訳だ」

    黒髪娘「そうしてもらえるか?」

    男「ああ。もちろんだ」

    黒髪娘「しかし、このように高価な土産を頂いても
     わたしには返せる物が余りにもないのだが……」

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 08:30:16.08 ID:KmqRKDbT0
    男「いやいや。構わないよ。
     こっちって俺から見たら知らない国だからさ。
     来てみると、どきどきして楽しいし」

    黒髪娘「はははっ。祖父君も、あれは何か、これは何かと
     いくつもいくつも問いを重ねてきたなぁ」

    男「俺も聞いちゃうと思うけれど、ごめんな」

    黒髪娘「かまわない。……その、男殿は、先生?
     ……それとも卜筮官や陰陽師なのか?」

    男「へ?」

    黒髪娘「いや、だから。祖父君は、子弟に学問全般を
     指南する事を生業にしていたと聞く。
     で、あるから、家系的に男殿もそうなのかと」

    男「いや、俺は違うよ。まだ学生だよ。
     教育いこうかどうかは、悩んでるなー」

    黒髪娘「学生とは? 祖父君の言う生徒とは違うのか?」

    男「あー。似たようなもの。ちょっと年が上になって
     専門的なことを学んだり研究したり……」

    黒髪娘「ふむ」

26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 08:42:07.22 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「よければ……」
    男「?」

    黒髪娘「わたしに祖父君に続いて、
     学問の手ほどきをしてくれないか?」

    男「えーっ。俺はそこまでの学識はねぇよ」
    黒髪娘「そうなのか? 先ほどから話していても
     知恵深く、賢者を感じるのだが」

    男(そりゃ時代による格差だよ)

    黒髪娘「……」

    男「そんなにしょんぼりしないでくれ」
    黒髪娘「していない」

    男(表情に出ないけど、なんか判っちまうんだよな)

    黒髪娘「していないのだぞ?」

    男「何を勉強しているんだ?」
    黒髪娘「それは、色々と」

    男「ふむ。どんな?」

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 08:54:03.76 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「大きく、文章、明経、明法、算だな。
     他にも本草、天文、暦法なども調べている」
    男「ちょっと聞きたいな」

    黒髪娘「まず、文章(もんじょう)は、唐の歴史と漢文だ。
     唐は我が国から見ても隣国だし文化も花開いている。
     我が国は唐を手本にして居るから、それを知るのは重要だ」
    男(歴史と漢文って事ね。この場合漢文ってのは
     大学の一般教養で英語やるくらい必須って訳だ)

    黒髪娘「明経は儒学を教える。この世の理と礼節についてだな。
     明法は律令についてだ。法……律というのか? あれだ。
     この辺は実学なので、位をえるためにはどうしたって必要だ。
     算は算術だ。えっと、祖父君によれば、算数? だそうだ」

    男「ああ、うん。だいたいは判った。
     えっと、学ぶとどうなるんだ?」
    黒髪娘「学ぶと?」
    男「ほら。位がどうとか」

    黒髪娘「ああ。大学寮というのがあって」
    男「大学あるのか!?」

    黒髪娘「もちろんあるぞ? 大学寮は式部省の一部なんだ。
     ここは将来の有力な文官や武官を育てるところで、
     陰陽寮とともに、この国の学問の頂点だ。
     例えば明経道を教える大学博士ともなると正六位下
     という非常に高い位階をえることが出来る」

    男「そうなのかぁ。結構きっちりとした機構なんだな」


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 08:57:46.78 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「殿上人にとって学識は、とても重要なんだ」
    男「あれ?」
    黒髪娘「?」

    男「でもさ。黒髪ってさ」
    黒髪娘「うむ」

    男「なんだっけ、その。典侍(ないしのすけ)だっけ?」
    黒髪娘「そうだ、従四位となる」

    男「数字が小さい方が偉いんだろう?」
    黒髪娘「そうだな」

    男「じゃ、もうすでに偉いんじゃないか」
    黒髪娘「……そうかもしれない」

    男「じゃぁ、勉強する必要なくないか?」

    黒髪娘「ああ。……うん。そうかもしれない。
     でも……わたしは女だからな。
     そもそも、この従四位も
     学識で手に入れたものでもなければ、
     自分で手に入れたものでもないのだ」

    男「?」

32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 09:01:08.85 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「いや、よそ事をいった」
    男「う、うん」

    ことことこと

    黒髪娘「もう一杯いかがだろうか?」
    男「お、もらう」

    黒髪娘「煎れよう」
    男「えっとさ」

    黒髪娘「ん?」
    男「次は、サラダせんべい行っておくか?」

    黒髪娘「開けさせてくれるのか?」 にこっ
    男「ああ、いいぞっ」

    黒髪娘「嬉しいぞ。かたじけない、男殿」

    男(なんだか、中学生なのになぁ……。
     年相応なんだか、大人びちゃってるんだかわからねぇ)

    黒髪娘「〜♪」

    男(あんな表情も出来るのになぁ……)

34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 09:27:24.57 ID:KmqRKDbT0
    ――男の実家

    姉「あら、あんたどこ行ってたの?」
    男「あ? 爺ちゃんの家」

    姉「ああ。あそこ、どう?」

    男「んー。荒れ果ててないよ。何日か掃除したけどさ。
     わりと良いな、あそこ。
     俺バイクあるし、あそこ済もうかな」

    姉「そうねぇ。人がいないと荒れ果てるって云うしねぇ」

    男「なんか、結構愛着あるかも。俺」
    姉「あんた子供の時はあそこの庭で
     相当やんちゃだったからね」

    男「そう?」
    姉「まったくよぉ。心配で心配で母さん育児放棄よ」
    男「心配してねぇじゃん」

    姉「まぁ、お爺ちゃんも、すぐ取り壊したり
     売られちゃったりしたら寂しいだろうしねぇ」

    男「そうだなー」


35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 09:34:00.23 ID:KmqRKDbT0
    姉「夜は?」
    男「もちろん食うよ」

    姉「父さんも母さんも遅いみたいだか、先食べちゃおっか」
    男「うん。何食うの?」

    姉「メンチと煮物」
    男「む。良いね。庶民って物がわかってるね」

    姉「あったり前よ。わたしクラスになるとね。
     足の爪先から黄金の庶民オーラが出て
     髪の毛金色で逆立つわけ」

    男「すげぇな」

    姉「サイバイマンくらいなら鼻歌交じりで倒せるのよ。
     んっ。ほら、運んで」

    男「へいへーい」

    姉「あんたちゃんとやってんの?」
    男「やってる」 こくこく

    姉「ならいいけど」
    男「さすがに、中学生に後ろから煽られると
     勉強する気に多少なるわ」


36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 10:06:20.67 ID:KmqRKDbT0
    ――黒髪の四阿

    がつんっ。すたっ

    男 きょろきょろ

    しーん

    男「おーい、黒髪? いるかー?」

    男「いないのかな。おーい?」

    ぱたぱたぱたっ

    友女房「お、男様っ」
    男「!?」

    友女房「男様でございますね。ほ、本日はっ。
     はぁ、はぁっ」

    男「いや、一つ落ち着いて」

    友女房「は、はいっ」
    男(なんか面白い女の人だな)

37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 10:09:14.87 ID:KmqRKDbT0
    友女房「済みません。取り乱しました。
     ……黒髪の姫はご実家の方に向かっておられまして。
     本日のところは、この友っ。
     黒髪姫の腹心の女房、友女房がお相手いたします」

    男「はぁ」

    友女房「お疑いですか? 男様の件は姫より聞いています。
     祖父君とも面識がありますし、そのぅ……」

    男「あの、爺ちゃんさ。もしかして失礼なコトしなかった?」

    友女房「……」
    男「その、えーっと。ね?」

    友女房「そ、それは……その。
     めいどおっぱいとか云いまして」 ごにょごにょ
    男「良し、合格。面識があるのは判った」

    友女房「ほっといたしました」
    男「苦労してるんだね」 ほろり

    友女房「そう言ってくださると幸いです」
    男「そっか、黒髪、居ないのか」

    友女房「ええ。申し訳ありません」


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 10:33:04.50 ID:KmqRKDbT0
    男「まぁ、それはしかたないよ。
     ケイタイで様子聞いてから来るわけにも行かないし」

    友女房「ケイタイ?」
    男「いや、こっちの話」

    友女房「姫より、もし男様が来られるようならば
     お相手をしてくつろいでいただけと
     仰せつかっております」

    男「そっか、どうしようかな」

    友女房「?」
    男「……。ん、いいや、 んじゃしばらく
     お邪魔させてもらう。ってか、俺ここにしばらく居て良いの?」

    友女房「ええ、ここは姫の引きこもりの砦ですから。
     滅多に客人も来ません。少なくとも奥までは。
     安心してくださって大丈夫ですよ」

    男「ありがとう。ああ、女房さん、だっけ?」

    友女房「友女とお呼びください」
    男「友女さん。女房さんって結構人数居るんでしょ?」

    友女房「この四阿には数人ですね」
    男「じゃ、このお菓子、みんなで分けて食べてよ」


39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 10:35:13.99 ID:KmqRKDbT0
    ――四阿の一室

    友女房「お茶を……あら、書ですか?」
    男「ああ、うん。俺も勉強しようと思って」

    友女房「そちらの書ですか? ずいぶん厚いですね」
    男「面倒なんだわ、それ」

    友女房「どうぞ」 ことり
    男「ありがとう」

    友女房「……」
    男「……」

    カリカリカリ

    友女房「えーっと、その。男様」
    男「ん?」

    友女房「宜しければ、お召し替えをなさいませんか?」
    男「なんで?」

    友女房「実は前回いらっしゃった時も思ったのですが
     男様は見た目はわたし達とたいして変わりませんから
     狩衣でも着て頂ければ、もし誰かに見かけられた場合も」

    男「ああ。あんまり不審に思われないで済む、と」


40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 10:44:13.17 ID:KmqRKDbT0
    友女房「ええ、そうです」
    男「いいですけど。そういう服ってあるんですか?」

    友女房「ございますよ。僭越ながら用意させて頂きました」
    男「申し訳ないです。じゃ、着ちゃった方がいいかな」

    ――着替え中

      友女房「いえ、それは後ろ前が逆です」
      男「え? え?」

      友女房「紐を先に締めてから」
      男「こうです?」

      友女房「あら。意外に……」
      男「うわぁぁん。見るなぁ!!」

    友女房「ご立派ですよ? 男様」
    男「生温かい励ましは要りません。
     でも結構温かいですね。見た目よりは」

    友女房「外歩き用の衣装ですからね」
    男「はぁ」

    友女房「太刀でも佩けばご立派な公達でございますよ」


41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 10:52:44.06 ID:KmqRKDbT0
    そよそよそそよ

    友女房「良い風でございますねぇ」
    男「静かだなぁ。こんなに静かなの?」

    友女房「もう夕暮れでございますから」
    男「?」

    友女房「内裏に出仕……勤めにいらっしゃる方は、
     夜明け前にはいらっしゃいます。
     昼には勤務を終えて帰られるのが普通ですよ」

    男「そうなの?」

    友女房「ええ、灯りがありませんから。
     祖父君も驚いていらっしゃいましたが」

    男「そっか」

    そよそよそそよ

    友女房「ささでもお持ちしましょうか?」
    男「ささ?」

    友女房「お酒ですよ」
    男「え。あ。いや……。きゅるる」

    友女房「むしろお食事ですね」くすっ
    男「面目ない」


42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 11:01:26.00 ID:KmqRKDbT0
    ――四阿の一室

    友女房「たいしたお持てなしも出来ませんが」
    男「いえいえ。温かい匂いします。ご馳走の雰囲気!」

    ことん、かちん

    友女房「こちらは瓜の漬け、ササゲ豆の煮物、
     赤魚の醤付けの干物です。あとは豆飯と
     酒(ささ)を――」

    男「あ、どうも」

    とぷとぷとぷ

    友女房「どうぞ」
    男「頂きます」

    友女房「……」にこっ
    男「友さんは飲みませんか?」

    友女房「わたしは女房ですからね」
    男「……んー。頂きます」

    友女房「召上がれ」
    男「あ。美味いです! 魚すげー美味いっ!」

    友女房「それは良かった」
    男「いや、ほんと……ん。美味いです」

43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 11:04:26.91 ID:KmqRKDbT0
    友女房「……男様は、姫様を普通に扱ってくださいますね」
    男「へ? 普通って?」

    友女房「いえ」
    男「んー。俺は爺ちゃんと違って学が足りてないんで、
     まだ色々と判って無いんですよね。多分」

    友女房「ええ、まぁ……」
    男「?」

    友女房「我が姫にこんなことを言うのも何ですが、
     姫は皆からは……
     妖憑きのキチガイ姫だと云われておりまして」

    男「なんでまた?」

    友女房「まぁ、もう14ですし?」
    男「――?」

    友女房「14ですし」
    男「よく判らないです」

    友女房「14でまだ嫁いでも居ないわけでして。
     もう時間の問題で15です。完全な嫁き遅れです。
     それなのに宴にも出ず引きこもりで、お恥ずかしい」

    男「!?」


44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 11:11:37.99 ID:KmqRKDbT0
    友女房「なんですか、うちの姫は」
    男(目が座ってる……)

    友女房「幼い頃はそれはそれは清らかな心優しく
     学問に優れた、それはそれは聡明な姫だったのですが」

    男(いまでも勉強好きなのじゃないか?)

    友女房「そのうち勉学にどっぷりつかってしまい
     時間さえあれば、やれ漢詩がどうのこうの、
     天文が巡ってどうのこうのと」

    男(あー)

    友女房「私どもがお世話をしない限り
     碌に髪もとかさぬような出不精のダメ人間に」

    男(あー)

    友女房「届かれる恋文にも、漢詩で返事を……
     しかも痛烈なのを送りつける始末。
     和歌ならばともかく、あんなに堅い漢詩で
     議論をふっかけられてしまっては返答できるのは、
     いまは亡き道真様くらいにちがいなく」

    男(あー)

45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 11:17:32.05 ID:KmqRKDbT0
    友女房「わたし達も頑張ったんですけれどね。
     すごく頑張って色々可愛い襲(衣服)を集めたり
     年頃の女性の好む絵巻物をみせたり。
     そんなものにはまったく興味もなく、
     それでも身分だけは高いものですから
     内侍司(ないしのつかさ)入りが決まって
     これでなんとか普通になるかと思えば……」

    男「?」

    友女房「こんな秘密の離れを造って引きこもり三昧」がくり

    男「はぁ……。もぐもぐ」

    友女房「いえ、姫は悪い訳じゃないんですよ。
     悪い姫じゃないんです。
     ……下々に至るまで優しいですし」

    男「はぁ」

    友女房「それにしたって、学問に操を捧げるとは
     あんまりにもお労しいと……」

    男「だってまだ14でしょ?」
    友女房「もうすでに残念なことに14なんです」

    男「はぁ」


47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 11:21:11.53 ID:KmqRKDbT0
    友女房「ですから、せめて男様には姫のお心を
     こう、軽やかに、出来れば浮き立った感じに
     して頂きたいとか思うんですが」
    男「それは本人のつもりがないとあんまり意味がないかと」

    友女房「ダメですか」
    男「ダメでしょ……もぐもぐ」

    友女房「……」 がくり
    男(つか、嫁き遅れなのか……)

    友女房「なぁ、運も色々なかったんですが」
    男「そうなんです?」

    友女房「右大臣家のご息女ともなりますと。
     お相手にも不足いたしますし……。
     当代の東宮はまだ八つにしかなりませんしね。
     本来であれば尚侍として後宮に権勢を振るうことも
     いえ、我が姫には、似合いもしませんが……」

    男「よく判らないけど。身分の高い姫が学問没頭で
     婿捜しも放り出して恋愛音痴で婚期を逃したと。
     そんな感じ?」

    友女房「そうです」 こくり
    男(つまり婚活放置で賞味期限間近の腐女子?)

    友女房「どこでこうなっちゃったんでしょうか」
    男「それは俺に聞かれてもなぁ」

49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 11:25:27.28 ID:KmqRKDbT0
    さらさらさらさら

    男「ごちそうさまでした」

    友女房「お粗末様でした。ささは?」
    男「いえ、もう結構です」

    友女房「はい。では灯明はこちらに」
    男「はい。もう少しレポートを薦めます」

    友女房「レポート……勉学ですね?」
    男「ええ、なぁ。こっちでやると捗るんで」

    友女房「さようですか。姫からくれぐれも粗相の
     無いようにと申し使っております。ご存分に」

    男「ありがとうございます」

    友女房「では……」
    男「ふぅ」

    男(まぁ、こっちの方が時間の流れが遅いみたいだし。
     こっちで三日くらい勉強して帰っても
     向こうでは数時間だしな。レポートあげるには都合がいいや)


53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 11:50:10.64 ID:KmqRKDbT0
    ――四阿。夜

    こつん。かたん。

    男「……?」

    こつん。……きぃ。……きぃ。

    男(だれだ? 泥棒?)

    黒髪娘「……」こそっ
    男「黒髪じゃん」

    黒髪娘 びくっ。くるっ
    男「あ。俺。お邪魔してる」

    黒髪娘「男か。まだ起きていたか」
    男「来てるの、知ってた?」

    黒髪娘「ああ。女房が知らせてくれた」
    男「どうしたんだ? こんな時間に」

    黒髪娘「父様の説教がうるさくて、逃げてきた」
    男「そうか」


55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 11:56:56.00 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「ん。ん」
    男「どした?」

    黒髪娘「火鉢を、かき混ぜて欲しい」
    男「判ったよ。寒いのか?」
    黒髪娘「こっそり牛車で帰ってきたのだ」
    男「そうか」

    がさごそ。……がさがさ。……ぽぅ。

    黒髪娘「かたじけない」
    男「いやいや。飯食わせてもらったぞ?」

    黒髪娘「ああ。出来ればわたしが一緒にいて
     世話を出来れば良かったのだが」

    男「黒髪はずいぶん身分が高いらしいじゃないか」

    黒髪娘「聞いたのか。友女だな。
     ……でも、身分なんて当てになるものではない。
     わたしの物ではなくて、家のものだ」

    男「そんなものか?」

    黒髪娘 ふいっ
    男(機嫌悪くしちゃったかな)


56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:00:26.22 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「男殿は、なぜ学生に?」

    男「んーっと。それは進学ってことか?
     やっぱし、就職。いや、何となくもあったかなぁ」

    黒髪娘「そうか……」
    男「寒いのか?」

    黒髪娘「いや……。うむ。少し寒いな」
    男「えっと、ごめん。ここ姫の部屋なんだよな?」

    黒髪娘「部屋というかなんというか。
     この時間では女房も起きていないだろう。
     すまないが、その記帳を動かすのを手伝ってもらえぬか?」
    男「ああ。これか? 間仕切りか」

    ずり、ずりっ

    黒髪娘「ん。これで多少は良いだろう」
    男「えっと」

    黒髪娘「そういえば」 くるっ
    男「なに?」

    黒髪娘「狩衣は似合っているな。始め誰だか判らなかった」
    男「そうか。ははっ」


57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:03:44.69 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「ほら」
    男「?」

    黒髪娘「襲だ。それだけでは寒かろう?」
    男「女物じゃん」

    黒髪娘「蒲団のようにも使うのだ」
    男「そうなのか?」

    黒髪娘「わたしを信じろ。ほら、そこに座って」
    男「ん」

    すとん、ふわり

    黒髪娘「こうすれば温かいだろう?」
    男「あ。あ」

    黒髪娘「?」
    男「あったかいけど、近くない?」

    黒髪娘「夜中に話すのだから、仕方ない」
    男「そか」


58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:06:49.64 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「何をしていたのだ?」
    男「レポート……あー。つまり、その。書き物だ」

    黒髪娘「手紙か?」
    男「いや、手紙ではなく、報告書みたいなものだな」

    黒髪娘「そか。……うん、読んでも判らぬ」
    男「あー。英文だから。つまり、唐じゃないところの詩だ」
    黒髪娘「そうか。……これは?」

    男「あ。お土産だ」
    黒髪娘「漢詩ではないか!」

    男「そうだよ。ほら、前回紙をもらってっただろ?
     あれにな。図書館で漢詩を書き写してきたぞ。
     マイナ処そろえたけど、どうよ?」

    黒髪娘「……ふむ。……半分ぐらいは見覚えがあるな」
    男「うわ。だめか」

    黒髪娘「いや、とんでもない。
     これだけ新しい漢詩をもらえるなんて、感激だ」

    男「よかったよ」 にこっ


59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:19:59.58 ID:KmqRKDbT0
    ――夜。ふたりの襲の中

    黒髪娘「温かいな。これはなかなか新規な経験だ」
    男「あー。おう。その、さ」

    黒髪娘「?」
    男「菓子食うか?」

    黒髪娘「いただこう」
    男「……」

    黒髪娘「……ふむ」
    男(漢詩に夢中なのな)

    黒髪娘「ん?」 くるっ
    男「っ! なんだよ」

    黒髪娘「いや、不思議そうにうなっていたから」
    男「別になんでもない。ほら、食え」

    黒髪娘「んっ。美味しいぞ」
    男「そっか。ふぅ」



60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:27:41.59 ID:KmqRKDbT0
    ――。――ほぅ。

    男「あれは?」
    黒髪娘「?」

    ――ほぅ。――ほぅ。

    黒髪娘「夜啼き鳥だろう」
    男「そうか」

    黒髪娘「まさか怖いのか? 怨霊は最近出るとは聞かないぞ」
    男「いや、怖い訳じゃない。ちょっと緊張してるだけ」

    黒髪娘「ふふふっ」 かさり
    男「漢詩は良いのか?」

    黒髪娘「あれは逃げない。少し男殿と話そう」
    男「そうか。……何を話すんだ?」

    黒髪娘「何でも良いぞ」
    男「んー。そうだなぁ。こないだの音楽の話を聞かせてくれよ」


61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:31:22.75 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「あれに興味があるのか。あれは笙の笛だったかな」
    男「笛か」

    黒髪娘「この間は内裏で出世するのに学識が必要だと云ったが
     やはり学識だけというわけには行かない」
    男「ふむふむ」

    黒髪娘「おおざっぱに言って、まず身分。次に学識。
     さらには技芸……音楽などの雅ごとだな。
     そして人柄が必要となる」

    男「その辺は、何となく判ってた」

    黒髪娘「正直に告白すると、わたしは技芸がさっぱりでな」
    男「そうなのか?」

    黒髪娘「声が細くて高すぎる」
    男「綺麗な声だと思うけどな。透明感があって可愛いじゃないか」

    黒髪娘「ふふふっ。有り難いが、世辞には及ばないのだ」
    男(世辞でもないんだけどな)

    黒髪娘「黒髪は、なんで引きこもりなんだ?」
    男「……」


62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:35:20.62 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「――」
    男「黒髪?」

    黒髪娘「何でだろうな。
     改めて考えると引きこもりたいわけではなくて」
    男「うん」

    黒髪娘「帰るところが、なくなってしまったのだ」
    男「よく判らないな」

    黒髪娘「……説明しても、これは難しいやも知れぬ」
    男「そうなのか?」

    黒髪娘「わたしは……何と言えばいいのかな。
     憧れてしまったんだ。憧れて、頑張ってしまった。
     それは言葉にすれば、博士とか云うものかも知れない。
     あんまりにも薄っぺらに聞こえるのだけれど」

    男「博士……って。博士のことか?」

    黒髪娘「ああ。文章博士でも明法博士でも良いんだけれど。
     いや、陰陽博士でも……つまり、博士そのものではなく
     学んで、その至る所に憧れたのだと思う」
    男「うん」

    黒髪娘「でも、それにはなれない」
    男「なんで?」

63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:38:11.40 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「女はなれぬのだ」
    男「――あ」

    黒髪娘「でも、わたしはもうそちらに
     歩き始めてしまったから、今さら別の夢は見れない。
     どうも、わたしは少しとろかったんだな。
     もっと早く気が付いておくべきだったのに、気が付き損ねた。
     あるいはもう少し賢ければ、器用に方向転換できたかも知れない」

    男「……」

    黒髪娘「それに、祖父君に出会ってしまった。
     未来からやってきて、わたしに学問を授けてくださる
     祖父君をわたしは長い間、観音菩薩かと思っていた」 くすくすっ

    男「そんなに良い爺ちゃんじゃねぇよ」

    黒髪娘「尊敬申し上げている」にこっ
    男「いいけどさっ」

    黒髪娘「そんなわけで、女にしては知恵をつけすぎたけれど
     男になることも出来ない半端者として引きこもっているのだ。
     幸い尚侍の処のほうも、私のことを物狂いの姫として
     遠ざけていてくれる。わたしがいなくても、仕事は回っている」

    男「そっか」

    黒髪娘「大臣家の娘が、
     名前だけでも入っていれば都合がよいのだ」
    男「うん……」


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/19(火) 12:43:57.16 ID:KmqRKDbT0
    黒髪娘「今度は、男のことを聞かせてくれ」
    男「俺か? うーん」

    黒髪娘「ここに居座って平気なのか?」

    男「ああ、時間の流れがずれて居るみたいだし。
     大学生は暇な時は暇なんだよ。
     むしろこっちの方が勉強するには良い環境だしな」

    黒髪娘「いくらでも居てくれ。歓迎する」
    男「いいのかな」

    黒髪娘「もちろんだ。男殿と話してると、安らぐ」
    男(うわっ。……津か、あんな事言われたせいで
     すげー可愛い女の子に見えるぞ。これで嫁ぎ遅れかよ)

    黒髪娘「同じ学究の徒だからかな」
    男「え?」

    黒髪娘「祖父君のお引き合わせかな」
    男「えー」

    黒髪娘「こうしてくっついているのも、何とも心楽しいことだ」
    男「え゛〜っ」


99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/20(水) 01:07:48.92 ID:2rbnko+MP
    ――黒髪の四阿

    黒髪娘「んぅー」
    男「どうした?」

    黒髪娘「いや。ん。ちょっと肩が痛くなった」
    男「根を詰めすぎだろ」

    黒髪娘「そうは云ってもな。
     ……確かに半日筆写してしまったか」
    男「ああ」

    黒髪娘「男殿は?」
    男「あー。俺の方は一段落。てか、かなり進んだ」
    黒髪娘「それは良きことだな」

    男「三食つきで勉強三昧ならそりゃ捗るよ」
    黒髪娘「そうか……」ぷらぷら

    男「何してるの?」
    黒髪娘「手が疲れているので、振っているのだ」

    男「そか」

103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/20(水) 01:12:55.97 ID:2rbnko+MP
    男「……」ぷらぷら
    黒髪娘「?」

    男「いや、俺も振ってみてる」
    黒髪娘「殿方はそのようなことをする物ではない」

    男「そうなのか?」
    黒髪娘「格に関わる。こっちへ来てくれ」

    男「いいけど」 もそもそ
    黒髪娘「指の間がだるいのだろう?」

    男「ずっと書いたりキー打ったりだったしな」
    黒髪娘「こうして、先の方から」

    ぺと、きゅ

    男「うぁ」

    黒髪娘「指圧していくのだ。ぎゅ、ぎゅっとな」
    男「いいよ。悪いよ」

    黒髪娘「気にすることはない」


104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/20(水) 01:17:05.10 ID:2rbnko+MP
    黒髪娘「……ん」 きゅ、きゅ
    男「ほっそい指だなぁ」

    黒髪娘「そうか……嬉しいな。私の数少ない長所だ」
    男「そなのか?」

    黒髪娘「うん。器量が悪いのだ」
    男「へ?」

    黒髪娘「何度も言わせるな。私は、その……
     生まれつき器量が悪くてな。それでも、幼子は愛らしい。
     また賢ければそれだけで清らかなどと云われるだろうが
     この歳になっては良い訳は何もつかぬ」

    男「美人なのに」

    黒髪娘 ぴきっ

    男「?」

    黒髪娘「そんな事はないっ。それは男殿の世辞だ」
    男「そんな事ないんだけどなぁ」

    黒髪娘「――では、おそらく価値観だろう」
    男「あー。それはあるかもな」

107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/20(水) 01:25:01.39 ID:2rbnko+MP
    黒髪娘「……」 きゅ、きゅ
    男「ちなみにさ、この時代だと美人はどんな感じ?」

    黒髪娘「んー」じろっ
    男「いや、不愉快な話題なら良いんだけどさ」

    黒髪娘「ふぅ……。いや、良い。
     知識を共有するのは善だ。
     そうだなぁ。瓜実と云う言葉があるが、
     顔はふっくら目がよいそうだ」

    男「黒髪だってふっくらじゃないか」

    黒髪娘「足りてないのだ。あとは、黒髪だな」
    男「それは合格か」

    黒髪娘「うむ。これは最大と云って良い自慢だろうな」
    男(それで褒められた時に照れていたのか……)

    黒髪娘「顔の造作については、まぁ好みもあるだろうから
     細かいことは私はよく判らない。
     ただ私は化粧なんて殆どしないから」

    男「そだな」

    黒髪娘「あとは、雰囲気と体型だな」
    男「ふむ」


108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/20(水) 01:31:54.81 ID:2rbnko+MP
    黒髪娘「まず、雰囲気だがこれはもはや決定的で
     かそけき風情が無いとダメだ」
    男「かそけきってなんだ?」

    黒髪娘「え? 判らないのか。うーむ。
     儚げというか、日を当てたら消えてしまいそうな
     弱々しい感じだとか、たおやかで女性らしい様子だ」

    男「あー」
     (つまり線の細い病弱美少女で従順系ね……。
     そんで13で結婚ってどんだけロリコン天国だよっ!?)

    黒髪娘「わたしは、ほら」
    男「?」
    黒髪娘「言葉遣いがきっぱりしてしまっているし、
     変に漢詩や明法を学んでしまっているし。
     そういうたおやかは雰囲気が全くないんだ」

    男(そういや、凛々しい美少女系だもんな……。
     時代のニーズにはまったく合ってないか)

    黒髪娘「和歌や大和歌を女性が学ぶのは良い。
     むしろ推奨されるけれど、漢詩はなかなか珍しいしな」
    男「そっか」

    黒髪娘「それに」 きゅ、きゅ
    男「どした?」
    黒髪娘「あ、いや。……うん」 かぁっ
    男「?」


113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/20(水) 01:48:34.74 ID:2rbnko+MP
    黒髪娘「ほら。さっきの話の続きの、体型だ」
    男「あ、ああ」

    黒髪娘「もう判っていると思うが、
     雰囲気の麗質がそうだから、美人の条件って云うのは
     儚げな雰囲気なんだ。具体的に云うと、
     首筋がほっそりしていて全体的に細くて
     む、むねとか……。無ければ無いほどよくて……」

    男(無乳最強世界っ!?)

    黒髪娘「わたしは、その。けっこう、太ってる」

    男(ふとってないふとってない! 俺基準で十分小柄っ!)

    黒髪娘「あちこち出っ張ってて不格好だ」

    男(その出っ張りを捨てるなんて、とんでもないっ!)

    黒髪娘「こほんっ」 きゅ、きゅっ
    男「おう」

    黒髪娘「そう言うことなのだっ」
    男「そ、そっか」

    黒髪娘「まぁ……。本質はそこじゃないのだが」
    男「?」


116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/20(水) 01:53:30.12 ID:2rbnko+MP
    黒髪娘「この時代では、男女は顔を合わせないで
     恋をするのが普通なのだ。祖父君が教えてくれたが
     そちらの時代では違うのだろう?」
    男「ああ、そうだな」

    黒髪娘「この時代では、女性は几帳や御簾ごしに
     声を掛けるのが常識だ。初めは直接声を掛けもせずに
     目の前に相手が居ても女房に伝言を頼むほどだ。
     まぁ、これは先ほど云ったかそけき風情とかに
     関係あるのだがな」
    男「ふぅん」

    黒髪娘「だから男女間において、容姿はさほど重要ではない。
     まぁ、少なくとも貴族の間ではそう聞いている。
     私はなにぶん経験に乏しいのだが……。
     むしろ第一印象は、文のやりとりだ」

    男「文か〜」

    黒髪娘「うむ。和歌でも短信でも何でも良いのだが」
    男「ふむふむ」

    黒髪娘「この時代の恋は、その殆どの部分が
     文のやりとりだ。
     上手に文で恋の気持ちを盛り上げて、盛り上げて、
     盛り上げて後は怒濤のようにそのぅ……」 ごにょごにょ

    男「?」

黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」【パート2】へつづく





 
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