近日中に通常記事更新に戻ります。

2 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:35:03.79 ID:GWCl//d70
    優しき心を持ち
    全ての者に対して慈悲深く
    自らを傷つけてまでも施しを与え
    空を自由に駆ける
    両の拳は分厚い鉄板すらも貫き
    その体は何物も寄せつけない

    ただ
    ただ一つ、彼には欠点がある
    そして、そのたった一つの欠点が故に

    彼は

    涙を流せない




 

3 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:37:01.43 ID:GWCl//d70
    「パトロールに行ってきます」
    「いってらっしゃーい」
    皆の声がアンパンマンを送り出す。パン工場の煙突から、アンパンマンは勢い良く飛び出していった。
    その勢いのまま森の方へと向かう。
    目の前には青く広がる空。眼下には一面緑の絨毯。心地良い風を感じながら、赤いマントがなびいている。
    何も変わったことは無い。穏やかな一日の始まり。
    アンパンマンが、森を抜ける小道にさしかかると、楽しそうな子供たちの声が聞こえてきた。
    小学校の子供たちが、列を成して歩いている。先導しているのはみみ先生だ。
    「あ、アンパンマンだ!」「おーいアンパンマン!」「パトロール頑張ってね!」
    空を指差して、子供たちがアンパンマンへと声をかけた。それに答えるように、アンパンマンは手を大きく振る。
    アンパンマンはそのまま気持ち良さそうに飛び続けた。


4 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:38:55.13 ID:GWCl//d70
    森を抜けると今度は広大な野原が広がっていた。
    色とりどりの花々が、鮮やかに世界を彩る。
    「今日もいい天気だなぁ」
    アンパンマンの声は弾んでいた。今日は困っている人の声も聞こえない。
    バイキンマンが悪さをする様子も無い。平和な、幸せな一日。
    そういえば、さっきの子供たちはピクニックをしているみたいだった。
    もし、このまま何も起こらなければ、お昼ごろお邪魔するのいいかもしれない。
    楽しい光景を想像していたら、アンパンマンの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。


    その時だった。


5 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:41:54.96 ID:GWCl//d70
    遠く、子供たちがいた森の方で、一瞬眩い光が見えた。

    爆音。

    その光に遅れること数秒。アンパンマンの耳に爆音が届いた。
    それは聞いたことの無いような音だった。バイキンマンのものとは違う。
    もっと、何か、不純物を多分に含んでいるような、そんな音。
    微動だに出来ないアンパンマンを動かしたのは、二回目の爆音だった。今度は街の方から聞こえた。
    しかし、異変はそれで収まらなかった。
    異変が異変を呼ぶように、次々と爆発音が耳に入ってきた。あちらこちらで煙が昇っている。
    こんな状況をアンパンマンは知らない。


6 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:42:47.32 ID:GWCl//d70
    一日に起こる異変は、いつも一つ限りだった。そちらの方へ飛んでいけば、バイキンマンが居て、悪さをしている。
    起こりうる問題はすぐに解決出来た。
    それは単純な図式によって成り立っていた。
    しかし今はどうしていいか分からない。
    どこへ飛んでいけばいいのかが分からない。

    世界が、自分達の世界が、大きな何かに蝕まれていった。


7 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:46:54.14 ID:GWCl//d70
    「アンパンマン!」

    聞きなれた声が耳に入った。アンパンマンは視線を声の方へと向ける。
    「食パンマン…」
    すぐ傍まで食パンマンが飛んできていた。
    この異変に食パンマンも気付いているのだろう。その顔は不安で塗り潰されていた。
    「一体どうなっているんですか?この状況は」
    「僕にも分からない。どうすればいいのか分からないんだ」
    「アンパンマン!こんな時に私達が解決しないでどうするんです!?」
    しかし、二人が持っているカードは全く一緒だった。こんな状況で出せるカードは無い。
    臨機応変という言葉は存在しなかった。
    相手を頼りにしても、解決方法が提示されるはずもなかった。

8 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:48:03.52 ID:GWCl//d70
    「とにかく、私はバイキンマンの所へ向かいます!この騒ぎもまたバイキンマンの仕業かもしれない」
    その言葉を占める大半が、食パンマンの希望であることに、アンパンマンは気付いていた。
    「じゃあ僕は一度パン工場に戻ってみます」
    二人は顔を見合わせ、お互いの健闘を祈るように、一度だけ大きく頷いた。
    そして、自らの目的地へと飛び去っていった。


9 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:51:57.51 ID:GWCl//d70
    パン工場のドアが開いた。
    アンパンマンがパトロールに行ってから、暫く経ってのことだった。
    ノックは無かった。唐突に、勢い良く、ドアは開かれた。
    その音に驚いたバタ子さんは、身をすくめ、声を出せずにいた。
    ジャムおじさんも、異変に気付く。けれどいつものように、優しい口調でドアの方へと話しかけた。
    「おやおや、見慣れないお客さんだね。私らのパンを食べにきたのかい?」
    ドアには数人の男が立っていた。皆一様の服を身にまとっている。身長はジャムおじさんよりも高く、その顔は小さい。
    この世界では珍しい体格をしていた。


10 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:53:05.58 ID:GWCl//d70
    中心に立っていた男は、張り付いたような笑みを浮かべていた。
    「ヤーヤーヤーヤー。これはこれはパン工場の皆さん、ごきげんよう。あいにくお腹がいっぱいでね。パンはご遠慮しておこう」
    「おや、そうかい。それじゃあどうしたんだい?」
    その問いに答えること無く、一人の男が無遠慮に中へと入ってきた。
    「これが、かの有名なアンパンマンを製造する工場か。素晴らしい」
    「そうだよ。凄いだろう。でも君、勝手に人の家に入ってはいけないよ」
    ジャムおじさんは、あくまでルールを守ろうとした。

    この世界のルール。単純明快な図式にのみ構成されているルール。

    悪いことをした者には、注意しなくてはならない。


11 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:54:17.66 ID:GWCl//d70
    男が振り向いた。その顔には、不気味な笑みが張り付いたままだった。
    「ヤーヤーヤーヤー。この技術は我々の想像の範疇を超えているよ。理解しがたい。それ故に、失うのは非常にもったいないとしか言いようが無いね」
    「さっきから何を言っているんだい?」
    「うんうんうんうん。我々にとって、障害となる因子。分かるかい?そう、アンパンマンだよ」
    「おや、アンパンマンならさっき、パトロールに行ってしまったよ。でもすぐ帰って来ることだろう。そうだ、美味しいお菓子があるんだよ。帰って来るまで、一緒にお茶でも飲むかい?」
     
    心なしか、ジャムおじさんの口調は早まっていた。
    お茶を取りに行こうとしたジャムおじさんを、男は制止する。


12 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:57:38.56 ID:GWCl//d70
    「アンパンマンの能力はまさに冗談と言える代物だ。不死身の肉体を持ち、空を自由に飛び回る。
     そしてその拳は、巨大な岩さえ打ち砕くと聞いている。
     しかしながら、喜ばしい事に、我々は安全なのだよ。安心してもらいたい。
     なぜならこうして、今、パン工場に立っているのだから」
    「…君たちは、何をしに来たんだい?」
    男は、何も答えず、懐から取り出した物をジャムおじさんへと突き付けた。
    それは、ジャムおじさんにとって、初めて見る物体だった。
    鈍い光を放ち、この世界には存在しない概念で固められている。
    ジャムおじさんの額に、冷たい金属の感触が伝わった。
    「バタ子さんや、アンパンマンを呼んできてくれないかい?」

    突き付けられた拳銃。

    死、という概念。

    笑みを浮かべる男。

    その全てがルールの外からやってきた。


13 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/02(水) 22:59:07.38 ID:GWCl//d70
    それでもジャムおじさんは自分のルールに従った。
    危機が迫ったのなら、アンパンマンを呼ばなくてはならない。
    手の平には、今まで掻いた事の無い汗が滲んでいる。
    視線の先にいるバタ子さんに、不安を与えたくは無かったが、声は微かに震えてしまった。彼女は口元に手をあて、固まったように動かない。

    「バタ子さん。アンパンマンを…」

    「それには及ばない」

    ジャムおじさんの言葉を遮るように、乾いた破裂音がパン工場に響き渡った。


16 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/03(木) 18:58:07.35 ID:GWCl//d70
    「頑張ってね!アンパンマーン!」
    空に向けて子供たちは手を振っていた。アンパンマンも答えるように手を振っている。
    暖かい太陽の光に、子供たちは目を細めた。
    アンパンマンは視界の外へと飛び去っていった。

    「今日は楽しいピークニック!みんなで楽しいピクニック!」
    楽しそうに、誰かが歌い出した。それにつられて、いつのまにか子供たち全員が歌い出していた。
    「ほらほら。みんな、ちゃんと歩きなさい」
    振り向いて、そう子供たちに注意を促すのは、みみ先生だった。
    困った顔をしているものの、その表情は幸せに満ちている。
    楽しくお喋りしながら、子供たちは森の小道を歩き続けた。


17 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/03(木) 18:59:28.32 ID:GWCl//d70
    「あーぁ。早くお昼ご飯食べたいなぁ〜」
    「僕もお腹減っちゃったよ」
    歩きながら、カバ夫くんとピョン吉くんはお腹に手を当てていた。
    「もう。二人とも食いしん坊なんだから。あとちょっとなんだから我慢しなさい」
    ウサ子ちゃんのその口調は、まるで二人の母親のようだ。
    それに反抗するようにカバ夫くんが声高に言う。
    「だって、今日のお昼はどんぶりまん3人の特製丼なんだよ!」
    その目は真剣そのものだ。カバ夫くんの迫力に、子供たちの視線はどんぶりまん達に注がれた。
    「そうそう。あたしのてんどんは世界一ざんすからねぇ。皆たのしみにするざんす」
    「何を言ってるのかね。ミーのカツドンが世界一ね」
    「オラの釜飯が世界一だべ〜」
    いつものごとく、3人の小競り合いが始まる。その光景を見ながら楽しそうに笑う子供たち。
    当の3人も、いつのまにか笑い声に包まれていた。

    その時、確実に迫っている異変に、誰も気付かないでいた。


18 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/03(木) 19:01:43.93 ID:GWCl//d70
    丁度、森の広場が見えてきた頃だった。

    耳をつんざくような、甲高い金属音が響いた。

    「キャー」そう声をあげたのはウサ子ちゃん。
    「うわぁ」情けない声をあげているのはカバ夫くん。
    皆それぞれ、得意の反応を示した。何かおかしな事が起こった時にする反応。
    答えが先に分かっている時の、お決まりの反応だった。
    「みんな大丈夫?」
    すぐさま、みみ先生が子供たちに声をかける。この世界でのルール。
    「うん大丈夫だよ、先生」
    子供たちがそう答えようとした時

    どさり

    と、音がした。何かが地面に倒れこむ音。


19 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/03(木) 19:07:14.31 ID:GWCl//d70
    音のした方向へ、皆が視線を向ける。
    そこに倒れていたのは、かまめしどんだった。
    けれどその違和感に、そこにいる誰もが声を出せずにいた。

    かまめしどんの頭部、釜の部分が粉々に砕けていた。地面には釜飯が散らばっている。
    その瞬間、なぜだろうか、見慣れているはずの釜飯が、得体のしれない奇妙な何かに見えてしょうがなかった。

    「きゃああああああああああ」

    ウサ子ちゃんが、生まれて初めての悲鳴を上げた。

    ルールにそぐわない、平和な世界を切り裂く声。

    その悲鳴が合図だっかのように、森の影から多くの男が現れた。
    「子供たちはなるべく傷つけずに捕らえろ。抵抗するものは殺して構わん」
    男の一人が静かな声で言う。一斉に男たちの手によって子供らが捕らえられた。
    無機質な、無駄の無い動き。
    叫び声と悲鳴が、森の木々へと吸い込まれていった。


20 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/03(木) 19:10:35.48 ID:GWCl//d70
    初めての状況だった。
    カツドンマンは動けずにいた。
    自分達のルールに当てはめることが出来ない。
    かまめしどんは、いつもの弱弱しい声を出すことなく、釜の大半が醜くひしゃげ、地面に伏せている。
    子供たちは聞き慣れない悲鳴をあげている。

    それらに対して、男達は一切の反応を見せていない。

    こんな光景は見たことが無い。
    それでも、一つだけ、カツドンマンにはするべき事が分かっていた。

    子供たちを助けなくてはいけない。

    子供たちが連れ去られそうになっている。その犯人がバイキンマンでなくても構わない。
    今、子供を助けるのが、カツドンマンの出せるただ一つの答えだった。

    「子供たちから手を離すね!」

    その声に、男達は振り向きもしなかった。無意識に息を呑んだ。
    自分の知らないルールに打ちのめされる。
    カツドンマンの世界が、ぐにゃりと、形を歪めていく。

    「こ、子供たちから、手を離すね!」

    そう叫んで、カツドンマンは男達へと向かっていった。


21 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/03(木) 19:12:49.81 ID:GWCl//d70
    -----カツドンマンは、地面から立ち上がった。全身砂まみれだった。
    辺りを見回す。けれど目に入るのは、森の木々と、青い空。そして地面に伏しているかまめしどんだけだった。

    男達も、子供たちも、みみ先生も、この場から消え去っていた。

    「てんどんまんは?」
    ふと気付いたように、カツドンマンは友の名前を口にした。
    記憶には、自分と同じように男達と戦うてんどんまんの姿があった。
    連れ去られてしまったのだろうか。
    もしくは、傷付いてどこかに倒れているのだろうか。
    どちらにしても、探さなくてはいけない。
    懸命に、周囲に目を凝らした。遠くの方、森の広場の中心で、何か動く物があった。

    カツドンマンは広場へと走っていった。


22 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/03(木) 19:16:28.52 ID:GWCl//d70
    広場の中心には木が一本立っていた。陽の光を遮るように葉が広がっている。
    その木陰の中に、てんどんまんが座っていた。

    「てんどんまん、大丈夫かね?」
    カツドンマンがすぐに駆け寄る。
    てんどんまんは、その体を木に縛り付けられ、口はテープで塞がれていた。
    そしてぐったりと、首をもたげている。
    てんどんまんが、カツドンマンに気付いた。目を見開き、涙を流しながら、弱弱しくうなっている。
    「大丈夫ね。今すぐ助けてやるからね」
    口元のテープを一気に剥がす。テープが剥がされると同時に、てんどんまんはかすれた声で何かを言った。
    乾いた息に混じって、カツドンマンには聞き取れなかった。

    「どうしたね?もしかして、あいつらに天丼を抜かれてしまったのかね?安心するね。今すぐミーのカツドンを分けてやるからね」

    その言葉にてんどんまんは大きく反応した。けれど力が出ず、カツドンマンを止めることが出来ない。

    「大丈夫だから。ちょっと待つね。空っぽのどんぶりじゃ可哀相だからね。」


    そう言いながら、カツドンマンがてんどんまんの蓋を開ける。


23 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/03(木) 19:27:27.94 ID:GWCl//d70
    ピン


    と、ガラスを爪はじいたような、小気味良い音がした。

    カツドンマンが覗くと、予想に反し、中は空っぽでは無かった。
    見知らぬ緑の球体がひしめきあっていた。

    それが何であるかカツドンマンには分からなかった。考えることも出来なかった。

    この世界には存在しない異質な物体。
    M67破片手榴弾。

    てんどんまんの涙が、地面へと落ちていく。

    「開けては…ダメざんす…」

    その叫びは、眩い光と爆音に包まれ、カツドンマンに届くことはなかった。


27 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 00:15:38.88 ID:GWCl//d70
    「はじめまして、バイキンマン」
    バイキン工場の中、いつの間にか一人の男が立っている。

    バイキンマンは声も出せずに振り向いた。

    いつ入って来たのか。

    なぜそれが分からないのか。

    もしこっそり入って来たと言うなら、頭から煙を出して怒鳴ることが出来るはずなのに。

    なぜ・・・

    「お前ら誰だ!オレ様の城に勝手に入ってきやがって。さっさと出てけ!」

    なぜ、自分の声は震えているのか。


28 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 00:19:30.42 ID:GWCl//d70
    「バイキンマン、あなたはアンパンマンを倒したいですか?」
    「なにぃ?」
    「言うなれば、私達はあなたの味方ですよ。私達にとってもアンパンマンは邪魔な存在だ。
     一緒にアンパンマンを倒しましょう」

    男は笑みを浮かべている。
    その異様な雰囲気に、バイキンマンはたじろいだ。

    「いいから出てけ!」
    「協力と言っても、実際に手を下すのは我々がやります。だからあなたには、アンパンマンに関する情報を提供していただきたい」
    「うるさい出てけ!オレ様は誰の手も借りん。何よりお前らが気に食わない!」
    「そう、ですか。それは残念だ。我々は今、非常に悲しい気持ちになりました」

    言葉とは裏腹に、男は変わらない笑みを浮かべていた。
    バイキンマンの声が大きくなっていた。

    「分かったらさっさと出てけ!」

    男は溜息をつく。やれやれ、とでも言いたげに首を振った。

    「致し方無い。こういう方法を取らせていただく」

    男が手の平を、肩の位置に上げた。


29 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 00:29:17.66 ID:GWCl//d70
    それが合図だったのか、複数の男達が突如現れた。
    男の肩には誰かが担がれている。バイキンマンの表情が強張った。

    「何するのよ!レディにヒドいじゃない!」
    「ドキンちゃん!!」

    後ろ手を縛られたドキンちゃんが、床へと転がされる。

    「いったーい。もうホントいい加減にしなさいよね!」

    ドキンちゃんは、まだ自分のルールに基づいていた。
    けれどその姿を見て、バイキンマンの中では何かが変化していった。

    「ドキンちゃんを離せ!」
    「えぇもちろん。あなたが協力するとおっしゃってくれるのなら」
    「バイキンマン!早くこいつら追っ払ってよ」

    男達と、ドキンちゃん。
    二つの世界の狭間に、バイキンマンは立っていた。
    バイキンマンは拳を握り締める。

    「バイキンマン!」

    ドキンちゃんの声に、バイキンマンは突然走り出した。
    男達に背を向けて、この場から逃げ去るように走り出した。
    それはルールとは違う行動だった。

    「なんなのよもぉ!バイキンマンのバカァ!」

    それは普段のドキンちゃんが言う台詞。ルールに基づいた台詞。
    なのに、ドキンちゃんの声は、困惑の色で溢れていた。
    不安な眼差しで、男達を見上げる。

    何か大きなものに、呑み込まれていくようだった。


30 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 00:35:04.36 ID:GWCl//d70
    「あららら。バイキンマンが逃げ出してしまいましたよ、ドキンちゃん」

    男達が楽しそうに笑っている。

    「あんたたち、何者なの?」
    「あぁ。そういえば自己紹介がまだでしたね。
     しかし残念なことに、我々は、あなたがたのような、個々別なキャラクターを反映する名前を持ち合わせていないんですよ。
     名前を持っていることには持っているのですが、それは単なる記号にすぎない」
    「何訳分かんないこと言ってんのよ。もうここには用は無いんでしょ。この縄ほどいて、早く出て行きなさいよ!」
    「ですから、我々を呼ぶときには、総称を使っていただくに他ならないわけです」
    「いいから、早く、出て行きなさいよ」

    自分の知らない応答に、ドキンちゃんの声は小さく、かぼそくなっていった。

    「なので我々を呼ぶ際には、人数や個々に関わらず、是非こう呼んで頂きたい」

    ドキンちゃんの視線を受けて、男の笑みは一層強くなる。


    「人間、とね」


44 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 15:15:11.14 ID:GWCl//d70
    小さな音がした。

    男達が目をやると、壁にヒビが入っていた。そこから細かい破片が床へと降り注いでいた。 
    次の瞬間、ヒビの中心をぶち破るように、巨大なロボットが現れた。

    「ハーヒフーヘホー!オレ様のロボットで、お前ら全員踏み潰してやる!」 

    バイキンUFOが変形した二足歩行ロボット、、通称『だだんだん』。
    アンパンマンと何度も戦い、その度に苦い想いを経験しているロボットだ。

    「しかぁし!お前らみたいな変な奴らに負けるほど、やわなロボットじゃないのだ!」

    バイキンマンの高笑いが工場に響いた。
    その声にドキンちゃんもほっと息をついた。たとえバイキンマンが負けても構わない。
    これで全てが元通りだ。
    バイキンマンは、情けない声をあげながら気を失い、起きてから凄く落ち込むことだろう。
    それを見ながら私はバイキンマンを馬鹿にするのだ。アンパンマンじゃなくてもアンタはダメなのね、と。
    まあたまには、その後傷の手当してあげても良いけど…。

    けれど、いつもの展開には発展しそうになかった。
    その場から居なくなってしまったのかと言うほど、男達は静かだった。


45 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 15:17:42.92 ID:GWCl//d70
    「なによアンタたち!ビックリして声も出ないのね!」

    焦ったようにドキンちゃんが叫んだ。早く、いつもの展開に戻さなくてはいけない。
    返答の代わりに、手を鳴らす音が聞こえた。

    誰かが拍手している。こんな時に、拍手?

    男の一人が感嘆の声をあげた。

    「素晴らしい!素晴らしいよバイキンマン。耳にしてはいたものの、実際に目にすると君の科学力には本当に驚かされるな。是非ご教授いただきたいものだよ」

    予想していた反応と違う。それだけでバイキンマンの手にはじっとりと汗が滲んできた。

    「うるさーい!ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとドキンちゃんから離れろ!」

    男達を蹴散らすように、ロボットが歩き始める。
    普段だったら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うやつらを、笑いながら見下ろしていれば良い。
    誰一人として踏み潰したりはせず、堂々と闊歩するだけで良い。
    そしたら、アンパンマンのやつが現れてくれる。

    しかし男達は、一匹の大きな生き物のように、一塊のままロボットから距離を取った。
    声も出さずに全員で同じ動作を行う様子は、薄気味の悪さ以上に、このまま相対してはいけない恐怖をバイキンマンに感じさせた。

    「なにやってるのよバイキンマン!早くあいつらをやっつけて!」

    ドキンちゃんの声が、バイキンマンを自分達の世界に繋ぎ止める。

    「お前ら、俺様のロボットに手も足も出ないな!」

    バイキンマンが再び歩き出そうと、レバーを握る手に力を込めた時、男達が一斉に何かを取り出した。
    「撃て」

    誰が発したのか分からないその一言で、激しい金属音が鳴り響いた。
    横殴りの雨を受けるように、無数の銃弾がロボットに降り注ぐ。
    ドキンちゃんは聞いたことの無い音に襲われ、体を丸め、ぎゅっと目を閉じていた。


46 :続き:2009/12/05(土) 15:19:28.55 ID:GWCl//d70
    銃声が鳴り止んだ。

    経験したことの無い男たちの行動が、バイキンマンの全身に汗を噴出させた。
    しかし幸いなことに、その行動にはアンパンマンほどの力は無かった。
    バイキンマンの声が幾ばくかの元気を取り戻す。

    「ハーヒフーヘホー!そんなものじゃ俺様のロボットはビクともしないのだ!」

    男の一人が笑みを浮かべた。

    「ああ、まったく、そのようだ。さすが、と言うべきかな」
    「降参するのも今のうちだぞ!さっさと俺様の工場から出て行け!」
    「何か特殊な金属でも使っているのか?傷一つ付かないとは」
    「俺様は本気だからな!早くしないとギタギタにするぞ!」
    「けれど、どうやらコクピットの強度はそれ程でも無さそうだ。とは言ってもこの角度では君に当たりそうも無いのだがね」
    「訳分かんないことばかり言いやがって!もう怒ったぞ!」

    バイキンマンがロボットの足を踏み出そうと動かし始める。
    男達はそれを見ても何ら表情を変えずに、先ほどと同じ様に銃を構えた。


47 :続き:2009/12/05(土) 15:22:39.28 ID:GWCl//d70
    「何度でもやってみろ。俺様のロボットは無敵なのだ!」

    「おっしゃる通り。では、こういう手はいかがかな?」

    男達は銃口をロボットから別の対象へと向けた。

    そこに居たのはドキンちゃん。
    目をパチパチさせ、この後の展開を想像出来ないでいる。

    バイキンマンも同じだった。
    自分の知らないルールで、何が正しいのか、何をすればいいのか。
    考え判断する思考を、持ち合わせていなかった。

    ただ、ルールに関係無く、バイキンマンはドキンちゃんが好きだった。

    大好きだった。

    自分が何をして、何で喜ぶのか。

    そんなことは分かりきっていたのだ。


    再び、工場内が銃声で満たされていく。


50 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 18:28:27.55 ID:GWCl//d70
    「バイキンマーン!ドキンちゃーん!」

    食パンマンがあらん限りの声を振り絞っていた。しかし、すぐに声はかき消されてしまう。
    バイキン工場内は、あちらこちらから爆発音が聞こえ、壁は崩れ落ちつつあった。
    あとどれくらい持ち堪えてくれるのかも分からない。もう二人はここには居ないのだろうか。

    「バイキンマーン!どこに居るんですかぁー!」

    崩れる壁の中を縫うように、食パンマンは奥へと進んでいった。

    ある部屋の入り口に、ゆらゆらと動く影が見える。

    「あれは・・・ドキンちゃん!」

    食パンマンの声に気づいたのだろう。ドキンちゃんも視線をあげた。
    その目は虚ろで、まだ食パンマンの姿が見えてないようだった。


51 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 18:30:18.03 ID:GWCl//d70
    食パンマンがドキンちゃんの目の前へと降り立つ。様子がおかしい彼女の肩をつかみ、問いただした。

    「ドキンちゃん、大丈夫ですか?いったい何が起こってるんです?これは誰の仕業なんですか?」

    紳士な態度とは言えない矢継ぎ早な質問。
    それでも、食パンマンの声に、存在に、ドキンちゃんの顔は力を取り戻していった。
    そして質問に答える代わりに、くしゃっと顔をゆがめてしまった。

    「食パンマン様ぁぁぁぁ」

    ドキンちゃんは食パンマンに抱きつき、耳が痛くなるほどの泣き声をあげる。
    困惑した食パンマンは彼女の肩を抱き、少し落ち着くのを待った。

    しゃくり声をあげるドキンちゃんに、先ほどと同じ質問をかける。

    「ここで何が、あったんですか?」

    ドキンちゃんは何も言わず、小さく首を横に振った。

    「これは誰の仕業なんですか?」

    また首を振る。答えが得られることを信じていた食パンマンは、その反応にたじろいだ。
    ドキンちゃんですら何も知らないとなると、今この世界はどこに向かっているのだろうか。
    ずっと目を背けていた不安が一瞬にして食パンマンに絡みつく。
    食パンマンもそれ以上ドキンちゃんに質問出来ないでいた。
    次の展開を望むように、ドキンちゃんの顔の上で目を泳がせた。


52 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 18:31:58.48 ID:GWCl//d70
    二人の沈黙を破るように、一際大きな爆発音がして、壁が激しく崩れ落ちてきた。
    我に返ったように食パンマンは工場内を見渡す。

    「ドキンちゃん!とりあえずここから出ましょう。このままでは二人とも埋まってしまいます」

    コクコク、とドキンちゃんは頷いた。その手を取り、食パンマンは出口へと向かおうとした。

    「なんなんですか一体・・・」

    手を引かれるがままにドキンちゃんも歩き出そうとする。

    「バイキンマンの仕業じゃないとは・・・」

    その瞬間、急に食パンマンの手が振りほどかれた。驚いて後ろを向くと、ドキンちゃんは真っ直ぐに食パンマンを見つめていた。

    「食パンマン様、ごめんなさい。アタシ行けない」
    「何言ってるんですかドキンちゃん!このままでは工場が崩れ落ちてしまいますよ!」
    「でもダメなの。だって、バイキンマンが待ってる」
    「え、バイキンマンがいるんですか?」

    食パンマンの声を無視するかのように、ドキンちゃんは元いた場所に向かって走り出した。
    その後姿追いかけようとした食パンマンの視界を、崩れ落ちてきた壁が遮る。

    「ドキンちゃーん!」


    もうその声は彼女に届いていないようだった。


53 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 18:34:51.73 ID:GWCl//d70
    地震のように激しく床が揺れている。
    眼前に広がるのは数時間前とは打って変わった工場内の景色。
    壁は残っているところを探す方が難しく、至るとこに亀裂が走り崩壊している。

    その中心に巨大なロボットが居た。
    四つんばいの格好で、先ほどまで動いていたのが嘘のように、重い金属の塊と化している。
    ドキンちゃんはコクピットの部分に寄りかかった。

    「全く、アンタのおかげで私もここに残るはめになっちゃったじゃない」

    セリフとは裏腹にその声は穏やかだった。

    「食パンマン様の誘いを断ったのよ?せっかくのデートだったのに」

    「でもこんな埃だらけじゃダメよね。・・・何嬉しそうな顔してるのよ。しょうがないわね」

    「目が覚めたら、早く工場内を綺麗にするのよ。綺麗なのが苦手だからって、今回ばかりは許さないんだから」

    コクピットを覆っていたガラスは粉々に砕かれている。
    その中、バイキンマンは背もたれに体を預けて目を瞑っていた。


54 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/05(土) 18:38:37.77 ID:GWCl//d70
    眠ったように静かなバイキンマン。
    その表情は、今までにないくらい幸せに満ちている。

    ただ、バイキンマンの下半身は、跡形もなく、見るも無残に消し飛んでいた。
    無数の銃弾がバイキンマンの体を引き千切っていた。

    「ねぇ、早く、目を覚ましてよ。バイキンマン・・・」

    そんなバイキンマンを見て、ドキンちゃんは微笑む。

    幸せそうな表情のバイキンマン。

    周囲を崩れ落ちた壁が包み込む。


    静かに、ゆっくりと、二人の世界が終わりを告げた。


61 :続き:2009/12/06(日) 03:10:57.11 ID:GWCl//d70
    アンパンマンは躊躇した。
    パン工場のドアに手をかけたまま、一瞬その動きを止めてしまった。

    このままドアを開けても良いのだろうか。
    いや、良い悪いでは無い。自分はこのドアを開けても、自分でいられるのだろうか。
    そんなことを考えてしまう自分の変化に、アンパンマンは気づけないでいた。
    異なるルールが、徐々にアンパンマンの精神を塗りつぶしていく。

    不吉な考えを追い払うように頭を振り、ドアを開けた。


62 :続き:2009/12/06(日) 03:12:44.06 ID:GWCl//d70
    室内は薄暗く、異様な臭気が漂っていた。
    暗いのは明かりだけじゃない。ジャムおじさんとバタ子さん、二人の明るい声も聞こえてこなかった。

    アンパンマンは中に足を踏み入れることが出来なかった。
    助けを求めるように、工場内に視線を巡らせる。

    「ジャムおじさん。バタ子さん。居ないんですか?」

    それはアンパンマンが出してはいけない声だった。
    顔は一切濡れてないはずなのに、怯えと困惑の色で満たされた声。
    勇気の化身であるはずのアンパンマンが、アンパンマンで無くなってしまった瞬間。

    見えてはいた。

    床に横たわる“それ”が、視界には入っていたのだ。
    ただそれは、この世界にあるはずも無い物。あってはならない概念。

    ゆっくりと、アンパンマンは工場内に足を踏み入れる。
    それを目の前にしても、アンパンマンはまだ理解することを拒否していた。
    それに手をかけ、ごろりと上を向かせる。

    頭を打ちぬかれた死体。
    数時間前、ジャムおじさんであった物体。

    アンパンマンは息を呑んだ。
    名前を呼んではいけない。これがジャムおじさんであってはならない。
    快活な笑顔と優しい声。それを持たぬこれを、ジャムおじさんと呼んではいけない。

    後ずさるようにアンパンマンはそれから離れた。
    壁に寄りかかり、上手く息を吸うことの出来ない胸を押さえた。


63 :続き:2009/12/06(日) 03:14:36.70 ID:GWCl//d70
    「アン・・・パ・・・ン」

    かすかに聞こえる声に、アンパンマンは小動物のように飛び上がった。

    「アンパンマン・・・そこに居るの?」

    声の主は、バタ子さんだ。
    それに気づいたアンパンマンはすぐさま彼女のもとに駆け寄った。
    バタ子さんも、部屋の奥で床に横たわっていた。

    アンパンマンはバタ子さんを抱き起こす。
    しかし、抱き起こしたバタ子さんは、アンパンマンの知らない誰かだった。

    「アンパンマン、無事だったの?」

    バタ子さんの声がするものの、彼女の顔は赤い液体がべっとりとへばり付いている。

    「アンパンマン・・・なの?私、今、何も見えないの」

    彼女の目は赤黒く、一欠けらの光も映しこんではいない。

    「ジャムおじさんも、チーズも、あいつらにやられてしまったの・・・」

    これは誰だ?

    いや、僕は知っている。

    本当は理解しているのだ。

    ああ、もう、戻れない。

    昨日までの日々には、もう戻れないのだ。


64 :続き:2009/12/06(日) 03:16:08.01 ID:GWCl//d70
    一歩、踏み出さなくてはならなかった。
    腕の中で横たわる彼女の、大好きだった彼女の、愛おしい名前を、僕はちゃんと呼んであげなくてはならない。

    「バタ子さん、大丈夫ですか?」

    恐怖も不安も、そこには含まれていなかった。別の何かが体を支配していく。
    バタ子さんは力無い笑顔を向けた。

    「アンパンマン、良かった。無事だったのね」
    「いったい、何があったんです?」
    「急にあいつらがやって来たの。外から。私達の知らないところから」
    「あいつら?」
    「人間、と言っていたわ。あいつらは、この世界にあってはならない物を持っていたの」
    「・・・そいつらがバタ子さんを、皆を、こんな風にしたんですね」

    アンパンマンは、バタ子さんを自らの胸の中できつく抱きしめた。

    「離して、アンパンマン。顔が汚れてしまうわ」

    聞こえないかのようにアンパンマンは抱きしめ続けた。

    「ねえアンパンマン。私、分かっているの。私はもうバタ子さんでは無いわ。もうパンを焼いたり、笑ったりは出来ない。
     あなたの知ってるバタ子さんはここには居ないのよ。だから、ねえ、もう放っておいていいのよ」

    バタ子さんもまた、自らをルールの外に置いていた。
    全てを受け入れ、理解していた。

    なぜかその声はいつもより優しく聞こえた。


65 :続き:2009/12/06(日) 03:18:26.94 ID:GWCl//d70
    「アンパンマン、泣いているの?」

    バタ子さんの顔の上へと、涙が落ちる。

    「顔が濡れてしまっては力が出ないでしょう。正義の味方なのに、子供みたいよ」

    バタ子さんはくすくすと笑った。

    「いつもだったら、すぐに新しい顔を焼いてあげられるのに。ごめんなさい。私にはもう無理なの」

    アンパンマンは黙って首を振る。

    「でもアンパンマン、安心して。釜の中に最後の一つが残っているわ。それをつけたらもう泣いてはダメよ?アナタは正義の味方なんだから。他の人達を助けに行って」
    「・・・バタ子さん」

    何でも良い、何でも良いから声をかけたいのに、アンパンマンの口からは何も発することが出来なかった。

    「ほら、早く行きなさい」

    バタ子さんは、ニッコリと微笑んでみせる。
    そして明るい声で言った。

    「それいけ、僕らの、アンパンマン」

    腕の中の彼女がずっしりと重くなった。
    もう彼女は話すことも、笑うことも出来なくなってしまった。
    不思議なことに、経験したことの無かったそれを、アンパンマンはすんなりと受け入れることが出来た。


66 :続き:2009/12/06(日) 03:21:31.78 ID:GWCl//d70
    アンパンマンは目を閉じ、もう一度きつく抱きしめた後、静かに、大切に、彼女を床へと寝かせた。

    力の入らぬ体で立ち上がり、釜の前へと足を進める。
    普段なら軽く開けられる扉が、やけに重く感じる。

    中にはバタ子さんの言った通り、アンパンマンの顔が入っていた。
    しかしそれは焼きあがる前の、生の生地だった。
    手に取ると湿っていて、重く、指がめり込むようだった。
    ふわふわで温かい新しい顔とは似ても似つかない代物。

    それでもアンパンマンは自らの顔を外し、新しい顔へと付け替えた。
    膝から崩れ落ちそうになる。体中に重りをつけられたかのように、全身から力が抜けた。
    それでも足を踏ん張り、歯を食いしばった。

    あらん限りの力で足を上げ、出口へと一歩を踏み出そうとした時、

    空気を震えさせるような爆音が響いた。

    激しい衝撃が体を貫く。
    気がつけば周囲は炎に包まれていた。
    バタ子さんも、ジャムおじさんも、見る間に黒ずみ縮んでいく。

    炎に揺らめきながら、外の方に何かが見えた。


67 :続き:2009/12/06(日) 03:23:31.24 ID:GWCl//d70
    「ヤーヤーヤーヤー。これでかの有名なパン工場も一巻の終わりといったところだね。アンパンマンも彼らと共に消し炭と変わったことだろう。
     仲間とともに死ねるなら、優しいアンパンマンの本望だろうさ」

    パン工場の外には男達が一列に並んでいる。
    その後ろには巨大な鉄の車。主力戦車、MIエイブラムス。

    「うんうんうんうん。なんと嬉しきことかな。アンパンマンが居ないとなれば、この世界は我々のものになったも当然だ。」

    男は両手を広げて空を仰ぎ見た。

    「豊富な土地と資源。我々の世界とは異なる性質を持つ未知なる物質。
     科学者でなくても、この世界の素晴らしさには感動せざるを得ないね」


    燃えさかるパン工場が音を立てて崩れ落ちた。


68 :続き:2009/12/06(日) 03:25:38.77 ID:GWCl//d70
    「ん?」

    男の目に、炎の中、一つの影が揺らめいてるのが見える。

    「君が・・・」

    その影が何かをつぶやいた。男の耳には届いてこない。

    「君が僕を・・・」
    「全く、しつこい奴だ」

    男が後ろの戦車へと合図を送る。轟音とともに主砲が発射された。
    爆風と炎が影を包み込む。
    が、次の瞬間、影を包んでいた炎が全て吹き飛ばされていた。

    突風が吹いたのではない。
    彼が自らのマントを翻し、全ての炎を消し去ったのだ。


    瓦礫の中、アンパンマンが立っている。

    「君が僕を」

    その声は空気を震わし、地面を揺らした。

    「焼成させた!」

    それは咆哮に似た叫びだった。


69 :続き:2009/12/06(日) 03:29:23.81 ID:GWCl//d70
    釜で焼かれた顔ではない。
    斑についた焦げ目は醜く、優しい顔など作れやしない。
    それでも体の内には、ふつふつと力が湧いてきている。

    新しく手に入れた感情、手にしたくなかった感情。
    愛や勇気はもう自分の体を満たしてはくれない。

    それでも、それでも戦う。

    譲れない何かのために。

    たった一つの理由のために。

    アンパンマンはその決意を言葉に込めた。

    誰に言うでもなく、一人つぶやく。


    「元気百倍、アンパンマン」


72 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/06(日) 08:27:08.50 ID:gzg/UEh00
    バイキンマンのところから目の前がみえない!!!!!!



83 :続き:2009/12/06(日) 18:12:46.04 ID:GWCl//d70
    それはまさに、ファンタジーの世界だった。

    全ての悪を屠る強さ。

    物語で読むヒーローの姿。

    部隊を一歩前へ出させた。攻撃目標はもちろん彼だ。
    ただ、銃を構えさせる前に、一人の頭が消し飛んだ。
    瓦礫の中に居たはずの彼がそこに居る。彼に我々の距離の概念は通用しない。
    拳の一振りで、熟したトマトのように頭部が弾ける。残された体は小刻みに震えていた。

    その場に居た男達が一斉に銃を向ける。

    しかしそこに彼は居ない。銃口を四方へ向けながらその姿を探す。

    馬鹿なやつらめ。彼には重力の概念すら無いというのに。

    男の視線の先に彼が居た。
    空中で、マントをなびかせながら、眼下に居る我々を見下ろしている。


84 :続き:2009/12/06(日) 18:14:18.12 ID:GWCl//d70
    「上だ!」一人が叫ぼうとする。

    しかし最初の一文字すら発音させてもらえない。
    叩きつけるように振るわれた拳によって、そいつは単なる地面の赤い染みと化した。

    我々は、なんと脆く醜い生き物なのか。
    彼の拳に対し、腐った果実を握り潰すような、湿り気を帯びた音を立てることしか出来ない。
    空に飛ばされ、キラリと光って消えていくことも出来ず、赤黒いペンキをそこらにぶち撒けるだけ。

    それにしても、我が部隊も残り少なくなったものだ。

    そこのお前、情けない悲鳴をあげるんじゃない。
    どうせ銃弾など当たりはしないのだ。たとえ当たったところで、傷の一つも付けられない。

    冗談のような存在。

    御伽噺の主人公。

    あれだけの血の雨を降らせたというのに、なぜ一滴たりともその身に浴びていないのか。


    ああ、なんて彼は、美しいのだ。


85 :続き:2009/12/06(日) 18:16:31.16 ID:GWCl//d70
    「くふ」

    尊敬と畏怖の念が口から漏れ出した。
    それは笑い声に聞こえた。

    「くふふふふふふ」

    いや男は笑っていた。彼の者の姿を目の当たりにし、笑っていたのだ。

    微塵の気配すら感じさせず、彼は自分の脇を通り抜ける。
    後ろを振り向かずとも分かる。
    轟音を響かせながら、主力戦車がハリボテの如く吹き飛ばされたのだ。

    ものの数分の出来事だった。もうこの場には彼と自分しか居ない。

    冷たい風が、頬を撫でた。

    「ああ、君は素晴らしいよ。アンパンマ」

    男の意識はそこで途切れた。


87 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/06(日) 21:38:54.40 ID:kM/y1MvBO
    うっ..ぅ(ρ_;)



105 :遅くなってすいません:2009/12/07(月) 23:05:57.23 ID:GWCl//d70
    「君たち、やめるんだ!」

    食パンマンが叫ぶ。

    それは悪を戒め、人々に勇気を与える言葉。
    聞いた相手が怯んでしまうようなセリフ。

    けれど、今は違う。

    「やめてくれ!」

    食パンマンは懇願するように叫ぶ。そこに力強さを感じることは出来ない。
    何も無い空間を掴むように腕を伸ばす。

    その先には、男が居た。


106 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/07(月) 23:08:08.03 ID:GWCl//d70
    町は、住人達は、その姿を変えていた。

    ある者はその愛くるしい顔を恐怖で歪ませ。
    ある者は自身に似つかわしくない悲鳴をあげ。
    ある者はもう何も言えない体になっている。

    周囲は倒壊した建物が並び、勢いの収まらない炎が瓦礫の山を明るく照らしている。

    その中に男が居た。

    足元には住人達が寝転んでいる。
    半分は食パンマンを見つめたまま、体を震わしていた。
    半分は地面の一点を見つめたまま、ピクリとも動かない。

    男が小銃を住人の頭へ押し当てる。

    「やめるんだ!」

    食パンマンが拳を振りかぶった。
    その瞬間、男は小銃から手を放し、両手を顔の前へ上げた。

    「分かったよぉ食パンマン。もう二度としないよぉ」
    「ほ、本当かい?今度は、本当、かい?」
    「あぁ本当だよぉ。嘘なんてつかないよぉ。もう悪いことなんてしないよぉ」

    食パンマンは短く荒い息を吐いた。


107 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/07(月) 23:09:57.59 ID:GWCl//d70
    良かった。この後どうすれば良いのかなら分かる。

    もう嫌だ。

    これで終わりだ。早く終わりにするんだ。

    「じゃあすぐに町の人達を離すん」
    食パンマンの声は途中で遮られる。

    笑い声と共に銃声が鳴り響いた。
    住人は自身を貫く銃弾に合わせ、小刻みに体を揺らせる。
    そして、音が鳴り止むと共に、一切の動きを止めた。

    「ぐひひひひひひ。ごめんよぉ食パンマン。嘘ついちゃったぁ」

    口から涎を吐き出しながら男が笑う。

    「ぐひ、ぐひひひひ」

    下水管が詰まったような笑い声。


    何度目だろうか。

    何度この笑い声を聞いたのだろうか。

    私は、何も間違っていないはずなのに。

    簡単な話だったじゃないか。いつもなら終わる話じゃないか。

    これしか知らぬ私に、どうしろと言うんだ。

    誰か・・・誰か・・・


    再び男が小銃を住人へと向ける。


108 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/07(月) 23:11:56.41 ID:GWCl//d70
    「ほらぁ撃っちゃうぞぉ」

    握った拳は、力を込めすぎてブルブルと震えている。
    その拳を大きく振りかぶる。

    「ぐひひ。やっぱりやめとくよぉ。悪いことはしちゃいけないもんなぁ」

    大量の涎が地面へとこぼれ落ちる。男は肩を上下させ笑っている。

    食パンマンは拳を下ろすことが出来ない。
    その表情は苦痛に耐えるように歪んでいる。

    「う、うあああ」

    食パンマンの喉から搾り出された叫び。

    気高き、正義の、鋼鉄なる拳を

    男へと向けてしまった。


110 :ローカルルール変更議論中@VIP+:2009/12/08(火) 00:02:29.43 ID:x8eKg/7IO

    食パンマン様ーーーーーーっっっ!!!!!!!


アンパンマンは涙を流せない【後編】へつづく

引用元
アンパンマンは涙を流せない
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1259760832/
 
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