155 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 00:27:49.95 ID:GKOCnSCP0]
    翠星石「そういうことならしょうがねーですから、翠星石も協力してやるです。
        というか、造花の7割は翠星石が作ってるですよ。真紅はすぐ怠けるし仕事が遅いです。
        だからご飯だって翠星石7割、真紅3割でわけるです!」
    真紅「なにを言うの翠星石。私だって努力しているしそれは認められてしかるべきだわ。
       そうだ雛苺、あなたもこれからは手伝いなさい。雛苺は私の奴隷なのだから、この子の作った分も
       私のものとして換算されるはずよ」
    雛苺「よーーし、ヒナ頑張るのよ〜」
    翠星石「チビチビは遊びで作りすぎて商品にならんです。材料分はちゃんと作らないといけねーんですよ」

     みんなが僕のドレス作りのために協力してくれる。お金は心配しなくていいと言ってくれる。
    それは本来喜ぶべきことだろう。ありがとうと感謝するべきだろう。
     でも僕は怖かった。なにか怖くて仕方なかった。


前の話から読む人はこちら
ローゼンメイデン・アパートメント【パート1】



 

156 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 00:29:24.34 ID:GKOCnSCP0]
     今までよりもはるかにドレス作りに向かう僕の気持ちは重くなった。正直逃げ出したいほどだ。
     アイディアは何個か湧いてくるものの、それは皆「2万いくかどうかのドレス」のアイディアだった。
    それらはもう作ってはいけないドレスなのだ。生活のためという正義は奪い去られていた。

    ジュン「こんなのじゃだめだ、こんなのじゃ」
     気付けば机に突っ伏して、こう口走っていた。
    翠星石「……ジュン、もう焦って作る必要はねーんですからじっくりやるですよ」

     後ろで内職をしている翠星石が、あいつからは信じられないような優しい口調で僕を慰める。
    振り向けば翠星石と真紅がせっせと造花作りにいそしんでいるのだ。

     僕はこの部屋にいることに耐えられなくなり、
    ジュン「ひとりでアイディアを練り直す」
    と言って隣室のふすまを開けた。

     そこでは雛苺がクレヨンで絵を描いていたが、僕の姿を見ると、
    雛苺「じゃあヒナはあっちで描くからジュンがこの部屋つかっていいのよー」
    と出て行ってくれた。悪いな、と機械的に言いつつふすまを閉める。

     部屋で独りになった僕は、ほうっと息を吐いて座り込んだ。
     そのままなにもせず、なにも考えられず、僕は畳と自分の足をみつめていた。


148 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/02(月) 23:36:52.20 ID:9/xWmB6w0]
    すごいなーラプラスの台詞がどハマリすぎ!!

158 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 00:33:02.70 ID:GKOCnSCP0]
    >>148
    同じ元ネタから引用したのでw 
    名言サイトで見つけたシェイクスピアとゲーテです。自分で考えたわけじゃないので一応。

159 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 00:35:52.18 ID:7KuWEvfz0]
    引用にしたって、ちゃんとストーリーの流れにぴったりのを引用してるからスゴス
    黙って手柄にしておけばいいのにw

160 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 00:45:43.78 ID:14mMCSxl0]
    >>158
    乙!
    すごいなー、引用するのってセンスが問われると思うんだ

162 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 01:10:40.87 ID:+jN38phY0]
    やっぱりいいねこういうシリアス話も

168 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 03:28:48.48 ID:GKOCnSCP0]
     2週間が過ぎた。ただ過ぎた。
     今日に至ってはもはや「2万いくかどうかのドレス」のイメージさえ湧いてこない。
     真紅も翠星石ものりも、ただ時間を喰いつぶしていくだけの僕に対して恨み言のひとつも
    言わない。

     ここ数日、決して頭から消えないひとつの考えがある。これを実行することはずっとためらってきた。
    でももうこれしかない。今の僕にはこうするしかないんだ。
     僕は意を決して内職をしている真紅と翠星石を振り返った。

    ジュン「なあ真紅。お前の服、ちょっと見せてくれないか」
    真紅「かまわないけれど、どうするつもり?」
    ジュン「ちょっと見てみたいんだ」
     極力平静な声を出そうと努力する。

    真紅「……ジュン、あなたはお父様の作った私のドレスから技術を学ぼうというの?
       それともまさか、お父様のデザインを流用して自分のものとして使おうと言うの?」
    ジュン「ば、馬鹿。僕はただ新作の参考になればと思って……」

169 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 03:29:33.23 ID:GKOCnSCP0]
     真紅はいつものように僕の目をまっすぐに見てくる。
    真紅「ジュン、ずっと黙っていたけれど、契約の証であるその薔薇の指輪には、ミーディアムと
       ドールの意識を繋ぐ力があるのよ。考えていることが言葉としてわかるわけではないけれど、
       話していることの真偽ぐらいは十分伝わってくるのだわ」

     僕は改めて自分の指輪をまじまじと見た。じゃあ全部もう見透かされて……?
    翠星石「嘘ですよね真紅。そんな話、翠星石も聞いて……」
    真紅「ええ嘘よ。だが間抜けは見つかったようね」
    ……シブいねえ。まったくおたくシブいぜ。確かに僕はローゼンのデザインを流用しようとしたさ。

    真紅「ジュン、真似は決して悪いことではないわ。優れたものを模倣することによって文化は伝わっていく。
       けれど今あなたが作るものは、あなたのドレスなのよ」
    ジュン「べ、べつにオマージュとかリスペクトとかそういうのあるだろ」
    真紅「なら、私のドレスにオマージュを捧げたあなたのデザインを見せて頂戴」

170 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 03:30:28.09 ID:GKOCnSCP0]
     一時間後、僕は真紅にラフスケッチを渡した。結果は見せる前から自分でわかっていた。
    引き返したかった。でもそんなことはもちろんできない。もうやってしまったことなのだ。

    真紅「だめね。あなたの色が出ていないわ。こんなものではお父様から頂いたドレスを使わせる
       わけにはいかないのだわ」

    ジュン「なんでだよ、別にいいだろ! 感覚を、感覚を取り戻したいんだ。よかったときの。
        ローゼンのデザインを元にしたドレスならきっといい感触をつかめるはずなんだ!」
     負い目がある分、逆に食い下がってしまう。

    真紅「誇り高きローゼンメイデンのドレスを、安っぽい妥協に供するわけにはいかないの」
    ジュン「ならもうおまえには頼まない。翠星石、頼む。もうこれしか手段がないんだ」
      もはや見栄もプライドも意地もない。いくとこまでいってやる。

    翠星石「え、と、その、なんというか……ジュ……こ、このちび人間!
        そんなのできるわけねーじゃねーですか!
        お、お前は翠星石にローゼンメイデンとしてのプライドがねーとでも思ってやがるですか!
        単なるまねっこに翠星石のドレスを使うなんてぜ、絶対許さねーです!」

    真紅「雛苺に頼むことも、主人であるこの私が許さないのだわ。
       ジュン、今回は聞かなかったことにしてあげるわ。下手な考えは捨てて真面目にやり直しなさい」

171 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 03:35:15.96 ID:GKOCnSCP0]
     もう、もう嫌だこんなの。
    ジュン「……何回やったってできるわけないだろ。僕には無理なんだよ」
    真紅「無理じゃないわ。あなたには才能がある。ジュン、あなたは天才なのよ」
     おいおい今度はおだててくれるのか。至れり尽くせりだな。
    ジュン「なにが天才だよ。僕にそんな甘い戯言が通用すると思うなよな!」

    真紅「そう。私が甘い言葉をかけたとでも思っているの。残念ながら違うのだわ。
       ジュン、本当に才能がある人間はね、どうやってもその才能と無縁には生きられないの。
       才能が人生を決めてしまうのよ。その人が望んでいるかどうかに関わらずね。
       そのことは時にとても辛く苦しいことをもたらすのだわ。他人は不幸とさえ言う。
       それでも逃げることは許されない。戦わなくてはいけない運命が待ち受けている。
       ジュン、あなたは真の人形師の素質を持っている。そういう人間のひとりなのだわ」
    翠星石「真紅……?」

     なに言ってるんだよ真紅。僕はそんな大げさな存在じゃないぞ。
    ジュン「馬鹿らしい。それだけの天才なら、なんでドレスひとつできないんだよ!
        おかしいじゃないか。お前に人間のなにがわかるって言うんだ! 人形のくせに!」
    真紅「人間のことはわからないかもしれない。でも、あなたのことはわかるのだわ」

172 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 03:36:48.78 ID:GKOCnSCP0]

    ジュン「わかってなんかいるもんか! ドレスを作ったのだって深く考えてなんかいなかった!
        みっちゃんさんが持ってきたやつを手直ししただけじゃないか。
        そうだ、ドレスなんてただの趣味だ。金に問題が無いんだったら辛い思いして作ること
        なんかないんだ!
        それに僕は中卒ニートなんだぞ! おまけに中学は不登校だ! なかなかいないぞこんなやつ。
        そういう意味じゃ僕は天才だな。駄目人間の天才だ。お前が考えているような人間であって
        たまるか!」
     情けないことを言っていると自分でもわかっていた。でももうとまらなかった。

    翠星石「ジュン、なに言ってやがるです! 真紅も急にどうしたんです」
     翠星石がうろたえて僕らの間に割って入る。雛苺は視界の隅で声もなく震えていた。

     それでも真紅は厳しい表情で僕を見つめている。瞳は蒼く燃えるようだった。
    真紅「ジュン、逃げ続けてもいつかは追いつかれるのだわ。それでも自己憐憫に浸っていたい
       と言うのなら、勝手にしなさい」
    ジュン「言われずとも勝手にするさ!」

     僕はアパートを飛び出した。背後から、鉄の扉が乱暴に閉まった音が聞こえた。

173 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 03:39:22.40 ID:GKOCnSCP0]
     真紅とあんなふうに怒鳴りあうなんて、まるで中学不登校時に戻ったみたいだった。

     自分では三年のうちにちょっとは精神的に成長したつもりだったけど、事実はまったく
    違ったようだ。僕の精神はあの頃のままだ。高校だってやめたし証明には事欠かないね。
    外に出れることだけがまだマシってところか。

     それにしても真紅のやつ、いったいどうしちゃったっていうんだ。僕のせいじゃないぞ。
    意味のわからないことをわめきだしたあいつが悪いんだ。

     しばらく歩いてから気付いたが、アパートを飛び出した際、僕は反射的に財布をつかんで
    いたようだ。
     お、ちょうどお酒の自販機を発見。童顔な僕はまだコンビニやスーパーじゃ疑われたりする
    けれど、これなら問題ない。
     ビール買ってやろう。昼間っからビールだ。公園に行くのがいいな。
     晴れた平日の真っ昼間に公園でビールをかっくらう。これぞ今の僕にふさわしい行為だ。

174 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 03:40:01.83 ID:GKOCnSCP0]
     公園にはぽけっとしてる大学生らしき男、仕事をサボっている外回りのサラリーマン、それに
    なにが面白いのかずっと前を眺めてる爺さんの3人がいた。他にいく場所無いのかよ。
     ま、僕が言えることじゃないけどな。

     350ml缶のプルタブを押し込むと、プシュっと音が弾けた。期待が高まる。ぐいっとビールを
    喉に流し込んだ。
     まずい。なにこれ。大人はなにが楽しくてこんな苦いもの飲んでるんだよ。
     しかし今の僕には昼間から酒。これしかない。我慢して半分ほどまで飲み続ける。
     この頃になるとなんだか頭がぽーっとして気持ちよくなってきた。なるほどこのためか。

     頭が浮いているような感覚は心地よいので、味を我慢してビールを飲み続ける。ゲップも何度も
    してやった。
     いいぞ僕。凄く駄目だ。へへ、真紅にこれを見せてやればあのいかれた考えも直るだろうに。

175 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 03:41:13.25 ID:GKOCnSCP0]
     そろそろ一缶飲み終わろうかというとき、僕の視界の中心を紫色の光が掠めていった。
     あれ、僕けっこう酔っちゃったのかなと考えたが、違う。まだそこまではいってないはずだ。
     あれは。そうだ、あれは水銀燈の人工精霊じゃないか。たしかメイメイだ。なんでこんな
    ところにいるんだ。

     メイメイはまるで僕を待つように、やや離れたところに浮んでいた。少しふらつく足取りで
    急いで後を追うと、メイメイは公園の影へ影へと僕をいざなっていく。

     そこで僕を待っていたのは、地面に倒れ伏した一体のドールだった。
     髪はばさばさに、服はボロボロになって見る影もないが、それでも見間違えるはずがない。
     水銀燈。
     僕の酔いは、一気に吹っ飛んでしまった。

207 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 20:25:50.71 ID:WG/Y8kaE0]
     僕は水銀燈に駆け寄り、彼女の体を抱き上げた。
    ジュン「おい、大丈夫か! 帰ってきてたんだな……」
    水銀燈「あ……真紅の……」
     僕は思わず息を呑んだ。
     水銀燈は服や髪だけでなく、手や顔までひどく傷んでしまっている。

     見た目だけでなく、体力的にも相当弱っているようだった。
    ジュン「ちょっとここで待ってろ」

     手近なコンビニに駆けこみ、紙パックやプラスチックカップの飲料が並ぶ棚を探す。
     これだ、ヤクルート66。ヤクルートシリーズで最も高く、乳酸菌パワーは普通の
    ヤクルートに対して当社比5倍。「盗んだバイクで走り出す、アメリカの大陸まで♪」の
    CMソングが窃盗を促しかねないとして放送中止になったことでも有名である。

     何本かまとめてレジに持っていき、お釣りを受け取るのも忘れて公園に走り戻った。
     ミルクを飲ませる母親みたいに水銀燈を抱き抱え、ストローを口に持っていく。
     水銀燈は少しずつ、少しずつヤクルートを飲み下していった。

208 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 20:26:49.84 ID:WG/Y8kaE0]
     時間をかけて1本飲みきると、すこしは体力を回復できたようだった。
     ぽつりぽつりと、水銀燈がこれまでの経緯を語りだす。

    水銀燈「めぐに沖縄の砂を取ってくるって、あなたたちに告げた後ね、
        九州までは結局、トラックやバスにこっそり隠れて乗っていったの。
        途中で行き先の違うやつに乗っちゃったりして、引き換えしたりもあったけど、
        なんとか鹿児島まで行けたわぁ……。
        だけど、飛行場は警備が厳しくてね、沖縄まで飛ぶしかなかったのよぉ。
        沖縄から九州への往復で、私の体はこんなになってしまうし、体力もほとんどつきちゃった。
        その後は、なんとか行きと同じ手段で帰ってきたんだけど、めぐの病室に砂を置いてきたら、
        ふっと気が遠くなっちゃって、気付いたらここに倒れてたのぉ……」

    ジュン「柿崎めぐには会わなかったのか?」
    水銀燈「この見た目で会えるわけがないじゃない。こんな、こんな体でぇ……」

209 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 20:27:45.18 ID:WG/Y8kaE0]
     それっきり水銀燈はうつむいて震えているばかりだった。
     僕に出来ることといえば新しいヤクルートを渡してやるぐらいだ。

     なんとか、なんとかしてやりたいけど。
    ジュン「とりあえず、僕のアパートに来い」
    水銀燈「……嫌よ、真紅たちにこんな姿を見せるぐらいなら死んだほうがましだわ」
    ジュン「じゃあいつまでもここに倒れてるっていうのか。姉妹で遠慮してる場合じゃないだろ!」
    水銀燈「あなたにはわからないわよぉ」

     水銀燈には悪いけど、この状況で放っておくなんて寝覚めが悪すぎる。僕は無理やりにでも
    連れて帰ることに決めた。
    ジュン「お前の鞄はどこだ?」
    水銀燈「さぁ、知らないわぁ」

     メイメイがくるくると飛び回ってから、先程と同じように僕を誘導する。場所を教えてくれるらしい。
    水銀燈「だ、駄目よ、メイメイ」
    ジュン「ここで待ってろよ。絶対だからな」

210 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/03(火) 20:28:42.38 ID:WG/Y8kaE0]
     主人の懇願を振り切ったメイメイに着いていくと、病院の近くにあるもう使われていない教会に
    ついた。ここが水銀燈のねぐらのようだ。

     そこにあった鞄を引っつかみ、急いで公園に戻る。
     水銀燈は動けぬ体でもなんとか逃げようとしたようで、前とは少し離れた場所に倒れていた。

    ジュン「こんな状態でどうしようっていうんだ」
     僕は水銀燈を鞄の中に寝かせ、彼女の入った鞄を抱えてアパートへ戻ることにした。
     あんなふうに飛び出してきた後だから気まずさはあったけれど、もはや変な意地を張っている
    場合じゃない。
57 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 20:14:02.89 ID:mznKSBj50]
     真紅はジュンの飛び出していった扉をしばらく見つめていたが、やがて大きなため息を
    ひとつつくと、内職仕事へと戻っていった。

     翠星石にはこの状況がうまく理解できなかった。

     確かにジュンのやろうとしたことは、ローゼンメイデンである自分たちにとって認める
    わけにはいかなかった。姉妹のなかでもひときわ誇り高い真紅が怒るのはわかる。
     しかしその後に真紅が語ったジュンに過酷な運命が待っているかのような話と、
    それを押し付けるかのような剣幕には、隣で聞いている翠星石さえ恐怖を感じた。

     雛苺は幼い性格ゆえか、それとも真紅を信用しているのか訊くのにためらいがない。
    雛苺「真紅どうしてジュンをいじめるの〜? よくないのよー。
       ヒナすごく怖かったの」
    真紅「いじめたわけではないのだわ。でも、怖がらせてごめんなさい雛苺、翠星石」

     おかげで翠星石にも尋ねやすい雰囲気ができた。
    翠星石「ジュンが天才だとか運命だとか、いったいなんなんです真紅。
        あの夜ラプラスの魔のやつに会ってきたって話は聞きましたが、
        そのときに起こったことでなにか秘密にしてるんじゃねーでしょうね」
    真紅「秘密などなにもないのだわ。あなたには全て話したつもりよ。
       ただ私は直接ラプラスの魔に会ったから、あなたより色々と感じてしまったのは
       あるかもしれない」

58 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 20:14:49.20 ID:mznKSBj50]
    翠星石「とにかくあまりジュンを追い詰めても意味はねーですよ」
     真紅も、自分に急ぎすぎたところがあったとは思っている。
     しかし、
    真紅「言い過ぎたかもしれないけれど、私は自分の考えが間違いだとは思わないのだわ」
    翠星石「真紅も言い出すと頑固すぎるです。このままじゃジュンが帰ってきても
        また同じことの繰り返しになるだけです」
    雛苺「ん〜みんな仲良くするのー」

     真紅はまたため息をついた。
     その後は話す者もなく、翠星石も真紅も黙々と造花を作り続けた。

     どれ位の時間が経ったか、ドアノブを回す音がして、キィーっとドアが外から開かれた。
    雛苺「あ、ジュンが帰ってきたのー」
     雛苺が扉を開けて入ってきた人影へと走り寄る。

13 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 01:19:42.27 ID:UXKTyyHt0]
     僕がアパートの扉を開けると、いきなり雛苺が抱きついてきた。
    雛苺「ジュン、お帰りなの〜。帰ってきてよかったの〜」
     適当にあしらって、水銀燈の入った鞄をアパートの中へ引っぱりこむ。
     また真紅とぐだぐだするのも嫌だし、気を使われるのもごめんなので、一気に本題に
    入るべく、真紅たちの前にどんと鞄を置いてしまう。
    ジュン「いきなりだけど、こいつを見てくれ。こいつをどう思う?」
    真紅「この鞄はローゼンメイデンの……これをどうしたのだわ、ジュン」
     少しだけ鞄を開けて、わずかな隙間から中の様子を伺う。水銀燈は眠っているようだ。
    起きる気配も無い。
    ジュン「おまえら、騒いだりするなよな」
     悪いな水銀燈。僕は他人のことにはがさつなんだ。
     一息に鞄を開けてしまい、中を真紅たちに見せる。三人は揃って口に手をあて、
    驚きの声をのみ込んだ。
    『水銀燈……!』
    翠星石「ズタズタのボロ雑巾になってやがるですぅ……」
    雛苺「お顔が傷んじゃってるの〜」
    真紅「いったいなにがあったの、ジュン?」

14 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 01:21:12.92 ID:UXKTyyHt0]
     僕は公園で水銀燈を発見してからの経緯を、三人に説明した。

    ジュン「放っておけないし連れて帰ってきたんだけど、深くは考えてなかった。
        なんとか直してやりたいとは思うんだけど……」

    真紅「めぐはこのことを知らないのね」
    翠星石「頼まれてた見舞いにはひまなちび苺や金糸雀が行くことが多いですが、
        とりあえずは黙っていたほうがよさそうですかね。できますかちび苺?」
    雛苺「嘘をつくのは翠星石のりょうぶんなの。ヒナ自信ないの……」
    翠星石「なんですっておばか苺!」
    真紅「めぐのことはそれでいいわね。問題は水銀燈をどうやって直すかよ」

     揉めてる場合じゃないので僕は翠星石を止めておいた。雛苺の言う通りだし。

     あらためて真紅たちと一緒に水銀燈を観察してみる。服や靴、長い髪、そして服に
    覆われていない直接外気に接する部位の損傷が激しい。当然、顔も傷んでしまっている。

    真紅「顔はドールの命、髪は女の命だというのに。……なんてことなのだわ」
    翠星石「昏睡してるって感じで起きる心配はなさそうですね。
        服を脱がせて全部調べるです。もちろんジュンはここから立ち入り禁止です!」
    ジュン「別にいいけどさ、僕は人形に欲情したりしないぞ。本当だからな」

15 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 01:23:39.56 ID:UXKTyyHt0]
     僕は真紅たち3人から離れて、背を向けて座った。

    雛苺「水銀燈は胸がふくらんでるのー。ヒナや真紅とちがうのね」
    真紅「雛苺、最近は小さいほうがステータスなのよ。覚えておきなさい。
       服の下はどこもそれほど傷んでいないわね」
    翠星石「ローザミスティカも無事です。だから体力的にはこのまま眠れば回復するはずです」

     程度の差こそあれ、お前らはお父様の趣味のおかげで全員ステータス抜群だよ。
     というか真面目にやれよな。

     僕たちは再び水銀燈を鞄の中へと戻した。
     こうしておけば水銀燈は体力的には回復する。でもドールとしては致命的なほど傷んで
    しまっていた。服だけでなく、顔や髪にまで大きなダメージがある。

     僕は彼女を直してやりたいと思っている。でもそれを成しとげる力は僕には無い。
     ローゼンメイデンである水銀燈を直すということは、傷ひとつない完璧なドールとして
    蘇らせることを意味する。あんなに損なわれてしまった人形や服を、何もなかったかの
    ように修復しなければならないのだ。

     僕はかつて奇跡的に真紅の腕を直してやることができたが、あれはパーツ自体は損なわれて
    いなかったし、服も今回のように全体が損傷してしまったわけではなかった

16 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 01:26:23.94 ID:UXKTyyHt0]
     水銀燈を直すためには、ローゼンメイデンをきちんと修理できるだけの技術があり、
    かつローゼンメイデンを詳しく知っている人間が必要だ。

     でもそんな人間、製作者であるローゼン以外にいるわけがない。
    真紅「やはり、こうなってしまってはお父様しか……」 
     このままあの気まぐれなローゼンを待つしかないのだろうか。水銀燈を直すことのできる
    人間はいないのだろうか。

     水銀燈。3年前にはあんなに激しく争ったというのに。いまやその水銀燈をなんとかして
    救いたいと思っているなんて。そういえば、僕が直した真紅の腕を引きちぎったのはあいつだった。
     昔のことを思い出していると、何かが僕の頭にひっかかった。
     なんだ。考えるんだ。真紅が水銀燈を倒したその後だ。あいつが現れた。そうだ、あいつだ。
     薔薇水晶。
     ローゼンメイデン第7ドールだと名乗った、偽のローゼンメイデン。真紅や翠星石のような、
    本物のローゼンメイデンさえ騙されたほどの人形。最後の最後、決定的な何か以外はほとんど
    ローゼンメイデンと同じだった人形だ。
     そんな薔薇水晶を作ったあの男、
    ジュン「エンジュだ。槐なら水銀燈を直せるかもしれない」

35 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 10:37:19.05 ID:GpH9XLoKO]
    真紅「あぁ……花びらがこんなにうるわしく。素敵よ翠星石。
       あなたの指先はまるで美しい旋律を奏でるよう」
    翠星石「真紅、もっとやってほしいですか? それとも自分でしますか?」
    真紅「ええ。自分でするから見ていてくれる……?」
    翠星石「もちろんです。さあやってみるですよ……」

    翠星石「ちょっと真紅、また細かいところが雑です。そんな造花じゃ売り物にならねーですよ」
    真紅「私には内職なんて向いていないのだわ。そもそもこれで時給いくらになるというの?
       とんでもない労働者への搾取だわ。万国のプロレタリアートよ団結しなさい」
    翠星石「姉妹の中でも一番貴族趣味のドールが言うことじゃねーですね」
    真紅「庭師のあなたはいいわね。こういうことに疑問すら抱かなくて」
    翠星石「はいはい。私たちに出来る仕事なんてこれぐらいなんだからしょうがねーです。
        くっちゃべってる暇があったら手を動かしやがれです」
    真紅「ふふ。あなたが私の姉らしくなるなんて、昔は思いもしなかったのだわ」
    翠星石「だから、ここはこうするです」

     背後からいつものように真紅と翠星石の会話が聞こえてくる。雛苺は柏葉の家へ
    遊びに行っている。
     かつて僕らが住んでいた家で、僕が真紅と出会ってから3年がすぎようとしていた。
     あの頃は想像することもなかったが、木造の築30年以上のアパートの一角にある
    6畳と4畳半の二部屋。ここが今の僕らの家だ。ここに引っ越してからもうすぐ
    半年になる。
     ということは僕、桜田ジュンが私立高校をやめてからやはり半年がたつのだ。

36 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 10:39:14.94 ID:GpH9XLoKO]
     急に僕らの家を手放してここに引っ越してくることになったとき、文句ばかり言うかと
    思っていた真紅たちは意外にもそれほど騒がずに現状を受け入れた。
    今ではのりに頼んで造花作りの内職仕事をもらってくるようにまでなっている。
     それがローゼンメイデンにとって良い事なのかどうかはわからないけれど。

    真紅「もうお昼だわ。昼食を兼ねて休憩にしましょう」
    翠星石「真紅全然できてやがれねーじゃねーですか」
    真紅「ジュン、あなたもいいところで切り上げるのだわ」

     そう言われて僕はパソコンの画面から目を放した。
     新作のデザインは煮詰まっている。ついさっきまでも構想を練っているふりをして、
    ニカニカ動画でサムネに釣られてしまった。

    ジュン「じゃ、昼にするか」
     昼食用にのりが作っていったおにぎりを丸いテーブルに並べる。
    昔は昼飯にピザを頼むという豪勢な暮らしを送っていたが、いまやこれが毎日だ。
    といっても普通はこんなものだろう。
     そうそう、中学の頃の僕は姉のことをお前とか呼んでいたが、さすがに今はもう
    やめていた。かといって素直に姉さんだとか姉ちゃんだとか呼ぶことも恥ずかしく、
    名前で呼ぶことに自分の中で落ち着いたのだ。

37 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 [2008/06/04(水) 10:40:47.98 ID:GpH9XLoKO]
    真紅「ジュン、お茶を入れて頂戴」
     僕がいれるお茶もかつてのようなアールグレイやオレンジペコーだかではなく、
    近所のスーパーで特売していたレプトンの一番安いティーバッグだ。
    真紅は文句をいいつつも、お茶を飲む習慣だけは変えない。

    真紅「ミンチよりひどいお茶なのだわ」
    翠星石「くんくん探偵0080のウサギのバーニーじゃねーですか」
    ジュン「仕事をするとか言いつつ一緒にくんくんシリーズばっかりみやがって……
        そもそもおにぎりに紅茶はまったく合わないだろうが」
    真紅「ウサギ……たまにはウサギの肉でも食べたいわね」
    翠星石「のりにシチューにしてもらうのがいいです」
    ジュン「……日本ではウサギの肉なんてそうそう売ってないぞ」
    真紅「今度ラプラスの魔に会ったら罠をはって捕まえましょう」
    翠星石「ちび人間は血を抜いたり皮を剥いだりできますか?」
    ジュン「できるわきゃねえええだろおおおおおおお!!
        ていうかあいつウサギなのかよ! そもそもウサギ食うのかよお前ら!」
    真紅「ただの冗談よ、落ち着きなさい。でもウサギを食べるのがそれほどおかしいの?」
    翠星石「翠星石も前に目覚めてたときはたまーに食べたですよ」
    ジュン「呪い人形どもめ……ま、バニーちゃんなら僕も食べてみたいけどな」
    真紅「…………」
    翠星石「…………」

     オーケーわかったよ。僕が悪かった。
     しかしあれだ、うら若い呪い人形が2体もいればこんなことを言ってみたくも
    なるというもの。誰が僕を責められようか。

     そんなこんなのなんだかんだで、僕、桜田ジュンは中学不登校のうえ中卒ニートな
    人生を、何とか絶望せずに生きていた。


ローゼンメイデン・アパートメント【パート3】へつづく

引用元
ローゼンメイデン・アパートメント
http://yomi.mobi/read.cgi/yutori/yutori_news4vip_1212245906
ローゼンメイデン・アパートメント2
http://yomi.mobi/read.cgi/yutori/yutori_news4vip_1212506122
 

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