414 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:18:36.86 ID:Q1LrMsge0
    町長の葬儀くらいには出るべきかと思ったが、どうも俺たちがここに居ると空気が悪くなるばっかりのようだ。
    早々にマーズの館へ引き上げることにする。
    ちなみに俺の家には母さんの遺品とかいろいろあったのだが、何一つ回収はできなかった。

    その夜更け。
    みんなが寝静まった頃を見計らって俺はパルの部屋のドアをノックした。
    モンストルの一件以来パルはあれからずっと元気がない。
    きっと「自分のせいで……」と自責の念にかられているのだろう。

    ロニーに言われたからというわけではないが、帰ってきてから一応婆さんに訊いてみたところ、
    はっきりと肯定はされなかったものの、否定もされなかった。
    どうやらあいつが言ったのは本当のことらしい。



最初から読む人はこちら
アモスさんに幼なじみを奪われそうです【パート1】

前の話から読む人はこちら
アモスさんに幼なじみを奪われそうです【パート8】



 
415 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:19:18.19 ID:Q1LrMsge0
    時間が時間だし、ドアをノックして返事がないならそれでいいと思った。
    ちゃんと眠れているなら俺が変におせっかいを焼く必要もない。
    だけどノックしてしばらく待っていると、やがて中から「誰?」と弱々しい声が聞こえてくる。
    「俺だ。入っていいか?」
    少し迷うような間があいてから、「うん」と短い返事がかえってきた。
    出来るだけ静かにドアを開けてパルの部屋へと入る。
    部屋の主はベッドの上で膝を抱えたまま、薄明かりにぼんやりと浮かび上がる青白い顔をこちらに向けている。
    トレードマークのポニーテールは解かれていて、緩やかなカーブを描いた金色の髪は肩の下あたりまで落ちている。
    いつもとは違う、か弱い少女みたいなその姿。
    何と言葉をかけていいのか分からなくて、無言のまま俺はベッドへと近付いていく。

416 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:20:32.50 ID:Q1LrMsge0
    そんな俺を警戒するでもなく、パルはただじっとこちらを見つめている。
    手が届くくらいの距離まで来たところで、先にパルが口を開いた。
    「ごめんね」
    ちっともこいつらしくない、消え入りそうな声でパルは続ける。

    「全部あたしのせいだった。
     あんたがモンストルを出なきゃいけなくなったのも、こうして危険な旅をしなきゃいけないのも……
     全部あたしが余計なことをしたからなんだよね」
    まるで自身を責めるようにして、パルはさらに言い募る。
    「怒らないの? てっきりお前のせいで俺は……って怒りに来たのかと思った。
     そうする権利があんたにはあると思う」

    ちっともこいつらしくない自虐的な言葉。
    いたたまれなくなって、ほとんど衝動的に口を開く。

417 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:21:37.38 ID:Q1LrMsge0
    「あのさあ」

    ベッドの上に居るパルには背中を向ける格好で、
    天井と壁のつなぎ目あたりをぼんやりと眺めながら独り言のように語る。

    「俺がモンストルを出ることになったとき、なんでお前はついてきてくれたんだ?
     実を言うと俺、最初のうちはアモスさんのためなんだって思ってた。
     お前はアモスさんのことが好きなんだって。
     でも、お前のアモスさんに対する態度からして、それは違ったのかなって最近は思い始めてる」

    意図してやったわけじゃないけど、パルに背中を向けていたことが幸いした。
    嘘偽りのない気持ちをすらすらと口にすることができる。

    「うん……まあ、そういう気持ちがまったく無かったわけじゃないけどね。
     町の英雄に対するありがちな憧れみたいなものがあたしにもあったってのは否定しない。
     でも、あたしが旅に出た本当の理由は違うよ。もっと別のこと。
     それは……もうあんたも分かってるでしょ?」

    俺のうぬぼれじゃなければ、パルは言外に「あんたのためよ」と言っているのだろう。
    自分の考えが見当違いじゃなかったことに内心で安堵しつつ、俺は答える。

418 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:22:28.13 ID:Q1LrMsge0
    「分かってる。俺も同じ気持ちだから」
    「同じって?」
    「なんつーか……お前は悪くない、とは言わない。
     そんなこと言ったって単なる気休めにしかならないのは分かってるから。
     でも――」
    思わず鼻の頭をぽりぽりとかく。
    いくら背中越しとはいってもこの先を言うのはさすがに少し恥ずかしい。
    「俺はずっとお前の味方だ。何があろうともそれだけは変わらない」

    母さんが居なくなったとき。サンマリーノで道に迷っていたとき。
    パルは何度も何度も俺を助けてくれたから。
    今度は俺がパルを助ける番だ。

419 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:23:09.74 ID:Q1LrMsge0
    少し間が空く。
    背後でパルが身じろぎするような気配を感じた一瞬ののち、俺の背中に柔らかな感触がぶつかってきた。
    「え……ちょ、いきなりなにを――」
    パルが背中に抱きついてきたのだと分かって思わずかっと全身が熱くなったけど、
    背中に密着したその細い肩が震えていることに気がついて。
    俺の胸に回されたパルの腕にそっと手をそえる。

    「ごめん。ごめんね……」
    背中に顔を押しつけてすすり泣きながらパルは何度も何度もそう繰り返した。
    暗い部屋の中で重なり合ったまま、二つの影は動かない。

    今俺が振り返ってキスしようとしてもパルは拒まないかもしれない。
    でもそんな弱みにつけ込むみたいな真似はしたくないから。
    そんなことで長年積み重ねてきたこの関係を壊してしまいたくないから。
    俺は何も言わず、ただ黙って中空を見つめ続ける。
    「お願い、ずっと一緒にいて……」
    パルのくぐもった涙声が、じかに俺の胸をふるわせた。

420 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:24:27.34 ID:Q1LrMsge0
    翌日、婆さんに新しい占いの結果を聞かされた。
    なんと次は狭間の世界へ行かなければいけないらしい。
    水晶には狭間の世界にある「欲望の町」にあるカジノで荒稼ぎをしているロニーの姿が映し出されている。

    なんでも元々は連れ去られるという形で狭間の世界へ行ったのだが、
    そこで魔王に取り入って世界を自由に渡り歩くことの出来る力を手に入れたのだとか。
    モンストルで戦ったあの強力なモンスターはあちらの世界から連れてきたものだったというわけだ。

    婆さんの占いではロニーが集めてきた魔物の魂をアクバーという魔王に売り渡したせいで、
    そのアクバーがさらなる力を身につけてしまっているらしい。
    魔王と直接戦うのは勇者たちに任せるしかないが、
    アクバーと戦って疲弊している勇者一行がロニーと対峙するなんていう事態だけは避けなくてはいけない。
    そのためにも俺たちは狭間の世界へ行かなくてはいけないのだが……

421 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:25:29.87 ID:Q1LrMsge0
    「勇者一行が一度あちらへ行ってまた戻ってきたところを見ると、
     狭間の世界からこちらへ戻ってくる方法はきちんとあるようだ。
     しかし無理強いするつもりはない。
     世界の一大事をお前さんたちだけに背負わせるわけにもいかないからね」

    そう言って婆さんは俺たち五人の顔を一人一人じっと見つめる。

    「ここまで来ておいて途中でやめるというのはなしでしょう。
     世界の美女を救うため、最後までお付き合いさせて頂きますよ」
    とアモスさん。

    「ゼェェット!」
    マジンガの返事はただそれだけ。

    「ここでやめては世界樹の名折れじゃからのう。
     命を司る大樹として、最後までやらせてもらうわい」
    かし子はそう言って不敵に笑う。

    「正直言って世界を救うなんてことはまだ実感できないけど……
     自分の尻ぬぐいくらいは自分でしなきゃね。あたしも行くわ」
    すっかりいつもの調子を取り戻したパルは力強い口調でもってそう答えて、こちらに視線を向けてくる。

422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:25:49.61 ID:Q1LrMsge0
    俺は何も言わず、ただ深々と頷いてみせることで返した。
    パルの言うとおり、世界がどうのこうのというのは未だに実感できないけど。
    運命だとか勇者を助けるだとかを別にして、ロニーとはどうしてもこの手で決着をつけなければいけない。
    「すまぬ。お前さんたちには苦労ばかりかける……」
    心底申し訳なさそうにそう言ってから、婆さんは俺たちにもう一度ゼニス王のところへ行ってはどうかと提案した。
    五人で決意を固めたまではいいのだが、肝心の狭間の世界へ行く方法が見つかっていないのだという。
    それをゼニス王に相談しに行こうというわけだ。

423 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:26:49.73 ID:Q1LrMsge0
    早速ルーラでゼニスの城へ行ったのだが、残念ながらゼニス王からは役に立つような情報は何も手に入らなかった。
    「儂の知る限り、狭間の世界へと乗り込む力を持つのはペガサスだけじゃ。
     しかしながらそなたらを送り込むために勇者たちを呼び戻すようなことをしては
     ますます運命が乱れて本末転倒な結果になりかねん。
     それ以前に彼らの馬車は8人のパーティでもう一杯じゃからの。そなたらを乗せる余裕などありはせぬ」
    となるとやはりペガサス以外の方法で狭間の世界へ乗り込むしかないのだが。
    さてはて、一体どうすればいいのやら。

424 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:27:16.76 ID:Q1LrMsge0
    マーズの館へ戻った俺たちはみんなで顔を突き合わせて話し合ってみたが、
    手がかりが何もない以上具体的な案なんて出るはずもなく。
    婆さんの水晶に勇者一行の旅の様子が記録されているというのでそれを見てみたりもしたのだが、
    狭間の世界へと繋がりそうなものは一つも見つからないまま気がつけば日が暮れていた。
    水晶をひたすら眺めるのにも飽きたようで、一人、また一人と部屋へと消えていく。
    俺も粘るだけは粘ってみたのだが、昨日あまり寝ていないこともあってやがて抗いがたい眠気に襲われた。
    「あとは私が見ておくからお前さんも休んできなさい」という婆さんの言葉に甘えることにして、俺も部屋へと引っ込んだ。

425 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:28:18.98 ID:Q1LrMsge0
    翌朝になってから話し合った結果、俺たちは二手に別れることになった。
    一方は昨日に引き続き水晶に記録された勇者一行の足跡を調べる。
    もう一方はマーズ婆さんの口利きでレイドックの書庫に入れて貰って調べ物。
    前者は一人居れば事足りるのでレイドックに行くのが四人というわけだ。

    公平にじゃんけんで決めた結果、残念なことに居残り組は俺になった。
    日がな一日婆さんと二人っきり。
    この上なく損な役回りだ。
    まあうだうだ言っても仕方がないのでレイドックへと向かうみんなを見送ってから水晶とのにらめっこを始めた。
    婆さんは昨夜のうちに
    勇者一行がマーメイドハープというのを手に入れて海底に潜れるようになったところまで見たと言っていたから、
    俺が見るのはその続きからだ。

426 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:29:37.85 ID:Q1LrMsge0
    沈没船で最後の鍵を手に入れて各地の宝を漁って回ったり、
    俺たちも三回したベストドレッサーコンテストをランク3まできれいなじゅうたんを貰ったりと
    意外と俗なことをやっているかと思えば、
    マウントスノーで氷付けになっている人々を助けたり
    モンスターに襲われたライフコッドを守ったりといかにも勇者ということもちゃんとやっている。
    俺たちのそれとは違って勇者の旅にはイベントがいっぱいだ。

    ロンガデセオの女鍛冶屋(そういえば名前を訊かなかったが、サリィさんというらしい)に
    さびた伝説の剣をたたき直して貰ったり、
    海底神殿で魔王グラコスを倒して、
    復活したカルベローナでカルベ夫妻にきれいなじゅうたんを魔法のじゅうたんとして復活させて貰ったり。
    俺たちとも意外なところで接点があるもんだなーなんてのんきに考えていた俺の思考が、
    水晶に次の映像が映し出されたところでぴたりと停止した。

    破壊される城、次々と倒れゆく人々。
    凄惨な光景が水晶の中で繰り広げられる中、
    不謹慎ではあるが俺は眼前に一筋の光明が差したような気持ちになっていた。

    あまりにも危険だ。
    分の悪い賭けになるだろう。
    でもそれ以外の手段が何もないのだったらやってみる他にない。

427 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:30:03.24 ID:Q1LrMsge0
    日が暮れるころになってみんなが帰ってきた。
    一様に項垂れたその表情を見れば結果が芳しくなかったことは訊くまでもなく一目瞭然だった。
    そんな四人に向かって俺は自分の思いつきを語る。
    最初、みんなは「よく気付いた」と褒めてくれたが、俺が一人でそこへ行くつもりだと分かると猛反対された。
    特に声を荒げたのはパルだ。
    「なんで一人で行くのよ? あんた一人の問題じゃないでしょ?!」
    そういうことじゃないんだ、と俺は答える。

428 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:30:39.08 ID:Q1LrMsge0
    婆さんはああ言ったが、勇者たちの使った狭間の世界から戻ってくる方法というのが俺たちにも使えるとは限らない。
    もしものときののために、自力で戻ってこれる方法を用意しておかなくていけないだろう。
    それに狭間の世界で何かあったらと考えると、
    一度こちらへ戻ってきてもまた向こうへ行ける方法も用意しておく必要もある。
    となると、みんなで行って一度送り込んで貰えればそれでよしというわけにはいかない。
    勇者たちのペガサスみたいに自力で世界を行き来できる力を手に入れなくてはいけないのだ。

    「でも、だからってあんた一人で行くなんて……」
    パルはそう言うが、これはみんなで行けばその分成功率が上がるとかそんな甘っちょろいものではない。
    戦闘になるようなことがあれば何人居ようと即座に全滅だろう。

429 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:30:56.16 ID:Q1LrMsge0
    もちろん、きちんと生きて帰ってくるのでなければ行く意味がないし、何より俺だって死にたくはないけど、
    もしものことを考えると一人で行くのが一番被害が少ないのだ。
    まあその一人が俺である必然性はどこにもないわけだけど……
    そこは男の意地ってやつだ。
    あの日花を助けたことが結果的に勇者の運命を狂わせる引き金となったというのなら、
    そんな業をパルに背負わせるわけにはいかない。
    俺がなんとかしてみせる。

430 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:31:33.88 ID:Q1LrMsge0
    「必ず生きて戻ってくる」と宣言してみせると、パルは不承不承ながらもなんとか頷いてくれた。

    出発は明日。
    今日はどこへも行っていないので体力は消耗していないけど、
    万全を期すために夕食が終わると早々に部屋へと引っ込んだ。
    ベッドに寝転んでしばらくぼんやりと天井を眺めていたときのこと。
    こんこん、と静かにドアがノックされた。
    「どうぞ」と答えるとドアが開いて、小さな人影が中へと入ってきた。かし子だ。
    明日は俺一人で行くことになるので綿毛を自分で操作しないといけない。
    綿毛は魔法の力で動いているので本来は魔法を使えない俺には操作できないのだが、
    かし子いわくタネの内部に魔力を貯め込んでおけば行き帰りのエネルギーくらいはなんとかなるらしい。
    内部に魔力を貯め込む作業が今しがた終わってそのタネを持ってきてくれたというわけだ。

431 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:32:28.43 ID:Q1LrMsge0
    俺にタネを手渡しつつ、かし子は心配げな表情で静かに言う。
    「のう……やはり一人で行かねばならぬのか?」
    パルほどではないが、一人で行くことを提案したときはかし子も反対の意見を出していた。
    やはり世界の命運に関わるようなことを俺一人に背負わせるのは心苦しいらしい。
    命を司る世界樹として、というのではなくて純粋に俺のことを慮ってくれている。
    それは嬉しいけど、ここは俺を信じて欲しいところだ。
    俺だって死にに行くわけじゃない。
    なんとしてでも生きて戻ってきて、この手でロニーとの決着をつけなくてはいけないのだ。

    「大丈夫だ。必ず戻ってくるから」
    と言って、そっとかし子の頭を撫でてやる。
    いつもみたいに「子供扱いするな」と言われるかと思ったが、かし子は何も言わなかった。
    少し顔を赤らめて「ん……」と小さな吐息をもらす。

432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:32:47.94 ID:Q1LrMsge0
    「お主の手は優しいのう」
    甘えた声でそう言って、かし子はすっと俺から離れた。
    決然とした瞳で俺を真っ直ぐに見据えながらかし子はそっと口を開いた。
    「実はのう。夜のうちにお主のところへ来たのは、タネを渡す以外にもう一つ理由があるんじゃ」
    言いつつ、本当に何の前触れもなく無造作に、かし子はしゅるりと羽衣の帯を解いた。
    もともとかし子の小さな体には不釣り合いなぶかぶかのその衣装は、ぱさりと軽い音を立ててあっけなく床に落ちて――

433 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:34:22.28 ID:Q1LrMsge0
    433
    抜けるように白い素肌と、それをわずかに覆い隠す黒い布が晒されて、
    ようやく俺は目の前でとんでもない事態が起こっていることを認識する。

    「な、なな……なに、してんだよ……お前、なんでそんなこと……」
    一気に茹で上がった頭でなんとかそれだけの言葉をひねり出す。
    かし子が羽衣の下に着込んでいたそれは、かつてメダル王から譲り受けたエッチな下着。
    女性のセクシーさを際立たせるためのそれを小さなかし子が身につけているのはなんとも不釣り合いで、
    それ故に何とも言えぬフェティッシュな魅力を放っている。
    「なんで、じゃと?」
    言いつつ、顔を上気させたかし子は、いつもの無邪気な姿からは想像も出来ない蠱惑的な笑みを向けてくる。
    「お主こそ何故そんなことを訊く?
     わしは言ったはずじゃぞ。好きだ、とな」

434 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:34:51.08 ID:Q1LrMsge0
    じりじりとにじり寄ってくるかし子を前に、
    俺の口は「う」とか「え」とか意味の分からない短音を発するだけでろくな言葉を紡いでくれない。
    「頼む。皆まで言わさんでくれ」
    かし子が近付いてくるにつれて、男のそれとは材質からして違うきめの細かい肌だとか、
    小さいなりに女性らしい曲線を描いたウエストラインとか、
    そういうものが俺の視界の中でどんどんアップになっていく。

    鼓動が早い。
    ごくり、と唾を飲む音が異様に大きく聞こえて――はっと瞬間的に正気が戻ってくる。
    頭をよぎるのはパルの姿。
    震える声で「ずっと一緒に居て」と言ったあの時の声。
    俺たちはまだ恋人同士というわけじゃない。
    でも――

435 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:35:36.34 ID:Q1LrMsge0
    「ダメだ」
    気がついたときには、ひどくきっぱりとした声で俺はそう口にしていた。
    「明日のこともあるんだ。今はそんなことをしてる場合じゃない」
    しばしの沈黙。
    かし子はショックを受けたように俯いて少しの間口を噤んでいたが、やがてすっと顔を上げて俺を真っ直ぐに見つめてくる。
    「英雄色を好む、とも言うぞ。世界を救うというなら女の一人や二人くらいコマしてみせたらどうじゃ?」
    「……そんな理由でいいのかよ」
    「それは……まあ、よくはないがの。それを言うならお主だって――」
    言いかけて、かし子がふっと肩の力を抜いたそのときだった。
    やはり無理があったのだ。
    本来は大人の女性が使う下着をかし子が身につけるだなんて。
    かし子が肩の力を抜いた拍子にはらりとストラップが肩から外れて、重力に引かれて下へと落ちて――
    もともとぶかぶかだったそれは背中のホックなんて何の役にも立っていなかったみたいで。
    そのまますとんと、ホックが止まったままの状態で、ブラジャーは腰の辺りまで落ちてしまった。

436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:36:36.83 ID:Q1LrMsge0
    目を逸らすヒマなんてあるわけがない。
    小さいけど真っ平らというわけじゃなくて、ほんのりと膨らんだ乳房とか。
    そしてその先端でちょこんと色付いた、かわいらしいピンク色の突起とか。
    それらが思いっきり俺の視界に飛び込んでくる。

    ……やばい。
    自分の中を駆け上がってくる得体の知れない衝動に、思わず叫びたくなった。
    俺はノーマルのはずなのに。何かが俺の中で目覚めそうだ……!
    「や……っ!」
    短く悲鳴を上げて、かし子は慌てて背中を向けた。
    両手で胸を覆い隠したその後ろ姿。耳まで真っ赤になっている。
    「み、見た……か?」
    素直に認めるべきなのか、否定するべきなのか。
    何と言っていいか分からずに、俺はただ黙りこくることしかできない。
    「うううー! ダメじゃ、せっかく恥ずかしいのを一生懸命我慢しておったのに……
     あんなのはまったくの想定外じゃ」
    むき出しになった白くて細い肩をかし子はぷるぷると震わせている。

437 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:37:23.62 ID:Q1LrMsge0
    このままだとかし子だけじゃなくて俺もいろいろとやばいので、とにかく服を着たらどうか――
    と言おうとしたら、かし子に先手をとられてしまった。

    「とにかく、じゃ! お主だって本当のことを言っておらぬじゃろう。
     それをはっきりとお主が口にするまでわしは服を着ぬ。着てやらぬ!」
    かし子はヤケになって、突っ張った口調でこんなことを言う。
    「な、なんだよ本当のことって」
    「わしが聞きたいのは一つじゃ。
     何故お主はわしを受け入れようとせぬのじゃ?」
    「いや、だから明日のことが……」
    「それはごまかしじゃ」
    俺の言葉を遮って、かし子はきっぱりと言い切る。
    「では訊くが……
     もし今ここにいるのがわしではなくパルだったとして、お主は同じことが言えるのか?」
    思わずはっとする。

    そうだ。何故俺はごまかすようなことを言ったのだろう?
    かし子は俺のことを好きだと言ってくれた。
    それにちゃんと向き合ってちゃんとした答えを返すことを、何故俺は避けようとしたのだろうか?

438 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:38:22.93 ID:Q1LrMsge0
    きっと怖かったのだ。ふとそう思う。

    誰かを好きになったり、好きだと言われたり。
    母さんが死んで以来俺はずっとそういうことと無縁の生き方をしてきた。
    これだけ真っ直ぐな好意を向けられたのなんて今までになかったことだ。
    それを突っぱねるようなことを言うのはどうしたって躊躇ってしまう。

    でもそうやって逃げた結果、
    自分の気持ちどころか相手のことまでもをないがしろにしてしまうのでは本末転倒もいいところだ。
    「俺は――」
    とにかく何か答えなければと思って、何を言うのかも決まらないまま口を開いた、ちょうどそのとき。
    きい、と音を立てて、外からドアが開かれた。

    顔を覗かせたのはパル。
    その視線の先にあるのはベッドの上に腰掛けている俺と、下着一枚のほとんど素っ裸みたいなかし子の姿。
    ノックぐらいしろよとか鍵くらいかけとけよとか、
    うわやべえどうしようとかいやでも別にやましいことなんて何もしてないぞとか。
    あらゆる思いが一瞬にしてかけめぐってメダパニみたいに俺の頭を混乱させる。

439 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:39:25.59 ID:Q1LrMsge0
    てっきり「何してんのよ!」って怒られるのかと思った。
    正拳突きでノックアウトさせられるかも、でも明日のことがあるしそれは勘弁して欲しいなあなんて、
    そんなことまで考えていた。

    でも、パルの反応は全然俺の予想と違っていた。
    「え……?」と全身を硬直させたあと、だっと玄関の方へ走り去ってしまった。
    遠ざかっていく足音。走り去る直前の今にも泣きそうなパルの顔が俺の目に焼き付いている。

    なんでだ? なんであんな顔をする?
    意味も分からず、でもとにかく追いかけなければいけないという義務感に襲われてベッドから飛び降りたそのときだ。
    駆け出そうとする俺の背中を「待て」というかし子の落ち着いた声が呼び止めた。

440 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:40:41.76 ID:Q1LrMsge0
    振り向けば、いつの間にかきちんと羽衣を着込んだいつもどおりのかし子の姿がそこにあった。
    「どうせお主が行っても落ち着いて話しなぞできぬじゃろう。
     わしが行ってくる。お主はそこで待っておれ」
    そう言って、かし子は迷いのない足取りですたすたと俺を追い抜いていく。
    それでいいのだろうか? と俺が迷っている間にかし子の姿は廊下へと消えてしまった。

    あの光景を目の当たりにしたパルが何を思ったのかは分からないけど、
    なんとなく、俺とかし子が二人で一緒に追いかけるということだけはしちゃいけないんじゃないかという気がする。
    かし子が行ってしまったのだから、俺に出来ることは言われた通りにこの部屋で大人しくしている他にない。

    ふう、と大きくため息をつきながら再びベッドに座り込む。
    パルとかし子は一体なにを話すのだろうか。
    ひどく落ち着かない心地でなんともなしに部屋の中を巡らせていた視線が、
    ベッドサイドに置かれた綿毛のタネに向いたところではたと止まる。
    体力は万全だ。緊張しているのと先ほどの一件が相まって眠気は完全に吹き飛んでしまっている。

    どうせ眠れぬ夜を過ごすなら。
    今のうちにやっておくべきこと、あるじゃないか。

441 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:40:58.68 ID:Q1LrMsge0
    ※ちょこっと裏話※

443 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:42:13.74 ID:Q1LrMsge0
    パルを追って玄関から出たかし子は、ぐるりと周囲を巡らせた視界の片隅に、
    膝を抱えてしゃがみ込んでいる目的の人物の姿を発見する。

    ゆっくりとそちらへ近付いていくと、気配に気付いたパルが顔を上げて振り向いた。
    何かを期待するように向けられたその瞳が、
    かし子の姿を認めた途端に失望の色をにじませるを見て思わずかし子は苦笑する。
    「あやつでなくて済まぬ」
    この台詞で自分がどんな顔をしているのかパルも気付いたのだろう。
    夜闇の中でもはっきりと分かるほど顔を赤くして、それを隠すように膝と膝の間に顔をうずめる。
    いつもの快活な印象とは正反対の、頼りなげなその背中にかし子はゆっくりと語りかけた。

445 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:44:03.72 ID:Q1LrMsge0
    「隣、よいか?」
    パルは背中を向けたまま答えない。
    歓迎もしていないが拒絶もしていないといったところだろうか。
    かし子はパルの隣まで歩いて行って、
    羽衣にシワが寄らないように折りたたみながらパルと同じ体育座りで腰を下ろした。
    じっと視線を下を向いているパルとは逆に、かし子は星々の瞬く夜空を仰ぎ見る。
445    何から話そうか。今は運命のことには触れない方がいいだろうか……
    と考えていると、意外にも先にパルが口を開いた。
    「あいつは?」
    と、短くただそれだけ。
    「部屋じゃ。あやつはお主を追いかけようとしたのじゃが、わしが止めた」
    「……なんで?」
    なんで止めたのか、ということだろう。
    かし子は星空に向かって吐息をもらしながら逡巡する。

446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:45:09.44 ID:Q1LrMsge0
    ここで「あやつに行かせては落ち着いて話が出来ないと思ったからじゃ」と答えることは簡単だ。
    でもきっとそんな答えではパルを納得させることはできないだろう。

    かし子自身、分かっていたのだ。
    パルはあの男に来てもらいたがっているに違いないと。
    もしその望みがかなっていれば確かに言い争いにはなったかもしれないが、
    それでもこの二人ならばきっとそのあとにきちんと話し合って何らかの答えを出していただろう。

    でも、そうなってしまうと――
    「すまぬ。あそこであの男を行かせては、二度とわしの入り込む余地がなくなってしまう気がしたのじゃ」
    パルは何も言わない。まるで幼子のように身を縮こまらせて口をつぐんでいる。
    そんなパルに向かって、かし子は先ほど部屋であったことを言って聞かせた。
    下着姿で迫ったこと、胸を見せてしまったのは事故だったこと。
    それらを聞いてもパルは何とも言わなかったが、
    かし子が以前にはっきりと「好きだ」と告げたことを知ると初めて反応らしい反応を見せた。
    思わずといった感じで顔を上げて、ショックを受けたように、目を丸くしてかし子の顔に視線を向けてくる。
    その心情はなんとなくかし子にも想像できた。
    きっと先を越されたような気持ちなのだろう。

447 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:46:10.36 ID:Q1LrMsge0
    「すまぬ。あんなことをすればお主との関係が気まずくなるのは分かっておった」
    自分の言葉で自分の心がずきりと心が痛む。

    かし子にとってはパルだってあの男と同じくらい大切な仲間なのだ。
    だけど、それでも――
    「それでも抑えられなかったのじゃ。
     あやつにわしを受け入れて貰えるなら、お主との関係が壊れてしまっても構わぬとすら思っておった」
    さすがにパルの目つきが険しくなる。
    引っぱたかれるかもしれない。
    それぐらいされても仕方がない立場なのはかし子も理解している。

    パルはしばらくわなわなと肩を震わせて、何とも言えない表情でかし子を見ていたが、
    やがてふうっと大きく息をはいて全身を脱力させた。
    再び下を向いて、元の姿勢に逆戻り。
    「なんであいつを連れてきてくれないのよ……」
    パルの口調はまるっきり拗ねた子供だ。
    「あいつが来てたら一発引っぱたいてやって、それで全部元通りになれたかもしれないのに」
    「じゃがそれでは何も変わらない。
     お主もずっとこのままというのを望んでいるわけではないじゃろう?」

448 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:47:09.13 ID:Q1LrMsge0
    かし子の言葉をうけて、パルはしばらく黙り込んだ。
    手元の草を指先でもてあそびつつ、やがてゆっくりと口を開く。
    「正直、わかんない。
     本当はあいつとかし子がどうしようとあたしには怒る権利なんてないんだもん」
    思わずかし子は苦笑する。
    「難儀なやつじゃのう、お主も。いい加減にはっきりとせんか」
    「でも……あいつははっきり『好き』とは言ってくれないし。
     それにあたし自身、この気持ちが本当にそういう種類のものなのかよく分かんないの。
     別にあいつと恋人とか夫婦にならなくたって、一生ずっとに居られたらそれでいいような気もする」
    「ではわしがあいつと男女の仲になっても構わぬのか?」

    ぐ、とパルが言葉に詰まるのが分かった。
    しばらく考え込んだあと、小さな声で「やだ」とだけ返ってくる。

449 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:47:36.36 ID:Q1LrMsge0
    思わず苦笑しつつかし子はさらに言う。
    「気持ちに自信がないというのならわしだって同じじゃ。
     わしがこんな気持ちになったのはあやつがわしに仲間として接してくれたからじゃが……
     果たしてそれがあやつである必然性はあったのかと問われば正直はっきり是とは言えぬ。
     他の男に同じことを言われたとしてもやはり同じ気持ちになっていたかもしれん」
    「へえ。じゃあアモスさんは?」
    「そ、それはまあ……のう。わしにだって選ぶ権利くらいはあろう?」
    言って、二人で笑い合う。

450 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:48:14.64 ID:Q1LrMsge0
    実際のところ、かし子は嬉しくて仕方がなかった。
    もっと修羅場になることも覚悟していたし、
    先ほど言ったようにパルとの関係が完全に壊れてしまうかもしれないとすら思っていた。

    でも、それはやっぱり悲しいことであるわけで。
    あの男がかし子にとって初めての「男性」であるならば、
    パルはかし子にとって初めての親友なのだ。
    失いたくなどあるはずがない。
    「ところで、お主の方はどうなんじゃ?
     あの男はお主にいろいろと世話になっておるから惹かれるのも分かるのじゃが……
     お主から見た場合、正直あの男には迷惑をかけられるばかりで何もいいことがないようにしか思えぬ」
    否定するかと思ったが、パルは「あー、うん。まあね」と苦笑しつつ、
    耳にかかった金色の髪を指先でそっとすくい上げた。
    形の良い耳からぶらさがったかわいらしいスライムピアスがぷらぷらと揺れている。

451 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:48:53.52 ID:Q1LrMsge0
    「このスライムピアス。どうしてあたしがこんなの持ってると思う?」
    「ん? 分からぬが……話の流れからしてあやつが何か関わっているのか?」
    「うん」とパルは一つ頷いて、嬉しそうに話し始める。
    「実際にもらったのはおじさん――あいつのお父さんからなんだけどね。
     おばさんの病気を治すためにあちこちを旅して回ってる人だったから、そのおみやげに。
     でもね、これをくれたときにおじさんが教えてくれたの。
     実はこれ、あいつからなんだって。
     旅に出るときに地道に貯めたお小遣いを渡されて『これでパルに何か買ってきてくれ』って頼まれたんだってさ。
     あたしに教えないでくれっておじさんには言ってたらしいけど……」
    己の耳からぶら下がったそれを愛おしげに撫でつつ語るパルは本当にいい笑顔を浮かべていて。
    その思い出をいかに大切に思っているかが聞いているかし子にもありありと伝わってきた。

    「なるほど。そういうさりげない優しさにお主は惚れたというわけか」
    「う」と小さく唸ってパルは真っ赤になる。
    「だから、分かんないんだってば。あいつのことを好きなのかどうか」
    言って、パルは大きくため息をつく。

452 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:49:13.56 ID:Q1LrMsge0
    「それに……あいつバカだから。どうせこのスライムピアスのことも忘れてるに決まってる」
    「……お主があやつに言う『バカ』にはそこはかとない愛情が込められているように聞こえるのう」
    「ええ? そうかな?」
    女二人の会話は続く。
    まるで十年来の友みたく話し込む二人を、優しい月明かりがぼんやりと照らしていた。

453 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:49:29.26 ID:Q1LrMsge0
    ※裏話おしまい※

454 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:49:54.79 ID:Q1LrMsge0
    いつもの装備を身につけ、いくつかの薬草と綿毛のタネを袋に詰め込む。
    もしもの時のために織田信長軍を呼ぶための金を1000ゴールドほど持ったら準備は完了。
    玄関から出たらあの二人に見つかりそうだから裏口から行かないと……
    とか考えつつ部屋のドアを開けたら、その先にアモスさんが待ち構えていた。
    「行くのですか?」
    しれっと言ってるけど……なに? もしかしてこの人ずっとここに居たのか?
    いやでもかし子が出て行った時点では居なかったはずだよな。
    「女性二人に対して何も答えを出さずに逃げるつもりですか?
     失礼ですが、それはいささか卑怯というものではないですかね」
    やはり立ち聞きはされていたらしい。何もなくてよかった……

455 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:50:51.89 ID:Q1LrMsge0
    ともかく、言っていることは正論だし、真面目に答えることにする。
    「そういうことじゃないんだ。
     帰って来なきゃいけない理由は一つでも多い方がいい。
     俺だって卑怯者にはなりたくないからさ。
     必ず帰ってきて、ちゃんとあいつらに俺の気持ちを伝えるよ」
    アモスさんは「ほう」ちょっと感心したような顔をしてから、
    「なるほど、いいでしょう」と満足げに頷いた。
    「ただ、そのような事情がなくても君には必ず帰ってくる義務があります。
     美女を泣かせる男はこの僕が許しません」
    「分かってるよ」と答えてアモスさんとすれ違う。

    裏口のドアに手をかけたところで再び声をかけられた。
    「何も告げずに行ってしまうと彼女たちは不安に思うでしょう。
     僕から伝えておくべきことは何かありますか?」
    少し考えてから俺は答える。
    「そうだな。じゃあ――」

456 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:51:18.47 ID:Q1LrMsge0
    ※ちょこっと裏話※

    「え……?」
    室内に戻ったパルとかし子は、彼がもう行ってしまったとアモスから聞かされてがく然とした。
    どうして? どうして何も言わずに行ってしまうんだ?
    体中を言いしれぬ不安が駆け巡って、パルは思わず廊下に膝をついてしまう。
    そんなパルの頭上にアモスの落ち着いた声が投げかけられた。
    「パルさん。彼からあなたに伝言があります」
    何も言わず、パルは顔だけを上げる。
    「『ちょっと行ってくるから、お前はホワイトシチューでも作って待ってろ』だそうですよ」
    思わず言葉を失った。

    そう、彼は必ず帰ってくる。
    自分がそれを信じてやれなくてどうするのだ。
    「あの男め……格好をつけすぎじゃ!」
    かし子が悔しげに壁を叩いている。
    パルは声には出さず、心でだけ言葉を紡ぐ。
    (信じてるからね。帰って来なかったら一生許してやらないんだから)

    ※裏話おしまい※

457 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:53:04.35 ID:Q1LrMsge0
    綿毛に乗って夜空を渡り、一路東へ。
    マウントスノー上空まで来たら針路を変えて南下。
    山に囲まれたまさしく自然の要塞と呼ぶに相応しい場所に今回の目的地、グレイス城がある。

457    難攻不落であったはずのこの城は、
    しかし外敵にではなくて王自らが呼び出した「ある者」によって滅び去り、
    今はすっかり廃墟となりはてた姿を野に晒している。
    勇者はここで伝説の鎧を手に入れたわけだが、当然俺の用事はそれじゃない。
    水晶で見たとおり、俺は城の外にある井戸を覗き込む。


458 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:55:11.17 ID:Q1LrMsge0
458-1    あっという間に周囲の景色が歪んだかと思うと、
    次の瞬間には隆盛を誇ったかつてのグレイス城に俺は立っている。
  





458-2    勇者たちの時と同じように、兵士に連れられて城の中へ。
    人々は迫り来る儀式のときを期待と不安の入り交じった表情で待ち構えている。
  





458-3    彼らがこれから辿ることになる運命を思えば心苦しくはあるが、それはもう過去のことだ。
    変えられるものではないし、変えようとも思わない。
    冷たいようだけどこっちも他人に構っていられる余裕なんてないのだ。





459 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/28(火) 01:56:39.29 ID:Q1LrMsge0
459-1    王の号令で儀式の準備に取りかかる兵士たち。
    城の中をぶらついて儀式が始まるまでの時間を潰していたら、こんなことを言う詩人に出会った。
 






459-2    「もしも運命にさからえぬのなら、私たちが生まれてきた意味が見つかりません。
     人はそれぞれの未来を築くために生まれてきた……そう信じたいものです」
    勇者は魔王を倒す。
    その運命があの日、パルがあの花を守ったことで乱れたというならば、
    あの花が踏みつぶされてしまうこともその運命に含まれていたとでもいうのだろうか?
    そんな馬鹿な話があってたまるか。
    俺は絶対に認めない。


アモスさんに幼なじみを奪われそうです【パート10】
へつづく

小説 ドラゴンクエスト〈1〉
小説 ドラゴンクエスト〈2〉悪霊の神々
小説 ドラゴンクエスト〈3〉そして伝説へ…
小説 ドラゴンクエスト4―導かれし者たち
小説 ドラゴンクエスト5―天空の花嫁
小説 ドラゴンクエスト6―幻の大地
小説 ドラゴンクエスト7―少年、世界を開き

引用元
アモスさんに幼なじみを奪われそうです
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1240828360

 

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